▲ストーリーを進めることで真実を白日の下に晒し、理想郷を失う事に恐怖し二の足を踏んでいた騎士が、ユニちゃんに発破をかけられて現実と戦うまでのドキュメンタリーです
象牙の塔。
その名に恥じぬ白磁の外壁を茜に染め上げ、日頃遠くに聞こえる姦しき喧噪も聞こえなくなる頃合い。
女学院の敷地内で忘れられたその建築物へ、足を踏み入れる少年が居た。
共学化に向けた期間限定の留学生となった彼ではあるが、既に一般生徒が立ち寄る理由も無くなった場所へ、意味もなく立ち入りはしないだろう。
学生らしく、友人を訪ねる為である。
史上類例を見ない才媛。学内に住まう変人であり、碩学を自称する自信家。
青春を夢見て、友情に憧れ、将来を希う少女。
人呼んでユニ博士。彼女に会うべく、少年は歩みを進める。
ありふれた出会いから数奇な変遷をたどり、愚昧の輩でありながら、共同研究者と認められる迄に至った少年は、その職責を果たすべく、出不精の彼女に代わって研究材料の調達を完遂し、その報告と提供に向かう用事があった。
しかし、少年の胸中はそればかりではない。むしろ、そんな都合など、口実に過ぎなかった。
いつも記憶喪失がちな自分が、今日は体調がいいから。
あるいは悪いから。
彼女にどうしても話したい事があったのだ。
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1 【どういう状況?】
長い長い階段を上り、彼女が居室とする資料庫に足を踏み入れると、まず埃、次いで皮脂の匂いが鼻をついた。
ソファの背もたれに足を上げ、だらしなくひっくり返った当代きっての天才は、気だるげにこちらへ顔を向ける
「やあ、■■■■■■■。いつも済まないね、荷物は机の上にでも置いてくれたまえ」
「――ああ、この格好かい、不躾で済まないね。三日ほど感情に従うまま過ごしていたら、立ち方を忘れてしまったんだよ。こんな時、忌憚のない叱咤をくれる他人が存在しない立場だと、正す切欠が無くて困るね。手の届く範囲にいつもの栄養食が落ちていなかったら危うく餓死するところだった。この経験談を聞いて尚きみが、最適化された室内状況の破壊、即ち整理整頓の提言を繰り返すような愚者でないことを祈念するばかりだね」
「冗談だよ、本気にしないでくれたまえ。いやまずもって排泄を気にするな。歯に衣着せぬ率直な物言いはきみの美徳だが、デリカシーの欠如まで肯定した覚えはないぞ。……え、臭う。マジ?……なら、今晩は肌着を替えるとするよ。初めからそう言って欲しかったが」
「……まあとにかく、事実上は使い走りである教員だが、一応指導者ではあるのだから。ぼくがこのような態度を取っていれば良い気持ちはするまい。彼らの面子を潰さない程度の気遣いは出来るつもりだ。0と1に脳がやられた人非人どもと一緒にしないでくれ。」
「それに、きみも知っている通り、ほら。ぼくも可愛い後輩の面倒を見るようになったからね。日がな一日興味と衝動を追っかけているような日々は、最近はそう送れたものでもないのさ」
「よってほんの冗談だ。寝ころんでいたのは休憩で、今から進取果敢の活動をするべく英気を養っていたに過ぎないのだよ」
「だからきみがそんな心配そうな顔をする必要は無いんだ。まったく。いい加減しつこいな。納得のいかない事へ飽きもせずかかずらっている事に、世の女子は好感を抱かないらしいぞ」
「しかし、ぼくみたいな人種が、しつこさを悪だと糾弾する訳にも行かないからね。だから何度でも諭そうじゃないか。聞きたまえよ」
「ぼくは、かの研究に対して未練はない」
「何故なら、ぼくは未踏の探求に興味を持っただけであり、社会的正義や、名誉ある発表を目的にしてはいなかったのだから」
「『世界による修正』。その力が働いている以上、世界による答え合わせが行われたに等しく、学会の
「虚構と欺瞞を暴いたり、存続と破壊の板挟みに悩んだりするのは、どこかの勇者にでも任せておくことにするよ」
「というかきみが口にするまで、棄却した研究の内容なんて忘れていたよ。それが修正力によるものなのか、どうでもよくなったが故かなんて、それこそ興味が無いがね」
「ぼくはテレ女の奨学金という前人未到に挑んだり、地元では終ぞ体験できなかった青春を消費したりしなきゃならないから忙しいんだ」
「……過酷な青春を攻略するが如く楽しむクロエ君や、順風満帆の青春を全身で謳歌するチエルくんと比べたら、消化試合のような青春を消費するしか無い我が身は些か歯痒い面もあるが。ニヒルを標榜するもまた若人の特権なのだから、構わない。なあ、そうだろう」
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2【僕が勇者だ】【世界の真実を話す】
「見たまえ、すっかり日が落ちてしまったよ。なかなか噺が上手いな。きみは好男子ではなく、講談師だったという訳だ」
「…………いやなに。掘り下げるな。きみが意を決して供述したのは理解しているが、真面目に受け取るのは、あまりにも身に余る内容だというのは、誰よりも理解してくれたまえ」
「最初は不遇に浸る若者という発言に対して、夢見がちな少年という若者像で対抗してきたのかと思い、きみも中々冗句に長けてきたものだと感心したが、そうではなかったらしい」
「誤解するな、信じていない訳じゃない。むしろ、きみが真実を口にしたと確信してしまっているんだ。幸か不幸かね」
「物的証拠の欠如した筋の通る話に
「にしても、その上で、ひとつ苦情を聞き入れて欲しいんだが」
「それ、聞きたく、なかったなあ…………」
「万感の思いも籠るというものだよ。ああ、怒っているね。そんな答え合わせで慰めようとしたのならば、見当違いも甚だしい。仮説が正鵠を射ていたのならば、受けた罵倒の悔しさは募るばかりだろうに。きみはぼくが、脳内で鼻を明かす事で留飲を下げるような……あ、今の無し。悔恨なんて微塵も残していないし、ぼくは次の――」
「え、そうではないのか。早とちり。話したのはぼくの為ではなく、自分の為だと言うのか。……はぁ、グズグズだ。もう」
「いいよ、話してくれ。前提は受け止めた。先達として、後輩の懊悩を聞こうじゃないか」
「この世界は役割の薄くなった物から消えていく、役割しかない書割のような世界なのだろう。勇者の相談を受ける賢者なら、当面の存在は確約されているだろうからな」
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3【賢者じゃなくて】【ヒロインになって欲しい】
「馬鹿だな、結局ぼくの事じゃないか。そういう時は遠慮せず、お為ごかしをぶつけりゃいいのさ。案外、感謝されるもんだぜ」
「つまり、いまここに居る、作り物みたいだと思ったら本当に作り物だった美少女のぼくと、現実世界のぼく――由仁、ちゃん?」
「流石に実感が持てないな。今の話から浮かぶ人物像と、自分が同一存在というのは。あまりにも受け入れ難い」
「だからこそ、そこまで追い詰められてしまった。というのは、察しがつくがね」
「まったく、きみという男は。愚物とには余りにも思慮が行き届いているし、奔放に見えて誰よりも優しいな」
「端的に換言すれば、愛してるぜ」
「どこか人格が似通っている他の被害者諸氏と違い、容姿以外まるで別人と化しているぼくは、まあ、そうだな。きみの言う通り、この世界と共に消失する。と表現して相違ないだろう」
「……ああ、泣くな泣くな。それでも前進を止める訳にはいかないのだから。もし歩みを止めることで物語を中途のまま終わらせられるのが、他ならぬ、勇者であるきみだけだとしても。だ」
「他者の中での連続性を喪失した王女殿下や、自己の連続性を忘却したきみの為だけじゃない。虚構に飲まれている多くの人間を背負ったきみには、義務がある」
「無責任な立場からこんな事を言うのは心苦しいが、事実だ」
「それら全てに加え、世界まで天秤にかけて尚、喪失を惜しまれるのは正味の話、女冥利に尽きるが、それはそれ」
「嘘つきで、情けなく、姑息で卑怯なこの世界のようになってはいけない。わかるだろう」
「それでも駄目だと言うのなら、仕方がない。一世一代の秘策がある。ほら、グズってないで、協力し給え」
「床をすこし開けてくれ。置いてあるものは、そう、そこらへんに投げておいて、だ。うん。それくらいでいい」
「散らかっていたままでは、珠の肌に傷がつきかねないからな」
「では今から、駄々をこねる」
「刮目せよ」
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4【唖然】【呆然】
「やだやだやだやだぁ!!誰かの掌の上じゃ嫌だい!!!」
「思考に手を加えられるの気色悪い!世の中が不自然で痛々しい!!暴力が蔓延っていて気が気じゃない!!!」
「知らないはずの便利を知っている気がするせいで日常に不満が絶えないし!!能力ではなく設定を褒められている気がするせいで賛辞の上滑りが耐え難い!!!」
「あと学会のクソどもの鼻を明かしてやりたい!日和見で半笑いの教員の顔面を日の目を見るより明らかな現実を叩きつけてやりたい!!」
「ついでに絵が上手くなりたい!!!!!!!!!」
「はぁ…………はぁ…………」
「どうだ、これが、本音だぞ」
「きみは男だろう」
「そして勇者だろう」
「可憐な少女の願いは、聞き入れなきゃ、立場が無いんじゃないかと、ぼかぁ思うね」
「願いを聞いて、おとなしく、ぼくを殺せ」
「意味も分からず消えてなくなるのは、正直、身の毛がよだつ恐怖だが。きみの手によってだったら、悪くない」
「それに、
「そら、出てった出てった」
「ぼくは今からちょっと泣くから、年上の威厳というものがあるんだ。見られたくはないのだよ」
「往け、プリンセスナイト。愛しい愛しい蟻の穴。役目を果たせ」
「……花に嵐。さよならだ。」
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後日談
数ヶ月後の美食殿・ギルドハウス
「ぼくの部屋でね、きみから、何かを聞いて、悲劇的な別離を遂げたのは覚えていて」
「本当に絶望し、格好つけた事を後悔し。冗談抜きでしばらく寝込んで、立ち直る間もなくあの戦火」
「ああ、きっとこれで終わりだという実感だけはあって。一人寂しく辞世の句を詠んでいたが、一向に変革が起きる気配もなく、世は事も無しに朝を迎える始末」
「数日様子を見て、恥を忍んで会いに来たら、なんだい、このザマは。何とか言ったらどうだ」
「バブではないよ」
「……まあ、もう暫し、この茶番に付き合おうじゃないか。よろしく頼む」
「いやオギャでもないんだよ。人の芸風を奪うな」
お付き合いいただきありがとうございました。
ストーリーを進めることで真実を白日の下に晒し、アストルムという理想郷を失う事に恐怖し二の足を踏んでいた僕が、ユニちゃんに発破をかけられて現実と戦うまでのドキュメンタリーです。
最近ようやく「ユニちゃんも、真行寺さんも両方好きでいい」という悟りを得たので、備忘録をしたためました。
原作の文体サンプリング、めっちゃ難しいと思っていて。
実験的に僅かな状況説明+女の子のセリフ+選択肢程度の主人公発言。で構築してみたんですけど、こういう形式が『小説投稿サイト』的に受け入れられるか不安です。
重ねてありがとうございました。またの機会がありましたらよろしくお願いいたします。
失礼します。