福丸小糸は失敗れない   作:300円

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ヨンブンノゴ いっしょに

 プロデューサーさんは砂まみれだったし、透ちゃんは足が濡れてしまっていたので、まずはお風呂ということになった。

 

 大浴場と名のつくだけあって、本当に大きかった。桶の数からして、クラス一つが丸々一緒に入れるくらいの大きさはある。さらに男湯と女湯で別れているのだから単純計算で倍は入れることになる。

 

 そんな大きい浴場に興奮を覚えながらもぐっと抑えて、泳ぎ回る雛菜ちゃんと透ちゃんを眺めていた。

 

 正直を言うと泳いでみたかったが、お風呂で泳ぐのはマナー違反だといろいろなところで聞いているのでわたしはやらない。

 

 体が温まったところでお風呂を出ると、更衣室には浴衣が置かれていたのでそれに着替える。脱衣所をでるとすぐに部屋へ案内された。

 

 浴場の外で待っていた酒井さんは、先程とは大きく印象が変わっていた。浴衣を着て、おしとやかというか、しっかりしていそうな雰囲気だった。

 

「妹さん?」

 

 姉妹か双子か、そう思えてしまうくらいには別人のようだった。かといって、透ちゃんのように直接聞く勇気はなかったけれども。

 

「ち、ちがうわっ! し、仕事中はこういうモードなん……こういうモードなんです」

 

 恥ずかしそうに頬を赤くして振り向く酒井さんを見ていると、元のままでもいいんじゃないかと思えてしまう。

 

 それでも、このお仕事はそういうお仕事なのだろう。おしとやかにして、愛想よく、丁寧にしているべきなのだろう。

 

「こちらがお部屋になります」

 

 部屋の入り口はなんだか和風の玄関といった様子で、酒井さんがガラガラと音を立てながら開けると、すぐに襖で仕切られていて、手前は玄関のようになっていた。

 

 まるで一つの家みたいだなどと思っていると、雛菜ちゃんが靴を脱ぎ散らかして襖を開ける。

 

「いい匂いがする~!」

 

 醤油っぽい香りと、甘い湿った香りに、口の中はよだれで潤ってしまう。

 

「お食事の用意はできておりますので――」

 

「いいよ、普通で」

 

 全く知らない相手ならばともかく、わたしたちはもう酒井さんの素を知っている。

 

「そ、そう……?」

 

 これはどちらだろう。

 どちらにせよ、畏まられてはこちらとしても身構えてしまう。

 

「大丈夫です、気にするほどの神経は持ち合わせてないので」

 

「うんうん」

 

 分かっているのかいないのか、透ちゃんが嬉しそうに頷くと、酒井さんもようやく笑ってくれた。気を使っている硬い笑顔ではない。ついさっきまでの女将をやっているとは思えないやんちゃな笑顔。

 

「じゃ、ちゃっちゃと入った入った。んで、熱くて旨いうちにちゃっちゃと食え食え」

 

 きっと、普通の宿泊客に同じことをしたならば、その客はもう来ないだろう。下手をすれば怒られるかもしれない。

 

「はーい」

 

 でも、わたしたちにはちょうどいい。距離が近くて、相手が分かるほうが安心できる。

 

 

「お、おじゃまします」

 

「あはは、他人の家じゃないんだからさ。くつろいでってよ」

 

 他人の家なのだけれども。

 けれども、その一言で少しだけ気が抜けた気はする。

 

 靴を脱いで、雛菜ちゃんの靴も揃えてから奥の部屋に入ると、小さな台が五つ、コの字に並べられていた。台には料理がもられたお皿やお椀が載っていて、両側に挟まれるように置かれた台には、すでにプロデューサーさんが座っている。両隣に、向かい合う形ですでに雛菜ちゃんと透ちゃんが座っていたので、雛菜ちゃんの隣、入り口から一番近いところに座る。

 

 

 全員が座り終わると、プロデューサーさんと向かい合うように酒井さんが正座する。その座り方はゆっくりと流れるようで、思わず見とれてしまった。

 

「さてと、そこの人は別で部屋とってあるから寝るときは別でな。んで、料理の説明……はいいか。明日にでも感想聞かせてくれ」

 

 

 雛菜ちゃんがおあずけ状態なのを見て、酒井さんは苦笑する。

 

「改めて……今日はすまなかった」

 

 そう言うと、やはりゆっくりとした流れるような動きで腰を折り曲げて、頭を下げる。

 

「不器用だし、お金もないから、この場を貸すくらいしか謝罪はできない」

 

「い、いや、だからもういいって――」

 

 プロデューサーさんの言葉を遮って、酒井さんは顔を上げる。

 

「だから、ちゃんと話して、理解し合えることを願ってるよ」

 

 その声からは気軽さは感じられなかったけれども、接客っぽさも感じなかった。知り合いだとか、友達だとかに真面目に話す、そんな声。

 

 怖さを感じたのは、声にではなく、酒井さんの声が震えていたからかもしれない。

 

「それじゃ、あたしはこれで」

 

 そう言うと、ゆっくり立ち上がって音を立てずに歩き、静かに部屋を去っていった。

 

「いただきま~す!」

 

 雛菜ちゃんは、待ってましたと言わんばかりに箸をとる。そのまま前菜だとか順番だとかそういうものをすべて無視して、目の前にあるお魚に手を伸ばした。

 

 

 改めてわたしの目の前に置かれたご飯たちを見てみる。

 

 ほうれん草のおひたしに炊き込みご飯とお味噌汁。それとなんのお魚か分からないけれども、何種類かのお刺身が置いてある。小皿にはすでに醤油が注がれており、わさびは別のお皿に盛られている。

 

 盛り付けはとても丁寧で、出会った直後の荒々しい酒井さんからは想像もつかない。

 

「ん~ぷりぷりしてう~」

 

「ひ、雛菜ちゃん、口の中に入れたまま喋っちゃだめなんだよ!」

 

 ということをこれまで何度も言ってきたけれども、聞いてくれた試しはない。半分くらい諦めている。

 

 

「まあ、ここまでセッティングされちゃったんだから、ちゃんと話すか。……まあ、食べながらでもいいからさ」

 

 そう言うと、プロデューサーさんは箸を取って、おひたしを口に入れる。

 

「うん、確かに旨いな」

 

 正直、食べてもいいものかと思っていた。お話をする場として用意してくれているし、食べながら喋るのは先ほどわたしが言ったとおり行儀が悪い。

 

 つまり、食べ始めればお話ができないし、お話を始めれば食べられない。だから、プロデューサーさんの言葉のおかげでわたしは目の前の料理に手をつけることができる。

 

 

「本当はあまりこういう話はしたくなかったんだけどな」

 

 

 プロデューサーさんはお刺身を一口食べると言った。

 

「俺は、ノクチルっていうユニットについて、四人だからこそ輝くものがあると思ってる」

 

 プロデューサーさんが話している間、雛菜ちゃんも透ちゃんも聞いているのかいないのか分からないくらい料理に食いついている。円香ちゃんはゆっくりと、一応聞いていますよと体裁を保ちながらゆっくり食べている様子。なので、わたしは円香ちゃんのペースに合わせて食べるようにする。

 

「正直なことを言うと、個々の活動時に俺はあまり魅力を感じていない。もちろん、ちゃんと仕事をこなしてくれているのは知っているし、それで人気を伸ばしているのも知ってる。だから個々の活動を否定するわけじゃない。けれど、四人でいるときに比べたら、それは些細なものだと思ってるんだ」

 

 プロデューサーさんの口から、わたしたちの評価を初めて聞いたかもしれない。プロデューサーさんが普段どんなことを考えているのか、どんな思いでわたしたちのお仕事を取ってきているのか、考えたこともなかった。

 

 だから、初めて聞いた評価が、あまりプラスで内容でないことは少しだけ辛かった。

 

「でも、四人でいるときは、たまにすごく眩しく見えるんだ。だから、その邪魔をしたくないって思ってる。俺がその輝きをくすませたくないんだ」

 

 プロデューサーさんの持つ箸は、小刻みに震えていた。

 

 最近、プロデューサーさんとの間に距離があるように感じることが多かった。それは気のせいではなくて、プロデューサーさんが意図して取っていた距離だったようだ。

 

 

 

 けれども――

 

「ふぉーははふへは」

 

 

 

 プロデューサーさんの話が終わったと認識したのか、透ちゃんが箸でプロデューサーさんを指す。

 

「と、透ちゃん!」

 

 なにを言っているか分からないレベルで口に食べ物を含みながら、それも箸で人を指す姿に、さすがに指摘せざるを得ないと感じた。

 

 透ちゃんはゴクンと喉を鳴らしながら飲み込むと、再び箸でプロデューサーさんを指す。それも行儀悪いのだけれども。

 

「そーじゃなくてさ……うーん、なんだろ」

 

 違うと主張はするものの、具体的に何がとか、どうしてとか、そういった理由は一切出てこない。

 

 わたしがそうであるように、きっと透ちゃんもどうしたらいいのか分かっていないのかもしれない。

 

「……ごめん、わからん。わからんけど、そうやって壁を作られるのはやだ」

 

 無表情で冷静で大人びているように見える。けれども、言っている内容はとても子供っぽい。プロデューサーさんも困った様子で首をかしげてしまう。

 

「俺はさ、みんなみたいに付き合いが長いわけじゃなくて、まだ出会ってから半年くらいしか経ってないんだよな。だから……だからなのかは分からないけれど、たまにみんなが話していることが分からなくなるんだ」

 

「更年期では?」

 

 

 円香ちゃんの言葉に、プロデューサーさんが苦笑するのを見てから、円香ちゃんは続ける。

 

「でも、今ので理解できましたよね?」

 

 それに、プロデューサーさんは首を横に振って返す。

 

「いや、まだだ。だって、透が言いたいことはそれだけじゃないんだろう?」

 

 プロデューサーさんは白いお刺身……先ほど食べた感じはおそらくイカを醤油で黒く染めてから口に入れる。

 

「透は何か分からないけれど、壁を作って欲しくないって言ったよな。けど、俺はあくまで283プロダクションに所属してるプロデューサーでしかないんだ。みんなみたいに表舞台に立つ人間じゃなくて、みんなを輝かせるためにどうするか考える人間でしかないんだよ」

 

 確かにそうだけれども、そういう話ではない。そう思った。

 プロデューサーさんが今言っているのは、あくまでも役割の話。それはきっと透ちゃんもみんなも、もちろんわたしも理解している。

 

 けれども――

 

 

 

「そ、それって、壁を作らないと……だめなんですか?」

 

 

 

 わたしの言葉に、一斉に視線がこちらを向く。そして、プロデューサーさんが先ほど言っていた言葉をそのまま受け取るなら、この言葉だけでは足りない。

 

「と、透ちゃんが言ってる壁って、や、役割的なものじゃないって思うんです。あ、えと……違うかもですけど……。わたしと透ちゃんとか、雛菜ちゃんと透ちゃんとか、透ちゃんと円香ちゃんとか、そういうのに壁があるんじゃないかって……」

 

 それに、透ちゃんは首を横に振る。

 

「ううん、違わない」

 

 その言葉とほぼ同時に、雛菜ちゃんがわたしに抱きついてくる。

 

「雛菜と小糸ちゃんも~!」

 

「ひ、雛菜ちゃんあぶないよ!」

 

 危うく倒れそうになった。それに、雛菜ちゃんは雛菜ちゃんでほっぺたにご飯粒をつけたままだ。

 

「えっと……すまん、俺には分からない」

 

 雛菜ちゃんを押し返したところで、プロデューサーさんは眉間にしわを寄せて俯いてしまう。

 

「だからさ、違わないんだって。私らも、プロデューサーも」

 

 やはり、透ちゃんの言葉は少ない。それでも、なんとか言葉にしようとしていることは伝わってくる。

 

 みんな同じことを思っているはずなのに、だれも言葉にできない。伝えられないことが、伝わらないことがこんなにも息苦しいことだなんて知らなかった。

 

 でも、伝わっていないことが分かってしまった。だから、伝えなければならない。どうにかして。

 

「浅倉が昼に言った言葉、覚えてます?」

 

「ああ、一緒に踊るかって。でも俺も言ったとおり……」

 

「ええ、あれは浅倉ジョークです。そんな実力も運動神経もないことくらい、浅倉も私も分かってますから」

 

 今日の昼過ぎのレッスンで、透ちゃんはプロデューサーさんにダンスを一緒に踊らないかと誘った。もちろんプロデューサーさんが踊れるとは思っていないだろう。わたしは少しだけ期待してしまったけれども。

 

「でも……じゃあ透は、何に怒ったんだ?」

 

「……プロデューサーは邪魔じゃないって思ったら、こう、よくわからんくなった」

 

 

 透ちゃんの言葉に、プロデューサーさんは箸を置いた。

 

 

 みんなの視線がプロデューサーさんに集まる中、プロデューサーさんは腕を組んで俯く。久しぶりに見た、プロデューサーさんの癖。

 

「み、みんなと一緒……なんだと思います」

 

「……なるほどな」

 

「伝わった?」

 

 納得したような言葉を吐いておきながらも、プロデューサーさんは透ちゃんの言葉に頷かない。

 

「いや、分からない。けれど、俺もなんとなく感じたことがあるよ」

 

 プロデューサーさんは再び箸を取ると、お茶碗に盛られたご飯を一口分すくって、口へと運ぶ。そして数回咀嚼して、飲み込んでから続ける。

 

「俺も言葉にはできないけれど、意識してみる。だから、違ってたらまた教えてくれないか?」

 

「またこのご飯食べられるなら違っててもい~よ~?」

 

 雛菜ちゃんの言葉にプロデューサーさんは苦笑いをすると、特に何を返すでもなく、食事を進める。

 

「あ、そだ」

 

 透ちゃんは何かを思い出したかのように箸を置くと、席を立って鞄を漁り始める。

 

「お、あったあった」

 

 そう言って取り出したのは、ついこの前、わたしの誕生日に渡してくれたリストバンド。

 

「お、この前のライブで出た物販じゃないか。どうしたんだ?」

 

 そういえば、透ちゃんたちはこのリストバンドについて何か言っていた気がする。売れ残りだとか、在庫だとか。性格上、円香ちゃんは覗くとしてもプロデューサーさんに許可を取っているとは思えない。

 

 そしてもし、これが在庫から勝手に持ち出したものだとして、それが本当はダメなことで、プロデューサーさんがそれを知ったら……。

 

 

「透ちゃ――」

 

「倉庫にあった」

 

 

 透ちゃんは私を見ると首を傾げる。止めるために呼ぼうとしたけれども、手遅れだった。

 

「あー……。えっとな、そういうのは持ち出す前に一言伝えてくれると助かる。まあこれはみんなに渡してなかった俺も悪いか」

 

「あ、ごめん」

 

 透ちゃんはいたずらが見つかった子供のように、手を後ろに回してリストバンドを隠してしまう。

 

「それで、そのリストバンドがどうかしたのか?」

 

 何かあるから出してきたのだろうと、プロデューサーさんはそう言っている。

 透ちゃんは、少しだけ目を泳がせてから、再び手を前に出して、プロデューサーさんにリストバンドを差し出す。

 

「これ、みんなとおそろいだからさ、もらってよ」

 

 しかし、透ちゃんの言葉にプロデューサーさんは固まってしまった。何かを理解しようとしているというより、ただ唖然としているという感じで、口も半開きだ。

 

 しばらくして、プロデューサーさんは肩をふるわせながら手を伸ばす。

 

「そうか、そうか、俺のためか。そうか、そうだよな……!」

 

 顔を赤くして必死に笑いを抑えながら伸ばした手は、リストバンドを掴む。

 

「スーツには似合わないかもな……。でも、ありがとう……!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あ、あの、時間って……!」

 

「大丈夫、この時間なら間に合うよ」

 

 

 翌日、わたしたちは盛大に寝坊していた。

 

 ご飯を食べたあと、特に何をするでもなく寝てしまったのだけれども、目覚ましがなるはずもなく、誰かが起きるはずもなく、結局酒井さんが起こしに来るまでぐっすりと眠ってしまっていた。

 

 昨日の話だと、プロデューサーさんが家まで送ってくれるということだったのだけれども、それでは間に合いそうにない。もう家を出ている時間だから。

 

 なので、直接学校に向かうことになった。

 いつもとは違う場所から、いつもとは違う方法での登校は、もちろん不安しかない。どれくらい時間がかかるかも分からないし、プロデューサーさんの言葉を信じることしかできない。

 

「ごめんな、俺まで寝坊するなんて……」

 

 

 プロデューサーさんが苦笑いをすると、隣に座る透ちゃんがクスリと笑う。

 

「ほら、やっぱ一緒じゃん」

 

「……はは、そうだな!」

 

 

 後部座席の真ん中だから、二人の表情はそれなりに見える。まだぎこちない気もするけれど、それでも一緒に笑っていた。

 

 ふと、隣を見ると円香ちゃんが外を眺めている。ガラスに映った円香ちゃんの表情も、少しだけ嬉しそうに見えた。

 

 そして雛菜ちゃんは……。

 

 

「くかー」

 

「ひ、雛菜ちゃん寝ちゃだめだよ……!」

 

 それにプロデューサーさんが笑って応える。

 

「学校まではまだ時間があるから、もう少し寝てても大丈夫だぞ?」

 

 すると円香ちゃんが、顔を外に向けたまま、ため息をついてから言う。

 

「甘やかさないでもらえます? すぐ図に乗るので」

 

「……なかなか難しいな」

 

「あなたよりはマシかと」

 

 そんな辛辣なことを言う円香ちゃんは、やはり笑っている。いたずらっぽく、この状況を楽しむように。

 

「あ、あとさ」

 

 何かを思いついたかのように、透ちゃんが口を開く。

 

「ん、どうした?」

 

 すると透ちゃんは、少しだけ間を空けて、小さくうーんと唸ってから言う。

 

「学校の少し手前で降ろしてよ。なんかはずいから」

 

 そんな言葉を背景に、今日はいつもよりも信号で止まらないなと、そんなことを考えながら、窓の外に映る景色を眺めていた。




やっと書きたかったところまで来られました!!
長い……長すぎる!!ごめんなさい!そしてありがとうございます!!
そしてもう少しだけお付き合いください!
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