JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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4.なぜ少女は己の道を悩むのか

「一緒に……戦うって」

 

 急に告げられた思いもよらない言葉に、響はぽかんと呆けた顔で立ち尽くす。

 弦十郎は真剣な眼差しを響に向け、何の聞き間違いでもないというように、力強く頷いてみせた。

 

「そうだ。正直言って今の二課は戦力不足と言っても過言ではない……奏君は現在、適合率の低下が著しく長時間の戦闘どころかギアを纏う事すら難しくなっている……現在の二課のまともな戦力は、翼一人だけだ」

 

 そう語る偉丈夫の表情が、険しく歪められる。

 女子供に戦場に向かわせ、大の大人である自分が地下深くで指示をするだけという状況を、心苦しく思っている事がよくわかる様子である。

 

 そこへ、目を吊り上げた奏が立ち上がり、弦十郎を睨みつけて声を張り上げてくる。

 

「待ってくれ旦那! だからって…」

「無茶な事を言っていると、俺自身そう思う……だが状況は、綺麗事を言っていられるほど余裕はないだろう」

 

 弦十郎に言われ、言い返す言葉が見つからなかった奏が黙り込む。

 しかし、彼女の顔は険しいままで、弦十郎の勧誘に納得できていない事は明らかだった。

 

「無論、君が望まないのであれば断ってくれていい。我々は君の意思を尊重する」

「私としては来てくれるなら、あなたの中のもう一つの力について調べてあげられるから、その方がいいんだけどねー……」

 

 響を安心させるように、弦十郎が微笑みを浮かべて告げる。

 が、隣に立つ了子としては、研究者としての立場からデータが欲しいようで、弦十郎にどこかつまらなそうな目を向けている。

 

 どう答えたらいいものか、と迷う素振りを見せる響に、了子は気にするなというようにひらひらと手を振ってみせる。

 

「…私は反対だ。ただでさえ迷惑をかけたってのに、これ以上命をかけるような真似させられない」

「私もです、叔父様。戦闘の基礎も知らない素人を戦場に連れ出すなど、到底受け入れられません」

 

 了子とは真逆に、奏と翼は険しい表情で待ったをかける。

 ただの少女でしかない、その上得体の知れない力を振るう存在を味方として引き入れる事が、どうしても受け入れられないらしい。

 

 振り返って見てみれば、二課の職員達の半分以上が彼女達と同じように、渋い表情で頷きかねているようだった。

 

 響は、自分の所為で睨み合う体制になってしまった彼らに、戸惑いの目を向けつつ悩み込んでいた。

「…私のこの力が、誰かの役に…」

 

 言葉にしてからふと、先程例の錠前を生み出した自分の手を見下ろし、思わずごくりと息を呑む。

 

 逃げる以外に生き延びる術のないノイズの襲撃。これまで多くの人々が犠牲になってきた、多くの怨嗟の対象となっている悪意の塊達。

 それを、自分の力を持ってすれば、確かに殲滅する事ができるのだ。

 

 響の胸に、期待とやる気が湧きあがり始めた、その刹那の間。

 

 

 

 ―――人殺し。

 

 

 

 はっと、耳朶に響いた誰かの声に、響の気持ちは一瞬で冷え切る。

 高揚しかけた思考が一気に冷め、無意識のうちに少女は自身の拳をきつく握りしめ、ぶるぶると震わせていた。

 

「? どうした、響君?」

 

 何やら様子が変わった響に、弦十郎と了子、奏と翼が訝しげな視線を向けてくる。

 表情が消え、元気そうな姿が印象的だった少女がんと黙り込んでしまった事に、その場にいる全員が心配そうに眉を顰める。

 

 しばらくして、響はグッと唇をかみしめ、弦十郎達に向けて深々と頭を下げた。

 

「……ごめんなさい、少し…時間をください」

「あ、ああ。そうだな。今すぐに決めてほしいなどとは言わん。……そんなに気にしないでくれ」

 

 申し訳なさそうに視線を床に落とす響に、弦十郎は苦笑をこぼして首を横に振る。追いつめるような勧誘など、彼は最初からする気などなかった。

 了子はやや惜しそうに唇を尖らせていたが、やがて仕方がないという風に肩を竦め、響に笑いかけた。

 

「…ん、わかったわ、ゆっくり考えてちょうだいな。ただ……響ちゃんは初めてじゃないみたいだし、身体に何か異変がないのなら、存分に戦ってくれると嬉しいのよね。その方が解析も進むでしょうしね~」

「……初めてじゃ、ない?」

 

 ふと、了子がこぼした一言が引っ掛かり、視線を彷徨わせていた響が訊き返す。

 気楽そうに笑っていた了子は、響の様子が変わると自身も態度を変え、訝しげな視線を作業着姿の少女に返した。

 

「……一応聞くけど、響ちゃん。あの鎧を使ったのって、今晩ので何回目なのかしら?」

「いえ、あの……初めてなんですけど。ああやって武器を振り回して暴れたのなんて、ついさっきのあの時しか経験なんてないですよ……?」

 

 ざわ……と。

 不思議そうに首を傾げた響の返答に、二課の全員が困惑の表情を浮かべてくる。

 

 何かおかしなことでも言ったのか、と慌てて辺りを見渡す響に、了子は険しい表情のまま再度リモコンを操作し始める。

 

「じゃあ、この映像も記憶にないって事?」

 

 了子がそう言って、スクリーンに映し出される新たな映像。

 そこに映し出される、橙色の甲冑の戦士―――正体不明の鎧を纏った響が、冷酷無情にノイズの軍勢を屠っていく姿が映し出される。

 

 躊躇いなく、迷いなく、刃を人の形をした異形に振るい。

 首を、四肢を、胴を、跡形もなく斬り裂き、踏み潰していく、少女の武者。

 

 そんな、()()()()()()()()()()()が戦場をかける姿を目の当たりにし、響は呆然とその場に立ち尽くした。

 

「え…わ、私、こんな所で戦った事なんて……! 変身した覚えもないですよ⁉」

「…お前が知らない間に、こうやって戦ってたって言うのか」

 

 何度も首を振り、強く否定を示す響に、奏がやや疑わし気に、同時に戦慄を孕んだ視線を響に向ける。

 

 どう見ても、嘘をついているようには見えない少女の様子を伺い、黙り込んでいた了子は、しばらくして鋭く彼女を見つめたまま口を開いた。

 

「……響ちゃん。悪いんだけど、できれば定期的に二課に寄ってもらえないかしら? これは流石に、放っておくわけにはいかないわ。出ないと―――」

 

 

 

 ―――ひょっとしたら、取り返しのつかない事になるかもしれないわ。

 

 

 

 多くの疑惑の視線を一身に受け、戸惑う少女に向けられた美女の言葉は。

 響の心に、大きなしこりを残したのだった。

 

 

 

 

「響ちゃ〜ん? 悪いんだけどボーッとしてないで包丁動かしてくれる〜?」

「⁉ は、はい! すみません、マスター‼」

 

 ずい、と真横からかけられた男の苦笑まじりの声に、包丁を持ったまま呆けていた響はハッと我に返り、切り分ける途中の果物を切っていく。

 

 いろいろな事があった夜が明けた、アルバイトの最中。

 弦十郎達による勧誘の事で悩んでいた響は、いつの間にかその場で固まってしまうようになっていた。

 

「ん〜、何だか今日は、心ここに在らずって感じだよね。調子悪いんだったら、別に休んでてもいいんだよ?」

「あ、あはは…す、すみません。ちょっと考え事してて」

「お仕事中は、なるたけ関係ないような考え事は控えて欲しいんだけどねぇ……まぁ、いいや」

 

 気がつけば、しょっちゅう手を止める姿を見せる響に、フルーツをメインとしたメニューを出す喫茶店の店主である男が忠告する。

 穏やかながら、厳しい言葉を吐かれた響は引きつった愛想笑いを浮かべ、改めて作業に没頭する。

 

 何らかの隠し事をしている事を察し、店主は困った顔で響の肩を叩いた。

 

「響ちゃん、やっぱり一旦休んでな。もう時期閉店だし、もういいよ」

「い、いえ! 大丈夫です! 平気へっちゃらで……」

「休んでなってば。女の子に無理させたら、男が廃るってもんよ」

 

 しっしっ、と野良猫か野良犬を祓うような仕草で追いやられ、暗い表情で俯く響。彼女はそのまま、とぼとぼと気落ちした足取りで調理場を離れた。

 

 店主のそばを離れ、適当な箱を椅子代わりにし、頬杖をつく。

 気を使わせてしまった店主に申し訳なさそうにしながら、虚空を見つめて小さく息を吐く。

 

「ノイズ……二課、シンフォギア、そして私の中の謎の力、か」

 

 木陰に腰を下ろし、膝を抱えて考え込む。

 一晩で様々な事を教えられ、うまく受け入れられていないまま、自宅であるアパートの前まで送ってもらい、そのまま着替えもせず泥のように眠りに就いた。

 

 翌朝、怠さが全身を襲っていたがどうにか起き上がり、つなぎから至福に着替え、いつもと同じように生活費の為にバイト先へと向かった。

 しかしやはり、切り替えていたつもりでも、誘いの言葉にどう返答しべきなのか、悩まずにはいられなかったようだ。

 

「―――どうしたらいいんだろう、私」

「何が〜?」

 

 小さく呟いた響の声に、手を止めた店主が訝し気に問い返してくる。

 響はしまった、と失態を悔やんで呻くも、すぐに諦めたようにため息をこぼし、親方に遠慮がちな視線を送る。

 

「……あの、親方はその、人生の重要な決断とか、どうやって決めました?」

「何なに、藪から棒にそんな重たげな相談してきちゃって」

「マスターが聞いて来たんでしょうが、乙女の独白をいちいち気にして……」

 

 えー、と声を漏らし、いやそうに顔を歪める店主にじとっとした目を向けつつ、響はまたため息を吐く。

 本気で悩んでいると察した彼は、調理の手を止めないまま、再度アルバイトの少女に尋ねる。

 

「なんか、進路かなんかで悩んでんの?」

「…私にしかできない、すごく重要な役目を任せたいって人達がいるんですけど……受け入れていいのかな、って思ってまして」

「ふーん? どういう仕事?」

「なんて言ったらいいのかな……正義の味方、的な?」

「へー、かっこいいじゃん」

 

 何を言っているのかと呆れる事なく、馬鹿にするのでもなく、気の抜けた返事を返す店主。

 

 本当に相談に乗ってくれるのだろうか、と思わず眉間にしわを寄せ、彼を睨む響。店主はそれを感じ取ったか、咳ばらいを一つしてから彼女に視線を向ける。

 

「…やりたくない感じ?」

「そうじゃないです。ただ、その……」

 

 首を振ってから、響はふと考える。

 

 政府に属する秘密の組織で、日夜人類の天敵を殲滅するために戦う集団。

 そんな彼らに誘われた時は、自分の存在意義を肯定されたようで舞い上がるような幸福を感じた。

 

 だが―――。

 

 ―――人殺し。

 

 どうしても、一歩を踏み出そうとしたその時に限って、自分の気持ちに歯止めがかかってしまうのだ。

 耳朶に今でも残っているその声が聞こえ続ける限り、響の心は暗く分厚く曇ったまま、一向に貼れる気配を見せてくれなかった。

 

「……私に、その役目を担う資格が本当にあるのかな、って」

「んー、そっかぁ。まぁ、人生にはそういう重要な決断を迫られる時ってあるしね。大いに悩めばいいんじゃない? 相手が待ってくれる間は、だけど」

「そうですよね……」

 

 店主の尤もな指摘に、響はがっくりと肩を落として項垂れる。

 

 いつまでも返事を先延ばしにできるとは思えない。

 あまりぐだぐだと悩む自分の姿を見せていると、戦力にならないと判断され、落胆して向こうから拒否してくる可能性もある。

 

 それに、ノイズの襲撃は最近では頻繁に起こっており、今この時にもどこかで誰かが襲われているかもしれない。

 自分がここで彷徨っていれば、犠牲になる人の数は増えるばかりに違いない。

 

(それに……奏さん、弦十郎さんにすごく怒ってた。私が二課に入るのを、やめさせようとしてた)

 

 思い返せば、二課の全員が、響が仲間に入る事を賛成したわけではない様子だった。

 

 弦十郎や了子はともかく、他にいた二課の職員達……特に天羽奏や風鳴翼は、戦いの素人である響が戦場に足を踏み入れる事をよしとしていないように見えた。

 その理由は考えてみれば当然の事で、響は反論できる要素を何も持ち合わせていなかった。

 

(……私、やっぱり必要とされてないのかな……?)

 

 暗い考えに苛まれ、視界が暗く沈んでいくような気がしてくる。

 胸の傷跡に手をあて、ギュッときつく握りしめだしたその時。

 

 店主がどん、と色とりどりの果物を切り分け、綺麗に盛った甘味を机の上に置き、満足げに腰に手をあてて胸を張る。

 

「ほい、特製特大パフェお待ちどお…っと。響ちゃん、もう休憩終わって大丈夫かな?」

「あ、運びます!」

「そんな焦らなくてもいいってのに……まぁいいや、お願いよ~」

 

 店主に呼ばれ、慌てて立ち上がった響が甘味を持ち、注文したお客の元へ運びに行く。

 ひらひらと手を振る店主に見送られながら、すぐさま表情を取り繕い、営業スマイルを浮かべてテーブル席へと急いだ。

 

「お待たせしました! 特製フルーツパフェをお待ちのお客様は―――」

 

 明るい声で呼びかけ、甘味をテーブルの上に置いたその時。

 テーブル席に着いていた四人の少女達、その内の一人を視界に入れた途端、響ははっと目を見開き、その場に硬直した。

 

「……昨日ぶりだね、響」

「おっす、ビッキー」

「バイト大変そうだね〜、掛け持ちして大丈夫?」

「お邪魔してます」

 

 じっ、と真剣な眼差しを向けてくる黒髪の少女・未来。

 彼女と向かい合うように、彼女と同じ制服を身に纏った、見覚えのある三人の少女達が、響ににこやかに話しかけてくる。

 

 思わぬ再会に、響は接客中である事も忘れ、目を瞬かせて彼女達を凝視してしまった。

 

「未来⁉︎ …と、未来のクラスメイトの?」

「私、安藤創世。よろしく」

「あたしは板場弓美! アニソン部長目指してまーす」

「寺島詩織と申します。小日向さんにはいつもお世話になっておりまして…」

「あ、こ、こりゃどうもご丁寧に……立花響です」

 

 さんしゃさんよう、正確の違いがよくわかる挨拶をされ、響は戸惑いながらもぺこりと頭を下げる。

 未来を除けば久方ぶりとなる同年代の少女達との会話に、どう反応すればいいのかと困り顔になりつつ、ビシッと背筋を伸ばして向き合う。

 

「この間近くを歩いてたらさ、ビッキーが働いてるのが見えたから大丈夫かな〜……って見にきたんだけどさ。頑張ってるみたいだね」

「は、はい。不肖の身ながら、頑張らせていただいてます……びっきー?」

 

 距離感に迷い、ついお客に対するような喋り方になってしまった響は、創世が口にした個性的なあだ名にまた戸惑う。

 三人とも、話した事など全くない少女が相手でも臆する事なく話しかけてきて、響は思わず困り顔で頬を掻く。

 

 響の緊張が目に見えて表れている事に、弓美がくすくすと笑いながら、ひらひらと手を振ってみせる。

 

「そんなに固くならなくてもいいよ。一方的にだけど知ってる仲だし? あ、敬語もいらないからね?」

「え、えっと…」

 

 どうしてこうも親しげなのだろうか、と首を傾げていると、弓美がちらりと未来の方を見やるのに気づき、なるほどと肩を竦める。

 

 きっと、未来が学院で色々話したのだろう。何処まで話したのかは知らないが……未来の事だ、そこまで深い事まで踏み入らせてはいないはずだ。

 あの地獄の日々の事など、例え友人になったからといって、べらべら話すような事はしないだろう。

 

 彼女達はおそらく、同じ学校で同じ授業を受けている、よくある同級生の友達といった関係性なのだ。

 

「……大丈夫、かな」

 

 ちらりと、厨房で食材を切っている店主に目をやってみると、にこやかに親指を立てる姿が目に映り、ほっと肩を落とす。

 

 先程休憩していていいと言われたものの、今は仕事中。店主の許可なしにお客と世間話をしては、店のイメージが悪くなるというものだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな…?」

「それでいいのよ。……それじゃ小日向様、どうぞご存分に」

「……え⁉︎」

 

 苦笑を浮かべ、まだ少し距離感を掴みかねている少女達と話そうと試みた響。

 しかし彼女がそうした瞬間、弓美、創世、詩織は全員でさっと視線を逸らし、それまでぶすっと黙り込んだままの未来に促す。

 

 響は頬を引きつらせ、鋭い視線を向けてくるかつての親友の方を向き、だらだらと冷や汗を垂らし始めた。

 

「響……どうして何も言わずにいなくなっちゃったの」

「未来…それは…」

「響がいなくなってから…たしかに知らない誰かに叩かれるような事はなくなったよ。響が行方不明になったって大騒ぎになって、それまでがウソみたいに誰も被害者を身勝手に責めなくなった」

 

 今にも泣き出しそうなほどに、痛々しく表情を歪めた未来が、棒立ちになる響を見つめて語り出す。

 親友が傍にいなくなってからの数年間、その寂しさを前面に表した顔で、テーブルの下で膝上に置いた拳をきつく握りしめる。

 

 一方で響は、未来の独白にハッと顔色を変え、創世達に目をやり唇を噛み締める。

 しかし創世達は彼女のその反応をわかっていた様子で、椅子から腰を浮かせて宥めるように手を振る。

 

「あの、私達もう、ヒナから聞いてるから……そういう奴らとは違うからさ。安心してよ」

「ええ…小日向さんがあなたを心配しているので、こんな形ではありますが訪ねさせていただきました」

 

 響と未来の過去については知っていて、それでいて責めるような事はしない。

 そう語る弓美達に響は胸を撫で下ろし、しかしそれでも強張った表情のまま、未来から目を逸らしてしまう。

 

 今の自分は、かつての親友と目を合わせる勇気は、残念ながら持ち合わせてはいなかった。

 

「響……おばさん達も心配してるよ? 一度でいいから、顔を出してあげて。私だって……一度でいいから、響とちゃんと話したいの」

「っ……」

「響が何を抱えているのか、何に苦しんでいるのか……困っているなら、ちゃんとそれを分かち合いたいの」

 

 椅子から立ち上がり、響と視線の高さを合わせてから、真剣な眼差しで彼女の顔を覗き込む未来。

 そこには純粋に親友を想う気持ちだけがあり、()()()()()()()()()()過去について咎める考えは一切含まれていない。

 

 弓達がハラハラと……何故か厨房から店主も一緒に、二人の様子を伺っていると、響はきつく唇をかみしめながら、未来に背中を向けてしまった。

 

「…ごめん、バイト中だから。いつか時間があったら……そのうちにね」

「響…!」

 

 背中越しに感じる明確な拒絶の意思に、追いすがるような眼差しを向けて未来が悲痛な声を上げる。

 このままでは、真面に話もできないままにまた逃げられてしまう。得体の知れない不安にさいなまれた少女が、親友の手を引こうとしたその時。

 

 

 街中に響き渡るサイレンの音が、店内に漂っていた重苦しい雰囲気を、別の緊張感で吹き飛ばした。

 

 

「警報…⁉︎ ノイズ…!」

「ヤバ……急いでシェルターに行かないと!」

「この大事な時に…もう!」

「今はぼやいている場合ではありませんわ!」

 

 音が響き渡る宙を見上げ、弓美達がガタガタと音を立てながら、慌てて席を立つ。

 響と未来の今後が非常に気になるが、うかうかしていては特異災害に巻き込まれて痴情の縺れどころではなくなってしまう。

 

 未来はまだ名残惜しそうな視線を響に向けていたが、店内の誰もが慌ただしく動き出しており、それ以上口を開く事はできなくなっていた。

 

「あっ、くそ! 今は学校帰りの学生とかで稼げる時なのに…! 響ちゃん! お客さん全員外に逃がしてきて!」

「は、はい! 皆さん! 外に!」

 

 店主の苛立たし気な指示に我に返り、響はすぐさま店内にいる客達に呼びかける。彼ら彼女らも、言われるがまま立ち上がり大急ぎで店の出口に向かって走っていく。

 

 店主と共に入り口を全開にし、渋滞が起きないように逃げ道を確保していると、そこへ未来が遠慮がちに声を漏らす。

 

「あっ…響……!」

「……ごめん、未来。色々、私に言いたい事があるんだろうけど、今は早く逃げて」

「…! 絶対、絶対また会ってよね⁉︎」

 

 一瞬、気まずげに目を逸らした響であったが、キッと鋭い目でかつての親友を見つめ、他の客達と同じように外に出るように促す。

 迷う素振りを見せつつ、未来は強い口調で一方的な約束を取り付け、手招きする弓美達と共に店を飛び出していく。

 

「はいはい! お代はもう結構だから早く逃げて! 急いで!」

「落ち着いてください! 慌てないで!」

 

 店主と共に外に出て、近い場所にあるシェルターへ向かうお客や、外にいた通行人達に叫ぶ。

 

 既に街は、大勢の人々がごった返し、先ほど出ていった未来達がどこにいるのかもわからない程になっている。

 それ故に人の流れにも乱れが生じ、押し合いへし合いをしながら、凄まじい渋滞が発生してしまっていた。

 

(翼さん……奏さん……!)

 

 悲痛な悲鳴をあげ、生き延びようと必死な姿を晒す人々を凝視していた響は、人々の流れの元―――ノイズが発生したとされる方向を見やり、拳を握り締める。

 

 この先に向けて、青い歌姫は戦衣装を纏って向かっているのだろうか。

 たった一人で、相棒もいない中、無数に現れる人類の天敵を相手に、奮闘を強いられているのだろうか。

 

 自分が、彼らの誘いに頷かなかったばかりに。

 

 ―――人殺し。

 

 ごくり、と無意識に唾を呑み込んだ響の足が、一歩前へと出る。

 しかしそれは、逃げ惑う人々とは真逆の方向で、特異災害が現れた方向……でもなく、親友が通っている学院がある方角だった。

 

 その事に気付いた店主は、自身も早く避難しなければと頬を引きつらせながら、ぎょっと目を向いて振り向く。

 

「ちょっと、何やってんの! そっちはシェルターとは真逆で……俺らも早く逃げないと!」

「……マスター、先に行ってください!」

「はぁ⁉︎」

 

 言うが早いか、バッと駆け出す響に唖然とした声をこぼす店主。

 

 彼女が向かう先は、人間を塵のように死に追いやる怪物達が跋扈する地獄の入り口。

 そこへ自ら向かうなど自死を望んでいるとしか思えない凶行であるというのに、何を血迷った事を言っているのかと思わず目を剥く。

 

「私…行かないとダメなんです。私が……やらないと、私が戦わないと…!」

「何言ってんの…⁉︎ 戦うって……何とだよ⁉︎ ノイズか⁉︎ 馬鹿なこと言ってないで早く逃げるぞ⁉︎」

 

 店主の呼びかけにも答えず、響は何処か覚束ない、見えない鎖か何かで引っ張られているような、そんな危うい雰囲気を醸し出して呟く。

 

 背を向けているため、彼女がどんな顔をしているのかはわからない。

 しかし店主には、それを止めてはならない、止める事は許されないと思うような気迫を感じ、思わず数歩後退っていた。

 

「…すみませんっ!」

「お、おい! 待て! ……あぁ、畜生め!」

 

 ついに響は、店主の制止を無視し全速力で走り出す。

 脇目もふらず、ただ前だけを見つめて疾走する彼女に、店主はやがて諦めたように舌打ちをこぼす。

 

 そして彼はそのまま、逃げ惑う人々に混じって、シェルターを目指して避難を始めるのだった。

 

 

 

 ―――私がやらなくちゃ……私が行かなくちゃいけないんだ…!

 

 人の気配が全て消え失せた町を、響は走る。

 学院までの長距離を、一切息を切らせる事なく走り抜け、ただ只管に自分に言い聞かせる。

 

 彼女の横顔は、極限に追いつめられた痛々しいものになっていたが、それを指摘する者は誰もいない。

 

 ―――戦わなくちゃ…! じゃないと…!

 

 必死の形相で走る少女は、自身が壊れていると自覚する事なく、自身の中の強迫観念に促されるまま、無人の街を走り続けていった。

 

 

 ―――私はもう、一生許してもらえないんだ……‼

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