万華鏡の帝国   作:さいころ丸

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大変お待たせしました。第七章です。


第七章 苦悶の人造人間

 ――アスタルテ。貴女は生きて。

 

 スワニルダ。純白の髪が美しい人造人間。私のサンプル。私を妹と呼ぶひと。

 

 ――これで6匹目。もう十分でしょう。

 

 スワニルダの体から伸びた半透明の腕が、握り締める魔族を引きちぎり、潰していく。散開した肉体から漏れ出る魔力と命は、腕に吸収されていく。彼の絶叫と怨嗟は誰にも届かない。

 

 ――アスタルテ。スワニルダを喰いなさい。それで〝薔薇の指先(ロドタクテユロス)〟は貴女に移る。

 

 いやだ。そんなことしたくない。どんな薬を打たれても痛い思いをしてもいい。でもそれだけはしたくない。

 スワニルダは疲弊しきった顔で手を差し出す。とうに自分の運命を悟ったのか、その目は穏やかだ。

 主人の目が酷薄に細められる。スワニルダのそれとは正反対の冷たい目。主人は懐から書物を取り出すと、頁の一枚を引きちぎった。

 

 ――Torquem(従え)

 

主人が何事か呟くと、頭の中が暴力的な衝動に支配された。抗えず、スワニルダに飛び掛かり、その美しい肢体に噛り付いていく。ぶちりぶちりと耳障りな音が目の前から響く。えずくような血の味が口いっぱいに広がる。なのに止められない。眦から流れる涙だけが、私の感情を映している。

 

 ――いつかきっと、誰かが貴女を救い上げてくれる

 ――貴女が行く絃神島なら、必ず……諦め、ないで……

 

 そんなこと有り得ない。私は自らの救いの為ではなく、殺戮の為にその島に行く。その果てに私も死ぬ。

 私はその為に造られた。スワニルダは私の糧となる為に造られた。他の在り方など選べない。他の生き方など選べない。

 主人に命じられれば姉をも貪り食らう私に、手を差し伸べる誰かなんて――

 

「半日ぶりだな、アスタルテ」

 

 その声は、深い闇の向こうから差す光のようだった。

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

「ちゃんと飯食ってるか?空調が効いてるここじゃ、その恰好は寒いだろ」

 

 アスタルテの格好は、濡れそぼった手術着一枚だけ。水に濡れた手術着は彼女の細い肢体に張り付き、大変艶めかしい。

 

「ちょ、古城先輩!」

 

 古城はそのアスタルテに無防備に近付いていく。雪菜は咎めるが古城は構わずアスタルテの傍まで歩み寄り、彩海学園のジャケットを彼女の肩にかけた。アスタルテはされるがままだったが、不思議なものを見るような目で古城を見上げた。

 初めて感情のようなものが見えたがしかしそれは一瞬のことで、すぐにまた生気も何も窺えない無表情に戻った。ジャケットの裾を握りしめ、俯くだけだった。

 

「……警告します(ウオーニン)。ただちにここから退去してください。この島は間もなく沈みます」

「なに?」

「〝この島は、龍脈の交叉する南海に浮かぶ仮初めの大地。要を失えば滅びるのみ〟……」

「え?」

「………」

 

 歌う様に語ったアスタルテの言葉に雪菜は驚き、古城は沈黙する。どういう意味なのか気聞き出そうとしたとき、

 

「――然様。我が望みは要として祀られし不朽の至宝。宿願を叶える力は、今やこの手にある」

 

ゆらりと音も無く、殲教師・ルードルフ・オイスタッハが培養室のキャットウォークに現われた。上方から降りかかる声に、アスタルテの肩がびくりと跳ねる。

 

「オイスタッハ。今の言葉はアスタルテを無視し過ぎだと思うぜ。仲間(・・)なんだから、そこはせめて〝我らの望みは〟とか〝宿願を叶える力はアスタルテが〟とか――」

「所有物の力を私の力と言って誤りは無い」

 

 臆面も無くオイスタッハはアスタルテを物扱いした。雪菜その言葉に怒りを深め、古城の眼が冷たく細められる。

 

「オイスタッハ殲教師。その子は人造人間(ホムンクルス)ですね」

「それが?」

「吸血鬼以外に眷獣を使役できない理由を、殲教師である貴方が知らない筈ありません!」

「眷獣の使役は莫大な生命力を消費する。耐えられるのは不死身の吸血鬼のみ。調整した人造人間(ホムンクルス)でも保ってあと2週間でしょう。それが?」

 

 淡々と雪菜の詰問に答えるオイスタッハ。顔色を全く変えずに事実を話すそのたたずまいに、雪菜は信じられないものを見るような目になる。

 

「2ヶ月前から続く、海外の魔族惨殺事件を手引きしたのはアンタか?」

 

 古城が静かに聞いた。その言葉に、問われてないアスタルテが震え始める。

 

「いかにも。孵化前の眷獣を成長させるための糧として魔力と命を食わせてきました。しかしばれていたとは。足がつかないよう同じ国では行わなかったのですが」

「アンタの指示で、アスタルテはそんなことを続けていたのか?」

 

 古城は沈痛な面持ちで、震えるアスタルテを見遣る。今の話が本当なら、オイスタッハが主犯でアスタルテが実行犯ということになる。果たして被害に遭った各国は、この寿命の少ないホムンクルスに如何なる罰を課すのだろうか。だが、オイスタッハの回答は古城の予想を遥かに外れた異形のモノだった。

 

「否。魔族喰いをさせていたのはサンプルの方ですよ。まずサンプルに眷獣を植え付け魔族を喰わせて成長させる。十分なデータが取れたらより安定した素体にそのサンプルを喰わせて眷獣を移す。人造人間(ホムンクルス)の使い方にかけて、我が国の右に出るものはありません。眷獣が成長しきるまで、1体では足りないことはよく解っていました」

 

 古城と雪菜は揃って絶句する。口に出すのも憚られる経緯を世間話のように語られたことに、背筋が凍る。

 

「……その人造人間(ホムンクルス)の名前は?」

「はて何だったでしょうか。何分もう終わった事なので。確かス、スワ――」

「スワニルダ」

 

 古城の質問にはアスタルテが答えた。一同の視線が藍色の髪の少女に集中する。アスタルテは俯いたまま、涙交じりの震える声でスワニルダを語っていく。

 

「スワニルダ。いつも、私に優しくしてくれました。最後に自分がどうなるかわかったうえで。私は、私は彼女を――」

Cessabit(沈黙せよ)

 

オイスタッハが詠唱を唱えると、アスタルテはそれ以上喋れなくなった。ただ言葉を封じただけではない。その場に跪き喉を抑えるその姿は明らかに何らかの苦痛を訴えている。オイスタッハがアスタルテを見るその目は疎ましいという感情を隠しもしない。

 

「やめなさい!」

 

 雪菜はアスタルテの傍に駆け寄ると、自前の呪符でアスタルテのかけられた術を解いた。元々高度な術ではなかったのだろう、アスタルテ息を荒げながらも呼吸を取り戻した。アスタルテの背をさすりながら、雪菜は敵意の籠った眼でオイスタッハを見上げる。

 

「あなたは……!この子を何だと思っているんですか!この子だけじゃない、スワニルダという人造人間(ホムンクルス)を、何の罪もない魔族を道具か何かみたいに!」

「それが攻魔師の言うセリフですか?攻魔師は魔族の脅威から人間を守り、人類社会の繁栄の一助となるための存在の筈」

「違います!攻魔師はあくまで悪意を以て罪を犯す魔族への抑止であり、人と魔族との調停者です!闇雲に人類を肯定し、魔族を否定するものではありません!」

 

 それは紛れもない真実であっただろう。模範的な攻魔師なら一言一句同じ回答をした筈だ。だが、

 

「フ……フフフ、フフフ、フハハハハハ……!」

 

雪菜の言葉を聞いたオイスタッハは口角を吊り上げ、

 

「ハ―ハッハッハッハッハ!」

 

 心底可笑しい言わんばかりに呵々大笑した。聴く者を不快にさせる、耳障りな笑い声だ。

 

「何が可笑しいんですか……!」

「可笑しいとも。これが笑わずにいられますか。そうは思いませんか、少年?」

「………」

 

 オイスタッハは古城に水を向ける。雪菜もそれで何かに気付いたよう古城を見た。雪菜の視線を感じながらも、古城は変わらずオイスタッハから注意を逸らさない。

 

「獅子王機関の剣巫と未登録の吸血鬼。正確な事情は知る由もありませんが察しは付きます。大方、貴女はその少年の監視役でしょう?場合によっては、貴女の独断で抹殺も許可されている。違いますか?」

「……!」

「図星ですか。そのうえ、偽情報(カバー)で書類上は凡百な魔族として市民登録してしまえばよいものを、それさえもさせない。それがその少年にかける枷の一つとして有効であるために。いかに他の魔族特区に比べて緩いなどと揶揄される絃神島でも、未登録魔族が生きていくには制限が多い筈ですから」

 

 オイスタッハの指摘に雪菜は愕然とする。まさしくその通りだと解ったからだ。市民登録されていれば受けられるサービスを、今の古城は受けられない可能性がある。

 例えば医療。もし古城が吸血鬼に対して致命的な病に患っても、未登録魔族である古城が必要な治療や手術を施せない。

 よしんば施せたとして――既に古城の正体を補足している獅子王機関がそれを許すのか。獅子王機関が絃神島の行政にどこまで影響力があるかなど雪菜は知る由も無いが、古城の変調を獅子王機関は好機とみるのではないか。

 

「獅子王機関の剣巫よ。攻魔師は罪を犯す魔族への抑止と貴女は言った。ではその少年にはどのような過失と責があって、貴女の監視を受けなければならない義務が生まれたのでしょう。七式突撃降魔機槍などという魔族にとっての銀の弾丸を持たせてまで」

「それ、は……」

 

 第四真祖は破壊と混沌をもたらす吸血鬼と言われているが、それらは真贋定かではない伝説だ。大規模なテロ事件が関係して起きたというが、それらの事件から第四真祖の実在が見えてくると三聖は言っただけ。第四真祖が自ら引き起こしたとは言っていない。

 第四真祖の監視は、一番の当事者である古城の意思を無視して決定された。確かに第四真祖の存在は世界に大きな影響を及ぼす。しかし、獅子王機関は暁古城の何を知っていたのだろう。

 そしてわたしは、何故異邦の殲教師に指摘されるまで、少々毛色が違うとはいえ最近までは普通の少年だったヒトの監視と抹殺について疑問を抱かなかったのだろう――

 

「そのような命に粛々と従っておきながら、人間と魔族の調停?可笑しいにも程がある。潔くそこの少年の飼い主だと言ったほうがいい」

「いかにも真実を語ってますなんて顔してんじゃねえよ。アンタが言っても薄っぺらいぜ」

 

 古城はオイスタッハを強気に挑発する。古城はオイスタッハの視線から雪菜を守るように僅かに横に移動した。雪菜は自分の信じる正義と現実の差異を感じているのか、歯を噛んで沈黙している。

 

「アンタだったら監視なんて手間も挟まず、殺せと命じられたら即座にオレを殺しにかかってきただろ。そんなアンタが獅子王機関や雪菜の正義を詰るのか?」

「だからもっと潔くすればよいと言っているではありませんか。誰に対しても聴こえの良さそうな正義を語るから偽善の臭いが鼻につく。我々のように在り方を定義すれば嘘も偽りも消散する。」

 

 オイスタッハ一旦そこで言葉を切ると、朗々と己の正義を語った。

 

「我々のように――

 

  人類を肯定し、守護し、その繁栄を言祝ぎ、

 

   ヒトならざるモノどもを否定し、利用し、それらの衰退に喝采する」

 

「万物の霊長は人類以外に他に無く、他は全て敵か糧。末期の老人から生まれたての赤子までそのように啓蒙することが真理であると。ロタリンギア正教が伝えてきた教えには獅子王機関のそれと異なり欺瞞は無い」

「アンタらの教えは、人と触れ合いたい魔族の自由も、魔族と触れ合いたい人の自由も否定するものだ」

「悪を犯す自由です。そのような邪道に魅入られた魂など煉獄に墜ち、不浄を濯ぐ以外に救済はありません。絃神島は、ここに棲まう者たち全てを海に沈めて逝くことで人類を正道に導く規範となり、異形たちを戒める楔となるのです」

 

 もう言葉も無かった。古城とオイスタッハでは、根差している価値観が違い過ぎる。オイスタッハにとっては、魔族も、その存在を容認する人間も、等しく世界を乱す異端でしかない。そのように考えていることは、この対話でよく解った。

 

「そうか。それじゃあ絃神島が抱えている不実とは別に、オレがアンタと戦うのは間違いじゃないってことだ」

「……?」

「ほう。私の目的についてどうやら察しがついているみたいですね。ええ、その通り。そのこと(・・・・)が無くても、私にとっては魔族特区もそこに棲まう背教者共も、容認し難い異物!元から私にはこの島に誅を下す理由が有るのですよ!」

 

 雪菜は古城とオイスタッハとの間に交わされる会話に首を傾げた。何だ?古城とオイスタッハとの間には、この場では語られていない不言の何かがある?絃神島の不実とは――何だ?

 

「――もう、遠慮は必要無いな」

 

 ――写輪眼!

 

 古城はオイスタッハの言葉を宣戦布告と見做した。写輪眼を発動させ幻術をかける。印は不要、視線を合わせるだけで幻術をかけられる写輪眼は先制攻撃にはもってこい能力だった。

 

「浅はかな。既に見た能力に何の対策もしていないとでも?」

 

 だが効果は無かった。オイスタッハは左目にかけているモノクルを指でつつく。何らかの仕掛けが、あのモノクルに仕込まれているということだろう。歴戦の殲教師は伊達ではないということか。

 

「次はこちらです。アスタルテ、彼らに慈悲を」

「………」

 

 オイスタッハがアスタルテに命を下す。だが、アスタルテは沈黙したま身動ぎもしない。何かに縋るように、古城からかけられたジャケットを握り締めている。

 

「なあ、アスタルテ。絃神島には獣人、妖精、超能力者、いろんな能力や生まれのヤツがいる。人造人間(ホムンクルス)でも、他と誰とも変わることなく生きていける余地はきっとある」

 

 古城は片膝をつき小柄なアスタルテと視線を合わせて、オイスタッハの冷たい命令とは違う、ぬくもりと優しさを湛えた言葉をかける。

 

「私は……人造人間(ホムンクルス)は、戦うための道具です。他の、生き方なんて……」

「そんなことねえよ。どんな生まれで何を言われてきたとしても、自分が何者かなんて自分で決めていい。生きるってそういうことだとオレは思う。絃神島で、それを確かめてみないか」

 

 古城はアスタルテに向けて右手を差し出す。アスタルテの脳裏に去来するのは、自分を妹と呼び、自分は姉と呼べなかったヒトの言葉。

 

 ――アスタルテ。貴女は生きて。

 ――いつかきっと、誰かが貴女を救い上げてくれる

 

 アスタルテはその手を取ろうとして、

 

Torquem(従え)

 

しかし叶わず、自我は頭を割るような狂気に埋め尽くされた。脳を有刺鉄線で締め付けられるような痛みが走り、あらゆる五感を凌駕する。耳元で誰かが叫んでいるような気がするが、痛覚がそれを掻き消した。

 

命令、受諾……!(アクセプト)執行せよ、(エクスキュート)薔薇の指先(ロドタクテユロス)〟!」

 

 血を吐き出すような宣言と共に、古城たちとアスタルテにとっての死神が顕現する。〝薔薇の指先(ロドタクテユロス)〟。魔族と人造人間(ホムンクルス)の生命を喰らい、オイスタッハによって調整が施された眷獣は、半透明の腕ではなくはっきりと白色に染まり、首無しの巨人というカタチを取っている。首がある筈の部分には薄膜が張られ、アスタルテはその内部に取り込まれていた。感情も正気も喪失した瞳で薄膜越しに古城と雪菜を見据える目元には、涙の跡が残っていた。

 

「アスタルテさん!」

「――雪菜。お前はアスタルテを抑えろ。オレはオイスタッハを叩く」

 

 古城が雪菜に対して冷徹な指示を出す。古城の術はアスタルテの眷獣に刻印された〝神格振動波駆動術式(D O E)〟が無効化する。古城では相性が悪い。

 それは解っている。だが、今のアスタルテの有様を見て即座に〝戦闘〟に意識を切り替えられる古城が雪菜には信じられなかった。

 

「古城先輩……!」

 

 アスタルテを案じてはいても、オイスタッハにはっきりと怒りを向けていない古城の精神も不可解だった。

 だが、その疑問はオイスタッハを真っ直ぐ見据える古城の写輪眼を見て氷解した。

 古城のオイスタッハを見る目はあらゆる感情が喪失している。バスケットコートで見たあの時の表情よりも〝無〟だ。冷静に自分を律しているのではない。度を越えた怒りに表層が追い付いていないということが解った。

 その横顔が、湧き出る苦衷を押し殺させた。雪菜はアスタルテを止めることを第一に考える。

 

 戦端が、開いた。

 

 オイスタッハがキャットウォークから飛び降り、全体重をかけて古城目掛けて戦斧を振り下ろす。古城はそれを左に避け、オイスタッハの懐に入る。オイスタッハの首から下は堅い鎧に覆われている。狙いは顎。そこを強打して脳を揺らし、戦闘不能にさせる。幻術は効かず、忍術もどのように邪魔が入るか解らない。古城は体術で勝負をつけるつもりだった。

 だが、オイスタッハはあっさりと戦斧から手を離すと古城の拳を捌いた。空いた胴に目掛けてオイスタッハは貫手を放とうとするが、古城はこれも回避。

 

 ――やはり紙一重で捌かれる。あの目は厄介ですね。

 ――戦斧をもう一度持たせたら駄目だ。この間合いで仕留める。

 

 雪菜とアスタルテも戦闘を始めていた。アスタルテは古城とも渡り合える体術使いだが、今はオイスタッハの術で自我を封じられているため、眷獣の動きは正しく獣同然。雪菜の洗練された体術と槍技に翻弄されるばかりだ。

 状況は膠着していた。四者四様、決め手に欠ける。

 

 ――時間はかけられねえ。

 ――アスタルテのリミットだってどうなるか解らない

 ――やっぱり須佐能乎で……!

 

 古城は、昨夜は不発に終わった奥の手を打たんとする。だが、オイスタッハはその瞬間を待っていた。

 一瞬緩んだ攻め手の隙を突き、オイスタッハは懐から聖書の一頁を取り出し、

 

Luceat(光在れ)!」

 

 突如、眩い閃光が古城の視界を覆った。たまらず、古城は瞼を閉じる。

 

「目に頼り過ぎましたね、吸血鬼の少年!」

「舐めんな、こんな目晦まし程度で……!」

 

 オイスタッハの猛る声に苦々しく古城は応える。古城の言う通り、この程度で後れを取るほど、古城は柔な訓練は受けていない。目を閉じたままでも、戦闘の継続は可能だ。

 

 だが、それでも甘かったのは古城の方だった。

 

「――!」

 

 オイスタッハの気配が遠ざかった。雪菜とアスタルテの方へ。状況を打開する、予想外の一手。オイスタッハは雪菜から始末する気だった。

 雪菜も自身に突貫してくるオイスタッハに気付いている。雪菜が如何に優れた剣巫でも、この状況でオイスタッハとアスタルテを同時に相手取る術は無い。オイスタッハの手に戻った戦斧は過たず――

 

「――え?」

 

 古城(・・)の体を貫いたところで止まった。

 

「古城、先輩……!?」

 

 古城は殆ど視界が効かないまま、気配と音のみで雪菜の位置を探り当て、オイスタッハの攻撃から庇ったのだ。古城の背中からは頂端の槍部どころか斧部まで突き出ている。

 

「須佐、能乎……!」

 

 ようやく発動したと言わんばかりに、赤色の骸骨が古城の周囲に展開される。古城はオイスタッハの攻撃を須佐能乎で止めるつもりだったが、間に合わず、自分の体で受け止めるしかなかった。

 須佐能乎は右手で眼下のオイスタッハを押し潰さんと拳を振り上げ、アスタルテの眷獣を左手で殴り飛ばす。

 オイスタッハは戦斧を勢いよく古城から抜き取って須佐能乎の攻撃を躱す。アスタルテの眷獣は吹き飛ばされたが大したダメージは追っておらず、寧ろ〝神格振動波駆動術式(D O E)〟が刻印された眷獣の体表に須佐能乎越しに一瞬触れてしまった古城がより深刻だった。

 

「古城先輩!そんな、どうして……!」

 

 胴に亀裂のような風穴を開けられ、立つこともできず古城は血を吐き続けている。雪菜はオイスタッハもアスタルテも意識の外にして、瀕死の古城に寄り添った。

 

「私の斧は法儀式済水銀戦斧。魔族が受ければ掠り傷でも致命傷になります。加えて昨夜の〝神格振動波駆動術式(D O E)〟を眷獣で受けたダメージ。貴方が貴族以上の吸血鬼でも、命運は――」

 

 ――火遁・灰塵隠れの術!

 

 古城はオイスタッハに向けて高熱の炎を放った。炎は周辺物を瞬時に燃焼させ灰や塵を巻き上げる。印を必要とせず、急場で目晦ましをするにはうってつけの術だ。

 塵が晴れた時、すでに古城と雪菜はいなかった。だが、古城が流したと思われる血の跡はくっきり残っている。追跡は可能だ。

 

 ――私の存在は既に漏れている。

 ――なら、急いだほうがいいですね。

 

 手負いの吸血鬼に時間を割いているうちに、元の目的が達成できなくなるなど本末転倒。これから赴くところはこの魔窟の中心。其処にはきっとあの吸血鬼以上の手練れがいる筈なのだから。

 




◆補足

スワニルダ:原作ではAPPEND1に登場した機械化人工生命体。本作ではホムンクルスで、魔族惨殺事件の実行犯を強要されていました。薔薇の指先を孵化させ育てるための器。アスタルテとも絡みを追加。最後までアスタルテの事を想いながらアスタルテに喰われた。

ルードルフ・オイスタッハ:原作以上の狂信的なキャラに。加えて斧を振り回すだけでなく作者が考えた術も使う。斧が法儀式済云々というのは本作オリジナル。魔族殺しの技を持っているのは獅子王機関だけではないかもと思ったので。

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