マサル、ジョウトへ行くってよ。   作:井ノ下功

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のみこむ−2

「それは駄目だぜ、マサル」

「え?」

 

 ダンデがあまりにも真剣な声をしていたから、マサルはぱっと振り向いた。

 ダンデは声音以上に真剣なまなざしで、マサルを見据えていた。

 マサルは唾を飲み込んだ。肩書が変わろうとも、その威風はチャンピオンのまま、変わらない――

 

「マサルはオレがリザードンを出してくるって分かってて、リザードンをメンバーに入れたんだろう? だったら、それを後悔しちゃ駄目だ。それは、君の指示に全力で従ったリザードンに対する侮辱だぜ」

「っ……」

 

 マサルはうつむいた。

 その通りだ。分かっててメンバーにした。分かっててあえて挑んだ。そしてリザードンはマサルの指示に見事に応えて、急所にしっかりと技を当てて、ダンデのリザードンを倒したのだった。

 マサルの頭を帽子越しに撫でて、ダンデは優しく続けた。

 

「それに、心配は無用だと思うぞ」

「――」

「何て言ったって、オレが育てたリザードンからな! 誰が相手だろうとバトルは全力で! 全力でやって勝ったら“嬉しい”、負けたら“悔しい”、それ以外は何も思ってないぜ! あの様子を見れば分かるだろ?」

 

 ダンデの言葉に導かれるようにして、三度空に目をやる。

 相変わらず、二匹のリザードンは仲睦まじく飛び交っている。その二匹がふと、自分たちが見られていることに気が付いたらしい。ぴたりとその場に止まると、ボンッ、と揃って火の玉を空に吐き出した。

 

「楽しそうだなぁ!」

「……そうですね」

 

 マサルはひょいと立ち上がると、「おーい、カレー、出来たよー!」と二匹に向かって大きく手を振った。

 その声を聞きつけて、ばらばらに遊んでいたポケモンたちがぞろぞろと集まってくる。

 二人と十二匹がずらりと並ぶと、なかなかに壮観だ。

 

「やっべ、足りるかなぁこれ……カビゴン、悪いけどちょっと遠慮してくれる? あとで別の何かあげるから」

「オレは大盛りで頼むぞ、マサル!」

「遠慮してください、飛び入りのダンデさん」

「ここのオーナーは誰だと思っている?」

「うわぁ、パワハラだぁ」

 

 などと言ってはいるが、マサルはカレーが充分足りることを知っている。

 

(カビゴンのために常に三倍にして作ってて良かった……)

 

 食費が異常にかかってしまうことを幸運に思ったのは初めてだった。

 ダンデが「いただくぜ!」と皿に顔を突っ込むようにして食べ始めた。マサルもスプーンを動かす。話しながら作ったカレーは少しだけ焦げているようなにおいがした。

 

(でも、なんか特別な味がする、ような気がする)

 

 取れた胸のつかえが入っているのかもしれない。隠し味とかスパイスとか言うにはなんとも苦みが強いけれど。

 

「おっ、すごく美味しいぞ、マサル! これはリザードンの好きな味だな!」

 

 ポケモンたちに囲まれてカレーを頬張るこの瞬間が何よりの幸せだ、と大声で言っているかのようなダンデの満面の笑み。

 良かったです、よく分かりましたね――と返しながら、マサルはぼんやりと想いを巡らせた。

 

(ダンデさん、さっきのバトルで僕に負けたこと、忘れたわけがないのに)

 

 全力で悔しがる人だと知っている。握りしめた拳を震わせながら、健闘を讃えて『次は負けないぞ!』と笑う姿を、何度見たか知れない。

 でも、

 

(バトルはバトル、カレーはカレー……ってことかな)

 

 こういう人だから、周りの人たちに慕われているのだろう。チャンピオンでなくなっても、変わらず愛されているのはそういうわけに違いない。マサルだって懐いている人間の一人である。

 

(……リザードンも同じ。バトルはバトル。お父さんはお父さん。……お父さん、か)

 

 ――僕のお父さんは、どんな人なんだろう。

 いつか分かる日が来るだろうか。来なかったらどうしようか。その内割り切れるものなのだろうか。好きなタイプじゃなかったらどうしよう。そもそも、どうしていないのだろう。どこかに行ってしまったのか、あるいはすでに死んでしまったのか――

 

「っ!」

 

 ふいにリザードンが背中に鼻をこすりつけてきた。

 まるで、マサルが形のない不安に包まれているのを察したかのように。

 

(そっか。みんながいれば大丈夫か……)

 

 リザードンだけじゃない。一緒に旅をしてきた仲間たちが、父親よりも深く心に寄り添ってくれている。

 マサルはリザードンの鼻先を撫でて、スプーンを握り直した。

 

「やっぱちょっと焦げくさいですね」

 

 へらりと笑うと、ダンデは「でも美味いからヨシ、だぞ!」と笑い返してくれた。

 それからダンデは、皿の上の残りを一気に流し込んで、飲み物のようにごっくんと喉を鳴らした。

 

「ああ、美味しかった! ごちそうさま、だ!」

「ふぁへるのふぁやいっすね――」マサルは口の中のものをのそのそと飲み込んだ。「――ダンデさん」

「これでも今日はゆっくりだったぜ!」

「マジすか」

 

 マサルは思わず呆れた気持ちで彼を見てしまった。そう言われてみれば、彼がゆっくり座って物を食べているところなど見たことなかったような気がする。

 

(胃がやられそうだな……特性は“がんじょう”かな)

 

 ダンデさんには“ほのおのからだ”の方が似合うけど、と勝手な想像をしながら、自分のペースでスプーンを口に運ぶ。

 新入りのポケモンが食べ終わるのを待っていたらしく、しばらくしてからダンデは立ち上がった。

 

「じゃあな、マサル。またいつでも挑戦しに来てくれ!」

「あ、しばらく来れないと思います」

「忙しいのか?」

「図鑑のためにヨロイ島へ行くことになったので」

「へぇ! ヨロイ島へ!」

 

 ダンデの目がきらりと輝いた。

 

「あそこは迷いやすいからな、気を付けるんだぞ!」

「ダンデさんじゃないんで平気です」

「言うようになったな、この!」

「いてててて、背ぇ縮んじゃう! 縮んじゃう!!」

 

 ダンデはけらけらと笑いながら手を離した。

 

「じゃあ、君がいない間にたくさん修行しておこう。次は絶対にオレが勝つからな!」

 

 何気なくなされた宣戦布告を、マサルは真正面から受け取ってにっこりと笑った。

 

「はい、楽しみにしてます!」

 

 なんならこのあとすぐにでも再戦したいぐらいだ。けれどダンデにも仕事があるし、マサルだってチャンピオンとしてやらなければならないことがある。ヨロイ島へ行くためのもろもろの調整とか、取材とかジム訪問とか。マネージャーさんの目をかいくぐってここに来たことを思い出し、マサルは少しだけ憂鬱になった。

 ダンデはリザードンの首を撫でながらタワーの中に戻っていった。その大きな背中を見送って、マサルは少しだけ彼の真似をした――すなわち、残ったカレーを一気に喉へ流し込んだのだ。

 

「うっ、ごっ、ぐふっ」

 

 見事に喉に詰まった。吐き出しそうになったのをギリギリでこらえて飲み込む。

 

(……やっぱ、僕は僕、だよなぁ)

 

 心配そうに、あるいは呆れ返った目ですり寄ってきたポケモンたちを撫でてやりながら、マサルはそんなことを思った。

 

「ヨロイ島、楽しみだな!」

 

 ポケモンたちが同調(シンクロ)して跳ねるように声を上げた。







こちらは短編「時には父親の話をしようか」の改稿版です。
短編の方は、後半がダンデさん目線になっていますので、もしご興味あればこちらまでどうぞ→https://syosetu.org/novel/228947/

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