明石「艦娘の夢を操る機械を作って欲しい?」 作:マロニー
提督「…しっかしそうなるとなぁ。なんつーか安易に効果的であったからずっと人死にの出る悪夢を見せんの続けてきた訳で。急にそれ禁止ってなると思いつかん。脳みそって錆びるんだな」
明石「まあ使わない所からみるみる機能が止まってくとかも言いますしね…こんな悪巧みに扱われる脳みそも可哀想ですが」
提督「可哀想だとか知ったもんか、元々俺のものなんだ。つー事で…そうだな、今度は青葉に行ってみる」
明石「青葉ちゃんといえば…カメラ、写真ですがやはりそういう?」
提督「ま、そうだな。それに関するようなものになると思うぜ」
明石「…勿論人死にが出る夢は論外ですが、人生賭けるレベルの趣味に関する悪夢を見せてトラウマを刷り込むっていうのもどうなんでしょうかね」
提督「そんな良心の呵責に似た戯言なんて聞き飽きたわ。よっしゃいくぞ!」
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最初の動機は、皆が喜んでくれたから。
そんな、至極単純な理由だったと思う。
でも、本当はよく覚えてない。何かを好きになった理由とかきっかけとかは、きっと後からつけるもので、それより先に好きだって想いはあるんだって、私はそう考える。
まあ、いづれにせよ私は。日常や、その日常に混じる非日常をこの手のひらの中のカメラで切り取る、その行動が好きだった。
シャッターチャンスを見つけて、ぱしゃり。
その瞬間が好きだった。
高じて、個人で新聞を作る事に決めた。
最初は不慣れだった記事を書くという事、情報を集める事、インタビューをする事。どれもが次第に楽しくなる。誰かと繋がれている事が嬉しかったのかもしれない。
それが重荷だと思った事は無い。その筈だ。
でも、単純に楽しさから作っていたそれは、段々やらなきゃっていう義務感へと変わっていってしまっていた。
楽しさや嬉しさが義務感に変わる、そんな頃。私は、それとは別に、ある焦燥感に襲われていた。
それは誰にも記事を顧みられないという焦り。初めは目新しさで目を引いていた新聞が日々を過ぎるにつれ『普通』になり、見る人が少なくなっていったという事への苛立ち。
もっと面白い記事を書かなければ。そうしなければ、誰にも省みてもらえない。
そうだ。見てもらわなきゃ。何としても。
その為にはもっと過激に。もっとセンシティブに。虚偽を混ぜてでも面白く。プライバシーを侵害しよう。スキャンダラスを追い求めよう。偏向的な報道で、更に面白く!
…それを続けた先にあったのは破滅だった。
それは私の信用も、周りすら破滅に追い込んだ。私のスキャンダルは、周囲の全てを疑心暗鬼に陥らせて、人間間の繋がりの全てを断ち切らせていた。
吊るし上げられた私に送られるのは罵倒と、軽蔑の視線。そこには私と繋がろうという者はいない。絆とか、愛情とか。それらを断たせた者には当然の末路だった。
そこまで見て、目が醒める。
跳ね起きたままの姿勢で、呆然と、肩で息をする。震えと汗が止まらない。
夢、夢だ。
ただの、悪い夢だったのだ。
安堵から息を吐く。
大きく溜息をつくつもりが、動悸のせいか、はっはっと短い息が何度もでる。
長い事経ち、その動揺からも醒めた。経った時間から遅刻かと思ったが、跳ね起きた時間が早かったらしくまだ間に合いそうだ。
身嗜みを整えて、制服を着る。さて。今日も頑張ろうと、カメラを手に取る。
それを見て、フラッシュバックした。
かしゃん。
「……あ…?」
恐怖で手が強張って取り落としたのだろうか。はたまた身体が拒絶して、床に叩きつけたのだろうか。今となってはわからない。もしかしたら殊更壊そうとしたのかも。
カメラが床の上で、壊れていた。
「……?」
事態が飲み込めなかった。これが海域での出来事だったら死んでただろうほどの唖然の後、目の前が真っ暗になる。
こわ、れた。
壊してしまった。
カメラが。このカメラを。皆の日々が映ったこれを。これもまた悪夢?違う。抓った腕は痛い。
どれくらい経ったのかはわからない。
ひょっとしたら数分だったかもしれないし、何時間も経ってたかもしれない。
きい、と扉が開いた。
そっちを向く気力すら無かった。
「大丈夫か?…って、大丈夫なわけないか」
その声で初めて誰だかわかった。
司令官だ。糸が伸びきった人形のようにして緩慢に、首だけ動かした。
言わなきゃ。どうしても。
「…ごめん、なさい」
「…何を謝る。どうして謝る。泣いているお前が、謝る事なんて何一つ無いじゃないか」
心配そうに、そう声をかけてくれる。
でも、違うんです。
私が謝らなきゃいけないのは––––
「…壊してしまいました。思い出がつまってたのに、想いがつまってたのに…」
「…!青葉、それ…!」
「……あ、あ。
司令官に、頂いた物なのに…ッ!」
そこから先は、言葉を発せられなかった。
どうしても言葉にならない嗚咽しか喉から出ない。視界が歪んで、何も見えない。
ふと。背中を、大きな手が撫ぜた。
「…そうだったな。俺がやった物だったな。
ここまで大切にしてもらえて、俺は幸せ者だ」
「…『コイツ』も、幸せ者だったな」
機械の残骸を見ながらそう話す司令官は、ただただ微笑んでいて。まるで、気にすることは無いと言わんばかりに。
「大丈夫さ。カメラが欲しいならもっと良いのをくれてやる。俺の贈り物であって欲しいなら、くれてやる。……『そいつ』がいいのなら、どうやっても俺が治してやる」
「思い出なら、これから山ほどある。俺が作ってやるとも。それを写していけばいい」
「…だから、もう泣くな。酷い顔だぞ」
その、全ての言葉が心を撫ぜた。
悪夢の記憶、目の前の絶望、叱咤と失望の恐怖。そのどれもが、この人の温かさの前に解けていく。
「…はは、ひどい、ですね…!」
その言葉を、ようやく絞り出せた。
それ以外はもう、泣いて泣いて泣き明かして。司令官はただ、そんな私を包み込むように居てくれた。
………
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青葉「…」
提督「…そろそろ落ち着いたか?」
青葉「…いや、その。すみませんでした。
出来れば触れないで頂けると幸いです。
…あと、今顔を見ないで頂けると…」
提督「はいよ。…深くは立ち入らないが。もう大丈夫なんだな?」
青葉「…ええ。もう。
私にはもう、『繋がり』がありますから」
提督「…?今度の記事の見出しか何かか?」
青葉「独り言ですよ、ふん」
提督「はは、拗ねるな拗ねるな。
…しかしその、何だ。カメラは気の毒だったな。それそのものもだが、データが…」
青葉「へ?データ、残ってますよ?」
提督「ん?」
青葉「やだなぁ、バックアップ。
取ってないわけないじゃないですか」
提督「…んん?じゃ、なんで思い出が無くなったみたいな事…」
青葉「そんな事は…言ったかもですけど。それは、ここで暮らしてきた思い出が、愛着がつまってたって事ですよ!」
提督「………はぁ、また、ややこしい…」
青葉「いや、でもでも!それでもショックだったんですよ!?」
提督「…まあ、それはさっきで十分わかったよ」
青葉「ぎゃ!触れないでくださいってば!」
提督「自分から触れられに来たんだろ!」
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明石「で、そのカメラがこちらです」
提督「おお、パーフェクトだ明石。
よくもここまで完璧に戻せたなぁ」
明石「伊達に艤装の整備とかやってませんからね。単純とまではいきませんが、それらに比べたらチョチョイのチョイですとも」
提督「よっ!流石!鎮守府の屋台骨!」
明石「えへへ、褒めても何も出ませんよ」
明石「…しかし、まさか壊してしまうなんて。よっぽど怖い夢見せたんですね」
提督「ん、ああ。多分、ほんの少しでも心当たりがあったから尚更怖かったんじゃないかな。それをリアリティが無いと思ったら、あくまで胸糞悪い夢を見た程度にしか思わん筈だ」
明石「そう思われないように散々内容を吟味しているくせに…」
提督「あ、バレた?」