万華鏡の帝国   作:さいころ丸

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前回が長すぎたので今回は短め。


第二章 監視役の少女

 空気が穏やかになってきたところで、今度は古城の方が雪菜を知る番になった。

 

「さて、今度は雪菜の方から話してもらうぜ。雪菜は何のために絃神島に来て、オレを尾行してたんだ?」

「任務、です。絃神島に現れた第四真祖を監視せよと」

「監視、ね」

 

 それだけじゃないんだろうと、古城はそう匂わせて呟く。そう、それだけじゃない。けれど、それを言うのが今はなぜか心苦しい。この暖かい手の先輩に、冷たい事実を告げるのを躊躇してしまう。だが、生真面目な雪菜は嘘も沈黙も選べなかった。

 

「監視対象が危険と判断した場合、全力を以てこれを排除――抹殺せよとも命じられています」

「穏やかじゃねーな。理解できないわけじゃないけどな」

「理解、できるんですか」

「今の世界の均衡は、3名の真祖で3竦みが出来上がっているからだろ。4番目なんて現れたら、その均衡が崩れるかもしれないってのは当然の不安だ。ましてそれが日本なんだからな」

「先輩は、それでいいんですか?」

「雪菜こそいいのか?元々暮らしていた場所から離れて、たった一人でいつ終わるか解らない監視を命じられて」

「私は……これが任務ですから。我が儘を言っても仕方がありません」

「ならオレは、これが巡り合わせだから。ジタバタしても仕方がない」

 

 その言い方はずるいと雪菜は思った。古城の表情は相変わらず穏やかで、自身の境遇を悲観している様子は無い。

 

「別に第四真祖だってことを触れ回って、自分から世の中に迷惑をかけるつもりなんてない。考えようによっちゃ、新しい女友達ができたとも言えるんだ。アンラッキーなんて思わないさ。雪菜にしても、その方が仕事が楽だろ?」

「それは、そうですけど……先輩が第四真祖であることを知っているのは、この島ではわたしだけなんですか?」

「いや、一人だけいる。南宮那月。うちの学校の英語教師で、〝空隙の魔女〟って言われてる人だ」

 

 予想外のビッグネームに雪菜は息を呑む。国家攻魔官、南宮那月。古城の言う通り、〝空隙の魔女〟の異名を持つ攻魔師。高等魔術である空間制御を自在に使いこなし、三聖にも匹敵しうるという魔女。そのような人物が学校の教師を勤めているという。何かの冗談のようでもある。

 

「オレが吸血鬼だってことと異界記憶保持者だってことの両方を知ってるのは、今のところこの島では那月ちゃんと雪菜だけだ。後者の方だけってのも多くはねーけどな」

「な、那月ちゃん?」

「具体的には母親と妹の凪沙、藍羽浅葱っていう同期の女子。凪沙がショッピングモールに連れてったヤツだ。島の外まで広げると話がまた変わるがそっちは割愛」

 

 雪菜の疑問を自然にスルーし話を進める。馴れ馴れしい呼び方の理由は一旦置くことにして、雪菜は気になったことを訊くことにした。

 

「南宮那月……先生が、先輩が第四真祖であることを知ったのはどういった経緯で?」

「それなんだけどなー……くそっ」

 

 途端、古城は渋い顔をする。いや、渋いどころではない。玉のような汗が浮かんだ表情の歪みようは明らかに痛みを堪えている。手にしたペットボトルが地面に落ち、中身がぶちまけられる。思いもよらない反応に、雪菜は狼狽えた。

 

「せ、先輩?」

「オレが、第四真祖の力を得たのは今年の春。先代の〝焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)〟からその能力と命を奪った、んだと思う。でものその時の記憶が無いんだ。那月ちゃんは何か知っているようなんだけど教えてくれない。無理に思い出そうとすればこのザマだ」

 

 雪菜はスカートのポケットからレースのハンカチを取り出し、古城の汗を拭う。その手つきは優しく、心から古城を労わっているのが解る。

 

「先輩の事情は概ね理解しました。嘘をついている様子もないことも」

「信じてくれるのか?」

「はい。先輩は……少しいやらしいですけど、悪い吸血鬼ではないように感じました」

「どうせなら『いやらしい』ってとこも撤回してくれていいんだぜ?」

「それはお断りします」

 

 古城の申し出は素気無く却下された。やれやれといった顔で肩をすくめる。気を取り直すと、古城は右手を差し出した。雪菜は怪訝な表情を浮かべる。

 

「オレもお前も変わった境遇だけど、できれば仲良くやっていこうぜ。お互いの平穏な生活の為にな、雪菜」

「任務に支障が無い範囲でなら。くれぐれも変なことはしないでくださいね、古城先輩」

 

 釘を刺すような物言いとは裏腹に、雪菜は微笑みを返しつつ古城と握手を交わした。雪菜の言葉に、古城はにかっと笑ってみせた。

 

「やっと名前で呼んでくれたな」

「あ……」

 

 意識したわけではなかった。ただ自然と、当たり前のように古城の名を呼んでいた。

 

「それにやっと微笑(わら)ってくれた。()けまわってた時からこっち、状況説明と辛気臭い話で憮然とした顔ばっかしてたからな。うん、やっぱり綺麗だな」

「~~~~!だから、へんなこと言わないでください!行きますよ、妹さんだってそろそろ帰ってくるんでしょう!」

 

 古城の手を振り解き、踵を返してすたすたと歩きだす。長い髪の隙間から覗く耳は赤く染まっていた。微笑ましいもの見るような目で古城はその背中を追ったが、ふと気が付いた。

 

「行く?――雪菜、お前の住んでいるとこって何処だ?」

 

 半ば答えを確信しながら、古城は雪菜に問いかけた。

 

「そんなの勿論――」

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

『お帰りなさいませ。姫柊雪菜様。業者の方から、お部屋の家具のセッティングは完了したと連絡を受けています。どうかご確認ください』

 

 静脈認証が備え付けられたドアを開けると、玄関にいたのは白い球体に4つの車輪がついたドローンだった。このマンションの各部屋に設置されている、住人用のサポートドローンだ。機械が発したとは思えない抑揚のついた言葉。雪菜は面食らってその場で立ち尽くしてしまった。

 

「ほら、お前の部屋だろ。ぼさっとすんな」

 

 とんと背中を押して前へ促す。靴を脱いでリビングに入ると、既にコーディネートされた調和のとれた住宅空間が広がっていた。

 キッチンカウンターに対してT字に置かれた木目柄のテーブル、窓と直角になるよう壁際に配置されたテレビ、その他、広々とした空間を彩るインテリアの数々。本土にいたときに予め注文していた通りの環境になっていた。

 絃神島には新しい住人をターゲットに、先行して住宅環境を整えるサービスがある。家具を注文しそれをどのように配置するのか、専用のWebサイトから指定する。後は業者のドローンが自動で為済ましてくれる。本土より科学技術が進んだ、絃神島ならではのサービスだった。

 

「お洒落じゃないか。雪菜が一人で決めたのか?」

「いえ、友達と一緒に決めたんです。わたし少し……すこし、機械が苦手でしたから。その辺りを助けてもらいながら、私を含めて4人で意見を出し合ったんです。急とはいえ1ヶ月はありましたから。」

「ふーん、すこしね。このマンションは全部スマートルームだぜ?取説はちゃんと読んだか?」

「……あれは新手の魔導書だと思います」

 

 雪菜は絃神島に到着した後、自分の部屋には向かわず即座に古城の捜索を行った。住所は把握しているし第四真祖の方が急を要すると考えたからだが、本土とは違い過ぎる住居の概念から逃げたというのも大きい。

 ホームオートメーション搭載だのAI住宅だのが書かれたあの手引書を前にしたら、何日も動けなくってしまいそうだった。

 

「けど、やっぱり広いですね。こんなに家具が置いてあっても」

「そりゃ核家族向けの部屋だからな。一週間前までこの部屋にいた山田さんも、4人家族だったし。3LDKなんて、一人暮らしをするには少し手に余るもんだ」

 

 雪菜の住居はやはりというか古城と凪沙が暮らす部屋の隣だった。1週間前、山田一家が慌ただしく引っ越していったのは記憶に新しい。あの時は妙だと思ったが今は納得できる。獅子王機関が手を回したのだろう。

 

「監視の為とはいえ手が込んでんな。山田さんたち、大丈夫なのか?」

「今より良い条件の住宅を提示したうえで、円満に立ち退いてもらったという話です。問題は無いかと」

 

 それを聞いて古城は安心した。秘された特務機関とはいえ公僕組織。無関係の人間を不幸にするような真似はしないらしい。

 

「さて、じゃあオレは帰るよ。そろそろ凪沙が帰ってくる。あいつの機嫌を直してやらないとな」

「はい。それじゃあ古城先輩、また明日」

「おう、また明日な。なんか解らないことがあったら、気軽に声をかけてくれ」

 

 そう言って古城は雪菜の部屋を後にした。が、その直後。

 

「え、古城君?」

 

 今まさに自宅のドアを開けようとした凪沙を鉢合わせした。しかも浅葱も一緒だった。凪沙は目を点にしているが浅葱の方は涼しい顔だ。その手に抱えているビニール袋に入っているのは今日の夕飯だろうか。

 

「なんで隣の部屋から出てきたの?山田さんは引っ越して……」

 

おかしい。浅葱の連絡では帰宅まであと15分程との話だった。マンションの玄関まで凪沙を送ったらもう十分だとも伝えた筈。情報と現実が一致していない。

 

「凪沙と浅葱?なんで一緒に……」

「さっきはちょっと言いすぎちゃったから、ちょっとお夕飯はご馳走にしようかなって。どうせなら浅葱ちゃんも一緒にって……」

 

 浅葱が凪沙の視線の外でにやりと笑う。

 

 ――謀りやがったこのヤロウ。

 

 事情をろくに語らず力を貸せと頼んだことへの意趣返しがこれか。呻くしかない古城を後目に、浅葱は古城が出てきた部屋の前まで歩いて躊躇いなくインターホンを押す。ドアの向こうから人が歩いて来る気配がする。この様子だと、恐らくカメラは確認していない。

 

「古城先輩?どうし――」

 

 当然、ドアを開いた先にいたのは古城ではなく浅葱。どこか作り物めいた笑顔を浮かべて、浅葱は言う。

 

「こんにちは。あたし、古城の友達の藍羽浅葱。今、あなたの部屋から古城が出てきたみたいなんだけど?」

「えっと、それは……」

「一人暮らしなのかしら?ちょっと迂闊よー、あなたみたいな娘がそう簡単に男を家にあげちゃ」

「古城君、凪沙と別れた後、どこで、何を、してたのかなあ……?」

 

 早速問題発生だ。勘弁してくれと、古城は呟いた。

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 陽の光の差さない、高く広い部屋がある。部屋を埋めつくさんばかりに、円筒形の水槽が並んでいる。そのどれもが罅割れ、何年も手入れされていないことが解る。

 だが一つだけ、琥珀色の溶液が満たされた水槽がある。その内にあるのは、一糸纏わぬ藍色の髪の少女。

 水槽の前には漆黒の法衣を纏った金髪の男。男が水槽のガラスに指を這わせるたびに、収めている少女に纏わる様々なデータが浮かんでは消えていく。

 カツカツ、と男の背後から足音が響く。足音から協力者の訪問だが、男はデータの確認に余念が無い。協力者もそれを気に留めなかった。

 訪れたのは若い女だった。漆黒の巫女服を身に纏い、闇色の髪を肩口で切り揃えていた。女は男に問いかける。

 

「経過はいかがですか?」

「良好です。これなら間に合うでしょう。感謝しますよ。わたしをこの島まで案内して頂いて」

「それが契約でしたから」

 

何の感情も伺えない声だった。取引が始まってから、背後の女が感情を見せたことは一度も無い。ただ淡々と、契約に沿って行動するのみ。

 

「では、残りの料金の振り込みをお願いします。こちらの端末にサインを」

 

 巫女服の袖口から取り出したタブレットを投げつける。男は振り返ることなくそれを受け取る。示された金額は国際基軸通貨、$を末尾に常人なら目が飛び出るような数字が並んでいる。

 男は淡々とそれに『了承』のサインをしてやはり後ろを振り返ることなく投げ返した。女はそれを受け取ると、恭しく一礼する。

 

「それではまたのご利用を。ルードルフ・オイスタッハ様」

 

 女の足音が遠ざかっていく。男――ルードルフ・オイスタッハはこれからの状況を思い、静かに笑みを零した。

 




設定の変更により、序章と第1章の一部を修正しました。
変更内容を含めた現段階で公表できる設定は『本作設定集(聖者の右腕・前編)』からご確認ください。

原作を読み返して話を練り直すので、次回は少し遅れるかもしれません。
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