一瞬だった。数分はあるはずの曲だけれども、瞬きする時間すらなかったように感じられる。
けれども思い返してみれば、ちゃんとそれ相応の時間が過ぎていたことがわかる。
わたしたちが舞台袖へと戻ってくると、プロデューサーさんが拍手で迎えてくれた。
大きな失敗はなかったはず。けれども、完璧かと言われてしまうと頷けない。ここはもっと大きく動けた、ここはもっと合わせられた、ここは若干音を外してしまった。記憶をたどれば、いくらでも改善点が出てくる。
それでも、今できることは全てやったつもりだ。時折目に映った青い光は、前見たときよりももっと波打っていたように思える。
「めっちゃ綺麗だった」
そう、綺麗だった。キラキラと絶え間なく動いて、まるで早送りの星でも見ているかのようで。
ライトはとても眩しくて、けれども会場はそれ以上に、もっと眩しかった。
「もう一度見たかったな……」
そんなことを呟く透ちゃんを見ると、名残惜しそうにステージを見つめていた。
「まだ終わってないけど?」
まだ落ちたと決まったわけではない。いまはまだパフォーマンスが終わったばかりで、結果はこれからなのだから。
だからといって、透ちゃんの気持ちが分からないわけでもない。
もう一度、あの景色を見たい。もう一度あの場所に立って、不規則に揺れる青い光を眺めたい。
そう思った途端、全身に力が入る。もう遅いのに、もうできることはなくなってしまったのに。
わたしたちの後に続いたユニットがちょうど終わり、会場が静まり返る。それで初めて、会話が続かないことに気がついた。
「もしかしてみんな、緊張してるのか?」
つい十数分前まで全身が震えていたはずのプロデューサーさんは、すっかり良くなったようだった。今では逆に、わたしの足が震えている。
「……もう少しデリカシーという言葉の意味を調べたほうがいいんじゃないです?」
円香ちゃんがため息交じりに言うと、プロデューサーさんは笑って返す。
「はは、すまんすまん。よく言われるよ」
「でしょうね」
そんな、いつも通りのやり取りを見たからだろうか。先ほどよりは気持ちが楽になった気がした。
「まあ、俺は……」
そこまで言って、プロデューサーさんは口を閉じてしまう。
「え、なに?」
もしかすると何かを言ったのかもしれないと、そう思った。聞き逃していたとか、たまたま聞こえなかったとか、そういう可能性もあると思った。
けれど、その可能性も含めてまるごと、プロデューサーさんは首を横に振って否定する。
「いや、なんでもない」
「えー」
残念そうな透ちゃんを見て、雛菜ちゃんが真似をする。こちらは対象的に楽しそうだ。
「そう言えば気を引けるとでも? 舐められたものですね」
円香ちゃんの言葉の棘も、いつもより少しだけ尖っている。
注目だけ集めてやっぱりやめたと言うのだから、悪いのはプロデューサーさんだけれども。
「ほ、ほら、もう結果が出るぞ!」
話を逸らそうと必死であることは確かだったけれども、オーディションの結果が出ようとしているのも本当のことだった。
スクリーンには六つの枠が表示されていて、まるでスロットのように文字がくるくると回っている。
一番下……六位の文字が止まった。
同時に、歓声があがる。同じくして聞こえてきたのは、まるでため息のような、掠れた声。それはみるみるうちに嗚咽へと変わっていく。
声の方を、見ることができなかった。次はわたしがそうなるかもしれない。見てしまったら、同じような未来を辿るような気がしたから。
うるさくなる心臓の音を消したくて、胸を押さえつけてみるけれど、効果はない。
心の準備が整わないまま、五位が発表される。
今回も、違った。ノクチルではない。
オーディションだというのに、呼ばれないことに安心してしまう。呼ばれない毎に、怖くなってしまう。
四位が発表されて、もう見ていられなくなった。
それでも歓声は聞こえてくるし、司会の人が喋るから結果も分かってしまう。
三位も、違った。
「おねがい……おねがい……」
つぶやく声は、わたしのものだった。
二位の発表は、やたらと時間がかかっていた。そういう演出なのだろうけれども、いまは早く楽になりたかった。
胸を押さえつける手に、力が入る。押さえれば押さえるほど、心臓の鼓動は大きく、うるさくなっていく。
ドンという太鼓の効果音とともに、音が止まった。
きっと結果が出たのだと理解するのに、そう時間はかからなかったけれど、目を開けるのが怖かった。
「小糸ちゃん」
透ちゃんの声に背中を押されて、恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。
思わず、二位の名前を確認してしまったのは、それでもまだ怖かったから。
二位はノクチル、ではなかった。
「わ……わ、わ……!」
一位の名前を確認すればいいのに、何度も何度も二位から六位の名前を見直してしまう。
司会の人が何かを言っているようだけれども、何も頭に入ってこない。歓声も気にならない。
こんな気持ちを、知らない。経験したこともないし、名前も分からない。ただ、この感情をどこに向ければいいか分からない。どこかへ逃さないと、自分を保っていられる気がしなかった。
ぽんと、肩を叩かれた。感触がした方を見ると、透ちゃんが笑っている。
「ほら、呼ばれてる」
その声だけは、他の何よりも鮮明に聞こえた。
見ると、円香ちゃんも雛菜ちゃんも、プロデューサーさんもわたしを待っている。
「行くよ、ステージ」
「う、うん……!」
そこまで言われて、ようやくステージに呼ばれているのだと気がつく。
透ちゃんたちの背中はもう見えない。でも、分かる。そこにいる、横に、後ろに。だからわたしは、まっすぐ走っていける。
そしてわたしたちは、青い波が揺れているステージへと駆け出した。
今回は短めです。ドキドキを感じてもらえたら嬉しいなって