福丸小糸は失敗れない   作:300円

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お待たせしました! 4章スタートです!
大分長くなっちゃいましたが、しばしお付き合いください


4章
突きつけられる、わたしたちの真実


 踊っていいともの収録が終わった。

 

 前半はほとんど出番がなく、後半も番組の中心はオーディションに合格したもう一つのユニット、アンティフォナだった。

 

 いくつか投げられた質問はすべて透ちゃんが受け答えて、あとは歌って、それから先はただただじっと座っているだけだった。

 不満がないといえば嘘になる。けれども今は、有名な番組に出られただけでも十分ではないだろうか。

 

「なんか、テレビで見るほど面白くなかったね~」

 

 楽屋に着くと、雛菜ちゃんが開口一番愚痴を漏らす。

 

「そりゃテレビ見るのとは違うんだから」

 

「ね~近いからもっと楽しいかと思ってた~」

 

 テレビ越しに見るあの空間は、きっとテレビの向こうから見るよりもずっと楽しいはず。そう思う気持ちは少しだけわかってしまう。少しだけその雰囲気を期待していた自分もいる。

 

 苦そうな顔をする雛菜ちゃんに対して、透ちゃんは意外そうな声で返す。

 

「え、そう?」

 

 テレビ的な扱いでは、透ちゃんがリーダーとかセンターとか、そういう扱いに思えた。一番かっこよくて、周りからは透ちゃんが中心に見えても不思議ではない。

 

 だからきっと、透ちゃんだけは感じ取った雰囲気が別物だったのだろうと、そう思った。

 

「モニター見てたら面白かったよ」

 

 なんて、そんな特別感は当人にはなかったようだ。

 収録中、特にカメラに写っていないときはいつにも増してぼーっとしていると思ったけれど、まさかモニターを凝視していたとは。

 

 まさかテレビ番組に出演しながらテレビ番組を見ている人がいるとは誰も思わないだろう。

 

「ちゃんとやりなよ」

 

「まあ、写ってなかったし」

 

「それはそれで問題なんじゃ……」

 

 反省会のような、ただの雑談のような会話をしながら帰る準備を進めていく。

 

「雛菜、櫛」

 

 楽屋から出ようとした雛菜ちゃんを円香ちゃんが止める。その指さす先には、折りたたまれた櫛が置かれている。

 

「あは~円香先輩さすが~」

 

 そんな二人の行動を見て、楽屋を見回すことにする。忘れ物をしていたら迷惑をかけてしまう。

 

「……よ、よし!」

 

「よくない。髪留め変えてないでしょ」

 

 鏡を見ると、髪を縛っている髪留めがキラキラと光を反射していた。

 これは衣装用の髪留めで、着替えるときに戻すのを忘れていた。

 

 たった数時間だけだけれども、体が慣れてしまうと違和感がなくなって、存在そのものを忘れてしまう。

 

「うん、よし」

 

「浅倉は家出るときからアウトでしょ」

 

「あれ、なんかあったっけ?」

 

 透ちゃんが首を傾げると、円香ちゃんはゆっくりと深いため息をついた。

 

「いま右手に持ってる飲み物、奢ったつもりはないんだけど」

 

「あー、そっか」

 

 透ちゃんは右手を持ち上げて、自分が持っているペットボトルを見つめる。

 ラベルの外、また薄水色の液体が残った下の方から円香ちゃんを見て続ける。

 

「明日返すわ」

 

 二人がそんな会話をしている間に髪留めをつけ変える。

 今度こそ準備万端、忘れ物もないことを確認して楽屋を出る。なんというか、旅行から帰るときのような、少しだけ寂しい気分を味わいながら、楽屋の扉を閉める。

 

「あ、おつかれさまです」

 

 透ちゃんの突然の挨拶に、思わず背筋が伸びる。

 

 視線を向けると、今日の共演者がいた。

 

 アンティフォナ。

 昨日簡単に調べただけだけれども、アンティフォナは最近右肩上がりで、そろそろ踊っていいともにも出演するのではないかと期待されていた。

 

 まるでわたしたちが出てくるのを待ち構えていたかのように、三人はこちらへと歩いてきて、透ちゃんの挨拶とともに足を止めた。

 

「あんたら」

 

 わざわざ挨拶に来てくれた……という雰囲気ではなかった。

 アカリと呼ばれていたその人は、カメラの前とは大分イメージが違って見える。

 

「なんのためにアイドルやってるわけ?」

 

 投げられた問いは、答えるどころか考える時間さえもらえなかった。

 

「収録でもステージでもね、アイドルってのは誰かを笑顔にしたり、楽しませたりするためのものよ」

 

 学校でよく見た説教のよう。けれども、決定的に違うことは、彼女の言葉にはあからさまな嫌悪感と怒りが込められていること。

 

「あんたらだけが楽しむ場所じゃないの。それが分からないなら今すぐ引退して」

 

 ふんと鼻を鳴らして通り過ぎていくアカリさん。

 遅れて、残りの二人が両手を合わせて申し訳なさそうな表情をしながら追いかけていく。

 

「何様?」

 

 突然の出来事で、止まっていた意識を円香ちゃんが呼び戻す。

 

「なんかやらかしたっけ?」

 

「ぴえっ……し、知らないルールとか……?」

 

 雛菜ちゃんを見ると、はちきれそうなほど頬を膨らませて、口を尖らせていた。

 

「雛菜は楽しかったもんね~」

 

 一見、アンティフォナの一人が怒っていたように見えたけれど、落ち着いて考えるとあの言葉は三人のものだったのだろう。そうでなければ、怒り出したアカリさんを他の二人は止めていたはずだから。

 

「お、みんな準備できてるな」

 

 まるでアンティフォナの人たちと入れ替わるように、聞き慣れた声と共にプロデューサーさんが姿を現した。

 

 プロデューサーさんの表情から察するに、いまのアンティフォナとの会話は聞こえていなかったようだ。それはもう、満足そうに満面の笑みを浮かべている。

 

「約束どおり、とっておきの店を予約しといたから、正面玄関を出たところで待っていてくれ」

 

 そう言い残してプロデューサーさんは踵を返す。キーリングに指を通して、車の鍵をくるくる回しながら遠ざかっていく。

 

「ふふっ」

 

 そんなプロデューサーさんの姿に笑いをこぼしたのは透ちゃん。

 

「なんだかんだ、一番楽しみにしてるじゃん」

 

 昨日の帰り道、プロデューサーさんが運転する車の中でそんな約束をしたらしい。今日の収録が無事に終わったら美味しいものを食べに行くとか。

 

 らしい、というのはわたしの記憶がほとんどないから。昨日の帰りはプロデューサーさんの車の中で寝てしまっており、気づけば家の前に着いていた。降りる直前にプロデューサーさんから教えてもらったからよかったけれども、聞きそびれていたらお母さんが晩ご飯を用意してしまっていただろう。

 

「で、出口ってどっちだっけ」

 

 ◇◇◇

 

 スタジオを後に、プロデューサーさんの車に乗り込むと、すぐにレストランに向かうと言われた。レストランと言われて想像していたのは、よくあるファミリーレストラン。ソファーのような椅子がいくつも並んで、やはり五人だと座る場所に少しだけ困りそうなイメージを持っていた。

 

 今いる場所はといえば、雰囲気からしてまるで違う。

 全体的に暗く落ち着いた雰囲気の店中に、テーブルは片手で数えられるほどしかない。椅子は少し高めで、座れば足が若干届かない高さ。しかし座り心地は悪くない。テーブルの上に置かれた燭台に灯った灯がゆらゆらと揺れて、落ち着いた雰囲気をより一層醸し出している。

 

「あは~すっごい高そ~」

 

「え、メニューに値段書いてないけど」

 

「あーそれびっくりするよな。俺も初めて来たときびっくりしたんだ」

 

 隣に座る円香ちゃんのメニューを覗き込んでみる。隣に座っているとはいえ、机の大きさは五人ほど座れそうな幅に二人しか座っていないため覗き込むには大きく身を乗り出さないといけない。

 

「ほら、落ちるでしょ」

 

 それに気づいた円香ちゃんがメニューをこちらに見えるように広げてくれた。

 

「あ、ありがと」

 

 確かに透ちゃんの言った通りメニューには料理の種類と名前しか書かれておらず、どんな見た目のものなのか、値段がどれくらいなのかは一切書かれていなかった。

 

 料理の名前もすごくざっくりしていて「ポークカレー」「ビーフカレー」「ビーフステーキ」「鮭のムニエル」「ハンバーグ」といった具合に、テレビで見るようなやたらと長い名前はしていない。

 

「まあお金のことは大丈夫だから、好きなの選んでくれ」

 

「じゃあ雛菜はステーキとパフェ~!」

 

「はーい」

 

 即決した雛菜ちゃんに返事をしたのは店員さん。もっと堅苦しい感じの返事が来るかと思っていたけれど、予想よりもずっと家庭的な感じの返事だった。

 

「早いな……ちなみに俺のオススメはビーフカレーで……」

 

「じゃあ私もそれで」

 

「お前も早いな……」

 

 まるでなんでもよかったかのように、プロデューサーさんのオススメを選ぶ透ちゃん。そして透ちゃんの言葉で半ば強制的にカレーになってしまったプロデューサーさん。

 

「鮭のムニエルをお願いします」

 

 少しだけ遅れて決めた円香ちゃん。

 

 わたし以外の全員が決まってしまって、少しだけ焦る。焦るけれども、どれを選んだらどんなものが出てくるのか全く想像もつかないので、なかなか決められない。

 少しだけ背伸びをして、よく分からない名前の料理を注文したい……したいけれども、その欲求をぐっと抑えて、無難な選択を取る。

 

「は、ハンバーグで!」

 

「お、ここのハンバーグは美味しいぞ!」

 

「カレーがオススメなんじゃないの?」

 

「カレーもオススメだ!」

 

 プロデューサーさんの反応的にハズレではないようだ。

 

 店員さんが厨房に入っていくのを見届けて、少しだけ落ち着く。正直、こんなにもちゃんとした場所に来るのであれば、もう少し服装だったり身だしなみだったりを気にして来たのにと思ってしまう。

 

 他のみんなはこういう場所に慣れているのか、緊張しているようには見えない。

 

「さて、と」

 

 今まで子供のようにはしゃいでいたプロデューサーさんの笑顔が変わる。笑顔なのは変わらないけれども、嬉しくて笑っているという感じではなく、微笑んでいるというのが正しいか。

 

「収録終わってから、何かあったか?」

 

 プロデューサーさんの言葉に、雛菜ちゃんが露骨に不機嫌な表情をする。

 

「料理が来るまででいいから話してくれないか?」

 

 この話をするためにここに連れてきたのかと一瞬考えたけれども、プロデューサーさんのはしゃぎ具合からしてここに来ることは収録より前に決まっていたのだろう。

 

「別に、向こうの人たちが気に入らなかっただけらしいですし」

 

 円香ちゃんの言った通り、そういう捉え方も確かにできるとは思う。けれども、彼女の……アンティフォナの言っていたことは、確かに的を射ていたはず。

 

「私らがなんのためにアイドルしてるのかって怒られた」

 

 そのことは、ここにいる四人全員が分かっているはず。そうでなければあの時、アンティフォナの人たちにも胸を張って答えられたはずだから。

 

「それと、ステージは私らだけが楽しむところじゃないって」

 

 透ちゃんの感情を声から推測することは難しい。けれども今の二言目に関してだけ言えば、なんとなく苛つきのような感情が見えた気がした。

 

「うん」

 

「それだけ」

 

 プロデューサーが続きを催促してきたけれども、アンティフォナから言われたのはこの二つだけ。これ以上はなにもない。

 

「あ、そうか。ありがとう」

 

 プロデューサーさんは少しだけばつが悪そうに、グラスの水を一口飲み込む。グラスを置くと、ふうと一息ついてから続ける。

 

「みんなはどう思った?」

 

「まあ、そうかも?」

 

 真っ先に答えたのは透ちゃん。しかしその答えははっきりしたものではない。円香ちゃんも雛菜ちゃんもわたしも、透ちゃんについていくようにアイドルを始めた。

 

 始めた理由はみんな特になかったのだと思う。透ちゃんがアイドルを始めたのだから、当たり前のようにアイドルを始めようと思った。

 わたしはこの場所を守るためにアイドルを始めたけれども、この場所に居続けようと思う理由は特にない。それが当たり前で、そうしているのが一番楽しいし幸せだから。

 

「雛菜が幸せ~で、それを見たみんなが幸せ~ならいいじゃん~って思った~」

 

 雛菜ちゃんの言うことは理想だろう。それができたならそれこそ雛菜ちゃんの言う通り、わたしたちのライブを見に来た人全員を笑顔にすることだってできると思う。

 

「仕事はしてるんで」

 

 円香ちゃんの意見はストイックなように聞こえるけれども、仕事はちゃんとこなした上で文句を言われたのだからそういう不満が出るのも当然といえば当然。

 

 わたしは……どう思ったのだろう。

 今日の収録で曲を披露して、それが生放送で全国に放送されて。

 

「わ、わたしは、ちゃんとできてた……と思います」

 

 自分のことに精一杯で、周りを見る余裕なんてなかった。

 

「うん、ありがとう。俺はその人の言葉は半分その通りだと思う。みんなが楽しむことはもちろん大事だし、雛菜の言う通りファンの人たちに共有することも魅力的だと思う」

 

 プロデューサーさんはもう一度グラスの水を一口飲むと、軽くため息をついてから続ける。

 

「でも、どうしてアイドルをやっているのか、どんなアイドルになりたいかっていうのは、今すぐじゃなくてもいいけれど、いつかは考えないといけないと思ってるよ。俺個人がそれを聞き出そうとは思ってないけれど、各々の中では決めておいてほしいんだ」

 

 どんなアイドルになりたいのか。

 

 それは、わたしが初めてプロデューサーさんと出会った日に出された課題でもある。

 

 その答えはまだ出ていなくて、最近は続けることに必死でその課題も忘れていたけれど、改めて考え直しても今すぐには答えが出てこない。

 

 続けていればいつか答えに近づけるかと思っていたけれど、どうやらそうではないのかもしれない。

 

「お待たせしました。ビーフステーキでございます」

 

「やは~おいしそ~」

 

 店員さんが持ってきた大きな鉄板には、湯気を放ちながらキラキラと輝いているステーキが載っていた。

 ファミレスで見るような薄くて固そうなものではない。ナイフを入れれば何の抵抗もなくすっと入っていくのだろうと見ただけで分かるような柔らかさをしている。

 

「それじゃあお先に~いただきま~す」




一度だけ全身ジャージで(ファミリーじゃない)レストランに行ったことがありますが、二度とやりません。
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