福丸小糸は失敗れない   作:300円

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分かるから、まっすぐ

 一瞬だった。数分はあるはずの曲だけれども、瞬きする時間すらなかったように感じられる。

 

 けれども思い返してみれば、ちゃんとそれ相応の時間が過ぎていたことがわかる。

 

 わたしたちが舞台袖へと戻ってくると、プロデューサーさんが拍手で迎えてくれた。

 

 大きな失敗はなかったはず。けれども、完璧かと言われてしまうと頷けない。ここはもっと大きく動けた、ここはもっと合わせられた、ここは若干音を外してしまった。記憶をたどれば、いくらでも改善点が出てくる。

 

 それでも、今できることは全てやったつもりだ。時折目に映った青い光は、前見たときよりももっと波打っていたように思える。

 

「めっちゃ綺麗だった」

 

 そう、綺麗だった。キラキラと絶え間なく動いて、まるで早送りの星でも見ているかのようで。

 ライトはとても眩しくて、けれども会場はそれ以上に、もっと眩しかった。

 

「もう一度見たかったな……」

 

 そんなことを呟く透ちゃんを見ると、名残惜しそうにステージを見つめていた。

 

「まだ終わってないけど?」

 

 まだ落ちたと決まったわけではない。いまはまだパフォーマンスが終わったばかりで、結果はこれからなのだから。

 

 だからといって、透ちゃんの気持ちが分からないわけでもない。

 

 もう一度、あの景色を見たい。もう一度あの場所に立って、不規則に揺れる青い光を眺めたい。

 

 そう思った途端、全身に力が入る。もう遅いのに、もうできることはなくなってしまったのに。

 

 わたしたちの後に続いたユニットがちょうど終わり、会場が静まり返る。それで初めて、会話が続かないことに気がついた。

 

「もしかしてみんな、緊張してるのか?」

 

 つい十数分前まで全身が震えていたはずのプロデューサーさんは、すっかり良くなったようだった。今では逆に、わたしの足が震えている。

 

「……もう少しデリカシーという言葉の意味を調べたほうがいいんじゃないです?」

 

 円香ちゃんがため息交じりに言うと、プロデューサーさんは笑って返す。

 

「はは、すまんすまん。よく言われるよ」

 

「でしょうね」

 

 そんな、いつも通りのやり取りを見たからだろうか。先ほどよりは気持ちが楽になった気がした。

 

「まあ、俺は……」

 

 

 そこまで言って、プロデューサーさんは口を閉じてしまう。

 

「え、なに?」

 

 もしかすると何かを言ったのかもしれないと、そう思った。聞き逃していたとか、たまたま聞こえなかったとか、そういう可能性もあると思った。

 けれど、その可能性も含めてまるごと、プロデューサーさんは首を横に振って否定する。

 

「いや、なんでもない」

 

「えー」

 

 残念そうな透ちゃんを見て、雛菜ちゃんが真似をする。こちらは対象的に楽しそうだ。

 

「そう言えば気を引けるとでも? 舐められたものですね」

 

 円香ちゃんの言葉の棘も、いつもより少しだけ尖っている。

 注目だけ集めてやっぱりやめたと言うのだから、悪いのはプロデューサーさんだけれども。

 

「ほ、ほら、もう結果が出るぞ!」

 

 話を逸らそうと必死であることは確かだったけれども、オーディションの結果が出ようとしているのも本当のことだった。

 

 スクリーンには六つの枠が表示されていて、まるでスロットのように文字がくるくると回っている。

 

 

 一番下……六位の文字が止まった。

 

 

 同時に、歓声があがる。同じくして聞こえてきたのは、まるでため息のような、掠れた声。それはみるみるうちに嗚咽へと変わっていく。

 

 声の方を、見ることができなかった。次はわたしがそうなるかもしれない。見てしまったら、同じような未来を辿るような気がしたから。

 

 うるさくなる心臓の音を消したくて、胸を押さえつけてみるけれど、効果はない。

 

 心の準備が整わないまま、五位が発表される。

 

 

 今回も、違った。ノクチルではない。

 

 

 オーディションだというのに、呼ばれないことに安心してしまう。呼ばれない毎に、怖くなってしまう。

 

 四位が発表されて、もう見ていられなくなった。

 

 それでも歓声は聞こえてくるし、司会の人が喋るから結果も分かってしまう。

 

 

 三位も、違った。

 

「おねがい……おねがい……」

 

 つぶやく声は、わたしのものだった。

 

 

 二位の発表は、やたらと時間がかかっていた。そういう演出なのだろうけれども、いまは早く楽になりたかった。

 

 

 胸を押さえつける手に、力が入る。押さえれば押さえるほど、心臓の鼓動は大きく、うるさくなっていく。

 

 

 ドンという太鼓の効果音とともに、音が止まった。

 

 

 きっと結果が出たのだと理解するのに、そう時間はかからなかったけれど、目を開けるのが怖かった。

 

「小糸ちゃん」

 

 透ちゃんの声に背中を押されて、恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。

 思わず、二位の名前を確認してしまったのは、それでもまだ怖かったから。

 

 

 二位はノクチル、ではなかった。

 

 

「わ……わ、わ……!」

 

 一位の名前を確認すればいいのに、何度も何度も二位から六位の名前を見直してしまう。

 

 司会の人が何かを言っているようだけれども、何も頭に入ってこない。歓声も気にならない。

 

 こんな気持ちを、知らない。経験したこともないし、名前も分からない。ただ、この感情をどこに向ければいいか分からない。どこかへ逃さないと、自分を保っていられる気がしなかった。

 

 ぽんと、肩を叩かれた。感触がした方を見ると、透ちゃんが笑っている。

 

「ほら、呼ばれてる」

 

 その声だけは、他の何よりも鮮明に聞こえた。

 見ると、円香ちゃんも雛菜ちゃんも、プロデューサーさんもわたしを待っている。

 

「行くよ、ステージ」

 

「う、うん……!」

 

 そこまで言われて、ようやくステージに呼ばれているのだと気がつく。

 

 

 透ちゃんたちの背中はもう見えない。でも、分かる。そこにいる、横に、後ろに。だからわたしは、まっすぐ走っていける。

 

 そしてわたしたちは、青い波が揺れているステージへと駆け出した。




今回は短めです。ドキドキを感じてもらえたら嬉しいなって
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