プロデューサさんから時間をもらって、それからの二週間はあっという間だった。ラジオ収録と、学校と寝ている意外の時間はほとんど自主レッスン。おかげでみんなと帰ったり、おしゃべりしたりする時間はほとんどなくなってしまった。
みんなとの距離が離れてしまう感じがして、少しだけ怖かった。けれども、自分で決めたことだから、ちゃんと最後までやりたいという気持ちが背中を押してくれた。
もう二週間は過ぎているけれども、今週末のライブまではもう少し時間がある。みんなとのレッスンの後に、居残りで自主レッスンをするのは、もはや日常の一部になっていた。
鏡に向かって踊っていると、視界の端にプロデューサーさんの姿が映った。もうそんな時間なのかと、それしか思わなかった。
プロデューサーさんがやってくるのは、だいたい帰らなければならない三十分前。だからそろそろ、今日のまとめをしないといけない。
今はとにかく、この曲を通してみる。しかし、踊っている途中にもいくつも課題が見つかる。
もっとターンを早く、早くしたところは指が伸び切っていない、歌を意識した呼吸ができていない等々。やればやるほど、新しい課題が見つかってしまう。
けれども、それは楽しかった。
トレーナーさんに教えてもらわないと気づけなかったことは、おおよそ自分で気づけるようになった。ダメな箇所が分かるということは、直し方もおおよそ分かるということ。
問題を解いたら終わりではなくて、問題を解くと更に問題がでてくる。それが、延々と終わらない。
こんなに楽しいことがあるだろうか。
「はあ……はあ……」
それでも、体力は減っていく。確かに、あと三十分保てば上出来かもしれない。そういう意味では、プロデューサーさんはちょうどいいタイミングで来てくれた。
「も、もう一回……」
課題が分かったのだから、次はそれを直してもう一度。
最初の位置……みんながいることを想定して、レッスン上の端の方に向かって、躓いた。
「わっ……!」
「小糸!」
躓いて、重心がかかるはずだった足が宙に浮く。それでも体は重心を傾けて、慌てて戻そうとするも間に合わず、倒れてしまった。
すぐに、プロデューサーさんが駆け寄ってくる。
「ま、まだっ!」
「……小糸?」
プロデューサーさんは、優しいから。きっと今日はもう終わろうと止めてくれる。
でも、それじゃあだめなんだ。
「ごめんなさい、ありがとうございます。……でも、まだ、まだ大丈夫ですから、止めないでください」
ふと、少し前にプロデューサーさんに言われた言葉を思い出した。
『小糸はもしかすると、頑張ってるの見られるの、嫌かもしれないけどさ』
その時は、なんと返しただろうか。多分、頑張ってそれでみんなと並べるとか、そう返したと思う。
その時は、自分が頑張っていると認めたくなかった。頑張らないとみんなと一緒にいられないなんて、そう思われることが嫌だったから。
でも――
「いま、自分でもびっくりするくらい……が、頑張ってるなって思います。今までで一番頑張ってると思います。プロデューサーさんが教えてくれた言葉を、頑張ることがわたしの強みだって言葉を、信じたいんです。だから、止めないでください」
たとえそれが、呪いのようにわたしを苦しめたとしても、プロデューサーさんが教えてくれたわたしの価値を信じたいから。
プロデューサーさんは伸ばしていた腕を下ろして、腕を組んで目を閉じる。
やっぱり、これはプロデューサーさんがなにかを考えるときの癖なのだろう。
そして少しだけ間を空けて、その場に、私が今倒れているすぐ傍にあぐらをかいて座ってしまう。
「ぷ、プロデューサーさん?」
呼びかけてみるけれども、プロデューサーさんは何も言わず、隣の床をポンポンと叩く。
隣に座るように催促されていると判断して、その通りにする。本当は今すぐにでもレッスンを再開したいのだけれども、きっとなにかあるのだろうと思ったので従うことにする。
「少しくらい休憩したほうが、効率がいいぞ」
「それは――」
そうかもしれないけれど、その時間も惜しいほどなのだと、しかしその言葉は遮られてしまう。
「俺は大人だから、そう伝えるべきなんだろうな」
そう言われたと思ったから、反論しようと思った。
思わず首を傾げると、プロデューサーさんが恥ずかしそうに笑う。
「でもそれって、俺が安心したいだけなんだよな。小糸のことが心配で、無理してほしくなくて、それが我慢できないだけなんだよ」
「そ、そんな……」
そんなことはないと、言うことはできない。まだ出会って一年も経っていない相手のことを、分かったようになんて言えない。
「小糸からみたら、それなりな大人に見えるかもだけどさ、多分俺はそんなに強くないんだよ」
「そ、それは……違います」
だって、プロデューサーさんは、わたしとお母さんが話す機会を作ってくれたし、わたしとちゃんと向き合って話を聞いてくれたし、たくさんお仕事をとってきてくれるし、いろいろなことを教えてくれる。
そんなプロデューサーさんが弱いなんてはずがない。
そもそも、弱いとはなんなのか。
「あはは、ありがとう。でも、強くないから……弱いから、小糸のことを心配しちゃうんだ」
はにかみながら、プロデューサーさんは立ち上がる。
「これは俺のわがままだから、俺の弱さだから、これからも小糸の隣にいさせてほしい」
そう言ってプロデューサーさんは手を差し伸べてくる。
その手をとって、立ち上がる。あと三十分、頑張れる。
「も、もう! 本当にプロデューサーさんは仕方ないですね!」
それでもなお、気を使ってくれるプロデューサーさんは、やっぱり強いなと思った。
◇◇◇
「そういえば、結構遅い時間だけれど、お母さんは心配してない?」
結局、そのあと一時間レッスンをしてしまった。
というか、プロデューサーさんが止めてくれず、気づいたら一時間経っていた。それはプロデューサーさんのせいではないけれど。
「は、はい……! えっと、門限も、ちゃんと連絡すればいいってことになって……あ、あはは、ここ最近はずっと連絡してますね」
事務所から家までは、プロデューサーさんの車で送ってもらう。わたしは後部座席に座って、プロデューサーさんの後ろから流れていく夜の街を眺めている。
「じ、実は、この前お母さんからお話してくれたんです」
一瞬だけ、バックミラー越しにプロデューサーさんと目が合う。驚いたような、でも嬉しいような表情は、視線が逸れたあともそのままだった。
「へえ、よかったじゃないか。それで、ちゃんと話せた?」
「も、もう! 子供じゃないんですよ! でも、ただすれ違ってただけなんだって、勘違いしてただけなんだって、分かりました」
信号で止まっていた車は、少しだけ大きく、まるでため息を吐くようにエンジンを鳴らしてから進み始める。
「そっか。なら、本当によかった」
やっぱり、プロデューサーさんは最初から……初めてわたしの家にやってきたあの時から気づいていたのだろうか。
だとすれば、どうして言ってくれなかったのか、という疑問は、しかし一瞬で解決する。プロデューサーさんから言われていても、受け入れることは出来なかっただろうから。
やっぱり、プロデューサーさんは大人なんだなと思う。さっきは自分が弱いなんて言っていたけれども、わたしにわたしの強さがあるように、プロデューサーさんにはプロデューサーさんの強さがあるのだと思う。
「さて、今週末……っていっても、もう数日だけれど。ライブは大丈夫そうか?」
「はい! 任せてください……って、言いたいですけど……わ、分からないです」
やれることはやってきたけれど、これで誰かの居場所を作れるのかは分からない。ここから先は、実際に見てくれる人たちに伝えられるかの勝負。
プロデューサーさんは、このライブで答え合わせをすると言っていた。今週末のライブをして、見てくれるみんなにこの気持ちを伝えられるか不安で仕方がないけれど、もうやるしかないから。
「大丈夫、きっと合ってるよ」
プロデューサーさんには詳しい内容を伝えていない。けれどもプロデューサーさんは合っていると言う。というより、信じてくれているのだろう。
「で、ですよね! 絶対……絶対!」
ライブまであと少し!
答えは分からないままだけれど、きっと……!