福丸小糸は失敗れない   作:300円

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わたしと同じは嫌だから

 踊っていいともの放送から一夜明けて、朝は少しだけ寝坊してしまった。

 いつも学校には余裕を持って登校しているので、遅刻するなんてことはないけれども、それでもやはり疲れていたのだと実感した。

 

 いつもと登校時間がずれてしまったからかは分からないけれども、登校時に透ちゃんたちと会うことはなかった。ちなみに雛菜ちゃんは遅刻した。

 

 午前中はずっと、昨日食べたハンバーグの香りが口の中に残っているようだった。息を吸う度にあの甘辛いソースの香りが鼻を刺激して、胃を刺激し続けていた。おかげで、何度もお腹が鳴ったし、鳴る度に周りに聞こえているかもしれないと恥ずかしくなった。

 

 そして待ちに待ったお昼休み。授業が終わる頃には、いつの間にか雛菜ちゃんもしっかり着席していたので、購買について行ってから一緒にいつものベンチへと向かう。

 

「ぴ、ぴえっ!」

 

 いつもどこのベンチと決まっているわけではない。いくつもあるベンチのうち、どれか二つを四人で使っている。だから毎日、先に来ているであろう透ちゃんたちを探すわけだけれども、今日はめずらしいことに、一つのベンチに人だかりができていた。

 

「これじゃー奥行けないね~」

 

 車が一台通れるくらいの幅はあるはずなのに、その道を完全に塞いでしまうくらいの人だかりは、まるでそれが一つの生き物であるかのように絶え間なく動いていた。

 

「あ、透先輩だ~」

 

 

 雛菜ちゃんが人だかりの中心に向かって手を振るけれども、わたしの身長では人だかりの中など到底見えない。

 ジャンプしてみて、ようやく奥がチラッと見える。透ちゃんだろう頭と円香ちゃんだろう頭が見えただけだけれども。

 

「ねえ」

 

 円香ちゃんの声で、騒がしかった人だかりが一気に静まりかえる。

 

「小糸たちと食べたいんだけど、お昼ご飯」

 

 その言葉は、本当にその言葉通りの意味しか持っていないはず。けれども、いまここにできていた人だかりを散らすには十分すぎる言葉で、実際に人の密度は一気に下がっていった。

 

「あ、ありがとう円香ちゃん」

 

「別に」

 

 空いた隣のベンチに座って、弁当箱を膝の上に置いて開ける。

 

「二人とも大人気だったね~」

 

「あんなの、口実を見つけて寄ってきただけでしょ」

 

 身近に有名人がいれば、とりあえず一度でいいから生で見ておこうという感じだろう。その気持ちは分からなくもない。自分たちがそうなるとは、数ヶ月前は想像もしていなかったけれども。

 それほどまでに、昨日の放送は多くの人に見てもらえたのだろう。それは素直に嬉しいことだし、アイドルとしての活動が順調であることを示している。

 

 ただ、こうしていつもの生活に支障が出てしまうのは少しだけ息苦しいかもしれない。

 

「ねえ」

 

 思考がマイナス方向に振れ始めたので、考えるのをやめてトマトに箸を伸ばそうとしたちょうどその時、透ちゃんが思いついたように声を上げた。

 

 箸を止めて視線を透ちゃんに向けるけれども、透ちゃんは黙ったまま。

 

「なに」

 

 注目だけ集めておいて、その先に何の展開も起こらないことにしびれをきらした円香ちゃんが催促する。

 

「週末さ、久々に遊びに行こうよ」

 

 その提案は突然だったけれども、驚きはしなかった。

 なんとなく透ちゃんがそう言う気がしていたから。

 いや、わたしも同じ気持ちだったから。

 

「やは~さんせい~」

 

「どこ行くの?」

 

 そしてやはり、みんな同じ気持ちだったようだ。透ちゃんの突然の提案に、誰一人動じていない。

 なぜかということは分からない。けれども、どうしてかみんなと遊びに行きたい。そんな気分だった。

 

「まあ、適当にご飯食べて、適当に買い物して……って感じ?」

 

「なんにも決まってないじゃん」

 

 そうは言うものの、円香ちゃんは決して否定しないし、嫌がりもしない。円香ちゃんの質問は、計画があることの確認ではなくて、計画がないことの確認だったのかもしれない。

 

「ほら、昨日プロデューサーから奢ってもらったけど、うちらで打ち上げしたいじゃん?」

 

「あ~なんか分かるかも~」

 

「わ、わたしも行きたい……けど……」

 

 わたし個人が行けない、ということではない。

 

 昨日の放送で、学校内だけでも目に見えて知名度が上がっている。書き入れ時ともいえるこの時期に、こちらの都合がいいようにお休みがもらえるかどうかは分からない。

 

 打ち上げということであれば、四人揃わなければ意味がない。四人揃ってのオーディションやお仕事であれば、その帰りにどこか寄ったりできるのだけれども、個別のお仕事だとそうはいかない。

 

「仕事がなければね」

 

 そう、円香ちゃんの言う通り、仕事がなければ。

 

 あくまでもわたしたちはアイドルなのだから。

 

 ◇◇◇

 

 最寄りの駅前は、それほど栄えているわけではない。コンビニはあるし、飲食店もいくつがあるけれど、ここで遊べるかと言われれば正直微妙。

 

 

 だからこそ集合場所にはちょうどいい。人通りもそれほど多くなく、集まったあとは電車でどこへでも行ける。

 

「お、おはよー!」

 

「おはよ」

 

 駅の南口、駅入り口の階段横に透ちゃんと円香ちゃんが立っていた。

 そして視線を落とすと、円香ちゃんの手と繋がれた手が一つ。円香ちゃんが小さな子供を連れていた。

 

 その視線に気づいた透ちゃんが屈んで、これから紹介しますと手をさす。

 

「樋口の子供」

 

「こ、ここ、子供……!?」

 

 円香ちゃんはまだ学生で、それ以前にアイドルで、そんな円香ちゃんが子供を……しかも、見た様子だと四、五歳の子供だから生まれてきたのはそれくらい前で、そうなると円香ちゃんはまだ中学生で……。

 

「変な嘘言わない」

 

「ふふ、ごめん」

 

「え、え……?」

 

 嘘というのは多分円香ちゃんの子供ということが嘘なのだと思う。だとすれば、この子供は誰なのだろう?

 円香ちゃんの親戚とかだろうか?

 

「迷子らしいんだけど、ね」

 

 透ちゃんの耳打ちで納得した。

 納得はしたけれども、それならばどうしてこんなところにいるのだろうか。

 

「そ、それなら早く探してあげなきゃ!」

 

「いや!」

 

 親御さんも探しているだろうから、探すのを手伝ってあげようと思った。しかしそれを拒否したのは、迷子であるはずの子供本人だった。

 

「と、こんな調子」

 

 ため息交じりに円香ちゃんがこぼす。

 

 透ちゃんが口に手をあてて反対の手で手招きをしているので、耳を近づける。

 

「家に帰りたくないんだって」

 

 なるほど。思っていたほど単純な話ではないようだ。

 

「それじゃあ、とりあえず交番……とか?」

 

「いや、迷子だと思われるの恥ずかしいだろうし」

 

 確かに、本人としては家出をしてきたような気分だろうけれども、周りからすればただの迷子。その事実は誰にも知られたくないだろうし、そう扱われることも嫌だろう。

 

 とはいえ、こんな場所でどうしたものか。

 親御さんを探そうにも、手がかりはなにもない。

 

「あれ~、円香先輩の子供~?」

 

 横からの聞き慣れた声に視線を向けると、ちょうど雛菜ちゃんが駅入り口の階段から下りてきたところだった。

 

「違うって言ってんでしょ」

 

「え~雛菜今来たばっかだよ?」

 

 まるで今までの会話を聞いていたかのような雛菜ちゃんの言動に、円香ちゃんはため息交じりにこぼすけれども、それくらいなんというか、ありそうな絵面なのだから雛菜ちゃんの気持ちも分かってしまう。

 

「おかしいでしょ」

 

「円香先輩がお母さんで~」

 

「聞いてる?」

 

 多分聞いていない。

 

「透先輩はお父さんで、雛菜はお姉ちゃん~」

 

 嫌な予感と好奇心とがぶつかりあった。わたしは何になるのだろうか。

 雛菜ちゃんと目があって、数秒の間が生まれる。

 

 ドキドキしながら待っていると、雛菜ちゃんは満面の笑みで口を開く。

 

「小糸ちゃんはペット~」

 

「ぴ、ぴええっ!? なんでー!」

 

 嫌な予感が的中。

 何も言われなかったらそれはそれで寂しいけれども、人ですらないとは思わなかった。せめて妹とか、もっとあると思うけれど……。

 

「あは~そういうとこ~」

 

 どういうとこなのかさっぱり分からない。

 

「あー分かる」

 

 透ちゃんはなぜか共感しているし、円香ちゃんは顔を逸しているけれども肩が震えている。

 

「もー! せめて人間にしてよ!」

 

 あははと笑う透ちゃんと雛菜ちゃんを見ていると、この嫌な予感も案外悪くないかな、なんて思えてしまう。

 

 

「ぷ、あはは!」

 

 そして、まるでつられるように笑い出したのは、今まで円香ちゃんの手を握りながら頬を膨らませていた子供。

 

「お、やっと笑った」

 

 ということは、私が来る前からずっと不機嫌だったのか。

 子供は今までこらえていた笑いをすべて吐き出すかのように片手で腹を押さえながら笑う。

 

「だって、お姉ちゃんたち、面白いんだもん! ねえ、僕は? 僕は?」

 

 興奮気味の子供に対して、円香ちゃんがしゃがんで目線を合わせる。

 

「じゃあ、名前教えて。君とかあなたとかじゃ呼びづらいから」

 

「みなと! ほら、これ!」

 

 食いつくように答えるみなとくん。差し出されたのは透明なビニールケースに入れられたカード。そこには「鈴木 湊」と名前が書かれており、連絡先も載っていた。

 

「湊くんね。…………雛菜、パス」

 

 円香ちゃんはしゃがんだまま湊くんの手をゆっくりと雛菜ちゃんの方へと持っていく。

 

「円香先輩思いつかないんじゃん~」

 

 雛菜ちゃんは不満そうにしながらも、湊くんの手を取ると、円香ちゃんと入れ替わるようにしゃがみこむ。

 

「えっとね~、それじゃあ湊くんは雛菜の弟で、小糸ちゃんのお世話役ね~」

 

「な、なんでわたしがペットのまま進んでるの!?」

 

 しかもこんな子供にお世話をされるなんて。なんというか、ちょっとだけ悔しい。

 

「えっと、ひななお姉ちゃん」

 

「は~い」

 

 湊くんが指をさしながら呼ぶと、雛菜ちゃんは大きく手を上げて返事をする。

 

「こいとちゃん」

 

「ひゃ、ひゃいっ……って、そうじゃなくて! あ、頭撫でないでー!」

 

 背伸びをして頭を撫でてくる湊くんは少しだけかわいいけれども、こんな小さい子供に撫でられても嬉しくはない!

 

「とおるお父さん」

 

「うん」

 

 そういえば、円香ちゃんの姿が見えない。

 ついさっき雛菜ちゃんに湊くんを受け渡して、それからどこかへ行ってしまった。

 

「湊くんは、おうちで何か嫌なことがあった?」

 

 返事に続けて、透ちゃんが質問を投げる。

 

「だって、お母さん何するのもダメって言うし、何しても怒られて、僕なにもできないんだもん……!」

 

「あー」

 

 湊くんの言葉に、雛菜ちゃんが苦そうな顔をする。そんな雛菜ちゃんの気持ちを代弁するかのように、透ちゃんが頷く。

 

「分かるなあ。お母さんのためとか思ってやっても怒られちゃったり、だからといって何もしないとそれはそれで怒られたりね」

 

 怒られたことを思い出したのか、湊くんは先ほどまでの元気をなくしてしまい、透ちゃんの言葉にも小さく頷くだけ。

 

「だから僕、とおるお父さんの子供になる!」

 

 

「あーそれはムリかも」

 

 

「えっ」

 

 今まで寄り添ってくれていた透ちゃんだから、もしかしたら受け入れてくれると思っていたのかもしれない。

 

 でも、他人の子を預かるような歳でもないし、そもそもこれは湊くんの問題であって、わたしたちが解決していい問題ではない。

 

 

 でも――

 

「私らが親になるのはムリだけど、友達にならなれるよ」

 

「友達……?」

 

「そ、友達。こう見えて私らアイドルなんだ」

 

 アイドルが自分からアイドルだと身を明かすことは、普通ならリスクでしかない。昨日の学校みたいに人だかりができたりしたら、関係のない人たちに迷惑をかけてしまうし、プロデューサーさんにも怒られるし、きっとプロデューサーさんも誰かに怒られてしまう。

 

 けれど、それくらいはきっと透ちゃんでも分かっている。なんせ、昨日その渦中にいた人間なのだから。それを分かってなお、湊くんに身分を明かしている。

 

「だから、ライブに来たらいつでも会える」

 

「それに、きっとすっごい楽しいと思うよ~」

 

 ファンとしてではなくて、友達として。見てもらうためにではなくて、一緒に楽しむために。そんなステージを作れたらいいと思っている。それは透ちゃんも雛菜ちゃんも、円香ちゃんもきっと同じ。

 

「でも、ライブに行くにはお金がいるんだよね。お母さんと仲良くしてないと会えないんだ」

 

 

「湊!」

 

 

 背後から聞こえた緊迫した声に、急に緊張感が高まる。振り向くと、円香ちゃんと知らない人がこちらに向かってきていた。……いや、どことなく湊くんに似ている。きっと湊くんのお母さんだろう。

 

「すみませんでした」

 

 急ぎ足で向かってきた湊くんのお母さんは、湊くんの手を取ると軽くこちらに一礼して足早に去って行く。

 

「あー、やっぱり怒られちゃうんだろうね~」

 

 こちらとしては全く迷惑とは思っていないし、ペット扱いされたのは少しだけ癪だったけれども、楽しくなかったと言えば嘘になる。だから湊くんには怒られるような理由はほとんどない。お母さんに謝られる理由ももちろんない。

 

 それ以前に、なんとなくではあるけれども、今の湊くんの状況に今までのわたしとお母さんの状況を重ねてしまう。

 何も言わなくても、自分で解決できるかも知れない。けれどもし、このまま家族と気まずい雰囲気のまま今後何年も過ごしていくかもしれないと考えてしまう。

 

 

「ちょっと――」

「あの!」

 

 

 円香ちゃんの言葉に被ってしまったけれども、これはちゃんと伝えたい。

 

「小糸?」

 

「あの! 湊くんのお母さん!」

 

「は、はい?」

 

 二度目の呼びかけで、足を止めてくれた。湊くんとわたしの離れている距離は、わたしが迷っていた時間。その分、声を大きくしなければならない。

 

「えっと、お願いがあるんです!」

 

 きっと、こんなに大きな声を出す必要はない。けれども、ちゃんと伝えたいから、万が一でも間違って伝わってほしくないから。

 

 

「ちゃんと、湊くんの話を聞いてあげてほしいんです。それで、湊くんにちゃんと話してあげてほしいんです。そうじゃないと、いまはまだ平気でも、ちょっとずつ距離が離れていっちゃうから……!」

 

 

 わたしの言葉に、湊くんのお母さんは怪訝そうな表情で軽く首を傾げる。

 

 まあ、当然の反応だと思う。湊くんとも出会って十数分。お母さんとは一言も話していない。そんな相手に、こんな偉そうなことを言われても納得などできないだろう。

 

 でも、いつか、なにかの時にこの言葉を思い出してくれたらと思った。

 

 もっと、もっとなにか伝えられる言い方があるはず。もっと伝えなければいけない内容があるはず。もっと――

 

「小糸」

 

 肩に触れた感触と同時に、円香ちゃんの声が聞こえた。

 

「あ……」

 

 気がつけば、湊くんたちは声が届かないようなところまで離れてしまっていた。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん。大丈夫だよ!」

 

 落ち着いてようやく、心臓が大きく鼓動していたことに気がついた。息をする度に肩が揺れていたし、手は震えていた。

 

「え、偉そうなこと言っちゃったかな……?」

 

 周りから見ればまだまだ子供なわたしがあんなことを言ってしまってよかったのだろうか。そんな不安がゆっくりとこみ上げてくる。

 

 けれども、わたしの不安は透ちゃんが笑顔でかき消してくれる。

 

「ううん、めっちゃかっこよかったよ」

 

「あと、かわいかった~」

 

「もう! ペットの話はもう終わりー!」

 

 まだ心臓はドキドキしているけれど、まだ少し息も荒れているけれど。

 

 みんなと一緒だから、みんなが大丈夫って言ってくれるから。大丈夫。

 

「じゃあ行こっか」

 

「行くって、どこ行くか決めてるの?」

 

 透ちゃんが歩き出して、どこかへ向かう。

 

 どこへ向かうか知らないけれど、分からないけれど、一緒に行けばきっと楽しいから。

 

「んー、これから決める」




駅前で迷子を保護したことはないですが、道と○○駅への行き方はしょっちゅう聞かれます。
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