JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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6.『貴女を認めない』

「た、戦うって……ど、どうして⁉︎」

 

 突きつけられる鋒に面食らいながら、響は引きつった声で問う。

 ノイズを狩る防人。かつて自分の命を救ってくれた戦士達の片割れが、剣呑な威圧感を放って自分を見据えている事に困惑し、冷や汗を流す。

 

「どうして? ……あなたが邪魔だからよ」

「っ…!」

 

 青い戦姫から帰ってきたのは、優しさなど欠片もない辛辣な言葉。

 掲げた刀を一切ぶれさせる事なく、いつでも鎧武者の少女の首を貫けるとでも言わんばかりの鋭い眼差しを向ける。

 

 響はますます混乱し、声も出せなくなる。

 

「私…! 私はっ、戦えます! シンフォギアかどうかもわからない、不気味な力かもしれないけど……制御してみせます! だから―――」

「だから……認めろと? 剣の振るい方も真面に知らないあなたと、肩を並べて一緒に戦えと? ……笑わせるな」

 

 さらに強まる殺気に、響はぐっと息をつまらせて黙り込む。

 どうしてここまで恐ろしい目を向けられているのか、自分が一体どんな失言をしたのかと不安になり、只管に困惑するばかりだ。

 

「あなたの意志は脆い……己の命を懸けていい望みじゃない。いつ砕けてもおかしくない諸刃の劔……そんな者に、この命が恐ろしく軽い戦場で背中を預ける事なんて出来ない」

「もろはの、つるぎ…?」

「帰りなさい……あなたに助けられたくなどない。これは、私の役目だ」

 

 向けられる視線は彼女が持つ剣と同じ鋭さ、いや、それを凌ぐかもしれない。

 肯かねば斬ると云わんばかりの敵意に、響はもう何も言えなくなる。頷かない限り絶対に収められそうにない刃を前にして……しかし響は、己が纏った甲冑を脱ごうとはしなかった。

 

「で、でも!」

 

 今一度、自身の覚悟と願いを口にしようとする。

 

 しかしそれは、彼女の己の内から湧き出たものではなく、彼女の背後に纏わりつく何かが言わせている言葉である事を、翼は悟っていた。

 

「―――帰りなさいと言ったはずよ…!」

 

 直後、がんっ!と凄まじい音が響き、響の身体が大きく背後に吹き飛ばされる。

 

 宙を舞い、地面に背中から激しく叩きつけられた響は、困惑しながら上半身を起こし、自身の鎧に小さく傷が刻まれている事に気づく。

 視線を上げると、刃を横薙ぎに振り抜いた姿勢で、冷たい眼差しをむ見せる翼の姿を目の当たりにする。

 

『翼、待て! やりすぎだ!』

「止めないで、奏……私は、あの子をこれ以上巻き込みたくないの」

『っ…そりゃあ』

 

 翼のシンフォギアに備わった通信機から奏の声が届くが、翼はそれを一蹴し取り合わない。

 なおも橙の鎧の少女に剣呑な威圧感を向けたまま、再度刀を突きつけ、優しさなど欠片もない冷たい声を発する。

 

「痛いでしょう? 苦しいでしょう? 戦場での苦痛はこんなものではないわ……その全てを受け止められるのか?」

「ひっ⁉︎」

 

 よろよろと立ち上がった響に、翼は容赦なく追撃を送る。

 咄嗟に二刀を構えた響の防御を容易く抜け、肩に、脇に、腰に、鋭く斬撃を食らわせ、弾き飛ばしていく。

 

 狙っているのはどこも鎧に包まれた箇所で、脇腹や鳩尾などの急所は一度も攻撃を当てていない。

 それでも、目にも留まらぬ速さで放たれる刃が次々に襲ってくる様は、戦場に出たばかりの少女に恐怖を刻み込んでいく。

 

「それが嫌ならば―――⁉︎」

 

 意味のない義務感も後悔も全て捨て、日常に戻れ。

 そう、本当の心を隠したまま、少女を今後一切戦闘不能にさせるため、冷酷に突き放そうとした翼に。

 

 

 次の瞬間、響が無言で突き出した鋒が襲いかかった。

 

 

「⁉︎ くっ…! 」

 

 翼は咄嗟に剣を引き、突き出された一撃を横から弾いて、勢いよく後退り距離を取る。

 ざざっ、とアスファルトの上を滑ると、こめかみに一筋の汗を垂らし、険しい表情を浮かべて響を睨みつける。

 

 明らかに、こちらの命を獲れるだけの鋭さを持った凶刃……本気で己を殺すつもりであったと認識する。

 

「流石に頭にきたか…! いいだろう……其方が其の気なら、二度と戦場に立つ気が無くなるくらいに……」

 

 受けて立つ、とすぐさま立ち上がり刀を握り締める。

 刃を上に、鋒を前へと突き出す構えを取りながら、ゆらりと刺突の体勢を解く響を見据える。

 

 だが、不意に翼は眉を顰め、困惑の視線を響に向けた。

 

「あなた……どうした、様子が……」

パインスカッシュ!

 

 無言で項垂れ、棒立ちになった響に、異変を感じ取った翼が構えながら問う。

 しかし、響からの返答は一切なく、それどころか突然彼女はベルトの小刀を傾け、錠前を斬り裂く動作を行う。

 

 片手から垂れ下げた鉄球を振り回し、先程の戦闘時よりも早く、凄まじい勢いを付与し、翼に向けて撃ち放ってくる。

 

 翼は反射的に体を傾け、砲弾の如き勢いで迫ってきた鉄球を紙一重で躱す。しかし、鉄球に繋がった鎖が蛇のようにしなり、体勢を傾けた翼に再度襲い掛かる。

 

 上下左右、縦横無尽に絶妙な技術で襲い掛かって来る鉄球と鎖を、翼は刃を立てにし、激しく火花を散らせながら何とか防ぐ。

 目の前を鋼鉄の塊が通り抜けていく様に、翼は戦慄の表情を浮かべながら、項垂れたままの響を凝視した。

 

「正気ではない……何が起こった⁉︎」

「…………」

「この動き……只人のものではない! だが、いきなりどうしたことだ⁉︎ 先程までは確かに素人だったはず…!」

 

 動揺しながら、前髪に隠れた少女の顔を伺い、そしてはっと息を呑む。

 

 響の目からは光が消え、曇った硝子玉のように虚ろで、翼どころか何も映してはいなかった。

 怯えていた表情も、全て消えて能面のように変わり果ててしまっていたのだ。

 

 その様は、二課へ案内されるよりも前に見た、冷酷にノイズを狩る無双の武者の有様そのものであった。

 

「くっ……欠片と共に潜む何かが操っているのか! ならば…!」

 

 翼は響の中に、彼女ではない何かが巣食い蠢く姿を幻視する。

 了子でさえも正体を見出せなかった何かが、少女の体を乗っ取り操っているのだと、そう察する。

 

 突如、鉄球を振り回して恐るべき加速で迫って来る響を前に、翼は覚悟を決める。

 多少の傷を負わせても、彼女を叩き起こさなければならない。常人とは比べ物にならない戦闘能力を見せつける者を前に、手加減などしている場合ではないのだと。

 

「……恨んでくれて構わない。だが、あなたは戦場(ここ)にいなくていい、いや、いてはいけない―――!」

 

 悲壮な自己犠牲の精神を見せる少女の懐、謎多き錠前を嵌めたベルトを狙い、刃を振りかざす。

 あとでどれだけ了子に叱られようと構うまいと、少女に鎧を纏わせた元凶たる道具を破壊せんと、翼が咆哮と共に迫り。

 

 ばきん!と、響が横薙ぎに振るった二刀によって、翼の剣は粉々に叩き斬られてしまった。

 

「―――馬鹿な」

『翼ぁ‼︎』

 

 呆然と、飛び散る刃の欠片を前に硬直する翼。

響は表情を凍て付かせたままゆっくりと二刀を掲げ、鋭い勢いで振り下ろす。

 

 通信機から奏の叫びが響く中、翼はすぐさま新たに刃を手にしようとするも、明らかに響の刃がその身を斬り裂く方が早い。

 目前に迫る凶刃に、翼の表情が悔恨と焦燥に染まりかけた、その寸前。

 

「―――ふん‼︎」

 

 突如、凄まじい轟音が鳴り響き、翼の目の前に大きな壁が聳り立つ。

とてつもない衝撃によって、地面のアスファルトが捲り返されてできた壁が盾となり、響の振り下ろした刃を受け止め、砕かれながらも止めてみせた。

 

 翼は思わず後退り、ほんの一瞬のうちにそこまでをやってのけた巨漢―――弦十郎の背中を凝視した。

 

「お、叔父様⁉︎」

「まったく……お前の気持ちもわからんでもないが、少しやり過ぎだぞ。まぁ、間に合ったからいいが」

 

 ぱっぱっ、とシャツについた砂埃を払いのけ、振り向いて翼を見下ろしつつ、呆れた様子で呟く弦十郎。

 見た所、衣服以外に傷を負った様子など見受けられず、相変わらずの強靭さを見せつける叔父に、翼も思わず肩を落とす。

 

「いきなりお前と同じところに放り込む気なんて、俺だってないさ。本人に確かな実力と覚悟が身につくまで、脅威の少ない場所に送って様子を見るつもりだったんだ」

「……ですが、それでも私は」

「そう、否定ばかりしてやるな。…彼女の経歴は知っているだろう。少しでいいから、やらせてやろう」

 

 穏やかに話しかけ、弦十郎は過剰に肩に力を入れている姪を宥める。

 彼女の奏者としての気概やかつての事故における責任間から暴走してしまった彼女に苦笑し、弦十郎は後ろに振り返る。

 

「さて、響君。翼にもう戦闘の意思はない、矛を収めてもらえんか? 代わりに俺が頭を下げて……響君?」

 

 がらがらと崩れ落ちる、アスファルトの盾の向こうで無言で佇む響に呼びかけるが、響は虚ろな目で立ち尽くしたまま。

 

 ようやく動いたと思えば、ぱちぱちと目を瞬かせ、きょとんと惚けた顔を浮かべている。

 いつの間にか目の前に現れた弦十郎に、困惑の眼差しを向けて固まっていた。

 

「…………あ、あれ? 私、あれ?」

 

 おろおろと辺りを見渡し、ついでに二刀を取り落として、怯えた表情で辺りを見渡す。

 どうして弦十郎がここにいるのか、ついさっきまでの数分間の記憶を何も思い出せず、普段の様子に戻り、しかし自分がおかしな事態になっていた事を自覚し、慌てふためく響がそこにいた。

 

 弦十郎は険しい顔で黙り込み、やがて小さくため息をつきながら肩の力を抜いた。

 

「……とりあえず、戻ろう。君の加勢のおかげで危機は去った。詳しい考察や調査は……後日に回すとしよう」

 

 

 

 避難指示が解除され、ちらほらと人影や車の姿が戻り始めた真夜中の道路。

 光も音も微かになった車道を、響と翼、弦十郎を乗せた車が黒服達の運転で走っていく。役目を終えた奏者達をそれぞれ送るため、弦十郎が用意させたのだ。

 

「……あの、送っていただいて、ありがとうございます」

「うむ、気にするな。…これから仲間になってくれるんだ、このくらいいくらでもしよう」

 

 向かいの席に大きな体で腰を下ろし、にっ、と響に気を使わせないように笑ってみせる弦十郎。

 

 しかし車内の空気は、居心地の悪い重苦しさが漂っていて、響はすぐに気まずげに目を逸らす。

 隣り合って座席に腰かけた響と翼だが、両者の間には大きく隙間ができており、近寄りがたい圧が翼から漏れ出していた。

 

「あ、あの、翼さ……いえ、何でもないです」

「…今後、二度とああいう事態を引き起こすようでは、背中を預けるなんて危険な真似、するわけにはいかないわね」

 

 不安げに何かを言いかけ、結局何も言わずに黙りこむ響に、翼から冷たい言葉が吐き捨てられる。

 窓際に頬杖をついた歌姫は瞼を閉じ、不機嫌そうな顔で沈黙してしまい、響は申し訳なさと不甲斐なさで黙り込む他になかった。

 

 そうこうしているうちに、車はある安いアパートの前で停まる。

 響の荷物の中から得た情報の中にあった住所。そこへ辿り着いた源十郎が、響の横のドアを開いてやった。

 

「君の方の準備が終わり次第、正式に二課に所属して貰う事になる。君の協力を本当に嬉しく思うよ……では、また次回に会おう」

「は、はい」

 

 響はややぎこちなく車から降り、地面に立つと弦十郎と翼にそれぞれ頭を下げる。

 弦十郎は会釈をしてくれたが、翼は無言のまま振り向きもしない。悲しげに顔を歪める響をそのままに、扉は閉じられ、弦十郎達を乗せた車は颯爽と走り出していった。

 

(……あの時の、私だった)

 

 誰もいなくなった道路に一人立ち尽くし、響はぐっと歯を食い縛る。

 

 勝手に思い出される、自分のノイズとの戦いの光景。今度は自分の意思であの力を呼び覚まし、しかし翼には認めてもらえず、拒絶された苦い記憶。

 そして何より……少しの間の記憶が飛び、我に返った瞬間に見た、翼の恐れを孕んだ眼差し。

 

(何も覚えてない。前からずっとノイズと戦っていた事も……翼さんを殺そうとしていた事も)

 

 意識が飛んでいた間に何が起こったのか、何をしてしまったのか、どうやっても全く思い出せない。気付けば目の前に弦十郎がいて、自分から翼を守るような姿が目に入っていた。

 自分の知らない何かがしでかした凶行に、響は心の底から恐怖を抱き、震える自らの体を押さえ込む。

 

(これは、何なの? ノイズを殺せて、普通じゃない力を出せて……だけど、私の体を乗っ取って勝手に戦って、知っている人を平気で傷つけようとして……こんな、私が私じゃなくなるような力……!)

 

 自分の中に、一体何が存在しているのだろうか―――そもそも今の自分は、果たしてちゃんとした人間なのだろうか。

 意識を乗っ取り、勝手に暴れる怪物か。それとも敵の全てを殺し尽くすまで止まらない冷酷な殺人機械か。この意識すら本物なのかと疑ってしまい、不安で呼吸が荒くなってくる。

 

(私は……何なの? 人なの、人じゃないの…⁉︎ 怖い……怖いよ、未来……!)

 

 普段は心の奥底に隠している気持ち、親友に縋り付いてしまいたい弱い気持ちを自分の内側に吐露する。

 

 しかし、そこで響の表情が変わる。

 縋り付きたいと思った親友の顔が浮かんだ瞬間、彼女の体の震えは忽然と止まっていた。

 

(未来……私は……!)

 

 脳裏に浮かぶのは親友の微笑む顔、そして……()()()()()()()()()()

 顔と両手を点々と血で濡らした自分を見つめる親友の眼差しを、その時の自身の絶望を思い出し、響の胸の内に冷たく見える炎が宿る。

 

 もう、逃げられない。逃げるわけにはいかない。

 そう覚悟を決めた響は、天に煌々と浮かぶ月を見上げ、きつく拳を握りしめるのだった。

 

 

「本当に! すみません‼」

 

 翌日、響は必死の形相で、アルバイト先のフルーツパーラーの店主に……いや、元アルバイト先の店長に深々と頭を下げていた。

 

 二課に協力する事を決めた響が最初に行ったのは、自分の勤務先に退職の願いと報告を行い、しっかりと詫びの言葉を送る事だった。

 すでに掛け持ちしていた他のアルバイト先には直接赴いて話をし、残すはこの店だけであった。

 

「……まぁ、別の所でバイトする事になったってとこは、別に怒りゃしねぇけど。せめてもうちょっと前に言って欲しかったよ」

「ごめんなさい…!」

「…ん、よし、わかった! スカウトされちまったんなら、しょうがない。必要とされてるって事だもんな」

 

 店主は渋い表情で、突如店を辞めさせて欲しいと言い出した少女に頷く。

 本音を言えば、こんなに急にではなく、一ヶ月は前から申請しておいて欲しかったと言いたいところ。

 

 しかし、いつもどこか影を帯びた表情で必死に働いていた少女が初めて口にした我儘。厳しい言葉をぶつけるのは気兼ねがした。

 

「ただし、しっかり頑張ってこいよ!」

「…! はい‼︎」

 

 ばしばしと華奢な肩を叩くと、響はほっと安堵の笑みを浮かべて頷く。

 新しい職場に向かえる事がそんなに嬉しいのかと、店主は内心で呟きつつ、自分の店ではそうなれなかったのかと密かな寂しさを覚えていた。

 

 苦笑の声をこぼした響は、不意に鳴り始めた自分の携帯電話を取り出し、届いたメール画面を開いてはっと息を呑んだ。

 

「…! すみません、マスター! 早速次のバイト先から呼び出されちゃって……」

「はいはい、わかったからとっとと行っちまえ」

「本当にすいません! じゃあ!」

 

 店主に深く頭を下げてから、ばたばたと慌ただしく飛び出していく少女。

 その背中を眺めながら、店主は愁いを帯びた表情でぽつりとつぶやくのだった。 

 

「…生き急いでんなぁ」

 

 

 

 

ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!

 

 陽の暮れかけたとある公園で、鋭い声と眩い光が迸る。

 遊具をすり抜け、あちこちから湧いて出る極彩色の災害を相手にし、代々の鎧武者の少女が二刀を振り回していた。

 

「喰らえ……セイハァァ!!」

オレンジスカッシュ!

 

 放たれる、柑橘を輪切りにしたような形状の光る斬撃。

 放射状に延びたそれはノイズを纏めて真っ二つにし、ぼっ、と黒い炭素の粒子に変えて辺りに四散させる。

 

 一瞬で消え失せたそれらに背を向け、響は振り向きざまに刃を一閃する。

 背後から迫っていた一体を難なく斬り捨て、続けてまた一体、二体と迫り来る敵を次々に屠っていく。

 

 感情のままに、相変わらずの無茶苦茶で下手糞な戦い方で、極彩色の軍勢を片っ端から捩じ伏せる。苛々と胸中で燃え盛る炎に突き動かされるまま、雄叫びと共に二刀を振るいまくる。

 

「この…次から次へと群れてきてぇ!」

 

 ただ切られて消えるだけなのだから、畏れを抱いて逃げ去るがいいものを。

 なのに、力の限り暴れ回る鎧武者に、何の策も持たず突っ込んでくる無数の的に、響は徐々に鬱陶しさを覚え出す。

 

 まさか、疲労で動きが鈍るのを待っているのではないだろうか、そんな考えが脳裏に浮かび、かっと頭に血が昇る。

 

「だったら、もういい…! いくらでもかかって来い! お前達など、尽く粉微塵に叩き斬ってやる!」

オレンジオーレ!

 

 少女らしからぬ低く重い声で吠え、ベルトの小刀を二度傾ける。

 そうすると、響の右手に握られた半月の刃が光を放ち、みるみる大きく膨れ上がっていく。

 

 あっという間に自身の身の丈を越える大きさとなった刃を掲げ、鎧武者の少女はかっ、と目を見開く。

 

「でやあああああああああああああ!!!」

『***************!!!』

 

 凄まじい咆哮と共に、振り下ろされる巨大な剣。

 叩き落とされた刃は地を割り、辺り一帯に巨大なひび割れを広げ、その下から眩い光を発生させる。

 

 無数に伸びた光の槍に貫かれ、ノイズ達は断末魔の雑音を響かせ、跡形もなく消し飛ばされていったのだった。

 

 

 

「……とんでもない大暴れしてるわねぇ、響ちゃんってば」

 

 ぶるぶると震えるモニターの画面を見ながら、了子がぼそりと呟く。

 奏者達の戦闘の様子を逐一見守るため、操作されているカメラからの映像には、響を中心にできた巨大な穴が映し出されている。

 

 まるで爆弾でも爆発したのかと思われるほど、凄惨な状況が出来上がっていた。

 

「これ、明らかに昨日より威力が上がってるわよね……どうなってるのかしら? 反応速度に体力の向上、ついでに動きもよくなってるっぽいし、本当に何があの子の中に宿っているの…?」

 

 映像には、さっと振り向いた響が刃を振るい、また新たに襲い掛かってきたノイズを一刀両断する姿が流れる。

 気の所為だろうか、昨晩起こった戦闘の際より、格段に動きが速やかになっている。昨晩よりも激しい戦いのはずなのに、息切れなどが全く起こっていないのだ。

 

「戦闘データが続々と採集できるのは結構なんだけど、こうも圧倒的な力を見せつけられちゃねぇ…シンフォギアの生みの親としては、ちょっと複雑な気分だわ―――それでー? どうしたのかしら、奏ちゃん?」

 

 不満げな顔で唇を尖らせていた了子が、不意に椅子ごと後ろを振り返って、話しかける。

 女史の視線の先では、いつの間にかやって来ていた奏が険しい顔をしながら、了子をじっと見つめていた。

 

「了子さん…あんたの素直な意見を聞かせてくれ。あいつをあのまま放っておいていいと思うか?」

「……科学者としては、現状維持が好ましいんだけど……大人の一人として言うなら、放置しておくのは危険ね。あの子に関しても、周りに関しても」

 

 頬杖をつき、再度映像に視線を戻す了子。

 映し出される映像の中で、響は今なお凄まじい気迫を放ち、ノイズを殲滅している。

 

 その顔は、まさに修羅。目の前にいる敵を殺し尽くすまで戻りそうにない、いや、戦いが終わっても戻らないかもしれない、鬼気迫る形相を見せている。

 

「だったらどうして止めてやらないんだ! 人間としての気持ちより科学者としての意見を優先させるのかよ⁉︎ このままじゃあいつ、昔のあたしとおんなじに……ノイズを殺す事だけに執着し続ける狂人になっちまうぞ‼︎」

「んー……止めたい気持ちはわかるんだけどね〜」

 

 奏は今の響を、かつての自分と重なる姿を見せる少女を案じ、止めるべき立場にある了子に声を荒げる。

 内心、自分にはそんな資格などないと自責の念を抱きながらも、痛む自分の心を無視して訴えかける。このままでは、取り返しのつかない事になってしまうのではないかと。

 

「あの子はああする事で救われてるの。自分が戦って、ノイズを滅ぼしている事で……迫害された記憶を一時的にとはいえ忘れられている。自分の存在を肯定できているの」

 

 だが、了子も厳しい顔で響を見つめ、はぁ、と物憂げにため息をこぼす。

 

 自責の念に駆られ、悲痛に歪んだ顔か。ノイズという万人共通の仇を前にし、怒りと憎しみで荒れ狂う姿か。

 どちらがましかと問われても、応えることはできそうにない。

 

対生存罪悪感(サバイバーズギルト)……って聞いた事あるかしら? あのライブを生き残った響ちゃんは、その後被害者の遺族に責められ続けた。直接関係のある者や、全く関係のない者にも、本来ぶつけられる謂れのない悪意をこれでもかってほどにね」

「……あいつは悪くねぇ筈だ。なのに……」

「そう、あの事件に悪人なんて一人もいなかった……ただ死にたくなかっただけ、他の誰かを足蹴にしてでも。まぁ、響ちゃんとそのお友達はちょ〜っと違う事態に巻き込まれてたみたいだけどね」

 

 二課の情報網で入手した響の過去、親友・小日向未来とともに訪れたライブ会場で起こった災害と何か。

 ノイズの出現により発生した人災とは別の、人智を越える何かによって、響の人生は大きく狂う事となった。死に逝く運命から、大きな苦難に巻き込まれる道へと。

 

「だけど、遺族にとっては何の関係のない事。愛する者を失った悲しみをどうにか取り除きたくて、運良く生き残ってた〝仇〟を見つけ出した。そして、大勢で寄って集って、響ちゃん達を責め立てた……関係がある人も、ない人も」

 

 彼らが行った()()は苛烈極まりなかったという。

 罵倒に暴行、陰湿な虐め、挙句当人達の尊厳を大きく傷つける行為にまで手を染めようとしていたというのだから、救いようがない。

 

 根が優しい響と未来は、向けられる憎悪と悪意に対して縮こまる事しかできなかった。自身らを責め立てる暴力の数々に、耐える道しか選べなかった。

 友人でさえも豹変して敵となり、知らない誰かまでもが悪意を見せつけ、来る日も来る日も苦痛に苛まれる日々に襲われ続けた。

 

 やがて最も悍ましい事件が起きて―――そして、響の方が最初に音を上げた。

 募り募った感情が爆発し、耐え続ける事が限界になり、たった一度ではあるが反撃を行ってしまったのだ。

 

 しかしその反撃は過剰な力で振るわれ、響は自ら明確な罪を犯してしまう事となった。

 

 その日から、響は住んでいた町から、家族の前からも姿を消した。

 傷だらけになり、泣きじゃくる未来を連れて彼女の家へ向かい、親友を置き去りにして逃げ去った。

 

 以来ずっと、未来がリディアン女学院があるこの街に引っ越し、通学するようになるまで、彼女達が再開する事はなかったのだとか。

 

 そんな、目を覆いたくなるような悲惨な過去を知って、了子も奏も険しい顔で沈黙するばかりであった。

 

「今の響ちゃんの心には、死者の怨念が取り憑いているのよ。顔も名前も知らない誰かが、自分が生きている事を許さないって、そう思い込んで……だから、戦う他に自分を赦せる方法が見つからないの」

「っ……」

 

 言外に、自分達に響を救う事は出来ないのだと告げられているようで、奏はぐっと歯を食い縛り、拳を握り締める。

 血が滲みそうなほど、自らの不甲斐なさを嘆く様を見せる奏に目をやり、了子は内心で深いため息をつく。

 

(―――まぁ、そうなるようにしたのは私だが、流石に憐れみを抱かずにはいられぬ狂い様だな…)

 

 そう、いつもとは明らかに異なる金色に輝く目でモニターを見やる了子―――いや、彼女の姿をした何者か。

 未だ二刀を振るい、時に薙刀に変え、ノイズを借り続ける鎧武者の少女を眺め、雄々しくも痛々しい姿に目を細める。

 

(だからあの方々に見限られるのだ……唯一の繋がりを絶たれ、互いに憎み合うようになり……そして殺し合いの道具が生み出された)

 

 嘆きの言葉を吐き、そうする事しかできなかった者達に対する恨み言を吐き捨てる何者か。

 遥か昔からこの世に在り続け、その者達の営みや衝突、そして戦という強引な解決を見続けてきた〝彼女〟は、胸中に膨らんでくる呆れと悲しみの感情を持て余していた。

 

(だが……そんな事はどうでもいい)

 

〝彼女〟の表情が、不意に狂喜に歪む。

 誰にも見えない角度で、不気味で悍ましい、欲望に満ちた笑みを浮かべ始める。

 

 響の持つ、得体の知れない何か。圧倒的な力で、戦の素人であろうとも無双の戦士へと変貌させる、人智を越えた存在。

 少しずつではあるが、それを自由に操り始めている響に、〝彼女〟は爛々と輝く目を釘付けにさせる。美しいその顔立ちが、悪魔と見間違わんばかりに歪むほどに。

 

()()はあの方々の持つ力に近いもの……いや、もはやそれそのものと言っても過言ではない。私がかつて得ようとして……あの方々の怒りに触れて手にできなかった悲願。それをあんな小娘が与えられた、とはな)

 

 遥か昔の、最初期に刻まれている愛おしい記憶……遥か高みにいた彼の者が有していた者と、限りなく近いもの。

 彼の者を慕い、想いを寄せていた〝彼女〟にしてみれば、少女は自分を追い越し、嘲笑っているかのように感じられる。ふつふつと怒りが込み上げ、一瞬平静が保てなくなりそうになる。

 

 

 ―――精々それを守っていろ、いずれ私が貰い受ける。

 

 

 溢れ出しそうになる激情をどうにか抑え込み、映像の中の鎧武者の少女にそう告げ、彼女の中にあるものへの渇望を高める〝彼女〟。

 無言のまま、さらなる詳しい情報を得ておこうと、現場に設置されたモニターを操作しようとした時。

 

「なぁ、了子さん?」

 

 不意に、それまで険しい顔で沈黙していた奏が遠慮がちに声をかけてくる。

〝彼女〟は即座に、二課の優秀な技術開発者の仮面を被り、にこやかに笑いながら奏に振り向く。どこからどう見ても、いつもと変わらない明るい年上の女、了子である。

 

「なぁに、奏ちゃん。他にも気になる事が?」

「ああ……アレ、もうできてるのかな、って気になってさ」

「…ああ、アレね」

 

 奏の視線の先を見やり、了子は思わず険しい顔になる。

 

 普段はシンフォギアの改修を行う場所、無数の工具や素材が山積みになっている、了子の研究室の一角。

 その上には一つ、シンフォギアではないあるものが一つ、大量の書類の上に乱雑に置かれていた。

 

 ―――映像の中の響が腰に巻いているベルトと瓜二つな機械と、バナナの意匠が施された錠前が。




3/11 後の展開のために……と言うか忘れていたために一部を変更しました。ややこしくてすみませんm(._.)m。
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