最近、少しだけ考えがまとまってきた。それは、踊っていいともの収録後、アンティフォナの人から言われた言葉。
『なんのためにアイドルやってるわけ?』
『収録でもステージでもね、アイドルってのは誰かを笑顔にしたり、楽しませたりするためのものよ』
アイドルを始めた理由は、みんなと一緒にいたいから。みんなに追いつかなければまた置いていかれてしまう気がしたから。
アイドルになって、無事にみんなと一緒にいられるようになったわたしは、いったいどうしたいのだろうか?
アイドルになって、大きく変わったことが一つある。小さな変化はたくさんあるけれど、そのなかでも、とりわけ大きな変化。
それが、お母さんとの関係。
プロデューサーさんに支えられながら、なんとかお母さんに自分の気持ちを話すことができた。そして、お母さんの気持ちを聞くこともできた。
少し前までは、自分の部屋から出ていくだけでも勇気が必要だったのに、今では何一つ抵抗がなくなってしまった。
アイドルになれて、みんなと一緒に居られることと同じくらい、お母さんとの関係がよくなったことが嬉しい。
最近、お母さんと紗織と三人でご飯を食べるときに、私のラジオや番組ばかり流すものだから、少しだけ恥ずかしいけれども。
それと、最近私にとって大きな出来事が一つあった。
周りから見れば、なんでもないこと。迷子を助けて、感謝をされただけのこと。
わたしが考えていることは、まさにその出来事がきっかけ。
もしかしたら、わたしと同じように、湊くんと同じように家族と……いや、家族でなくても、誰かとすれ違って孤立している人がいるかもしれない。原因は違っても、寂しさを感じている人がいるかもしれない。そう考えることが最近増えてきた。
そして同時に、なんとかしたいと思うようにもなっていた。寂しさを紛らわす……というよりも、ここに居てもいいという安心感を与えたい。偶然か必然か、それを与えられるかもしれない立場にわたしはいる。与える立場だと断言できないのは、アイドルが与えるものとして正しいかどうかが分からないから。
アイドルといえば、笑顔だったり楽しさだったり、安心感とは少し違う方向の体験を与えるものだと思っている。
わたしの考えが個人としては正しくとも、アイドルとして正しいかどうかは未だに答えが出ていない。だから、まだプロデューサーさんにも、みんなにもこの考えは伝えていない。伝えてしまったら、きっと協力されてしまうから。
アイドルとして正しいか分からないことに注力させるわけにもいかない。
では、したいことをするために、ここに居てもいいと伝えるために、何ができるだろうか?
残念ながら、わたしにできることはそれほど多くない。
『努力ができるってことも、才能のひとつ……特別なことなんだ』
いつかの帰り道、プロデューサーさんに言われた言葉が、わたしのやるべきことを教えてくれた。プロデューサーさんには申し訳ないけれども、まだその言葉をその通りだと受け入れることはできない。けれども、他の誰でもないプロデューサーさんの言葉だから、信じたいと思った。
「小糸、おまたせ」
そのために、今日は事務所に来ていた。
「小糸から話があるなんて珍しいな」
忙しいだろうプロデューサーさんを呼ぶのは少しだけ気が引けたけれども、これも必要なことだから。
「は、はい……っ!」
電話で話があると呼び出したのはいいものの、いざ話すとなると緊張してくる。
ただ、いつもとは違って、それで頭が真っ白になることはなかった。それほどわたしの中で変えたくないものだと思うと、少しだけ勇気が湧いた。
「え、えと……少しだけ、ううん、どれくらいか分からないですけど、時間がほしいんです」
「……時間?」
プロデューサーさんの声は、少しだけ怖かった。もしかすると、これから忙しくなる時期なのかもしれない。踊っていいともをきっかけに、明らかにお仕事は増えていたから。
「みんなとじゃなくて、わたし一人で……一人じゃなくてもいいですけど……とにかく、少しでも多くレッスンしたいんです」
「もう少し詳しく聞いてもいいか?」
全部話してしまうのが一番伝わる方法だし、全部話せば楽になるのだけれども、そうしてしまえばきっと協力してくれてしまう。だから、できる範囲で。
「前に、踊っていいとものあとに言われた言葉の答えが、出るかもなんです。……わ、分からないですけど」
曖昧で自信のない回答に、プロデューサーさんが鼻を鳴らす。困らせてしまっただろうか。
「どうしても、今じゃなきゃだめか? もう少しあととかじゃ」
「はい……!」
食い気味に答えてしまった。けれど、今でなければだめなのだ。これから先、いつあるかも分からないライブや、毎週放送されるラジオで、知らない誰かに伝えるには、今すぐにでも答えを確かめなければならない。
プロデューサーさんは、腕を組んで俯く。
いつだったか、同じようなことがあった気がする。
何度かうーんうーんと唸ったあとに、一つ深いため息をついてから目を開ける。
「二週間、ラジオ収録以外は小糸の好きにしていい。はづきさんにも伝えて、こことは別の、いつでも使えるレッスン場を用意するよ。それでいいかい?」
「……っ!」
嬉しさで、声が出ないことなんてあるのだなと驚いた。
「言っておくけれど、これは二週間で成果を出しなさい、ということだからね」
嬉しさから一転して、一気に不安が湧き上がってくる。プロデューサーさんは成果が出せなければ、という話をしてこない。何もないだろう……なんて思えるほど楽観的な性格はしていない。いや、何もないかもしれない。もしくは、なにもかも、なくなってしまうかも。今まで頑張ってきたことが、なにもかも。
怖くないわけがない。また、あの頃の……一人ぼっちだった頃に戻ってしまうかもしれないなんて、わたしの足を止めるには十分すぎる可能性。
だから、試してみるという感覚でいてはいけない。そんな、中途半端な覚悟ではなくて、もっと、大きな覚悟を。
「わ、分かりました。わたし……や、やります……!」
自信はない。けれども、やらなければ。
やらなければ、わたしはいつまでも同じことを悩み続ける。どうしてアイドルを続けているのか、アイドルになって何をしたいのかを、これから先、ずっと。
「今までより、ずっと苦しむかもしれないぞ?」
「それでも、やりたいです……!」
一人になることも、悩み続けることも嫌だ。わたしは弱いから、一人で決めることはできないけれども、他の誰でもなく、目の前にいるプロデューサーが信じてくれたから。わたしの強みが頑張ることだと教えてくれたから、それを信じて、前に進みたい。
「よし、分かった。じゃあ、三週間後にライブを用意するから、そこで答え合わせをしよう。それでいいな?」
「はい……っ!」
これから先、どうなるか分からないけれども、もうあとには退けない。退かない。絶対に、わたしの答えを見つける。
「そ、それでなんですけど……今日早速レッスン場を使いたいなって……」
プロデューサーはぐっと大きく伸びをして、腰に手をあてて、胸を叩く。
「おう、任せとけ!」
なんとなく古臭い動きだな、という言葉は胸の奥に仕舞っておいた。
◇◇◇
小糸には、ああ言ってプレッシャーをかけたけれども、実際のところ失敗しても何もペナルティはない。
WING出場可否が決まるのが四週間後。そこに向けて、対外的な活動を増やしていこうと思っていたから、ついつい威圧するような反応をしてしまったのは反省だ。思い通りにならなくて八つ当たりするなんて、大人として恥ずかしい限りだ。
けれども、あの小糸がやりたいと言ってきてくれたことを断りたくはない。正直、あの小糸が自分で自分のことを決めている姿に成長を感じて、少しだけ泣きそうだった。
だから、二週間という期間を設けた。それまでに小糸が、小糸の思う何かを見つけられれば、こちらとしても残り二週間でなんとかできるだろう。
「意地悪ですねー、プロデューサーさん」
「……はづきさん、いたんですか」
だからなんで俺の机で寝てるんだ。確かにソファーで寝られたら邪魔だったけれども。
意地悪。確かにそうなのかもしれない。WINGは一つの目標ではあるけれども、絶対的なものでは決してない。たとえ本選に進めなかったとしても、それでアイドル活動が終わるわけではない。だから、もういっそのことWINGを諦めてしまうという手もあった。
「そうですね。でも、なにか一つを決めるなら、短期間ですっぱり決めたほうがいいと思うんです。それが変わってしまってもいいから」
「なるほどー、それも一理ありますねー」
そう、変わってもいいのだ。
これから先、目標なんていくらでも変わりうる。むしろ、変えられなくて自分を締め付けてしまうのは、ただただ苦しいだけで、誰も得をしない生き方になってしまう。
「ただ、それには本人で気づいてほしいんです。精一杯頑張って、得られるものをそれなりに得られて、そこで迷ってほしいんです。これから先、同じ場所を目指すのか、別の何かを目指すのか」
「ふふっ」
……なにか笑われるようなことを言っただろうか。
「すみません。でも、なんだかみんなのお父さんみたいだなって思ったんですよ」
お父さん、か。
「そんな、すごいものじゃないですよ」
あくまで、一人の少女を預かっている身として、他人の人生を左右させている身として、考えなければならないことを、考えているだけ。
「いいえー、それはすごいことなんですよー?」
「そう……ですかね」
そうなのかな、そうだといいな。
いや、そうでなくても構わない。すごいことをしているなら、嬉しくはあるけれど、それは重要ではないから。
「……さて、それじゃあ残業といきますかー」
「頑張ってくださいねー」
「そこは協力してくれないんですね!」
仕方なさそうに俺の席を立ち上がったはづきさんは、向かいにある自分の席に座った。
なんだかんだ、こうやって助けてくれる人がいるからこそ、俺はちゃんと仕事ができるのだと、改めて感じた。
昔言われたあの言葉が、僕にとっては呪縛でもあり原動力でもあります