JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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5.立て 振るえ 己の剣を

 日の暮れた街を一台、猛然と走り抜けるバイクと騎乗者の姿がある。

 青い、流線型の二輪車に跨り、青の戦乙女衣装を纏った女―――風鳴翼は何処か重い表情で虚空を睨み、ハンドルを握りしめていた。

 

 彼女の視線の先に群がる無数の極彩色の影……ノイズの軍団に向けて、翼はバイクの座席の上に乗り、遥か高くへと跳躍する。

 

「いざ、参る―――!」

 

 胸の内から湧き上がる歌を口ずさみ、翼は手にした大刀を振るい、ノイズへと飛び掛かる。

 

 かつて須佐之男命が怪物・八岐大蛇を退治した際に用いた神代の剣―――絶刀・天羽々斬。

 人界に仇為す怪物を屠る神刀を手に、翼は舞うように、まるでそこがライブステージであるかのように剣を翻す。

 

 白い光を放って宙を裂き、次々にノイズの首を獲っていく。

 生半可な反撃では触れる事すら叶わず、人型ノイズの放つ触手がバラバラに切り裂かれ、炭素の粒となって崩れ去っていく。

 

 ――千ノ落涙

 

 普段と何も変わらないはずの、人類の脅威を屠るだけの仕事。

 しかし、次第に翼の表情には焦りと困惑が浮かび、刀を振るう両肩を大きく上下させ始めた。

 

「くっ…今宵は異様な来客だな。斬っても斬っても次から湧いてくる…!」

 

 不意に抱く、違和感。際限なく湧き出て、翼の守る先にいる人々を狙って進軍を続けるノイズの姿に、言い表し難い感覚を覚える。

 

 まるで、何かを待っているような……自分をここで足止めし、何かが来るよう仕向けているような。

 

「まとめて斬り捨てるまで―――!」

 

 脳裏に浮かぶそんな考えを、翼は首を横に振って否定する。

 そんな馬鹿な話が―――この災害が誰かに操られてやって来ているなどという可能性を、翼はその場で切って捨てる。

 

 そんな考えを抱く自分自身を未熟者と詰り、翼は雄叫びの代わりに、強く胸の歌を歌い続けた。

 

 

 

「司令さん!」

「響君……来て、くれたか」

 

 響が二課の本部へ辿り着いた時には、すでに職員達は己の役割を果たすために機材の前に陣取っており、弦十郎がその指揮をとっていた。

 

 大型モニターに映し出された映像には、翼が刀を手にノイズの軍勢に斬りかかる姿が流れており、鬼気迫る形相で刃を振り回している。

 それを、本部に留まらされている奏が悔しげに凝視し、拳を握りしめていた。

 

「翼さん……もう、あそこに行って」

 

 多くの敵に囲まれ、一切退く気も見せずに刃を振るい続ける戦乙女。

 その背中を守る者は誰もいない。数年前まで、比翼であった女性はこの場にいて、誰よりも悔しげに歯を食い縛っている。

 

 わらわらと際限なく湧いて出てくる極彩色の災害を凝視していた響の足が、無意識のうちに後退り踵を返そうとした時。

 

「行くな、響!」

 

 かっ、と声を荒げた奏に止められ、響の方がビクッと跳ねる。

 即座に足を止め、自分の方に振り向く少女を見据え、奏は険しい表情のまま首を横に降る。

 

「お前は行かなくていい……戦うのが怖いんだろ? だったら無理しなくていい」

「で、でも、翼さん一人じゃ…!」

「半端な覚悟で命をドブに捨てるな!」

 

 モニターに映る翼をちらちらと見やり、焦りの表情を見せる響に鋭い叱責の声が上がる。

 

 背を向け、モニターに視線を戻した奏は、響に見えないように自分の二の腕に指を突き立て、ぎりぎりと軋んだ音を鳴らす。

 そうしなければ、弦十郎達の制止を振り切って自分が飛び出して行ってしまいそうだったからだ。

 

「人類を守るのは私達の仕事だ。人を想うのは結構だが、それは……翼にとっても迷惑なんだ」

 

 厳しい言葉に、響は納得できないといった険しい表情を返すが、奏はそれに取り合わない。無言のままもう振り向く事もしない彼女を見つめ、響はやがて口惜しげに肩を落とした。

 

 と、少女が自分自身の不甲斐なさに、嫌悪感を抱いていた時だった。

 現場の状況を確認していたオペレーター達の前に、計器が異様な警報音を鳴り響かせ出した。

 

「どうした⁉︎」

「か、確認できるノイズの数が異常です! いつもの3倍……いや5倍⁉︎」

「翼さん一人では対処が追いついていません!」

 

 彼らの前では、地図の上にノイズの出現を表す円形が、異様な速度で現れ増えていく様子を示していた。

 翼の活躍で徐々に減っていたはずのノイズが、みるみるうちに増殖していく光景に、焦燥が我慢の限界に達した奏が思わず弦十郎に摑みかかる。

 

「旦那! 頼む! 私に行かせてくれ!」

「何を言っている! 今の奏君の体では……」

「しのごの言ってる場合じゃねぇ! 早く行かねぇと翼が…!」

 

 奏の体の状態を慮り、出撃に難色を示す弦十郎。

 今まさに、自身の比翼たる戦乙女が窮地に陥っていると言うのに何もしないではいられないと、猛犬が吠え立てるような勢いで奏が懇願を続ける。

 

 それを、響はただ見つめているだけであった。

 行くな、と止められ、しかし想定外の事態に混乱に陥る二課の面々を見て、どうすればいいのかと立ち尽くすだけになってしまう。

 

 ―――見捨てるの?

「っ⁉︎」

 

 そんな彼女の耳元に、その声は聞こえてきた。

 響だけに聞こえるように、彼女の横顔に唇を寄せ語りかけたように、ささやかながらはっきりとその声は届いた。

 

         見殺しにするの?

   苦しめよ

自分だけ生き延びておいて

              ふざけるな

  お前が死ねばいいんだ

             他人を踏みにじって守った命だろ

どうしてお前達だけが

ノイズを殺せ

 お前が全部悪いんだ

存在そのものが罪だろう
    

お前が代わりに滅ぼせ

        死ね

   あんたの所為でこんな目に遭っているのよ

 

 ぞくり、と背筋に震えが走った響は、恐る恐る自分の足元を見下ろす。

 

 いつの間にか、暗い闇の中に一人棒立ちになっている自分の両足に、ズルズルと血まみれの手がしがみついてくる光景がそこにあった。

 顔は腐って崩れ、原型をとどめていない亡者達が、響を地の底に引き摺り込もうとするように、怨嗟の声と共に這い出してくる。

 

 恐怖のあまり、声も出せずに震えるだけの響の耳に、背後から覆い被さる地濡れの少女が、響の首に手を回してまた囁いてくる。

 

 

 ―――お前の友達も、いつかああなるんだ

 

 

 その瞬間、響の顔から表情が消える。

 体が氷の針で貫かれ、自分の全てが凍てついたかのような錯覚に陥り、呼吸も鼓動も止まったような気になる。

 

「司令さん……私、行きます」

 

 気づけば、響は弦十郎達に向かってそう告げていた。

 俯き、自分の顔を前髪で隠したまま、動揺の声を漏らす弦十郎達をやや荒い呼吸と共に、刃物のような鋭い眼差しを向ける。

 

「お、おい待て! 翼ならあの程度大丈夫だ!」

「そうは見えません……だって、あれがずっと続いたら、翼さんがあそこに居続けたら、あそこにいる誰かが犠牲になるじゃないですか…!」

 

 奏の制止の声を遮り、モニターに映る、四方八方、ついには空からも狙われる戦乙女を見やる。

 表情こそ変わっていないが、ほんの一瞬に、戦場を跳ね回る翼のこめかみを一筋の汗が垂れ落ちていくのが見えた。間違いなく、延々と続く戦いに疲労が溜まりつつある。

 

「お前は行っても意味がないって言ってるんだ! 私達に任せておけば―――」

「それじゃダメなんですよ! 私……見ているだけなんてできません」

 

 たった一人で、いつ終わるともわからない戦を続けている歌姫を凝視し、響は強張った表情で、無意識のうちに傷がある胸を抑える。

 

 もう塞がったはずのその痕が、まるで響を急かすように痛む。見えない針で傷口を突かれ、抉られているような鈍痛が響の体を侵す。

 響の目には、その痛みは先程の亡霊達が縋り付き、与えているように見えていた。

 

「私がやらないと……私が、出ないと。戦わなかったら、未来が。だから私は、私は…!」

「……響?」

 

 息を荒げさせ、顔から血の気を引かせていく響に、奏や弦十郎達はようやく少女の異変に気付く。

 

 義憤や正義感で戦場に赴こうとしているのではない。もっと複雑な、心的外傷のような精神的な苦痛から逃れようとしているように思えてくる。

 

 ならば尚の事止めなければ、と奏が顔をしかめて彼女の元へ向かおうとした時。

 

「戦わないと……私はずっと、許されないんだ」

 

 そう、足元を覚束なくさせた響が奏達に顔を向け、奏達はひゅっと息を飲む。

 

 目に涙を溜め、呼吸を乱した少女の目は、光を失って深い闇の底のような瞳孔を見せている。

 まるで死人かと見間違うほどに真っ青になり、ぶるぶると震える姿は、同情よりも前に少女への恐怖感を抱かせた。

 

「お前、それ……! おい、待てって!」

「響君!」

 

 奏達が気圧されている間に、響はだっと踵を返しエレベーターに向かって駆け出す。

 我に返った奏達が慌てて響を止めるため、走り出そうとしたその瞬間。

 

 

 

 響の前に突然、空間の裂け目にような何かが出現した。

 

 

 

「なっ―――⁉」

 

 空間を切り裂く、ジッパーのような縁を持つ裂け目。

 青々と、鬱蒼と茂る、全く見たこともない森の景色が広がるその裂け目に、奏達の目が釘付けになる。

 

 響もまた、突如自分の目の前に現れたものを前にに我に返り、立ち止まろうとするも時すでに遅く、少女の体は裂け目の中に入り込んでしまう。

 

「うぇええええええええええええええええええええ⁉︎」

 

 悲鳴をあげた響が裂け目を潜り、森の中へ飛び込んで行ったその直後。

 ジッパーは開いた時と同じく独りでに閉じられ、やがて最初から何もなかったかのように、裂け目は完全に閉じられてしまった。

 

 その一連の現象を、奏と弦十郎達はただ呆然と、声見上げる暇もないほどに凝視するばかりであった。

 

 

 斬、と。

 触手を放とうとしていたノイズを斬り捨て、翼は荒い息を吐く。

 

 百か、二百か、三百か。

 普段から斬り慣れている数を、倍にしても足りないような数を屠って尚、極彩色の災害が消える事はない。

 

「……これは流石に、異常としか言えん…!」

 

 物心がついてから今日まで、護国の剣として研鑽を続けてきた彼女であっても、疲労が表に出てきてしまうほどの窮地に追いやられている。

 ノイズの軍勢が、今この場で自分を殺す為にわざわざ現れたと言われても納得出来そうだ。

 

「せめて、避難が終わるまで時間稼ぎができれば御の字か…!」

 

 シェルターでノイズ達の自然消滅を待つ人々の事を頭に思い浮かべ、翼は再度権を握り締め、構える。

 自らの命がここで潰える事になろうとも、剣としての役割を全うする為、己の信念を全うする為に立ち向かう。

 

 本部で待つ比翼に、別れを告げられぬまま永遠に去る羽目になった事を心の中で詫びながら、前へと踏み出そうとした。

 

 その時だった。

 

 

「―――ぁぁぁぁああああああああああ⁉︎」

 

 

 不意に、背後から響いて気は少女の悲鳴に、覚悟を決めていた翼はぎょっと目を剥く。

 切先をノイズの軍勢に向けたまま、勢い良く振り向くと、見覚えのあり過ぎる少女がどこからともなく現れ、地面を転がり、倒れ込んでくる姿が目に映った。

 

「な、何をやっているの…⁉︎」

「…え? あ、へ⁉︎ あれ、翼さん⁉︎ い、いつの間に私、外に⁉︎」

 

 前のめりに倒れ、鼻を強かに打ち付けて悶絶する少女を見下ろし、呆然と呟く翼。

 少女、響は赤くなった鼻を押さえて起き上がり、どうして自分がこんな所に居るのか、訳がわからないといった表情で辺りを見渡す。

 

 だがその表情は、極彩色の軍勢を目の当たりにした瞬間、ギュッと険しく強張る事となった。

 

「―――翼さん…私、戦います」

「⁉︎ 何を馬鹿な事を言っているの⁉︎ 下がりなさい! 死ぬわよ!」

 

 ノイズを見据え、ギリギリと拳をきつく握りしめ、そんな事をのたまう響。

 当然翼は受け入れる事などできず、相手が年下の少女である事も忘れ、本気で苛立ちと焦りが混じった怒号をぶつける。

 

 だが、この場から立ち去らせようとする翼の思惑とは裏腹に、響の目は微塵もノイズから外れる事はない。

 

「私……死んでいればよかったんですって」

 

 少女は唐突にぽつりと、ノイズが徐々に近づいてきている状況にもかかわらず、不穏な言葉をこぼす。

 

 どうしてこの状況でそんな事を、と困惑し、眉間にしわを寄せる翼に、響はやや自嘲気味に笑みを浮かべ、吐き捨てるように語り出す。

 

「いろんな人に言われました……〝どうしてお前が生きているんだ〟、〝どうしてお前が生き残ったんだ〟って。ほんとに死にかけて、辛い思いをしながら頑張って、それで帰ってきたら……〝あの人じゃなくてお前が死ねばよかったんだ〟なんて、仲がよかった友達にまで言われまして!」

「……!」

「挙句……知らない人まで私を人殺しみたいに言って、親友と一緒に好き勝手しようとしてきて…! 存在そのものが、全部否定されるようになってました……」

 

 ぐっ、と痛みが走る自身の胸を掴み、爪を突き立てる響に、翼は何もいう事ができない。ほんの少しの間、ノイズの存在すらも忘れて、悲痛な過去を口にする少女を凝視してしまう。

 

「でも私…死ぬたくなかったから…! 苦しくても、否定されても、生きていたかったから…! 大勢の人に否定されたって、生きるのを諦めたくなかったから……今まで、こうして意地汚く踠いてきました!」

 

 荒く息を吐き、肩を上下させながら、響はきつく歯を食い縛り語り続ける。

 その目は、翼を見ているようで見ていない。翼を通して、自分の記憶の中にある誰かに対して話しているかのように、光を失った目は虚空を見つめている。

 

 思わず、少女の視線をその身に受けた翼は、寒気を覚えて己の身を震わせていた。

 

「だけど……今はこう思うんです。私が生き残れたのは、この時のためだったんじゃないかって。あの時得た力を……こいつらにぶつけるためだったんじゃないかって!」

 

 そう、自分で自分を追い詰めた末に辿り着いた覚悟の境地で、響は嗤う。

 

 すっ…と上げた自分の手の平の中に、例の果実を模した錠前を握り締め。

 自分の腰に、小刀の形をした仕掛けが取り付けられた黒いベルトを巻いて―――戦衣装をその身に纏う用意を整える。

 

「待て……立花!」

「あの時言われた言葉は……きっと的を射ていたんだなって思います。あそこにいた誰かの運命を踏みにじって、私が生き延びたんだとすれば……私は、その罪を償わなければならないんです」

 

 翼の制止の声も聞き入れず、ゆっくりと錠前を自分の顔の前に掲げていく。

 耳障りな雑音を響かせ、包囲を狭めてくるノイズを鋭く見据えたまま、胸の奥に宿った情念の炎を滾らせる。

 

「だから私は…! この運命を受け入れます‼︎」

オレンジ!

 

 ロックが外され、光を放つ錠前。

 すると、響の頭上に例のジッパーが現れ、大きく円を描いて空間に裂け目を生じさせる。

 

 その中から現れる……巨大な鋼鉄の果実。

 オレンジを模したそれが、空間の裂け目の中からゆっくりと、響の上へと降りてくる。

 

ロック・オン!

 

 響は錠前を、大きく十字を描くようにして天に掲げ、腰のベルトの中心に嵌め込む。

 途端に鳴り響く、法螺貝とラップが混じり合った音楽に合わせ、響は小刀の仕掛けに手を添え、そして。

 

「変身!」

 

 ジャキン!と、小刀を傾け、錠前を前後に斬り裂く。

 錠前の前面が蓋のように開き、果実を模した刀の絵が描かれた部分が露わになった直後。

 

 響の頭上に浮遊していた鋼鉄の果実が落下し、彼女の頭部を丸々呑み込んだ。

 

ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!

 

 鋼鉄の果実は、皮を剥かれる動きそのままに、十字に開き折り畳まれていく。

 胸に、両肩に、背中に張り付き、重なったそれらは、一瞬にして響の体に合わさり鎧へと変化する。

 

 最後に鎧の全身から果実の飛沫のような光を放ち、ここに再び、謎多き力を持った鎧武者が姿を現した。

 

「ここからは……私のステージだ‼︎」

 

 いつの間にか片手に持っていた橙色の刀を肩に担ぎ、ノイズの軍勢を睨みつけた響が、威勢良く吠えて身構える。

 

 唖然と、刀もの切先も下ろして棒立ちになる翼に目を向ける事なく……鎧を纏った少女は、雄叫びと共に猛然と駆け出していった。

 

「でやあああああああああああああああああ‼︎」

『************』

『*********』

 

 砂塵を巻き上げ、二刀を振りかぶった少女が、極彩色の軍勢に真っ向から突っ込む。

 視界の殆どを仇敵に埋め尽くされている、冷静に考えれば悪夢としか思えない景色に向かって、半ば頭に血を昇らせた状態で突撃を行う。

 

 そして、まず最初に自分の目の前に立ちはだかった人型ノイズに向けて、右手の橙の刀を振り抜いた。

 

「せやああああ! おりゃああ‼︎」

 

 視界に映る敵を、一体一体斬り伏せていく。

 それは、斬るというよりも叩き割る、あるいは殴りつけると言った方がいいほど乱暴な攻撃で、ノイズ達は真っ二つにはならずに体をへこまされ、バラバラに砕かれていく。

 

 何度見ても、お世辞にも巧い戦い方とは言えない、我武者羅な突撃。

 しかし真面な戦い方など何も知らない響は、自身の激情の赴くままに刃を振るい、目の前の仇敵たちを片っ端から屠り続けた。

 

 それを、一人置き去りにされた翼が顔をしかめながら眺め、険しい表情を浮かべていた。

 

「……なんて下手くそな」

『翼、すまん! 彼女を止められなかった!』

「叔父様……いえ、先ほどの彼女の様子を見て大体察しました」

 

 通信から響いてくる、弦十郎の焦燥と申し訳なさが混ざった声に、翼はその場で首を横に振る。

 

 不意に、翼の脳裏にかつての―――2年前のライブにおいての記憶が蘇る。

 ツヴァイウィングとしての舞台で、そして同時にシンフォギア装者としての役割をこなす場で起こった、忘れられるはずもない惨劇。

 

 その被害を一身に受けた少女が、今自分の目の前で戦っているのだ。

 

「2年前の失態が……こんな形で巡ってくるなんて」

 

 思いもよらない因果が巡ってきた事に、翼はグッと唇を噛み、拳をきつく握りしめる。

 まるで、かつての自分達の未熟さを見せつけられているような気分に陥り、恥と自分自身への怒りで、その場から一歩も動けなくなってしまっていた。

 

オレンジスカッシュ!

「でやぁっ‼︎」

 

 そんな風に、自身の失態を悔やみ続ける翼に気付く事なく、響は二刀を振りかざし、ノイズ達を細切れにしていく。

 ベルトの小刀を動かし、錠前をスライスするようにして、二刀に集まったエネルギーを斬撃として撃ち放ち敵を斬り裂く。

 

 一太刀浴びせかけるだけで、人類の天敵は大した抵抗もできずに炭素の欠片に変わっていく。戦い方など考える必要もない、ただ力を振るえば次々に敵を屠る事ができていた。

 

「おりゃあああ! はっ…はっ……ほんとに数が多い…!」

 

 だが、やはり戦闘の素人である以上、翼よりも圧倒的に早い段階で息を切らせ、顔中を汗まみれにする。

 先ほどまでの翼と同じく、斬っても斬っても次から次へとノイズが表れ、わらわらと包囲網を修復し、さらに分厚くしていくのだ。

 

 一体どうすれば……そう響が悩み、頭を抱えそうになった時だった。

 

 ズシン…!と轟音を響かせ、何かが響き達の元へ近づいてくる。

 揺れる足元に目を見開き、ハッと顔を上げた響と翼は―――ビルの上階を押し退け、顔を覗かせる超巨大ノイズの姿にあっと息を呑む。

 

「いやいやいや、デカすぎるでしょ‼︎」

「…! 悪意のようなものを感じるわね」

 

 響はただ驚愕で叫び、翼は忌々し気にノイズを見上げて歯を食い縛る。

 響達と超巨大ノイズの大きさの差は、何処ぞの怪獣映画に登場する怪獣とほぼ変わらない。蟻が見上げる象のような圧倒的な威圧感を放っている。

 

『***********』

 

 少女達を見下ろす超巨大ノイズは、雷鳴のような声を発し、これまた巨大な片腕を大きく振り上げる。

 視界の半分近くが埋められる、響達の周囲一帯を影で覆う剛腕に、響と翼が思わず唖然とその場で立ち尽くす。

 

 そしてついに、遥か高くに振り上げられたノイズの巨腕が、猛烈な勢いで二人の頭上に振り下ろされてくる。

 

「…! 翼さん! 危ない!」

オレンジスパーキング!

 

 ようやく我に返った響が、慌てて翼の元に駆け寄りつつ、ベルトの小刀を三回動かす。

 果実を斬り裂く音が三回響き渡ると、身に纏う鎧が元の球体に戻り、血相を変えた彼女の顔を再度覆う。

 

 超巨大ノイズを見上げていた翼の前に、間一髪立ちはだかった響が、自身の頭を覆う鋼鉄の鎧を振りかぶる。

 が、巨腕と果実が衝突した途端、超巨大ノイズは腕を弾かれ蹈鞴を踏み、響も真逆の方向に大きく吹き飛ばされる羽目になった。

 

「あがっ⁉ あっ……たぁ~、あの野郎…!」

 

 宙を弾丸のように飛翔させられ、道路のど真ん中に頭から突っ込んだ響は、ずぼっと自分を引っこ抜いてから顔をしかめる。

 

 凄まじい勢いで地面に突き刺さったというのに、精々人間に拳骨を喰らった程度の痛みしかない。鋼鉄の果実も傷一つなく、いつの間にかまた鎧の形に戻っており、少女は自身の無事を確認して即座に立ち上がる。

 大きく体勢を崩し、後退る超巨大ノイズを睨みつけながら、響は悔し気に眉間にしわを寄せる。

 

「く…! 攻撃が通らない……刀じゃだめだ、もっと威力が高いものじゃないと…!」

 

 あれほど巨大な敵が相手では、人間用の大きさの刃をいくら振り回したところで大した傷はつけられない。

 必殺技とでも呼ぶべき、光の刃を放つ攻撃であれば多少ましかもしれないが、それでも焼け石に水の状況である事は変わらないだろう。

 

 どうすればいいのか。

 ズシン、ズシン、と地響きと共に近付いてくる敵を見据えていた響は……不意にはっと目を見開き、ベルトに嵌めた錠前を見下ろした。

 

「あの時に出たのは、これとは違う錠前だった……もしかしたら、使える鎧も武器も違うものかもしれない…!」

 

 脳裏に蘇る、二課での出来事。弦十郎たちに事情を尋ねられ、最初にこの力を発揮した時に起こった一つの現象について考える。

 

 ―――自身の手元に突如現れた、イチゴを模した錠前の事を。

 

「……何をしているの⁉ 早く逃げなさい!」

 

 超巨大ノイズから距離を取り、攻め方を思考していた翼が、突如振り向き声を荒げる。

 彼女の視線の先では、道路のど真ん中に仁王立ちした響が、掌を上に向けて瞼を閉じている姿があった。

 

 自分の手首を掴み、意識を集中させているのか険しい表情で沈黙する響。

 彼女の元に、超巨大ノイズは爆発音にも聞こえる足音を響かせ、ゆっくりと近づいて来ている。

 

「もういい…! これ以上戦おうとしなくていい! もう……もう十分償いになった! だから早く逃げ―――」

 

 このままでは踏み潰される、あるいはまたあの巨腕で今度こそ跡形もなく吹き飛ばされる。

 そう、翼は必死に、追いつめられるように戦場に出てきた少女に呼びかける。

 

 だが、懸命に声を張り上げていた彼女は、突如ぱたりと黙り込む。

 超巨大ノイズに狙われる少女の手から伸びる光の蔦を、そしてその先に実った眩く輝く光の果実を目の当たりにして。

 

「あなた、それ…!」

「―――はぁああああ!」

 

 呆然となる翼の前で、響が気合いの咆哮を上げる。

 するとそれに呼応するように、響の掌の上で果実の輝きが倍加し、次の瞬間花火のようにパッと弾ける。

 

 手応えを感じ、ゆっくりと瞼を拓く響の目に―――自分の手の平の上に乗る、パイナップルを模した意匠の錠前が映った。

 

「うわっ! ほんとに出ちゃった⁉︎」

パイン!

 

 自分で生み出しておきながら、ぎょっと目を剥く響の指が、偶然錠前のロックを外す。

 すると、今自身が身に纏う鎧現れた時と同じように、頭上に謎のジッパーによって空間の裂け目が開かれる。

 

「でも…これなら!」

 

 錠前に確かな希望を託し、響はベルトからオレンジの錠前を外し、パイナップルの錠前と入れ替える。

 そして小刀を動かし、前面を切り開いた直後……頭上のパイナップルが響、の頭を覆い隠す。

 

ソイヤッ! パインアームズ! 粉砕・デストロイ!

 

 ゴツゴツとした、重厚感あふれる果実に切れ目が走り、響の上半身に張り付いていく。

 オレンジの鎧の時よりも分厚く、重く、硬い鎧が少女の上半身を包み、黄色い果汁の光が辺りに飛び散る。

 

 最後に響の両手に光が灯り、長い鎖に繋がれた鋼鉄の塊―――やはりパイナップルの形状をした鉄球が現れた。

 

「姿が変わった…⁉︎」

「何これ……鉄球? チェーンアレイってやつ?」

 

 困惑の声を漏らす翼の前で、眼の色を黄色に変えた響が不思議そうに手に握った武器を見つめる。

 球体に近い塊に、幾つもの棘が生えた何か。持ち上げると確かな重さがあり、叩いてみると明らかに硬い、殴ればかなりの衝撃を与えるであろう凶器。

 

 おぉ、と感嘆の声を漏らしていると、隙だらけの彼女の後頭部に、接近した超巨大ノイズの巨腕が叩きつけられた。

 

「あだだだ…! やりやがったのこんにゃろう‼︎」

 

 頭を殴られ、()()()()()()響がぎろりと極彩色の巨人を睨みつける。

 体ごと向き直った彼女は、ぶるんぶるんと鉄球付きの鎖を振り回し、徐々に速度と威力を重ねていく。

 

 両足をしっかりと地面に踏ん張り、それどころかめり込むほどに突き立てると、響はそれを思いっきり投げつける。

 

 再び巨腕を振り上げた超巨大ノイズであったが、己の拳と響の鉄球が激突した直後……衝撃で天を仰ぐほどに仰け反らされた。

 

『*********』

「ふん! ふん! ふぅぅぅん‼」

 

 先程よりも大きく体勢を崩し、あわや倒れそうになる極彩色の巨人。

 果実の女武者は一切の容赦を与えず、右から、左から、周囲に振り回した鉄球を幾度も叩き込んでいく。

 

 重い一撃を受ける度に、ノイズの体は右へ左へ傾き、体表がぼこぼこと凹まされる。鉄球の鎖は際限なく伸び、ノイズの顔面にまで炸裂する。

 ついには、一際強烈な一撃を受け、超巨大ノイズの片腕が肩から弾け飛んだ。

 

『****************⁉』

「これで……トドメ! おりゃああああああ‼」

 

 苦悶の声にも似た、独特の咆哮を上げる極彩色の巨人を見上げ、響はベルトの小刀を再度動かす。

 手にした鉄球を軽く放り上げ、気合いの咆哮と共に思い切り蹴り上げる。

 

 鉄球は遥か高く、ノイズの頭の上を越えるまで飛び、突如ぐんぐんと巨大化し始める。そして、超巨大ノイズの頭をぐしゃりと押し潰してしまう。

 

「セイハァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

パインスカッシュ!

 

 響はその場で跳躍し、極彩色の巨人の目の前にまで達する。

 頭を潰され、藻掻き苦しむ超巨大ノイズに向けて右足を突き出し、凄まじい雄叫びと共に宙を突き進む。

 

 ドッ!と、少女の蹴撃を胸の中心に受け、大きな穴が開く。

 まるで切り分けられたパイナップルのような姿に変えられた超巨大ノイズは、ゆっくりと仰向けに倒れ込み、あっさりと炭素の欠片となって霧散したのだった。

 

『敵性反応、すべて消滅……』

『ノイズ、全滅しました……』

 

 無数のノイズのなれの果てである、黒い炭素の欠片が空に舞い上がる光景が広がる中、オペレーター達の呆然とした声が響く。

 

 その中心に降り立ち、無言で佇んでいた響がくるりと振り向く。

 目を見開き、言葉も出なくなった翼を見つめ、響は拳をきつく握りしめ、口を開いた。

 

「私……まだまだ弱っちくて、下手くそで、全然役に立てないかもしれませんけど…!」

 

 その声に、迷いはまだある。戦場に立つ事に、武器を振るう事にまだ躊躇いはある。

 

 だがそれ以上に……戦いに勝利したという実感が、彼女の心を埋めていた。

 自分の力で、他の誰かを救ったのだという実感が、彼女を次なる戦場へと駆り立てていた。

 

 

「戦えない誰かの代わりに、私がノイズを殺します……‼︎」

 

 

 炭素を交えた風に髪を揺らし、自身の決意を語る。

 自分が見出した戦う理由を、決して譲る気はないというように、翼を真っ直ぐに見つめて告げる。

 

 少女の目には確かに、災害を憎む主らが宿っているのが見えた。

 

「…そう、だったら」

 

 翼は目を伏せ、響の言葉に小さく頷く。

 止めても、説き伏せても止まらない、止める気がない決意を全て聞き届け、小さくため息をこぼす。

 

 翼はしばらくしてからすっ…と瞼を開け―――自身の刀を、響に突き付けた。

 

 

 

「―――今度は私と戦いましょうか?」

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