JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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3.その身に宿るもの

「…………」

 

 両腕を手錠で拘束され、車の中に押し込められ、ほぼ強制的に連れ去られてから約数十分。

 左右を黒服の屈強そうな男達に挟まれ、おろおろと車内を見渡す響は、恐ろしいほどの息苦しさに苛まれていた。

 

「え、えっと…あの……」

 

 なにせ、隣の黒服達はサングラスをかけていて表情が分かりづらく、ずっと無言のまま。

 言葉を交わした風鳴翼は前に座席に座っていて顔も見えない。ノイズとの戦いが終わった間も後も、ずっと険しい顔をしたままだったため、声をかけることすらはばかられた。

 

 仕方がない事だ、とは思う。

 人類の唯一の天敵ノイズを屠る事ができる、今の所謎しかない力を振るったのだ。得体の知れない何かと扱われるのも当然の話だ。

 

(しかも……これだしなぁ)

 

 心の中で呟き、自身の両手を見下ろす。

 逃げられないよう、黒服達によって嵌められた手錠があるのだが、今はその数が五つに増えていた。

 

(まさか、ちょっと力を入れただけで壊れるなんて……私、こんなに馬鹿力だったっけ?)

 

 拘束を一瞬で解いてしまった響に、黒服達は一瞬驚愕で固まっていたが、復活するとすぐさま新しく手錠を用意した。

 そして念には念を入れ、予備の手錠を全て嵌めた。その所為で響は、少し身動ぎするのも億劫になる程に、ガチガチに固められてしまっていた。

 

 あらためて、響は自身を恐ろしく思う。

 自分の身体に一体何が起きて―――これから先、どうなっていくのだろうか、と。

 

「…え? あれ? ここって…」

 

 不安から、車が移動している間はずっと俯いていた響だったが、ふと顔を上げた際に視界に映った景色に、思わず目を丸くする。

 

 塀といい建物といい、そして門といい、暗くて一見わからなかったが、昼間にアルバイト中立ち寄った施設に。

 親友が通う、リディアン女学院に間違いなかった。

 

「何で、こんな所に……」

 

 困惑する響を他所に、車は開かれた門を潜り、通路を進み奥へと入っていく。

 やがて、車は職員室がある中央棟の前で止まり、黒服達がぞろぞろと降りていく。

 響も校舎を促され、おずおずと地面に足をつけると、さらに中央棟の入り口に案内される。

 

「あ、あの……あ、お名前…」

「はい? ああ、僕は緒川といいます。翼さんのマネージャーを務めています。以後、お見知りおきを」

「あ、これはどうもご丁寧に……」

 

 普通の人間とはとても思えない独特の存在感がある男性・緒川に会釈をしながら、響は周りに合わせて入り口を潜る。

 

 翼が前を往き、左右を黒服達に挟まれ、ぞろぞろと通路を進まされる。

 まるで罪人のようだ、と今の自身を自嘲気味に考えていると、やがて彼女の目の前に鉄製の横開きの扉が現れた。

 

「こ、この中に入るんですか?」

「…少し、騒ぎすぎね。黙っていなさい」

「あ、はい…」

 

 翼に忠告され、ズーンと気分を落ち込ませる響。

 

 ガコン、と重厚感のある音と共に開いたその中に、翼達に促される形で響が歩を進める。

 その先に広がっていた者に、響はまた目を丸くする。

 

「え、エレベーター……だよね?」

 

 五角形を描く形の足場に、奥にレールのようなものが見える場所。

 手すりの近くに寄って下を覗き込もうとした時、入り口付近で機械の電子音が響き渡った。

 

「危ないですから、そこにちゃんと掴まっていてください」

「へ?」

 

 入り口近くの機械に、カードを当てて読み込ませている緒川の言葉に、響はきょとんと眼を丸くする。

 後ろで閉じた入り口の上下からシャッターが下がり、ランプが幾つも点灯していく。

 

 どういう意味か、と不思議に思いながらも、言われた通りに手すりに両手で捕まってみる。すると。

 

 ゴッ!と凄まじい勢いで、響達の乗る足場が真下に向かって落下し始めた。

 

「わひゃあああああああああ⁉」

 

 凄まじい風圧に、響は思わず悲鳴をあげて、手すりにしがみつく。

 隣で翼や緒川が平然とした顔で佇んでいるのに対し、響は何が何だかといった様子で、必死の形相で縋りついていた。

 

「何なんですかこれぇ⁉ こんなに急降下する必要があるんですか⁉」

「国家機密がある組織ですので……どうしてもこれくらい必要になるんです」

「私は一体何に巻き込まれたんですか⁉」

「……あまり騒がないで、頭に響くわ」

 

 涙目で抗議の声を上げる響。

 小さく悲鳴をこぼす彼女に、すぐ傍で冷たい表情のまま断っていた翼が、ため息交じりに口を開く。

 

「もうじき着くわ。断りもなく連れてきた事は悪かったと思うけど、ここからは気を引き締めなさい」

「ぇ……え?」

「この先にあるのは、無辜の人々を守る守り人の櫓……生半可な気持ちでこの先に足を踏み入れることは許されないわ」

 

 鋭い、刃のような光を感じさせる翼の視線に、響は思わずごくりと息を呑み、背筋を伸ばす。

 この人の前で、腑抜けた姿を見せてはならない、そんな気分にさせられる。

 

 やがて、エレベーターの落下速度が少しずつ落ち、最下層に到達する。

 

 シャッターが開き、再び黒服達に促されて奥へと進む。

 暗く長い通路を進み、その先にあった鉄製の扉が開かれ、中から眩い光が飛び出し―――

 

 

「ようこそ! 人類最後の砦、特異災害対策機動部二課へ‼」

 

 

 パンッ!と弾ける音と共に、紙吹雪が飛び散る。

 

 モニターや座席が備えられた、SFアニメの指令室のような空間。

 しかし機械的なその空間は、花飾りや達磨、数々の料理で飾られ、さながら誕生日会でも開いているかのよう。

 

 そこで待ち構えていた、見覚えのある赤い髪の美女や、青い制服を纏った数人がパーティーグッズを鳴らし、盛大な歓迎を見せる。

 そして、一団の中心に立つ赤いスーツにハットを被った偉丈夫が、ステッキを手に満面の笑顔を見せていた。

 

「…………」

 

 思わず(・Д・)……という顔になる響に、その隣で頭を押さえる翼。

 困惑し、立ち尽くす彼女の元に、白衣を纏ったグラマラスな身体つきの眼鏡の女性が、カメラを手に近づいてくる。

 

「ささ、取りあえず記念に一枚どうぞ」

「嫌ですよ⁉ 手錠したまま映る写真だなんてトラウマになるレベルの黒歴史になっちゃいますよ……って、あぁ⁉ また壊れたぁ⁉」

 

 罪人じみた格好のまま写真を撮られそうになり、慌てて拒否の姿勢を見せる。

 すると、その際妙に力が入ってしまったのか、手首を戒めていた手錠がばらばらに砕けてしまう。

 

 鍵を解こうとした、翼と緒川も流石に顔色を変え、まじまじと響の手を凝視する。白衣の女性も思わず、響を見つめて感嘆の声をこぼしていた。

 

「あら、すごい力だこと」

「すみませんすみません! 壊すつもりはなかったんです! ベ、弁償とかいくらになってしまうのでしょうか⁉」

「あーあー、落ち着け。そんなん要求したりしないから」

「本当ですか⁉ ……って、奏さん⁉」

 

 後ろからそっと宥められ、ホッと安堵の息をつく響は、聞き覚えのあるその声にぴたりと固まる。

 ややあってからがばっ、と勢い良く振り向き、すぐ後ろに立っていた赤い髪の女性が―――2年前に初めて出会った、歌姫ユニットの片割れである事にようやく気付いた。

 

「何でここに奏さんが⁉ 翼さんもですけど!」

「まぁ……その辺は説明するからさ。まずはうちの頭と話をしてくれよ」

「か、頭⁉」

 

 この場に来てから困惑しっぱなしの響は、のしのしと歩み寄るハットを被った偉丈夫に目をやり、ピンと背筋を伸ばして息を呑む。

 

「よく来てくれた、立花響君。手荒な案内になってしまってすまないね」

「え、あ、はい。……って、なんで私の名前を⁉」

 

 見た目に反し、優しい口調で話しかけてくる偉丈夫に呆然となっていた響は、まだ名乗っていない自分の名前を呼ばれて目を見開く。

 警戒し、一歩後退る少女に、偉丈夫はにっと不敵に笑ってみせた。

 

「我々政府の特務機関だからね。前身である組織が大戦時に設立された、歴史の長い組織であるから、諜報活動などお手の物なのさ」

「具体的に言いますと、これを調べました」

 

 偉丈夫の説明に添えるように、スーツの男性が持ち上げる鞄。

 響はそれを見て、ぎょっと目を見開き大慌てで男性の元に駆け出した。

 

「ただ私のカバンを漁っただけじゃないですか⁉ 何が政府の特務機関ですか‼」

「だよな」

「……申し訳ないとは思うけど、必要だったのよ」

 

 男性から鞄を奪い取り、胸に抱えながら後ずさる響。

 それを見た奏が困り顔で頭を掻き、翼はやや気まずげに目を逸らす。調べ方について、彼女達も思うところはあったようだ。

 

「改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎、この組織の頭をやっている」

「そして私は、できる女と噂の櫻井了子。よろしくね」

「……はぁ」

 

 ようやく聞けた偉丈夫と白衣の女性の名だが、響は胡乱気に睨みつけ、また一歩後退る。怪しさが勝って、近付きたくなくなってしまったのだ。

 表情を引きつらせる少女に苦笑をこぼすが、やがて弦十郎は彼女に真剣な眼差しを向け始めた。

 

「実は、君をここに招いたのは、頼みたい事があったからだ」

「旦那…! それは」

「ああ、わかっている……だが、我々にあまり余裕がないのは承知だろう。俺もできればこうしたくはないんだ」

 

 語り始める弦十郎に、奏が待ったをかける。

 しかし弦十郎はそれに首を横に振り、同時に酷く苦々しい、感情を押し殺したような表情を見せる。

 

 奏はそれを目にし、険しい顔で引き下がる他になかった。

 

「……私も、聞きたい事があるんです。あの時の……私の中から出てきた力について」

「わかってるわ。でもその前に―――」

 

 自分の中に一体、何が潜んでいるのか。

 当事者である響は、真剣な眼差しで弦十郎を、了子を見つめ問いかける。

 

 了子はそれに神妙な表情で頷いたかと思うと……ふいに満面の笑みを浮かべ、響の肩を掴んだ。

 

「脱いでくれる? できれば全部」

「……はいぃ⁉」

 

 事情が事情だけに、不安げな様子で身構えていた響は、思いもよらない頼まれ事に一瞬固まり、呆けた顔で声を上げる。

 意地の悪い笑みを浮かべてそれを眺める了子に翼に奏、弦十郎が呆れた視線を送る。

 

「了子さん……」

「櫻井女史……」

「了子君……悪い癖が出てるぞ」

「冗談よ、冗談。変に肩に力が入っちゃってるみたいだから、緊張をほぐしてあげようと思ったのよん」

 

 パタパタと手を振り、周囲に漂う何とも言えない空気を誤魔化そうとする了子。

 目を丸くして彼女達を凝視していた響は、何だそんな事かとホッと胸を撫で下ろした。

 

「よ、よかった~。なんかいかがわしい事されちゃうのかと思いましたよ」

「おほほほほ……まぁ、そうしたくなったのは確かだけど」

「あっはっはっはっは……え?」

 

 心の底から安堵し、頭を掻いて笑っていた響は、了子がぼそりと残した不穏な一言にぎょっとなる。

 そんな彼女の腕を掴み、了子は施設の奥へと彼女を導き出した。

 

「さささ、早いとこ検査を終わらせて、響ちゃんの心配事を片付けちゃいましょ」

「いや、あの、了子さん⁉ なんだか先程物凄く不穏なお言葉が聞こえた気がするのですが⁉ ちょっ、了子さん⁉ 了子さんてば!」

 

 ずるずると引き摺られ、姿を消す響。

 二人の一連の姿を見送るしかなかった二課の面々は、恐る恐るといった様子で、響と了子が消えていった方へ耳を聳ててみた。

 

 ――ちょ、ちょっと了子さん⁉ 脱いでって本気だったんですか⁉」

 ――あたり前よ、服なんか着てたらちゃんと検査できないじゃない……あら、なかなか張りのある肌をしてるわね。大事にしなきゃだめよ、こういう若さは。

 ――ひゃーっ⁉ ど、どこ触ってるんですか⁉ そんなところ、未来にも触られた事ないのに⁉

 ――いいじゃな~い、減るもんじゃなしに。若さにあやからせてほしいのよ。

 ――あっ、ちょっ、そこはほんとにダメっ! ま、待って待ってそれ以上はらめぇぇぇ!

 

 と、そんな声が微かに聞こえてきて、弦十郎と女性陣は同情の眼差しを、他の男性スタッフは居心地な悪そうな顔になる。

 響のどこか艶めいた声と、了子のサディスティックな揶揄いの声は、そのご数十分にも渡って続けられたのだった。

 

 

 頬を引きつらせ、虚空に目をやった奏が頭を掻き、あれでもないこれでもないと言葉を探す。

 しばらくの間悩んでいた彼女は、やがてため息を吐くと、目の前でぐったりと座り込んでいる響に軽く頭を下げる。

 

「…その、悪かったな。ウチの了子さんが」

「悪い人ではないのだ……ただ何分、性格がかなり変わった方で、その…」

「…………だいじょうぶ、です」

 

 了子によるメディカルチェック(?)の後、響はぐったりとした様子で床に座り込んだ。

 中で一体何をされていたのやら、反対に了子は肌をつやつやとさせた状態で、弦十郎たちの前に戻ってきたのだ。

 

 検査の間、ずっと聞こえていた艶っぽい悲鳴を思い出してしまい、男性陣も女性陣も分け隔てなく居心地の悪そうな表情を浮かべていた。

 

「ん~、久々に楽しませてもらったわ。やっぱり若い子と絡むのは肌にいいわね」

「了子君、あまり彼女をいじめてやるな」

「はいはい、もう二度とやりません」

 

 咎める視線を向けてくる弦十郎に、舌を出しておどけてみせる了子。

 気づけば施設内の殆どの人間が、彼女にじとりと冷めた目を向けており、響に対して同情の眼差しを向けている。

 

 了子も流石に調子に乗り過ぎたと感じたのか、大きく咳払いをしてから居住いを正した。

 

「さぁ! それでは検査の結果発表〜!」

 

 空気を入れ替えるように、というか自分のやらかしを誤魔化すように了子が大きく声を上げる。

 二課の面々も気持ちを切り替え、優れた頭脳を持つ女史が手に入れた情報を知る為に耳を傾ける。響も同じく、ごくりと息を呑んで結果を待った。

 

「結論から言うと……響ちゃんの中にあるものについては半分わかって半分わからなかったわ」

 

 それまでのふざけた態度を一変させ、了子は冷静な表情でそう告げる。

 眉間に刻まれた皺が、わずかにだがその事実を認める事への悔しさを感じさせる。自身の能力の高さを把握しているがゆえに、わからないと答える事が屈辱に思えるらしい。

 

 二課の者達から動揺の声が上がる中、響が首を傾げながら口を開く。

 

「半分……って、どういう事ですか?」

「正確に言うと、響ちゃんの体内にある異物は2種類あって、片方は私達がよぉ〜く知ってるものだってこと。ま、現物を見た方が早いわね」

 

 困惑の視線を向ける響にそう答え、了子はなぜか胸の谷間から小さなリモコンを取り出し、ボタンを押す。

 すると、急に照明が暗くなり、天井からするするとスクリーンと映写機が降りてくる。おお、と感嘆の声を漏らす響の前で、やがてスクリーンに画像が映し出される。

 

 そして映し出されたのは、青い背景に人間の骨と内臓が写った写真。先程了子によって撮影された、響の体内を写し取った画像である。

 

「…これって」

「そう、響ちゃんが2年前の事故で負った傷……その奥に深く突き刺さったままでいるものよ」

 

 画像の中で響の目に映ったのは、心臓の周りを取り囲む小さないくつもの金属片だった。

 あと少しでも奥に行けば心臓に突き刺さる近さで、鋭く尖った破片が点在している。

 

 それを目の当たりにして、二課の面々から小さく悲鳴がこぼれる。

 中でも奏は大きく顔色を変え、隣の翼に案じる眼差しを向けられながら、顔を引き攣らせながら身を震わせ始めた。

 

「…ガングニール」

「がんぐにーる……?」

 

 彼女の口から小さくこぼれた聞きなれない単語に、響は奏の方に振り向いて聞き返す。

 強張った表情で虚空を凝視し、沈黙してしまった奏に代わり、了子が沈痛な面持ちで語り始める。

 

「日本政府は現在、ノイズに対抗できる唯一の武装を所持しているわ……そう、あなたが纏ったあの姿のことよ」

「…!」

「遥か昔、古代の人々が作り上げた兵器……聖遺物と呼ばれるそれらは、人類の外敵たる魔を滅する力を持っていた。そしてそれらは、数千年経ち、原型を留めない破片となった今でもその力を有していたの」

 

 了子が再びリモコンを操作し、映し出される画像が替わる。

 

 古代の壁画にでも描かれていそうな、神々の戦いの様を描いた絵。あるいは神話の置ける戦士の肖像画。

 その中の一部、神々や戦士が手にした武器が拡大されて映し出され、隣に真新しい鋼の武器が表示される。

 

「その聖遺物を改造し、歌の力で励起させエネルギーを再燃させる。それを以って人類の唯一の天敵であるノイズ、それに対処するためにこの私が作った特殊戦闘衣装……フォニックゲイン式回天特機装束〝シンフォギア〟よ」

 

 胸を張って語る了子の前で、響は目を見開き、言葉をなくす。

 正直言って、彼女の説明の半分以上を理解できずにいて、ただ物凄い道具なのだという認識しかできず、それらしい表情で立ち尽くす事しかできない。

 

 映し出される神々の武器を凝視していた響は、ふと一つの疑問を抱き、了子にいぶ浮かしげな視線を向ける。

 

「だけど……どうしてそんなものが私の中に」

 

 響がそう尋ねた瞬間、どさっと彼女の背後で物音がする。

 

 はっと振り向けば、奏がその場に膝をつき項垂れている姿が目に入り、ぎょっと目を見開き息を呑む。

 慌てて彼女の傍に寄り添う翼と同じく、荒い息を吐く奏の傍に駆け寄った。

 

「ってぇ⁉︎ い、 いきなりどうしちゃったんですか奏さん⁉︎」

「奏…!」

「すまねぇ…あたしのせいであんたにとんでもない傷を残させちまった…! 本当にすまねぇ‼︎」

 

 突然の事態におろおろと慌てふためく響と、悲痛に顔を歪める翼を他所に、奏は今にも倒れそうな様子で謝罪の言葉をこぼす。

 一緒に血を吐きそうな、罪悪感で埋め尽くされた呻き声を漏らす彼女に、弦十郎や緒川を含む周囲の者達も痛々しそうに目を逸らす。

 

 どういう事なのか、と振り向き視線で問いかける響に、了子はため息交じりに再び口を開く。

 

「その傷はね、響ちゃん……2年前のライブに現れたノイズと戦った奏ちゃんの纏っていたギアの一部が突き刺さってできたものなのよ」

「……そういう事だったんですね。痛みが走ってから朦朧としてましたし、お医者さんも何かの破片が突き刺さったって言ってただけでしたし……」

 

 納得の声をこぼし、響は土下座したまま動かない奏に目を向ける。

 しばらく黙った彼女は、ため息とともに肩を竦め、奏の前にしゃがみ込んだ。

 

「…私はもう、気にしてませんから。そもそも、あの時奏さんが守ってくれなかったら、きっと私も未来……友達もこの世にいなかったでしょうし」

「だけど、だけど私は……!」

「大丈夫です! 奏さんのお陰で、私はいま生きています! だから、ありがとうございました、って言わせてください!」

 

 悲痛に歪めた顔を上げ、申し訳なさを一杯に表す奏を見つめ、響はにっこりと明るく笑ってみせる。

 死ぬはずだった運命を変えてくれた恩人に対して、悪態も罵倒もできるはずがない。心の底から感謝している事を、満面の笑顔で伝える。

 

 許しを得た奏が、やはりまだ自分を責めた表情で、しかし少しだけ和らいだ表情で項垂れる。

 響はそれにうんうんと頷くと、再び了子に振り向き、自分の身体に纏わる事実の説明の続きを尋ねる。

 

「それで、その破片が……えっと、どうしちゃったわけですか?」

「破片であっても、立派な聖遺物の欠片。この2年の間に響ちゃんの体の中で変化して、響ちゃんを適合者としたシンフォギアになった……といったところかしら?」

「……それがあの力」

 

 道理でノイズに触れて平気でいられたわけだ、と納得し、自分の胸を見下ろす響。

 

 作業着の襟元から覗く、(フォルテ)に似た形の傷跡。その奥には奏のシンフォギアから分かれた破片が眠っていて、響に戦う力を与えたのだ。

 自分の命を奪いかけた破片が、今度は自分や他の誰かの命を救うとは、何とも言えない皮肉であると、響は内心で思うのだった。

 

「……で、話の本命はここからね?」

 

 傷跡を見下ろし、呆ける響に了子がさらに続ける。

 

 ここまでが、響の身体に宿った()()()()についての説明。ここから先は了子にとっても未知の域であり、組織としては決して見過ごせない事実であった。

 

「響ちゃんの体内にはもう一つ、出自が不明の何かが宿っている……それは私の知識を持ってしても正体を突き止められなかったわ」

「もう一つって……さっきのレントゲン写真には何も」

 

 画像が映し出されたままのスクリーンを見やり、響は首を傾げて訝しむ。

 先程映し出された自分のレントゲン写真には、シンフォギアの破片だけが映っていて、それ以外に特に変わったものは見当たらなかったはず。

 

 困惑する響に、了子は三度リモコンを操り、べつの画像を表示してみせる。

 

「……⁉」

 

 そして、その場にいた全員がハッと息を呑む。

 

 全体は先程と同じく、響の上半身の体内を写したもの。

 先程と異なるのは、響の心臓辺りを中心に細い何か―――蔓のような何かが伸び、胸全体に広がっている事だ。

 

「コレがもう一枚の写真。さっきのと比べると、まるで響ちゃんの心臓を中心に寄生するように広がっている……いくつもの機材を同時に使ってようやく捉える事ができたわ」

「これは……植物、ですか?」

「そう見えるわね。だけど……植物型の聖遺物なんて聞いた事がない」

 

 画像を睨み、了子は感情を押し殺したような声で呟く。

 そこに隠されているのは、研究者として正体を突き止められない事への悔しさか、ただの人間として得体の知れないものに対する畏れか。

 

 状況を黙って見守っていた弦十郎も険しい顔になり、響に目を向けて尋ね出す。

 

「こんな事聞くのは酷なのだが……響君に心当たりはないのか? こんなものが体内に取り込まれるなど、聖遺物を扱う我々としては考えられんのだ。それにこれは、シンフォギアすら侵食して力を発しているようにさえ考えられる」

「そう言われましても……」

 

 真剣な眼差しで尋ねられ、響は非常に困った様子を見せる。

 

 ただでさえ、シンフォギアだの聖遺物だの、未だ理解が追い付いていない代物について説明され、頭がこんがらがっているのだ。

 それなのに、まだ自分の中には謎の存在が巣食っているという事実を聞かされ、どう返事をすればいいのか全く分からない。

 

「あの時はただ必死で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()って考えてたら、いつのまにか―――」

 

 必死に、我武者羅に逃げていた時の事を思い浮かべた響は、頭に手をあて、顔をしわくちゃにして必死に記憶を探る。

 

 あの時何か異変はなかったか、何か感じなかったか。

 死を前にした恐怖と焦り、そしてノイズへの怒りを蘇らせ、その感覚を言葉にして語ろうとした時。

 

 

 ―――響の左手から突如、緑の蔦が生え、響の掌に見知らぬ実をつける。

    そして、一瞬にして黄色い錠前へと変化した。

 

 

「―――うわぁっ!?」

 

 左手の違和感に響が掌を睨み、いきなり手元に表れた錠前を見つけると、驚愕のあまり思わず後退る。そして、思わず錠前を手離してしまう。

 

 イチゴの意匠が施された錠前は響の元を離れ、金属音を響かせて了子の足元まで転がっていく。

 あまりに急に起きた異変に、呆然と目を瞬かせていた響は、やがて二課の者達が腰を浮かせ、身構えている姿に気付きぎょっと息を呑んだ。

 

「…え、あの、なんですかこの状況は…?」

「すみません。万が一を考えてしまいまして」

 

 翼や奏、温かい飲み物をくれた女性までもが表情を強張らせている様に、オロオロと戸惑い冷や汗を流す響に、緒川が代表して説明する。

 彼もまた、若干ではあるが引き攣った顔になり、響と距離を取っている異様に見えた。

 

 ただ一人、弦十郎は少し驚いた様子だけを見せ、錠前を出現させた響の左手をまじまじと凝視していた。

 

「……さっきのは、響の手の中から()()()()()ように見えたな」

「本当になんなんですか…!? 私の中に何が生えてるんですか…!?」

「あーもう、そんな怯えた顔しないの」

 

 手品など習得した覚えなどないのに、いきなり自分の手元に表れた謎の錠前。

 自分の身体に何が起こっているのか、どうしてこんな事になっているのか、と混乱しっぱなしの響が頭を抱える。

 

 青ざめた顔で立ちつく彼女を、了子がやや呆れた様子で宥め、足元に辿り着いた錠前を拾って響に見せる。

 

「取り敢えず、これ。預からせてもらえないかしら? 今腰に巻いてる〝それ〟もね」

「それ? ……ってこれもいつの間に!?」

 

 イチゴの錠前を興味深そうに、しかし同時に恐ろしげに見つめる了子の指摘に、響は自分の腰を見下ろしてまた跳び退る。

 数時間前の戦闘の時にも撒かれていた、小刀のギミックが取り付けられた奇妙なベルトが、知らない間にまた巻かれていたのだ。

 

「大丈夫だ、響君! これについては了子君がしっかり調べてくれる。問題があるようなら、我々が必ず助けてみせるとも!」

「それ、結局私に投げっぱなしにするって事なんじゃないの? …まぁいいけど」

 

 戸惑うばかりの響に、にっと不敵な笑みを浮かべて弦十郎が親指を立て、彼の言葉に目を細めた了子も頷く。

 今宵、動揺させられてばかりの響は、二人の優しさが唯一の希望に見え、縋るような潤んだ眼差しを送る。

 

 ようやく気持ちが落ち着いてきた様子の彼女に、安堵の笑みを返した弦十郎は、しばらくして真剣な表情に戻った。

 

「……それで響君、折り入って君に頼みたい事があるんだが」

「え?」

「っ! 待ってくれ、旦那!」

 

 じっと響を見つめ、語り掛ける弦十郎に、奏が慌てた様子で声を荒げる。

 しかし弦十郎は彼女に向けて首を横に振り、奏は息を詰まらせたかと思うと、悔しげに顔を歪めたまま引き下がる。

 

 何の用だろうか、と首を傾げる響に向けて、弦十郎はある一つの誘いを口にしてみせた。

 

 

「―――我々と共に戦ってくれないか、立花響君。君の力が、俺達には必要なんだ」

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