暗い会場に、キラキラと光が漂っている。様々な色が混ざり合って、まるで夜に色をつけたよう。
トークから舞台袖に行くと、スタッフさんたちにすぐさま送り出された。
ステージに出ると、わたしたちとスペシャルフラグの二人が出てくるタイミングで、会場に笑いが起こった。先ほど出ていったばかりのユニットがすぐに戻ってきて面白いのだろう。
ユニット毎に横一列に並んで、そこはリハーサル通りに。
ここから先は、リハーサルでもやっていない。決勝で発表されるのは、優勝したユニットのみ。二位以下は、たとえ順位がついていたとしても公表されないことになっている。
軽快なスネアロールとともに、スポットライトが駆け回る。いかにも結果発表という感じの雰囲気だ。
けれども、発表される側というのは、こうも緊張するものなのだと、初めて知った。
準決勝のときとはまた違った緊張で、胸が苦しくなる。あの時と同じように、押さえつけようとした手を掴まれる。
見ると、雛菜ちゃんが握ってくれていた。
もしかして、雛菜ちゃんも緊張しているのかと思った。表情を伺って、なぜか透ちゃんと目があった。へたくそなウインクで、なるほど透ちゃんの提案と気づく。
事務所に戻ったらウインクの練習もしよう。そんなことを考えていたら、いつの間にか胸の苦しさはなくなっていた。
「優勝は――」
アナウンスの直後、スネアロールが止まり、スポットライトが消える。
雛菜ちゃんの手に力が入って、私の手を握る強さに合わせて強くなったのだと気づく。
パッと、明かりがついた。
真っ白で眩しくて、思わず目を細めてしまうほど。
……けれども、目の前が白く染まるほどではなかった。
「アーケインです! おめでとうございます!」
心臓が、止まったかと思った。
隣で歓喜の声が聞こえる。
反対側では、スペシャルフラグの神谷さんが膝から崩れていた。慌てて輝川さんが抱えている。
脳裏に浮かんだのは、四年前の出来事。
中学の受験発表で、わたしは合格できなかった。まわりには喜んでいる人や泣いている人がいて、わたしは……。わたしはそれから……。
全身の力が抜けるような、そんな気がした。ああ、わたしも神谷さんのように崩れてしまうのかと、そう思った。……左手に強い感触があるまでは。
わたしの左にいるのは雛菜ちゃんで、反射的に顔を見ると、笑っていた。
それから、ぐいと手を引っ張られた。強く引っ張られ、離すこともできずに体ごと引き寄せられる。
「ひ、雛菜ちゃ……」
雛菜ちゃんは、ただ拍手をしていただけだった。わたしの手を握ったまま。わたしの手を離さずに。
透ちゃんも円香ちゃんも、泣きもせず、悔しがりもせず、ただいつもどおりに手を叩く。
それを見て、使命感に駆られたのかもしれない。私も気づけば、拍手を送っていた。
◇◇◇
「……みんな、おつかれ」
舞台袖へと捌けて控室に戻ると、迎えてくれたのはプロデューサーさんだった。
これまでたくさんのワガママを言って、たくさんの時間を使ってもらって、しかし結果は伴わなかった。
円香ちゃんが、大きく息を吸って、ゆっくり吐く。
「お疲れさまです」
そうだ、プロデューサーさんなら、もしかしたら知っているかもしれない。教えてくれるかもしれない。わたしが悩んでいるときにいつもその答えを示してくれたプロデューサーさんだから。
「ぷ、プロデューサーさん……なにが……なにが駄目だったんでしょう……」
失敗らしい失敗は思い当たらない。新しい課題は相変わらず見つかったけれども、駄目だったとは思えない。
けれども、プロデューサーさんならなにか知っているかもしれない。そんな期待を込めてしまった。
しかし、込めた期待を振り払うように、プロデューサーさんは首を横に振る。
「なにも駄目じゃない。なにも間違ってないよ。みんなよりも……すごい人たちがここにいた。それだけだ」
「でも……!」
それなら、もっと頑張れば勝てたのか。頑張りが足りなかったから負けたのか。なら……もっと……。
「ごめん」
思考を遮るように、透ちゃんが言う。
「ちがうだろ?」
軽く頭を下げていた透ちゃんは、そのまま首を横に傾げる。
プロデューサーさんは、腰に手をあてると胸を張り、ふんと鼻を鳴らす。その姿は、まるでこの結果に満足しているかのよう。
「俺たちからすれば、このオーディションは年一回しかない、それも人生で一度しか出られないオーディションだ」
「なら……っ!」
ならどうして、そんな表情ができるのか。それほどまでに貴重なオーディションに負けてしまって、どうしてそうも満足気にしていられるのか。
「ここに来てくれた人、この放送を見ている人からしたら、あくまでライブなんだよ」
オーディションの形はとっているものの、リハーサルはきっちりやっていたし、会場の盛り上がり方もライブそのものだった。
「ライブの結果という観点では、大成功だったと言い切れる。みんなは違うのか?」
その問いかけ方は卑怯だと思った。その言い方に対して、首を横に振れないことくらいプロデューサーさんも知っているはずだ。
仮に、プロデューサーさんが普通の聞き方をしていたなら、どうだろう。
「雛菜は楽しかった~!」
雛菜ちゃんが、大きく手を挙げた。
でも、わたしたちが楽しかったからといって、ライブが成功したこととは直接結びつかない。
重要なのは、見てくれた人が楽しかったかどうかで……。
ふと、つい先程まで見ていた景色が脳裏をよぎる。
歌っているときは必死で、景色なんて見ている暇はないと思っていた。終わったあとに、何があったかもよく分からないまま、課題だけが頭に残っていた。そう思っていた。
見ていたのだ。しっかりと。
会場が光で溢れていて、光に照らされて、沢山の人が笑っていた。どこを見ても、そこにはたくさんの笑顔があった。
歌っているときも、トークをしているときも、会場は笑顔で溢れていたのだ。
「それに俺さ、みんなが何かしたいって言ったとき、嬉しかったんだ。それが裏目に出るかもしれないとか、審査に悪影響があるかもとか、色々リスクはあったはずで、誰も言い出せなかったことだから」
それに、と続けてプロデューサーさんは口を止めてしまう。首を傾げて、腕を組んで目を瞑る。それから少し間をおいて、パッと目を開く。
「準決勝のときに言いかけたことなんだけど、勝ち負けは重要じゃないと思ってる」
「……え? それってどういう――」
その言葉は、ドアをノックされて遮られてしまう。
「ノクチルさーん、そろそろ退出お願いしまーす」
慌てて時計を見ると、予定していた退出時間をもう一時間も過ぎていた。そもそもライブが三十分程度遅れていたのだが、それでも三十分以上遅れてしまっていることになる。
「まあ、反省会は帰ってから、だな」
そう言うと、プロデューサーさんは椅子に腰掛けてしまう。
しかし、スタッフさんに急かされているのに慌てていないわたしたちを不思議に思ったのか、プロデューサーさんは首を傾げる。
「……檻に入りたいですか? この色情狂が」
円香ちゃんの言葉でようやく気がついた様子。わたしたちはまだ着替えてすらいない。慌てて控室を出ていくプロデューサーさんを見送ると、また少しだけ怖さが和らいでいることに気がついた。
◇◇◇
事務所に戻るまでの車内は、やはり少しだけ重い雰囲気だった。
誰かが何を言うでもなく、車に乗って、発進して、事務所に着いて、車から降りて、事務所に入って、ソファーに座った。
少しだけ遅れて、車を止めてきたプロデューサーさんがやってくる。荷物を事務机に置いてから、プロデューサーさんもソファーに座り、さて、と切り出した。
「さっきの話の続きだけどな、俺は勝ち負けよりも、ここまでやってきた内容のほうが大事だと思ってる。みんなは無意識にやっているかもしれないけれど、何をしたほうがよくて、どうしたらいいかを考えて、実行に移せてるんだよ」
言っていることは分かるけれども、ただ当たり前のことを言っているように聞こえる。
「……まあ、その凄さは分からないか」
「癪に障る言い方ですね」
そうは言うものの、円香ちゃんの声から怒りの感情は感じない。茶化しているというか、そう言うべきだと円香ちゃんが考えたから言っているだけ。プロデューサーさんが言っていることは、そんな当たり前のことなのだ。
「そうだな……例えば、あの時トークもしちゃ駄目だって言われたら、じっと待っていられたか?」
もちろん、駄目だと言われたことをわざわざすることは…………うん、ないとは言えない。なんだかんだ、不安になっていて、あれやこれや理由をつけてステージに上がっていただろう。
プロデューサーさんはみんなの顔を確認してから頷く。
「もちろん、俺が説得を続けていたけれど、それより先に動いていただろ? でも、ファンからすればそれが正解なんだよな。そういうシガラミの中でも正しいと思える行動を取れることは、大人でもできないような、すごいことなんだ」
「そんなに考えてないけどね~」
「ね~」
雛菜ちゃんがよく分からないといった様子で、しかし嬉しそうな声音で言うと、透ちゃんが真似をする。
「俺自身、最初は実績一番だと思ってたよ。優勝しなきゃ先はないって、そう思ってた」
プロデューサーさんのわたしたちに対する……仕事に対する考えを聞くのは、もしかすると初めてかもしれない。
改めて考えてみても、どういう考えを持っているのかなど想像もつかない。
「でも、みんなと一緒に過ごして考えが変わった。結果だけじゃない、もっと残せる何かがあるんだって分かったんだ」
「何かって?」
「さあ?」
円香ちゃんの問いで、話が急に抽象的になっていたことに気がついた。そしてプロデューサーさんの返しで、話のありがたみが消え去った。
けれど、それを具体的なものにする必要はないと思った。いや、してはいけないのかもしれない。
「ふふ、じゃあさ、探さなきゃじゃん」
透ちゃんの言葉に、プロデューサーさんは自信げに頷く。
「だからさ、少なくとも今日は、ごめんはなしだ」
いつ謝ろうかと、ずっと考えていた。
プロデューサーさんに出会って、みんなと一緒にいられるようになって、お母さんとの仲も元に戻って、ワガママをたくさん聞いてもらって、なりたいわたしが見つかった。
そうまでしてくれたプロデューサーさんに、恩を返せなかった。だから、どうやって謝ろうと、ずっと考えていた。
けれど、駄目らしい。
プロデューサーさんの言葉を受けて、それが本当に駄目か考えてみる。けれども、謝りたい相手の言葉を無視したら、それこそ謝らなければならない。
しかし、それならば、何を言えばいい?
「じゃあ、おつかれ」
透ちゃんの言葉に、感心している自分がいる反面、その言葉でもう終わってしまったのだと実感してしまう。
――悔しい、悔しいよ
これで終わってしまうなんて、悔しすぎる。まだまだ課題はたくさんあるのに、分かっているのに、ここまでだなんて嫌だ。
続けたい、続けなければ。もっともっとたくさん試して、たくさん知らなければ。
そんなわたしの思いを代弁するかのように、数秒間の間を空けてから透ちゃんが続ける。
「んで、これからもよろしく」
これから、これからがまだある。でも、その言葉を透ちゃんだけのものにしてはいけない。しっかりと伝えなければ。
「よ、よろしく……よろしくお願いします……!」
声が震えていたことに気がついて、ようやく自分が泣くのを我慢していたのだと知る。泣いてなんていられないのに、そんな暇はないのに、そう思えば思うほど、自分の弱さが悔しくなる。
悔しさは加速度的に大きくなっていって、抑えきれなくなって、視界を滲ませる。泣きたくなんてないのに、どれだけ歯を食いしばっても、涙は溢れてくるばかり。
「よろしく……お願いはしませんけど」
「よろしく~!」
目の前が完全にぼやけてしまって、目の前にいるのが人なのだと判別するのでやっとになってしまった。
けれども、それでも目の前にいるのがプロデューサーさんで、そのプロデューサーさんが頷いたのだけは判別できた。ほとんど見えていないので、本当は違うのかもしれないけれど、少なくともわたしにはそう見えた。
「おう、こちらこそよろしく。それで次の仕事なんだけど――」
そういえば、WING本選が始まってから、ずっとお仕事を断り続けていたようだった。きっと、完全に断るようなことはせずに、保留という形をとったりもしていたのだろう。
さすがだな、と思った。こうしてプロデューサーさんからお仕事の話を持ちかけられたから気づけたものの、もしわたしがお仕事を受けるか否かの判断を迫られたら、保留するなどという発想は出てこなかったと思う。はいかいいえかの二択に、三択目を作り出すなんて。
泣きながらも、妙に感心している自分がなんだかおかしくて、内心苦笑してしまう。
「もう少し時間を置くとか……」
円香ちゃんは優しいから、きっと泣いているわたしのことを気遣ってくれているのだろう。
でも、それに甘えてはいけない。
首を大きく横に振ると、視界が少しだけもとに戻った。それでもまだぼやけているので、袖を押し付けて涙を拭き取る。
「だ、大丈夫です! わたし、やれますよ!」
立ち止まっている場合ではない。わたしには、なりたいわたしがあるのだから。
◇◇◇
昨日、家に帰るや否やお母さんが駆け寄ってきた。きつく抱きしめられて、おつかれさまと、何度も言われた。
優勝していたら、お母さんを笑顔にできたのかもしれないと思うと、また悔しさがこみ上げてきたが、先ほど事務所で泣いたからか、今度は大丈夫だった。
時間が遅かったので、そのままお風呂に入って着替えて、すぐにベッドで横になった。
明日は日曜日で休みだけれど、事務所には行こうと思っている。プロデューサーさんは好きに休んでいいと言っていたけれど、なんだかじっとしていられない。
そんなことを考えていたら、一瞬のうちに外が明るくなっていた。寝起きにしては妙に頭がスッキリしていたので、タイムワープでもしたのかと思ったけれど、体の重さからして普通に眠ってしまったのだろう。
ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえて、なるほどこの音に起こされたのだと理解する。
やけにうるさい足音は次第に大きくなっていって、部屋の前に来ても止まる気配はなく、そのまま勢いよくドアが開けられた。
「お、お姉ちゃん大変! あ、あ……!」
「あ……?」
何を言いたいのか分からずに聞き返すと、直後に妹の……紗織の叫び声が部屋中に響き渡った。
「荒れてる!」
今週は2話更新です。
そして、次が最終話となります