他の作品と混同しかけたので独立させます。
『人を好きになり、告白し、結ばれる。
それはとても素晴らしい事だと誰もが言う』
というのは、とある青春ラブコメ漫画の冒頭だ。
生徒会メンバーを中心として、学園で青春を過ごす高校生たちの物語だ。何度もすれ違いながら、天才たちが恋愛頭脳戦を繰り広げ、時にはその日常のぬるま湯を楽しく過ごす。
いわゆる冬アニメ、1月から3月にかけて、そのアニメが放映されたのだが、その面白さに惹きこまれた。受験勉強の追い込み時期だったこともあり、数少ない息抜きとして、数日前にも見た。
そして今、午前中から雪の降る中、俺は受験を受けにきている。
「では、高校に入学したらやりたいことを教えてください」
「はい……青春ラブコメを経験しておきたいです」
やってしまった。黒歴史だ。
どうやら、知らず知らずのうちに、恋したい欲求が芽生えていた。
*****
美少女幼馴染は、勉強机と椅子を占領してスマホをいじいじしている。亜麻色でセミロングの髪をくるくると指でいじりながら、片手でスマホを高速で使いこなしている。
彼女とは、昔から近所に住んでおり、お互いの母親がママ友なので、自然と幼馴染という関係となった。1人っ子同士ということや、出席番号が近いことも影響しているだろう。
中学の頃、周りから持て囃されるように、カレカノの関係となったが、いつの間にか別れてしまった。そのため、一時期はギスギスしていた。
こうして再び幼馴染という関係に落ち着いたのは、俺が恋愛で失敗してからだ。
「雪羽ってば、面接で『恋したーい』なんて言っちゃってー」
高校デビューを華々しくスタートさせるために、3月末の合格発表直後からLINE及びDiscordでキャッキャしている。そんな『オンライン合コン』に混じらせてもらっている身としては、頭が上がらない。
でも、それをバラされるのは阻止しなければならない
「待って、それ書かれたら高校生活が始まる前に終わるから」
「ははっ! 黒歴史じゃん」
『ウケル』とした表情を堂々と見せてくる。
普段イケメン男子に媚びるためには、決して見せない顔である。だから、俺にこんな美少女な幼馴染がいたとしても、もう彼女とラブコメをすることはない気がする。
このぬるま湯が、お互いに心地いいのだろう。
「で、今度はどういう系がいいの。私が紹介してあげるかも。ちゃんと現実にいるならだけど」
「本棚を見ながら言わないで。結構ダメージ大きいから」
空想上のキャラクターを、現実の女性に投影するとなると、沼に嵌まっていく。おかげで恋愛に失敗した。
「あっ! 私の好みはスポーツも勉強もできて、声も性格も顔もイケメンな人気者の先輩で~ 束縛も緩い感じで~ あんまりガツガツしなくて~ もちろんちゃんと現実にいる人」
あくまで好みを伝えられただけだ。
そして、紹介することを強要されている。
「なんだその激戦区。すでに誰かと付き合ってるかもじゃん」
「だーかーらー、雪羽の手も借りたいってわけ」
猫の手も借りたいほど、と言いたいのだろうか。
さすが幼馴染。
俺がサポートにおいて役に立たないとわかっている。
「そうだな……優しく、家庭的で、漫画やゲームに理解ある先輩女子と付き合いたい。で、彼氏持ちじゃない先輩女子」
「うわー なんか地味そー」
一色いろはの個人的見解なのだろうが、そういう華々しい高校生活を送っているような女子高生が彼氏持ちでないはずはない。それか、相当の高嶺の花で、激戦区となっているだろう。
「ユキハネだって、なんか良いとこあるんだから、高望みしなきゃすぐ付き合えるでしょ」
「なんかってなんだよ。あと、雪羽と書いて『ゆう』と読むからな。これ何度目のやり取り?」
小学校からの腐れ縁なのだが、漢字を習ったくらいから名前で遊び始めた。その意趣返しに『天然水いろはす』と呼ぼうかと何度か思ったけれど、すでにそういうあだ名で呼ばれることがあるようで、本人はあまり好きじゃないらしい。
「あだ名でさっきそれ書いたから、もうみんなに覚えられてそう」
「待って。なんでもいいって言ったの、いろはだろ」
恋愛初心者にもっと優しくしてほしい。
「まあまあ、こういうのは印象に残ることが大切でしょ?」
「いろはは、いろはのままで印象深いだろうな」
でしょー と言いながらニコニコした。
相変わらず、両親のこと好きね。
「で。趣味……、勉強でいいか?」
「論外」
論外らしい。
これでも、なかなか成績は良いのだが。
ちなみに、講師は『この前マカロン作りました♪』と。
「つまり、趣味はお菓子作りか」
「そうそう」
いろはのおかげで、女子語検定2級くらいはあると自負している。ていうか、いろはが渡す相手がいないのに、お菓子をわざわざ作ることはないだろう。それでも、それは趣味なのだろうか。
バレンタインとか、俺を手伝わせるまである。
「ほら、雪羽って料理できるし。
毎日味噌汁作れますとか」
「なにその、あざとい台詞。やべーやつじゃん」
「そこはほら、笑ってスルーしてくれるって」
スルーされちゃうのかよ。
この恋愛の講師って引っかけ問題が好きだな。
「別に、趣味というほどでもないんだよな。凝ったものは作れないし」
「そういうとこ真面目だよねー
まー、インスタにあったら引くけど」
映える写真用の盛り付けのためだけに、労力をかけたくはない。むしろ、極力洗い物や生ゴミを増やさないように心がけることがマイブームとなっている。
そう考えると、これが趣味か。
「趣味は、洗い物を増やさない、とか」
「うっわ、めんどくさ!」
これだと人間的に、めんどくさくなるらしい。
いやいや、他人に強要はしないから。
「あっ、でも普通に上手でしょ。お母さんほどじゃないけど」
「そりゃあ年数……経験が違うからだろう」
もちろん、いろはも十分に家庭的だ。
俺の両親は公務員であり、忙しく働いている。だから、共働き家庭のご近所さんだったので、昔から何か困ったことがあれば、お互いの両親を頼れと言われている。年度末ということもあって、最近は特に忙しいらしい。
「ていうか、ここで趣味がゲームと堂々と書いて、理解ある女子を探せばいいんじゃないか?」
「は? え? どれ?」
いろはの視線の先には、開いたダンボールに整理整頓されているゲームソフトのパッケージがある。PS vitaでシュミレーションゲームやアクションゲームなど、気になるものはいろいろとやってきた。その中でも特にいろはに引かれたのは、ギャルゲーだった。
ギャルゲーと言っても、18禁版から全年齢版になったものだと何度伝えたことか。
「いやいや、Switchの方だから。最近は『つべ』でも人気だろう?」
「あー、あるある」
例えば、ポケモンやどうぶつの森などが当てはまる。だから、女子の間にも話題として上がることがあるようだ。その際に、わざわざ買う気がしないいろはは、俺のゲーム機で短期間だけ遊ぶ。
そして、すぐ飽きるまでがデフォルトだ。
「Vtuberが趣味って書いている人もいるしな」
「あれって、何見てるか違くて、結構困るんだよねー」
バーチャル四天王が大人気だった頃から変わり、急激に伸びたVtuberが話題に上がることが多い。その全てを網羅することは時間的に困難だ。もしお気に入りのVtuberができれば、そこに熱中する。結果として、好きなVtuberの押し付け合いみたいなことになる。
アニメやゲーム、音楽を趣味として、リアルの友達に共有してもらうことは簡単なことではない。お互いに、趣味の優先順位があるからだ。
「好きなものを他人に知ってほしい、というのはわかるけれどな」
「そんなんだから、彼女できないんでしょ」
『良い人』止まりなことくらいわかっている。
もっとぐいぐい行くべきなのだろうか。
「たまには、自分の良いとこや好きなものを、もっと知ってもらわないと」
「いろはが言うと、説得力が違うな」
自分磨きを含めて、長所アピールがとても上手だ。
そういうところは見習うべきなのだろう。
「雪羽って見た目パッとしないし、うーん……もうちょっと内面が滲み出るといいですね」
「あっ、はい」
女子目線での評価が散々すぎる。
その声にはドンマイという優しさがあった。
「まー、そこそこ見た目良くて、モテ散らかすってのも正直めんどいんだけど」
「そこそこじゃないから、男子の間でドロドロの牽制が起きていたから」
そして俺は、受験の日から少し伸びた黒髪を指でいじってみる。あまり人に好かれる努力をしてこなかったため、高校デビューにおいて、いろはの何倍も遅れている。
「合格したのは一安心だけど、もう幸先不安だ」
「気づけば3年過ぎ……そして4年過ぎ……雪羽おじさんですね♪」
やめて、リアルすぎる。
「ていうか、そろそろ桜の季節ですねー
4月16日ですねー」
小悪魔的な笑みを浮かべて、楽しそうにいろははそう告げる。
「またすり込みされた」
桜の季節が迫り、高校入学の日は近い。
だから、いろはの誕生日。