【本編完結】幼女戦記 比翼幸福勲章   作:海野波香

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まだギリギリクリスマスだと言い張らせてください。


補02話 聖夜

 帝国で最も重要な歳時に直面して、ターニャは幸せと戸惑いの狭間にいた。すなわち、クリスマスへの熱量を肌で感じていた。

 クリスマス当日のみならず、アドベントと呼ばれる4週間の盛り上がりときたらすさまじく、ちょっと買い物に出るだけで圧倒されるほどだ。開戦直前の輝きにも似ているが、刺々しさがない分心地がいい。ターニャにとっては戦後初めて落ち着いて迎えるクリスマスということもあって、ターニャ自身が昂ぶりを感じていた。

 満員の客車から降り、乗客と防寒着で圧迫された頭をリセットするために帝都の空気を吸う。屋台のアーモンドやホットワインの香りが混ざって幸福の味がした。浮かれているのを自覚する。しかし、恥ずかしくはなかった。行きかう人々がみな浮かれているからだ。

 

「ターニャ! こっちですよ、こっち!」

 

 中でもいっとう浮かれ顔のヴィーシャが大声でターニャを呼んでいる。広場のベンチを丸々1つ占領して、ご機嫌な様子だ。呆れながらも笑みをこらえきれず、ターニャは早歩きで彼女のもとに向かった。

 すでに買い物をしてきたようで、湯気の立ちのぼるマグを手にしている。差し出された一杯を受け取り、一口。蜂蜜と林檎、それにシナモン。

 ベンチで買い物袋を抱えて不貞腐れた顔のエーリャがヴィーシャとターニャの顔を交互に見てため息をついた。

 

「ヴィーシャ、あんた新婚呼んでんじゃないわよ」

「そう拗ねた顔をしなくてもいいだろう、エーリャ。私が頼んだんだ。彼が退勤して迎えに来るまであと2時間はある」

「彼って言い方がなおムカつくのよね……三人称単数の男性代名詞が特定の人物を指す環境、すべて妬ましい」

「あれ、彼氏できたんじゃなかったの?」

 

 ヴィーシャの心ない一撃を受けてエーリャが盛大な舌打ちをした。

 

「二股野郎のことなんか覚えてないわね。本当に股を2つにしてやろうかと思ったのは覚えてるけど」

「うわあ……まあ、ほら、クリスマスくらい明るく!」

「はいはい、脳みそイルミネーションで幸せですねえ。んで、ターニャちゃんはなんか買いたいものあるの? 早めに動かないとそろそろ品切れで閉じる屋台とかあるし」

「あー……クリスマスらしいもの」

「クリスマスらしくないものが売ってるクリスマスマーケットって何よ。とりあえず職人市でも漁る? 掘り出し物のアクセサリーとかあるかもしれないし」

 

 人ごみではぐれないようにと手を引かれながらターニャは二人の案内についていった。

 帝都のクリスマスマーケットには数百の屋台が出店している。香水やカンテラにはじまり、射的、輪投げといったターニャも知る遊戯もあるし、見習い職人がこの日のために仕上げた習作も並ぶ。この話をヴィーシャから聞いたときはターニャの口からも感嘆と期待で声が漏れた。

 そして、予想をはるか超えていくきらめき。

 雑踏を抜け、マーケットにつながる広場への視界が開けた瞬間、ターニャの世界は色とりどりの光に彩られた。家々の壁や窓にはオーナメントが飾られている。きっと手作りであろうそれは、それぞれの家庭で作り方を受け継いできた、お祝いの結晶だ。

 そして、何よりも華やかなのがはるか見上げるもみの木と、その頂に輝く星。30mはあるとエーリャが自慢げに語るのを聞き流して、ターニャはただただクリスマスツリーを見上げていた。

 目に見えるもの、耳に聞こえるものすべてが祝うに値する。握った二人の手から伝わる温かさも。

 

「見事なもんでしょ」

「……ああ。素敵だ」

「しっかり見ときなさいよね。子ども連れてくるようになったらクリスマスツリーどころじゃないわよ、きっと」

「ま、まだ先の話だろう、それは」

「エーリャは子育ての講義するより先に彼氏の見つけ方教わったほうがいいんじゃない?」

「なにをー! このー!」

 

 笑いが弾けた。

 それから、三人はプレッツェルとグリューワインを買って、職人市へ向かった。燭台やカトラリーのような高級日用品からアクセサリー類、変わり種だと木彫りの面などもある。エーリャがサンタクロースの面を買ってターニャに被せようとしてくるのを回避しながら、ターニャは屋台の行列を見渡した。

 

「なにか買いますか? プレゼントとか」

「買いたいが、何を買えばいいのかわからん」

「うーん。ターニャが選んだものならなんでも喜ぶと思いますけど」

「まあ、それは、うん。だが、どうせなら一番嬉しいものをだな」

「プレゼントは私、ってやつやればいいんじゃない? リボンでぐるぐる巻きになって」

「馬鹿を言え。あ、これはいいな」

 

 店主の許可を得てターニャが手に取ったのはネクタイピンだ。立場のある男性社会人、特にタイを締めて仕事にあたる必要があるポジションではこういった細やかなアクセサリーがステータスになる。ターニャにとっても様々な意味で馴染み深いアイテムだ。

 ターニャは明かりに照らしてその作品をよく観察した。帝国ではあまり見かけない素材で作られている。蜂蜜とコーヒーが絡まったような、半透明の甘く柔らかな色合い。

 

「ご店主、これは鼈甲ですか?」

「お目が高いですね! そう、本鼈甲です。うちの妻が極東の生まれでしてね、そいつは妻の弟が作ったもんなんですが、なかなかいい仕上がりでしょう?」

「ええ、傷ひとつない見事な加工ですね。……ヴィーシャ、どう思う?」

 

 ヴィーシャに手渡すと、矯めつ眇めつしてから首を傾げた。

 

「いい品なんだろうとは思うんですが……素材に馴染みがないせいでピンときてなくて。ごめんなさい」

「まあそちらのお姉さんの仰るとおりだ。ネクタイピンってやつは仕事場での彩だからなあ、鼈甲は相性が悪いかもしれんなあ」

 

 ターニャは苦笑をこぼす店主にネクタイピンを返そうとしたが、ふいにエーリャが耳打ちした。

 

「ターニャちゃん、それ買ったほうがいいかも」

「ほう」

「外務省、最近秋津島皇国のこと結構気にしてるのよ。向こうも悪い気はしないみたい」

「なるほど。向こうの要人と面会する機会が」

「そゆこと」

 

 ターニャが購入することを告げると、店主は目を丸くしたが、すぐに笑顔で包装してくれた。

 いい買い物をした。ターニャはクリスマスカラーのラッピングと金色のリボンを手袋の指先でなぞった。

 それから射的小屋を荒らしたり、輪投げを荒らしたり、大人げない楽しみ方をして、3人は荷物を抱えてツリー前の広場に帰ってきた。時刻は19時半。そろそろ夕食のために人々が家に帰る頃合いだ。

 帝国ではクリスマスをそれぞれの家庭で迎える。燭台のろうそくに火をともし、ワインを開け、七面鳥を切り分け、穏やかな時間を過ごすのだ。だから、そろそろ解散ということになる。

 

「二人とも今夜は家で過ごすのか?」

「んー、私はそこらで飲んで朝を迎えるつもり」

「え、うち来ないの? 父さんも母さんもそのつもりで準備してると思うけど」

「いやいや、さすがに私も遠慮するわよ」

「遠慮無用! 久しぶりに我が家のブラマンジェ食べたくない?」

「うぐぐ……まあ、そこまで言うなら」

「ああ、そうだ。これを持っていけ」

 

 ターニャはポーチから包みを2つ取り出して、二人に押し付けた。

 

「ハーブティーだ。私がブレンドした。この間、うちで飲んだときに気に入ったようだったから小分けしておいた」

「わあ……ありがとうございます!」

「洒落たクリスマスプレゼントじゃん、ありがとね。んじゃ、私たちからも」

 

 エーリャが差し出した紙袋を受け取って、促されるままに開封した。透明のパッケージにいくつか拳ほどの大きさの球が入っている。薄緑や桃色など淡く優しい色で、見た目から表面がざらついていることが分かった。

 桃色の球を取り出して匂いを嗅いでみる。見た目通りの桃と、奥にかすかながら柑橘類の香りだ。

 

「食べ物……ではなさそうだが」

「まあうん、食べ物ではないわよ。入浴剤」

「入浴剤。……ああ、温泉の匂いの!」

「それジジイが使うやつ。こっからさらに冷え込むし、二人で仲良くお風呂でも入ればいいんじゃない?」

 

 当たり前のように一緒に入浴していることを前提として話が進んでいることに恥ずかしさを覚えつつ、それが事実であるために否定もできず、ターニャはただ礼を言って紙袋を抱えることしかできなかった。

 そんなターニャを見て微笑ましげな表情を浮かべた二人は、代わる代わるターニャの頭を撫で、そして「メリークリスマス」と言い残して雑踏へと消えていった。

 ベンチに腰掛け、懐中時計を取り出す。約束の時間まであと15分ほど。

 結婚式からそれほど月日が経っていないこともあって、道行く人々のなかにはターニャを見て足を止める姿もある。母親に手を引かれた少女がターニャを指さした。

 

「あー! 花嫁さんだ!」

「ニーナ、人様を指さすんじゃありません。ごめんなさいね」

「いえ。こんばんは、ニーナ」

 

 ターニャが話しかけると、少女はぱあっと表情を輝かせた。

 

「こんばんは! あのね、今年はサンタさんがブローチをくれるの! 銀の翼のやつ!」

「銀の翼?」

「うん、花嫁さんは銀の翼で戦ったから白銀なんでしょう? だから、女の子はみんな銀の翼がほしいの」

 

 予想外の場所で予想外の事実を知った。

 ターニャは背筋がこそばゆくなるのを感じた。それ以上に、己の過去が商業的価値を持っている現状の背後にかつての上司が一口噛んでいるであろうという確信と、彼の手腕がいまだ衰えないことへのある種の安心が浮かんだ。ゼートゥーア宛てにクリスマスカードは送ったが、近々挨拶に伺ったほうがよいだろう。

 

「花嫁さんはサンタさんに何をお願いしたの? 赤ちゃん?」

「あか……」

「こら、ニーナ!」

 

 回答に窮していると、ちょうど待ち人が到着した。

 

「すまないターニャ、少し待たせたか」

「いえ、この子が相手をしてくれたのであっという間でした。……ニーナ、少し内緒話をしよう」

「なあに?」

「内緒だぞ? ……私の銀翼は戦っているうちにくたびれて、壊れてしまったんだ。でも、彼が一緒にいてくれるから飛べる。だから、もしそのブローチを失くしてしまっても心配することはない。もちろん、大事にするんだぞ?」

 

 わかったな、と念を押すと、少女は感動したようにこくこくと頷いた。

 何度も手を振る親子を見送って、ターニャはようやくエーリッヒに向かい合った。仕事でくたびれてはいるが、いつも通りの最高に格好いい夫だ。インクとコーヒーの匂いがする。

 

「お待たせしました」

「ああ、いや、楽しそうでよかった。どうだ、帝都のクリスマスは」

「率直に言って、感動しました。きらきらしています」

「そうか。そうだな、きらきらだ」

 

 笑いあって、ハグをして、軽く唇を触れあわせる。

 エーリッヒの指がターニャの髪を撫でた。いつもと違う、少し引っ張られるような感触。

 

「よし、できた」

「私の髪が何か?」

「いや、いつも以上に綺麗だ。その髪を束ねるのにふさわしい品を仕立ててもらった」

 

 どうやら髪留めをつけてくれたようだった。

 とても嬉しいが、どうしたって後頭部についたものを自分で見ることはできない。それに、少しセットが下手だった。そんなところも愛おしく思える。

 

「エーリッヒ、ありがとうございます。家についたら改めて着けてもよろしいですか? どんな品をいただいたのか目でも楽しみたくて」

「ん、ああ、そうか! いや、確かにそうだ。すまない」

「大丈夫です、もちろん嬉しいですから。帰りましょうか、七面鳥が我が家で待っています」

 

 少し傾いたポニーテールのまま、ターニャはエーリッヒの手を引いた。

 

「メリークリスマス、エーリッヒ」

「ああ、メリークリスマス、ターニャ」

 

 

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