明石「艦娘の夢を操る機械を作って欲しい?」 作:マロニー
提督(……)
明石「あ、おはようございます提督。
またロクでも無い事を考えてるんですか?」
提督「朝っぱらから失敬だな。それに俺の頭には最高のアイデアが詰まってるんだ」
明石「はいはい、わかってますよー」
提督(…ロクでもない事、か。
あながち間違いではないかもしれない。少なくともコイツにとってはな)
提督(俺は今度、こいつに例の装置を行おうと思っている…が、これで明石を動揺させるのは至難の業だ)
提督(というのも、こいつはこの装置を知ってしまっている。それ故、どう悪夢を見せようと思い悩むより先に俺を疑うだろう)
提督(…なら、疑わないレベルに恐ろしい夢を見せればいい!)
提督(…この判断が正しいのかもわからん。
が、一度決めた事を変えるのは男の名折れ!)
提督「うし、男は度胸!やってやるぜ!」
明石「な、なんかヤケに気合入ってません…?」
提督「ハハ、気のせいさ気のせい…」
明石「……?」
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「提督、出来ましたよ!試作品です!」
「おお!今回はまた随分と早いな!」
…?
何か不自然だ。
まあ、気にする程でもないか。
いいから話を続けよう。
彼と話がしたい。
「ええ、今回は–––––」
立て板に水と言わんばかりに口が回る。
楽しい。作る事自体も勿論だけど、それを使う人を見て、使う人が喜んでくれて、使い方を説明するこの瞬間が私は一番好きだ。
多分それは相手がこの人だからというのも…
いや、今はどうでもいい事だ。
ちょっと熱を帯びる顔を誤魔化すように新しく出来た装置の方へ。
うきうきと、目を輝かせて装置を動かすその男を、やれやれといった心持ちで眺める。
(全く、しょうがないなぁ…
いつまで経っても子供みたいなんだから)
私が支えておいてあげないと。
そう思った。
単純に、漠然に。この日常はこれから先10年、20年続くのだと勝手に思い込んでいた。
それの終わりは、
思ったよりずっと早かった。
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一人で、ただひたすらに工具、機械に向かっていた。そうでもしないと思考が再開してしまうからだ。
感情が、自分に出てしまうからだ。
ある日。ある時。彼は、提督は一人を選んだ。
自分を慕う女性に指輪を渡し、生涯を共にすごして欲しいと伝えた。
榛名さんがその対象だった。
とても、幸せそうだった。
……
…努めて使わないようにしていた大脳辺縁系がつい動き、感情のままに、手の内のドライバーを目の前に突き立てる。
「…私の方が先に好きになったのに。
私の方が愛しているのにッ!」
心で呟くつもりが、そんな声が喉から怨嗟の如く滲み出る。
ばぁか。
また、喉から漏れる、自嘲。
想いの優劣なんてつけれるモノじゃない。数値化も出来ないし、ましてや本当に彼女に勝ってるなんて言い切れるの?
そんな優劣をつけようとするのは自分みたいな馬鹿だけだろう。
先に好きになった。
それは確かにそうであると言える。彼が着任した時から私はずっと隣にいたのだ。途中から参加した者より長いのは当然だ。
–––でも。一緒に居た時間はきっと彼女の方が上なんだ。
急に世界が色褪せた。
目の前の機器は最早、魅力的ではない。
その先にある成功になんの意味があろうか。
無価値な栄光。
孤独な発明。
空虚な成功。
それを最早、少年のように喜ぶ人は居ない。
彼が交わしてくれた言葉を思い出した。
『ありがとう。お前のおかげだ』
走り出した。逃げるために、艤装すら持たずに。何から?誰からも追われてなんてない。
顔は赤く、なのに青くなっていて。靴はいつの間にか片方脱げてしまっていた。
海辺で立ち止まった。
ぱしゃりと足が浸かり、そのまま力尽きたように地面に手をつく。
逃げられない。
自分自身からは、自分の為して来たことからは、絶対に逃げ切れはしない。
昏い海面に映る自分の醜い顔が、それをただ重く、自分に実感させた。
何もないのに苦しい。
何もないから、苦しい。横に誰も居てくれない事が、こんなにも辛い。
そうだ。お前のおかげだと言われた。
榛名さんの背中を押したのは私なのだ。
発明にうつつを抜かし、彼と一緒に居ようとしなかったのは私なのだ。
結果がこの有様だ。
何も悪くなどない。悪いのは全部私だ。
何もかもが自業自得なんだ。
自分自身を掻き抱くように縮こまる。
二の腕に爪を立てながら、絶叫した。
「ああアアアァァァァッ……!」
後悔。憤懣。挫折。絶望。恋慕。胸を締め付ける全てをない混ぜにしたら、そんな、意味を持たない叫びしか出なかった。
努力不足の愚か者。
この絶叫はそんな私に相応しい結末だった。
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…最悪の目覚めだ。
これは、間違いない。
「〜〜〜ッ!あの人はぁー……!」
この悪夢はほぼ間違いなく、提督に見せられたものだろう。でなければこんな酷い夢を見る事は無い。
「もう!
今からでも文句言いに行ってやる!」
正直、空元気だった。
さっきまでの夢がまだ脳髄に残って、黙って滅入っているとどうにかなりそうだった。
ただ、今は彼の脳天気な顔を見たかった。
……彼の声がする。
部屋の外からでも、誰かと話している事がわかった。
誰と話しているんだろう?
怖いもの見たさで、ドアをほんの少しだけ開けた。バレないように、分からないように。
…榛名さんだ。
心臓がどくついた気がした。
ああ、そうだ。確かに提督は榛名さんに指輪を渡そうとしていた。この、夢を操る機械での被害の時に。そのまま渡す事は無かったがしかし、いつでも取りに来いと、そう言ってもいた。
どくん。
彼はそのまま指輪を、渡す。
幸せそうな顔で彼女はそれを受ける。
飛びつくように、榛名さんがキスをした。
……
………
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提督「…ったく、急にキスしてくるとは…流石にビックリだな。まあ悪い気はしないが…」
提督「…しっかし、ついに指輪渡しちまった。いや勿論役得でもあるが…荒れちまわねぇかなぁ…」
提督(自惚れじゃないが俺は相当数から好かれてるしな…それを危惧して今のところ誰にも渡して無かったんだが…)
提督(嗚呼、過去の俺は大馬鹿だ。どうして指輪渡すなんて方向性で愉しもうとするかなあ。あんな目で見られたら改めて渡さないわけにゃいかんだろうが)
提督「……ん?」
提督「…扉、きちんと閉めてた筈だよな。
なんで少しだけ開いてやがる」
提督「……」
提督「………まさか」