福丸小糸は失敗れない   作:300円

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3章
短いラジオを精一杯


 知らない場所、知らない部屋、知らない機会、知らないボタン、知らない人。

 頭につけたヘッドホンは少しだけきつくて、何時間もつけていたら頭が痛くなりそう。

 

 聞こえているのはヘッドホンから流れている音ではなく、心臓の大きな音。

 ガラス越しに、このラジオ番組のオーディションをしてくれた白鳥さんと小島さんが腕を組んでこちらを見ている。

 

 大丈夫、ちゃんと打ち合わせしたんだから。

 

 ガラス越しに、なにやら難しそうな機械をいじっている人が手を上げる。

 これが、番組が始まる合図。

 同時に、ヘッドホンから軽快な音楽が流れてくる。さっきのリハーサルで、大体の音量は分かっていたはずなのに、心臓の音をかき消した音楽に肩が跳ねる。

 

 たった数秒流れた曲は、ゆっくりと音量が小さくなっていき、ガラス越しに挙げられていた手が下ろされる。

 

「はい、みなさんこんにちはー! パーソナリティのカズトでーす」

 

 最初は、メインパーソナリティのカズトさんの挨拶から。先週一度ラジオを聴いてみた印象では、金髪で髪の毛が全体的にツンツンしていて、ちょっと不良っぽいイメージを勝手に持っていた。

 しかし、実際に会ってみるとそんなことはなく、髪は染めていないし打ち合わせの間は至って普通のいいお父さんみたいな印象だった。正直、本当に同一人物なのかと疑ってしまうほど。

 

「さて、今日のゲストは~?」

 

 カズトさんが言うと、ガラスの向こうから指をさされる。

 

「つ、283プロダクションから来ました! ふ、福丸小糸ですっ!」

 

「あっはは、小糸ちゃんカフ、カフ」

 

「ぴええっ!?」

 

 カズトさんに言われて思い出す。喋る前には、カフと呼ばれるレバーを上げなければならない。それをすっかり忘れてしまっていた。

 カズトさんの声が耳元で聞こえたということは、ヘッドホンにカズトさんの声が入っていたということで、それはつまり全国にいま起きていたことを知られてしまったということ。

 

 恥ずかしさで火照る顔を頑張ってこらえながら、カフを上げる。

 

「283プロダクションから来ました、福丸小糸……ですっ!」

 

 なんとか後半は持ち直して、元気よく挨拶できたと思う。少しばかり自棄になっていた気がしなくもないけれども、きっと気のせい。もう言ってしまったのだからいいじゃないか。

 

「えっと、小糸ちゃんはアイドルなんだよね?」

 

「はいっ! そうです……といっても、まだまだ駆け出しなんですけど」

 

 なんといってもまだ一ヶ月。駆け出しも駆け出しなのだから。

 

「いいじゃんいいじゃん。初々しさを見られるのって今だけだからね! 早速見せてもらっちゃったわけだし」

 

「ぴ、ぴええっ」

 

 カズトさんはこちらにウインクしながら、両手を合わせて謝罪してくる。

 

「いやあごめんごめん。小糸ちゃんかわいいからさ、ちょっといじめたくなっちゃった。……えっと、特技が勉強? 勉強好きなの?」

 

 勉強が好きかと言われると、どうなのだろう?

 勉強は答えが決まっているし、すればするほど学校での成績は上がっていく。けれどもそれは、透ちゃんたちと一緒にいるための手段だった。

 高校に入学しても必死に勉強を続けているのは……どうしてなのだろう。

 

「えっと……好き、かどうかは分からないんですけれど、得意……だとは思います」

 

「いやディレクターさんから聞いたんだけどね、小糸ちゃんまだ高校一年生なのに、三年生の問題解いちゃったんだってさ」

 

 このラジオに出演するためのオーディション。いまガラスの向こうにいる白鳥さんと小島さんとの面接で、数学の問題を解いた。高校の勉強はもうほとんど済ませてしまっているうえに、数学は解法だけ知っていれば解けない問題はほぼない。

 

「誰かから教えてもらったりしてるの?」

 

「い、いえ、全部独学で……教材はお母さんに買ってもらってるんですけど」

 

「ほー、いいお母さんだねえ」

 

 いいお母さん……なのかな?

 教材を買うことに関して反対されたことはないけれど、これがきっとマンガだったりゲームだったりなら、きっと反対される。

 あくまで、成績を上げるために必要なものを買い与えてもらっているだけ。

 

 そう考えると、別に好きで勉強をしているわけではないと思う。もっと透ちゃんたちと遊びたいし、いろいろなところへ遊びにも行きたい。

 それができないのは、お母さんの存在があるから。

 アイドルだって、お母さんがいなければもっと正直に……。

 

「さて、もうそろそろ時間だから、最後の質問いっちゃおう!」

 

 カズトさんの声で我に返る。今はラジオの収録に集中しなくては。

 

「小糸ちゃんはアイドルになってからまだ日は浅いけど、何かやってみたいこととかある?」

 

 やってみたいこと。

 ないと言えば嘘になる。なんなら、たくさんある。

 

「アイドルになってみて、知らないことがたくさんあるんだって知ったんです。歌もダンスも、今このラジオの収録も知らないことだらけだったんです。具体的に何がしたいっていうのは言えないんです。何があるのか分からないから。でも、だから知らないことをたくさん知っていきたいなって思います!」

 

 あまり内容をまとめずに喋ってしまったけれども、それが本心。知らないこと全部、知りたい。

 しかし、わたしの言葉にカズトさんは黙ってしまった。表情を伺うと、目を大きく見開いて、半口を開けていた。

 何かダメなことを言ってしまったのだろうか。そんな不安にかられていると、我に返ったカズトさんがにっこり笑う。

 

「俺、小糸ちゃんが勉強好きな理由分かっちゃったわ~。というか、リスナーのみんなも気づいてるっしょ? みんな、マストチェックですよ~?」

 

 今しがた自分の中で好きではないと結論づけた勉強は、なぜだか好きなのだと伝わってしまった。理由はまったくくもって分からないし、どこにそう判断する要素があったのかもさっぱり。

 

「それじゃあ今週の未来のビッグウェーブはここまで、お相手はパーソナリティーのカズトと」

 

 理由を確認する暇もなく、番組の締めに入ってしまう。この展開は事前の打ち合わせで確認した。

 

「つ、283プロダクションの、福丸小糸でしたっ!」

 

 と返せばよかったはず。今度はカフも上がっているから大丈夫。

 

「それじゃあ、また来週~」

 

 カズトさんの言葉を最後に、カフを下げる。これでもうラジオに声は入らないはず。

 

 ふう、と一息ついてヘッドホンを外す。汗で湿った耳の周りにエアコンの風が当たってひんやりする。それに、頭を締め付けていて若干痛かったこともあり、その解放感で放送終了の満足感が得られた。

 

「お疲れ、小糸ちゃん」

 

「お、お疲れさまです!」

 

 カズトさんもヘッドホンを外して、席を立つ。

 

「短かったけど楽しかったよ。またどっかで一緒になったらよろしくね」

 

 そう言って、手を差し出してくる。

 思わず首を傾げると、カズトさんは困った表情で頬を掻く。

 

「握手握手。小糸ちゃん絶対将来有名になるから、握手しとこってね」

 

 慌てて右手を差し出して、カズトさんの手を握る。

 暖かくて大きくて、触れた瞬間少しだけびっくりしてしまったけれど、カズトさんが握り返したので離せなかった。腕を数回上下に振ると、パッと離してブースから出て行く。

 

 あまりにも展開が早くて、慌ててカズトさんについていくことしかできなかった。

 ブースを出ると、ガラスの向こう側……白鳥さんや小島さんがいるところに、プロデューサーさんも来ていた。

 

「小糸お疲れ」

 

 そして、真っ先に声をかけてくれた。

 

「お、お疲れさまです!」

 

「あはは、そうじゃないそうじゃない。収録お疲れって意味だよ」

 

 仕事の挨拶かと思ったら、違ったようだ。ううむ、業界用語というのは難しい。

 

「いやあ、やっぱりいいね小糸ちゃん。思った通り初々しさ抜群!」

 

 恥ずかしがる暇もなく、小島さんが胸を張りながら笑っている。

 

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 初々しさがあるということは、アイドルとしてはまだまだということ。実際にまだまだなのだから否定することはないけれども、純粋な褒め言葉として受け取っていいものか悩みどころだ。

 その横では、プロデューサーさんと白鳥さんが会話をはじめていた。

 

「個性もあるし、見てて飽きないねえ。ノクチル、でしたっけ? 小糸ちゃんがいるユニットは」

 

「ええ、そうですそうです」

 

「なるほどねえ」

 

 やり取りを聞いていても、なんの話をしているのか分からないけれども、きっと仕事の話で、大人の話なのだろう。

 あの日、プロデューサーさんが家にやってきた日にお母さんと二人きりで話していたような、そういうお話なのだろう。

 

 なんにせよ、感じ取れる雰囲気から察するに、収録は成功したようだ。

 きっと、そうに違いない。

 

 ◇◇◇

 

 プロデューサーさんの車に乗せてもらって事務所に戻って来たものの、事務所にはひとりもいなかった。珍しくはづきさんもいない。

 時計を見ると、もうすぐ四時。透ちゃんたちは授業も終わって、もうすぐ事務所に到着する頃だろうか。

 

 そんなことを考えながら、柔らかいソファーに座って宿題を進めていると、大きな音と共に事務所のドアが開く。

 振り向いて、入り口を覗くと雛菜ちゃんが走っていた。こちらに向かって。

 

「ひ、雛菜ちゃん!?」

 

「やは~、ラジオで聴いた声だ~」

 

 雛菜ちゃんがソファー越しに抱きついてくる。頬ずりまでしてきたので、さすがにそれはと思い、頭を遠ざける。

 ラジオの放送は午後二時。まだ授業の真っ最中のはず。にも拘わらず、ラジオの放送を聴いていたということは……。

 

「雛菜ちゃん、また授業サボったの!? だめだよ、ちゃんと受けないと!」

 

「あは~、小糸ちゃんのラジオの方が大事~」

 

 本当に、雛菜ちゃんは卒業できるのだろうか……。いや、卒業どころか、進級できるのか不安になってくる。

 

「緊張してる小糸ちゃん、かわいかった」

 

 そんな感想を漏らしたのは、あとから歩いて居間にやってきた透ちゃん。

 

「ってことは、透ちゃんも……」

 

「ううん、私は受けてたよ」

 

 ならよかった。透ちゃんまでサボっていたとなっては、学校の人たちからの印象が悪くなってしまう。

 安堵の息をついて、すぐに気がつく。透ちゃんが授業を受けていたのならば、なぜラジオ放送を聴けたのか。

 

「袖にイヤホン仕込んでたんだからちゃんと授業受けてなかったでしょ」

 

 そんなツッコミを入れたのは円香ちゃん。

 

「でも樋口もじゃん」

 

「……」

 

 円香ちゃんは一瞬だけ透ちゃんから目を逸らして、こちらを向く。すぐに視線を透ちゃんに戻して、深くため息をついた。

 

「ま、よかったんじゃない」

 

 褒めてくれる理由は少しばかり気に入らないものもあるけれど、それでもみんな認めてくれている。

 お母さんはまだ認めてくれていないけれども、わたしだってアイドルをちゃんとできているんだ。これからもっともっと頑張る必要はあるけれども、間違いなく確かな一歩を踏み出せたのだと、そう思えた。




FMラジオって、もうあまり聞かないですよね。たまに聞くと昔やってた番組が続いててちょっとだけ嬉しくなります
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