福丸小糸は失敗れない   作:300円

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5章
どこへ行こうか?


 WING本選への出場が決まってから一日明けて、起きてすぐに夢ではないかと疑ってしまった。それを実感したのはお昼を過ぎてから。

 

 今日は週明けだというのに、学校には行っていない。朝から雛菜ちゃんを起こして、事務所へと直接向かった。それからすぐに、プロデューサーさんの車でテレビ局へと移動。打ち合わせもほどほどに、リハーサルと本番。

 

 今日は歌番組の収録で、大まかな流れは踊っていいとものときと同じだった。違ったのは番組の雰囲気で、あの時ほどの緊張感はないように感じた。

 

 そして、やはり歌番組。歌うだけでは終わらない。

 

「ノクチルといえば、WING出場おめでとうございます!」

 

 司会の人が言うと、スタジオに拍手が流れる。もちろん本物の拍手もあるのだけれど、主に聞こえてくるのはスピーカーからの音。

 

 だからといって、偽物だと非難する気はない。実際に番組の時間を使って祝ってもらっているのだし、あくまで番組を盛り上げるためのものだということは理解できる。

 

「あざます」

 

 司会者に応えるのは透ちゃん。これももちろん番組の計画通りなのだけれども、ここから先は何も決まっていない。

 

「結成からわずか半年、それも幼馴染四人のユニットでの出場! どうですか?」

 

「あー……」

 

 リハーサルでは、こういうことを聞きますとだけ言われていた。だからこの先を聞くのはこの場にいる全員が初めて。なのだけれども、その言葉はいつになっても出てこない。

 

 何か言ったほうがいいのだろうか。しかし、それで番組の進行を妨げるわけにはいかない。そうして悩んでいる間にも、時間だけは過ぎていく。

 

 しびれを切らした円香ちゃんが口を開くのが見えた。ほぼ同時に、透ちゃんがようやく続きを喋った。

 

「内容飛んだわ」

 

 一瞬の静寂ののち、どっと笑いが沸き起こる。

 

「忘れるんかい!」

 

 司会者のツッコミで、笑いは更に大きくなる。

 

「やー、でも僕は好きですけどね、ノクチルのこういうマイペースなところ」

 

 マイペースなのは主に透ちゃんなのだけれども。

 ただこれは、周りから見ればそういう評価を受けている、ということでもある。

 

「貴重なアピール時間でノクチルらしさを見せていただきました。お次は~」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 番組収録は無事に終了した。

 

 歌もダンスもまだ課題はあれど満足できる仕上がりになっていたと思う。そしてやはり、アイドルとして続けていくにはまだまだ課題があるのだと実感した。

 

 踊っていいともでも感じたことだが、トーク力が全くと言っていいほどない。というか、基本的に透ちゃんにしか質問がいかないし、他の三人はトーク中はただただじっとしているだけというのが現状だ。

 

 マイペースな透ちゃんが喋っているのだから、マイペースな雰囲気になるのは当たり前で、ノクチルがマイペースなユニットと言われることにも納得がいく。

 

「ふう……」

 

 楽屋に着いて、衣装から着替えて椅子に座って一息。

 トークは何もしていないとはいえ、歌って踊ったのだし、それなりに緊張もしていた。

 

 もうお昼はとうに過ぎていて、もうすぐ日が沈み始める時間。

 朝からこの時間までずっと緊張していたのだから、疲れないはずがない。自分に意味のない言い訳をしながら周りを見てみる。

 

 もうみんな着替え終わっていて、あとは楽屋から退出する時間を待つのみとなっている。

 

 WINGの準決勝までは、あと二週間。昨日準決勝進出が発表されると同時に、大量に事務所へ電話がかかってきた。もちろん全てプロデューサーさんが受け取っていたけれども、聞いていた感じではどれもお仕事の依頼で、一旦全て保留にしていたようだった。

 

 今はまだ、プロデューサーさんが次の新しいお仕事の話をしていないことから、スケジュールを調整しているのだろうと思う。

 

 どちらにせよ、元々受けていたお仕事に、追加で受けるかもしれないお仕事。それにレッスンと学校が重なればとてもではないが遊んでいる時間などなさそうだ。

 そう思っていたから、透ちゃんの言葉を聞いたときには驚いた。

 

「今度の水曜日さ、仕事ないじゃん。遊びに行こ」

 

「ぴ、ぴえっ!?」

 

 それこそ、声の出てしまうくらいに。

 

 確かに透ちゃんの言うとおり、今度の水曜日にお仕事は入っていない。レッスンの予定も今は入っていない。

 

 なので自主レッスンをするつもりだった。結局、プロデューサーさんとの約束を過ぎた今も、レッスン場はたまに借りている。

 

「浅倉、その日は……」

 

 円香ちゃんが何かを言いかけて、やめる。代わりにため息をひとつ。

 

「どう、小糸ちゃん?」

 

 まるで円香ちゃんも雛菜ちゃんも大丈夫だと分かっているかのように、透ちゃんはわたしにだけ問いかけてきた。

 

 それはおそらく、最近までわたしが一人で自主レッスンをしていたからだろう。

 そして同じ理由で、わたしはみんなと遊びに行きたいとも思っていた。

 

 ここ最近ずっとみんなと遊んでいない気がする。最後に行ったのは……踊っていいとものあとだろうか?

 たしか九月の中旬頃だったから、二ヶ月近く遊びに行っていないことになる。

 

 レッスンもお仕事も楽しいし、不満はないけれども、寂しくないといえば嘘になる。やはりみんなと遊びたい。

 

 今までは精神的にも時間的にもその余裕はなかったけれど、本当は今もないけれど、それでもみんなと遊びたいから、頷いてしまった。

 

「う、うん。大丈夫だよ……!」

 

「やった」

 

「あは~みんなで遊びに行くの久しぶり~」

 

 てっきり、わたしが一人でレッスンしている間もみんなで遊びに行っていると思っていたけれども、雛菜ちゃんの口ぶりからするに、どうやら違うようだ。

 

 もしかすると気を使わせてしまっていたかもしれないと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 

「あとはプロデューサー……」

 

 透ちゃんはそう言うと、周りを見回す。けれども、そこにプロデューサーさんの姿はない。

 

 

「浅倉」

 

 円香ちゃんはため息混じりに言うと、透ちゃんの肩に手をあてて首を横に降る。

 

「そっか……プロデューサーはもう……」

 

「おい、勝手に殺すんじゃない」

 

 重い雰囲気を崩したのは、他の誰でもなく、今しがた楽屋に入ってきたプロデューサーさん本人。

 

「乙女が四人集まってる楽屋にノックもなしで入ってくるなんて、とんだ変態ですね。幽霊なら許されるとでも思いました?」

 

「あは~変態だ~」

 

「えっ、ぷ、プロデューサーさん……変態さん、なんですか……?」

 

 頭で考えるよりも先に口に出ていた。

 

 あとから失礼なことを言っていないかと不安になったけれども、なんだかそういう雰囲気なので流れに身を任せたということで、自分に言い訳をしておいた。

 

「こ、小糸まで……って、そもそも準備できたからって呼んだのは円香だろ!?」

 

 それは知らなかった。けれども、特に驚くことではない。円香ちゃんはちゃんと周りを見れて、先に先に手を打っておく人なのだから。

 

「ほら、もう行くぞ。準備は……できてるから呼んだんだもんな」

 

 そう言って踵を返すと、楽屋を出ていくプロデューサーさん。

 追いかけるように、透ちゃんと雛菜ちゃんが出ていくのを見て、ふと振り返る。

 

「わ、忘れ物は……」

 

 雛菜ちゃんの忘れ物は……ない。

 

 わたしの髪留めも……大丈夫。

 

 透ちゃん……も今日は大丈夫だったはず。

 

「よ、よし……!」

 

 とは言ったものの、やはり不安だったので円香ちゃんの表情を伺う。

 

「ん」

 

 小さく頷くと、円香ちゃんは少しだけ口角を上げながら楽屋を出ていった。

 

 今日の朝、この部屋に着いて、準備をして、収録をした。

 

 どう映っているかは、放送されるまで分からないけれど。

 

 ――みんなが楽しんでくれると、いいな

 

 

 ◇◇◇

 

 

「で、プロデューサーは行く?」

 

「え、なんの話だ?」

 

 プロデューサーさんの運転で、車が発進してまもなく、助手席に座る透ちゃんが質問を投げかけた。

 

「さっきの……あー、明後日遊びに行くって話してた」

 

 どうやらプロデューサーさんが聞いていたのは死んだことにされたところからだったらしい。透ちゃんも途中で気がついたのか、聞き方を変えていた。

 

「今度の水曜日は……」

 

 一瞬だけ、バックミラー越しにプロデューサーさんと目が合った気がした。わたしが後部座席の真ん中に座っているので、プロデューサーさんはおそらくただ後ろを確認しただけだろう。

 

 そういえば、円香ちゃんも同じような反応をしていた気がする。そう思って円香ちゃんを見ると、しかめ面で運転席を睨みつけていた。

 

「いや、俺は遠慮しとくよ」

 

 そう言うとプロデューサーさんは車を止める。赤信号だ。

 

「またすぐに忙しくなるだろうし、みんなで楽しんでくるといい」

 

 小さく、透ちゃんの体が跳ねた気がした。気のせいで、ただ曲がっていた体を起こしただけかもしれない。

 

「あ、えー……そっか」

 

 その声は、どこか落ち込んでいるようにも聞こえた。

 直後に、円香ちゃんがわざとらしい、大きなため息とともに、小さく呟いた。

 

「ほんと、そういうとこばっか」

 

 その言葉の意味は分からないままに、次の話題へと変わってしまった。

 

「雛菜、海行きたい~」

 

「いいね、海」

 

「正気? もう寒いに決まってるでしょ」

 

 真冬とはいえないものの、もう冬には違いない。行ったことはないけれども、きっと冬の海は寒いだろうというのはなんとなく想像できる。

 

「え~じゃあ山~」

 

「いいね、山」

 

「一緒でしょ」

 

「じゃあ川~」

 

「わざとやってる?」

 

 なんとなく雛菜ちゃんがアウトドアなことをしたいのは伝わってきた。けれども、アウトドアで外なのだから、もちろん寒いに決まっている。

 

「え~円香先輩不満ばっかりじゃん~」

 

 信号が青になり、車が再び進み始めると、プロデューサーさんが言う。

 

「じゃあ、バーベキューなんてどうだ?」

 

「話聞いてました?」

 

 プロデューサーさんは左手で頬を掻きながら、あははと笑う。

 

「屋内でもできる場所があるんだよ。みんなの家からは少し遠いから……送迎はするよ」

 

 屋内でバーベキューをするのは、それはバーベキューと言えるのだろうか?

 バーベキューセットでお肉を焼いていたら実質バーベキューなのかもしれない。きっとそういうものだろう。

 

「それでもいいなら、学校終わったら事務所で待っててくれ」

 

 プロデューサーさんに送迎してもらうのならば、集合場所は家よりも事務所のほうがいいだろう。それに、明後日はオフとはいえ学校はあるのだから、多少下校がばらついても事務所に集合するのなら問題はない。

 

 円香ちゃんは終始不満そうにしていたけれど、それ以上なにかを言うことはなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 番組収録から一日。家に着くと、台所にはお母さんが待っていた。

 

 時間はもう十一時を過ぎている。今日も居残りでレッスンしていたらこんな時間になってしまった。

 

 毎日わたしよりも早く起きて、朝ごはんとお弁当を作ってくれていることを考えると、お母さんはもう寝ていてもおかしくない時間。

 

「おかえり」

 

「た、ただいま」

 

 それでもこうやって、晩ごはんを温めて待っていてくれる。

 

「あ、あとはやるから、お母さんは寝てもいいよ……? 明日も早いんでしょ?」

 

 なら、もっと早く帰ってきたらどうだと、自分に指摘される。けれど、レッスンをやめたくはない。

 だからせめて、お母さんへの負担を少しでも減らせたらという気遣いのつもりでもあった。

 

 

「いいから、早く荷物おいてきなさい」

 

 

 一蹴されてしまった。

 

 けれども、わたしはわたしで、レッスンで疲れている。申し訳ないとは思うけれど、ここはお母さんの気遣いに甘えることにする。

 

 階段を上がり、かばんを置いて、制服から着替える。再び階段を下りると、居間ではもうご飯の準備が終わっていた。

 

「いただきます……!」

 

 フライパンを洗っているお母さんの背中に、少しだけ大きな声で。

 

 すると、お母さんは水を止めて、タオルで手を拭きながらこちらに振り返る。

 

「うぃんぐ……だっけ? いつやるんだっけ?」

 

「も、もう、何度目!? 来週の土曜日だよ!」

 

 ここ最近、毎日のように聞かれている。

 何度聞いたところで答えは変わらないし、カレンダーにもしっかり書いてあるというのに。

 

「ご、ごめんね?」

 

 そんなお母さんに、ううんと首を横に振る。

 

「ち、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不安だし、怖いけど、楽しみだよ!」

 

 きっと、お母さんも不安なのだ。もしかしたら、わたし以上に。

 

「お母さんは緊張で胃が痛いわ……」

 

「わ、わたしより緊張しないでよ!」

 

 あははと笑うお母さんを見て思い出した。明日のことを伝えなければ。

 

「明日なんだけど、透ちゃんたちとご飯食べに行くから……その……」

 

 いつもご飯を作ってくれている人に対して、わたしの都合でいらないなんて、言っていいのだろうか。

 躊躇いは言葉を止めてしまう。

 

 

「いらない?」

 

 

 しかし、お母さんは嬉しそうに笑っていた。

 

「う、うん……えっと、ごめんね?」

 

 疑問系で謝ってしまった。笑っているお母さんを見ていたら、謝るのが正しいのかすら分からなくなってしまったのだ。

 

「ううん、いいの。遅くなりすぎないようにね。車、出す?」

 

「う、ううん。プロデューサーさんが出してくれるから大丈夫!」

 

 それに、家にある車は確か四人乗りだから、みんな乗ることができない。わたしだけ別で帰るというのも寂しい。

 

「そ、そうよね。……その、プロデューサーさんはどう?」

 

 どう、とは。

 

 元気にはしている……と思う。

 頑張ってくれているとも思う。

 

 けれどそのどちらとも、お母さんの意図とは違う気がした。

 

 首を傾げると、お母さんが慌てて補足する。

 

「……実はね、わたしが親らしいことを小糸にしてあげられなかったから、プロデューサーさんに代わりになってってお願いしたの」

 

「ぴえ……っ!?」

 

 一体何をお願いしているのか。

 

 思い返してみれば、レッスンのときもいつも迎えに来てくれているし、明日だって車を出してくれるし、子供扱いされてばかりかもしれない。

 

 でもそれは、あくまで大人と子供という関係であって、親と子という感じではなかった気がする。

 

 どうやら、感じたことは間違いではなかったようだ。

 

「でも、断られちゃった。あくまで一人の大人として、プロデューサーとして接するってね」

 

「と、当然だよ……もうっ!」

 

 プロデューサーさんだってお仕事でやっているのだから、そんなお願いを聞けるわけがない。

 

 でも、お母さんの言っていることが本当だとすると、どうしてだろう、プロデューサーさんが少しだけ遠ざかるような感じがした。

 

 けれども今は、お母さんに伝えなければならないことがある。

 

 とても大切で、誤解してほしくないこと。間違えてほしくないこと。

 

 

「お、お母さんは、ちゃんとわたしのお母さんを……してくれてるよ」




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