家を出て十数分。
中学は電車通学だったが、高校は近くて楽だ。
小さな公園の横を通り、階段を少し上ったらすぐに学校。
中学時代は行き帰りに一時間以上費やしていたことを思うと、学校という存在が随分と近くなったように感じる。
それに――
「あ、透ちゃん円香ちゃん、おはよー!」
「おはよう小糸」
二人に声をかけて近寄ると、先に円香ちゃんが気がつく。
「ん?」
そして円香ちゃんに一拍遅れて、透ちゃん。
「おはよう小糸ちゃん」
二人の横に並ぶと、再び学校に向かって歩き始める。
とはいえ、校門はもうすぐ目の前。
この校門をくぐったら、校舎の違う二人とは別れてしまう。
でも、この時間が大切なのだ。
ここに居場所があると感じられて、安心する場所が用意されていると実感できるこの時間が。
安心感に身を任せながら校門の目の前まで来ると、透ちゃんがなにかに気づく。
「あ、そうだ」
視線を向けると、空を見上げていた透ちゃんの顔が、ゆっくりとこちらを向く。
「ねえ、小糸ちゃん今日英語あって、一限英語じゃなかったり?」
「えっ……うん、英語はあるよ。あと一限は古文だから」
「じゃあ、教科書貸してよ」
言っていることを理解する前に、鞄から教科書を取り出そうとして、ちょうど取り出したところで手が止まる。
透ちゃんは二年生で、使っている教科書は別のはず。
どうして二年生が一年生の英語の教科書を借りようとしているのか。
もし透ちゃんが教科書を忘れていたとしても、一年生の教科書では代用できるはずもない。
まだ六月だから、一年生の復習でもあるのだろうか。
いや、いくらなんでもそれはおかしい。
復習は大事だろうけれど、復習だけをしていても先には進めない。
思考をめぐらせていると、円香ちゃんがわざとらしい大きなため息をつく。
「浅倉、一年生の教科書で誤魔化さずに素直に先生に怒られな」
「えー」
不満そうな言葉なのに、その言葉から不満は一切感じない。
むしろ、どこか楽しそうな印象さえ受ける。
透ちゃんは、英語の教科書を忘れたから一年生の教科書を机に広げて誤魔化そうとした、ということらしい。
確かにそれはよくない。というか、それで分からないものなのだろうか。
「小糸も、そう簡単に貸そうとしない」
「う、うん……」
深くため息をつく円香ちゃんは、鞄の位置を直すと目を逸らす。
「そういえば、雛菜ちゃんは?」
円香ちゃんの仕草は特に関係ないが、いつも透ちゃんの隣にいるはずの人物がいないことに気がついた。
「どうせいつもの遅刻でしょ」
「あはは、多分ね」
一瞬だけ二人の言うとおりいつものことだから仕方がないと思ってしまったが、これから先のことを考えて思い直す。
円香ちゃんも透ちゃんも、毎度毎度同じクラスで、教師から呆れられている雛菜ちゃんを見ている人の気持ちにもなって欲しい。
ポケットからスマートフォンを取り出して、チェインのフレンド一覧から雛菜ちゃんに電話をかける。
「あれ、ほんとに寝坊?」
数コールで出ないから少し心配したが、十コールほど経ってから、ようやく雛菜ちゃんが出る。
「ふわあ~、小糸ちゃんおはよ~」
とりあえず、病気とかではなさそうなので安心した。
とはいえ、この様子だとちょうど今起きたようだ。
視線を校門奥の大時計に向けると、時計は八時半を指している。
雛菜ちゃんの家から学校までは二十分近くかかるため、これから家を出る支度をすると考えると、遅刻確定だ。
「雛菜ちゃん、早く起きて! 遅刻しちゃうよ!」
電話越しに叫ぶと、のんびりとした口調で返された。
「あは~、じゃあお昼くらいに行くね~」
直後に雛菜ちゃんからの声は聞こえなくなった。
代わりに聞こえてくるのは、通話が切断されたことを示す通知音。
スマートフォンを耳から離して画面を見ると「通話が終了しました」の文字が。
今からでも雛菜ちゃんの家に行って急がせればと一瞬考えたが、ミイラ取りがミイラになることが目に見えているため思いとどまることができた。
これが経験の力。
「テストの成績はいいみたいだし、大丈夫なんじゃないの?」
円香ちゃんの言うとおり、出席日数が足りていて、テストでそれなりの成績を取れていれば進級は問題ないはず。
それは入学直後に調べた。
しかし、入学して二ヶ月でこれだけ遅刻していては、今後の雛菜ちゃんが心配になるのも仕方ないと思う。
「ほら浅倉はこっち」
校門をくぐってすぐ、左に曲がろうとした透ちゃんを円香ちゃんが止める。
「え……あそっか」
左に曲がると一年生の校舎。
まっすぐ進むと二年生、三年生の校舎が建っている。
一年生の校舎は最近新設された校舎で、奥に見える校舎よりも綺麗に見える。
実際に中は綺麗で、新入生にとっては心地のいい環境だと思う。
照れるそぶりもなく、透ちゃんは円香ちゃんに引きずられるように旧校舎へと向かう。
「じゃ、お昼にまた」
「……! うん、お昼ね!」
早く午前中の授業が終わらないかなと、塗装の剥げていない校舎を眺めながら下駄箱へと向かった。