JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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1.覚醒!果実の武者

 戦場にて、男達は吠える。

 家族のために、守るべき者達のために。

 

 そして、先に散っていった戦友達の死が、無意味なものにさせないために。

 

「うて…撃てェ‼」

 

 迫り来る極彩色の〝災害〟を前に、男達―――特異災害対策機動部一課の構成員達が銃の引き金を引く。

 一発当てられれば、確実に葬る事ができる凶器の雨あられ。

 

 しかし、それらは一つも当たることなく、やがて勢いをなくし地に落ちていく。

 

『*************』

『***********』

 

 異なる位相に存在し、こちら側に現れない限り触れる事も叶わない敵―――ノイズ。

 

 そして触れれば一巻の終わり。触れた個所から炭素に変えられ、ボロ炭のように崩れ落ちていく。

 人間が如何に強力な兵器を使おうと、抗おうと、ノイズは防衛陣を突破し、人々の命を奪い去っていく。

 

 その様はまるで、彼らの奮闘を無意味なものだと嘲笑うかのようだ。

 

「くそっ……せめて、一矢報いる事さえできないというのか…!」

 

 集団の一人が、銃弾をただ消費するだけの作業に、思わず歯を食い縛る。

 

 脳裏に浮かぶのは、自身の家族の姿。

 ノイズの脅威に怯えながら、災害と戦う父の帰りを待っている筈の、かけがえのない大切な家族の姿。

 そこへ帰れないという想いが、男達の心を苛んでいく。

 

「…! すまん―――」

 

 一言、決して届きはしない謝罪の言葉を口にしながらも、引き金を引き力を緩めはしない。

 最後の最後まで命の火を燃やし続ける男達に、災害の間の手がそっと触れようとした、その刹那のことだった。

 

 

 ―――オレンジ・スカッシュ!

 

 

 野太い男の声と共に、橙色の閃光が迸る。

 視界に走る光に、男達が驚愕と戸惑いで目を見開いたその直後。

 

 辺り一面に蔓延っていたノイズの軍団が、ことごとく真っ二つに両断されている様を目撃した。

 

「なっ―――」

 

 声を漏らし、思わず銃を撃つ手が止まる。

 硬直する彼らの前を、橙色の閃光は何度も何度も横行し、その度にノイズが切り裂かれ、次々に消滅していく。

 

 人の手では、ある一種の兵器を除いて排除する事はできないはずの。

 人間にとって最凶最悪の天敵であるはずのノイズが、何の抵抗もできないまま、次々に葬られていく。

 

 それは喜ばしい光景のはずなのに―――男達にとっては、怖気を誘う悪夢のような光景だった。

 

「―――ぅおおおおおおおおおお‼」

 

 呆ける自衛隊員たちの耳に、また別の声が響き渡る。

 振り向けば赤と青、二つの影が通り過ぎ、各々の構える刃を振りかざし、ノイズに襲い掛かる姿を目にする。

 

 表向きにノイズに立ち向かう一課の者達とは異なり、秘密裏にノイズへの対抗手段を有するもう一つの集団―――二課の戦乙女達。

 シンフォギアの適合者である、天羽奏と風鳴翼、二人の女性の戦士達だ。

 

「くらえ―――!」

 LAST∞METEOR

「いざ、参る!」

 千ノ落涙

 

 奏と翼、それぞれが放った力が、群れるノイズ達に襲い掛かり、瞬く間に炭素の欠片に変えていく。

 しかし、放たれたそれらは全てを撃ち滅ぼすには至らず、半分以上が無事のまま、猛然と二人と一課の男達に迫る。

 

「くそっ―――!」

「奏、無理しないで!」

「無理をしなきゃ、何も守れないだろ!あの時みたいに!」

 

 津波のように迫るノイズに、奏が槍を構え吠える。

 

 本来の使い手でない彼女の身体は、シンフォギアシステムの酷使により既に限界に近づいている。

 それでも奏は、身の内に燃える激情に促されるまま、仇敵を見据え身構える。

 

 明らかな不調を見せる奏だが、ノイズの凶刃は止まらない。

 数体が宙に跳び、鋭い槍に変じて奏を貫こうと迫った、その刹那。

 

「―――おおおおおおおおお‼」

 

 凄まじい、獣のような咆哮と共に、橙色の閃光が奏の前に割り込む。

 同時に、ギィン!と鼓膜に突き刺さる甲高い金属音が響き渡り、ノイズが十体ニ十体と、纏めて斬り刻まれていく。

 

 閃光の主―――橙色の甲冑を身に纏った、侍の衣装の少女が、まるで一課と歌姫達を守るように仁王立ちする。

 

 少女は片手を伸ばし、腰に巻いたバックルの中心にはめた、丸い錠前を取り外すと、もう片方の手に持った刀に装着する。

 

【ロック・オン! イチ・ジュウ・ヒャク…!】

 

 先ほど聞いたものと同じ声が響き渡り、刀身に光が蓄積していく。

 少女はそれを高々と掲げ、刀から鳴る音を聞かせるように、天に向かって突き立てる。

 

 そして、わらわらと湧き出るノイズの群れに向け、刃を一閃させる。

 

オレンジチャージ!

 

 斬―――‼

 

 少女が刀を横一文字に振るった瞬間、群れていたノイズが真っ二つになり、ボフッ!と炭素の欠片となって霧散する。

 一拍遅れ、辺りに転がる瓦礫も両断され、続いて生じた衝撃波により、跡形もなく吹き飛ばされていく。

 

 翼と奏、一課の男達も同じで、危うく紙屑の様に吹き飛ばされそうになるのを必死に堪える。

 

 ようやく暴風が止み、舞い上がっていた砂埃が落ち着き始めて、奏がゆっくりと閉じていた瞼を開く。

 

「……! 嘘…だろ」

 

 そして視界に映る光景に、大きく目を見開く。

 燃え盛っていた瓦礫も、ノイズも、何もかもが跡形もなく消え去っているその様に。

 

 そして、圧倒的な力をもって、たった一人で人類の脅威を殲滅してみせた鎧武者の少女を、奏はただ、呆然と凝視する他になかった。

 

「お前は、何者なんだ―――⁉」

 

 ビュゥ…!と激しく吹き荒れる風の中、一人佇む少女に向けてこぼれた、奏の呟き。

 少女はそれに答えることなく、再び吹き荒れた砂埃に紛れ、戦場から忽然と姿を消してしまうのだった。

 

 

 

「……驚異的な力だ」

 

 モニターに映し出される、橙色の鎧の少女を凝視し、赤いシャツを着た豪傑―――風鳴弦十郎は思わず呟く。

 周辺の監視カメラなどから、どうにか入手できた謎多き少女にまつわる映像を前に、感嘆と驚愕、焦燥を織り交ぜた唸り声をあげる。

 

「ただ、振るわれる力が強力なのではない……彼女が有する技術、経験、戦闘能力の全てが恐ろしいほどに高いものだ」

「一体何者なのかしらねぇ~……この娘は」

 

 その隣で機器を操る、茶髪と豊満な肢体を有する眼鏡の美女―――櫻井了子もまた、映し出された少女の力に興味深げな眼差しを向ける。

 

「シンフォギアのようでありながら、シンフォギアとは確実に異なる何かを宿した、謎の女の子……最近の話題はもっぱら、この娘に関する事よね」

「ああ……なんとかコンタクトを取れないものか」

「そのために大勢で頑張ってるけど、いっこうに上手くいっていないのよねぇ」

 

 一年か、それより少し前からか、突如ノイズの災害現場に現れるようになった少女―――便宜上・鎧武と呼んでいる謎の存在。

 唐突に現れては、手にした二振りの刀を振るい、人類の天敵を屠っていく彼女は、敵の全てを狩ると何も言わずに去ってしまう。

 

 彼女の正体、そして彼女の持つ力について知ろうとエージェントが派遣されているが、未だ誰も確かな情報を得られずにいた。

 

「上はさっさと見つけろってうるさいし、でも翼ちゃん達も捕まえられないし……アプローチの仕方、変えた方がいいのかしら」

「そうかも知れんな。だが、その方法をどうするべきか…」

「せめてもうちょっと、顔がわかればいいのにね~」

 

 映し出される映像は、災害現場の物であるため非常に状態が悪く、詳細な情報はまるで集められない。

 

 だがそれでも、弦十郎たちは鎧の少女への干渉を止めない。

 彼女が一体どんな意思で危険な戦場へ赴いているのか、どこであの力を手に入れたというのか、真実を確かめたいのだ。

 

 全ては、ノイズによる新たな被害者が減らせるようにするために、少女の持つ大いなる力を求めていた。

 

「俺にも、あの力があれば…!」

 

 そんな呟きを聞いているのは、彼の隣にいる了子のみ。

 彼女もまた、映像の少女に引かれているような熱っぽい視線を送り―――同時ににやりと、不気味な笑みを浮かべる。

 

「そうね―――あの男の手によるものか、しっかりと見極めなければな…」

 

 彼女の呟きは弦十郎に届くことはなく。

 それぞれの想いを隠したまま、二人は鎧の少女に目を奪われ続けていた。

 

 

 

 

 ある時刻、ある場所―――音楽についてを学ぶ、一つの女子学校の中庭に、その少女はいた。

 中庭の一角に聳え立つ、一本の木の上に。

 

「もう……ちょっと、大丈夫…だからね……!」

 

 冷や汗を流し、作業着の襟元を黒く濡らしながらも、少女が呼びかける。

 

 ぎしぎしと、自分を下から支える枝が軋みを上げる。

 それを知りながら、少女は手を伸ばす事を―――枝の先で震えて鳴く、一匹の子猫を助ける事を止めない。

 

「ちょ……ちょっとあれ、ホントに大丈夫?」

「先生呼んできた方がいいんじゃない…?」

 

 少女が登る木の周囲には、少女の救出劇に気付いた者達。

 学生の制服を纏った少女達が、ハラハラと息を呑みながら様子を伺っている。どこかで事件を聞きつけ、集まって来たらしい。

 

 やがてその想いが届いたのか、子猫がおずおずと前足を伸ばし、少女の元へと近づき始める。

 

「よーしよし……すぐに助けてあげ―――」

 

 ホッと安堵の息を吐いた少女が、子猫を胸元に抱き寄せた、その瞬間。

 

 バキッ…!と、少女の乗っていた枝が限界を迎え、少女と子猫は為す術なく空中に放り出される。

 ぽかんと呆けたまま、少女の身体は数メートルも真下に向かって落下を始める。

 

「あっ……え、え⁉ えええええ⁉」

 

 ひゅっ…と内臓が浮き上がるような感覚に襲われ、子猫を抱きしめたまま悲鳴をあげる少女。

 周囲から女生徒達の悲鳴が上がり、思わぬ惨事を前に一気に騒然となる。

 

 多くの生徒達の視線を独占し、少女はそのまま、硬い地面に背中から叩きつけられるほかにない。

 

「あわわわわ―――っっとぉ‼」

 

 しかし、地面に接触するまであと数秒という刹那。

 少女はぐりんっ!と腰を大きく振り、両足を大きく回し、その勢いを利用して空中で無理矢理体勢を変える。

 

 片手で子猫を抱えたまま、少女は残るもう片方の手と両足を広げ、同時に地面に叩きつける。

 ずしんっ!と凄まじい音が鳴り、衝撃で樹の枝が揺れて葉が何枚も落ちる。

 

「……え? え?」

「何が……起こったの?」

 

 一瞬の出来事に、女生徒たちは唖然としたまま、五体満足で地に伏せる少女を凝視し、立ち尽くす。

 

 ビリビリと四肢がしびれるのを感じながら、少女―――響はゆっくりと体を起こす。

 じわりと目尻に涙を滲ませ、響は深々と安堵の息を吐いた。

 

「……はぁ~、恐かったぁ~…」

 

 そんな、気の抜けた呟きを耳にした女生徒達全員から、一斉に呆れた視線が向けられる。

 あまりにも温度差の異なる、暢気としか言いようがない少女の感想に、どんな神経をしているのかと一気に空気がしらけていく。

 

「…あ、えっと……お、お騒がせしました~…」

 

 女生徒達の視線に気づいた響が、咄嗟に誤魔化すような笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げる。

 腕に抱く猫さえも、じっとりとなじるような視線を向けている気がした。

 

「あ、あははは~……参ったな、まさかこんな大騒ぎになるなんて……」

「まったくだよ、響ったら……」

 

 ポリポリと頭を掻く響にそう告げるのは、女生徒達と同じ格好をした黒髪の少女―――響の幼馴染、未来だ。

 響の救出劇を始終見届けていたのか、心底呆れた様子で腰に手を当てている。

 

「子猫一匹にあんな無茶して……無事だったからよかったものの、大怪我してたらどうするのよ、もう!」

「ご、ごめん未来! バイト中に泣いてるこの子を見つけたら、いてもたってもいられなくなってさ……どうしても、ね?」

 

 にーにーと鳴き、身をよじる子猫を地面に下ろし、響はやや引き攣った笑顔を返す。

 子猫はすぐさま走り去り、植木の下を潜ってどこかへ行ってしまった。親猫のところにでも向かったのだろう。

 

「また親方に怒られるよ? 人助けはいい事だけど、やらなきゃいけない事はきちんとやってからじゃないと」

「ごめん、ごめんってば未来ぅ……もうお説教はそのへんで」

 

 手のひらを合わせ、何度も頭を下げる響に、大きくため息をこぼす未来。

 一方の響は、親友に申し訳なく思うのは確かだが、どこか焦った様子を見せている。

 

 何に気を取られているのか、と未来が訝し気に眉をひそめた時だった。

 

「コラァ、新入りぃ‼ いつまでもサボってねぇでさっさと戻ってきやがれ‼」

 

 女学院と外を隔てる塀の向こうから、突如凄まじい男の怒号が響き渡る。

 女生徒達の大半がびくっと肩を震わせ、きょろきょろと辺りを見渡す中、響も全身を震わせ、ピンッと背筋を断たせて固まった。

 

「は…はい! すいません親方さん! ……じゃあ未来、またね!」

 

 引き攣った声で即座に返答した響は、未来に手を振ってから、親方と呼ばれた男の声がした方へと一目散に走り出す。

 

 直後、響は庭に生えた気の幹に向かって跳び、ダンッと強く蹴りつける。

 その衝撃を利用し、学院の塀の頂上まで跳び上がると、ひらりと軽々とした身のこなしで、塀の向こう側に行ってしまったのだった。

 

「…もう、相変わらず不作法なんだから」

 

 慌ただしく去って言った親友の行儀の悪さに、未来は頬を膨らませる。

 一方で、響の見せた一連の動作を目撃したほかの女生徒たちは、皆唖然とした様子でその場に立ち尽くしていた。

 人間離れした身体能力を見てしまったが故、思考が停止してしまったようだ。

 

「せっかく会えたのに、さっさと行っちゃうんだから……色々、話したい事とかあったのに」

「ヒナの旦那様は、相変わらずせっかちだねぇ」

 

 肩を落とし、俯く未来の元に一つの声が届く。

 未来の友人である学院の生徒、黒いショートカットの持ち主・安藤創世、くるんと丸まった金髪を有する寺島詩織、赤みがかったツインテールを備える板場弓美。

 

 その一人である創世が、特徴的なニックネームで未来を呼び、話しかけたのだ。

 

「旦那さまって……そんな関係じゃないよ」

「いやいや~、ビッキーを見送るあの眼差しはもう、人妻っぽさに溢れてたよ? 多忙でなかなか家に帰って来ない夫を待つ主婦みたいなさ」

「ずいぶんマニアックな設定ですね……」

「でも言いたい事はわかる」

 

 プイッとそっぽを向く未来に、創世は揶揄うように耳元で囁く。

 友人をいじる創世に、詩織も弓美も言葉では止めつつも、似たような印象を抱いているのか否定はしない。

 

 未来はそんな三人に半目を向けながら、ふぅ、と深くため息をこぼした。

 

「ビッキーって、中卒してからずっとバイトしてるんでしょ? 大変そうだよね、一人暮らしらしいし…」

「…うん、夜遅くまで働いてるみたい」

「あんまりさ、他人のプライベートとか踏み込むの良くないから黙ってたけど、響の実家ってそんなに厳しいの?」

「確かに……私達と同い年であそこまで必死に働いているのを見ると、心配になりますね」

 

 もうどこかに走り去ってしまったであろう、友人のさらに友人のことを思い浮かべ、つい問いかける三人。

 未来はそれに、気まずげに苦笑をこぼしてみせた。

 

「……大変、だったんだよね」

 

 その横顔に、どうしようもないくらいの寂しさを滲ませながら。

 小日向未来は、儚い笑みをこぼしていた。

 

 

 

「……見たか、あの子のあの動き」

「ええ……普通の人間じゃないわ」

 

 それを見ていたのは、女生徒達だけではなかった。

 校舎の物陰に身を隠し、子猫を巡る騒動を観察していた二人の女性―――翼と奏が、重い口調でそう呟く。

 

「あの子で間違いないよな、見た感じ性格は違うっぽいけど」

「演技……とは考えられないわね。そんな器用な子には見えないわ」

「もしあれが演技なら、あいつは役者になれるよ」

 

 視線を向ければ、肩を落とした黒髪の少女がとぼとぼと歩き出し、その後を友人らしき三人が追いかける。

 

 他の女生徒達も、興味をなくしたのかぞろぞろとその場を後にし始める。時刻を見れば、午後の授業が始まる頃合になっていた。

 

「後は他の奴に任せておくか。あたしらがいつまでもここにいちゃ、大騒ぎになっちまう」

「そうね……行きましょう」

 

 奏が翼にそう告げ、二人で一緒に踵を返す。

 その際に、奏はもう一度だけ、作業着を着た少女が跳び去っていった方を見やると、痛々しく顔を歪める。

 そして何も言わないままに、翼とともにその場を後にするのだった。

 

 

『ハロ~! TOKYO! DJサガラの生配信の時間だぜェ!』

 

 何処かの誰かが聞いているラジオから、やたらとテンションの高い男の声が聞こえてくる。

 若者に人気のDJらしく、道端にたむろする数人の男子達がラジオを囲み、はしゃいだ声を上げている姿が見える。

 

『今日の俺の一押しはコレだァ! 大人気アイドルユニット・ツヴァイウィングの新作CDの発売日なんだゼ! 手に入れてねェ奴はとっととCDショップに急ぎやがれ~!』

 

 サガラと名乗るDJの煽りに、若者達も同じく高揚した声を上げる。

 仕事帰りのサラリーマンや買い物帰りの主婦、学生たちの胡乱気な視線をものともせず、推し続けるアイドルたちに関わる情報に湧き続ける。

 

 

 

 そんな騒がしさを聞き流しながら、響は家路に就いていた。

 

「んん…! 今日もお勤め御苦労さまです……っと」

 

 ぐぐっと背伸びをすると、ゴキゴキと背骨が凄まじい音を鳴らす。

 ついでに首や肩もぐりぐりと回し、ちょっと心配になるぐらいの鈍い音を響かせる。

 

「はぁ……お気に入りのお弁当がなくなってたのはショックだったな。毎日買ってるのになくなるなんて、私ってほんとに呪われてる…」

 

 夕食を買うために利用したコンビニを後にし、響は夕暮れの街を独り歩く。

 

 自炊という選択肢もないわけではないが、丸一日暑い中働き続けた状態では、そんな気力も残っていない。

 栄養など色々なものが気になるものの、身体は真面に動いてくれなかった。

 

「明日は朝早いし、ご飯食べてお風呂入ったらさっさと寝ちゃおう。別のバイト先、早く見つけたいな…」

 

 体の疲労はそこまで酷くはない。

 しかし同年代が職場にいない事や、同業者達とも大して仲が良くない事、何より一人暮らしの寂しさが、響の心に影を落としていた。

 

 同年代の女子達が、楽しそうに学校に通っている姿を見ると、余計に暗い気持ちが沸いてきた。

 

「いやいやいや、全部自分で決めた事なんだ。……でも、やっぱ夜は冷たいなぁ」

 

 自分で自分を勇気づけつつも、どうにもできない心の隙間に吹く風に、ほろりと涙を滲ませる。

 深いため息を何度もつき、肩を落としながら、今の自分の住まいに向かう響。

 

 

 

 そんな中彼女は、ふと気づく。

 周囲に感じられる人の気配が、あまりにも希薄になっている事に。

 

 

 

「……え?」

 

 目を見開き、立ち止まった響が目にしたものは、空中に漂う黒い灰。

 地面のあちこちにこびりついたそれらが、風に乗って辺り一面に飛び散っていく光景だった。

 

 空中に消えていく灰―――炭素の欠片へと変わり果てた、人であったものを凝視し、響は呆然とその場に立ち尽くす。

 そして彼女は、彼らをそんな姿に変えた元凶がすぐそばにいるのだと気付き、怒りと悔しさで顔をくしゃくしゃに歪めた。

 

「ノイズ……!」

 

 慈悲もなく、意思もなく、只々人を跡形もなく消してしまう災害。

 自分の人生を大きく変える一端となったそれに対し、響は強い憎悪を抱く。

 

 だが、かといって何かができるわけでもない。

 激情のままに殴りかかろうものならば、自分も目の前の被害者達と同じような末路を辿るのだから。

 

「は、早く…シェルターに行かないと……」

 

 空に散る犠牲者達に痛ましげな目を向けてから、響は逃げるために辺りを見渡す。

 その時だった。

 

 ―――キャァァァ!!

 

 と、路地裏の方から幼い子供の声が響き渡る。

 ハッと顔色を変えた響はすぐさま走り出し、声がした方に急ぐ。

 

 息を切らせ、路地裏を覗き込むと、そこには一人の少女がへたりこみ、泣き叫んでいる姿が見つかる。そして何より。

 

 何体もの極彩色の怪物、人類の天敵(ノイズ)が群れを成し、少女を取り囲んでいる光景があった。

 

「―――! ぅおおおおおお‼」

 

 気づけば、響の身体は勝手に動いていた。

 わずかにあるノイズ同士の間の隙間に飛び込み、恐怖で固まる少女を抱えて、またノイズの間に飛び込む。

 

 ゴロゴロと地面を転がりながら体勢を整え、路地の奥に向かって全力疾走を開始した。

 

「ひゃぁあ…!」

「つかまってて…! 大丈夫……お姉ちゃんが助けるから!」

 

 胸に抱き込んだ少女にそう呼びかけ、響はひたすらに前に走る。

 全力で走る事だけを考えたまま、ちらりと後ろを振り向けば、ぞろぞろとノイズ達が列をなし迫ってくる姿が目に映る。

 

 追いつかれれば、自分も殺される。

 すぐそばに迫る恐怖が、響の背筋を冷やし、同時に後ろから彼女を追い立てる。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……!」

 

 滝のように汗を流し、歯を食い縛り、響は必死に走る。

 疲労がたまり、何度も足をもつれさせそうになるが、抱きしめた少女が怯え、しがみつく姿を見るたびに奮い立つ。

 足が痛もうと、息が切れようと構うものかと、ノイズの追跡を振り払うために懸命に道を駆け抜ける。

 

 路地を抜け、工場に入り込んだ響は、少女を背に背負いながら一つの建物の壁にある梯子をよじ登り、屋上を目指す。

 高さを利用し、ノイズの追手を敗けられれば、そう考えていた。

 

 しかし、その見通しは甘かった。

 響が屋上に辿り着き、少女と共に背中から倒れ込んだ時には、すでに大量のノイズ達が集い、響達を取り囲んでいたのだ。

 

「なっ……そん、な…⁉」

 

 聞いていたものとまるで異なる、災害というにはあまりにも悪意ある展開に、響は思わず立ち尽くす。

 

 逃げて逃げて、微かな希望を持って向かった先にこれほどの絶望が待っているなど、まるで誰かが悪意を持って書いた筋書きに従っているようではないか。

 響をこの場で殺す、そんな理不尽な悪意が、ノイズを操りこの場へ誘導したかのようだった。

 

「こんなの……こんなのおかしい…! こんなの、一体どうやったら……!」

「お姉ちゃん…!」

 

 愕然と、ノイズ達を凝視したまま嘆いていた響は、しがみついてくる少女の不安気な声で我に返る。

 

 しかし、もはや逃げ場などどこにもなくなってしまった彼女には、少女を宥める程の余力は残されてはいなかった。

 必死の思いで、()()()()()()()()と思ったのに、何も出来ずに終わりを迎えようとしている。

 

 まるで、運命そのものが、響が生き残る事を拒絶しているかのように。

 

「こんな、所で……終わるなんて…!」

 

 ギリッ…と歯を食い縛り、悔しさをあらわにする。

 

 何もなせないまま、たった一人の命も救えないまま……久しぶりに会った親友に、ちゃんとした別れも告げられないまま死ぬ。

 それは堪えようがないほどに苦しく―――決して受け入れられない事だった。

 

「ここで……終わり……!」

 

 ぞろぞろと、ノイズが包囲を狭め始める。瞬く間に人を炭に返る間の手が、徐々に少女達の元へと迫っていく。

 極彩色の災害が、二人の命を無慈悲に狩り取りに来る。

 

 それを響は、認められなかった。

 終を目の前にしてなお―――生きる事を、諦められなかった。

 

「ここで終わって……たまるかぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 カッと目を見開き、力の限り吠える。吼える。

 放たれた砲口のようなそれが、大気をビリビリと震わせたその直後。

 

 

 響の胸の中心から、眩い橙色の閃光が放たれた。

 

 

「え―――?」

 

 思わず呆け、固まる響。

 彼女の胸の間、かつて起こった惨劇の最中に刻まれた傷跡から、その光は迸っていた。

 

 すると、光の中からざわざわと、無数の植物の蔓が飛び出し、響と彼女の周囲に蔓延り始める。

 恐ろしいほどの勢いで蔓を伸ばすそれらの中に、響はあっという間に呑み込まれ、光と共に埋もれてしまう。

 

 そして次の瞬間、生い茂る蔓を切り裂くように、一際強い橙色の閃光が迸った。

 

オレンジ・アームズ! 花道・オン・ステージ!

 

 光に切り裂かれ、繭のように絡まっていた蔓が一瞬にして吹き飛ぶ。

 そして、夕日の沈んだ、夜の始まりを明るく照らし出す光の中から、彼女は再び姿を現した。

 

 

 橙色に輝く鎧に、鱗のような金の模様が縫い込まれた紺色の袴。

 腰に巻かれたベルトの中心に鎮座する、橙色の錠前。

 竜の角を有するヘッドホンのような機械に、額から伸びる三日月形の角飾り。

 首からたなびく白いマフラーに、右手に構えた橙色の刀と腰から下げた黒い刀。

 

 橙色の果実を思わせる甲冑を身に纏い、響は雄々しく仁王立ちし、その姿を露わにしていた。

 

 

「……え? えっ、へっ⁉」

 

 一瞬固まっていた響は、パチパチと瞬きを行うと、橙色に変色した眼で変わり果てた自分の格好を見渡す。

 右を見て、左を見て、下を見て、自分をぽかんと凝視している少女に振り向き、人見に映り込む自分の姿をまじまじと凝視し、ピシリと石のように固まる。

 

ええェェェ~~⁉

 

 それが夢幻でもなく、本当に〝変身〟しているのだと気付いた瞬間、響は大きく目を見開き、間抜けなほどに大きな困惑の声を上げるのだった。

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