福丸小糸は失敗れない   作:300円

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やりたいけど、やりたいなら

 落ち葉が道のあちこちに残って、道を赤くしている。たまに踏みながら、避けたりもして歩く。

 

「うー、さむっ」

 

 二つ隣を歩く透ちゃんが身を震わすと、正反対を歩く円香ちゃんが深くため息をつくのが聞こえた。

 

「だからもう一枚羽織ったらって言った」

 

「えー、朝が一番冷えるかなって」

 

 わたしもお母さんに言われなければ同じように震えていたかもしれない。朝は少し冷える程度で、上着はなくともなんとかなると思っていた。

 

 けれども、昼を過ぎてもなかなか気温が上がることはなく、日が落ちてきた今は、朝と同じか、それ以下になっていた。

 

「う、上着とってくる?」

 

 まだ集合時間までは余裕がある。一度家に帰ってもなんとか間に合う時間だろう。

 

「大丈夫、歩けば温かくな……さむっ」

 

 叱咤するように、北風が吹いた。

 

「じゃあ、雛菜が温めてあげる~」

 

 そう言って、雛菜ちゃんは透ちゃんの腕に抱きつく。

 

「おー、ぬくいぬくい」

 

 勢いよく抱きつかれて、一瞬バランスを崩した透ちゃんは、すぐに立て直すと雛菜ちゃんを受け入れた。

 

 そして、寒いままの左腕を見つめて、手をグーパーさせる。それから、落とした視線を上げて、円香ちゃんを見――

 

「しない」

 

 見た瞬間に断られていた。

 

「えー」

 

 透ちゃんが、とてもやる気とは思えない抗議の声を上げて苦笑いをすると、ようやく事務所が見えてきた。

 事務所には大体誰かしらがいるので、おそらく暖かいだろう。

 

「あれ、もしかしてー?」

 

 と背後から声をかけられる。知らない人の声だけれども、聞き覚えはある。

 

 振り向いてみると、胸あたりまで伸びたグラデーションのかかった髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる人物が一人。

 

「あ、やっぱそうじゃん~!」

 

 何かに気づいたその人は、歩くペースを早めてこちらに来るが、こちらは誰も何も言わない。

 

「あっ」

 

 近くで見て思い出した。

 

「知り合い?」

 

 すかさず透ちゃんが聞いてくる。

 

「え、えと、ストレイライトってユニットの、愛依さんって人……だったと思う」

 

 自信がないのは、ネットで調べたときと、印象がだいぶ違っているから。

 もっと目力が強いというか、怖い感じの人の印象がある。

 

「あー先輩」

 

 透ちゃんがそうつぶやく頃には、愛依さんは目の前まで来ていた。

 

「やばー、初めてだよね? なかなか挨拶できなくてごめんね~」

 

「あー、こちらこそ?」

 

 透ちゃんが視線を落としながら言う。

 

「それで? みんなもこれからレッスンなん?」

 

 も、と言うからには、愛依さんはこれからレッスンなのだろう。自主レッスン中に他のユニットの人が入ってくることは多々あるけれど、最近はストレイライトの来る頻度が高い気がしていた。

 

 この愛依さんという人はまだ高校生のはずなのに髪を染めているし、動画を見ている感じだと少し怖い感じなのであまり近づかないようにしていた。

 

「えーと、ごはん?」

 

 そしてやはり疑問系の透ちゃん。

 

「事務所でご飯? まーやってるとこはあるけど……」

 

「すみません、正確には事務所で待ち合わせてご飯に行く、です」

 

 円香ちゃんの補足で納得したのか、大きく頷きながら笑う。

 

「あーそれなら分かるわー。とりあえず事務所でーみたいな感じになるよねー」

 

 なるのだろうか。と、思ったけれど、わたしたちも結構な頻度で事務所を待ち合わせ場所に使っている気がする。そのほとんどはレッスンのための待ち合わせだけれども。

 

「それはそうと、ノクチルももうすぐWINGっしょ? いやー懐かしいなー」

 

「へー、出たんだ」

 

 透ちゃんのその言い方は誤解を招くような気がした。出るようには見えないと言っているようにも受け取れるから。

 

 知らないのは仕方がないけれど、それをわざわざ口に出す必要はないのに。

 しかし、幸いにも愛依さんはその言葉に悪意はないと捉えてくれたようだ。

 

「出た出た。もーめっちゃ緊張したわ。……って、これじゃプレッシャーかけてるみたいじゃんね」

 

「ねね、勝ったん?」

 

 その一瞬。ほんの一瞬だけ、愛依さんの笑顔の奥に、なにか別のものが見えた気がした。

 

「もち~」

 

 と、次の瞬間には先程までと変わらない笑顔でブイサインをこちらに向けていた。

 

「でもさでもさ、ノクチルのみんなもいまめっちゃノッてるし、大丈夫だって!」

 

 そう言うと、愛依さんはこちらを睨む。

 

「ぴっ……」

 

 なるほど、蛇に睨まれた蛙とはこういうことかと、体に反して思考は思ったよりものんびりしていた。

 周りが止める猶予もなく、愛依さんは私の目の前まで歩いてくる。

 

「ぴぇ……」

 

 目の前に迫った愛依さんはとても大きくて、目力に圧されて思わず目を逸らす。

 次の瞬間には、頭を引っ張られる感覚と共に、顔に柔らかいものがあたっていた。

 

「こんなかわいい子がいるんだしさ~」

 

 後頭部を撫でられるような感覚で、抱きつかれているとようやく理解した。

 

「ぴえぇ……っ」

 

 周りに助けを求めてみるけれども、胸に押し付けられた口からは籠もった声しか出てこない。

 

 しかし数秒経って、違和感に気づく。

 別に息が苦しいわけではないし、頭を撫でる手の動きも力は入っておらず、ゆっくりとしてふんわりしている。

 

 純粋に心地よくて、すこしだけ懐かしくて、このままでもいいかも、なんて思ってしまうほど。

 

「あの、そろそろ行ったほうがいいんじゃ?」

 

「ああっ、ごめんねー。びっくりさせちゃった……よね? いやー前見たときから撫でてみたいと思っててついつい」

 

 円香ちゃんの一言でようやく解放された。けれども、少しだけ名残惜しさを抱いてしまっている自分もいた。

 

 あははと笑う愛依さんは手を振りながらわたしたちを追い越して事務所へと入っていく。

 

 気がつけば、わたしもひらひらと手を振っていた。完全に無意識のことで、なんだか恥ずかしくなって慌てて手を下げる。

 そんなわたしに、今度は透ちゃんが近づいてくる。顔を近づけて、そっと囁く。

 

「ね、どうだった?」

 

 顔が近すぎたので、後ずさりをしながら距離を取る。

 

「ど、どうって、なにが……?」

 

「ほら、柔かった?」

 

 透ちゃんの言葉の意味を理解するまでに、五回瞬きをした。首を傾げた頃に、ようやく理解する。

 そして、顔にあたった感触を思い出して――

 

「も、もう透ちゃん! なに言ってるの!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 事務所に着くと、わたしたちを追い越したはずの愛依さんがいなくなっていた。

 そもそも愛依さんはレッスンに来ているはずなのだから、事務所にいないのは当たり前ではある。

 

 胸に、なにかもやもやとしたものが生まれていた。

 

 その正体は分かっている。わたしたちはレッスンをしなくていいのかという不安と焦燥感。

 

 しかし、今日事務所に来ている目的は別。ご飯を食べに来たのに、レッスンの準備をしてきているわけがない。……一応一通りのジャージやシューズはレッスン場のロッカーに置きっぱなしだけれども。

 

 そもそも、プロデューサーさんとの待ち合わせ時間まであと三十分もない。そんな短時間ではウォームアップしただけで終わってしまう。

 

 

「したい?」

 

 

 思わず透ちゃんを見てしまう。

 

 誰がとか、なにをとか、そういうものをすべて取っ払った、本当にシンプルな問い。

 

 それを見た円香ちゃんが、口を開いて何かを言う寸前で止める。代わりに口から出てきたのは小さなため息。そしてその視線はわたしの方へと向けられる。

 

 雛菜ちゃんは笑顔を変えないままわたしを見ている。

 

「……わ、わたしたちも、れ、レッスンしたほうがいいのかもって思う……けど、今日は……」

 

 今日はレッスンをしに来たのではないと、そう言おうとした。

 言えなかったのは、透ちゃんが歩き出してしまったから。

 

「と、透ちゃん……!」

 

 そもそも今日はストレイライトの人たちが使っているからレッスン場は使えない。

 

 それに、もうすぐプロデューサーさんが来て、それからみんなでご飯を食べに行くのだから、レッスンの時間などない。

 

 透ちゃんは足を止めて振り返ると一言だけ呟くように言ってから再び歩き出す。

 

「やろうよ、レッスン」

 

 まるで何かのキャッチフレーズかのようなその言葉は、それでもみんなを動かすには十分過ぎた。

 

「ま、円香ちゃん、雛菜ちゃん……!」

 

 透ちゃんを追いかける二人を追いかけて、わたしは事務所を出た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レッスン場のドアを開けた瞬間、空気が固まっていたように感じた。

 愛依さんは笑いながらストレッチしていたし、冬優子さんは笑顔でこちらを見ていた。あさひさんは……ウォームアップだろうか、しばらく駆け回ったあとにこちらに気づいて足を止めた。

 

「あ、お疲れ様っす!」

 

「おつかれーっす」

 

 あさひさんの挨拶に、同じような気軽さで透ちゃんが返すと、冬優子さんが近づいてくる。

 

 ウォームアップが終わったあとだったのか、その余裕そうな笑顔とは裏腹に、髪は少しだけ汗で湿っていた。そんな冬優子さんが口を開いたちょうどその時、あさひさんが言う。

 

「あれ、今日ってわたしたちだけっすよね? なんかあったんすか?」

 

 冬優子さんは開いた口を一度閉じてから、もう一度開く。

 

「あさひちゃんの言うとおりだったと思いますけど……ふゆたち、間違えちゃいました?」

 

「あーいや、えーと……」

 

 珍しく言葉に詰まる透ちゃんに、助け舟を出したのは円香ちゃん。

 

「すみません、そちらは間違えてないです」

 

 それだけ言うと、円香ちゃんはこちらに視線を向ける。まるで……まるでではない、間違いなく、続きは任せたと言っている目だ。

 

 そんなこと突然言われても、ここに来た理由はみんなが来たからで……。

 

 

 いや、違う。

 

 

 わたしはわたしの意志でみんなについてきて、わたしの意志でここにいるはず。でなければ、みんなを止めていたはず。

 

 そもそも、レッスンしたいと思ったのはなぜか。

 

 わざわざ事務所まで来たから?

 

 でも、今日はレッスン場が使えないことを知っていた。

 

 まだ少しだけ時間があるから?

 

 でも、練習するのに必要な時間はないことを知っていた。

 

 視線を泳がせると、愛依さんと目が合った。笑って手を振ってくれた。

 

 ……いま思いついた言い訳かもしれない。けれど、思ったことは本当だ。

 

「え、えと……お邪魔なのは承知なんですけど……せ、先輩たちに教えてもらえないかなって、お、思って……」

 

 でも、それはただのわがままだ。

 この時間のこの場所はストレイライトのものだと決まっている。だから、ここで断られたなら、素直に事務所に戻ろう。

 

「……ノクチルさんたちが大事な時期なのはふゆも知ってます……けど――」

 

「いいっすよ!」

 

 冬優子さんの言葉を遮って、先ほどの挨拶と同じ口調で返事をしたのはあさひさん。

 その言葉に冬優子さんは、一瞬だけ固まってから反応する。

 

「あさひちゃん、ふゆたちももうすぐライブでしょ? まずはふゆたちの完成度を上げないとだよ?」

 

 冬優子さんの言うとおりだと思った。逆の立場なら、同じことを思っているだろう。実際に発言できるかは分からないけれども。

 

「んー……いいんじゃない?」

 

 諦めよう、そうみんなに言おうとしたとき、先程までストレッチしていた愛依さんが、いつの間にかあさひさんの隣に立って言った。

 

「ノクチルのみんなもそんなに長くしないっしょ? ほら、教えるのも勉強になる的な?」

 

「そうっすそうっす!」

 

 少し距離が空いていたから定かではないけれども、あさひさんの相槌で、冬優子さんの頬がヒクヒクと震えていたように見えた。

 

「……でも、ふゆたち厳しいかもですよ?」

 

「そ、それじゃあ……!」

 

 その言葉を、教えてくれるということだと受け取った。

 

「ばっちこーい」

 

 気の抜けたような透ちゃんの、気合いの入った言葉は、果たしてストレイライトには伝わっただろうか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 集合時間にまたしてもギリギリになってしまった。

 また円香に小言をつかれるなと苦笑しながら事務所のドアを開けた……のだけれども、そこに四人の姿はなかった。

 

「あれ、今日……だよな。だって今日は……」

 

 誰もいない、静まり返った事務所で、微かににぎやかな音が聞こえてくる。

 

 そういえば、今日はストレイライトのレッスン日だった。ストレイライトも、もうすぐ大きなライブを控えていて、今が正念場という時期だろう。

 

 しかしそのにぎやかな音には、違和感があった。

 音が多い気がする。普段と違う物音が何度も聞こえてくる。

 

 もしやと思った。まさか違うという考えは一瞬で消える。やりかねない……というか、それしかないと確信していた。

 

 急いで階段を上り、レッスン場のドアをゆっくり、少しだけ開けて中を覗く。

 

「あー! ちがうっすー! こうっす、こう!」

 

「……こう?」

 

「じゃなくて、こうっす!」

 

 ドアを開けてすぐに聞こえてきたのは、ストレイライトの芹沢あさひちゃんの声。そしてそれに応えているのは、透。

 

 その隣では、黛冬優子さんが円香に何かを教えている。

 

「ゆっくり吐いて……そうそう、そんな感じです!」

 

「声出すのに、こんなにゆっくり吐いてていいの?」

 

「これはあくまでトレーニングですよ。肺活量を増やせれば、ブレス間際でも苦しくならないでしょ?」

 

「……そうですね」

 

 そして、そのさらに隣では、雛菜と小糸が和泉愛依さんに教わっている。

 

「あーここでの位置移動難しそーだねー」

 

「そ、そこは両端に立ってるわたしと円香ちゃんが少し早めに移動してて……」

 

「え~そうだったっけ~?」

 

「ひ、雛菜ちゃんは真ん中だから知らないだけだよ!」

 

「あっはは。じゃあさじゃあさ、いっこ前のフレーズでこの辺に行くとか……」

 

 そんな光景を見て、最初に思ったのは「止めなくては」ということ。

 

 大事なライブを抱えているストレイライトを邪魔してはいけないと、そう思った。

 

 

 ――そんなこと、できないな

 

 

 それは俺の勝手な気持ちだ。そもそも本当に邪魔だったなら、ストレイライトの三人が黙ってはいないだろう。それならばきっと、俺の出る幕はない。

 

 音が出ないように、ゆっくりとドアを閉めて、今上がってきた階段を下りる。下りながら、ポケットからスマートフォンを取り出して、電話をかける。

 

 俺はあくまで裏方で、みんなが余計なことを考えなくていいようにしなければならない。だから、今やることは一つだけ。

 

「あ、今日予約していた者ですが……はいそうです。時間を少しずらしたいのですが……」




焼き肉行きたい~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
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