福丸小糸は失敗れない   作:300円

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遠くへ行きたい

 WINGから二日が経った。次の日は日曜日だったのに、プロデューサーさんは一日中電話をしていた。合間にどうしたのか聞いてみると、ひっきりなしに仕事のオファーが来ているらしい。

 

 わたしたちに仕事の話が来ないということは、全て断っているのだろう。プロデューサーさんを見ていても、謝ってばかりなので間違いなさそうだ。

 

 今まであっちこっちに駆け回って取っていたお仕事を、どうして断るのか気になった。とはいえその理由を知っているのはプロデューサーさん本人だけなので、直接聞いてみることにした。

 

「決勝が今週末なのに、今このタイミングで受ける必要がない……っていうのが大きいかな。みんなにはWINGに集中してほしいし、それに――」

 

 プロデューサーさんは口を止めると、周りを見回す。つられて見回してみるけれども、今はわたしとプロデューサーさんしかいない。雛菜ちゃんは寄り道して行くと言っていたし、透ちゃんも円香ちゃんも今日はわたしよりも一限だけ授業が多い。

 

「これはオフレコで頼みたいんだが、そういう配慮ができない相手は現場でも失礼な可能性が高い」

 

「へ、へー。そうなんですね」

 

 適当に返してしまったけれど、そこまで先のことを考えているのだと感心してしまったのは事実だ。

 

 オフレコ……というのは、最近覚えた。他言無用の業界版。要するに黙っておいてほしいということ。わざわざ言いふらす気もないけれど、プロデューサーさんとしては言われると本当に困ることなのだろう。

 

「ただいまー」

 

 そんなことを話していると、入り口から透ちゃんの声が聞こえてくる。同時にプロデューサーさんの肩が跳ねるのが見えたので、この話はここで終わり。

 

 まもなく透ちゃんが姿を表す。その後ろからは円香ちゃんと雛菜ちゃんの姿も見える。

 

「あ、そういえば手紙を預かってたんだ。みんなで読んでくれ」

 

 そう言って差し出された手紙には、宛名も切手もなかった。辛うじて裏面に差出人だけ書かれていたのだが。

 

 

「ぴぇ……」

 

 その差出人が、ファンだったなら驚くこともなかった。

 

「なにそれ。トライマーク?」

 

 その名前には覚えがあった。283プロと同じ芸能事務所で、以前一度だけ共演したことがある。わたしたちの初めてのテレビ出演、踊っていいともの収録のときだ。

 透ちゃんは首を傾げているけれども、知らないのも無理はない。わたしだって調べていなければ知らなかった。

 

 いくら共演後に苦言を呈されたとしても、気にならなければ調べることはないだろう。なんなら、アンティフォナというユニット名すら覚えていないかもしれない。

 

「……読まないの?」

 

 後ろから覗き込んでいた透ちゃんに言われて、恐る恐る封筒を開ける。さすがにプロデューサーさんが開封済みだったのか、糊付けは取れていた。

 

 三つ折りにされた紙を広げると、印刷用紙が二枚入っていた。

 

 一枚目に目を通してみるけれども、ひたすら謝罪の文章が書かれているだけだった。簡単な挨拶から始まって、踊っていいともで無礼を働いたこと、そしてそれに対して謝罪が遅れたこと、その謝罪も手紙で済ませてしまったこと。

 

 そういったことが長々と書かれていた。

 

「……小糸ちゃん要約して」

 

 横から覗き込んでいた透ちゃんは、いつの間にか読むのをやめていた。内容も内容だけれど、お世辞にも簡潔とは言えない文章は、確かにあまり読みたくはならない。

 

「え、えっと……この前はごめんなさいって」

 

「いい、いい」

 

 どうしてわたしに言うのか。わたしは何も謝るようなことはしていないのに、なんだか損した気分だ。

 

 要約させておいて、この態度なのだから、文句の一つでも許されるだろうと、何を言おうか悩んでいると、円香ちゃんに思考を遮られた。

 

「二枚目は?」

 

 そういえば二枚組だったと、紙をめくる。

 

 二枚目も、一枚目に負けず劣らずの文字密度だった。けれども内容は一枚目のような形式張った文章ではなく、どちらかといえば話しかけてくるような文章だった。

 

「え、えっと、こっちは三人からのお手紙みたい」

 

 最初はアカリさんからで、内容は謝罪しているのかどうか分からないものだった。

 

『あのときの言葉は撤回する。けど、撤回するってだけで認めたわけじゃない。あんたらはまだデビューして一年も経ってないし、アイドルとしてすごく異質なやり方してる。王道なやり方が全てとは言わないけれど、正解に近づくやり方でもない。もし、次に会ったとき同じようだったら、今度こそ許さないから』

 

「こっわ」

 

 まあ言っていることは物騒だけれども、悪意のある文章には思えなかった。ただ、褒められているのか怒られているのかよく分からなくはなったけれども。

 

「で?」

 

「え、えっとね……」

 

 先ほど三人からと言ったのだから、まだ二人分残っている。

 しかし、こちらは普通に謝罪と称賛の言葉だけだった。

 

 先に書かれていたのはヒトミさんで、確かアンティフォナのセンターだったはずだ。

 

『やっほーヒトミだよー。って言ってもあんまり覚えてないかなあの時は本当にね!それとそれと、決勝出場おめでとう!わたしたちもみんなで応援に行くから、だよ!』

 

 ところどころ不自然な文章になっていて首を傾げていると、雛菜ちゃんが覗き込んできた。

 

「あ~これ絵文字削られてるやつだ~。かわいそ~」

 

 なるほどそういうことらしい。それを意識してもう一度読み直すと、なんとなく雛菜ちゃんの言うことにも納得できる。

 最後はカンナさん。

 

『まず、この前は本当にごめんね。私たちが止めるべきだったんだろうけど……アカリちゃんの言うことも分かっちゃったから。でも、今は違うよ。ちゃんとみんなの気持ちが伝わってくる。実はラジオも毎週楽しみにしてるんだ。それと、WING決勝進出おめでとう。また共演できる日を楽しみにしてるよ』

 

 硬い文章ではない……けれども、ヒトミさんのように崩れているわけでもない。文字での会話に慣れているような印象を受けた。

 

 何より驚いたのは、ラジオを聞いていてくれたということ。あんな別れ方をした相手の番組を聴こうというのは、思ってもなかなこ実行できることではない。

 

 そしてその下には、さらに文章が続いていた。それも、アカリさんに見られたら消されるからと、印刷する直前で書き足したらしい。

 

『ああいった手前、後ろに引けないだけで、アカリちゃんもノクチルのことすごく気に入ってるからさ、悪く思わないであげて』

 

 文章からして、カンナさんが書いたものだろう。こんな内容で気に入っているとは、にわかに信じがたい。けれども、カンナさんが嘘をつく理由も特に見当たらなかった。

 

 

 そして何より――

 

 

「……これがツンデレ。オーケー?」

 

 二枚目の裏をめくって、円香ちゃんが笑う。それを見た雛菜ちゃんが、嬉しそうに頷く。

 

「あ~円香先輩より上手だ~」

 

「は?」

 

 

 どうやら、一番最後に書き足したのは、アカリさんだったようだ。

 

 裏面には手書きで『決勝進出おめでとう。見に行くから』と小さく書かれていた。

 

 それを見て、ふと思った。そして思ったことが正しいのか分からなくて、考えようとして、思わず口に出してしまう。

 

「お返事……いるかな……?」

 

「いらなくない? 謝罪の手紙なんだし」

 

 確かに、いらないかもしれない。円香ちゃんの言う通りこれは謝罪の手紙だし、この一通で完結しているようにも見える。逆に、返信をすることで嫌味のように捉えられてしまう可能性だってある。

 

 そもそも、どうして返事を書こうだなんて思ったのだろうか。手紙を送ってもらったら返事を書かなければならないなんて決まりは存在しない。

 

 仮に書くとしても、何を書くというのか。そんなに気にしなくてもいいということ……それはきっと、あまり気にしていないだろう。文章を読んでいて、なんとなく感じた。

 

 近況報告、なんてものも変な話だ。WING出場を祝ってくれているのに、改めてその内容について返事を書く必要はない。

 

 そもそも、アンティフォナの人たちとは踊っていいとも以降関わりがないのだから、何か伝えるようなことも……。

 

 そこまで考えて、内心で苦笑してしまう。どうして送る送らないの話をしているのに、送る理由を探しているのかと。そうしてようやく、返事を書きたいと思っていることに気がつく。

 

 どうしてなのか。どうしてここまで考えてまで返事を書きたいと思うのか。そう考えたときに、この人たちに感謝をしていることに気がついた。

 

「え、えっと……ありがとうって言いたいなって」

 

「ん~? この人たちなにかしたっけ?」

 

 雛菜ちゃんが首を傾げるのも無理はない。あくまで感謝しているのはわたしだけで、みんなは関係ない。

 

 アンティフォナの人たちに「なんのためにアイドルをしているのか」と問われたことで、わたしにとってのアイドルと向き合うことができた。そして、まだ間違っていないとは言い切れないけれど、答えを出すことができた。

 

 そんなきっかけをくれた人たちにお礼を言いたかった。けれど、やはりみんなは関係ないことだ。だから、手紙は個人で出そうと、そう思った。

 

「いいんじゃない」

 

 望んでいた言葉。けれども、言われることのない言葉だと思っていたから、思わず透ちゃんの表情を伺ってしまった。目があって、うっすらと微笑んだ。

 

「文通友達って、かっこいいじゃん」

 

 友達だなんて、そんな大層なものではない。けれども、透ちゃんの言葉を受けて、そうなったらいいと思ってしまった。

 

 アイドル同士としての関係ではなくて、事務所も立場も関係なく、友達として、他愛もない話をできる相手になったら嬉しいなと、そう思ってしまった。図々しいにも程があるけれど、それは向こうだって同じだ。初共演のその場で苦情を言ってくるような相手だからこそ、きっとアイドル同士という垣根を超えられるような気がした。

 

「はあ……勝手にすれば」

 

 円香ちゃんは反対しているようだ。円香ちゃんの言い分も間違っていないのだ。この状況で何を言い返しても嫌味にしかならない。そのうえで友達になろうなど、普通なら言うべきではないだろう。

 

 雛菜ちゃんはと言えば、特に興味はなさそうだ。眠そうに目を細めている。

 

「ん、じゃあ書けたらくれたら持っていくよ」

 

 カタカタとキーボードを打つ音が止まり、事務机に座っているプロデューサーさんが言う。

 

 気がつけば、返事を書く流れになってしまっていた。書きたいと言ったのは間違いなくわたしだけれども、その言葉に嘘はないけれども、気がついたら外堀が埋まっているのだから驚きだ。

 

「で、なに書くの?」

 

 ……まだ、書く内容は何も決まっていない。

 

「え、えっと……」

 

「この前のライブ最高でしたとか?」

 

 いや、見ていないけれども。

 

「う、嘘書いちゃだめだよ……!」

 

「だめかー」

 

 とはいえ、いざ書こうとなると、何から書けばいいか分からない。

 

「まずわざわざ手紙をくれたことに感謝する。何か書くとしてもそれから」

 

 溜め息とともに聞こえてきた声の主を見ると、相変わらずそっぽを向いていた。ゆっくりと視線をこちらに向けて、再び溜め息。

 

「そこから先は本当に知らないから」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 お手紙はなんとか書くことができた。しかし気がついたときにはもう日が沈んでいて、レッスンの時間は少ししか取れなかった。

 

 WING決勝はもう今週末で、やはりいまさら何かを変えようなんて話にはならない。けれども、歌えば歌うほど、踊れば踊るほど新しい課題が見つかるのだから、時間で区切らなければいつまでも終われない。そんなことをしているうちに、予定していたレッスンの時間を大幅に超えてしまった。

 

 慌ててお母さんに連絡をしてから、帰りはプロデューサーさんに送ってもらうことになった。今日は時間が遅いとのことで、わたしだけではなく、みんなも一緒だ。

 

「はー」

 

 車が走り始めて少し経った頃、透ちゃんがわざとらしく息をつく。

 

「なに?」

 

 何かあるのだろうと、円香ちゃんが催促するけれども、返ってきたのは横に傾いた透ちゃんの頭だけ。

 

「と、透ちゃん……調子悪かったり……?」

 

 レッスンのときはあまり感じなかったけれども、そもそもレッスンのときは自分のことで精一杯なのだから、透ちゃんの調子など余程でない限り分からない。

 

「ううん、んー……いや、遠くに来たなあって」

 

「毎日来てるでしょ」

 

 まだ車は事務所を出たばかりで、外は見慣れた景色だ。しかし透ちゃんが意味のないことを言うとも……よく言っている気もするけれど、何か別に意味があるのではないかと考えてみる。

 

 

 そして、一つの考えに行き着く。

 

「あ、アイドルとしてってことだよね……!」

 

「おー……そんな感じ。多分」

 

 わたしも最近、似たようなことを感じていた。

 

 アイドルになる前はこんなことになるとは思っていなかった。そもそも、こんな夜遅くにまだ外にいることがあり得なかったし、自分がどうなりたいかということを考える機会もなかっただろう。

 

 なにより、ずっとみんなを追いかけ続けるのだろうと思っていた。だから準決勝で、みんなと一緒に並んでいるのだと感じられたときは嬉しかった。

 

 必死に頑張ってようやく追いつけたのだから、これからも頑張る必要はあるけれども。

 

「楽しいと思えてるなら、いちプロデューサーとしては嬉しいかな」

 

「楽しい楽しい」

 

 プロデューサーさんの言葉に、適当そうな返事をしているように見えるけれども、それはきっと本心だろう。

 

 嘘をついて楽しくなるような状況ならば話は別だけれども、今がその状況だとは思えない。それに、そう言っている透ちゃんが、本当に楽しそうに見えたから、嘘のはずがないと思った。

 

「雛菜は知ってたよ~」

 

 隣に座る雛菜ちゃんが嬉しそうに椅子を揺らす。せめて走行中はちゃんと座っていてほしい。

 

「透先輩と一緒ならなんでも楽しいもん~」

 

 その気持は分からなくもない。透ちゃんが意識しているかどうかは別として、透ちゃんと一緒ならば、飽きという言葉とは無縁になれる。どこに行こうと何をしようといつも新しい発見があるし、一緒にいるだけで楽しくなれる。

 

「最近別々なこと多いけど」

 

 最近と言っているのは、WINGよりも前の話だろう。レッスンのときはみんな一緒だけれども、お仕事が別々になる機会は増えていたと思う。

 

 それに、雛菜ちゃんは揺れるのをやめて、口に手を当てる。そして少しだけ考えてから、すぐに笑顔に戻る。

 

「その時はプロデューサーいるから幸せ~!」

 

「……あっそ」

 

 円香ちゃんは軽く溜め息をつくと、肘を窓枠に乗せて頬杖をつく。

 それからすぐに、透ちゃんの唸り声が聞こえてきた。

 

「今週でおしまいかあ」

 

 何がだろうと思ってしまった。もちろんWINGのことなのだろうけれど、終わりが待ち遠しいものでもないし、名残惜しいものでもない気がする。

 

 もしかしてと思い、念のために確認しておく。

 

「と、透ちゃん。WINGが終わったらアイドルが終わりなわけじゃないよ……?」

 

「あ、そっか。……なんかそんな気分だった」

 

 もちろん大きなイベントではあるだろうけれど、それでアイドルが終わってしまうわけではない。ラジオのお仕事はもっと先まで入っているし、プロデューサーさんが保留にしているお仕事もある。

 

「なに当たり前のこと言ってんの」

 

 そう、円香ちゃんの言う通り当たり前なのだ。これからもずっと同じように続くはずなのだ。

 

 けれど、それが崩れる瞬間を知っている。わたしの言葉は、それを避けるための保険でもあった。WINGが終わったあとも、アイドルを続けようと、続けたいという主張を込めていた。それが伝わっているかどうかは分からないけれども。

 

「じゃあ、まだまだ一緒だ」

 

 透ちゃんがわたしの気持ちを汲んでくれたのかは分からない。けれども、透ちゃんがそう言うと、なんとなくそうなる気がした。誰が何をするわけでもなく、ただただ透ちゃんが言ったから。それだけの理由で、現実になってしまう、そんな気が。




文通仲間ってかっこよくないですか?
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