福丸小糸は失敗れない   作:300円

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いつも通りはいつの通り?

 お母さんと話してから、数日が経った。

 

 たった数日だけだけれども、いつもよりずっとレッスンに集中できていたと思う。おかげで、明日に迫ったオーディションもいい状態で挑めそうだ。トレーナーさんから褒められる回数もずっと増えたし、同じように指摘を受ける回数もずっと減った。

 

 今日は最後のレッスン日……というわけではなく、今日のレッスンはお休み。プロデューサーさんからは、前日はしっかりと休むようにと言われた。

 

 とはいえ、この前プロデューサーさんに話した通り、わたしは頑張ってようやくみんなに追いつける。そしてなにより、頑張ることが私にとっての特別なら、プロデューサーさんのその言葉を信じて頑張りたい。

 だから、プロデューサーさんにはお願いしてレッスンルームを確保してもらってある。

 

 今日はみんなと一緒に帰らずに、一人で事務所へと向かうことにする。

 

「透先輩~今日透先輩の家行きた~い」

 

「いいよ。樋口は?」

 

 下校途中。途中まではみんな一緒で、わたしは一度家に帰ってから事務所へと向かう予定。

 隣に立つ雛菜ちゃんは明日がオーディションだと分かっているのかどうか、緊張感など微塵も感じない。仮に雛菜ちゃんが緊張を見せるようなことがあれば、きっと明日は記録的な灼熱になるか、まだ冬は遠いのに雪が降るかもしれない。

 

「……今日はやめとく」

 

 円香ちゃんにしては、めずらしいなと思った。

 こう言っては失礼かも知れないけれど、いつも透ちゃんの家にいる印象が強かった。その円香ちゃんが透ちゃんの家に行くことを断るなんて、めずらしいと思った。

 

 顔を見ようと前のめりになってみたものの、一番遠くにいる円香ちゃんの表情は残念ながらよく見えなかった。

 

「えー、円香先輩ノリわるい~」

 

「明日起こさないから」

 

「え、困る」

 

「こまる~」

 

 雛菜ちゃんを起こすのはわたしの役割だけれど……。

 

「早く寝て寝坊しなければいいだけでしょ」

 

 円香ちゃんの意見はごもっとも。そして、透ちゃんと雛菜ちゃんが夜遅くまで盛り上がっている姿も容易に想像できる。なるほど、円香ちゃんが透ちゃんの家に行かない理由が分かった気がする。

 

「雛菜は明日本番だからこそいつもどおりでって思うけどな~」

 

「勝手にすれば?」

 

 雛菜ちゃんの言うことにも一理ある。下手にいつもと違うことをするよりも、いつも通り過ごした方がリラックスできて、結果的にしっかりと休息も取れる。なにより、プロデューサーさんはしっかりと休むようにと言ったのだから、いつも通り過ごすということも間違いではないように思う。

 

 明日もいつも通りパフォーマンスをすればいい。

 

 いつもレッスンでやっているように、いつも一緒に過ごしているように……。

 

「あっ!」

 

 ここずっと抱えていた違和感。

 

 初ライブのレッスンを始めたときから、ずっと抱えていたもやもやが、急に晴れた気がした。

 

 わたしがいて、雛菜ちゃんがいて、透ちゃんがいて、円香ちゃんがいる。いつもそうだった。

 

 お昼休みだって、透ちゃんの隣には円香ちゃんと雛菜ちゃん。それがいつも通りの並びだった。

 ところがライブではどうだろう。私の隣には円香ちゃんがいた。それに、一番端には透ちゃんが。

 

 きっと、それが違和感の正体。たったそれだけだけれど、何年も一緒に過ごしてきたからこそ当たり前になってしまっていること。

 ライブでの並び順は、特に誰かが決めたわけではない。たまたま、打ち合わせの時に座っていた順番がそのままライブでの並び順になっただけなのだ。

 

「小糸ちゃん、忘れ物?」

 

「わ、忘れ物じゃないけど……」

 

 とはいえ、オーディションは明日。いまから提案したところで、修正できるかと言われれば……分からない。きっとみんなは大丈夫だろう。しかし、わたしができる自信がない。

 

「き、気になることがあって、ちょっとだけでいいから、公園に寄りたいんだけど……」

 

「いってらっしゃ~い」

 

 自身を持てない中でなんとか勇気を振り絞ったというのに、雛菜ちゃんに一瞬でフラれてしまった。

 

「じゃなくて……みんなで……!」

 

 雛菜ちゃんが不満そうな表情をしているのを分かっていて、それでも腕を引っ張る。最近のレッスンで鍛えられているとはいえ、もともとの筋力と体格差で微動だにすることはなかった。

 

「今日は暑いから――」

 

 雛菜ちゃんが不満を漏らす中で、その横を透ちゃんが通り抜けていく。

 

 腕を引くのもやめて、ただただその姿を目で追うことしかできなかった。

 

 しばらく歩いてから、透ちゃんは足を止めて振り返る。

 

「行くんでしょ、公園」

 

 その言葉の直後に、ため息が横を通り抜けていく。円香ちゃんがやはり不満そうな表情で、けれども透ちゃんのあとを追いかける。

 

 その直後、引っ張ることを忘れていた腕が引っ張られる。制服の裾を掴まれていることなど気にならないかのように、わたしの腕ごと連れて行ってしまう。

 

「やは~みんな行くなら話は別かも~」

 

 ◇◇◇

 

 家の近くにある公園は、昔からみんなで遊ぶのに使っている。普段から人気の少ない小さな公園には、ブランコと背の低い鉄棒と半分埋まったタイヤくらいしかない。いずれも年季が入っており、タイヤに関しては一部撤去されて歯抜けになっている。

 

 遊具は公園の隅に置かれており、真ん中は開けているので走り回るもよし、地面に模様を描いて遊ぶもよし、というところ。

 

「え、えっと……」

 

「……帰っていい?」

 

 公園の真ん中で輪を作るように並んで、数分が経ったと思う。違和感の正体は分かったものの、それをどうやってみんなに伝えたものか。

 

「ま、待って」

 

「待つ待つ」

 

 考えてみれば、そもそもみんなは違和感など感じていないのだから、そこから説明が必要。けれども、違和感を説明するには実際に曲を流して踊ってみなければ難しい。

 

「え、えっとね……うまく言えないんだけど、レッスン中ずっと違和感があって……」

 

 一度、みんなの反応を待ってみる。もしかしたらみんな同じ違和感を持っていたかもしれない。いつもではなくても、一度だけでもあれば、この違和感は確かなものになるから。

 

「あ~雛菜もそれ思ってた~」

 

「雛菜ちゃん……!」

 

 共感を持ってくれたのは、予想外にも雛菜ちゃん。一番興味がなさそうに見えて、案外いつもと違うことに対しては敏感なのかもしれない。

 

「レッスンルームのエアコン効いてないよね~」

 

「あー、たしかに暑いよね」

 

 ……少しでも期待したわたしが愚かだった。そう思うことにしよう。

 

「プロデューサーには何度も言ったのに、あれくらいが普通だから~って聞かないんだよ~?」

 

 たしかにレッスン中は暑いけれど、エアコンが効きすぎていても体を冷やしてしまう。実は一度プロデューサーさんから釘を刺されていた。雛菜ちゃんが変えようとしたら止めさせるようにと。

 

「って、そうじゃなくて!」

 

 あぶない。流されそうになっていた。

 

「みんな、曲をやるときみたいに並んでみて」

 

「え~」

 

「いいから!」

 

 雛菜ちゃんが不満の鳴き声をあげるけれども、透ちゃんも円香ちゃんも言われたとおりに移動したのを見て、雛菜ちゃんが間に入る。

 わたしから見て、円香ちゃん、雛菜ちゃん、透ちゃんの順番に並んでいる。

 

「こ、この並びがおかしくて、違和感の正体ってこれだったんだって」

 

「あー」

 

 わたしから一番遠い位置に立っている透ちゃんが、感情のこもっていないような間の抜けた声を出す。それから一拍おいて。

 

「なるほどね」

 

 透ちゃんはゆっくりと歩いて、円香ちゃんと雛菜ちゃんの間に入る。

 

「片側が寂しいなって思ってたの、これだったんだ」

 

 透ちゃんが移動したから、わたしは反対側の雛菜ちゃんの横へと移動する。

 これで、いつもの並び通り。わたしの隣に雛菜ちゃんがいて、透ちゃんの両隣には円香ちゃんと雛菜ちゃん。

 これでこそ、いつもどおりのわたしたち。

 

「やるじゃん、小糸ちゃん」

 

「え、えへへ……」

 

 透ちゃんはゆっくりと顔を上げて空を見る。視線を追うと、空は赤から紫のグラデーションがかかっていた。

 

「明日さ、これでやろうよ」

 

「は?」

 

 透ちゃんの提案に真っ先に不満を漏らしたのは円香ちゃん。

 

「もう練習する機会ないんだけど?」

 

 本番はもう明日。今から配置を入れ替えて練習したところで付け焼き刃にしかならない。

 だから、円香ちゃんの意見もよく分かる。今までずっとレッスンを重ねてきた配置で、しっかりと合格を目指さなくては。その考えは至極当然で、ここにプロデューサーさんがいても同じことを言うと思う。

 

「でもさ、いつもどおりの方がよくない?」

 

 作られたノクチルではなく、あくまでいつもの、普段と同じわたしたちを見せたい。

 

 ……なんてことまで透ちゃんは考えていないだろうけれど、似たような思いが込められていると思う。たぶん。

 

「雛菜も透先輩の隣がいい~」

 

「それは今まででもそうでしょ」

 

 たしかに。

 雛菜ちゃんは顎に指を当ててから考えて、補足を入れた。

 

「小糸ちゃんの隣がいい~」




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