万華鏡の帝国   作:さいころ丸

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お待たせしました。第六章です。
次回もリアル事情で遅くなるかもしれません。


第六章 魔族特区、絃神島

「よー、凪沙ちゃん。それにみんなもお揃いで」

「あ、浅葱ちゃんに倫ちゃん、矢瀬っちだ。やっほー」

 

 昼休み、凪沙は甲島桜、進藤美波、叶瀬夏音、姫柊雪菜の5人で食堂にいた。昼食を半ばまで食べ終わり、その後は編入生の雪菜に学校を案内する予定だ。

 矢瀬基樹、藍羽浅葱、築島倫が鉢合わせしたのは丁度そんな時だ。手には買ってきたばかりと思われるセットメニューを載せた盆を携えている。

 

「君が編入生?高等部でも噂になってたぜ。すげー可愛い子が中等部にやってきたってな。うん、確かにこりゃ美人だわ」

「両手に花の状態でまだ足りませんか、矢瀬先輩」

「見てみれば綺麗どころばかりじゃない。矢瀬君、完全にアウェーね」

 

 先輩相手に一切物怖じしない桜と、からかうように続ける倫。基樹は気にした風も無く、近くの空き椅子を取って彼女らの輪に加わる。倫、浅葱もそれに続いた。

 

「矢瀬先輩、藍羽先輩、築島先輩……古城先輩がいないのは珍しいですね」

「あら、残念だった?」

 

 疑問を口にした美波に浅葱が訊き返す。同性でもドキリとするような微笑みで返され、美波は途端にしどろもどろになった。

 

「い、いや、中学の頃は4人でよく一緒にいたからどうしたのかって思っただけですよっ。ほら、あたしバスケ部ですし!先輩たちにはよくしてもらいましたから!」

 

 進藤美波は現役のバスケ部員で、古城、基樹、浅葱、倫もかつてはバスケ部に所属していた。特に倫は先日の全中において、彩海学園バスケ部をベスト8に導いた立役者だ。9月入学制の彩海学園は6月に卒業式があるが、8月の最終日までは学生のため、全中、IHにも問題なく参加できる。

 しかし――

 

「あれ、でも古城先輩は――」

 

 そこで雪菜は思い至る。古城は写輪眼という特異体質を持ち、今や第四真祖。そういった常人のスポーツの祭典には向かない存在の筈だ。そしてうっかり口を滑らしてしまったことに雪菜は気付いた。今口にしかけた疑問は古城が人間として異端であることを前提としたものだ。だが周囲の反応に驚きは無く、寧ろ雪菜の疑問に対して些かずれた回答が美波と倫からあった。

 

「あ、雪菜って古城先輩が能力者ってことは知ってるんだね。問題ないよ、古城先輩が所属してたのは魔族・能力者混合バスケ部だから」

「え――?」

「幾らアンフェアだからって、魔族や能力者がアスリートになれないのもアンフェアでしょう。それを解消するために、性別、種族、能力も不問の運動部があるの。矢瀬君と古城君が所属していたのはそのバスケ部よ。彩海以外でもそういう部活はあるわ。その手のチームの日本一、世界一を決める大会もね」

「皆さんは、古城先輩の事――」

 

 美波も倫も――いや、浅葱と凪沙以外も古城の能力を知っている?古城は異界記憶保持者の事さえも知っているのは絃神島では母と凪沙と那月、それに浅葱だけと言っていなかったか?どういうことだろうと思っていると、疑問は夏音が答えてくれた。

 

「お父さんが聖職者の家系で、お母さんが能力者だから、変わった眼をもったと教えてくれたことがありました。凪沙ちゃんもお兄さんとは違う力をもっていると」

 

 成る程、と雪菜は納得した。表向きはそういう風に説明しているのだろう。確かに嘘は無い。三聖から降りてきた古城の報告書にも、父・牙城と母・深森の事は美波の言う通りの記載があった。本当の能力の由来は伏せ、差し障りの無い範囲だけ周囲には話している、ということか。

 

「凪沙ちゃんも能力者だったんだ」

「昔の話だよー。凪沙は少し巫女さんの真似ができた程度で古城君の方がずっと派手だし」

「リアル邪気眼があるなんて初めて知った。矢瀬先輩なんかは耳が少しいいだけでずっと地味なのに」

「俺を引き合いに出す必要無くねえか桜ちゃん」

 

 基樹もまた過適応能力者であり、その能力は常人より聴覚が幾分発達しているというものだと本人は言っている(・・・・・・・・)。桜の言う通り、目にはっきりと文様が浮かび人間の動きを先読みするという古城の能力に比べれば幾分地味だ。

 

「あんな目立つ目ん玉持ってるのに試合ではエースてわけじゃなかったんだよな。寧ろサポートが多かったていうか。派手にダンクを決めてディフェンスの注意を引いたと思ったらパスでアシストしたりとか」

「そういった変幻自在のプレイスタイルからついたあだ名が〝彩海の忍〟。本人は気に入ってないようだったけど。『あだ名がつくような忍ってなんだ』って」

「けどコートでのお兄さん、かっこよかった、でした」

 

 夏音が花の咲くような笑みを浮かべる。その脳裏には、実像より幾分美化された古城が映っているのだろう。

 

「それでさ、結局古城君は――」

 

 がちゃん、と凪沙が座る席のすぐ後ろで硬質な音が響いた。驚いて振り向いてみればどうやら歩いている途中に食器を落としてしまったらしい。見知らぬ女子学生が慌てて床に散らばった食器を友人と思しき少女たちと片付けようとしている。年恰好からして、恐らく新入生たちだ。

 

「ゴ、ごめンなさイ、センパイ――」

 

 普段の凪沙なら、気を害することなどなく寧ろ手伝おうとさえしようとしただろう。だが、今回は運が悪かった。

 たどたどしい日本語やストロベリーブロンドの髪以上に目立つ、頭頂部から突き出た獣の耳と、ピアス型の装飾具。彼女は獣人種の魔族だった。それを認識した途端、凪沙の心臓が早鐘を打つ。冷汗が滲み出て体が動かない。

 

「ア……」

 

 だが、凪沙の様子に少女もまた傷ついた顔をした。凪沙も少女の悲しい眼差しを受けて、恐怖に染まる心に「後悔」の念が芽吹く。

 

「大丈夫?怪我はしてない?」

 

 浅葱が凪沙の視界を遮るように少女をの傍らに膝をつく。食堂の食器はすべてプラスチック製なので割れて破片になることはない。食事も終えた後だったのだろう、少女に汚れがついているということも無かった。

 

「ア――はイ。アリガト、ございまシた……」

 

 床の上の食器を片付けると、言葉少なめに、少女は友人たちと食堂を後にした。基樹は十分に離れた少女たちの会話を、その聴覚で聞き取る。

 

――大丈夫。わたしたちが辛い思いはさせないから。

――きっとわかってくれるよ、あの先輩だってさ。絃神島を信じてあげて。

 

「あの獣人の子、たぶん最近海外から移住してきた魔族だな」

「矢瀬君、そういう能力の使い方はよくないわ」

 

 倫が咎める視線を基樹に向ける。凪沙は基樹の言葉を聞いて、より後悔が増したようだ。雪菜は凪沙の表情に差す陰が、昨日と今朝と同じものだと解った。

 

「凪沙ちゃん、どうしたの?様子が変だったけど」

 

 だが、雪菜も何となく凪沙の様子に心当たりは付いていた。魔族を前にした途端のあの怯えた表情、恐らくは――

 

「凪沙、魔族がちょっと怖くてね。とくに獣人とか吸血鬼とか。昔、すごく怖い目にあったから……。駄目だと思ってるんだけどね、こういうの。怖がられるほうだって傷つくのに」

 

 やはり、魔族恐怖症。症状がどの程度かわからないが凪沙はそれを患っている。だが凪沙はそんな自分自身に忸怩たる思いを抱えているようだ。

 

「確かに、過度な恐怖は相手からしてみれば〝差別〟と見做されるかもね。魔族特区外の能力者や魔族が差別や迫害の憂き目にあうなんて例は現代でもあるもの。聖域条約非加盟国どころか、この日本でもね」

「そういった連中の安息の地として魔族特区がある。魔族特区にも打算はあるだろうがな」

 

 基樹と桜の話を聞いた雪菜は、古城と凪沙の姿が脳裏に過った。

 

 ――そういう人たちだって、ちゃんといるんだよね……。

 ――絃神島を異形の闊歩する呪われた街だなんて言いやがった。

 

 雪菜の偽情報を語った時の凪沙の反応。絃神島への暴言に対する古城の怒り。その時はやや不可解に思ったが、今では朧気ながら察しが付く。

 

「けどね、凪沙。あなたは疑いも持たなければ恥も知らない連中とは違う。自分の痛みとそんな奴らのエゴを同じように考えるべきじゃないわ」

 

 桜がぶっきらぼうながらも凪沙を労わる言葉を掛ける。凪沙はそれで少し自責の念を和らげることができたようだ。

 

「こういう時こそ古城の出番だっていうのに、全くあの男は……」

「お兄さんは今どこに?」

 

 浅葱が溜め息と共にここにはいない古城に文句を垂れる。夏音が古城の現況を浅葱に訊ねた。元々、そういう話だったからだ。

 

「クラス担任を逆撫でした罪で教育的指導中」

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

「さて、暁。お前はここにいる主旨を解っているな」

 

 断定口調で那月は言った。生徒指導室の机の上に足を組んで腰かけ、床に正座させた古城に向かって。机は断じて人が座るものではないが那月がやると妙に絵になる。滲み出る威厳とカリスマがそうさせているのだろうか。

 

「クラス担任に舐めた口をきいたから?でも校内での素行を言うなら今の那月ちゃんの格好と態度もっ」

 

 頭にバケツが振ってきた。空間制御でどこからか取り寄せたのだろう。高位魔術である空間制御を生徒への制裁に使う教師など、絃神島どころか世界でも那月だけではなかろうか。

 

「おまえの調教は後にするとして、訊くことがある。姫柊雪菜を知っているな」

 

 生徒指導室への呼び出しの本来の目的はそっちだったかと、古城は痛む頭をさすりながら思った。訊ねる那月の纏う空気も、少し変わっている。

 

「知ってるよ。昨日うちの隣に引っ越してきたんだ。彩海学園の編入生だって」

「ああ。本土から離れて一人暮らしなのにわざわざ3LDKのマンションに住む女子中学生。たかが軽度の霊視能力を持っているというだけで僅か一ヶ月で絃神島への移住が認められた新参者。8年も待たされたお前にしてみれば、思うところもあるんじゃないか、ん?」

 

 どうやら那月は、古城が雪菜についてどれほど知っているか探っているらしい。だが、古城は雪菜について話す気は無い。雪菜が所属する獅子王機関は特務機関だ。何が機密かわからない以上、雪菜の事をペラペラと喋るつもりはなかった。

 

「オレはオレ、雪菜は雪菜だろ。絃神島の行政がどういう基準で新入りを認めるかなんてオレには解らねえよ」

「前にも言ったな。お前が第四真祖である以上、厄介事は向こうから降りかかってくる。覚悟はしておけとな」

 

 古城の反論を無視して自分のペースで話を進める那月。古城は顔を顰めるが気にしている様子は無い。

 

「ああ、その際に特別な機関の名前も教えてもらったっけ。獅子王機関に太史局に……」

「私は件の編入生が獅子王機関の者だと思っている」

 

 目上から鋭い視線を古城に向けてくる那月。だが古城はそれを受けても小動もしない。この場での那月への対応を既に決めているからだ。

 

「仮に雪菜がその獅子王機関ってとこの人間だとしても、それをオレが知っていたとしても、話す必要は無いと思うんだけどな。言葉を返すようだけど那月先生が言ったんだぜ、〟覚悟はしておけ〟って」

「………」

 

 言葉に詰まる那月。この人を言いくるめられることなどそうは無いから、古城は少し得意な気持ちになってしまう。無論、そのような態度は表に出さないが。いざという時のポーカーフェイスの作り方も、イタチの記憶が教えてくれた術の一つだ。

 

「あれは第四真祖としての厄介事は自分で対処しろって意味だと思ったんだけどな。それとも、写輪眼の訓練だけじゃなくてオレに関係する全てのことについて、那月先生が面倒見てくれるのか?」

「誰がそんなことをするか。私はお前の塾代さえ受け取っていないのだぞ」

 

 舌打ちと共に那月は吐き捨てる。だが、那月が心から古城を疎んじているわけではないのは解っている。那月の弟子となった時から、那月はいつもこうだったから。

 

「お前がそのつもりなら、編入生の事は今は良い。次だ。昨日の夜、どこにいた」

 

 そっちも問い詰める気かと、古城は思った。しかしこれも話せることは限られる。雪菜もあの場に途中参戦したのだから。しかし、那月がなぜそれを知りたがるのかを古城は気になった。

 

「オレにも質問させてくれよ。何でそんなこと知りたがるんだ?」

「……人工島東地区の倉庫街の一角に、奇妙な魔力の残滓があった。恐らくは何らかの眷獣のものだ」

 

 憮然とした表情で那月は答えた。傲岸ながらもこういう律儀なところも古城の好むところだった。

 

「その魔力の残滓は、私の感覚ではこの2ヶ月間、世界各地で起きた魔族惨殺事件の現場に残っていたもの同じだった。私が知る限り、昨日で7件目」

「惨殺……!?けど、なんで那月ちゃ、先生がそれに関わってるんだ?やべー事件だけど、海外の話だろ?」

「知己に力を貸してくれと頼まれた。お陰でこの夏は絃神島と海外を行ったり来たりした。折角のバカンスの予定がパーだ」

 

 忌々し気に那月は語る。空間制御魔術の使い手である那月にとって、数千数万の距離は意味をなさない。

 

「改めて訊くぞ。暁、昨日の夜何処にいた」

「……人工島東地区の倉庫街だよ。殲教師と女の子に襲われた」

 

 話すしかないと古城は判断した。雪菜の事は伏せることには変わりは無いが、何も話さずこの場から解放させてくれるなどということもないことは那月の雰囲気から解った。

 ぱしん、と那月が自身の扇子を手に叩きつける。基樹にちゃん付け呼ばわりされた時より、その音には怒気が込められていた。怒りの原因は、果たして何であるのだろうか。

 

「で?」

「何とかやり過ごした。那月先生が鍛えてくれたから、サンドバッグにはならなかったぜ」

 

 嘘は言っていない、と思う。アスタルテに対しては眷獣を出されるまでは確実に上を言っていたと古城は見ていた。それはイタチの記憶だけでなく、那月の教えもあったからこその確信だ。やり過ごした、というのも向こうから勝手に引いてくれたのだからそう大きな間違いではない。

 

「大雑把すぎるぞ。もう少し……チっ」

 

 那月の通信端末の着信音が響いた。舌打ちを一つ零すと、不快気に電話に出た。今出るということは、弟子の取り調べより優先しなければならない相手ということだろう。

 

「私だ。は、待機?理由は。……知るか馬鹿が!」

 

 苛立ちを隠しもせず、罵倒を吐いて通話を切った。生徒にちゃん付け呼ばわりされてもここまで怒りを露わにしたことは無い。一体どういう話だったのだろうか。

 

「……いいのか?よくわかんねーけど、仕事の話だったんだろ?」

「お前が気にすることではない」

「獅子王機関や太史局について教えてくれた時も思ったけどさ、国家攻魔官の那月先生が特務機関の事をオレに話して良かったのか?那月先生の立場とか――」

「くどい」

 

 取り付く島もないと言ったところだった。那月は自身の事情に余人を交えることを好まない。古城のそれと違い、那月は自身への絶対の自負があるからだと古城は見ている。

 

「話を続けるぞ。暁、お前は――」

「那月ちゃん、悪いけど腹が減ってきたから――」

 

 古城はすっと立ち上がると、自然な歩みで那月の前まで歩み寄り、

 

「また今度で」

 

 

 こつんとその額を指でつついた。

 

「は?……待て、古城!」

 

 言うが早いか、古城――の影分身はどろんと煙の如く消えていた。隙をついて影分身と入れ替わるこの技だけは、いつも那月の裏をかいてきた。

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 ――追ってくる気配はねえな。

 ――術のキレも悪くなかった。昨日から眷獣が大人しいな。

 

 

 彩海学園の敷地の外に出た古城は、背後を振り返って様子を見た。既に昼休みも半ば。この後も当然授業はあるが、古城はばっくれる気でいる。

古城をそうさせたのは浅葱からのメールがあったからだ。内容は、ある閉鎖された製薬研究所の所在地と大まかな概要だった。

 

――スヘルデ製薬の研究所、か。人工島北区第2層B地区。

 

 場所が解れば後は行くだけ。那月がこの件に絡んでいるなら、時間はかけられない。那月が出れば例え相手が歴戦の殲教師と眷獣使いでも一瞬で事が終わってしまう。古城が介入する余地も無く。古城にとって、那月より強い攻魔師など想像できないから。

 

――あとは雪菜か。

 

 いっそ、このまま一人で行くというのもありと言えばありかもしれない。だが、どうやら雪菜もルードルフ・オイスタッハには訊きたいことがあるようだ。それに、古城の単独行動を許せば監視役の雪菜の立場が悪くなる恐れがある。少し迷ったが、雪菜には知らせることにした。

 

「頼むぜ。1年C組の、ギターケースを抱えた女の子だ」

 

 手早く行先だけを記したメモを烏に持たせる。飛び立ったのを確認すると、古城は通信端末で電話を掛けた。かけた先は自宅のドローンだ。AIを搭載したドローンには電話一本で会話ができる仕組みが絃神島にはある。

 

「今からいう場所に、STキットを送ってくれ。大至急だ」

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

「あれがスヘルデ製薬の研究所だ。元々は、錬金術を応用した医薬品の研究と製造を行っていたらしい。親会社の撤退で2年前に研究所は閉鎖されたが、施設自体はそのまま残ってるらしい」

 

 街路樹の陰から古城は浅葱から伝えられた情報を、たった今来たばかりの雪菜に語っていた。相当急いで来たのだろう、ぜえ、はあと肩で息をし、額には汗が浮かんでいる。古城の肩には登校時に持っていたものとは違うリュックがかけられていた。

 

「なん、で……」

「浅葱には、昼休みに入った時に頼んでおいたんだ。例によってほとんど事情を伏せたままだけど。錬金術産業がメインの、閉鎖された企業か研究所が無いか、ってな」

「そっちじゃなくて、なんで先に行くんですか!待っててくれても良かったですよね!?」

 

 きっと疲弊した顔で古城を睨みつける。その剣幕に、古城はう、とたじろぐ。

 

「悪い、那月ちゃんもこの件を追ってるみたいでな。急がないとオレたちの出る幕が無くなると思ったんだ」

「那月先生が?」

 

 古城は那月が、海外で起こっているという魔族捕食事件の犯人を追っていることを話す。

 

「魔族惨殺事件……でも、ロタリンギア正教の殲教師が関わっているなら、これは国際魔導犯罪です。獅子王機関の管轄ですよ」

「かもしれないけど、那月ちゃんだからなー……」

 

 横紙破り常識破りが服を着て歩いているような人間である。夏季休暇をおじゃんにした輩にはきつい灸を据えねば気が済まないと言い出しそうだ。

 

「それと……なんでここが彼らの潜伏場所だと思ったんです?ロタリンギアの殲教師なら――」

「ロタリンギア関係の施設。でも調べてみてもそんなの無かったろ?」

 

 雪菜は沈黙で返す。そう、ロタリンギアに関係のある施設は絃神島にはなかった。協会は勿論、企業さえも。考えてみれば当然かもしれない。ロタリンギアは聖域条約に加盟しておらず、第一真祖の戦王領域と長く対立し続けている。魔族に対しても敵意が強く、魔族の存在を容認する魔族特区に本国の施設を構えるとは古城は思わなかった。

 

「だから、視点を変えてみようと思ってな。ルードルフ・オイスタッハと一緒にいたアスタルテ。眷獣を使ってたから吸血鬼かと思ったけど、殲教師が仲間ならそれは無い。たぶん、人造人間(ホムンクルス)だ」

人造人間(ホムンクルス)……」

「ロタリンギアは戦王領域との諍いが絶えないから、強力な戦力を常に欲している。聖域条約では禁止事項の軍用人造人間(ホムンクルス)も、非加盟国のロタリンギアには関係ないから濫造濫用されているって話だ。そして――」

人造人間(ホムンクルス)は錬金術に端を発している。だからこの研究所なんですね」

 

 古城の後の言葉は雪菜が繋いだ。スヘルデ製薬はロタリンギアとは無関係の欧州の企業だが、2人が潜伏する場所ならここ以外に無いと古城は踏んだ。

 

「もし外れてたら、オレは編入初日に後輩を連れ出した悪い先輩だが――」

「当たり、ですね」

 

 古城もそれは解っている。両目に浮かんだ写輪眼は、錆び付いた南京錠も鎖もそれが幻術(フェイク)だと告げている。雪菜はギターケースから取り出した雪霞狼を通用口の扉に突き立てた。甲高い高周音が鳴り響くと鍵も鎖も消え失せ、扉が開いた。

 

「よし、行くか」

 

 すたすたと古城は薄暗い研究所を進んでいく。雪菜はあまりに自然に歩き出した古城の背中を追い、その手をはしと掴んだ。

 

「待ってください。古城先輩、本当に行くんですか?」

 

 引き留められた古城は背後を振り返る。雪菜の目は言葉以上に何故と問うていた。

 

「なぜそこまでするんですか?昨日だってあんなに苦しい目に遇って、次だってどうなるか解らないのに」

「そうかもしれないがオレは――」

「殲教師の暴言が許せないというのは、古城先輩が本土で辛い体験をしてきたからですか?」

 

 古城の眼が驚きに染まる。だがそれは一瞬のことで、諦観とも納得とつかない曖昧な笑みへと変わった。

 

「昼休み、凪沙ちゃんが魔族恐怖症だと知ったんです。凪沙ちゃんは、そんな自分を悔いているようでした。詳しい話は聞けなかったんですが……古城先輩は、自身の能力で偏見や差別を受けたことがあるんじゃないですか?凪沙ちゃんは、それを知っているから自分の魔族恐怖症を恥じているのではないですか?」

 

 ふう、と古城は溜め息を一つ零す。雪菜の手を優しく解くと、古城は黙って前へ進んだ。やはり止められなかったと思いながら、雪菜もそれに続いた。

 

「結構鋭いな。概ね当たりだ。本土にいた頃、オレは写輪眼の制御が上手くいかなかった。時折感情の昂ぶりで写輪眼を暴発させて、周りの人間に幻術を掛けちまったことがある。そのせいでバケモノ呼ばわりされた」

「そんな……」

 

 ――見んじゃねえよ。

 ――近づかないで!

 ――あいつ親がマトモじゃねえんだろ。

 ――きっと妹の方もそうよ。

 ――バケモノ。

 

「仕方が無いと思った。悪くても気絶で済むだけだったけど、運がよかっただけだ。何かの間違いで死人が出てもおかしくなかった」

 

 恨みや怒りではなく、哀愁と後悔を滲ませて古城は語る。果たして、周囲がしたことはバケモノ呼ばわりだけだったのだろうか。気になりはしたが訊くのは躊躇われた。

 雪菜は古城の過去を想う。昨日の話では、古城は自身の正体について苦悩していたとも言っていた。それに加え、周囲からの偏見の目。仕方が無いと古城は言うが、千々に乱れた心でそのような達観を持てたのだろうか。

 

「父さんは写輪眼の制御にはよく付き合ってくれた。誰かに迷惑をかけたくない、写輪眼をちゃんと制御して、バケモノ扱いされることなく友達になりたい……けど、そうやって自分を追い込み過ぎたんだろうな、数年かけてオフオンの切り替えができた程度だった。挙句、オレがもたもたしている間にとばっちりで凪沙まで陰湿ないじめにあうようになった」

「それは、古城先輩の所為じゃない筈です」

 

 雪菜ははっきりと言った。古城はふ、と笑うだけだった。

 

「凪沙は自分の魔族恐怖症を、本土でのオレたちへの周囲の反応とダブらせてる節がある。馬鹿だよな、あいつ。同じなわけないのにな」

 

 桜も言っていたことだった。雪菜も同じ気持ちだった。自分を顧み、悔いる心根を持っている凪沙は優しい少女だと雪菜は感じている。そして周囲への慚愧と憧憬の念で写輪眼の制御を続けてきた古城もきっと――

 

「絃神島に移住するころには、もうほとんど諦めてた。どこに行こうと変わらないってな。けど違った」

 

 ――見縊るな。お前の瞳術でどうにかなる私ではない。

 ――それカラコン?シャリンガンていうんだ。へー、綺麗じゃない。

 ――幻見せられんのか。俺は耳が良いぜ。他人の携帯越しの声も聴こえるほどな!

 ――動きを先読みできる?じゃんけん勝負なら負け無しね。

 ――怖いとは思いませんでした。お兄さんは、優しい人だと思いました。

 ――1on1やりましょう古城先輩!今日こそは写輪眼を超えてみせます!

 ――同情を禁じ得ません。中二を過ぎても邪気眼を卒業できないなんて。

 

「なんて能天気だなって思ったよ。オレの事情や能力を全て話したわけじゃなかったけど、それも察してみんな、オレたちを受け入れてくれた。話してくれたこと以上の事は無理に聞かないっていう空気が、絃神島にはあるんだろうな」

 

 古城はある扉の前で足を止めた。浅葱が送ってくれた見取り図では、この先は大型の培養室だという。研究中の医薬品を合成生物に投与し、経過を観察するための部屋だったそうだ。人造人間は繊細な生物。調整を行うならここだろうと古城は考えていた。

 観音開きの扉を開き、古城と雪菜は部屋に入る。一面に広がるのは、幾つもの罅割れた培養槽。足元灯が床を照らし、辛うじて道のりを示している。誰がここに電気を通しているかなど、もう考えるまでも無かった。

 

「似た境遇のヤツは他にも大勢いる。生まれた場所を追われて、肉親からも見放されたような連中も。例えどんなに闇や矛盾を抱えていても、絃神島はそんな奴らの希望だとオレは信じる」

 

 数時間前、食堂ですれ違った獣人の少女を雪菜は思い返す。おそらくは海外で生まれ育ったはずのあの少女は、どのような経緯で絃神島に来たのだろう。人間からの恐怖に、ああも悲しい目をする理由とは、果てして。

 

「だからオレはルードルフ・オイスタッハを見過ごせない。ここで得たものをオレは嘘にしたくはねえから。あいつ自身にどんな事情があったとしても」

「古城先輩……」

「それに、今はアスタルテの事もある」

「アスタルテ……?っ、古城先輩!」

 

 ひたり、ひたりと水滴を伴った足音が前方から近づいて来るのに雪菜は気づいた。雪霞狼を構えて雪菜は古城の前に出る。

 

「おそらく人造人間のあいつが、眷獣を植え付けられた自分を、言われるがまま魔族と戦う自分をどう思っているのかを。ルードルフ・オイスタッハと意思を全て同じくしているというならオレにはもう何も言えない。でもそうじゃないなら、絃神島の住人として言えること、言わなきゃいけないことがある」

 

 アスタルテは再び古城と雪菜の前に現れた。左右対称の美しい顔も、藍色の髪も、半日前と同じで何も変わるところが無い。

 調整を終えて培養槽から出てきたばかりに、全身が滴っていること以外は。古城には、それが雨に濡れながら道に迷う幼子に見えた。

 




◆補足
魔族惨殺事件:原作における絃神島での魔族狩りのこと。原作では全て絃神島で行われ、死者も出ていませんでしたが、本作では全て海外、かつ死者まで出ている設定に。

魔族・能力者への迫害:原作では紗矢華への虐待、結瞳へのいじめなどもあるため、ここは原作通りかと。本作では古城と凪沙もその被害に遭っていました。

ホムンクルス:原作では人工生命体にルビが振っていましたが、本作では人造人間にルビ振り。原作では人型じゃないホムンクルスもいるような記載がありましたが、本作ではホムンクルスは例外なく人型。解り易さ優先かつアスタルテの悲劇性を高める為に変更。ろくな理由じゃねえ。

ロタリンギア:原作では聖域条約非加盟かどうかは明言されていませんでしたが、本作では非加盟。しかもホムンクルスを戦争紛争でばんばん使い潰すやべー国に。

スヘルデ製薬:原作ではロタリンギアに本社がある設定でしたが、ホムンクルスとロタリンギアの設定変更によりそれらの縁を全て変更。錬金術を応用した製薬会社に。

築島倫:本作では中学時代バスケ部所属ということに加え、基樹、浅葱と同じ、古城の救いの一つでもあります。

矢瀬基樹:本作でも古城の親友。本作では自身が能力者であることも『多少は』周りに話しています。

仙都木優麻:家族以外で本土で暁兄妹を迫害していなかった唯一の人物。今はこれだけ。優麻推しの方に誤解を与えないために先んじて。

でことん:まさかまさかの最初のでことんが相手が那月ちゃん。いつか出したいとは思っていたけど作者もびっくり。
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