JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武− 作:春風駘蕩
高速道路を、淡い桃色の車両……クーペと呼ばれる型のものと黒塗りの車が、陣を保ったまま走る。
クーペを中心に、前後左右に四角を描いて四台。一定の距離を保ったまま、他に走る車のない真っ直ぐな道路を走る。
表向きは不定期の高速道路の点検・補強工事という名目で、一般人の利用が制限された状態。五台の車両以外誰もいないその道を……二課はその作戦の舞台としていた。
響はクーペの後部座席に座り、無言で俯いていた。果実の鎧を身に纏い、出陣前の武将のような物々しい覇気を半ちながら、じっと車両の床を見下ろす。
緊張の所為か、あるいは単に暑いからか顔にはびっしりと汗をかき、只管にじっとしている。
そこに不意に、通信機が発したノイズが走り、響は甲冑を鳴らしながらびくっと肩を震わせる。
『緊張していないか、響君?』
「は、はい! 大丈夫です…!」
「初っ端から完全武装しておいて、緊張も何もないと思うけどね~…?」
弦十郎からの確認の声に、慌てて返事をする響。それをバックミラーで見やりつつ、車両を操る了子が苦笑交じりに呟く。
自前の車の後方に乗る派手な色合いの鎧武者は、はっきり言って異様だ。
然程広くない車内では、響の姿は箱にぎゅうぎゅうに押し込められた五月人形のような印象を抱かせる。
「作戦が作戦だから仕方が無いとは思うけど……なるべく気を付けてね? 角、刺さりそうになってるし」
言われて、思わず響は首を引っ込めようとする。酷くつらい姿勢になってしまい、複雑な表情で黙り込んでいると、了子がくすくすと声を上げて笑う。
「いいわよ、傷つけちゃっても……どうせ、この後大暴れする事になるし、傷の一つや二つで大騒ぎしている場合じゃなくなるわ」
「は、はい。……何か起こってから変身するより、予め鎧を着ておいた方が良いかなって」
『そうだな……入念な準備は確かに重要だ。どこぞのお偉いさん方とは違って、良い判断だぞ』
了子に気遣われ、それでもやはりどこかぶつけやしないかと緊張したままの響に、通信機越しに弦十郎が宥めてくる。一言混ざった、この場にいない誰かに対する皮肉に、響は戸惑い了子は溜息をこぼす。
やがて了子が空気を切り替えるように咳払いをし、表情を引き締める。確とハンドルを握り直し、長く続く高速道路の先を見据える。
「それじゃ……どこぞのお偉いさん方のお望み通り、しっかり護衛任務を成し遂げるとしましょうか」
「…はい!」
がっ、と自らの両膝を掴み、気を引き締める響。いつ何が起こっても動けるよう、浅く静かに呼吸を繰り返し、車の稼働音以外の物音に極力集中する。
少女の目がふと……自身のすぐ傍に置かれた板状の包みに向けられる。
長く、分厚く、広い、とある金属の塊を封じたその包み……自身が鎧を纏ったまま窮屈な社内に潜り込んでいる理由である、この任務における最重要事項だ。
沈黙を貫くその物体を横目に、響は深く長く息を吐き、思い出す。
事の始まりは……先日、弦十郎からの緊急の連絡を受け、二課に大急ぎで帰還した時だ。
「戻りました! 司令さん、了子さんは⁉」
人目も憚らず、大急ぎでリディアン女学院に戻り、教師陣や残っていた生徒達からの結構な奇異の視線を浴びながら微塵も気にせず、巨大エレベーターに乗って地下深くまで降り立ち。
ようやく着いた二課の本部に飛び込み、職員の案内の元に弦十郎達が待つ部屋に突入し、大慌てで不意の凶報の詳細を尋ねる。
まさか、狙われたのは奏達ではなく了子の方か、そんな不穏な想像から、再び冷静な思考を飛ばした響が吠え。
「は~い、響ちゃん」
ソイヤッ! ―――と。
まるで何事もなかったかのように、無傷でにこやかな笑みを湛えた了子に迎えられ、響は飛び込んできた勢いのまま床を滑る。挙句そのまま頭から壁に突っ込む始末。
強烈な頭痛に苛まれ、頭頂部を押さえて呻き声を漏らす響に、二課の面々から「うわぁ…」という同情の声と眼差しが集まる。
了子も笑顔を引き攣らせ、蹲ったままぴくぴくと痙攣している響を見下ろし、どうしたものかと固まっている。
「…………あ、あ~、ナイスタイミングだ。……いや、入れ違いになったなと言うべきか。うむ、見ての通りだ」
「えっと~……心配かけてごめんね? …大丈夫?」
数秒前の緊迫感が吹っ飛び、了子が滑った後のような気まずい空気が流れると、見かねた弦十郎ががしがしと頭を掻きながら声をかける。
それに便乗し、ぎこちない笑みを浮かべたまま了子が響の傍に歩み寄り、手を差し伸べる。響はその手を無言で取り、よろよろと覚束ない足取りで立ち上がった。
「よ、よかった……行方不明って聞いたから何かあったのかと思いましたよ」
「ごめんなさいね? 丁度用事を終えて帰ろうとした後に、例の事件が起こったみたいで。心配かけちゃったわね?」
「い、いえ……でもそれなら連絡ぐらいしてくれれば」
「あはは~……いや~、それがねぇ」
ほっと胸を押さえ、安堵の溜息を吐く響の前で了子は困り顔で頬を掻き、徐に胸の谷間に手を突っ込む。そのままもぞもぞと、中で何かを探っていたかと思うと、ややあってから携帯端末を取り出してみせる。
見せられたそれの画面には大きく罅が入り、電源を押してもうんともすんとも言わなくなっている……つまり。
「いつの間にか壊れてました! ……いや、本当にごめんね?」
やっちゃった♡ と悪戯っぽい笑みを浮かべて小首を傾げる、年上の美女。
ぺろりと舌を出しておどける姿は年齢不相応……実年齢は不明だが、確実に響の一回り上だろう……なのだが、元の顔立ちが幼く見える為に見苦しくは見えない。
だがそれでも、その態度に何も思わないわけがなかった。
「了子さん……わかっているとは思いますから手短に言いますけど―――人は、簡単に死ぬんですよ?」
すん、と表情を消した響が了子の目を覗き込み、静かな抑揚のない声で告げる。数秒前の狼狽振りは微塵も残っていない、冷たく鋭い目で美女をじっと見据える。
怒りを通り越して冷静になる、という状態を体現する少女に、流石の了子も足らりと冷や汗を垂らし、引き攣った顔で姿勢を正した。
「……ご、ごめんなさい」
「ちゃんと確認してくださいね……?」
「は、はい。肝に銘じます、はい…」
ぴきり、と空気が凍り付いたかのような錯覚に陥る中、了子は身を縮こまらせて何度も頭を下げる。
その構図は親に叱られる子……いや、教師に叱られる生徒のようだ。叱る者と叱られる者のあるべき年齢が逆である事を除けば。
響の冷徹な怒気が霧散し、安堵の表情に戻ったところで、肩身を小さくさせた了子が弦十郎の傍に近づき、微かな声で耳打ちをする。
「中々鋭い気配を放つようになってきたわね……弦十郎君の特訓の成果?」
「そんな修業はしていない。……あと、単純に君の自業自得だからな」
「あん、弦十郎君のいけず!」
味方がいない、と嘆く了子だが、実際に彼女に擁護の声は上がらなかった。不測の事態で仕方がないとはいえ、定期連絡を怠った本人の失態であるのだから、と同情はしつつ何も言わない。
いい意味でも悪い意味でも緊張が薄れた場の中で、やがて了子が咳払いと共に気を取り直し、響に向き直る。
「さて……本題に入るわね? 弦十郎君の修行でくたくたになっているだろう所に申し訳ないんだけど……ある重要な任務が上層部から下ったわ。私が広木大臣のもとに向かったのも、その為」
そう言って、了子が端末を操り出して、二課の面々が次々に配置につく。薄暗くなる室内で、がたごととそれぞれで椅子に腰を下ろす音が響く。
戸惑う響にオペレーターの友里が椅子の一つに案内し、周りの者に混じって正面に降りてくるスクリーンに注目する。
まず最初に映し出されたのは、地図―――リディアンの周辺と、ぽつぽつと示される無数の赤い転々だ。
「これは、最近までのノイズの出現箇所を図面化したものです。こちらから推測するに……ノイズ、そしてノイズを操る例のネフシュタンの鎧を纏う少女の目的が、この施設に保管されている完全聖遺物〝サクリストD〟こと『デュランダル』であると推測しました」
「……でゅらんだる?」
聞きなれない、いや、どこかで聞いた事があるような気がする名称に、響が思わず小さく呟く。
すると、その声に合わせるように了子が端末を操作し、次なる画像を……大理石をそのまま板状に彫り出したような何かが映った画像を表示する。
先端が鍵のように歪み、長方形の端に十字の取っ手のようなものが付いた奇妙な物体―――一見すると西洋剣にも見える何か、だ。それでいて、鍔から刀身に至る部分には複雑な装飾があり、機械の部品のような印象も受ける。
「みんなは知ってると思うけど、今回は響ちゃんがいるからおさらいも兼ねてね? 二課が保有する数少ない聖遺物……例の少女が持つネフシュタンの鎧と同じ、完全聖遺物よ」
「…これが、あの鎧と同じ」
「元々EU連合が保有してたんだけど、数年前の経済破綻の際に、日本が不良債権の一部を肩代わりする代わりに内に移譲されて、管理・保管される事になった物なんだけど……その辺は説明が面倒臭いから省くわね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる了子に、二課の面々は苦笑を浮かべて目を逸らす。
響の頭が一瞬、話に追いつけていない事を察したのか、作戦事態に必要ないかつてあった国同士の政治的・経済的やり取りについての説明を省いてくれたらしい。
響は頬を染め、俯きながら、先を続けてほしいと手で示した。
「えーっと、デュランダルは現在、二課本部最奥の区画『アビス』に手厳重に管理されてるけど……政府はこれをより安全な場所に保管する事を蹴ってしました。それで、この作戦ね?」
「……ここ以上の防衛システムなんてあるとは……」
オペレーターの一人、藤尭朔也が訝しげに呟く。
彼の懸念はもっともであった。
地下施設アビスが存在するのは地下千八百m。数年前に開設された巨大電波塔『東京スカイタワー』三本分の位置にある。そんじょそこらの金庫とは比較にならない厳重性を有している筈なのである。
「永田町最深部の特別電算室、通称〝記憶の遺跡〟……そこならば、という事だ」
「ん~……まぁ、身も蓋もない言い方をしちゃうと、政府としては私達の所より、税金をたらふくかけて作った自分達の金庫の方に保管しておきたい、って事よ」
「……本当に身も蓋もないな」
飄々と毒を吐く了子に、苦虫を噛み潰した顔のまま否定をしない弦十郎の様子を見るに、間違った事ではないらしい。
面子やら立場やらが関わる面倒な話らしい、と察した響は頬を引き攣らせる。大事な事柄なのだから協力すればいいのに、と思うのだが、そう簡単な話ではないのだろうと理解する。
……もっとも、政府から信用されていない自分が何を言える立場にもないのだが。
「はいはい、じゃあ、作戦内容について詳しく話すわね? 真ん中の丸がデュランダルを移送する車両、周りの四つが護衛の車両……三角形は、空からの援護と警戒の為のヘリです」
「…流石、厳重なんですね」
「それで響ちゃんは、デュランダルと一緒の車両で警護ね? あ、運転は私がするから、ちょこっと手荒な運転になるかもだけど、覚悟しておいてね?」
「成程……え?」
こくこくと頷き、作戦内容を頭の中に収めようとしていた響は……不意に聞こえた不穏な言葉に目を瞬かせ、勢いよく了子に振り向く。
今、何と言っただろうか。敬語対象と自分を同じ車両に入れると?
しかも、その車両の運転を了子が……研究者であり技術者である彼女が担うと言わなかっただろうか?
「は、え、ちょ、え⁉ しょ……正気ですか⁉」
「…そこは『本気ですか?』って聞いて欲しかったな」
「だ、だって……だって! わ、私とその…デュランダルを一緒にしておくんですよね⁉ それで、その運転を了子さんが⁉」
がたっ、と椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がり、身を乗り出す響。勢いに押されてか、目を丸くして仰け反る了子につかつかと詰め寄り、目を吊り上げて叫ぶ。
作戦会議中だとか、一応上司の前である事とか、様々な事柄を頭の中から吹っ飛ばし、力の限り吠える。
「そんなの―――超貴重なオーパーツと核爆弾を纏めて箱に詰め込むようなものじゃないですか⁉ 確実に何か起こって、了子さん死んじゃいますよ⁉」
デュランダルの価値がどれだけのものなのか、響にはわからない。しかし、とにかく貴重なもので、二課が非常に細心の注意を払い、費用をかけるつもりでいる事はわかる故に、自分の役目に納得する事はできなかった。
そんな彼女に、顔を覗き込まれ凝視される了子は、何とも言えない渋い表情で冷や汗を垂らした。
「……響ちゃん、この間の暴走からちょっと卑屈になり過ぎじゃない? 大丈夫? メンタルケアしとく?」
「大丈夫じゃありません! こういうのはもっと頑丈な装甲車とかを使ったりとか……そうだ、私は屋根の上に乗ります! デュランダルとはなるべく離して警護します! その方が安全でしょう⁉」
「うん、落ち着いて。お願いだから落ち着いて……弦十郎君、落ち着くまでしばらくの間引っぺがしてて」
「……わかった」
鼻先がくっつきそうなほどに至近距離から、驚愕と混乱のあまり正気を保てていない響。
無茶苦茶な代替案を、眼を全開にしながら提示する彼女に困り果てた了子は、傍らの弦十郎に助けを求め、強引に引き剥がしてもらう。
猫のようにひょいっと軽く持ち上げられ、後ろに下げられる響に二課の者達は苦笑いし、冷や汗を垂らす。自分の暴走が強烈な
「ん、んんっ! ……これは仕方のない事なの。ノイズが相手じゃ、どんなに強力な武器弾薬も役立たずだし、装甲車なんてただの紙みたいなものだし……何より、動ける奏者は今現在響ちゃんだけだのよ」
「……それは」
「それにね? 敵の…鎧のあの子の狙いがデュランダルだけじゃないかもしれないから」
「え…?」
「この間の邂逅時の事は覚えてるでしょう? あの時のあの子の発言を顧みるに……響ちゃん、あなたも標的である可能性が非常に高いのよ」
了子が居住いを正してから告げた事実に、響は弦十郎に首根っこを掴まれたままはっと目を見開き、息を呑む。
思い出す……少女の言葉を。響の前に姿を現し、激昂したかと思えばノイズを利用して拘束し、激しい怒りを露わにしながら告げた襲撃の意図について。
―――本当はお前らの事なんかどうでもいいんだ……そこのそいつ、融合症例を連れていければそれでよかったんだ。
確かに、間違いなくあの少女の狙いは……あの時点においては響だけだった。
翼と奏を排除しようとしたのは、あくまで響を攫う為の障害物としてのみ見ている様子だった。
結局、響の暴走により退散したものの、それが無ければ二課は奏者二名を失い、響もどこかへ連れていかれていただろう。
「……そういえば、どうして私を……?」
「それはまだ不明だけど……これも、あくまで私の推測なんだけどね? ―――あの子の元々の目的はデュランダルで、響ちゃんはついでだったんじゃないか、って思うのよ」
友里としても同じ考えであったようで、困惑の表情で手を上げて問いの声を上げる。
「逆の可能性はありませんか? デュランダルの強奪が囮で、本命が響ちゃんという事も……」
「0じゃないけど、ノイズの頻発自体はあの襲撃以前から……響ちゃんが覚醒する以前からあったし、融合症例なんて事態、私にとってもイレギュラーだったのよ? その可能性は低いわ」
「成程……」
「それに、敵の目的が不明だとしても、ある程度の思考は読めるわ……聖遺物を利用して何らかの行動を起こすのなら、響ちゃんという例外要素を前に考える事は一つ」
―――不確定要素はなるべく全て取り除きたい。可能ならば、それを手元に置いておこう。
ごくり、と響は瞠目し唾液を飲み込む。
望まぬ力。自分で制御もできない程に不安定で、すぐ近くにいる見方すらも傷つけてしまいかねない謎の力―――そんなものを欲しがる、いや、捉えておきたがる考えの冷たさに、背筋に寒気が走る。
何より、本当に了子が敵組織の黒幕であるかのように思える迫真の演技に気圧され、黙らされていた。
「……まぁ、そういうわけで! 下手に別々にしておくよりも一緒に管理しておく方が、こっちとしても対処がしやすいって事で! 当日はよろしくね!」
「は、はい!」
一応、色々と不安要素がある間々田が納得した響が頷く。表情を切り替えた了子の圧が強く、有無を言わさぬ雰囲気があった所為でもあったが、ここまで説明されて反対する理由もなく口を閉ざす。
唯一の反対意見の持ち主が黙り込んだところで、了子は二課の面々に向かって豊かな胸を張って語る。
「デュランダルの移送日時は明朝、〇五:〇〇……作戦参加者は開始時刻まで十分に休息を。それ以外の者は、指示に従って準備を進めてください。…広木防衛大臣の遺命、必ず成功させましょう。解散!」
―――名付けて、『天下の往来独り占め作戦』。
未だ自身の力の完全な制御に成功していない響にとって、凄まじく不安にさいなまれる任務の始まりであった。
そして―――時は現在に戻る。
大橋の上を走る五台の車。その上を舞う数機のヘリ。一般人の利用を制限された長く広い道を占拠し、只管に目的地を目指す。
現時点において敵影はなく、順調そのものの護送任務。
初めは過剰に身構えたままでいた響も徐々に落ち着き始め、眼を閉じて静かな呼吸を続けていた。試合を前にした選手のように、じっと身動ぎ一つせず、集中し続け。
そして不意に……かっと目を見開いた。
「……来た」
「え?」
小さな呟きが背後から聞こえ、了子が訝し気に横目を向けた直後―――前方を走っていた黒塗りの車の一台が、突如宙に舞い上がった。
ごしゃ、と耳障りな金属音を響かせ、くの字に折れ曲がった車両がくるくると宙を回り、やがて先頭部分が地面に激突。一拍遅れて爆発し、轟音と破片が辺りに撒き散らされた。
『―――⁉ どういう事だ⁉ 周囲にノイズの影はなかった筈じゃないのか⁉』
『そ…そのはずです! け、けど、これは……⁉』
いきなり欠けた護衛の車に、弦十郎が通信越しに驚愕と焦燥の声を上げる。
何が起こったのかも咄嗟にわからず、藤尭と友里が必死に状況把握に努める音が聞こえてくる。
その間も、地中から噴き出した何かによって護衛の車が次々に打ち上げられ、破壊されていく。了子の運転するクーペを守る壁が、剥ぎ取られていく。
『―――地下、下水道です!』
『下水道を通って襲撃してきているというのか⁉ くっ…布陣が完全に裏目に出たな、これでは後手にしか回れん!』
ノイズ相手に無意味とはいえ、注意を引き付け護送車から引き剥がす程度の役割を担うはずであったヘリ。しかし、敵が不可視の地中から攻撃してきているとなると、攻撃もままならない。
為す術なくやられるままでいられるか、と弦十郎が歯噛みしながら打開策を講じようとしていた時だ。
「―――了子さん! 車道の左側から昇ってきます!」
「っ!」
突如、身を乗り出した響が叫び、咄嗟に了子がその指示通りにハンドルを切る。その直後、クーペの背後から極彩色の槍が突き出し、虚しく天を貫く。
ほんの一瞬送れれば串刺しになっていたであろうその一撃に冷や汗をかきつつ、了子は不可視の攻撃を見抜いた響に驚嘆の眼差しを送る。
「響ちゃん、すごい! っていうか……どうやってんの⁉ 弦十郎君は一体何を教えたの⁉」
『俺はそんな技、教えた覚えがないんだがなぁ⁉』
「……何となく、ですかねぇ⁉」
「響ちゃんの進化が理不尽すぎて、お姉さんちょっと寒気がするわ!」
どこをどう鍛えたら、地中からの攻撃など察する事ができるのだろう……ノイズ専用の探知機でも搭載されているのだろうか、と戦慄の表情で頬を引き攣らせる。
だが、暢気に話している場合ではない。
響はきっ、と鋭い目で前方を睨み、己の感覚を極限にまで研ぎ澄ませながら、了子に向けて吠える。
「次、右前! 左、右後ろ! 前! 左後ろです!」
「覚悟なさい……―――私のドラテクは狂暴よん?」
ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! とクーペの車輪が道路を削り、火花を散らして歪に走る。一切速度を緩めぬまま、真下からの攻撃を躱し目的地を目指す。
人間離れした
歯を食い縛り、必死の形相で操縦を続けたまま、了子は背後で振り回されているはずの響を見やる。
「大丈夫~⁉ 舌噛んでない~⁉」
「あ、はい。大丈夫です」
護衛が先に疲労困憊になっていやしまいか、と案じるつもりで声をかけたが、当の本人はけろっと平然とした様子で、ごく普通に座席についている。
上下が逆様になっていたり、窓際に押し付けられていたりする姿を予想していた了子は、まるで気にした様子のない新人奏者に思わずぎょっと目を剥く。
「あらやだ平然としてる⁉ 結構派手に揺らしてると思ったんだけど⁉」
「いや、自分でも不思議なくらい全然平気です。覚悟して身構えてたからですかね…?」
「んん……なんか傷付く!」
怪我もなく、気持ち悪くもなっていないのならば、それはそれで問題ない。が、危険と自ら嘯いた状況で平然とされると、自分の運転が大したことでないような気がして負けた気がする了子。
気の抜けるやり取りをしつつ、周囲に増えていく極彩色の敵影にちっと舌打ちし、吐き捨てるように呟く。
「でもこれじゃ……迎え撃つのが精一杯で結局不利なままよ! この先の薬品工場なんかで爆発でも起きようものなら……!」
『……突っ込む! それしかない!』
遮蔽物のない広々とした道から、建造物の立ち並ぶ区域に移り、焦る了子に弦十郎が吠える。
無数の金属の管が張り巡らされた、いかにも危険物を扱っているという外観の施設。一本でも破損すれば、たちまち危険なガスが噴出し大きな被害を及ぼすであろう、無人でありながら動き続けるその場所。
そこに突っ込もうと断言した弦十郎に、了子は険しい顔で叫び返す。
「正気⁉ 布陣ももうぐちゃぐちゃで、身を守る事すらままならないわよ⁉」
「……でもさっきからこいつら、この車両だけは敢えて狙って来ていないように見えませんか? 何て言うか……意図的に!」
「! ……そうね、デュランダルを破損させないように、そう操られているのかもしれないわ」
揺れる車内で、デュランダルの包みを押さえながら響が自分の印象を述べると、了子もすぐに気づいて頷く。
そういう命令を下している者がいる。人を襲い、炭化させ殺すというただ一つの目的に沿うノイズを操れる者は……一人しか存在しない。
敵が動き出したのだと、それが明らかになっただけで、打開策は自然と浮かび上がった。
『ならば……それを逆手に取る! 向こうがデュランダルを傷つけられないのなら、こちらはあえて危険な場所に追い込まれ、敵の動きを制限させてもらうとしよう!』
「…デュランダル自体を、盾にするって事ですね?」
「くっ……それしかもう手段はなさそうだけど、勝算はあるの⁉」
四方八方から、地中だけではなく物陰から現れたノイズから伸びる魔の手。
それを紙一重で躱しつつ、危険性の高い賭けに打って出ようと訴える弦十郎に尋ねる了子。
その問いに出した男の答えは―――実に簡潔で雄々しかった。
『思い付きを、数字で語れるものかよ!』
「オーケイ……こうなりゃとことん付き合ってあげるわよ!」
ぐおん! と、クーペが獣の咆哮のように轟き、速度の限界に挑む。
道路を削り、風を切り、即座に進路を変更。工場地帯の敷地に慮なく侵入する。
残る護衛車は一台のみ。その車両も、真下から出現したノイズに跳ね上げられ、瓦礫の塊となって吹き飛ばされる。
黒服達は間一髪で脱出し、そのまま離脱したが……響以外の護衛が全滅した事実は変わらず、現れたノイズの注意が全て一台に集中する事となる。
猛然と、施設の中を疾走する了子の車両。しかし突如、車体ががくんと空中に浮き上がる。
響が感じ取れなかったノイズの襲撃か……あるいは何かに乗り上げたのか。不測の事態により、クーペは大きく車体を傾がせ、天地が完全にひっくり返る羽目になる。
「くっ……南無三!」
屋根を真下に、火花を散らせて地面を滑る車両の中で了子が悪態を吐き、頭を抱える。車両が滑る先には巨大なタンクが鎮座し、まるで勢いを緩めず接近しつつある。
このままでは激突、炎上する。
了子の表情が焦燥と恐怖で凍りつきーーー直後に彼女の体が真後ろに引き寄せられ、消える。
クーペはそのまま施設に衝突……する寸前に、露わとなった車体の裏側にずばっ、と橙の閃きが走り、綺麗な円形に切り開かれる。
切り開かれた裏側は鋭く蹴り破られ、できた穴の中から、響が飛び出す。
片手で了子の脇腹を、もう片方にデュランダルを、そして口に柑橘の刀を咥え、空高く跳躍してから地面に着地し滑走する。
腹に穴の空いたクーペはそのままタンクに激突し、爆発炎上。無数の破片と共に轟音を撒き散らす。
ぱらぱらと飛び散る金属片を刀で防ぎつつ、響はあたりに鋭い眼差しを向けた。
『ーーー答しろ! 無事か、響くん、了子くん!』
「はい! こっちは大丈夫です! ……了子さん、無事ですか⁉」
通信機から聞こえる源十郎の声に応じつつ、傍に下ろした涼子に目を向ける響。咄嗟の判断で強引に脱出した為に、多少傷を追わせてしまったかもしれない、と了子の身を案じる。
響の問いに、了子はしばらく黙り込んでいたが……やがて静かに首を横に振った。
「……いいえ、もう、だめみたいだわ」
思わぬ返答に、ひゅっと息を呑む。
まさか、脱出の際に致命的な傷を負ってしまったのか。修練をして、結局
ぎりっ、と歯を軋ませる響の前で、了子もまた悔しげに表情を歪め……轟々と燃え上がるクーペの残骸に向けて、地面に拳を打ち付けた。
「私の……私の愛車が!」
「すみません! こうするしかなくって……すみませんん‼」
迸る、悲痛な慟哭。任務の末に失われた、大切な相棒の無残な姿を前に啼く了子に、すぐさま響が深々と頭を下げる。
怪我ではなかった。だが、心に大きな傷を残してしまった申し訳なさで、土下座する勢いで心から詫びる。事態の大半がノイズの所為だが、実質とどめを刺したのは自分である為に謝る以外の選択肢はなかった。
「い、いいの……いいのよ、響ちゃん。この役目を担った時点で、こうなる事は運命づけられていたのよ……ぐすっ」
「りょ、了子さん……」
「……しゃきっとして、立花響。ここまで来たら、やれることは一つよ」
涙声のまま、儚げに笑って首を横に振る了子。不安げに見つめてくる響を手で制し……次いで、鋭く厳しい眼差しで見つめ返す。
その瞬間、響が瞬時に表情を変え、動く。
腰から提げた黒い機械の刀、それを引き抜き、鍔部分に備わった突起を引っ張り、刀身に光を溜め込ませる。
そして……自らの背後に振り向き、柄に備わる引き金を引き、刃の下から生えた銃口から光弾を撃ち出す。
『************…!』
撃ち出された光弾は真っ直ぐ、槍となって襲い掛かろうとしていたノイズの忠臣を貫き、黒い炭の欠片に変えて霧散させる。
響はそのまま、立て続けに数発。異なる方向へ照準を合わせ、発砲する。
放たれた光弾は寸分狂わずノイズを貫き、瞬く間に隅の欠片に変える。一切の迷いなく、五発撃ちきる度に突起を動かし弾を再装填しながら、無慈悲に人類の天敵を駆逐していく。
その様にぐっと親指を立て、了子が不敵な笑みを携えて告げた。
「全力で、全身全霊で……あなたの役目を最後まで果たしなさい。やりたい事を、しっかりやり遂げて」
「―――はい!」
了子を、守るべきものを背に庇い、響は二刀を構える。
一旦、橙の刀を再度口に咥え、ベルトに嵌めた錠前を黒い刀の鍔部分に嵌め込み、鍵をかける。
途端に黒い刀の刃に橙色の雷光が迸り、ばちばちと空気を爆ぜさせる。それを振りかざし、響は迫り来る極彩色の災害達を見据え、腰を落とし力を蓄える。
【ロック・オン! イチ・ジュウ・ヒャク!】
「でやあああああああああああああ‼」
【オレンジチャージ!】
雄叫びと共に、気合を込めて刃を一閃……ノイズの土手っ腹に光の刃を食らいつかせる。
柑橘の断面図に似た刃の波はノイズ達の位相差障壁を容易く突破し、真っ二つに両断、そして容赦なく破壊する。
ぼろぼろと崩れ去る極彩色の集団の残骸を、響は再度刃を振るい、風を起こす事で霧散させる。
だが……また終わりではない。次々に、施設の陰からノイズは現れ、狙いを澄ましてくる。
陸から、空から。多種多様な姿を持つそれらが、ぐにゃりと変形する様を前に、響はすぐさま了子を背に庇うように立ち塞がり、深く長く息を吸い込む。
「ふぅぅぅ―――セイッ! ハァァァァ‼」
自らをやりへと変えて迫りくる空からの攻撃に、咆哮と共に二刀を左右に振るって斬撃を飛ばし、迎撃する。
斬撃は渦を巻き、竜巻のように変じながら飛行型のノイズを呑み込み、全身をずたずたに引き裂きながら塵へと変える。
響はすかさず、黄の錠前を取り出してベルトに嵌め込み、小刀型の機構を動かし前面を切り裂く。
【ソイヤッ! パインアームズ! 粉砕・デストロイ!】
柑橘の甲冑が消滅し、頭上に現れた空間の裂け目の奥から現れた別の果実が響の顔を覆い、展開して新たな鎧に変わる。
手元に出現した、パイナップルを模した
「了子さん、伏せて! ―――うおおおおおおおおおお‼」
【パインスカッシュ!】
ベルトの小刀を再度傾け、錠前に溜め込まれた力を解放させてから、鎖星球を頭上で思い切り振り回す。
ぎゅるんぎゅるんと円を描き、遠心力により見る見るうちに威力を増す星球。同時に解き放たれた力が星球の周囲に纏わりつき、その体積を急激に膨らませていく。
了子が身を低くするのを確かめてから、響はそれを広々と振り回し、ノイズ達に遠慮なくお見舞いしていく。
「どぉ……りゃああああああ‼」
強烈な鈍器の一撃を顔面に、腹に受けたノイズ達は体を大きく歪ませ、砕かれ、抉られ、容赦なく破壊されながら吹き飛ばされていく。
薬品工場の施設の一部を破損させながら、響の放った一撃は集まったノイズ達をあっという間に屠り、辺りに黒い塵を舞い上がらせた。
「―――!」
敵影が消え、ようやく一息付ける……筈もなく。
目を見開いた響が、役目を終えた星球をそこらに投げ捨て、腰に戻った黒い刀を引き抜いて目前に掲げる。
その直後、宙に紫に輝く一陣の輝きが迸り、掲げた刃に激突する。
ぎゃりんと耳障りな音を響かせ、振るわれた一撃を弾き、続いて襲い掛かってきた白い影―――ネフシュタンの鎧の攻撃を再度防ぐ。
刃に食らいつく紫の鞭の向こう側で……例の少女が、獰猛で不敵な笑みを携えて口を開いた。
「――よぉ、また会ったな。お花畑頭」
「……うん、久しぶりだね」
ぎりぎりと響く金属音。目前でぶつかり合う紫と橙の刃を間に挟み、響と銀髪の少女は互いに笑みを浮かべて睨み合う。
鋼の鞭と二刀、各々の得物を食らい合わせ、火花を散らせながら。
二種の鎧の持ち主が、再び邂逅した。