福丸小糸は失敗れない   作:300円

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決戦前夜にひとつ足す

 試験期間は今日で最後。試験期間中は、試験とレッスンしかしていなかったので、あっという間に感じてしまった。

 

 試験が終わって、つまりは明日がWING本番。つまりは今日が最後のレッスン日である。

 

 最終調整のためのレッスン……なのだけれども、ここまでやってきて、何かを変えるわけにもいかず、調整できることもあまりない。

 

 レッスンが終わり、試験も終わったということでついつい気が抜けてしまいそうになるけれども、本番は明日なのだ。

 

 いつも通りにご飯を食べて、いつも通りにお風呂に入って、いつも通りに歯を磨いて、いつも通りにベッドに入った。

 

 

「うーん……」

 

 けれども、いつも通りには寝られなかった。

 

 思い返してみれば、アイドルになってからまだ一年も経っていないのだ。透ちゃんもみんなも始めたから、一緒にいるためにわたしも始めたアイドルは、わたしの人生を大きく変えてくれた、変えてしまった。

 

 ずっと心に引っかかっていたお母さんと向き合うことができた。それに、みんなと過ごす時間も今までよりずっと増えた。

 

 なにより、この世の中にはわたしの知らないことが、学校では習えないことがたくさんあるのだと知ることができた。

 

 歌やダンス、ラジオやテレビ番組の収録、ライブの設営、スケジュールの組まれ方。そして、気持ちの伝え方。

 

 どれも、完全に理解したとはいえない。きっと……いや、間違いなく知れば知るほど新しい課題が見えてくるはずだ。

 

 

 だから楽しかった。だから頑張れた。

 

 

 まだ半年と少し。けれどもその短い期間で得られたことがどれほどのものかを、明日のWING本選で確かめられる。

 

 怖さ半分と、期待半分。心臓はひっきりなしに鳴り続けている。

 

「そ、そうだ、みんなは……」

 

 みんなも……透ちゃんも雛菜ちゃんも、円香ちゃんも同じなのだろうか。そう思ってスマートフォンを手に取る。

 

「……こんな時間に連絡したら迷惑だよね」

 

 ホーム画面の時計ではもうすぐ日付が変わろうとしていた。

 早く寝なければと自分に言い聞かせて、スマートフォンを置こうとしたら、手が震えた。いや、震えたのはスマートフォンだった。

 

「ぴぇっ……!」

 

 慌てて手を戻して画面を確認すると、透ちゃんがチェインのグループで発言していた。

 

 

『寝れない』

 

 

 それだけ見れば、助けを求めているようにも、話したそうにも見える。

 

 どちらか分からないまま、何を返せばいいかも分からずに眺めていると、再びスマートフォンは震え出す。

 

『わかる~』

 

『うるさいんだけど、巻き込まないでもらえる?』

 

 と、雛菜ちゃん円香ちゃんの順番で流れてくる。

 

 

 みんな、同じのようだ。

 

 この緊張が、不安からくるものなのか、高揚感からくるものなのかは分からないけれど、みんなも同じなのだと思うと、少しだけ安心できる気がする。

 

「で、でも、わたしも、みんなも寝なきゃだよね……!」

 

 明日寝坊しましたなんて、話にならない。寝不足で実力が出せませんでしたなんていう言い訳も同じだ。

 

「は、や、く……ね、な、きゃ」

 

 寝転がりながら文字を打つなんて、慣れないことをしていた罰が当たったのかもしれない。

 

「わあっぷ…………ったた」

 

 スマートフォンを落としてしまった。仰向けで操作していたので、顔面に思いっきり当たってしまう。

 

 すごく、嫌な予感がした。

 

 前にも同じようなことをしてしまったのだ。あれは、まだわたしがアイドルになる前のこと。

 

 応募要項を適当に埋めて、送るかどうか悩んでいるときに、手を滑らせて送信してしまった。

 

 スマートフォンを拾うと、音が流れてきた。

 

「もしもーし」

 

 どうしてこう、嫌な予感ばかりが的中してしまうのだろうか。

 

「あは~、小糸ちゃんからかかってくるの初めてかも~!」

 

 雛菜ちゃん個人にはこれでもかというほど電話をかけているけれども。遅刻だったり、遅刻だったり、遅刻だったり。

 

 でも、グループの通話をかけるのは初めてだった。そもそもわたしから発信する機会はないし、当たり前といえば当たり前かもしれない。

 

「あ、え、えと……これはちがって……」

 

 間違えてかけてしまったと、今なら伝えられるはずだった。

 

「早く寝たら?」

 

 次の瞬間には、円香ちゃんまで入ってきてしまって、言うタイミングを逃してしまった。

 

「ま、円香ちゃんまで……!」

 

「かけといて言う台詞?」

 

 ぐうの音もでない。今できることといえば、いち早くこの通話を終わらせること。

 

「そ、それはちがって……」

 

「ま、いいじゃんか。話した方が早いし」

 

 透ちゃんのフォローが心に刺さる。こうなってしまったからには責任を持ってちゃんと終わらせないと。

 

「え、えっとね、実は間違えてかけちゃって……」

 

 しかしその言葉はまたしても遮られてしまう。

 

「ま、どうせやめなかったし、浅倉の言うとおり早く終わるならいいんじゃない?」

 

 それこそ、円香ちゃんまで、だ。まさか円香ちゃんまで向こう側の人間だったとは思わなかった。

 

 三対一では敵うわけがない。もう諦めた方が賢明だろう。

 それに、みんなと話すことで、少しだけ気持ちが楽になった。

 

「あ、そだ」

 

 透ちゃんが何かを思いついたとき、それは何かが起こる予兆である。わたしがこの十年近い透ちゃんたちとの付き合いで得た知見だ。

 

 

 

 だから、ついつい身構えてしまうけれども、透ちゃんもみんなも黙ったまま、何も起きない。

 そのまま待つこと十数秒。

 

「な、なんだ……?」

 

 聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声。

 このグループにいるはずがない、プロデューサーさんの声が聞こえてくる理由は一つ。透ちゃんが招待したから。

 

「あは~プロデューサーだ~」

 

 プロデューサーさんは最近ずっと忙しそうで、明日もわたしたちのためにいろいろとやることがあるのだと思うのだけれど。

 

「と、透ちゃんなにしてるの……!」

 

「え、プロデューサー呼んだ」

 

 それは分かっている!

 

 そうではなくて、どうして呼んだのかということを聞きたい。

 

 プロデューサーさんに聞かれて困るようなことは話していない……と思うけれども、わざわざ言いふらすような場所でもない。

 

「いや、迷惑なら……迷惑じゃないから呼んだんだよな?」

 

「め、迷惑じゃないですけど……」

 

 ただでも寝られなかったのに、余計に眠気が飛んでしまった。そもそもそんな言い訳をする前に、間違ってかけたと言って通話を切ればいいのだけれども。

 

「いいえ、迷惑です」

 

 次の瞬間には、円香ちゃんに否定されていた。

 

「プライベートまで覗かれたら、休みも休まりませんが?」

 

 プロデューサーさんからしてみれば、いい迷惑だろう。夜遅くに呼ばれて、通話に参加したら迷惑だと言われるなんて。

 

「なら――」

 

「あくまで仕事なら、という話ですけど」

 

 プロデューサーさんを遮って円香ちゃんが続けた。

 

 これはつまり、仕事の話を持ち込むなと釘を刺したのだ。

 

 ここではアイドルとプロデューサーという関係ではなく、知り合いか、もしくは友達という関係であると。

 

「あは~円香先輩デレ期だ~」

 

 で、でれき……?

 

 いや、言葉の意味は知っているけれど、今の円香ちゃんが当てはまるのだろうか……?

 その言葉が意味するのは、円香ちゃんがプロデューサーさんのことをす――

 

「ないから」

 

 しばしの沈黙。誰か何か言わないと気まずい雰囲気になりそうだというタイミングで、プロデューサーさんの声が聞こえてくる。

 

「まあつまり、友達として呼んでくれたってことでいいのか?」

 

「そゆこと」

 

「こと~」

 

 知らなかったけれども、どうやらそういうことらしい。

 

 また少しだけ間を空けて、プロデューサーさんが続ける。

 

「それじゃあ友達として、助言を一つ」

 

 改まってどうしたのだろうか。何を言われるのかと緊張しながらふと目に入った時計を見ると、もう日付が変わってしまっていた。

 

「早く寝ろ!」




寝ながらスマホ弄って落としたときの情けなさって半端じゃないですよね

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