JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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7.強さを求める修羅

「〝戦極ドライバー〟………響の持ってるベルトを再現して、奏者(あたし達)に適応させたガジェット。それがあれば、前よりもっと強い力が手に入る…!」

「……そう簡単な話じゃないのよね」

 

 机の上で静かに、しかし確かな存在感を放つ黒いバックルを凝視し、口角を上げる奏。

 

 しかしそれを、他ならぬ了子が止める。

 彼女は眉間にしわを寄せながら、自らが生み出した……否、複製した未知の技術の塊に対し、不満げに鼻を鳴らしてみせる。

 

「私の持つ技術の限りを尽くして再現しようとしてみたけど……やっぱりまだちょっと足りないみたいなのよね、悔しい事に」

「了子さんでも駄目なのか…」

「んんんん? ちょっと待ちなさい、誰が不可能だなんて言ったのかしら?」

 

 唇を尖らせていた了子は、奏がぼそりとこぼした呟きにカチンときたのか、頬を引き攣らせて勢い良く振り向く。

 創る側である自分が自分の不甲斐なさを語るのは構わないが、使う側である他人に言われては黙っていられない。天才の矜持に明確な傷をつける行いだ。

 

 ぎろりと鋭い目を向けられ、たじろぐ奏に了子は腕を組み、豊かな胸元を強調する体勢を取りながら重いため息をこぼした。

 

「最後の調整に梃子摺ってるだけよ。大体の部分は完成してる……ただ、出力の加減が難しくてね。人体実験なんてもってのほかだし、実演はもうちょっと先になるわね」

 

 了子は科学者として、本物に限りなく近い代物を作り上げる事は出来た、と自負している。理論上、響が使う力とほぼ同じ力を振るう事ができるはずだと確信していた。

 だがそれでも、並び立つ者の少ない優れた技術を持つ者として、完璧なものだと納得できる域に達していないが為に、大丈夫だと太鼓判を押す事はできなかった。

 

 つまりは、他人に渡す事の出来ない不良品を作ってしまったわけであり、了子はそれをどうしたものかと頭を悩ませていた。

 

「……それ、あたしが使ってもいいか?」

 

 そんな時に、何やら真剣な様子の声で問いかけられて、了子のこめかみがぴくりと痙攣する。

 振り向き、そう問うてきた奏の眼を見つめると、退く気の感じられない覚悟を秘めた光が覗け、了子の眉間のしわがさらに深くなった。

 

「…正気? 実際に使ってどうなるかまるでわかってない、危険な道具よ? 今のところ響ちゃんに何かが起こってる様子はないけど―――あなたが使って、タダで済む保証はないのよ」

「覚悟の上だよ、了子さん…!」

 

 生半可な覚悟で、一戦を引いたとはいえ貴重な戦士の資格を持つ者に渡すわけにはいかないと、厳しい口調で問い返す。

 

 対する奏はにやりと不敵な笑みを浮かべ、了子から一切目を逸らさずに応じる。

 ぎらぎらと怪しく光る瞳を了子に、そして彼女の傍らの機械―――戦極ドライバーに釘付けにし、強く握りしめた拳をぎしぎしと軋ませる。

 

「これがあれば、あたしはもう一度戦場に立てる……翼の片翼でいられる…! そのためなら、どんなリスクだって…!」

 

 自らの弱さからたった一人にしてしまった片翼。永遠に隣で戦い続けていたかったのに、叶わずに置き去りにしてしまった、本当は寂しがり屋の友人。

 一度、再帰を叶えてくれるかもしれない希望の光を見た緋色の戦乙女は、今まで感じた事のない執着を抱いていた。

 

 その様を、彼の者が表面上は心配そうに、その裏では悍ましい狂喜の笑みを浮かべて、じっと静かに眺めていた時だった。

 

 

 突如、けたたましい警報が鳴り響き、二課の本部中に緊急事態を知らせる赤い光が迸った。

 

 

「…⁉︎ 何だ⁉︎」

 

 

 

 息が切れる、視界が瞬く。

 全身から夥しい量の汗が流れ落ち、危うく両手の二刀が滑り落ちそうになるのを何とか防ぎ、辺りを見渡す。

 

 動く影は、もう見当たらない。風に舞い上がる黒い塵があるだけで、極彩色の敵影は一つも見当たらない。

 人の悲鳴も聞こえては来ず、響は大きく肩を上下させながら大きく天を仰いだ。

 

「ハァ…! ハァッ…! やっと……片付いた!」

『よくやってくれた! こっちとしても想定より多くてな……すぐに迎えを送る。休んでくれ』

 

 その場に倒れ込みそうになるのを堪え、渡された無線から発せられた弦十郎の声に応じる。膝をつかないよう必死に意識を保ちつつ、再度辺りを見渡して大きく息を吐く。

 

「……翼さんは、まだ戦ってるのかな。最初はノイズの少ない所を任せるって言ってたけど、もしそうなら、翼さんはここよりもっと酷い所に……」

 

 研修のようなものだ、と言われたのに、思っていた以上の数が攻めてきて面食らう羽目になった。途中からはもう必死に武器を振り回し、どう戦ったのかほとんど覚えていない。

 

 耳を澄ませば、遠いビルの向こう側から微かに轟音が聞こえる気がする。

 翼がここよりもさらに敵の多い場所で戦っているのならば、加勢しに行った方が良いのではないかとふと考えたが、先日の拒絶された時の姿を思い出して足が鈍る。

 

 どうしたらいいのだろうか、と立ち尽くしたまま頭を悩ませた、その時であった。

 

 

 ―――死ね

 

 

 ずるり、と背後に貼り付いた誰かからそんな声が聞こえ、響はひゅっと息を呑む。

 そっと足元に振り向けば、下半身が消え失せた血濡れの男性と顔が割れた少女が響の足を握り締め、しがみつく姿が目に映る。

 

 彼らを筆頭にずるずると、幾つもの手が伸びて来て響を引き摺り降ろそうとしてくる様が否応なく目に入ってくる。

 重なる怨嗟の声が鼓膜を震わせ、存在しないはずの血濡れの手の感触が、響の心を冷たく凍てつかせる。

 

「…っ! わかってる……まだ全然許せないんだよね……わかってる、そんな事は私が一番わかってる……でも、まだ死ねないんだ」

 

 気を抜けば、そのまま地の底に引き摺り下ろされ永遠に日の目を見られなくなりそうな光景。幻覚と現実が混じり合い、危うく向こう側へ彷徨い出そうになる。

 

 ぎりっ、と口の中を噛み、その痛みで響は無理矢理自信を我に返らせる。

 消え失せた血濡れの亡者達を想い、重くのしかかる方の重みに苦笑をこぼしていると。

 

「…! 何か来る…!」

 

 不意に、人の気配が凄まじい勢いで近付いてくる事に気付き、警戒を強める。

 

 弦十郎の寄越した迎えが来たのだろうか、と考えてから、さらに神経を研ぎ澄ませ、近付いてくるのが人一人だけではない事に気付く。

 幾つもの、そして巨大な何かの気配を感じ取った直後、響のいる公園に疲弊した様子の翼が飛び込んできた。

 

「……! くっ…」

「翼さん⁉︎」

「立花……下がっていろ、これはお前の手に負える相手ではない…!」

 

 ざりっ、と地面を滑って響の前にまで後退してくる翼。

 身に纏う戦衣装には無数の傷が走り、手にした刀には罅が入っている。何より歴戦の猛者である彼女の顔が、疲労と焦燥で歪められている。

 

 何事か、と困惑する響の元に、突如巨大な影が差し込んでくる。

 はっ、と顔を上げた響と翼の目の前に、並び立つビルを見下ろすほどの巨体を誇る人型のノイズが立ちはだかり、その身の相応しい巨腕を振り上げてみせた。

 

 

 

 突如起こった異変についての報せは、奏と了子の元にも届いていた。

 

 モニターに映し出された、公園での戦闘。以前出現した超巨大ノイズに立ち向かう橙の鎧武者と青い戦乙女。

 凄まじき力を有する筈の彼女達が、振り下ろされる巨拳に翻弄され、逃げ惑う姿が映し出される。

 

 中でも悲鳴をあげて地面を転げ回る鎧武者の少女の姿を目の当たりにした途端、奏の焦燥は一気に頂点に達した。

 

「了子さん、頼む! 今すぐにこいつを使わせてくれ!」

「駄目に決まってるでしょう!」

 

 机の上の二つの機械を手にしようとした奏だが、寸前で了子が取り上げ背中に隠す。

 未知の技術を解析し再現し作り上げ、しかし安全性が全く保障されていない代物を使う気満々の彼女に、若干恐怖を滲ませた視線を向ける。

 

 だが奏は諦めなかった。了子を見つめながら、彼女が背に隠す機械のベルトと錠前に凄まじい執着を見せる。

 

「ここでやらなきゃ、あたしはいつまでもあいつに顔向けできない! 頼むよ!」

「死ぬかもしれないってわざわざ言ってるのに、渡せるわけないでしょう⁉︎ 落ち着いて! ちょっと大き過ぎるかもだけど……貴女に行かせるわけにはいかないのよ‼」

 

 奏を宥めようと努めつつも、了子はちらりとモニターに視線を向け、険しい表情になる。それを見て、奏の焦りはますます大きく膨れ上がる。

 

 響も翼も戦いを終えた後、それも普段よりも遥かに大量に湧いて出たノイズを駆逐し終えた後なのだ。

 そんな状態で、通常より大きく強力な敵を相手にしては、本来の能力が発揮できなくてもおかしくない。確実に二人は、ノイズに追いつめられようとしている。

 

「……悪い! 了子さん!」

「ちょっと……奏ちゃん⁉︎」

 

 くっ、と歯を食い縛った奏は、了子の一瞬の隙を突いて手を伸ばし、彼女からベルトと錠前を奪い取る。

 慌てて立ち上がり、呼び止める了子を無視して走り出すと、奏は手にした機械の片割れ……バナナの意匠が施された錠前を目前に掲げた。

 

(あの時……あいつは確かこうやって…!)

 

 了子の追跡を振り切り、二課の廊下に飛び出した奏は自身の記憶を辿って錠前を探る。

 思い出すのは、響が自らの意思で鎧を纏った瞬間の映像。己の不甲斐なさの所為で、戦場へ巻き込んでしまった少女が行った、鎧を纏う為の動作。

 

 錠前を弄り、やがてある突起を見つけた奏は深呼吸を何度も繰り返し、意を決してその突起を押し上げた。

 

バナナ!

 

 そして、野太い男の声が響き封印が外れた直後。

 奏の目の前にかつての光景と全く同じように、大きなジッパーの形をした空間の裂け目が出現した。

 

 

 

 どっ!と轟音が鳴り響き、自らの身体が背中から遊具に叩きつけられる。

 ジャングルジムが自分の形に変形し、支柱がぎしぎしと軋む音が響くのを聞きながら、響はどさっとその場に崩れ落ちた。

 

「かはっ…!」

 

 灰の中の空気が一気に押し出され、俯せになった響は激しく咳き込む。

 霞む目で真横を見れば、自分と同じく地に伏した翼が呻き声をあげており、刀を杖代わりに無理矢理立ち上がろうとしている姿がある。

 

 響も何とか立ち上がろうとするのだが、全身の痛みに苛まれ体を起こす事すらできずにいた。

 

「はぁっ…! はぁっ…! くっ…早く、ここから立ち去れ…! 足手纏いだと言っている…!」

 

 膝立ちになった翼がそう叫び、刀の切先を敵に、超巨大人型ノイズに向けて鋭く睨みつける。しかし、突き付けた切先はぶるぶると震え、とても真面に振るえるとは思えない。

 それでもなお、翼は目前の敵に立ち向かう姿を絶やさず、闘志を露わにしている。

 

 今よりずっと前から剣を振るってきた、百戦錬磨の戦乙女がここまで追いつめられている様を目の当たりにして、響は翼の言葉に頷く事ができなかった。

 

「下がれません! 二人の方が早く片付きます! 一緒に……」

「黙りなさい…! 素人に手を借りるほど落魄れてはいないわ……この程度、苦戦のうちにも入らない。退いていなさい…!」

 

 翼は焦っていた。自身より年下の少女が振るう得体の知れない力が、自身よりも多く、大きな敵を屠り続けている事実に。

 そしてそれ以上に、どれだけ止めても戦場へ足を踏み入れようとする、この少女の歪な覚悟に……その根底にある、少女が見せる闇の深さに。

 

「私は……まだ、まだ…!」

 

 一人だけに戦わせていられないと、激痛が走る体に叱咤し、後先考えず無理矢理立ち上がろうとする姿に、翼の焦燥はより強くなる。

 

 ―――彼女はこのまま()()()()()()()()()()()

 

 何故だかはわからないが、翼はそうだと確信していた。

 力を手に入れ、義務感と正義感を以て戦場へと足を踏み入れた少女の覚悟を、止めなければならないものなのだと感じ取った。

 

「…! 本当に……私達は、罪深い…!」

 

 悔恨を抱きつつ、防人としての義務感が彼女を突き動かす。

 自ら戦場に立つと決めた少女ではなく、母国を脅かす仇敵を撃ち滅ぼせと、剣としての在り方を圧してくる。

 

 背に庇うのではなく、置き去りにする覚悟を決めようとした、その時だった。

 

 

「―――よう、助太刀は必要かい、翼…?」

 

 

 聞きなれた、しかし戦場で聞くのは久方ぶりになるその声に、溢れ出していた殺気が一瞬で霧散する。

 はっと目を見開いた翼が振り向けば、そこには少し息を切らせた、しかし不敵な笑みを浮かべた奏の姿があった。

 

「奏…⁉︎ どうしてここに⁉︎ あ、危ないわ、戻って! 今の奏じゃ……!」

「おいおい、シンフォギアが扱えないくらいであたしをはぶらないでくれよ。ちょっと調子が悪かっただけなんだから」

「な、何を言って…⁉」

 

 倒れ伏す響の肩を叩きながら悠々と歩み出て、翼の元へ近づく奏。

 

 呆気にとられていた翼はすぐに我に返り、丸腰でこの場に現れた片翼に思わず叱責する。

 以前までの戦いで体を酷使し、シンフォギアを纏う事すらままならなくなった彼女が自分の傍に立っている。己の中の喜びに気付く暇などなく、只々慌てふためくばかりであった。

 

 だがしかし、奏はそれを片手で制し、片手に持っていたベルトを目前に掲げてみせる。

 

「だけど、それもさっきまでだ―――今度は私も、一緒に戦えるからさ……!」

「⁉ か、奏さん……それって!」

 

 露わになったそれを凝視し、響も翼と同じく絶句する。

 自身の腰に巻かれたものと全く同じもの、謎多き底知れぬ力を発揮する機械がもう一つ存在している。

 

 茫然となる響達の前で、奏はもう片方の手に握りしめた錠前を掲げ、突起を押し上げる。

 

バナナ!

 

 再び、奏の持つ錠前から声が響き、今度は彼女の頭上に大きなジッパーの穴が開く。

 謎の草木が生い茂る空間から徐々に金属の塊が―――バナナを模した何かが降下し、奏の頭上に近づいていく。響が鎧を纏う時と、全く同じ現象が発生していた。

 

『ほんっとに…! やってくれるわね!』

「りょ、了子さん…?」

 

 茫然とする響と翼の耳元に、苛立ちを滲ませた了子の荒々しい声が響いてくる。普段の飄々とした態度が消え失せた、本気で怒っている様子の声に、響は思わずびくっと肩を震わせる。

 

 しかし奏はそんな了子の様子も気にせず、錠前を指でくるりと回して弄び、ベルトの中心の窪みに嵌め込んだ。

 

ロック・オン!

「……いくぞ、変身!」

 

 軽快なラッパの音が鳴り響き、奏の―――新たな鎧武者の出陣を祝う。

 すっ、と瞼を閉じ、今一度覚悟を決める素振りを見せると、下から救い上げるようにベルトの小刀を動かし、錠前を切り裂く。

 

 すぐさま頭上の鋼鉄の塊が落下し、奏の頭に覆い被さる。同時に奏の全身を光が覆い、赤都銀のスーツを纏わせていく。

 

 その異様な様に、響は目を見開きながら咄嗟に声を上げた。

 

「バナナ⁉︎ バナッ、バナナァ⁉︎」

「……自分だってオレンジじゃん、こんにゃろう」

 

 自分を指差し騒ぐ、自らの格好を完全に忘れている後輩に、奏は思わず鋼鉄のバナナの中で顔を顰める。敢えて自分は何も言わなかったのに、反対に声を上げられて少し不機嫌になる。

 

 しかしすぐに表情を改め、ふっと鼻を鳴らして超巨大ノイズ達を見据え身構えた。

 

「あえて名乗るなら―――バロンだ!」

カモン! バナナアームズ! Knight of spear!

 

 奏が叫んだ瞬間、頭に被ったバナナが変形し、奏の上半身に装着される。胸と背、両肩に黄色い装甲が被さり、隙間から果汁のような光が迸る。

 腰からは大きく布が飛び出し、スカートのように広がる。そして額には面頬が備わり、両耳のヘッドギアからはそれぞれ角が生えた。

 

 腰布を風にはためかせながら、奏はその手に皮を剥いたバナナを模した馬上槍を携え、不敵に笑う。

 

 その姿―――まさに騎士。

 一度退いた赤い騎士が、新たに身に纏った果実の鎧を煌めかせ、今一度戦場へと舞い戻ったのである。

 

「でやあああああああああああ‼︎」

 

 雄叫びと共に、赤い騎士は馬上槍を振り回し、目前の巨大な敵に向けて踊りかかる。

 超巨大人型ノイズはそんな彼女を見下ろしながら、巨腕を悠々と振り上げ、その後凄まじい速度で振り下ろす。まるで隕石の落下の如き迫力を放つその一撃が、奏の頭上に一気に迫る。

 

「しゃらくせぇ‼」

 

 しかし奏はその一撃を、馬上槍を横薙ぎに振り回すだけで、簡単に弾き飛ばしてみせた。

 がごん!と大型トラック同士が激突したかのような轟音が鳴り響き、腕を弾かれた極彩色の巨人は蹈鞴を踏む羽目になる。

 

 奏は止まらず、そのまま馬上槍を大きく振りかざし、傾いた巨人の足を猛然と駆けあがり……そして、巨人の眼前にまで跳躍した。

 

バナナスカッシュ!

「でぇりゃああああああああああああああ‼︎」

 

 ベルトの小刀を一度傾け、内包された力を一気に開放した奏は、気合いの咆哮と共に馬上槍を突き出す。

 すると、馬上槍から黄色い光が溢れて巨大なバナナを形取り、超巨大ノイズの顔面に向かって鋭く伸びる。

 

 巨人が逃れようとするも時すでに遅く。

 ずん!と、放たれた一撃は顔面を貫き、巨大な穴を開け、ビルほどもある巨体を粉微塵に粉砕してみせた。

 

「つ、強い…! 圧倒的に強い…!」

「これが、本当に奏なの…⁉︎ 以前よりも遥かに……比較にならないくらいに……!」

 

 天から降り注いでくる、極彩色の巨人の残骸である黒い灰を被りながら、響は呆然と声を漏らす。

 自分の持つベルトと錠前、自分でもよくわかっていない未知の力を恩人が使い、それどころか自分よりも巧く使い熟しているように見える光景に、開いた口が塞がらなかった。

 

「これが、あの聖遺物の力だとでもいうの…⁉︎」

「おら…! 日和ってねぇでかかってこいよ、ノイズ共! あたしの片翼と後輩に、手ぇ出してんじゃねぇぞ‼︎」

 

 ずだんっ、と勢い良く地面に降り立った奏は、体勢を立て直すとすぐに馬上槍を構え直し、超巨大人型ノイズ達を見据えて吠える。

 巨人達も、最初の標的出逢った響よりも彼女の方を脅威と捉えたのか、巨体を揺らして周囲を取り囲み始める。

 

 そんな悪夢のような光景を前に、奏が好戦的に笑みを浮かべ、馬上槍を肩に担いで巨人達の元に向かおうとした時だった。

 

『奏君⁉︎ それは……一体なぜ、それを君が纏っている⁉︎』

 

 彼女が携帯していた通信機に微かな雑音が走り、弦十郎の酷く焦った声が奏の耳に届いた。

 姿は見えないものの、声の響からしておそらく相当戸惑っているのだろう。目を見開き、熊のような図体を強張らせている姿が想像できて、奏は思わず苦笑を浮かべた。

 

「悪いな、旦那。それに了子さん……こいつらのピンチを黙って見ていられなくってさ、勝手に持ち出しちまった」

『だからって、調整中の戦極ドライバーとロックシードを持ってく事はないでしょ⁉︎ 本当に死ぬわよ、あなた‼︎』

 

 肩を竦めてわびの言葉を口にすると、続いて了子の切羽詰まった声が聞こえてくる。研究室から大急ぎで走ってきたのだろうか、息を切らせている声も聞こえる。

 その様子に少しだけ申し訳なさを抱くが、それでも奏は退く気は見せなかった。

 

『すぐに解除しなさい! どんな反動が待っているのかわからないのよ⁉︎ もしかしたら、あなた今度こそ……!』

「死なないよ、あたしは……いや、死んじゃならないんだって言った方がいいかな」

 

 了子に答えながら、奏は背後を振り返り、響を見やる。

 怯えながら、震えながら、わけのわからない力を何処かの何かに押し付けられて、それでも胸のうちの想いに突き動かされて戦う道を選んだ少女。

 

 下手くそな戦い方しか知らない彼女を背にしながら、奏はふっと自嘲気味に笑った。

 

「散々好き勝手生きてきたあたしが言うのもちゃんちゃらおかしい話だけど……死ぬなって言った相手の前でみっともない最期なんて見せたら、それこそあたそはロクデナシになっちまう。それは流石に、嫌なのさ」

 

 ぎりっ、と拳を握り締め、どしん、どしんと響いてくる轟音の方へ向き直る。大きな地響きを立てて、徐々に近づいてくる巨体を前に、胸の内でめらめらと戦闘意欲が燃え盛る。

 

 そこから先へは進ませない。

 自分の後ろには、顔も知らない守るべき大勢と、絶対に守らなければならない命がある。

 

「死なせるわけにはいかないのさ、あいつの…あいつの心の傷が癒える時まで―――あたしは力の限り戦い続ける」

 

 いつの間にか、弦十郎と了子の制止の声は聞こえなくなっていた。

 気圧されたのか、呆れて返す言葉をなくしたのか。どちらにせよ奏は、煩い声が聞こえなくなって清々したとばかりに鼻を鳴らす。

 

 そうして余裕の態度を誇示してから、今一度響と翼に振り向き、にかっと快活な笑みを見せた。

 

「んじゃあ、そういうわけだからさ……しっかり見ておけ、後輩。先輩が直々に、奏者としての戦い方を教えてしんぜよう」

「奏…!」

「そんな心配そうな目、すんなよ……翼」

 

 不安げに顔を歪める翼に背を向け、一歩を踏み出す。

 

 

 その瞬間、奏の足元で半径一mの地面が大きく陥没する。ごっ!と強烈な破砕音が鳴り響き、地面の欠片が辺り一帯に撒き散らされる。

 大きく重い鉛の塊が空高くから落下したかのような有様に、響と奏はギョッと目を見開いた。

 

 

「今、あたしさ……すっげー力と勇気が湧いてきてんだ。負ける気が……これっぽっちもしないんだ」

 

 地面を踏み砕き、なのに平然とした様子で、奏は獰猛に笑う。

 自ら狩られにやって来る極彩色の巨人達―――己の親の敵にして、片翼と後輩の命を狙う愚かな獲物を見据え、馬上槍を振りかぶる……そして。

 

 

おらぁああああああ‼︎

『『『***********』』』

 

 

 ガツンッ、と重く鈍い轟音が鳴り響き、幾つもの巨体が吹き飛ばされる。

 地面を踏み砕き、天高く跳躍した奏の振るった馬上槍が、超巨大人型ノイズの顔面に炸裂し、薙ぎ倒してみせたのだ。

 

 衝撃が暴風となって撒き散らされ、公園に生えていた木々が揺さぶられ、砂塵が巻き上げられる。

 そこらにあった遊具は一瞬にして、見るも無残な残骸へと成り果てていった。

 

『*******』

『***********』

「だあああああ‼︎ でやあああ‼︎」

 

 極彩色の巨人達も、負けじと巨腕を振るい奏に襲い掛かる。受ければ一溜まりもない強烈な拳が、女騎士を粉砕しようと宙を裂く。

 だが、迫り来る巨拳を前にしても、奏はむしろ勇ましく笑みを浮かべ、拳に向かって凄まじい速さで跳躍する。

 

 直後、奏の突き出した馬上槍が超巨大ノイズの拳を貫き、そのまま腕の中を突き抜け、肩から流星のような勢いで飛び出す。

 直後に超巨大ノイズの一体はボロボロと崩れ去り、大量の黒い灰の山が築かれ、風に吹かれて跡形もなく消え去ってしまった。

 

『…………‼』

 

 ―――その姿、鬼神の如し。

 災害を前にして微塵も揺るぐ事のない勇ましい姿に、響も翼も、モニターで様子を窺っていた弦十郎達も言葉が出ない。

 

 女騎士の気迫に圧されたのか、彼女を囲んでいた極彩色の巨人達は数歩後退り、それぞれ脱兎のごとく走り出していった。

 

「逃すかよ……ここで全部仕留めてやらぁ!」

バナナオーレ!

 

 遠ざかる巨人達の背中を睨みつけ、奏は眼光を鋭くする。

 ベルトの小刀を二回傾け、錠前に秘められた力を一気に開放する。すると、彼女の持つ馬上槍に眩い光が集積し始める。

 

 奏はそれを天に向けて突き上げると、くるりと反転させ、先端を地面に突き立てた。

 

「はぁあああああ‼︎」

 

 途端に馬上槍に纏われていた光が弾け、地面の奥底に広がっていく。

 貫かれた地面に亀裂が走り、恐るべき勢いで広がると、逃げ出した超巨大ノイズ達の足元にまで届く。

 

ULTIMATE ∞ DISASTER

 

 そして、巨人達の真下で光が迸る。

 発生した光は天高く伸び、巨大な光輝くバナナへと変じ、極彩色の巨人達の腹を胸を、頭を貫く。

 強大な一撃をその身に受けた超巨大ノイズ達は、ほんの一瞬痙攣したかと思うと、先に逝った同胞達と同じように黒い灰となって崩れ去っていく。

 

 数秒も経たないうちに、巨人達は一切の痕跡を残さす事なく、この世から消え去ってしまったのだった。

 

「……っ、は、はっ! どうだ、恐れ入ったか…!」

 

 馬上槍を地面に突き立てたまま、荒い息を吐いた奏が凄む。

 よろよろと足元を覚束なくさせる自分の体に叱咤し、踵を返し、無理矢理響と翼がいる方へ向かって歩いていく。

 

 だが、彼女達の前に辿り着く前に、突如奏の全身に紫電が走り、激しい火花が撒き散らされた。

 

「うっ…! ぐあああああ!」

「奏!」

「奏さん!」

 

 異常を来たし、その場に膝をつく奏に、我に返った翼は慌てて駆け寄り、彼女の体を抱きとめる。すると、奏の身体を守っていた鎧が独りでに解け、光の粒子となって飛び散る。

 普段の装いに戻った奏は、心配そうに抱き留めてくる翼と響を見つめ返し、くすりと笑みをこぼした。

 

「…は、はは。大丈夫だって……ちょっと疲れただけだからさ」

『言わんこっちゃない……だからやめなさいって言ったのよ! どんな反動が来るかわからないって言ったでしょ⁉︎』

「…! 悪い、了子さん……」

 

 通信機から聞こえてくる、相当お冠らしい科学者の声を聞き、苦笑する。

 制止を振り切って、持ち出し厳禁のものまで使用して。これは彼女だけでなく、組織の長にも大目玉を食らうに違いない。

 

『…翼ちゃん、響ちゃん、今すぐそのおバカを連れて戻ってきて。全快になるまで閉じ込めておくから』

『じっくり……そうだな、二時間ほど説教をしようか?』

「うへぇ…翼ぁ、助けてくれよぉ」

「了解しました、櫻井女史。手足をふん縛ってでも連れて行きます」

「嘘だろ翼…⁉︎」

 

 せめて誰か味方に付いていてくれまいか、と情けない声で呼びかけた翼に厳しい表情で拒絶され、ガックリと項垂れる。

 

 だが、やがて二人ともくすっと鼻を鳴らし、小さく笑みを浮かべ始める。通信機の向こうからも微かに苦笑の声が聞こえ、緊迫した空気は少し和らぎ出す。

 とにかく無事でよかった、そんな雰囲気が流れ始めていた。

 

 ……だが一人だけ、その輪の中に入れないでいる、悲痛な表情を浮かべた少女がいた。

 

「奏さん、あの……」

 

 言い辛そうに、不安気に見つめてくる少女……響を前に、奏は小さく息を呑む。

 鎧を纏ったまま、少し距離を置いて固まっている彼女。その様子を見て、奏はしばらく黙っていたが、やがてぽんと響の頭に手を置き、微笑んでみせた。

 

「……初任務、お疲れさん。とっとと帰って―――」

 

 不安げな後輩の頭を撫で、ぐりぐりと回す奏。

 困惑の表情を浮かべる響にけらけらと笑いかけ、翼の肩を借りながら立ち上がり、促す。

 

 積もる話は、帰ってからにしよう……そう伝えようとした時であった。

 

 

 

 

 

「―――へぇ、やるじゃねぇか、あんた」

 

 

 

 

 

 不意に響いた、聞き慣れない声。

 ざり、と徐々に近づいてくる地面を踏む音と共に聞こえたそれに。奏と翼は同時に振り向き、同じように大きく目を見開く。

 

 

 

 そこにいたのは、鎧を纏った少女であった。

 白銀に輝く、蛇を思わせる形の刺々しい金属の塊。全身を覆いつつ、肌の各所を晒すそれを上半身に纏い、仮面で顔を隠した若い娘。

 

 異様な姿をあらわにしてやって来た彼女に向けて、奏と翼は一瞬で凄まじい気迫を放った。

 

 

 

「…おいおい、どういう事だよ、こりゃあ」

「…貴様、何者だ」

 

 二人の様子の変化に、同じく振り向き少女の姿を目の当たりにした響は、困惑に首を傾げる。

 

 シンフォギアに、自分の纏う鎧にどこか似た雰囲気を持つ鎧。

 それを纏って現れた少女に対して、どうして奏たちはこんなにも警戒を……いや、怒りを露わにして立ち尽くしているのだろうか、と。

 

「だ、誰……?」

「名乗るほどの者じゃない……だが、そっちのお二人さんはよぉ〜くご存知みたいだな」

 

 仮面の下で、にやりと笑う少女。

 よく見れば響と同じか、もう少し下の背丈。歳もさして変わらないくらいだと、響はいやに冷静な頭で考える。

 

 混乱したままの響とは真逆に、奏と翼の放つ威圧感は増し続け、ぎりっ、と二人とも気付かぬうちに拳を握り締め、歯を食い縛っていた。

 

「…なんでそれを、纏っている…!」

「二年前の失態……忘れてなるものか、己が心魂に刻まれし屈辱を、どうして忘れる事ができようか…!」

 

 激情に突き動かされそうになり、それを必死に抑えながら、二人は思い出す。

 二年前に二人が犯した失敗、罪。何の関係もない少女を戦場に引き摺り込んだ事と同時期に。

 

 二人に忘れられない屈辱を刻み込んだ忌まわしき記憶の証、そのものを。

 

 

 

「ネフシュタンの鎧! 失われたはずのそれを何故、お前が持っている―――⁉︎」

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