昨日は、驚くほどよく眠れた。今日が本番だということを考えてもあまり緊張はしなかったし、楽しみですらあった。
お母さんに見送られて会場に入って、リハーサルも問題なく終わった。
今日はWING決勝で、ステージに出られるのはたったの六ユニットだけ。わたしたちは三番目で、つい先ほど二番目のユニットがステージに出ていったばかり。
このユニットが終わったら、次はわたしたちの出番。
緊張していないといえば嘘になる。けれども、緊張していると言われても、素直には頷けない。心臓はバクバクと鳴っているのだけれども、これを緊張というのかと言われると、どこか違う気がする。
「あは~プロデューサーおもしろい~」
つい先週、同じような言葉を聞いた気がする。雛菜ちゃんを見ると、案の定プロデューサーを指差して笑っている。そしてやはり、指をさす方を見ると、プロデューサーさんが足をガクガクと震わせていた。
「ふふ、いつも通りじゃん」
前回も同じような感じだった。早くも恒例行事と化してしまったこのやり取り。
「これがいつも通りだとしたら、鬱陶しいことこの上ない」
「す、すまん……」
いつになく弱気そうに声を漏らすプロデューサーさんに、ついつい笑ってしまう。あれだけ頼もしいプロデューサーさんでもこうなってしまうのだから、緊張していない今のわたしは、どこかおかしいのかもしれない。
「そ、そろそろだな……」
ステージを見ると、もうすぐ楽曲も終わろうとしていた。これが終われば、次はわたしたちの出番。
緊張が大きくなると同時に、期待感も大きくなった。
どんな景色が待っているのだろう。どんな反応をもらえるのだろう。それが楽しみで仕方がない。
「あそうだ。円陣」
「柄でもない」
透ちゃんの突然の言葉に、円香ちゃんがすかさず返す。今まで一度も円陣など組んだことがないけれど、きっとやってみたくなったのだろう。
わたしも考えたことはあったけれども、なんというか、いまさらな感じがしてならなかった。何年も一緒に過ごしてきて、団結も何もあったものではないだろう。
「いいじゃん、柄でもないとこ来てるんだし」
そう言うと、透ちゃんは両腕を広げて、手招く。雛菜ちゃんがすぐさま腕に潜り込み、肩を組んだ。
次に円香ちゃんが溜め息をつきながら、雛菜ちゃんとは反対側へ。わたしは円香ちゃんの隣に入る。もう片方は……。
雛菜ちゃんとは組まずに、待っているのだけれども、なかなか片腕が埋まらない。
「ほら、プロデューサーも」
「え、お、俺もか?」
戸惑いながらも、わたしの隣に、そして雛菜ちゃんの隣に入り、ようやく円が出来上がる。わたしと雛菜ちゃんの身長差で、プロデューサーさんは屈みながら斜めになってしまっている。
ちょうど、前のユニットが終わった。
あとは、なにか掛け声をしてステージに出ていくだけ。……掛け声?
「……掛け声なかったわ」
締まりの悪いまま、でもそれもわたしたちらしいと、そんなことを思いながらステージへと駆け出した。
◇◇◇
やはり、楽しい。
曲が終わって舞台袖に捌けて、最初に思ったことだった。
ステージに出た瞬間。まだ曲も始まっていないのに会場は歓声に包まれて、バラバラだった光は青く染まる。
ゆらゆらとバラバラに揺れていた光は、楽曲が始まるとリズムにあわせて手前から奥へと波打ち始める。
曲に合わせて動きを変えながら、最後まで途切れることなく揺れ続ける。
青い光に照らされて見える人の顔は、どれも笑っていた。すべてを見ることはできなかったけれど、前だから後ろだからというのは関係なく、どの人も楽しそうだった。
そんな景色が、たまらなく心地よくて、嬉しかった。
今回は満点のパフォーマンスができたかと言われれば、首を横に振るだろう。レッスンのときもそうだけれど、歌うほどに、踊るほどに新しい課題が見つかる。それがまた楽しい。
「楽しかった~!」
言わなくても分かるくらい、雛菜ちゃんは両手を大きく上げてぴょんぴょんと跳ねている。
「いえーい」
合わせるように、透ちゃんも両手を上げて雛菜ちゃんとハイタッチ。それを見て、なんだかわたしもやってみたくなった。
「い、いえーい……!」
雛菜ちゃんとの身長差で、届くかどうか不安だったけれど、ジャンプしたらギリギリ届いた。
「小糸ちゃんいえーい」
透ちゃんは少しだけ低い位置で手を構えてくれたので、飛ばなくてもハイタッチできた。
「ま、円香ちゃんも……!」
「……ん」
やってくれるか不安だった円香ちゃんも、片手で応えてくれた。
「みんなおつかれ! めっちゃ良かったぞ!」
奥からプロデューサーさんが走ってきた。きっと楽曲が終わって、反対側の舞台袖から走って回ってきたのだろう。
「会場がひとつになってたし、ステージを広く使えてたと思う! 目が足りないなんて言葉を聞いたことがあるけれど、その気持が分かったよ」
これほど熱く語るプロデューサーさんは初めて見たかもしれない。このまま放っておけば勝手に語り続けてくれそうな勢いだった。
「あ、あの、先に戻りませんか……?」
けれども、ここでやるべきではない。ステージはすぐそこで、騒げば他のユニットの邪魔をしてしまう。これは、控室に戻ってからやるべきだと、そう思った。
「やーい怒られてやんの」
「う……わ、分かったよ」
控室に戻るまで、プロデューサーさんがずっとソワソワしていたのは、言うまでもない。
◇◇◇
控室に戻って、もう一時間は経ったと思う。控室に置いてあるモニターには、ステージの様子が映し出されているけれども、今はもうだれも踊っていない。まるでホタルのように、ちらほらと光が揺れているだけだ。
プロデューサーさんももう語り尽くしてしまった様子で、控室にはちょっとした緊張感があった。
「お、遅いね……」
このあとの段取りでは、結果発表前にスタッフさんから呼ばれて、全ユニットがステージに出てから結果発表のはず。けれど、待てども待てどもスタッフさんはやってこない。
「時間かかってるみたいだな」
「雛菜もう待つの飽きたー!」
モニターを見ていても、最初は会場を埋め尽くしていた光が、一つまた一つと消えている。
「ね、ねえ。何かできないかな……?」
光が消えていくのが、寂しく思った。
消えていってしまう理由を考えて、雛菜ちゃんと同じと気づくと、じっとしていられなかった。けれど、だからといって何かができるとも思えない。わたしたちの出番は、もう終わってしまったのだから。
「トークとか?」
「正気? 恥晒すだけでしょ」
歌もダンスもたくさん練習してきたわたしたちだけれども、トークだけはなかなか上手くならなかった。なんというか、身内っぽくない話ができないのだ。ラジオではディレクターの小島さんが問題ないと言ってくれたけれども、他の番組ではそうはならなかった。
「ちょっと、確認してくるな」
透ちゃんの言葉を受けて、円香ちゃんの反対も受けて、少しだけ間を空けてプロデューサーさんが立ち上がる。
プロデューサーさんが控室を出ていくと、再び控室は静かになった。
普段のような他愛もない話をする雰囲気ではなく、ライブの感想はプロデューサーさんがすべて言ってしまったし、そのプロデューサーさんはもういない。
少しだけ気まずい雰囲気のまま、数分。机の上に置あったスマートフォンが震えだす。
「あ」
言うと、透ちゃんが拾い上げる。
「また忘れようとして」
前科は……たくさんあった。控室に忘れたことはあまりないはずだけれど、飲食店とか、学校とかでは平気で忘れていく。
「プロデューサーから。トークならいいって」
「ほ、ほんと……!」
透ちゃんはスマートフォンを再び机に置くと、鏡に向かう。後ろで円香ちゃんがスマートフォンを拾い上げて、勝手に透ちゃんのかばんに、雑に突っ込んだ。
「うし」
「待って。ちゃんとする」
控室を出ようとする透ちゃんを止めると、背後に回って鏡越しに身だしなみをチェックする。
「ほら、雛菜も、小糸も」
「ふふ、やる気満々じゃん」
透ちゃんの言葉に、一瞬だけ手を止めると、ため息をつく。
「やるならちゃんとやるべきでしょ」
円香ちゃんの言うことももっともだけれども、そもそもそう思う時点でやる気がある証拠でもある。
でも、円香ちゃんが嫌がっているわけではないと分かって少しだけ安心した。わたしが変なことを言ったせいで、嫌々やることになったなんてことは嫌だから。
「……うし?」
「も~!」
透ちゃんが疑問形で気合を入れると、雛菜ちゃんが牛の鳴き真似をする。
「ふふ、牛じゃん」
そんなやり取りをしているうちに、円香ちゃんが控室のドアを開ける。
「バカやってないで」
そしてわたしたちは、予定にはないステージへと再び駆け出した。
◇◇◇
「いえーい。どうもーノクチルでーす」
やる気のない声とともにステージに出ると、暗転していたステージが一気に明るくなる。同時に会場には歓声が沸き上がる。
漫才でも始めるかのような登場の仕方だけれども、あいにくそんな技量は持ち合わせていない。
「すみません。審査が長引いてて、もう少し時間がかかるらしいです」
円香ちゃんが簡潔に、要件を伝える。会場の反応は様々だった。もしかしたら苦情を言われるかもしれないなんて思ったけれど、聞こえてきた言葉はどれも肯定的なものだった。
「そ、それで、時間まで何かできないかなって思って……トークとか……」
「私らトーク下手だけど」
透ちゃんが笑うと、会場にも笑いが沸き起こる。
「も、もう……! 別に言わなくても良かったでしょ!」
どうしてそいうことを言ってしまうのか。言わなければ分からなかったかもしれないのに。
「ほんとにね~」
雛菜ちゃんが同意してくれているけれど、隣にいるから笑っているのは分かっている。
でも、これでハードルは下がったかもしれない。仮に下手なトークをしても、笑って許してもらえるかも。
「で、何話すの?」
円香ちゃんの言葉に、透ちゃんは腕を組んで首を捻る。会場も、透ちゃんの言葉を待って静かになる。
「なんもないんだ、それが」
透ちゃんの言葉が、反響して返ってくる程に、会場は静かだった。これは失敗したかもしれないと、そう思った。
「小糸ちゃん、なんかない?」
そして、まさかこの状況で話を振ってくるとは思わなかった。これではただの巻き添えではないか。
そして、何かないかと言われて、何か出てくるほどトークに慣れてはいない。
「ぴ、ぴえっ……! わ、わたし……!?」
びっくりして、悲鳴のような声しか返すことはできなかった。それが面白かったのか、再び笑いが湧く。これで笑われることに納得がいかず、何かないかと思考を回す。
「う、裏話……とか?」
芸能人の裏話というのは、テレビのいいネタになる。実際そういった番組はよく見るし、実際に面白い。
会場の反応も、悪いものではなかった。
かといって、何か話せるような裏話があっただろうか。きっと透ちゃんは何も言ってくれないと思って絞り出してみる。
「じゃあ、私たちが同級生って話とか」
そんな信用していなかった透ちゃんから話題が出てきたのだから、一瞬だけ頭が真っ白になってしまった。
「みんな知ってる」
「あは~みんな詳し~」
283プロのアイドル紹介にも書いてあるくらいなのだから、わたしたちのことを知っている人ならばだれでも知っている情報だろう。
「それでさ、この前海行ったん、海」
脈絡もなにもあったものではない。確かに海には行ったけれど、あまり他人に話すような内容でもない気がする。
それでも透ちゃんは止まらない。わたしも、何の話をするのか気になったので止めなかった。
「で、みんなで泊まったんだよね。ご飯めっちゃ旨かった」
「あれね~。雛菜炊き込みごはん好きだった~!」
そこまで聞いて、なるほどこれは本当にただの裏話だと気づく。山もなければ谷もない。なんならオチもないただの世間話なのだと気づく。
いまさらオチを作れる話でもなく、仕方ないので乗っかることにする。
「お、お味噌汁も美味しかったよね!」
これはご飯の話だけになってしまうと、言ってから気がついた。何か別の話に向かわせればよかったと後悔。
「で、さっきそこで円陣組んでさ、掛け声ないのに」
そこでようやく観客も理解したのか、チラホラと笑い声が聞こえてくる。
「話に! 脈絡が! なさすぎますわ!」
突然聞こえてきた声に、びっくりして見回す。会場もどよめき始めると、金髪の女の子がステージに入ってきた。
「ぴ、ぴえっ……」
確か、スペシャルフラグというユニットの、輝川という人だったと思う。金色に輝く髪の毛と、お嬢様口調が特徴で、わたしたちと同じく今日の決勝に勝ち残っていた。
「ずるいですわ! 私を差し置いてこんな目立つことをするなんて!」
そう言うと輝川さんはわたしたちのところまで足早に近づいてくる。怒られるのかと思いきや、口に手をあてて呟く。
「合わせてくださいまし」
なるほど、一緒にステージを盛り上げようということのようだ。怒られなくてホッとしたと同時に、そのつぶやきはしっかりとマイクに乗っていることに唖然としてしまった。
「あー……ごめん?」
「どうして謝りますの!?」
驚く輝川さんに、円香ちゃんが頭を下げる。
「すみません、浅倉はこういう人間なので。それと、これであなたも巻き添えです。おめでとうございます」
「どうしてスベる前提ですの!?」
そんなやりとりに、会場が笑いに包まれる。輝川さんが出てきて、会場の雰囲気が一気に変わった。
本人が意識しているかは分からないけれど、わたしたちだけではできなかった雰囲気を作ってくれたことには感謝したい。
「おー、うちの子の扱いよく分かってんじゃんかー。うちの子面白いだら?」
そう言って出てきたのは、スペシャルフラグのメンバーである神谷さん。輝川さんとは対象的に、庶民的な雰囲気がある。
「扱いってなんですの!? 人をものみたいに!」
「別にいいじゃんか、笑いの神様降りてるって。ほれほれそのまま続けりん」
言葉に若干の訛りを感じる。お嬢様言葉と、方言のコンビは、聞いているだけでも興味深かった。
「私は笑われるために出てきたわけでは――」
「お、結果出たから戻れって」
輝川さんの言葉を遮って、透ちゃんが呟く。ステージ前方に設置された画面――プロンプトと言うらしい――には、今透ちゃんが言った言葉と全く同じ文章が書かれていた。
「じ、直読み……ですの!?」
「おい輝川。その口調は無理ある」
そんな騒がしいまま、わたしたちはステージから捌けていった。想定していないことになってしまったけれど、結果として会場のみんなを退屈させずに済んだのだと、去り際に会場を見回して頬が緩んだ。
先週は完全に更新忘れてました。すみませんでした。
この話は絶対に書こうと思っていたところです。これが僕にとってのノクチルなんです。