JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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12.目醒める聖剣

 ―――ぎぃん!

 

 甲高い金属音が響き渡り、橙と銀、そして紫の刃が激突し火花を散らす。

 

 宙をしなり、鋭く貫いてくる鋼の鞭を果実の刃が弾き、銃剣が反撃の斬撃を放つ。

 風を裂いて振るわれたその一撃は、鎧の少女が薙いだ腕で弾かれ、鋼の鞭が再び突き出される。

 

 こきり、と首を鳴らし、頭を傾ける響。その真横を紫の鞭の先端が裂き、響の頬に薄皮一枚程度の薄い傷をつける。

 そのまま引き寄せられた刃が背後から響を狙うが、響は一切振り向く事なく黒い刀を背後に回し、防ぐ。

 

 鞭と刃の動きは止まらない。二人の少女が互いに睨み合ったまま、それぞれの得物が互いに食らい合う。

 

「でやあああああ!」

「おらあああああ!」

 

 雄叫びと共に少女達は両腕を振るい、激突する。

 

 胸、脇腹、喉元。鎧の少女が放つ刺突が響の急所を狙うのに対し、響の刃は絶えず少女の鋼の鞭、得物のみを狙う。

 片方が命を狙う事に対し、もう片方は絶えず相手の無力化を、武器を手放させ、目を合わせて対面する事を望んでいた。

 

「ふぅっ! ……っ、容赦、ない、ね。今度は、本気で……私を殺す気、だよね」

 

 同時に振るった刃がぶつかり合い、それを間に挟み凝視し合う。

 それぞれの武器を刃の根元でかち合わせ、互いの動作を封じ合わせ、響は荒い息を吐きながら呟く。

 

 対する鎧の少女は忌々しげに顔を歪め、吐き捨てるように返す。

 

「そういうお前は…! 相、変わらず……甘っちょろい事、考えて、やがる、な!」

「……ちょっとぐらいは、怪我させても仕方ない……そう、思ってるけど?」

「はっ! ……殺す気がないなら、甘っちょろい事に変わりはないだろ!」

 

 少女が吠えた直後、響が鞭を押し退けるようにして後退する。その直後、蠢く鞭の先端が左右から伸び、響が直前まで立っていた場所を貫く。

 

 物理法則で動いていない、遥か過去の遺失技術で動く鎧。

 そもそも少女が振り回す必要はなく、鋼の鞭は自ら意思を持っているかのように、変則的な動作で響に襲い掛かる。

 

 触れれば切れる刃の猛襲。二本しかないのに、高速で振り回される事で何本にも分裂しているかのように錯覚させられ、軌道から攻撃を読む事も許さない。

 

 だが、響は迫りくるそれらを必要最低限の動作で躱し、防ぎ、薙ぐ。

 肌に刃が触れ、微かな傷を残そうとも端から気付いていないかのように、表情一つ変えず真っ直ぐに少女に立ち向かう。

 

 自らの攻撃が防がれる度、鎧の少女はより表情を険しくし、悔し気に、そして悍ましいものを見るように鋭い眼差しに変わっていった。

 

「くっ…こんな短期間でここまでやれるようになったってのか……⁉ 化け物が!」

 

 荒々しく吐き捨てた少女の操作で、鋼の鞭が響の顔面に向かう。

 咄嗟に首を傾け、躱したものの、鞭は軌道を変え響の片腕に巻き付き、響の背後に縛り付ける。

 

 直後、少女の腕に鋼の鞭の残る片割れが巻き付き、少女の腕を覆う一時的な籠手へと変わる。

 ぎりぎりと己の刃が軋み合い、少女の腕に傷を刻み、火花と血飛沫を散らしながら、刃の籠手が響の顔面に叩きつけられる。

 

「―――! がっ…あああ‼」

 

 強烈な一撃を、響は真面に喰らい仰け反る。片腕を封じられ、退けなくなった彼女は避けられず、頬を激しく斬り裂かれ、抉られ鮮血を噴き出させる。

 

 後退るも、少女は鞭で引き戻し後退を許さず、一発、二発と何度も拳を叩き込む。己の腕がどんなに傷つこうと、鎧の再生能力で強引に傷を塞ぎ、己の精神力で侵食を無理矢理捩じ伏せ、殴り続ける。

 

「これ、でもっ! まだっ! 傷、つけ、たく、ないって! 甘ったれた、事、言う気、かっ! おらぁ!」

 

 血飛沫が迸り、ずたずたに斬り裂かれる響。顔だけでなく肩、二の腕、少女が至近距離から狙える箇所全てが危険な殴打の嵐に晒される。

 

 体の正面と足元が真っ赤に染まり、体幹も揺らぎ出す。殴られる度に体の揺れは大きくなり、がくがくと膝が震え、しかし拘束の為に膝をつく事も許されない。

 少女自身も激痛に苦しみ、血に濡れた片腕を震わせて歯を食い縛るが、それらを押し殺し大きく拳を振りかぶる。

 

「……くっ! ぅああああっ!」

 

 渾身の一撃が放たれる直前、歯を食い縛り、響が吠える。

 

 ただ只管に嬲られる時間の中、口の中に溜まった血を吐き出しながら響の目が少女を睨み、崩れかけた両脚で前後に踏ん張り、大きく背を仰け反らせる。

 少女が失態を悟って目を見開き、振り抜いた拳を止めようとした瞬間、響は鞭の拘束を引き寄せ、反らせた背を勢いよく前へと倒す。

 

 響の頭突きが、少女の額に激突する。

 骨同士がぶつかる鈍い音と、鎧が激突する甲高い金属音がほぼ同時に響き渡り、衝撃で互いの身体が弾き返された。

 

「がはっ⁉」

オレンジオーレ!

「っ…ぉ、あああああああああああああ‼」

 

 思わぬ衝撃、そして脳を揺さぶられた事により、少女はくらくらと眩暈を催した頭を押さえて、千鳥足を見せる。

 響も同じく苦悶の表情でよろめきながら、意識の混濁を振り払うように血反吐混じりの咆哮を上げ、ベルトの小刀を二回傾ける。

 

 両手に携えた刀に橙色の光が灯り、響はそれを交差させながら天へと振り上げ、強烈な斬撃を放つ。

 

 ―――斬‼

 

 凄まじい金属音の直後、二人を繋いでいた鋼の鞭が半ばから叩き斬られ、残骸が宙を舞う。

 解放された二人の少女はそれぞれよろよろと後退り、ほぼ同時に仰向けに倒れ込む。受け身などとれるわけもなく、大の字に勢いよく背中を打ち付け、咳き込む声が迸った。

 

「うっわ……女の子同士でする戦いじゃないわよ、あれ。弦十郎君……あなた本当に響ちゃんに何教えちゃってんのよ」

『……ヤンキー物とアウトロー物はまずかったか』

「ちょっと弦十郎君⁉」

 

 巻き込まれないよう物陰に潜み、様子を窺っていた了子が通信の向こうの弦十郎に叫ぶ姿を横目に。

 

 少女達はぎこちなく体を起こし、膝を立てる。荒く息を吐き、痙攣する四肢を無理矢理に押さえつけ、互いを見据えて得物を構える。

 血濡れで睨み合い、歯を剥き出しにして伏せる様は手負いの獣のよう。異形の装甲が、少女達に人外染みた印象を付け加えていた。

 

「てん、めぇ…!」

「ハァッ……ハァッ…ハァッ……!」

 

 今にも倒れそうなほど疲弊しながら、少女も響も立ち上がろうと藻掻いていた。

 それぞれ自分のものと返り血とで真っ赤に染まった鎧を鳴らし、ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。

 

 ぼたぼたと血潮を垂らしながら、少女が額に触れ、べっとりと掌に付着した赤い染みににやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「……は、はっ! 前よりゃ……ましか! 相変わらず…殺しは嫌な甘ちゃんの、ようだが……半殺しくらいは、覚悟…するようになったか!」

「甘ちゃん……じゃ、ないっ!」

 

 息を切らせながら、嘲笑する少女。

 他人を傷つけたくないと嘯いたその口は所詮飾りか、とその視線に侮蔑と落胆を混ぜ、吐き捨てる。

 

 すると響は突如、砕けた地面に拳を叩きつけ、強引に腰を上げ膝を立てた。

 

「私は―――立花響! 誕生日は、九月、十三日! 身長は……たぶん、一六〇くらい! 体重は…最近筋肉増えたから、わかんないしもうちょっと親しくなったら教えるっ! 趣味は…特になし、好きな物も……特になし! あと! 彼氏とかも、いない!」

「何をトチ狂った事を…⁉」

 

 突然始まる、自己紹介のような何か。情け容赦なく、手足を捥いででも何処かへ連れ去ろうと目論む相手にするものではない、生温い行為。

 少女は笑みを引っ込めると訝し気に顔を歪め、鞭を掴む手に力を込めた。

 

「これだけ、殴り合って……傷つけ合って言うのは、可笑しいかもしれないけど…! 私は、やっぱり、諦めたくない…!」

「……!」

「言葉があるのに、理解できるのに! 傷つけ合って、相手を無理矢理黙らせるようなやり方で……終わらせたくない‼」

 

 瓦礫を踏み、砂礫を鳴らし、立ち上がった響は突如二刀を手放す。

 戦う姿勢はそのままに、しかしやはり……少女の中の何かを信じ、想うような眼差しは変わらない。

 

 武器を手にしたままでも、全力でぶつかり合いながらも、少女と語り合う事を望む、確かな信念の宿った目をしていた。

 

 血に濡れ、傷を負い、殆ど満身創痍に近いその姿で尚も変わらない意志。

 真っすぐな、橙色に染まった硝子のような瞳を真向から覗いた少女は、より一層苛立ちを顔に表した。

 

「やっぱりてめぇは…………気に食わねぇ…‼」

 

 小さく呟き、響と同じように鞭から手を離す少女。

 自ら切り裂いた腕に付着した血は既に乾き、どす黒く肌にこびりついている。白銀の鎧を汚すそれは、つんと鼻に刺さる鉄の臭いを漂わせる。

 

 得物を手放し、肩を上下させて二人は睨み合う。

 土埃が周囲を取り巻き、互いの放つ圧が大気を震わせる中……不意に、響と少女が同時に動く。

 

 それぞれの籠手に橙と紫、二色の光が灯り、二人はそれを握り締めるようにして拳を構え、同時に振り抜き、激突させる。

 閃光が両者の間で弾け、一拍遅れて金属音と、大気を揺るがす爆音が轟き、衝撃が波状に迸り。

 

 

 

 ―――その直後、二人の激突とは全く別の場所から金色の光が迸った。

 

 

 

「「……⁉」」

 

 響と少女は、不意に視界に入った謎の光に目を見開き、次いで襲い掛かってきた風圧で真横に吹き飛ばされる。

 

 突然の事態に驚愕しつつ、空中で体勢を整え何とか両脚で着地、無様に倒れる事なくその場に留まる。そして、風圧の発生源……眩く輝くそれの方に振り向き、凝視する。

 

「何、この……反応」

 

 物陰の了子も困惑し、眼球に容赦なく襲い掛かる光を手を翳して防ぎつつ、至近距離で輝くそれに目を凝らす。

 

 金色の中にうっすらと浮かぶのは、板状の物体。

 今の今まで沈黙し、錆びついたまま何の反応も見せなかったはずの物体が、見る見るうちに新品のような金属の輝きを取り戻していく。

 

 

 金色の刃と柄、機械的な複雑な造りの鍔に青く光り走る線。

 超古代よりその名を知らしめる聖剣―――第5号聖遺物・サクリストDこと〝デュランダル〟が、その真たる姿を現代に見せつけようとしていた。

 

 

「覚醒……起動、した⁉ まさか……さっきの響ちゃんとあの子の激突で、発生したフォニックゲインが臨界状態に……⁉」

 

 ばたばたと激しく乱れる髪と白衣を押さえながら、目の前で起こる現象に咄嗟の考察を口遊む了子。

 響もまた、戸惑いで咄嗟に動く事ができず……動けたのは、残るもう一人だけだった。

 

「ちょせぇ‼」

「うぐっ⁉」

 

 呆けて棒立ちになった響の腹に、少女の蹴りが突き刺さり、勢いよく倒れ込む。その衝撃で響は我に返るものの、無防備に受けた一撃は思いのほか重く、立ち上がるのに時間がかかる。

 

 その間に、少女はどこからともなく銀色に輝く杖―――ノイズを呼び出す聖遺物の一つを取り出し、力を発揮させる。

 途端に響の周囲に無数の極彩色の軍勢が表れ、響と少女の間に分厚い包囲網を作り上げた。

 

「お前はそいつらと遊んでな! ……こいつは、あたしが貰っていく」

 

 よろ、と若干覚束ない足取りのまま、少女は響から目を逸らし、浮遊する金色の剣に近づく。

 

 デュランダルは神々しく、いやむしろ不気味に感じるほど眩しい光を放ち、まるで誰かに握られ振るわれる時を待っているかのように、不思議な音の響きを放って沈黙している。

 その柄にゆっくりと、少女の手が伸びようとする様に、響はぎりっと歯を軋ませる。

 

「させ……ないっ!」

 

 折れそうになる膝を無理矢理立て、重い腰を強引に上げ、立ち上がる。

 敵を排除しようにも、二刀は放り捨て、激突の衝撃で何処かへと吹き飛んでしまった。丸腰のままこの包囲は抜けられそうもない。

 

 ならば……と、響は少女の背中を見据え、ベルトの小刀に手を掛け、思い切り傾けた。

 

オレンジスパーキング!

「おおおおおおおおおおおおおおお‼」

 

 片足を後ろに提げ、前傾姿勢に移る。両手で地面に杭を打ち込むようにしがみつき、頭頂部を少女に向けて構える。

 すると、響の纏う鎧が再び元の球体へと戻り、次の瞬間―――鋼鉄の果実が回転しながら、砲弾のように少女に向けて発射される。

 

「は―――ちょ、ハァ⁉ 正気か⁉」

 

 背後から近付く、巨大な鋼鉄の果実の放つ風切り音と気配。ノイズの包囲網に穴を開けながら、巨大な球体が迫り来る。

 デュランダルの柄に触れる寸前で会った少女は、咄嗟に攻撃の接近に気付き、ぎょっと顔を引き攣らせながら飛び退こうとし、しかし躱しきれず果実に弾き飛ばされる。

 

 撞球(ビリヤード)のように真横に吹き飛ばされ、少女は地面を転がる。その隙に、響はデュランダルに向けて全力で跳躍する。

 

「渡さない…! はぁああああ‼」

 

 残るノイズが響の動作に反応し、左右から体を槍状に伸ばして襲い掛かる。

 鎧を失った今、一撃でも受ければただでは済みそうにない、危険な状況。しかし今更止まれず、何より敵の狙いを阻止せねばと、響は無意識に半ば捨て身の行動に走る。

 

 そして……無我夢中の突撃の結果、響の手は確とデュランダルの柄を掴み。

 

 

 

 どくん、と。

 得体の知れない衝動が、響の全身を駆け巡った。

 

 

 

「―――え?」

 

 剣を掴み、空中で一瞬硬直する響。

 視界の忠臣を走る金色の刃を凝視し、左右から迫る極彩色を呆然と視界の端に入れながら、困惑の声を漏らす。

 

 その視界が……突如、黒に染まる。

 

 純白の紙に墨を落としたように、視界が黒く染まっていく。デュランダルを中心に、ぽつぽつと浮かんだ染みがみるみる広がり、全てを黒く汚していく。

 何が起こっているのか、それを理解するよりも前に―――響は自身に、異変が起こった事を自覚する。

 

「あ……ぁ、あ、あ、あ、あ―――!」

 

 困惑の中、最初に浮かんだものは……親友の怯えた表情。

 続いて学校、切り刻まれた靴、汚された机、こちらを見て嘲笑する同級生達、憎悪の目を向ける教師達に面識のある大人達。

 去っていく父の背中、泣き崩れる母と祖母、石を投げるどこかの家の子供、暴力を振るう知らない誰か。

 

 そして……自分を組み伏せ下卑た顔で笑う男と、それを染める赫。

 

 封じていた記憶が次々に蘇り、最後に浮かんだのは……短く、単純な衝動。

 

 

 

 

 

ゼ  ン ブ 壊  シ  タ イ

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼」

 

 迸る、腹の奥底まで震える大声量。

 赤く光り輝く響の目が天を睨み、大気を震わせる咆哮を上げる。

 

 鎧を脱いだ水着のような紺色の装束は漆黒に、金色の模様は血のように赤く、血管のように時折脈打ち輝き。

 肌という肌に、まるで茨のような不気味な模様が浮き出させ、響は……響きであった者は、全身から漆黒の圧を放って仁王立ちする。

 

 それはまさに……一体の恐るべき怪物が、世に産み落とされたかのような光景だった。

 

「何、だ……こりゃ」

 

 咆哮による風圧で、舞い上がる土埃から目を覆い守った少女は、現れた怪物を前に困惑の声を漏らす。

 

 了子も同じく物陰で身を守りつつ、明らかに様子の変わった響を凝視し言葉を失くす。辛うじて、吹き飛ばされずに済んでいる耳につけた通信機器から、友里や藤尭達の驚愕の声が漏れ聞こえてくる。

 

『響ちゃんのフォニックゲイン値、異常に上昇‼』

『なにこれ…⁉ ゆ、融合係数も跳ね上がっています! 全く止まりません!』

「これ、まさか、また暴走……?」

 

 異常事態に、もしやと呟いた了子だったが、すぐに首を横に振る。

 

『自身の命の危機に応じて出現する、冷酷無慈悲な殺戮者』というのが、響が暴走した際に発生する現象の認識だった。

 だが、今の響の様子はそれとは異なる。獣のように咆哮し、無意味な破壊を齎す言うなれば災害のような状態だ。

 

 これまでに見せた変化とは異なる―――これまでの暴走の方が遥かにましに見える異変だった。

 

「……やめろ。そんなもんを、見せるな……!」

 

 無意味に吠える響、彼女が辺りに撒き散らす威圧感。

 重力が形を成して向かってきているかのような感覚に陥りながら、少女がゆっくりと立ち上がり、呟いた。

 

 つられるように、響も少女の方へ顔を向ける。ぐるるる…と獣そのものの唸り声を漏らし、手にしたデュランダルをゆっくりと掲げる。

 

 金色の刃に見る見るうちに光が溜まり、世界を金色に染め上げる。

 響の意識は微塵も感じられず、変貌の果てに生じた衝動のまま、視界に映った己以外の他者に反応した……ただそれだけの動作に見えた。

 

「そんな(もの)を、見せつけるなあああああああああああ‼」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼」

 

 怒りの声を上げ、少女が鋼の鞭を振り回し、眼前に紫色の巨大な光弾を作り上げる。本来のものより高濃度に、巨大に練り上げた光の砲弾を、少女は響に向けて撃ち出す。

 

 迫る紫の光を前に、響は犬歯を剥き出しにして唸り、デュランダルを振り下ろす。迎撃よりも先に、少女の攻撃の方が着弾すると思われた。

 

 だが、デュランダルの光が微かに触れた瞬間、紫の光弾はぐにゃりと輪郭を歪め、僅かな拮抗の後に真っ二つに……そして、一瞬のうちに金色の光に呑み込まれる。

 

 少女は大きく目を見開き、がくりとその場に膝をついた。

 渾身の、ありったけの力を込めて放った一撃があっさりと、何の意味もなさなかったかのように消え去り、思わず脱力してしまう。

 

 振り下ろされるデュランダルの光の刃に止まる気配はない。凄まじい熱量を保ったそれは、あと一秒も経たないうちに少女を包み、跡形もなく消し去るだろう。

 ネフシュタンの再生能力があろうと関係ない。無慈悲に、理不尽に、少女の存在そのものを否定し、掻き消す。

 

 そう直感した瞬間―――常に苛立っていた少女の顔が、異なる感情によって歪んだ。

 

「―――化け物が…っ‼」

 

 悔恨、悲嘆、無念。この場にいない誰かに向けるもののような、申し訳なさや不甲斐なさで満ちた悲痛な顔で、少女の目尻に涙が滲む。

 目前に迫る、太陽のような目を焼く光を前に、少女はやがて眼を閉じた。

 

 ごめん、と。

 誰かに向けた言葉がこぼれ、自身が終わる瞬間を待ち―――。

 

 やがて、痛みも苦しみも、覚悟していた最期の感触が訪れない事を訝しみ、少女ははっと瞼を開いた。

 

「―――ぐ、ぎ…ぎぃぃぃ…!」

 

 デュランダルの刃は、少女の眉間の僅かに上で制止していた。

 高濃度の光を振り下ろそうとしていた、怪物の右手。それに、人間の左手が掴みかかり、強引に宙に押し留めていた。

 

 歯を食い縛り、顔中から脂汗を滲ませ、只管に耐える響。痛々しい程の呻き声を漏らし、自らの腕が軋みを上げるまで硬く握りしめ、留める。

 赤く光る右目と相反するように、橙に光る目で必死に目の前の鎧の少女を凝視していた。

 

「お、お前……何して…⁉」

「ぅぎ……ぎ、ぎ、ぐ、ぎ、ぐぬぅぅぅぅぅ‼」

 

 混乱に陥る少女を放置し、いや、構う暇もない様子で、響は自らの半身を必死の形相で押さえ込んでいる。

 まるで、一人の少女の中で発生した異なる人格同士で、肉体の制御権を奪い合っているかのような、そんな非現実的な姿だ。

 

 だが、徐々に右腕が力を増し、左腕の制御を押し退けようとしている。逃げなければ、と少女も混乱の中で思うも、死を目前にした所為か身体がまるで言う事を聞かない。

 

「ぐる、ぐるるっ…! ぐるるるるるる…!」

 

 苦悶の声を漏らし、歯を軋ませる響。

 すると彼女の目はやがて、鋭く自らの右腕を睨みつける。

 

 みしみしと軋みを上げる自身の右手に、さらに力を籠める。皮膚が、筋繊維が、そして骨が嫌な音を立て、徐々に形を歪めていく。

 籠められる力の抵抗するように、右腕の筋肉が隆起し、しかしそれによってより一層不気味な音が鳴る。

 

 曲がっていく響の腕、曲げようとする響の鋭い目を凝視していた少女が、まさかと目を見開いた直後。

 

「ぐる……ぅああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

 めき、ぶちっ……ぶちぶちぶちぶちぶちっ!

 

 拉げた響の右腕が、宙を舞う。

 響の二の腕から先が消失し、赤い液体と小さな肉の塊が地面に降り注ぐ。

 

 無数の赤い水滴を少女の頬に当たらせ、筋を描かせ―――強引に引き千切られた右腕が、血飛沫で辺りを真っ赤に染める。

 

「ぐ、ああ、ああああああ…‼」

 

 響はぎっ、と歯を鳴らし、遅れてやってきた激痛に暫くの間動きを止める。

 だがすぐに正気を取り戻し、剣を握り締めたまま痙攣する自分の右腕を睨みつけ、渾身の力で空高くに投げ飛ばす。

 

 右腕は血飛沫で宙に螺旋を描きながら空へ舞い……しかし、デュランダルは絶えず、眩い光を刀身に纏わせたまま、やがて切先を地上に突き付ける。

 持ち主から離れた右腕が、独りでに得物を振るい、敵を排除しようとするかのように。

 

「くっ……ぐ、おぉああぁぁ‼」

【オレンジチャージ!】

 

 夥しい量の血を吐き出す、残った右腕の苦痛に耐え、響は頭上の金色の光を見据え、ベルトの小刀を傾ける。

 錠前から流れた橙色の光を脚に溜め、腰を落とし、限界まで溜め込んだ力を解き放ち、高々と跳躍する。

 

 見る見るうちに膨らむデュランダルの光に目掛け、響は突き出した足の先に果実の形をした円陣を灯し、全力を叩き込む。

 

「セイハァァァァァァァァァァ‼」

 

 金色の光と蹴撃が、天空で衝突した瞬間。

 

 かっ!と、世界を真っ白に染め上がる閃光が迸り。

 続いて生まれた轟音と衝撃波が、近くにあったあらゆるものを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「……う、ぁ。……何、だ。何が、起こった…?」

 

 不意に、少女の意識が急浮上する。

 正気に戻るや否や、全身を打撲の痛みが襲い、埃臭さで咽返る。

 

 がらがらと体の上に乗っていた何かの破片を押しのけ、辺りを見渡す。

 工場の施設の一部が破損したようで、金属の管が何本か折れて地面に転がっている。とはいえ重要箇所は無事なようで、火の気配などは感じられない。

 

 デュランダルはどうなったのか、と目を凝らし、地面に突き刺さった金色の剣を見つけた少女は、痛みの走る体に叱咤し近付こうとする。

 

 その寸前、上空から何かが落下し、がしゃんと音を立てて横たわる。

 

 人の形をした、しかし片腕と片足のない、黒く焦げて煙を上げる骸。

 それが、自分を庇った融合症例と呼んでいた相手の成れの果てだと気付くと、少女は思わず息を呑み後退る。

 

「っ〜〜〜〜⁉︎」

 

 少女は込み上げてきた嘔吐感を堪え、響とデュランダルを交互に見やる。

 悲惨な末路を晒し、沈黙する標的の片割れ。険しい顔で黙り込み、響を見下ろした少女は、やがて踵を返しどこかへと跳び去る。

 

 後に残されたのは、ぴくりとも動かないままの響と、静かになったデュランダル。煙を上げる両者の元に、白衣の女性が慌てた様子で駆け寄った。

 

「 …! 響ちゃん! しっかりして、響ちゃん! ちょっと! 何やってるの急いで! この子を死なせる気⁉︎ 早く!」

 

 一切の反応を見せず、虚ろな目で空を仰ぐ響に了子が呼びかけ、携帯端末に怒鳴りつけるようにして仲間を呼ぶ。

 

 悲痛に響く了子の声を薄っすらと認識しながら。

 僅かに残っていた響の意識は、次第に闇の中に飲まれ、消えていった。

 

 

 響が目を覚ました時、最初に視界に映ったのは……金色だった。

 

 焦点の合わない景色の中、唯一はっきりと見えた眩しい色彩。

 ぼんやりとしていた意識が少しずつはっきりしてくると、徐々にその金色は薄れ、代わりに見覚えのある茶髪や顔立ちが見え始める。

 

 ぱちぱちと何度か目を瞬かせてから、不意に響ははっと正気を取り戻した。

 

「目覚めたか! よかった、本当によかった…!」

「……司令、さん」

 

 目の前で熊のような巨体を屈め、ほーっと全身で安堵の息を吐く弦十郎。

 

 どうしたのか、と弦十郎を見つめ返した響は、やがて自分が何か、硝子のような透明な機械の中で眠っていたのだと気づく。

 棺のような入れ物の中で、無数の管に繋がれ横にされている。見れば外には、心電図らしき機械なども置かれているのが見えた。

 

 さらに見渡せば、他の二課の職員達の姿もうっすら見える。全員、不安げな表情で硝子の中の響を見つめていた。

 

「……ぁ、れ、ここ、は……」

「二課の緊急治療室! 響ちゃんが危険な状態に陥ってたから、大急ぎで応急処置をしてここに入れたの! ……生きた心地がしなかったわよ、三日も目を覚まさないで」

 

 腰に手を当て、険しい顔で見下ろしてくる了子が説明する。そのうち彼女の表情は悲痛に歪み、弦十郎と同じく心からの安堵の息を吐く。

 

 言われて、響は自身の行動を思い出す。

 あの謎の少女にデュランダルを渡すまいとして柄を掴み……その後意識が塗り潰されるような感覚がして、気付けばあの少女を殺す寸前だった。

 

 確か、それを防ぐ為にーーー。

 

「無茶が過ぎるぞ…! 自分で、自分の腕を引き千切るなど…!」

 

 まるで自らを責めているかのように苦しげな顔で、組んだ腕に指を食い込ませた弦十郎が声を漏らす。

 横になった響を痛ましげに、申し訳なさそうに凝視し、血が滲むほどに唇を噛み締める。見ている響の方も、罪悪感で胸が締め付けられる表情だ。

 

「あ、あはは……えっと、もう無我夢中で。暴走したまま、あの子の命を奪うくらいなら、と思って……」

「……笑い事じゃないわよ。二度とやらないで、本当に」

「す、すみません」

 

 重苦しい空気に耐えかね、困り顔で弦十郎に語りかけると、じろりと了子から咎める視線を向けられ首を竦める。

 

 嫌なものを見せてしまった、と悔やむ響に大人達がより険しい顔になる。

 その事に気付かず、気不味そうに目をそらす響に、大きな溜息をついた了子が躊躇いがちに口を開いた。

 

「それで、その……右手の事なんだけど」

「……わかってます。馬鹿な事したって、自分でも思います。けど、ああする以外にあの場では思いつかなくて、だから……」

 

 無謀に危険な代物に触れたから、暴走し腕を失った。

 考え無しに何とかしようとしたから、こうも深い傷を負った。

 

 二度とやるなと言われても、自信はない。

 危うく兵器を使用し蒸発させ、この世から跡形もなく消し飛ばしかけたあの少女の最後の顔がどうしても思い出され、胸が締め付けられる。

 

 奏と翼が自分を守る為に、絶唱を使おうとした時と同じだ……何としてでも、自分の何を犠牲にしてでもやめさせなければ。そう思うと、体が勝手に動いていた。

 

「けど、自分で覚悟した事ですから。この先、こんな身体で戦い続けるのは確かに大変かもしれませんけど……でも、私は…!」

 

 未熟すぎる自分自身に激しく落胆を感じながら、それでもまだ戦う意志はあるのだと、硝子の中で握り拳を作ってみせようとして……そこでようやく、気付く。

 

 

 腕が、ある。

 自ら引きちぎり、デュランダルの光によって消え去ったはずの右腕が、元の場所に。

 

 

「…………え?」

 

 きょとん、と目を丸くし、響は自分の右腕を見つめる。

 しばらくの間寝転んだまま、何の変哲もない自分の右腕を凝視し、やがて体を起こそうとし、硝子の入れ物に頭をぶつけ悶絶する。

 

 ぷしゅ、と音を立てて開かれ、ようやく体を起こした響は、改めて自分の身体をーーー目立った傷の見当たらない全身を見渡す。

 

「……な、治せた、ん、ですか……?」

「……いいえ、響ちゃん。私達は何もしてないわ。何もできなかった、というべきかもしれないけど」

 

 確かに自分は、右腕を引き千切った。普通ではありえないはずだが、それでも火事場の馬鹿力というべきか、激痛と共に自分の腕は一度喪われた。

 

 だが、現に右腕はある。

 傷一つなく、何事もなかったかのように、動かす際に何の違和感も抱かせずここにある。

 

 固まる響に、了子が険しい顔で響の顔を覗き込み、語り聞かせた。

 

「響ちゃんの右腕は、確かに消失していた……だけど此処に搬送されてしばらくして―――あなたの腕は、()()()の」

「生え、た…?」

「そう。見ての通り……何の違和感もない状態で再生したわ」

 

 ごくり、と思わず息を呑む。

 視線を巡らせれば、弦十郎も似たような顔で沈黙し、黙り込んでいる。

 

 近くに立つ職員達も、よく見れば響の身を案じるというよりは、響に対して怯え、怖れを抱いているように見える。

 

「私って……ちゃんと、人間なの…?」

 

 その場の誰も答えられない呟きをこぼし。

 響は自分の両手をーーー人そのものの、しかし間違いなく人ではない()()となった両手を凝視し続けた。

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