福丸小糸は失敗れない   作:300円

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ビバ、ハピバーベキュー

「ごめん」

 

「え、何かあったか?」

 

 プロデューサーさんに呼びかけられてレッスンが終わるまで、結局一時間以上経過していた。ストレイライトにお礼を言って出ていこうとしたところを、冬優子さんに止められて、レッスン後のストレッチにさらに十五分。

 

 当初の予定からは随分と遅くなってしまった。

 しかし、プロデューサーさんがそこに言及することはなく、なんとなく気まずい雰囲気のまま車に乗り込んだ。

 

「あーえっと……遅れたこと、連絡してなかったから」

 

 車が発進してから数分。会話は透ちゃんの謝罪から始まったというわけだ。

 

「大丈夫。お店には連絡して遅れること伝えたし、みんなの為になるならこれくらいお安い御用さ」

 

 プロデューサーさんが左手でレバーを操作すると、ゆっくりと前方に力がかかる。シートベルトはしているけれど、リラックスしているので自然と前のめりになっていく。

 

「でもまあ、たしかに連絡は欲しかったかもな。それは次気をつけてくれればいいよ」

 

 前方向にかかった力はゆっくりと解かれていき、代わりに反対の後方への力に変わっていく。

 

「知ってたなら止めればいいのに」

 

 隣に座っているわたしにかろうじて聞こえるくらいの声で、円香ちゃんが呟く。顔を向けると、その表情からは不満……というよりは、呆れのようなものが感じられた。

 

 再びゆっくりと前に力がかかっていき、車は停止した。車が止まったからか、会話の続きか分からない絶妙な間を空けて、透ちゃんがプロデューサーさんを見る。

 

「ねえ、ほんとに来ないの?」

 

「あは~それ雛菜も聞こうと思ってた~」

 

「ああ。俺がいたら気も休まらないだろ? それに実は今日、近くて打ち合わせを入れられたんだ。……もちろん、終わった頃に迎えに来るから安心してくれ」

 

 それに、透ちゃんは小さく、それでもプロデューサーさんにも聞こえるはずの声で呟いた。

 

 

「違うんだけどなあ……」

 

 

 プロデューサーさんは顔を透ちゃんに向けると小さく首を傾げる。

 

「え? すまん、聞き取れなかった」

 

「んーん、なんも」

 

 透ちゃんが首を振ると円香ちゃんが大きなため息をつく。なんとなく良くない空気を察したけれども、原因がわからないし、何を言っていいのかも分からない。

 

「前。信号」

 

 円香ちゃんの言葉を受けて、正面を見ると信号は青に変わっていた。

 

「っとと、いけない」

 

 プロデューサーさんは慌てて座り直すと、左手のレバーを動かして車を発進させた。

 

「打ち合わせ場所もそんなに遠くないから安心してくれ。それと……」

 

 バックミラー越しに、プロデューサーさんと目が合った。前にも似たようなことがあった気がするけれども、きっと後ろを確認しただけだろう。

 

「いや、なんでもない」

 

「え、なに。気になる」

 

「気になる~」

 

 するとプロデューサーさんは、わざとらしく考えるような唸り声を上げて、答える。

 

「明日からまた忙しくなるだろうから、今日のうちにたくさん羽を伸ばしておこうな」

 

「こわ、スパルタじゃん」

 

「じゃあ、小糸ちゃん明日も起こしてね~」

 

 別に毎朝雛菜ちゃんを起こしているわけではない……と思ったけれど、ほぼ毎日どこかしらで起こしている気がする。

 

「も、もう! 自分で起きてよ!」

 

 ふと、反対側に座る円香ちゃんの顔が視界の端に写った。それはちょうど、眉間にシワを寄せてミラーを睨みつけ終わったところ。驚いて今度はしっかりと顔を向けてみるけれど、そこにあるのはいつもの円香ちゃん。

 

「なに?」

 

「う、ううん。なんにも」

 

「……へんなの」

 

 そう言って外を眺める円香ちゃんは、笑っていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 じゅう。

 

 

 油が落ちて、赤く光った穴へと落ちていく。

 赤くて薄いお肉は、網に乗せればすぐさま色を変える。隣では緑や赤の野菜たちもほんのりと湯気を上げている。

 

「うま」

 

 肉の一つを透ちゃんが手にして、小皿に注がれた甘ダレにすっと通してから口へ運ぶ。

 

 

 じゅう。

 

 

 すると、新しいお肉が網に載せられる。落ちた油は一瞬だけ炎を強くして、消えていく。

 

「野菜も食べたら?」

 

「ん、いいや」

 

「食べろって言ってんの。雛菜も」

 

「あとでね~」

 

 お肉を載せているのは円香ちゃんで、食べごろになったお肉は順番に、透ちゃんか雛菜ちゃんの口へと運ばれていく。

 

 わたしはといえば、残されてしまった玉ねぎや人参、ピーマンたちを、焦げないように網から救出して、少しずつ食べている。

 

 よく火が通った野菜は甘みが出ていて、それを甘辛いタレをつけることで、甘みが増すのだ。

 

 バーベキューが始まってからまだ十分と少し。円香ちゃんはずっとお肉を焼いていて、少しも食べていない。

 

「ま、円香ちゃん。変わろっか?」

 

「ん、じゃあよろしく。お肉は焼けたと思ったらそこの小皿に盛っていいから」

 

「う、うん! 分かった!」

 

 円香ちゃんからトングを受け取った。じしんまんまんに受け取ったけれど、実は焼くのは初めて。

 

 家族やみんなと焼き肉に行くことはあったけれど、なぜだか誰もお肉を焼かせてくれないのだ。

 

 

 大丈夫。焼き加減は昨日調べた。

 

 

 トングをカチカチと鳴らして気合を入れる。一度やってみたかった。

 

 お肉は一度に多く置きすぎない。網が冷えてしまうから。五枚程度を、十分に間隔を空けて置く。

 

 お肉の水分が飛んで、油が表面に出てきたら焼き加減を確認。焦げ目が少しだけついたところでひっくり返す。

 

 裏面も同じように、焦げ目がつくかつかないかのところでお肉を引き上げる。お肉の内側は見えないけれど、多少中の色が変わっていなくとも、予熱で処理されるはずだ。

 

「よ、よし!」

 

 まずは第一陣。初めてにしてはよく焼けたのではないだろうか。

 

 円香ちゃんに言われたとおり小皿に移して、今度は野菜を載せておく。第二陣は野菜によって下げられた網の温度が戻ってから。

 

 そこでふと、違和感に気がつく。

 

 先ほどまでまるで奪い合うかのように食べられていたお肉だが、今は小皿に移したあともそのまま湯気を発している。

 

「小糸ちゃん」

 

 呼ばれて、振り返る。

 みんな食べないのかと言おうとして、大きな破裂音に遮られる。

 

「ぴえぇっ!」

 

 思わずトングを落としそうになってしまった。

 飛び出しそうな心臓を落ち着かせて、後ろに立っていたみんなを見ると、それぞれ円錐形のもの……クラッカーを持っていた。

 

「お、ほんとに何も出ない」

 

「あは~。小糸ちゃんすんごい跳ねてた~」

 

 透ちゃんと雛菜ちゃんは楽しそうにしているけれど、状況が理解できない。

 

 

「小糸ちゃん、おめでと」

 

 

 何がだろうと、何かあっただろうかと思考を巡らせて、その答えはすぐに出る。

 

「お誕生日おめでと~!」

 

「おめでと」

 

 拍手は三人しかいないけれど、嬉しかった。

 

 予定を合わせられなかった中学生のときにはなかった、誕生日というイベント。もちろん覚えているはずもなく、ましてや祝ってもらえるなど想像もしていなかった。

 

「昨日慌ててクラッカー探してさ、色々飛び散らないやつ」

 

「へ、へぇ~」

 

 たしかに、クラッカーといえばカラフルなテープだったり紙吹雪だったりが飛び散るイメージがある。火を扱っている場所で、食べ物がある場所で使うものではない。

 

 透ちゃんはわざわざこのために、中から何も出てこないクラッカーを探したのだろう。

 

「浅倉」

 

「ん? あ、そっか」

 

 円香ちゃんに促されて、透ちゃんはポケットに手を伸ばすと、ビニールに入った、水色の布のようなものを取り出した。

 

「はい、これプレゼント」

 

「えっ……い、いいの?」

 

 受け取ってみると、リストバンドだった。

 

「すっごい選んだやつ~」

 

 そう言われると、開けづらい。なんというか、大切にしなきゃ、汚さないようにしなきゃと思って開けるのを躊躇ってしまう。

 

「じゃなくて、この前のライブグッズの売れ残り」

 

「じゃなくて~倉庫にあったやつ~」

 

 それは、勝手に持ち出していいやつなのだろうか。……透ちゃんは親指を立てているけれど、一応あとでプロデューサーさんに確認しておこう。

 

「それを売れ残りって言うんでしょ」

 

「え~ちがうくない~?」

 

 そして、言い合っている円香ちゃんと雛菜ちゃん、親指を立ててウインクしようとして変な顔になっている透ちゃんの手首に、同じリストバンドがあることに気がついた。

 

「ほら、なんか団結感的ななにか出そうじゃない?」

 

「別に」

 

 団結感的ななにかは分からないけれど、みんなとおそろいの何かを身につけられるのは嬉しかった。

 包装を解いて、リストバンドを左手首に着ける。

 

「え、えへへっ、おそろい!」

 

 少し子供っぽいかもと思ったけれど、そんなことどうでもよくなるくらい嬉しかった。

 みんなと一緒だと、そう感じられるから。

 

「ん」

 

「おそろい~」

 

「うん、おそろいだ」

 

 透ちゃんの手にはまだ一つリストバンドが残っていた。

 透ちゃん自身は手首に着けていて、円香ちゃんも雛菜ちゃんもそれは同じ。

 だから、ただ余ったから持っていただけかと思った。

 

「これはプロデューサーの分」

 

 透ちゃんが聞くよりも先に答えてくれたおかげで、目的は理解できた。それだけではなくて、やたらと透ちゃんがプロデューサーさんを誘っていた理由も、なんとなく理解できた。

 

 リストバンドを渡すためということもあるだろう。

 ただ、リストバンドを渡すために誘っていた。というなら簡単だろうが、ならばそもそもどうして渡そうと思ったか。重要なのはそこだ。

 

 きっと、プロデューサーさんに一緒にいてほしいのだと思う。

 プロデューサーさんとの関係の間にある壁を、きっと透ちゃんも感じていて、その壁を壊したいと思っている……のだと思う。

 

 本当かどうかは分からないけれど、少なくとも筋は通っている。

 ならば、今言えることはひとつ。

 

「か、帰りに渡そうよ!」

 

「うん、そうする」

 

 透ちゃんの声は、どこか自信がないように感じてしまった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結局、一番食べたのは玉ねぎだったきぎする。けれど、みんなと同じ場所で、自分で焼いて食べるものは、どれも美味しく感じた。

 

 片付けを始める頃、プロデューサーさんがやってきた。

 

「あ~あと五分早ければお肉あったのにね~」

 

 残念そうに眉尻を下げる雛菜ちゃんに、プロデューサーさんは苦笑してから、両手に腰を当てて胸を張る。

 

「それより、聞いてくれ。次の仕事が決まったぞ!」

 

 やってきて一番最初の言葉がこれなのだから、相当嬉しかったに違いない。

 ただ、わたしの胸の中では、別の不安が大きくなっていた。

 

「オフなのに仕事の話ですか?」

 

 円香ちゃんが止めようとしてくれたけれど、プロデューサーさんが止まることはなかった。

 

「す、すまん……。でも、今回はオーディションじゃなくて、先方からのオファーなんだ。欠員埋めでも数合わせでもなくて、ノクチルがメインになる初めての収録なんだ!」

 

 そんなに嬉しそうに言われてしまったら……。

 大きくなっていく不安を抑えるために、透ちゃんを見る。きっと、大丈夫だと思ったから。思いたかったから。

 

「んー」

 

 透ちゃんは短く唸ると、両手を後ろに回して笑う。

 

「うん、分かった」

 

 プロデューサーさんは透ちゃんの気持ちなど露知らず、それと、と続ける。

 

「ついでみたいになっちゃったけれど、誕生日おめでとう、小糸」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 素直に喜んでいいものか、分からない。

 

「といっても、俺は何も用意してあげられてないんだけどな……」

 

「だ、大丈夫ですよ! お祝いしてくれるだけで、その……嬉しいですから!」

 

 きっと、わたしが言うのではダメなのだ。

 

 プロデューサーさんに気づいてもらいたい。そうすればきっと、透ちゃんのプレゼントを受け取ってもらえるはずだから。




本当は11月11日に投稿予定だったんです(ほんまか?
シャニ2ndライブお疲れ様でした!!
spread the wingで小糸ちゃんがトロッコに乗るときにトロッコを引く人にお辞儀している姿がとても印象に残っています
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