福丸小糸は失敗れない   作:300円

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なんもかんも、一緒に

「……さむ」

 

 レッスン場から出て行って、制服に着替え直して、電車に乗って。

 ここがどこだか分からない。けれど、透ちゃんが電車を降りたから、わたしたちも一緒に降りた。

 

 

 きっと、海が見えたから。

 

 

 誰が何を言うでもなく、気がつけば砂浜にいた。

 

「当たり前でしょ」

 

 もう秋とは言えないくらいに寒い日が続いているし、日も沈みかけている。砂浜だから風を遮るものもなく、寒くなる要素は十分すぎるくらいに揃っている。

 

 夏はあれほどにも涼しくしてくれる潮の香りも、砂浜を濡らす波の音も、今は寒さを際立てるだけだ。

 

 

「……ごめん」

 

 

 その謝罪は、いったい何に対してだろう。

 

 円香ちゃんの言葉に対してか、レッスンを途中で抜け出したことか、誰にも行き先を伝えずにこんな砂浜に来たことか。それとも、その全てか。

 

「なんか、キツかった」

 

 透ちゃんはひとつため息をつくと、そのへんに置いてあった石を拾う。

 

「気づいてない方も悪いでしょ、あんなの」

 

 透ちゃんは、拾った石を海に向かって投げると、もう一度ため息をつく。

 

「あは~雛菜もやる~!」

 

 楽しそうに見えたのか、雛菜ちゃんも適当に石を拾って海へと投げた。

 

「雛菜の勝ち~!」

 

 透ちゃんを見ているから、どうしてプロデューサーさんが気が付かないのかと疑問に思う。

 

 

 けれども、プロデューサーさんを見ていたら?

 

 

「ね、ねえ、本当……かな?」

 

「えー、雛菜のが遠くまで飛んだよ~?」

 

 そういう勝負だったのか。確かに雛菜ちゃんの方が遠くまで飛んでいたけれども、そもそも透ちゃんに勝負する意思があったかどうかは疑問だ。

 

「じゃなくて……!」

 

 危ない、流されるところだった。

 

「き、気づかないんじゃなくて、気づけなかったり……とか、しないかな?」

 

 わたしたちのためにスケジュールを調整して、お仕事を取ってきて、WINGも近くてオファーも増えて。毎日駆け回る中で、そんなわたしたちのワガママには、気がつけないかもしれない。

 

 

 わたしだって、同じようなことをしていたのだ。

 

 みんなとの時間を割いて、三年間勉強して過ごしてきたし、最近も自主レッスンで同じことをした。

 

 必死なとき、周りが見えなくても仕方ないのかもしれない。

 

 

「なにそれ」

 

 

 言ったのは、円香ちゃん。見れば、眉間にシワを寄せて、下唇を噛んでいる

 

「それじゃ悪者ってこと?」

 

 きっと円香ちゃんも理解してくれている。そうでなければ、わざわざ聞いてこないだろう。

 

 でも、そうではない。首を横に振って円香ちゃんの言葉を否定する。

 

「た、たぶん、誰も悪くないんじゃないかな……?」

 

 誰かが悪いわけではなくて、ただただ噛み合っていないだけ。

 

 わたしとお母さんがそうだったように、ほんのちょっとしたことなのだと思う。

 

「あー……あー」

 

 透ちゃんは、一歩ずつ海へと歩いていく。透ちゃんの髪が海と一緒に揺れて、赤い光を反射する。

 

 足が波にあたって、透ちゃんは足を止めた。

 

「……ろう」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、北風にさらわれてしまった。

 

「ばかやろー」

 

 のんびりしたような、気の抜けたような声。けれども、苛つきと悔しさと悲しみが込められた声だった。

 

 円香ちゃんが歩きだして、雛菜ちゃんが走り出した。わたしも、追いかけるように走り出す。

 

 

 

 その瞬間、影がわたしの横を掠めていった。少し遅れて、風が追いかけてゆく。

 

 

 

「ばかやろー!」

 

 

 わたしを含めた全員の肩が跳ねる。

 

 わたしたちの、誰とも違う声。透ちゃんとは違って野太くて、感情がむき出しになっていて、少しだけ怖い声。

 

 ここにいないはずの声。本当はここにいてほしい声。

 

「透」

 

 プロデューサーさんは、それだけ言うと透ちゃんの手を引っ張って波から離す。

 

「俺、気づけなくて……」

 

「ごめん」

 

 プロデューサーさんの言葉を遮って、透ちゃんは謝罪の言葉を口にする。その謝罪は、やはりなにに対してかは分からない。

 

「でも、プロデューサーには一緒にいてほしいんだ。なんもかんも、一緒に」

 

 でも、透ちゃんの気持ちに、プロデューサーさんは首を横に振る。

 

「俺はあくまで仕事でやってるし、学生じゃないから、それはできないよ」

 

「このっ――」

 

 円香ちゃんがプロデューサーさんに向かって一歩を踏み出すと、プロデューサーさんは続ける。

 

「でも、ちょっと……いや、大分認識を間違ってたみたいだ。俺はみんなの面倒を見なきゃって思ってたけど……みんな、みんなの考えを持ってるんだもんな」

 

 プロデューサーさんは自分の頭を軽く叩くと、ははと乾いた笑いを零す。

 

「当たり前だよな……そんなの」

 

 プロデューサーさんは深呼吸をすると、両手で透ちゃんの手を握る。

 

「透、それに円香も、雛菜も、小糸も。すまなかった。もう一度――」

 

 

 プロデューサーさんの言葉はしかし背後から飛んできた怒号にかき消されてしまう。

 

「こらてめえ! なにしてんだ!」

 

 

 驚く暇もなく、今まで目の前にいたはずのプロデューサーさんがいなくなってしまった。ほぼ同時に、足元からドサッと砂が跳ねる音が聞こえた。

 

「ぴぇ……っ!」

 

 視線を下に向けると、プロデューサーさんが誰かに押し倒されていた。その誰かは、プロデューサーさんから目を離すことなくもう一度叫ぶ。

 

「早く逃げろ!」

 

「い、いや、俺は――」

 

「うっせえ黙ってろ!」

 

 なにがなんだか、状況が掴めない。ただ、プロデューサーさんがビンタされたことだけは理解できた。

 

 止めないとと思ったけれど、どうやって?

 

「あの、誤解です。確かに変な人ではありますけど」

 

「あは~分かる~」

 

 そんな中でも、冷静に言葉を発したのは円香ちゃん。そして、円香ちゃんの言葉で、この誰かが誤解をしているのだと気づく。

 

 その誰かは、プロデューサーさんの胸ぐらを掴んだまま振り返ると、威嚇するように言う。

 

「は?」

 

「ぴぇ……」

 

 どうして、何も言っていないわたしを見るのか。そんな理不尽を感じながらも、口から出てきたのは引き攣った声だけ。

 

「うちらアイドル、で、そっちがプロデューサー」

 

 透ちゃんがゆっくりというと、プロデューサーさんの胸ぐらを掴んでいた手はゆるゆると解けていき、知らない誰かの顔は、夕日に照らされていても分かるほど青ざめていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほんっとにごめん! 最近この辺不審者多くてさ、てっきり……ほんとにごめん!」

 

「いや、本当に大丈夫ですから。……というより、なんかこちらこそすみません」

 

 知らない人は、酒井さんというらしい。

 

 プロデューサーさんを押し倒して、一発叩いた酒井さんは、もちろん誤解が解けたその場で謝っていた。それでも足りないと思ったのか、断るプロデューサーさんを無理やり連れて行った。

 

 もちろんわたしたちも追いかけた。

 

「家めちゃひろいやん」

 

「どう見ても旅館でしょ」

 

 なんなら入るときに「えやま旅館」と書いてあった。どうして酒井さんなのにエヤマさんなのかは分からないけれど。

 

「お詫びと言ってはなんだけど、今晩泊まってよ。服も汚しちゃったし洗濯して――」

 

 酒井さんの提案に、プロデューサーさんは慌てて首を横に振る。

 

「い、いえいえ、そこまでしてもらわなくていいですから。それに、この子たちも明日は……」

 

 明日は試験のあとに、レッスンの予定。そのはずだけれども、プロデューサーさんはそれを言わなかった。

 

「ね、泊まろうよ」

 

 透ちゃんがプロデューサーさんの後ろから声をかける。

 

「わ、わたしも、ちゃんと話したほうがいいかもって……ううん、は、話したいです」

 

 分からないけれど、そうするべきだと思った。

 

 話すだけならここでなくともできるかもしれない。けれどもこの機会を逃したら、当分……もしかしたらもう二度と話す機会を用意できないかもしれないと思った。

 

「ご飯美味しい~?」

 

 雛菜ちゃんの問いかけに、酒井さんは腕を叩く。

 

「もちろん、そこは保証するよ!」

 

「やは~! じゃあ雛菜も泊まりたい~!」

 

 理由は違うけれど、雛菜ちゃんも賛同してくれている。あとは――

 

「要は間に合えばいいんでしょ、明日」

 

 円香ちゃんに視線を向けると、ため息交じりに言う。

 

「じ、じゃあ!」

 

 酒井さんは円香ちゃんの言葉に目を輝かせながら食いつく。

 

「……あの、なにか曰く付きとか、騙してるとかじゃないですよね?」

 

 そう聞いて、はいと答える人がいるかどうかは疑問だけれども、どうやら酒井さんには効果があったようだ。輝かせた目を一度しまって、恥ずかしそうに目を逸らして頬を掻く。

 

「あー、えっと……実はうち、あまり繁盛してないんだよね。も、もちろん曰く付きとかじゃないから!」

 

 酒井さんはもじもじとしながら、後ろめたそうに呟く。

 

「そ、その、アイドルっていうので、その人気にあやかれたりしないかなーって」

 

 お詫びという割には押しが強いと思っていたけれど、なるほど納得がいった。

 

 プロデューサーさんは、何かを口にしかけて、こちらを……わたしたちに振り向く。

 酒井さんの方へと向き直ると、一歩下がって頭を下げる。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」




書きたかったシーンのひとつです。
書きたかったシーンいっぱい書けて僕は幸せです
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