福丸小糸は失敗れない   作:300円

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ヨンブンノサン 幸せのかたち

 ――幸せって、どんな形してるのかな?

 

 

 楽をするなだとか、頑張らないと将来辛い思いをするとか、そんなことは今まで何度も聞かされてきた。

 

 でもそれは、私の幸せではない。

 

 私ではない誰かが、自分の幸せのために私を利用しようとしているだけ。それで私が幸せになれるのだったらいいのだけれど、そうではないのなら言うことを聞く義理はない。

 

 そもそも、私が私の幸せについてどう考えようがいいではないか。だって私の一度きりの人生なのだから。この機会を精一杯楽しまない理由はない。

 

 透先輩たちと一緒にいるのも、私自身の幸せのため。

 

 いつも突拍子もないことを思いつく透先輩と、加減しつつも見守る円香先輩。あと、すっごく素直でいじり甲斐のある小糸ちゃん。

 

 その三人と一緒にいると、時間があっという間に過ぎてしまう。その間はずっと楽しくて、夢中になれて、これが幸せなんだと実感できる。

 

 最近、その中に一人増えた。プロデューサー。

 

 透先輩がアイドルを始めると知って、すぐに事務所に向かった。アイドルは大変そうなイメージが強かったけれども、透先輩たちと一緒なら楽しめそうだと思ったから。

 

 そして、プロデューサーと出会って、この人はきっと私の幸せを理解してくれると、そう感じた。アイドルを目指すような理由はなくて、私の価値観を伝えただけなのに、一緒に頑張ろうと言ってくれたから。そうでなかったら、アイドルにはなっていなかったかもしれない。

 

 でも、それは間違っていたかもしれない。最近はそういう気持ちが少しだけ、見え隠れしている。

 

 忙しいのは知っていたけれど、レッスンは大変だし、やたらと注意されるし、変な人たちにはイチャモンをつけられるし。

 市川雛菜は市川雛菜で、他の誰でもないというのに、どうしてこうも価値観を押し付けてくるのだろうか。

 

「最初は楽しかったのになあ」

 

 最近は、事務所にいてもレッスンをしていても、どこか息苦しさを感じてしまう。それでもみんなと一緒なら、みんなと一緒にいる楽しさが勝っているから我慢できるけれども。

 

 こんなことを考えなければいけなくなるなら、アイドルなんてやらなければよかったな、なんて、そう思ってしまう。

 

 でも、楽しくないのは私だけではないかもしれないと、周りもそうなのかもしれないと、そう思って見回してみる。

 けれども、透先輩も円香先輩も小糸ちゃんも、大変そうにはしているけれども、それなのに楽しそうにしている。

 

「……なんでだろ?」

 

 今日もレッスンが終わって、みんなはもう少し残っていくと言っていた。

 

 私は知っている。小糸ちゃんは夜まで自主レッスンしているし、小糸ちゃんが帰ったあとに円香先輩も自主レッスンをしている。透先輩は、何をしているか知らないけれど、大抵家にいるので特に何もしてないかもしれない。

 

 疑問に思ったのは、それでもみんな楽しそうにしているということ。別に、頑張ることが悪いことだとは思っていない。けれども、今ある時間を使ってまで頑張ることかと言われると、首を傾げてしまう。

 

 けれども、みんなは楽しそうなのだ。あれだけ汗をかいて、あれだけ息を切らして、それでもなお、楽しそうにアイドルとして活動している。

 

「あれ、雛菜」

 

「ん~?」

 

 聞き覚えのある声がして、顔を上げる。

 

「あ~プロデューサー」

 

 適当に遠回りをしながら家に向かっていたのだけれども、こんな何もない道でプロデューサーと鉢合わせるとは思っていなかった。

 

「レッスンは……もう終わった時間か」

 

「そうだよ~みんなならまだいるんじゃないかな?」

 

 なんとなく、嫌な予感がした。

 雰囲気がそうなっていたし、プロデューサーの声も嬉しそうなものではなかった。とてもではないが、褒められるような空気ではない。

 

「雛菜はみんなと一緒にやらないのか?」

 

 やっぱり、いい質問ではなかった。

 今まで何度も経験してきた質問。

 

「うん、そうだよ~。オーディションの時にも言ったけど、雛菜、だいたいなんでもできるから、トレーナーさんにも怒られてないし~」

 

「でも、これからオーディションも厳しくなっていくし……」

 

 みんながやっているのだから、お前も同じようにしなさいというもの。

 それで、幸せになれるなら、やってもいい。でも、楽しそうではないじゃないか。

 嫌々周りに合わせて右に倣って、それがなにになるというのか。

 

「雛菜、これから見たい番組あるからもう行くね~バイバーイ」

 

「……ああ、おつかれ」

 

 適当な理由をつけて逃げようとした。てっきり呼び止められるかと思っていたのに、そうではなかった。

 

 やはり、プロデューサーは他の人とはどこか違う気がする。

 

 だからなのか、それともただの気まぐれなのかは私にも分からない。けれど一言だけ、言っておこうと思った。

 

「今のプロデューサー、嫌いかも」

 

 その言葉が、プロデューサーに聞こえていたかどうかは分からない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 みんながどうして楽しそうにしているのか、その答えが出ないままに一週間が過ぎてしまった。

 

 とはいえ、別にずっと考えていたわけではない。というか、それほど気にしてもいない。変に気にしていても楽しくないし、疲れてしまう。何度か思い出したことはあったけれども、面白くないことだからとすぐに考えるのをやめた。

 

 そうしているうちに、レッスンに出ることが本当に必要なことなのか分からなくなってきた。

 みんなと一緒にいるだけだったら、別にレッスンに出る必要もない。なんならアイドルを続ける必要すらない。

 

 それなのに、どうして私はアイドルを続けているのだろうか。それは私にとって必要なことなのだろうか。

 

「あ~円香先輩だ~」

 

「……なに?」

 

 明らかに警戒の色を見せる円香先輩。警戒しなくても変なことは……多分しないのに。

 

「雛菜はね~~~お散歩~~」

 

「そ、じゃ」

 

「ぶ~円香先輩冷たくないですか~?」

 

 私の言葉に、歩き出そうと一歩を踏み出した円香先輩の足が止まる。

 ゆっくりと振り向いた円香先輩の表情は、いつもの呆れ顔とは違って、嫌そうな顔とも違って……。

 

「雛菜、熱でもあるの?」

 

「えーないよー?」

 

「測った?」

 

「んーんー」

 

 首を横に振る。測ってはいないけれども、体温なんてそう毎日測るようなものでもないし、体がだるいわけでもないからきっと熱はない。

 そもそも、円香先輩はどうしてそんなことを聞いてきたのだろうか。

 

「そう、なら……変わったんじゃない」

 

 変わったとは……?

 

「べつにいいけど」

 

 そう言うと円香先輩は再び歩きだしてしまう。

 

 結局、円香先輩は何を言いたかったのか分からずじまいだったし、そもそも何に悩んでいたのか分からなくなってしまった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やっぱり透先輩の家で寝転がってるほうが楽~」

 

 これで透先輩がいたら最高なのだけれども、残念ながら今日はレッスンに行っている。

 別に、今日のレッスンに出なかったとしても問題はない。トレーナーさんは前回の復習だと言っていたし、前回は完璧にできていると言われたのだから。

 

「……」

 

 楽しかったはずの気持ちは、一瞬で消え去ってしまう。

 

 別に、レッスンに行っていない罪悪感などではない。透先輩がいないからでもない。そうではなくて、今しがた自分の言った言葉に、違和感を覚えてしまったから。

 

 

 楽だから、レッスンに出ないのか。

 

 

 いいや、私は私が幸せになる選択をしているだけのはず。なのに、ふとした言葉に出てきたのは楽という言葉。

 

 楽しくいることは重要だけれど、それと楽をすることは別物だ。楽をしたからと言って楽しくなれるわけではない。

 

 

 優先順位が、変わっている気がした。

 

 

 楽しく過ごすためのものが、いつの間にか楽をすることにすり替わってしまっている。

 それはきっと、楽しいことではない。

 

『みんなと一緒にやらないのか?』

 

 脳裏によぎったのは、プロデューサーの言葉。

 

「あー、そういうことー?」

 

 ため息を漏らしながら、ゆっくりと立ち上がる。

 やはりプロデューサーは、他の人とは違うようだ。

 

 プロデューサーは、私がみんなと一緒にレッスンしていなかったことに対して言っていたわけではない。

 

 私が今の幸せを幸せだと思えなくなっていることに気がついていて、優先順位が変わってしまっていることにも気づいていて、それを指摘しようとしてくれていた。それでもなお、あくまで私の意思を尊重したままで。

 

 もう一度、自分にとっての幸せと向き合ってみようと、そう思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あは~今日も楽しかった~」

 

 三回目となるラジオの収録。初回は一回分だけで、二回目以降は二回分、計三十分ずつ収録しているので、今日の収録はラジオ放送としては第四回と第五回の収録となっているはずだ。

 

「おつかれー。雛菜、今日元気だったじゃん」

 

「ん~? 雛菜はいつも元気だよ~?」

 

「え、そう? じゃあ、今日はいつも以上に」

 

 どうやら私は、これからもずっと幸せとは何かと考え続けなければならないようだ。でも、それが嫌なわけではない。

 

 もっと大きな幸せのために、もっと楽しい幸せのために。

 そのためならば、私が幸せになれる選択ならば、喜んで取れると思う。

 

 嫌なことは嫌なので嫌だけれども。それでも。

 

 

 ――ねえ、幸せの形って、どんな形なんだろうね?

 

 

 スマートフォンを取り出して、カメラを起動する。自撮りになっていることを確認してから、左腕を伸ばす。

 背後にスタジオを出ようとする小糸ちゃん、円香先輩、透先輩が写っていることを確認して、右手でピースを作りながら、左手の親指でタップする。

 

 

 ポン

 

 ポポン

 

 カシャ

 

 

 リズムよく効果音がなった後、写真が撮られる。

 

 効果音でびっくりした小糸ちゃんに、嫌そうな顔をした円香先輩。それと、ギリギリで気がついてピースを作ろうとしている透先輩が、私の背後に写っている。

 

 

「今の幸せはね~こんな形~」




閑話休題(3週間)もこれで終わりです。短編として出そうか本編に組み込もうか悩んだ結果入れちゃえ~って僕がささやいてきたので入れました。
僕の幸せは知識欲が満たされた瞬間なので楽をした瞬間不幸になります。難儀な人間です。
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