JUST LIVE MORE −刀剣戦姫伝・鎧武−   作:春風駘蕩

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お久しぶりです。
何とか書けたので投稿します……待ってても待ってなくてもすいません<m(_ _)m>。


8.ネフシュタンの鎧

 先に動いたのは奏だった。

 不完全な力を使用した反動による疲弊で膝をついていた筈なのに、それを押し殺して立ち上がり再度錠前の枷を外す。

 

 その隣では、翼も同じく臨戦態勢に戻り、刀を両手で携えて前傾姿勢に入っていた。

 

「変身!」

カモン! バナナアームズ! Knight of spear!

 

 奏は強く駆け出し、錠前をベルトに嵌めて小刀を傾ける。

 表面が斬り裂かれ、頭上に開いたジッパーの奥から巨大な鋼鉄の果実が降下し、奏の頭を覆って展開し鎧となる。

 

 果汁状の光を撒き散らし、片手に馬上槍を握り締め、果実の騎士が傍らに伴った青き剣士と共に謎の少女に斬りかかる。

 

「おおおおお‼」

「はああああ‼」

 

 雄叫びとともに振るわれる馬上槍と刀。凄まじい覇気を伴い、手加減など一切ない渾身の一撃を叩き込む。

 しかし少女は余裕そうな表情を崩す事なく、肩から襟のように生えた刺々しい鋼鉄……紫色に輝く鞭を振るい、二人を難なく止めてみせた。

 

 ぎちぎちぎちぎちっ、と金属同士が食らいつく嫌な音を響かせ、火花を散らし、二人と一人の選者が鋭く睨み合う。

 

「お前……どうやってそれを手に入れた⁉︎ お前は一体何だ⁉︎」

「はっ! 聞きてぇか? だったら―――」

 

 鈍い金属音が立て続けに響き渡り、衝撃が地面に深い亀裂を走らせる。

 見た目以上に重く堅い、そしてありったけの感情が込められた突撃と斬撃が叩き込まれ、少女を追い詰めんとする。

 

 しかし少女の表情に焦りは表れない。最初と同じく小馬鹿にした笑みを浮かべたまま、二人の猛攻を容易く受け止め続ける。

 

「力尽くで口を開かせてみな‼︎」

 

 両肩から生える紫の鞭が生物のようにしなり、翼と奏に襲い掛かる。

 咄嗟に武器を盾にして防いだものの、与えられた衝撃は凄まじく二人の体が宙に浮く。大型車両が激突し合ったかのような衝撃で、鼓膜を破りそうな轟音が辺りに轟く。

 

 翼と奏はぐっと顔を歪め、しかし根性で耐えて体勢を取り戻し、地面を滑りながら着地する。と同時に、弾かれたように少女に向かって再度突貫していった。

 

「な、何……これ……なんで」

 

 そんな光景を、響は棒立ちになったまま見ている以外になかった。

 

 突如現れ、挑発的な事を述べて嗤った少女。

 自分とさして変わらないような年頃の彼女が、機械的で不気味な鎧を纏って姿を見せた直後、翼と奏の態度が豹変して飛び出していった。

 

 そこから始まった戦い……いや、最早殺し合いというべき激突に、理解が全く追い付いていなかった。

 

【バナナオーレ!】

「おらぁぁぁぁ!」

 

 目を見開き、顔から血の気を引かせて立ち尽くす響を他所に、戦いはさらに激化していく。

 

 ベルトの小刀を二回傾け、馬上槍に果実の形の光を纏わせた奏が、雄叫びと共に切先を少女に向けて突っ込む。

 少女は鞭を振るい、向かってくる馬上槍に何十にも巻き付け、それを支えに自らを遥か高くへと跳躍させる。

 

 突撃を躱した直後、鞭を思い切り引いて奏を馬上槍ごと回転させ、大きく体勢を崩したところに鞭の鋭い切先を向かわせる。

 

「おおおおおおおおおお‼」

 ―――蒼ノ一閃

 

 奏の首に鞭の切先が突き立てられる寸前、翼の振るった刀から無数の青い斬撃が迸り、少女と奏の間を貫く。

 危うく二人とも串刺しになりかねない、しかし決して相方を傷つける事のない制御された攻撃を以て、少女を行動不能に陥らせんとする。

 

 しかし少女は自らの周囲に紫色の光の壁を生み出し、向かって来る青い刃を尽く防いでしまう。そして悠々と地面に降り立ち、にやりと不敵に笑ってみせた。

 

「強ぇな…こいつが完全聖遺物の力か? うまく使いこなせてるようじゃないか…!」

「得物が優れていたからだ、何て言い訳が後になって通用すると思うなよ!」

「はっ……本当にむかつく…!」

 

 ずん、と力強く地面を踏みしめ、ただしその表情は険しく苦しげに歪め、奏が呟く。それは少女への悪態のようであり、自分自身への罵倒のように響く。

 

 二年前、大きな実験を控えたあの宴の日。極彩色の悪夢の出現により犯された、二人で紡ぐ筈であった絆の時間。

 その時失われた物が、奪われた物が目の前に突き付けられ、しかもそれを自在に使いこなす者がいて、歌姫達の怒りは留まる事なく燃え上がる。

 

「胸糞悪ィ…! 自分の失態を目の前に晒されてる気分だ、畜生が…!」

「はっ! どうやら本気で堪えてるみたいだな、こいつの事に関しては特に!」

「それはお前が持っていていいものではない……返してもらうぞ‼︎」

「だったら奪い返してみせなぁ‼︎」

 

 はっ、と翼が放った怒りの咆哮を少女は一蹴し、どこまでも長く伸びる鞭を振り回して宙へと舞う。

 二人の歌姫もほぼ同時に動き、向かってくる鞭のそれぞれに自身の得物を振りかざし、激しい火花を散らせる。

 

 加減など、その場にいる誰一人として考えている様子はなかった。

 

「―――! つ、翼さん! 奏さん! 待ってください‼︎」

 

 だが、たった一人だけ、ぶつかり合う戦乙女と襲撃者に待ったをかける。

 轟音、金属音、破砕音が立て続けに起こる戦地を前に瞠目しながら、理解が追い付かないがゆえに強張ってしまった足を前に踏み出させ、三人に向けて困惑と焦りを交えて叫ぶ。

 

 己が、そして彼女達がこの場にいるのは、人類の天敵であるノイズを討つ為。その為に生まれた戦衣装であり、その為に使うと決めた鎧と武器のはず。

 なのにそれを、自分のよく知らない謎の鎧を纏った少女に向けて振るう二人の姿を、受け入れる事はできなかった。

 

「相手は同じ人間ですよ⁉︎ こんな戦い―――」

「「「戦場で何を生ぬるい事を‼︎」」」

 

 混乱したまま、三人を止めようと声を張り上げる響。

 しかしその直後、まさかの三人同時に拒絶の叫びを返され、びくっと肩を震わせて押し黙らされる。

 

 対する三人は響から視線を外すと、一旦得物を握る手を止め、互いに鋭く睨み合った。

 

「……は。初めて意見があったな、あんた達とはむしろ気が合いそうだ」

「お前さんと慣れ合うなんざ御免だね……同意見だけどな」

「その刃を下げるのなら、こちらももう少し腹を割って話せるが……その気はまだないか」

「それこそ……余計なお世話だね‼」

 

 にやり、と嗤った鎧の少女が土埃を巻き上げて肉薄し、紫の鞭を槍のように放つ。弾丸化、或いは砲弾のような轟音と共に空を貫く二振りの突撃が、苦虫を噛み潰したような顔で身構える奏と翼の胸の中心を狙い、迫る。

 

 二人は同時にその場に伏せ鞭を躱す。それぞれの長い後ろ髪が風圧で揺れ、数本が斬り裂かれて飛ばされる様を横目に、地面に手を突いた獣のような体勢で構え、雄叫びと共に飛び出す。

 

「「おおおおおおおおおおお‼」」

「―――ハァッ‼」

 

 刀と槍、斬撃と突撃という二つの一撃を最大限に叩き込む体勢で、無防備になった少女の体めがけて切先を振りかぶる武者と騎士。

 しかし、少女は余裕の表情を崩す事なく鋼の鞭の先端から紫色の高弾を発射し、奏と翼を迎え撃つ。

 

 迫り来る公団を斬り裂けば、閃光と共に衝撃が撒き散らされ大気と地面を震わせる。だが二人とも己に襲い来る風圧をものともせずに突っ込み、得物の切先を地面に擦り付けて飛び掛かっていく。

 獰猛に顔を歪め、憤怒に満ちた目で相手を見据えつつ、今度こそ次の一撃で仕留めんとするように刃を振りかぶる。

 

「―――だから……ダメですってばぁ‼」

 

 しかし、双方から振るわれた鞭と槍と刀の間に、突如として響が乱入し自身の二刀を構えて立ちはだかる。

 

 流石に目を見開き、慌てて停止しようとした奏と翼であったが、完全に勢いを殺す事はできず突き出された刀身に得物を叩きつけてしまう。

 だが、二人の一撃を受け止めた響はほんの少し後退っただけで、その上反対側から向かってきた鋼の鞭をもう片方の刀で受け止め、巻き付かせて止めてみせる。

 

 戦闘の素人らしからぬ動作で、戦乙女たちの猛攻は一度押しとどめられてしまった。

 

「おまっ……どけ! そいつは……!」

「んぐぅぅ…ぅああああああああ‼」

 

 後輩にあたる少女の思わぬ行動に驚きつつも、奏は目を吊り上げて響に怒鳴りつける。

 止められたからいいものの、防御に失敗していれば味方の刃で貫かれ、斬り殺されかねない危険な行為に目を瞑れるわけがない。

 

 だが響は耳を貸さず、というよりも必死に得物を押さえる事に集中している所為か声も聞けておらず、やがて気合いの咆哮と共に奏達の刃を弾き返してみせる。

 

「うっ…!」

「うおっ……‼」

 

 思わぬ邪魔、そして想像以上の力で押し返された奏と翼は蹈鞴を踏み、数歩分距離を取らされながら、困惑の視線を響に向ける。

 同時に、鋼の鞭も無理矢理絡めとられた状態で引っ張られ、体制を崩した少女は戸惑いながら飛び退る。巻き付いた鞭を操り、解いてから引き戻しつつ、突然割って入ってきた少女に胡乱気な視線を送る。

 

 響は肩で息をし、ばくばくと煩く脈動する心拍を落ち着かせながら、自身を睨みつけてくる謎の少女に正面から向き合った。

 

「はぁ…はぁ……! …話を、させて、もらえないかな…⁉ 私にはよく、わからないけど……あなたが、その、奏さん達が言ってるみたいに、本当に悪い人なのかは、よく、わからないけど……!」

 

 響からすれば、少女に対する悪印象など微塵も存在しない。

 奏と翼は何やら、少女が纏う銀色の鎧に対して因縁を持っているようだが、ヲれを見た事も聞いた事もない響にしてみれば何の関係もない。

 

 途中で聞こえた完全聖遺物という単語からするに、シンフォギアと関わりのある重要なものであるのは確かだとは思うが、いきなり殺し合いのような戦いが始まる理由には結びつかない。結び付けられない。

 災害たるノイズとは異なる、心ある人間を前にしているのに、最初から武器を突き付ける真似は受け入れられなかった。

 

「何も話を聞かずに……言葉を交わさずに、暴力で何かを片付けようとするなんて、間違ってる気がする‼」

 

 未だ鋭く、険しい威圧感を放ち沈黙している奏達を背にし、響は少女に語り掛ける。

 それまで勢いよく放っていた挑発の言葉を止め、不気味に俯いている少女の様子の変化に気付く事なく、響は必死に考えながら少女を見つめ、言葉を紡いでいた。

 

「だから…お願い、聞かせて! どうして、こんな事を―――」

「―――るせぇ」

 

 武器を下げ、縋るような眼差しと共に言葉を探し、語り掛けていた響。

 だが、不意に聞こえてきた少女の―――先程とはまるで異なる、低く血の底から響くような声に、はっと目を見開いて口を閉ざす。

 

 反応を返してくれた事への安堵、ではなく。

 視界に映った、静かに佇んでいた少女の肩がわなわなと震え出し、鞭を握る手がぎりぎりと血管を浮き立たせ始めた様に。

 

 そして、鎧と前髪で隠されていた少女の表情が―――すさまじい怒りに満ちた鬼の形相が明らかになり、響は思わず息を呑み後退る。

 

 

うるせぇっつってんだよ花畑頭が‼

 

 

 少女が怒号を放った直後、鋼の鞭が蛇のように蠢き、巨大な紫の光球を生み出し一気に放たれる。

 

 突然の事態に、響は一瞬反応が遅れ、しかし光球が目前にまで迫ってから辛うじて避けようと動き……背後で自分を見張っていた奏と翼の存在を思い出し、硬直する。

 

「うああああああ⁉」

「立花!」

「響!」

 

 響は成す術なく光球に呑まれ、凄まじい熱と衝撃に全身を打ち据えられ、黒煙を上げて吹き飛ばされる。重厚な鎧も無数の傷が刻まれ、全身を土で汚されながら、少女の体は木の葉のように軽々と叩きつけられる。

 衝撃は背後の奏と翼にも及び、響と同じく吹き飛ばされ、しかし何とか体勢を崩す事なく地面を滑り、膝をついて激昂する謎の少女を見据えて歯を食い縛る。

 

 怯えた表情で尻餅をついたまま後退る響を睨み下ろし、謎の少女は鋼の鞭を振るって奏と翼を弾き飛ばし、苛立たし気に舌打ちをこぼし足を踏み鳴らした。

 

「トロ甘ぇ…トロ甘ぇんだよ、お前は! 敵を前にして得物を振るうのを躊躇うなんざ……甘すぎて反吐が出るんだよ‼︎」

「……え、ぁ、え……?」

「さっき言ったよな……戦場でバカな事を抜かすなって、言ったよなあたしは! こんなもんを以て仲良しこよしでお話なんざできると思ってんのか、あぁ⁉ ふざけんじゃねぇぞ‼ 遊びじゃねぇんだよこっちは‼」

 

 チンピラのように荒々しく怒りを露わにする少女に怒鳴りつけられるが、仰向けに横たわり、痛みと混乱に苛まれ、返事をするどころではない響。

 何とか顔だけを起こし、霞む視界の中で近付いてくる少女を見つめ返し、咽ながら重い身体を起こそうと藻掻く。

 

 見苦しく足掻く様を見下ろし、ギリギリと食いしばった歯を鳴らした謎の少女は、やがて舌打ちと共に手を背後に回し―――銀色に輝く何かを取り出した。

 

「そんなに遊び相手が欲しいんなら―――こいつらで我慢しな‼」

 

 見た目は、少女が纏う鎧にどこか似た印象を抱かせる金属の杖らしきそれ。

 少女がそれを握り、頭上に掲げた瞬間、杖の先端部分に備わった宝石が緑の光を放ち、周囲に蜘蛛の巣のように迸る。

 

 すると―――光の中から、無数の半透明で極彩色の異形の群れ、ノイズが蠢き闇夜から這い出し始めた。

 

「は―――⁉」

「なっ……⁉」

 

 異形の声を響かせ、辺りを目にいたい極端な色彩で染め上げる人類の天敵の軍勢。

 災害であり、出現を予期できぬ最悪の存在であるそれらが一斉に、少女の杖を操る動作で出現したという事実に、響は、奏と翼は大きく目を見開き、言葉を失う。

 

 三人の驚愕は大きな隙を生み、ノイズの一部が突如弾丸のような勢いで突っ込んできたかと思うと、真っ直ぐに響の懐に入り込み、強烈な一撃を食らわせた。

 

「ガッ―――⁉ ぁああああああ⁉」

「立花!」

 

 心無き災害とは思えない、少女が向ける敵意と憎悪を強く感じる突進を食らい、響は唾液を噴きながら宙に高く打ち上げられる。

 視界がぐるぐる回り、天と地が幾度も入れ替わり、三半規管を容赦なく破壊された響は、そのまま遥か下の地面に叩きつけられ、硬い土の上を痛々しく何度も跳ねる。

 

 鎧の硬い防御が仇となり、いっそ気絶すれば楽であろう苦痛を何度も味わわされた少女は、どっと跳ねた先に広がる白い何かに激突し制止させられる。

 

 苦悶の声を漏らし、歯を食い縛り、凄まじい気持ち悪さと戦う羽目になった響は、何とか上下の感覚だけでも取り戻そうと顔を起こす。

 だがそこで、響は己の手足の自由が利かなくなっている事に―――大の字に手足を開いた状態で、白いとりもちのような何かに四肢と背中を絡め取られている事にようやく気付く。

 

「な…何これ⁉︎ 動かない…!」

 

 唯一自由の利く首を動かし、自由を奪うそれ―――蜘蛛の糸のような、接着剤のような気味の悪い物体を凝視し、響は頬を引き攣らせる。

 視線を上にやれば、白い何かを生み出したのであろうダチョウを思わせるノイズが左右に二体、頭上から見下ろしてきている。

 

 優越感すら感じられる二体のノイズを睨みつけ、拘束から逃れようと藻掻く響だが、四肢を縛る粘液はぐにぐにと固さを保ったまま伸びるだけで、一向に響を解放しそうになかった。

 

 その様を目の当たりにし、奏と翼は唖然としながらも、その目に徐々に怒りを滲ませていく。

 

 人がノイズを呼び出し使役している。

 そしてその力で、意思を以て他者を害そうとしている。

 

 その光景が……二年前のあの惨劇の夜に重なる。いなかったはずの鎧の少女の姿が、溝のような影となって過去の記憶に塗りたくられていった。

 

『何……だとォ⁉』

「ノイズを…操ってるってのか⁉」

「……何だ、その聖遺物は」

「答える義理はねぇな。こいつがどんな代物かなんざ、見りゃわかるだろ? ―――人殺しの兵器(道具)だ」

 

 二課からは弦十郎の驚愕の声と、職員達が息を呑む声が届く。誰も真面に声すら出せなくなるほどに、動揺でその場に立ち尽くす。

 

 爆発しそうなほどに煮えたぎる感情を抑え込み、歯を食い縛って問いかける奏と翼に吐き捨てるように答え、気だるげに石突を地面に当てる。

 その動作により、呼び出されたノイズの軍勢が蠢き、翼と奏の周囲を囲い隙間を埋めていく。

 

 一糸乱れぬ極彩色の軍勢の整列。だがその間も、鎧の少女の険しい視線は響に向けられたままだった。

 

「本当はお前らの事なんかどうでもいいんだ……そこのそいつ、融合症例を連れていければそれでよかったんだ」

「融合……って、私の……こと……?」

「抵抗するなら適当に甚振って、心を追って引き摺ってでも連れてくつもりだったが……やめだ」

 

 異音と共に徐々に距離を詰めていくノイズ達。前後左右、上空に至るまでびっしりと覆う包囲を狭め、目的の邪魔である二人の戦乙女達を屠ろうと迫っていく。

 

 だがそれでも、奏と翼の姿は響にはしっかり見えていた。ほんの少し、多様なノイズの大きさの事なりによって生まれた隙間から、二人の背中が微かに覗いている。

 まるで、二人の死に様を響に見届けさせる悪夢の観客席のように。

 

「ここは戦場だ……そしてあたしはお前らの、敵だ。そんな場面で話し合いなんてなまっちろい事を抜かすお前は、甚振るだけなんざぬるすぎる…!」

 

 ぎち、と鋼の鞭が蠢き、先端に大きな紫色の光を灯しながら奏と翼を狙う。

 敵意は二人の奏者に向け、しかし殺意の眼差しは響に固定したまま、振れれば死ぬ動く災害の壁の中で死の光を障害物に照らす。

 

 挑発染みた発言も嘲りの表情も最早とうにない。憤怒と憎悪に満ちた目で、鎧の少女は犬歯を剥き出しにして吠える。

 

「現実を目の当たりにして、そこで独りで寂しく項垂れてろ―――‼」

 

 少女の咆哮が響き渡った直後、鋼の鞭から紫の光弾が発射され、続いてノイズ達が一斉に襲い掛かる。

 無数の異音が雄叫びのように合わさり、大気に不思議な波長を齎し、戦乙女達を無に帰さんと四方八方から魔の手を伸ばす。

 

 全てが極彩色に染まる。死が目前に迫る。

 ものの数秒で届くであろう無数の破滅を目の前にし、奏は思わず冷や汗を垂らしたまま苦笑を浮かべた。

 

「ちっ……正直さっきの出燃料すっからかんなんだけどなぁ…!」

「奏、無理しないで」

「気にすんな……この程度の奴ら、軽く揉んで片付けるだけの余力は残ってるよ」

 

 無茶を重ねた身体は、もう得物を持ち上げる事もままならない。鎧も衣装も、機を抜けば一瞬で消え去り無防備を晒しかねないほどに疲弊した今の状態では、この窮地を脱する事は叶うまい。

 

 だがそれでも、二人の戦乙女達の顔に絶望はない。

 皮肉気な笑みを湛え、傍らに立つ相棒の姿を視界に捉えながら―――覚悟を決めた武士の顔で佇み、極彩色の災害を真っ直ぐに見据える。

 

「そこにいろ、響。ちょうどいいから、黙って見てな。今のお前は……言いたかないけど、足手纏いだ」

「奏……さん…⁉」

 

 窮地の先輩達を案じ、粘液の拘束を解こうと必死に藻掻く響に向けて、奏が背を向けたままどこか冷たく告げる。

 その背には数十秒前までの頼もしさはなく、疲弊を隠しきれない弱々しさを感じさせるもの。翼も同じく、この危機を脱せられるほどの強さを見出す事はできない。

 

「人を傷つけたくない、傷つけさせたくないっていうお前の想いは、きっと貴いんだろうな……だけどな、それだけじゃ何も解決しないんだよ、この世の中はな」

 

 両腕を引き、身をよじり、粘液の拘束を引き千切ろうとなおも足掻く響に向けて、奏は諦観に満ちた声で告げる。

 

 多くの人々に活力と勇気を与えてきた歌姫の片翼。惨劇を経てなお力強く歌い続ける彼女の姿に、響は何度も希望を抱かせてもらってきた。

 なのに今、自身の目の前でよろめきながら佇む緋色の髪の女性は、そんな響の気持ちを否定するような言葉を吐く。

 

「どんな言葉を発しても届かないってのは……お前がよくわかってんだろ」

「……!」

 

 響はついに、抵抗を止めて黙り込んでしまう。

 ぐ、と唇を噛みしめ、顔を紙屑のようにくしゃくしゃに歪めて、凄まじい悔しさに苛まれているのに何も言い返せず、呻き声と共に身を震わせるしかなくなる。

 

 奏はそんな彼女に見えないよう、ふっと自嘲気味にため息をこぼし、瞼を閉じる。そしてやがて、隣に並び立つ片翼に視線を向け、穏やかに笑いかけた。

 

「じゃあ、翼―――歌うか? 思いっきり」

「ええ……昔言っていたわね。何に囚われる事もなく、頭を空っぽにして思う存分歌ってみたい、って」

 

 先程よりも濃く、分厚く、周囲を取り囲む極彩色の壁。

 数度得物を振るおうとも払いきれぬほどに集まった人類の天敵が成す軍勢を前に、歌姫達は一切の怯えも焦りも見せず仁王立ちする。

 

 己らが有する切り札―――否、命を賭して歌い紡ぐ最期の力を使う事を覚悟して。

 

「今が……その時ね」

「あぁ…! 付き合ってくれよ、あたしの片翼…‼」

「無論だ―――‼」

 

 目前にまで迫る、異形達の異音。それをまるで聞こえていないもののように扱い、歌姫達は笑い、勇ましく前を、討つべき敵を見据える。

 その背に庇う後輩を、守るべき一つの命を守る為に……かつて守れなかった存在を二度も生み出さない為に、己を剣に成した時に刻んだ誓いを果たす為に。

 

「くっ…! 絶唱か! 玉砕覚悟で後輩を守る気か⁉ しゃらくせ―――ん⁉」

 

 不穏な雰囲気の奏達の姿に、何かを察した鎧の少女が表情を変え、その場から飛び退こうとする。

 だが、跳躍のために屈んだ瞬間、銀の光が突如目の前に飛来し、少女の鼻先に食らいつかんとする。

 

 一瞬瞠目した少女だが、すぐさま鋼の鞭をしならせ、飛び込んできた小さな刃―――翼が生み出し放った刃を弾き飛ばす。

 

「時間稼ぎのつもりか、こん―――なぁっ⁉」

 

 無意味な悪足掻きだと嘲笑い、今度こそその場を離れようとした少女は、不意に襲い掛かってきた全身の違和感に目を見開く。

 動かない。それまで何の異変もなかったからだが、糸か何かで縫い付けられたかのように自由が利かなくなっている。

 

 鎧の少女は増した、外套により生み出された自らの影を見下ろし……そこの付き立つ、一本の小さな刃に気付きぎょっと息を呑む。

 

 ―――影縫い

 

 先程弾いた数本の刃、その一本が影に突き刺さり、どういう仕組みか少女自身をその場に固く留めさせている。

 取るに足らない目晦ましと侮り、雑に防いだ事が悪手であったと気付かされ、鎧の少女は目を吊り上げて怒りと焦りをあらわにする。

 

「て、めぇぇぇ‼」

 

 鎧の少女は声を荒げ、そして今度こそ慌て、必死の形相でその場から逃れんと藻掻くが、影に突き刺さった刃は抜ける事なく己が役目を全うし続ける。

 

 狙い通りの展開に、翼はふっと不敵に、奏は悪戯っぽい笑顔を浮かべ―――次いで、ふざけた雰囲気を封じ鋭い目で少女を睨む。

 そして、彼女達は大きく息を吸い込むと、彼の旋律を口遊み出した。

 

 

 ―――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

 響き渡る、どこの国の言葉かもわからない不思議な祝詞。

 二人の歌姫が紡ぐ、微塵も狂わず擦れる事のない、得体のしれない力の籠った歌。

 

 それを口にした瞬間、奏と翼の全身に淡い光が灯り、辺りを照らす。

 ノイズの軍勢はそれを前にした途端、凍り付いたように静止し、まるで二人の歌姫達の歌に聴き入るかのように立ち尽くす。

 

『…! ま、待て二人とも! その状態でそれを使っては…!』

 

 通信機から響く弦十郎の声も聞こえない振りをし、奏と翼は歌い続ける。

 引けない戦いに、負けを認められぬ戦いに一度の幕を下ろす為に……たとえ命を落とそうとも、背後に囚われた後輩を敵に渡さないために。

 

 ―――Emustolronzen fine el baral zizzl

    Gatrandis babel ziggurat edenal

    Emustolronzen fine el zizzl

 

 それは、命を燃やす歌だった。

 シンフォギアシステムにより生み出される限界以上の力を以て、相対するノイズの全ての殲滅を可能にする最大規模の放出を行う―――使用者への負荷を微塵も考えない諸刃の剣。

 

 LiNKERという特殊な薬品で無理矢理奏者となっている奏は勿論、正当な奏者である翼の命すら危ぶませるそれを、二人は今歌おうとしていた。

 

 

 絶唱。文字通り、命を絶つほどの力を歌い放つ、奏者達の切り札。

 

 

 その存在すらまだ知らなかった響だが、撒き散らされる光と二人から放たれる威圧感から、それが決して使わせてはならないものだという事を悟ってしまう。

 

「……駄目……だめ、ダメ、駄目です、二人とも……‼ ()()は……歌っちゃ駄目…!」

 

 響は焦り、首を横に振りながら二人の先輩達に呼びかける。しかし怯えと焦燥で声は震え、真面な言葉にすらできなくなる。

 より一層半狂乱に陥り、動かないとわかりきっている手足の拘束に藻掻き、全く役に立たない自分自身への苛立ちで表情を強張らせる。

 

 時間を無駄に費やしている間に、奏と翼の放つ光はより強く、眩しく、二人の姿を掻き消すほどになっていく。

 

「ぐぅうう…! 動け……動け……動け…動け…!」

 

 めきめき、みしみし。

 自らの手足を引き千切らん勢いで、いや、最早両腕を犠牲にするくらいの覚悟で、実際に肉と骨が軋む音を響かせるのも構わず、歌姫達の元へ向かおうとする。

 

 だが、そんな彼女の悲痛な覚悟を見る事もせず、歌姫達は最後の旋律を刻み切り―――それぞれの得物を天高く掲げる。

 

 その口元に鮮やかな赤が滲み、喉から胸元にまで垂れ落ちた瞬間、カッ!とより一層眩しい光が辺りに迸る。

 

 

「ああああああああああああアアアアアアアアアアアア―――‼」

 

 

 

 

 直後、夜の公園を中心に巨大な光の球体が生まれ、闇を真昼のように照らし出したかと思うと―――ずるり、と。

 

 まるで初めから何もなかったかのように、その光は消え失せた。

 

 

 

 

「…………ん? え…あれ……?」

 

 目の前で両腕を交差させ、襲い掛かるであろう衝撃と激痛を覚悟し身構えていた鎧の少女は、自身が五体満足で立っている事に困惑し、辺りを見渡す。

 ぱちぱちと目を瞬かせ、何が起こったのか、いや、何も起こらなかったのかと辺りを見渡し―――全てのノイズが消え失せ、円形に焦げ付いた地面と、その中心でがくりと膝をつく歌姫達の姿を凝視する。

 

「うわっ⁉」

「……ぁ、う、くっ…‼」

 

 己の全てを燃やし切るつもりで歌い切った奏と翼は、突如襲い掛かった普段の何倍にも感じる重力に思わず前のめりに倒れ込む。

 凄まじい疲労感に苛まれ、体を起こすだけでも億劫な状態に陥り……〝絶唱〟を使用してその程度で済んでいるという状況に只管に困惑する。

 

「……は、え? あたしら……何で、生きて……」

「ぐ……反動に、耐えた…? いや、そんなはずは……」

 

 ぶるぶると震える両手で地面を突き、どうにか臥せった状態で辺りを見渡す奏は、焼けた地面と消えたノイズの軍勢という景色に自分の記憶の差異を確かめる。

 

 そして彼女達は、気付く。

 自分達の目の前に立ち塞がる橙色の鎧と、たなびく白いマフラーの持ち主の姿に。

 

「……⁉ …た、立花…?」

「おま……何で…⁉ 何やって…!」

 

 翼ははっと息を呑み、自分達を庇うように立っている少女を見上げ、眉間に皺を寄せる。

 遥か後方でノイズに拘束され、動く事もできなくなっていた彼女が、どうして自分達を守るように立っているのか。

 

 理解ができず、咎めるような厳しい口調になってしまったが、響は何も反応を返さない―――そもそも、聞いてすらいないように見える。

 

「響……お前、また…!」

「……」

 

 後輩の身に三度起きた異変に、奏は歯を食い縛りながら立ち上がろうとし、全身に力が入らずその場で崩れ落ちてしまう。

 

 響は奏に目もくれず、感情の消えた無の表情で前を―――鎧の少女が警戒心をあらわに身構える様を無言で見つめる。

 

「……お前、何しやがった」

 

 凄まじい敵意を見せつけ、鋼の鞭をしならせ何時でも動けるように備える鎧の少女。

 つい数秒前まで相手を戦いの素人と侮り、手を上げる覚悟も持てない甘ったれた弱虫と見下し蔑んでいた事を後悔するように、こめかみから冷や汗が滴り落ちる。

 

 そんな彼女の前で、響が徐に片手を上げると、いつか見た緑の光の蔦が伸び、響の掌の中に錠前の実をつける。そして、枷が外される。

 

アボカド!

「⁉ また新たな錠前だと…⁉」

 

 驚愕に声を上げる翼。その隣で奏は、自らの不甲斐なさを嘆き悔やみ険しい顔になり、響に向けて届かない手を伸ばす。

 響はその声にも反応せず、ベルトからオレンジの錠前を取り外すと、新たな錠前―――鰐梨(アボカド)を模した錠前を嵌め込み、ベルトの刀を勢いよく傾けた。

 

 

ソイヤッ! アボカドアームズ! 爆裂・バーニング!

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