万華鏡の帝国   作:さいころ丸

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聖者の右腕篇、佳境です。今回も少し早い顔出しが何名か。


第九章 第四真祖の任務

 キーストーンゲート、人工島管理公社、その中枢。今、そこは修羅場と化していた。

 管理公社のみならず、絃神島のあらゆる情報を集約、解析する区画。そこに存在する機能とそこに詰める人員は、すべてのリソースをある二つの事象に割いていた。

 一つは()()()()侵入者への対策。約30分前にキーストーゲートに侵入した二名への対処。恐らくは殲教師の男と、眷獣に取り込まれたホムンクルス。

 何らかの目的で侵入を果たした件の二人組は、迎撃に赴いた特区警備隊(アイランド・ガード)の攻魔班二個分隊と重装機動隊一個中隊を蹴散らし、確実にその歩みを進めている。

 

 そしてもう一つ。

 

「管理公社内外からメインシステムに、非正規接続多数!」

「隔壁制御、アクセスを受け付けません!」

「警備ドローンに未確認のOSが展開!次々と稼働して行きます!」

「メインシステム、再起動失敗!対処速度が追随しない・・・!」

 

 それは、()()()()侵入者。二人組が侵入を果たし、特区警備隊(アイランド・ガード)の第一陣が敗北したのを見計らったかのように、新たな異常事態が始まった。

 こちらは前者よりも深刻だった。管理公社のメインシステムが何者かによって掌握されつつあるのだ。

 侵入者が悪意を以って成していることなら、被害は管理公社だけに留まらない。管理公社が管轄する電気、水道、情報通信を始めとするライフラインがこの瞬間にも一斉停止でもすれば。その最悪の可能性を避けるために皆状況に対処している。

 この区画に詰める職員たちは、一人一人が人工島管理公社のネットワーク・セキュリティを守るべく官民問わず集められたスペシャリストだ。だが、彼ら彼女らが一丸になっても、電子の侵入者に全く追いついていない。

 いっそディスプレイの向こうの二人組が、手当たり次第に暴れてくれないだろうか。事態に対処する何人かはそう思って画面の向こうの二人組を見るが、彼らは邪魔者のいなくなった通路を悠々と歩いて行く。

 その時、もはや敗戦場にも等しいその区画に1人の男が足を踏み入れた。

 

「全員、よく聞け。今から私が指揮を取る」

 

 20代半ばの男だった。髪をオールバックにまとめ、黒塗りのスーツを身に纏っている。

 絃神島の行政に隠然たる影響力を持つ一族の跡取りと目される男ーー矢瀬幾磨その人だった。

 

「まずは負傷した警備隊員を回収する。医療チームを手配しろ。二人組の方は監視を継続。ハッカーの方は後回しだ」

 

 不可解とも思える指示。説明を求められていると幾磨は視線で悟った。

 

「ハッカーの方の意図は明確だ。隔壁制御は力量の差がはっきりした侵入者と警備隊の接触を防ぐため。警備ドローンは時間稼ぎに使われるのだろう。手段は荒っぽいが、()()()の目的は我々と近しくしている」

「矢瀬さん、ハッカーの正体は一体・・・」

 

 職員の1人が幾磨に訊ねる。当然の疑問だった。

 

「正体は解らないが何者かであるなど、検討はつく。あらゆる防壁を魔法のように潜り抜け、ネットワークに繋がっているなら物理筐体をも自在にコントロールできる存在など」

 

 幾磨の答えに、皆が一様に息を呑む。そんな存在はいなかったはずだと、誰もが思っていたから。

 

「第四真祖に並ぶ、この絃神島の都市伝説。電子の世界において全能を誇るモノ」

 

 魔女。妖精遣い。エスパー。

 

 幾つかある()()を指し示す忌名から、幾磨は最も通りいいものを選んだ。

 

()()()()()だ」

 

 一瞬、時間が止まった。そのような与太話が、よりにもよって理性の権化である男の口から出た事実に。それが現実であることを示す状況に。

 

「二人組の方は南宮那月に頼るしかないな、急いでーー」

 

 沈黙する職員を他所に、幾磨は自身の通信端末を取り出す。幾磨は公人として、南宮那月に緊急の直通連絡を出せる人間の1人だ。

 だが、その端末が幾磨が使う前に鳴動した。何者かからの通信だった。通話ボタンをタップし、耳元に端末を寄せる。

 

「・・・・・・」

 

 数分間、幾磨は身動ぎもせず、表情も動かさずにいた。やがて短く、

 

「承知しました」

 

 そう言って、漸く端末を耳元から離した。

 

「・・・行き当たりばったりだな。これで本当にどうにかできるのか」

 

 その呟きの真意を、理解できるものはそこにはいなかった。

 

 

 

§ § § § § § § § § § § § §

 

 

 

 キーストーンゲートの正面玄関前に、古城と雪菜はいた。雪菜からの吸血で、古城の肉体は全快している。オイスタッハに貫かれた制服さえーーアスタルテに着せたジャケット以外はーー元通りだ。

 オイスタッハとアスタルテを止める。それが古城と雪菜がここに来た目的だ。一刻も早く、彼らの元へ辿り着かなければならない。

 

 だが、2人は足止めをくらっていた。正面入り口に、南宮那月が仁王立ちしていたからだ。

 

「お前たち。こんなところで何をしている」

 

 向ける眼差しは剣のように。だが2人は一歩も退かない。

 

「この先に用があるんだ。そこを退いてくれないか、那月ちゃん」

「教師をちゃんづけで呼ぶな。お前たちこそさっさと家へ帰れ」

 

 那月は視線を古城から雪菜へ移す。雪菜はすでに雪霞狼を抜いている。自分が何者かを隠しもしていない。

 

「その槍の造り・・・やはり獅子王機関か。大層な得物だが、その使い手がこんな小娘とはな」

「・・・その台詞は鏡を見てから言ったほうがいいともいます。那月、ちゃん」

 

 那月からの安い挑発を、雪菜は下手な挑発で返す。那月の眉がピクリと動いた。多少でも効き目があったことに、古城は内心驚いた。

 

「那月先生、こんなところで立ち往生してる場合じゃないんだ。中でやばいテロリストが暴れてんの、知ってんだろ」

「殲教師と、眷獣付きの人造人間(ホムンクルス)の二人組。それとは別口でどこぞの特A級のハッカーがな。後者は放置で問題無い。二人組の方も、私が出張れば事足りる。見習い剣巫と眷獣一匹出せない童貞吸血鬼(コウモリ)の出る幕は無い」

「先輩は・・・もう、違います」

 

 そうつぶやいて、雪菜は髪をたくし上げて自分の頸を那月に向かってみせた。そこに残る皮膚を穿った痕。吸血鬼特有のキスマークを。恥部を晒すような羞恥が湧くが、今はそれどころではない。雪菜の大胆とも言える行動に、古城も那月も目を見開いている。

 

「先輩は、すでに眷獣の一体を掌握しています。今ならきっとーー」

 

 雪菜はそれ以上の言葉を続けられなかった。那月の表情が、憤怒のそれに変じていたからだ。先程までの大人としての厳しさを宿したものではない、ひどく個人的な感情の発露。その意味を測る前に、古城は雪菜を庇うように一歩足を踏み出した。

 

「どうしたよ。あんたのそんな顔、初めて見るぜ」

「・・・獅子王機関の下卑らしさに、辟易しただけだ。こんな女子中学生に()()()()のような真似をさせるとはな」

 

 那月の怒気の理由は取り敢えず言葉通りものとして流した。その上で、古城もまた僅かな怒りを宿して反駁しようとする。

 

「那月ちゃん、あのさ」

「古城、お前はこの状況が偶然だと思っているのか。獅子王機関から()()()()()()()()()()()()()矢先に起きた連中の蛮行は」

「やめろ」

 

 今まで利いたことの無いような口調で那月の言葉を古城は遮る。

 

「陰謀論なんか今は興味ねえし、那月ちゃんの言葉だって気に食わない。雪菜は勇敢な剣巫だ。嘲りのような物言いを受ける理由は無い」

 

 決然と古城は語る。その言葉は、弾劾のような指摘に俯きかけた雪菜にも向けられた言葉だった。

 雪菜に背を向けている古城は気づいていない。顔をあげた雪菜の視線の熱を。冷たいものを振り払った心臓の高鳴りを。

 

「誰に何を言われようが、何を考えていようが関係ない。オイスタッハとアスタルテを止める。これはもうーー第四真祖(オレ)任務(ケンカ)だ」

 

 その言葉に呼応するように、雪菜は一歩踏み出して古城の隣に立つ。今投げかけられれた言葉こそを、真実にしたいから。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの任務(ケンカ)です」

 

 並び立つ少年と少女の姿に、魔女は我知らず奥歯を噛み締める。苛立ちの理由はーー若人の青臭さが鼻についただけだろうか。

 

「・・・上等だ。もう廊下にバケツでは済まさんぞ、ひよっこども」

 

 那月から戦意が立ち上る。戦端が開きかけた、その瞬間、

 

「少々大人気ないのでは?那月先生」

 

 那月と古城達の間に、1人の女が現れた。コマ落としのように突然に。鮮やかな巫女装束を身に纏い、その顔は薄絹に覆われて見えない。

 誰だ、と古城が誰何する前に答えが出た。

 

「“静寂破り(ペーパーノイズ)”・・・!」

「三聖様!?」

 

 那月は忌々しく、雪菜は驚愕を以て女の名を呼ぶ。

 2人の反応で古城も察する。三聖。雪菜を始めとする剣巫の師。獅子王機関の長、その1人。

 

「第四真祖、彼女は私が引き受けます。御身はキーストーンゲートへ」

「もう隠しもしないか。潔い事だな、()()()

 

 “静寂破り(ペーパーノイズ)”の言葉に促されて、古城と雪菜は駆け出した。どこかで聴いたことのあるような声も、聴き流すには辛辣過ぎる那月の揶揄も、今は後回しにするしかない。

 

「舐めるな!通れると思ったか!」

 

 那月がそう吠えると、虚空から無数の銀鎖が躍り出た。それは宛ら蛇のように、古城と雪菜に襲いかかる。

 

「舐めないでください。捕らえられると思いましたか?」

 

 直後、2人の姿が掻き消え、那月の背後に再出現した。古城は一瞬怪訝な表情をするも、

 

「先輩、早く!」

 

 “静寂破り(ペーパーノイズ)”の能力を知っている雪菜は即応した。古城も即座に意識を切り替えて駆け出そうとしーー

 

「三聖!あんたの名前は!」

「先輩!?」

 

 踏み留まって背後を振り向く。慮外の行動に雪菜は驚愕を禁じ得ない。その無意味な隙を“空隙の魔女”は見逃さない。那月は今度は空間魔術を発動させて古城と雪菜を捕捉せんとする。だが、それもやはり防がれた。ノーモーション、不可視の魔術を、同じく不可視の何らかの呪術が。三聖は決して一芸だけに秀でた存在ではない。

 やはりいつの間にか古城達と那月の間に立っていた“静寂破り(ペーパーノイズ)”。視線は那月に合わせられているが、薄絹の下の顔は苛立ちを帯びている。古城もそれを感じていたが、それでも言うべきことがあった。

 

「・・・三聖筆頭、閑古詠」

 

 説得するより早いと思ったか、煩わしげに“静寂破り(ペーパーノイズ)”ーー閑古詠は答える。

 

「古詠さん、あんたにはーーあんたらには話したいことが山程ある。だから、やばそうなら構わず逃げろ」

 

 それだけ言って、古城は走り出した。雪菜もそれに続く。古詠に背を向けるその一瞬、不安気な眼差しを彼女に向けて。

 遠ざかっていく足跡を聞きながら、臨戦状態を維持している意識の一部が物思いに拭けるのを古詠は自覚した。古詠は第四真祖にも暁古城にも特段思うところは無い。それでも自我の一端が眼前の戦場以外のことに目を向けたのは、今の言葉がここに来る直前に言われた言葉と酷似していたからだ。

 

 ーー緋稲さん、あんたの実力は解っている。それでも、やばいと思ったら逃げてくれ。

 ーーあんたと那月先生が本気で戦りあえば、俺にできることなんて何も無いんだから。

 

 自分を恋い慕う、歳下の少年。一年前に始まり、今年の春に意味を持った縁。相反する理性と感情から絞り出た懇願に、自分は何と答えたのだったかーー。

 

「意外だぞ。三聖筆頭が直々に第四真祖の覚醒をお膳立てとはな」

 

 那月は古城達を追うには古詠を退ける必要があると認めたようだ。激情を滲ませた詰問を、古詠は柳に風と受け流す。

 

「私も意外でしたよ。貴女がここまで()()するなんて。待機命令が出たと聞いていましたが」

 

 那月は半日前の連絡を思い返す。古城の尋問中にかかってきた電話は、彼女に()()を下せる数少ない相手からのものだった。結果は現状が示す通り、無意味なものだったが。

 

「あの連中の所為で私は夏のバカンスを潰されたんだ。とびきりきつい灸を据えてやらねば気が済まん。上層部(うえ)の意向など知ったことか」

 

 傲岸不遜、破戒無慙を地で行く彼女らしい言葉だった。古城が予想した通りの動機である。だが、古詠は薄絹の下で怪訝な表情を浮かべた。古詠を知る人間からすれば、信じられないと思うほど感情が滲んだ顔だ。

 

「今更そんな建て前を言いますか。もう少し素直になれば可愛げがあると言うものですよーー那月()()()

 

 ぶちり。

 

 何かが切断された音が確かに宙に響いた。今日一日の間に溜まりに溜まった彼女の鬱憤は、その一言で臨界点を超えたらしい。しかもよりにもよって。

 

「貴様がそれを言うか!不感症系テンプレ地味娘が!!」

 

 薄絹の下の顔を知っている那月は、眼前の敵をそう分類(カテゴライズ)した。怒号と共に、空間を埋め尽くさんばかりの勢いで魔法陣が展開される。指数関数的に脅威度が増していく戦場を、古詠は常と変わらぬ面持ちで見つめている。寧ろ那月の逆鱗を思いっきり逆撫でできたため、若楼主などと言う蔑称をぶつけられた溜飲が下がる思いだった。

 

「暴言暴力系ヒロインよりはまだ市民権があるかと。もう時代ではありませんよ、貴女の属性(それ)は」

 

 この日最大となる激戦の火蓋は、そんな軽口で切って落とされた。

 

 

 

§ § § § § § § § § § § § §

 

 

 

命令完了(コンプリート)。目標を目視にて確認しました」

 

 機密隔壁をこじ開けて現れた、虹色に輝く人型の眷獣。その中に取り込まれた人造人間(ホムンクルス)が、状況の推移を告げた。

 異形の背後から歩み出た異邦の殲教師は、まっすぐとその部屋の中心へと歩みを進める。

 

「おお、おお・・・!漸く、たどり着いた。半世紀前に奪われた至宝、尊き我らの父の不朽体に、やっと・・・!」

 

 中心にあるのは、1メートル足らずの半透明の石柱だった。殲教師、オイスタッハはその石柱に優しく手を添えて跪いている。

 否、オイスタッハが跪いているのは実際には石柱に、ではない。正確にはその中に浮かんでいるモノーー何者かの()()に対して、オイスタッハは文字通り膝を折るほど感涙に咽んでいた。

 やがてオイスタッハは最後の命を人造人間(ホムンクルス)に下すべく、哄笑と共に立ち上がった。

 

「もはや我らの行く手を阻むものは無し!アスタルテ!あの忌まわしい楔を引き抜き、頽廃の島に裁きを下せ!」

 

 命令を受けたホムンクルス、アスタルテは、しかし動かない。オイスタッハが疑問に思う前に、その理由を告げる。

 

命令認識(リシーブド)。ただし前提条件に誤謬があります。ゆえに命令の再選択を要求します」

「何?ーー!」

 

 アスタルテの命令拒否の原因に、オイスタッハもすぐに気づいた。今し方自分たちが破壊した機密隔壁とは、石柱を挟んで反対側。別の隔壁が音を立てて開いたからだ。

 現れたのは、二つの影。

 一つは赤い瞳に三つ巴の紋様が浮かんだ少年。もう一つは銀色に輝く機槍を携えた少女。

 

「悪いな。今の命令は取り消(キャンセル)させてもらうぜ、オイスタッハ」

 

 第四真祖にして異界記憶保持者ーー暁古城は瞳に宿る力に釣り合うように、精悍な表情でオイスタッハと対峙した。




次回、決戦。

◆補足
閑古詠/緋稲古詠:三聖筆頭。原作よりも早く古城くんと接触。そして那月ちゃんとガチバトル。でも残念ながら過程はオールカットの予定。そしてちゃん付け。

南宮那月:原作より沸点が低い?その通り。理由は用意してありますが、当分秘密です。今回は那月ちゃんにヘイトが溜まりそうな役回りをさせてしまいましたが、作者は那月ちゃんが大好きです。だから文句は作者まで!

電子の女帝:本作では正体不明の都市伝説。誰なんだろーなー。管理公社のプロのエンジニアが束になっても叶わない特A級ハッカーていたかなー(棒)

矢瀬幾磨:原作よりも早めの登場。今回はほぼチョイ役。

歩き巫女/若楼主:獅子王機関を指して那月ちゃんが使った辛辣な比喩。本来の意味はグーグル先生で・・・でもぶっちゃけ、獅子王機関の女性たちって中々の「手練れ」では?
・絃神島設計者の孫にして武神具の天才的開発者→当時の三聖筆頭候補にオトされる
・大財閥の後継者にして過適応者→当代三聖筆頭にオトされる
・第四真祖→言わずもがな。

決め台詞:「戦争」ではなく、「任務」にルビ振り。オイスタッハ戦では、別の決め台詞を使う予定。

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