福丸小糸は失敗れない   作:300円

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1章
福丸小糸は失敗れない 1章 1節,2節


 ない。

 手元に握りしめている番号を見る。

 

 1834

 

 何度も何度も確認した番号。

 先週だって見たし、昨日も今日も確認した番号。

 もう一度目の前に掲示された番号を順番に目で追っていく。

 

 1830、1832、1833、1835、1836

 

 やはり、ない。きっとなにかの間違いに決まっている。

 確かに少しばかり余裕ぶったかもしれないが、自己採点の結果は十分によかったはず。

 

 どこかで間違えた……?

 帰ったら確認……いや、もう落ちたことは覆らない。

 

 周りを見れば、友達同士で抱き合っている人もいれば、泣き崩れている人もいる。

 

 透ちゃんも円香ちゃんもこの中学に進学した。

 雛菜ちゃんは……うん、番号がある。

 

 よかった。隣に雛菜ちゃんが居なくてよかった。

 今の状況は、雛菜ちゃんの嬉しい気持ちを奪うことになってしまうから。

 

 これから家に帰って、なんて説明しよう。

 この事実はどんな嘘をついても隠せるものではない。

 

 入学することができない以上、どんなことを言ってもすぐにバレてしまう。

 

 あれだけ余裕ぶっていた頃が馬鹿らしく思えてくる。

 こんなことになるくらいなら、もっとちゃんと勉強しておけばよかった。

 

「はあ……」

 

 後ろで、聞き覚えのあるため息が聞こえた。

 その声は、今一番聞きたくない声で、このあと必ず聞かなければならない声。

 せめて心の準備をという願いすら聞いてくれない。

 

「お母さん……」

 

 お母さんの表情を見て、胸の痛みが強く、締め付けられるように痛く、上手く呼吸ができないほどになる。

 諦めや呆れ、落胆、期待外れといった負の感情が読み取れるその表情を、これ以上見ていたくはなかった。

 

「わたし、もっと頑張るから、いっぱい勉強して、いっぱい頑張って、それから……それから……」

 

 頑張る以外にできることが見つからなくて、視線は下へ下へと落ちていく。

 

「……はあ」

 

 再び、ため息。

 

 視界の端に映っていた足が動き始め、釣られるように視線を動かす。

 お母さんは背を向けて歩き始めていた。

 

 その隣には、透ちゃんも円香ちゃんも雛菜ちゃんもいて、みんなが離れていってしまう。

 

 慌てて追いかけるものの、どれだけ走っても追いつかない。

 それどころか、次第に距離が離れていってしまう。

 

 こんなにも走っているのに、向こうは歩いているのに、どうして、どうして。

 

「いやっ! まって……まって! 置いてかないでっ!」

 

○○○

 

 目を覚ましたはず、ということは理解できた。

 

 視界から情報を得るより先に、体は息を吸うことを求めた。

 大きく息を吸うと、すごく長い間感じていたような息苦しさが一気に楽になる。

 

 あれは……夢。

 

「だったなら、よかったのに」

 

 夢であることには変わりないけれども、残念ながら夢の中で見たことは過去。

 

 もう今となっては覆せない現実。

 

 中学受験で失敗して、みんなと離ればなれになって、お母さんに期待されなくなって、それでもなんとか頑張って透ちゃんたちと同じ学校に進学した。

 

 中学の三年間、透ちゃんたちと遊ぶ機会は激減した。

 勉強をしなくちゃいけないことも大きかったが、会ってしまうと学校に行ったときに辛い思いをすることになる。

 

 だから、できるだけ会わないようにしていた。

 

 周りは知らない人だらけの中学校で、勉強を優先して新しい友達ができるはずもなかった。

 

 とはいえ、こうして透ちゃんたちと同じ学校に戻ってくることができた。

 これからは毎日一緒に居られる。

 それが嬉しくて堪らなかった。

 

 嬉しさの反面、高校受験に成功しても、お母さんの期待は戻ってこなかった。

 

 家に帰っても、テストでどれだけいい成績を残しても、返ってくるのは機械的な返事だけ。

 中学に入学して一年でそのことに気づき、お母さんの期待を取り戻すのは後回しにした。

 

 中学での残りの二年は、ただひたすら透ちゃんたちと同じ高校へ進むためだけに頑張り続けた。

 

 そうしないと、自分がなくなってしまう気がしたから。

 

 でも、高校に入ったから解決したかといえば、そんなことはなかった。

 

 なんだか、少し距離感が離れている気がする。

 

 円香ちゃんも雛菜ちゃんも、あの透ちゃんさえも気を使ってくれている。

 ような気がする。

 

 三年前までの思い出が強すぎて、気のせいかもしれないけれど。

 

「ん、んん~!」

 

 憂鬱な気分を切り替えるために、横になっている体を持ち上げて伸びをする。

 力んだ体から力を抜くと、一緒に息も漏れてくる。

 

 大丈夫。

 同じ学校に入れたのだから、一緒に居られるのだから。

 

 それが……あと二年しか続かないと分かっていても、その二年間を大切に、一生懸命過ごさなくては。

 

 二つ折りにされた布団を整えてベッドから下りる。

 もう一度伸びをしてから、部屋を出る……前に、一度だけ深呼吸。

 

 部屋を出る直前は、少しだけ緊張する。

 

 あのお母さんの機械的な対応を目にしないといけない、しかしそれでもちゃんと挨拶はしないといけない。

 そんな朝だから憂鬱になるのも仕方がないと思う。

 

「うん、よし!」

 

 鼻を鳴らして気合いを入れてからドアノブを回す。

 廊下に出て奥の扉を開けば居間だ。

 

「お母さん、おはよう」

「おはよ」

 

 なんてことない、親子の挨拶。

 そのはずだが、この状況ではなんてことある挨拶。

 

 お母さんはこちらを振り向くことなく、流し台で食器を洗い続けながら挨拶を返す。

 

 それも、三年間も続けば少しは慣れる。

 笑顔はそのままに、自分の席に座って目の前に用意された朝食を食べていく。

 

 ご飯と鮭フレークとお味噌汁と冷たいお茶。

 ひとつずつ食べながら、今日の予定を思い出す。

 

 今日は一限から古文、体育、英語、数学、物理。

 

 午前最後に体育があるので、お昼休みは少しだけ短くなってしまいそうだ。

 午後は英語は兎も角、数学と物理が続いているのは大変そうだ。

 

 お茶を飲み干して、茶碗を重ねていく。

 

「ごちそうさま」

 

 流し台の横に茶碗と湯飲みを置くと、母親の手が素早くそれを回収して、スポンジで洗い始める。

 

 それを横目に流しながら、洗面所に向かって身支度を調えてから、髪を二つに縛って自室へ戻る。

 

 クローゼットを開けて制服を取り出してから一度ベッドの上に放る。

 パジャマを脱ぎ、ベッドの上に同じように放って制服を着る。

 

 姿見で一応問題ないことを確認してから、再び自室を出る。

 

「行ってきます」

 

 その言葉に、返事はない。

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