銀魂:白銀ノ魂録実況プレイ 虚ルート   作:一億年間ソロプレイ

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ほぼオリキャラ同士の絡みしかない変な幕間です
読まなくても次回に上げる予定のpart8は読めます
そう、人情話にしようとした何かがこれです


幕間 画狂人の弟子

「ひぃぃ~~っく!」

「爺さん、アンタ飲み過ぎだぁ。さっさと帰んな」

「やじゃやじゃ…ええやつ見つかるまではここにいたるわ」

「はぁ……こうなるといつまでも居座るから困るわぁ」

 

 町の茶屋で一人の老人が酒を飲みながら通り過ぎる人をじろじろと見ていた。その様子に茶屋で働く娘が溜息を吐いて経営主の女将に「いつもの爺さんが居座ることになったわ」と報告しに行った。

 その間も老人は酒のせいか重くなった瞼を必死に開けながら人を見ていた。むにゃむにゃと口を動かし、伸ばされっぱなしの髭を触りながら「今日もええやつはおらんな」と老人は心内で呟いた。

 朝っぱらから家を出て人通りの多い場所の茶屋に酒を飲みながら居座るこの老人はここいらでは有名だった。

 

 浪人崩れ、主婦、子供とかが歩く中、一人の男がその茶屋の前を通り過ぎた。

 目深に笠を着けたひょろりとした男だった。しかし無造作に伸びた黒髪が特徴的であった。

 

(おっおったぁぁぁぁ~~~!!!ええやつおるじゃん!)

 

 老人はその男を見て電撃が走った。そうして茶屋から飛び出して男の前に躍り出た。

 先程の眠たげな様子から一転して目を血走らせる様子を見せる老人に周囲は引いていた。躍り出てこられた男…空木と名乗る男も若干引きつつ、何事も無かったように老人の隣を通り過ぎようとした。

 しかし、老人は素早く隣へ移動し息を荒げながら言った。

 

「頼む!お主の時間をワシにくれぇぇぇ!!!」

 

 町一番に響く大声であった。

 

 

 

「いやー!ええやつおって良かったわい!」

 

 あの後、何度も老人から離れようとしていた空木であったが、何度も老人がディフェンスをしてくるので老人の言う通り、自分の時間を割くことにした。

 

「それで、俺に何の用だ」

「なに、一月ばかりこの老人と過ごすだけの仕事よ」

「はぁ…?」

 

 「何を言っている」と不機嫌な様子も隠しもしないで空木が言った。それに片目を瞑りながらチッチッチッと音を立てながら何かを言おうとした老人は持ってきていた酒瓶を落とした。

 

「なんと!ワシの酒ちゃんが!一体何をしたこの人でなし!」

「ただ単にお前のせいでは…?」

「まいいや」

「いいのか…」

 

 老人がよぼよぼと歩くスピードに合わせて空木は隣を歩いていた。割られたままの酒瓶を片付けないまま老人は前を歩き、空木も少し後ろをちらりと見て老人に付いていった。

 

「お主名は?」

「空木」

「ほぉ。卯の花とな。アレはいい景色じゃったのう…。玉のような白い蕾がパッと花開くのは描いたのう」

「描いただと?」

「ワシ、名の知れた有名な絵師なんじゃよ?その名も方洲処南斉。…アレ、もしかして聞いたことない?」

 

 その問いに空木は頷くことで返し、またもや老人はショックを受けたような顔をした。

 

「し、信じられん…!このワシを知らぬと申すか……!この、将軍の絵姿さえも描いたワシを?」

「知らんな」

「ウッソォ~?マジ?マジで言ってる?ねぇねぇ?」

「知らん」

「ヒョォアァァア!!!!」

 

 奇声を上げながら南斉が倒れたが、瞬時に立ち上がって何も無かったように歩き始めた。

 

「ま、まぁ良いじゃろ。こほん。兎に角お主に頼みたいのは絵の画題になって欲しいんじゃ」

「それで何故俺が一月もお前と過ごさねばならない」

「ワシが描くのは画題の一瞬、輝ける一時を描く。それには時間が必要なんじゃよ」

「はぁ…」

「お主、引き受けたからには戻れると思うなよ?おっと、着いた着いた。ここがワシの家」

 

 ワシの家と指差された場所は素朴な木造の一軒家だった。南斉が先に入り、空木が入る。草履を脱いで上がった先は、正に絵師といった様子の家だった。家の柱や壁にはくしゃくしゃになった和紙に柳眉の美人やら道端の草や桜などが描かれては貼られていた。今にもひらりと落ちてきそうなほど何重にも重ねられて貼られている。

 その和紙に描かれている絵の一つ一つの線が流麗で、明細に被写体を描いていることが分かる。空木の鑑識眼は素人に近い物だか、素人でも分かる凄さという物があった。

 

「これは…凄いな」

「そうじゃろ?もっと褒めていいぞい」

「やっぱり凄くない」

「前言撤回!?」

 

 「ここに座っとれ」と言われて、空木は囲炉裏の前に敷かれてある藁の敷物に座った。その向かいによっこらせと声を出しながら南斉が座った。その間に空木は身に着けていた笠を外し、膝の上へと置いた。

 

「ほぉ~こりゃまた描き甲斐のある男じゃな。…男だよね?」

「男だ」

 

 少し視線が鋭くなった空木だが、南斉の答えに満足した様子だった。南斉は「ふむ?ふむふむ…?」と声を出しながらちょろちょろと空木の周りを歩き始めた。

 

「もうちょっと隈はどうにかならんかの?」

「何年もの付き合いだ」

「ほー…なるほど……」

 

 何処か納得した様子で南斉が空木の向かい側の敷物に座った。髭を弄りながら南斉が言った。

 

「何日も寝てない様子じゃなぁ…。お主ちゃんと寝ておるか?」

「…」

 

 空木は何も答えなかった。空木は何日どころか何世紀も寝ていない、いや寝れていない。軽く目を閉じて寝る振りをしてみるも一向に眠気は訪れず、そうしている間の時間がもったいないと考えて動き始めてしまう生活がここ何世紀も渡って続いている。

 

「ワシと過ごす時は必ず三食食べ、しっかり寝て健康に生活することじゃな。

 あそうそう、朝餉も昼餉も夕餉もお主が用意してね。最初はワシが一緒に作るけど」

「は?」

「氷室の中にある食材は自由に使っていいから。あー昼餉が楽しみじゃわ~」

 

 そう言って囲炉裏の部屋の隣へ移動していく南斉に「待て」と言う暇も無く、空木は昼餉を南斉と共に作る羽目になった。

 

 空木はこれまで調理といったことをしたことが無かった。腹が空けば水か道端に生える野草を食って腹を満たしていた。しかしそれでも改善された方ではあった。

 彼が子供を拾った時には腹が減っても何も食わずに、襲った村にあった日持ちのする食料を子供に食べさせていた。子供が食事をしている時に何も食べずにぼーっと日を見上げていた空木は、その子供に食料を半分分けられた。「一緒に食べた方が美味しい」と言われてから空木は腹を満たす行為を行う様になった。

 戦国時代になってからは武将の茶会やら宴で振舞われる料理に舌鼓を打ちつつ、水と野草を食べる食生活をしていた。一時は作ろうとは考えたことはあるが、なあなあになって流れていた。

 

 そういった事情を含みながら、空木と南斉の昼餉作りは散々な様子だった。

 空木は何度も南斉からこっ酷く怒られた。

 

「米を研がずに炊く奴がおるかァァァ!!何をしようとしとるんじゃワレェェェ!!!」

「米の炊き方なんぞ知るかァ!」

「お前の得意なのは刻むだけか!微塵に刻んでどうするんだお前ェ!味噌汁の豆腐が形無しじゃろがァァァ!!!」

「そ、そんなに褒めなくても…」

「褒めとらんわ!?何処に照れる様子があった!?」

 

 両者が息を荒げながら昼餉作りが終わった。食卓には何とか形になった白米と白い粒々になった豆腐が浮かぶ味噌汁が並べられた。

 

「…お主がここまで作れない奴じゃったとは。この方洲処南斉、一生の不覚…!」

「そもそも厨に立つ機会が無いものだ」

「自分の出来ない事を正当化するでないわ馬鹿者」

 

 ベシッと空木は頭を叩かれながら食事は始まり、何事も無く終わった。南斉は夕餉もこんなことが続くのかとうんざりしたが、南斉の昼餉での叱責が効いたのか昼餉の時の間違いは怒らず、それなりのペースで夕餉作りは行われた。

 

「何じゃ、意外と出来るじゃないかお主」

「当然だ。一度知ればやることは容易い」

「米を研がずに炊こうとしてた奴の言葉とは思えんな…おっと」

 

 南斉は即座に睨みつけられた空木からそーっと視線を離しつつ、二人の食事は終わった。

 食後ということもあって、穏やかな空気が囲炉裏の部屋では流れていた。

 

「…で、いつ絵を描くつもりだ」

「さっき一枚描いてみたけど見る?」

 

 そう言って南斉が隣の部屋へ移動するので、空木もそれに伴った。その部屋は南斉の私室だった。細やかな筆や大きな筆、多彩な顔料などが溶かれた小皿にたくさんの和紙に描かれた絵が散らばっていた。

 踏まない様にして移動するのも難しい散らばり具合だが、南斉はひょひょいと移動してとある一枚の紙を取ってきた。

 

「ほれ、試し描きじゃがな」

「…」

 

 差し出された顔に描いてあったのは男の顔だった。どこか物憂げな様子で目元に隈を作った男が髪を前に持ち出して弄っている様子だ。

 

「俺はこんな動作はしてないが」

「雰囲気を掴むもんじゃよ。これからもっと描いていくからのう」

 

 にっと歯を剥き出して南斉が笑った。

 こうして空木と南斉の生活が始まった。

 

 

||

 

 

 南斉との生活が続いて一週間後。空木は厨に置かれてある料理本を見ながら一人でも料理が出来る様になっていた。南斉からも空木の出す料理は味良し、見た目良しの判定が出て得意気になっていた。南斉サポートが無くなってからの空木の料理は散々な味でかろうじて食べられるといった物であったことから格段に進化していると言っても過言ではない。

 

 空木の料理の出来に満足した南斉は日がな一日私室に籠って絵を描いていた。そして、「はて、自分はどう過ごしたら良いのやら」と考えた空木は勝手に部屋を掃除することにした。

 最初は壁一面に貼られた試し描きの和紙に気を取られていたが、南斉の家は汚部屋と言わんばかりの様子だった。ゴミや埃なんかは隅に溜まり、そこら中に蜘蛛は巣を張っており、障子の木枠にも高く埃が積もっていた。南斉の私室をすぐ出た場所にある縁側なんて謎の食べかすだらけで歩くのも嫌になる程であった。

 南斉に一言「部屋を掃除するぞ」と言い、家の脇に建てられた物置から掃除道具を取り出し、空木は汚部屋退治に赴いた。

 

 

 

 長い戦いだったと空木は囲炉裏の部屋でぶっ倒れた。空木には料理スキルも掃除スキルも無かった。しかしそれらはやっていないから出来ないだけであり、何度もやって繰り返せば人並みには出来る様になるものだった。

 何回も桶に貯めた水を零しては南斉に怒鳴られ、人一倍には効く嗅覚が仇となって埃を掃除する度、目や鼻のむず痒さと咳が止まらなくなったりもした。

(戦場では助かっていた五感が日常生活では仇になるとは…)と、空木は呟きながら見事に汚部屋を清掃した。

 

「ほう、ワシの汚部屋を綺麗にしおったか」

「おのれ南斉。今まであんな汚さで生活していたのか?ほんに嘆かわしい…」

「ワシは掃除しろなんて言ってはおらんがな。チェッ、もうちっとだけ蜘蛛子ちゃんとのスイートハウス生活を楽しみたかったにの~」

 

 爛々と目を輝かせながら汚部屋の方が良かったとのたまう南斉に空木は血管が千切れていくのを感じた。だが、勝手に掃除したのは自分の方だという意見には納得できてしまったので、とりあえずは堪えていた。

 

「あっそうじゃ。氷室にあった食材も少なくなってきたから買い物してきてくれんか?」

「別にそれは、行こうと思っていたから良いが…」

 

 氷室に置かれた食材は空木が来た時から少なくはなっていた。南斉がごそごそと股間部から紙入を取り出してざらざらと音を立てながら銭を寝そべっている空木に手渡した。

 

「今どこから紙入を出し入れしおった」

「んもう、こ・こ・じゃ・よ」

 

 ピーンと股間部を強調する南斉に呆れながらも空木は立ち上がって手渡された銭と手を水桶に貯めた水で一洗いしてから買い出しへ出かけた。

 その背を見つめながら、南斉はじっと玄関を見つめていた。

 

 

||

 

 

「今なら菜花ににんじん、じゃがいもが安いよー安いよー!」

「魚入ってまーす入ってますよー新鮮だよー」

 

 空木は今回が二度目の買い出しであった。栄えている市場から少し離れた場所にいる方洲処南斉はここでも噂になっており、名前を出せば金の値引きが容易になることを空木は知っていた。

 

「あら、南斉さんとこの人じゃない。今日は何買ってくの?」

「何かおすすめのものとかはあるか」

「そうねぇ、それだと筍かしら。近所のお爺さんが取ってきてくれたのよ~」

 

 空木が顔を見せた店は南斉も行きつけにしていた八百屋だ。ふくよかな女将が人の良い笑いをして藁で編まれた敷物に並べられた立派な筍を指差す。

 

「確かに御立派な筍だ。しかしこちらの皮にゴリラの様な染み汚れが付いているので値引きしてくれないか」

「あら?そんな汚れ無いわよ~」

 

 口調は穏やかだかすぐさまに空木の指した筍を叩き、何も無かった様に筍を勧める女将は強かだった。

 空木は初回の買い物の際に「なんでもいいから難癖付けて値引きせぇよ」と口酸っぱく言われて実践してみたものの、中々上手くいかずに定価で買う羽目になっていた。

 

「んもう、南斉さんとこはお得意さまだから値引きなんてしなくても値引かれてますのよ」

「そうだったのか…」

 

 実際、空木が買い取った筍の値段は他の客から買い取る値段よりは安かったことに気が付いた。なるほど、女将と南斉の仲が良いというのは本当らしいと空木は思った。

 

「はぁ~。最近だと南斉さんも変なことに巻き込まれてねぇ…」

「変なこと?」

「あら、聞いてないのかい。今、南斉さんのとこに厄介な攘夷志士が絵の依頼をしてるっていうのさ。

 その名も…村雨!血も涙も無い男で天人をバッタバッタと斬り、時には人も斬ったりしてるっていうあの村雨さ!」

「村雨…」

 

 「いや、目の前で話しているのが一応村雨と呼ばれていた本人だ」と空木は突っ込みたくなったが、それにしてはきな臭い話だと思い、空木は女将に話の続きを促した。

 

「最近だと茶屋や居酒屋にまで現れて酒樽の中身を飲み干しては金も払わずに出て荒らしていくっていうもんさ。あんたも気を付けた方がいいわよ~」

「はぁ…」

 

 一瞬だけ空木は、自分=村雨というのがバレたのかと思ったが、女将の話を聞くにそうではない事に気が付いた。

 (俺、絶対そんなことしない、ちゃんと金は払うし酒は程々に抑える)と思いながら空木は買い物を終えた。

 家を出る前に取ってきた籠に筍に菜っ葉、春の野菜に本日捌く予定の鮮魚を入れて南斉の家へと足を進めた。

 

「――じゃ!」

 

 空木の耳が南斉の怒鳴り声を捉えた。こんなに怒鳴るなんて一週間前位振りでは無いかと考えながら少し足を速めた。空木が南斉の家に近付く度に怒鳴り声と南斉が怒鳴っている相手の声が聞こえてきた。

 

「爺ィ!さっさと俺様の絵を描きやがれ!」

「だから何度言われても描かんと言ったら描かん!お前の様な乱暴者にワシの筆を震わす魅力はないわい!!」

「言ったな爺!この刀が見えねーのか?」

「そ、それは…!」

「そう!妖刀"村雨"!!俺こそが()()そのものだァ!!」

 

 ババァーン!と南斉が怒鳴り散らしている男は鼻息を荒げながら刀を見せつけた。それには確かに"村雨"と彫られた刀身が見えた。

 しかし、本物の"村雨"は知っている。あの刀は妖刀ではないし、刀身に名を彫られていた訳では無い。あれは刀の付け根から露を発生させて寒気を感じさせる刀だ。確か前の使用者が「村雨」とその刀を呼んでいたから空木がそう周囲に説明しただけに過ぎない。

 それから、(妖刀と呼ばれているのは村()の方では…?)と思いながら空木は村雨を名乗る人物の背後を取る。

 

「くっ!ぜ、絶対に描かんぞ…!お前なんぞよりワシには描きたい物があるんじゃ!」

「いいのかぁ?今まで堪えてきたがこの村雨で血を見ることになっちまっても…」

 

 少し怖気ながらも南斉は語気を強めて言い返した。村雨を騙る者が刀身を抜き切ろうとした時に空木はそれの頭を掴んだ。長年鍛えてきた腕力で頭を潰さないように加減をしながらゆっくりと持ち上げる。

 

「おい南斉。これはどうすればいい」

「お、おお!う、空木ぃ~!そやつ町からほっぽりだしちゃって~~!」

「分かった。ではこれらを氷室に入れておけ。今日は焼き魚だ」

「やっほぉ~い!」

 

 空木の登場によって一気に強気になった南斉が小躍りしながら氷室の方へ歩いていった。

 籠の中身を零れない様に南斉に投げ渡し、刀を取ろうとした男を潰さないように気を付けつつ、町の外へ投げ出した。

 

「へぶぅ!」

「その程度の強さで二度と村雨の名を騙るな」

 

 内心頭に来ていた空木だった。

 そう吐き捨ててから即座に南斉の家へと戻り速攻で夕餉を作らねば、五月蠅い南斉の踊りが待っているものだと想像に易かった。南斉はこの頃空木の作る飯を楽しみにしているのか、背後で奇妙な踊りをしながら待つことが多かった。

 結局、「まだかのまだかのう魚まだかのまだかのう」と呪文のように唱えては踊り始めた南斉を背に、空木は夕餉の支度を終えた。

 

「いやー、助かっちゃったよ。空木って実は強い系の侍?」

「侍ではないな。ただ腕っぷしが強いだけだ」

「もう、最近ああいう奴らが多くての~。村雨って名乗る()()が何回も来てても~、も~~!困っててな!!」

「奴ら?らって複数形??」

「そうそう。アイツで()()()だったか…」

(何で?え?五人目だったの?村雨一人だけだよな?どういうことだ??)

 

 内心色々と突っ込みたくなる状況に戸惑っている空木だったが、はぁー…と溜息を吐いた南斉に少し違和感を覚えながら空木は自分の焼いた魚を突いた。

 

「攘夷戦争での英雄だか鬼だかは知らんけど、複数いる時点でワシも偽物じゃなとは疑っているのだ」

「そうだな。うん、偽物だと俺も思うぞ」

「そう…村雨というのも振るっていた刀から付けられた名らしいし、多くは語らないその性格から偽物が多く出没しているようじゃしな。

 深編笠で顔は隠れとったらしいし、その笠着けて黒髪、縞袴に緑色の着物を着て村雨って刀を持ってれば誰でも成れるらしい」

「その様なノリで!?」

「そんなに強いって言うなら…なぜワシの甥を守ってくれなかったのかのう…」

「…甥?」

 

 思わず自分の偽物のいい加減さに突っ込んだ空木だったが、南斉の出した言葉が気になった。

 不思議と囲炉裏周りの空気が暗くなり、薪のぱちりと爆ぜる音が響く。

 

「そう、ワシの甥。名を朔介と言って、ワシに似て絵を描くのが上手い奴じゃった」

「朔介?」

「特に風景画を描くのが得意で、『日本の美しい景色を天人共に汚させるわきゃいかねぇ!』つって刀を持って攘夷戦争に参加して……首だけになって帰ってきおった」

 

 ことんと南斉が箸を置いた。目を瞑りながら髭をゆっくりと弄る姿は泣くのを堪えている様に空木は見えた。

 

「本当、可愛い子じゃったのに……。ワシに似て、魂を写し取る技術もあったというのに……」

(絵を描くのが好きな朔介、か)

 

 少しばかり引っ掛かるものがあった空木であったが、いやまさかと考えない様にした。

 食事を止めた南斉が立ちあがり、隣の私室へ移動して一枚の絵を持ってきた。一人の青年の絵だった。床に座りながら楽しそうに絵を描いている様子で、見ている者にもその嬉々とした感情が伝わってくるようだった。

 その顔に見覚えがあると空木は思った。

 

「な?楽しそうに描いておるだろ?先の短いワシの生活を支えてくれていたんじゃが、結局は一人で終わることになっちまった」

「もう長くは無いのか」

「ワシ、こう見えて卒寿迎えておるかんね」

 

 ふふんと鼻を鳴らした南斉と思案しながら食事を進める空木によって、少し騒がしくなった夕餉は終わった。

 その矢先のことであった。

 

「のう、空木」

「何だ」

「お主も描いてみんか?」

「絵を?」

 

 南斉は空木にそう提案した。あまりの突拍子も無い提案だったが、茶化す様子もなく南斉は空木を見つめていた。

 

「俺は朔介にはなれんぞ」

「そんなの知っとるわ。ウチの朔介はこんな陰気な男じゃないわい」

 

 悪態を吐きながらも空木は南斉の部屋へ行き、南斉から絵の手解きを受けることになった。

 

 

||

 

 

 それから一週間後。空木と南斉の奇妙な生活から二週間程経った頃のことだ。

 

「そうじゃ、線は筆の力の強弱でよく現れる。揚々とだったり、静々とだったり描くも己の自由自在」

 

 スパルタながら南斉の手解きは分かりやすかった。かつては多くの弟子を取っては輩出したと鼻高々に言っていた実績は伊達ではない。

 

「よしよし。物を捉える目の力はあるようじゃな。あとは魂を込めるのみじゃの」

「魂を込める?」

「そう。絵というのは画題の輝ける一瞬を切り取れる妙技だ。…最近では写真なんぞが流行っているがの。

 それでも、絵には己と画題の魂が込められる。画題の魂を見据えて捉え、一瞬だけキラリと輝くその瞬間の魂を写し取ることが出来るもんだ」

 

 何度も南斉が繰り返し呟く言葉だった。

 

「空木、お主は良い線を描ける。後は魂だけだのう」

「魂…」

 

 南斉には空木の描いた絵は空っぽに見えている。そこに魂を写し取ることが出来れば、己の弟子たちの様に良い絵を描けると南斉は睨んでいた。

 空木は着彩を終えた絵から筆を置いた。

 

「魂とはなんだ」

「魂ってホラ…アレじゃよ。人なら誰でも持ってる類のもんじゃ」

「曖昧だなぁ…」

 

 少し疲れた様に空木が笑う。それならば到底己は持てぬモノだと、空木は強く感じた。

 それを知ってか知らずか、南斉はその枯れ木の様な腕を空木の頭に乗せた。

 

「ま、お主はまだ若い。描き続けていればきっと見えてくるわい」

「そうだと良いのだがな。さて、そろそろ夕餉の支度をしよう」

「今日は何じゃ~?」

「田楽だ。楽しみにしておけ」

「ヒョォォォ~!」

 

 南斉の私室から厨の部屋へ移動しようとした時だった。荒々しく玄関の戸が開かれた。

 それに少し警戒しながら空木が玄関に近付いて、向かい側の壁まで吹っ飛ばされた。壁に貼られた紙がはらはらと落ちて土煙を立てた。

 

「なんじゃ空木この音は…っ!」

「よぉ…爺ィ。今日は実力行使に来たぜェ」

「そうそう。俺たち村雨mark2が」「三番目の村正が」「第四代目村麻紗が」「五合目村雨がよォ」

「色々と混ざり過ぎておるぞお前たちィ!!!村雨か村正か村麻紗か統一せい!!!」

「おい、村麻紗。村正だって言ってんだろ」「や、村正じゃなくて村雨じゃね…?」「あ、そっかぁ」

「おいおい、第二第三の村雨でいこうって言ったじゃねェか。

 っと…。そうそう爺、抵抗は止めておけよ。五人に勝てるとでも思ってんのか?」

 

 バラバラだった村雨たちが息を合わせたように刀を南斉へ向けた。引き攣った声を出しながら南斉は逃げようとしたが、腰が震えて動けなくなっていた。

 じり、じり、と村雨たちは近付いて南斉を刃先で動かした。今までは一人ずつで物を投げれば帰っていたチンピラたちでも集まれば威圧感が出るというもの。

 

(くそ…!あの絵を描く時間をこいつ等に割くのは駄目だ…!もうワシには時間が無いというのに!)

 

 日常ではピンピンと老人とは思えない程動く南斉であったが、年には勝てず段々と動きが衰えていく絵の腕に焦りを見せていた。それは素人から見れば早業であり流石高名な絵師であると言うものだが、南斉は自身の衰えを痛い程に自覚していた。

 最高の傑作を描いて死にたい。南斉は幸か不幸か自身の遺作に見合う人材を見つけ、自身の腕を戯れに伝授させた。後は、画題の一瞬にして輝く魂を見つけるだけだった。

 

 南斉は死を覚悟した。絵師としての己の矜持。最高傑作を描いてから死にたいと思った己の魂を、ここで折ることになるとは。泣きたくなる思いで南斉は私室へ移動させられ、筆を取った。

 

「村雨…か」

 

 そんなに強いのなら、今この紛い物の村雨たちを吹っ飛ばしてくれと願いながら南斉は筆を水に浸けた。

 

「おい。土足で家に上がるなとそう教育されたことは無かったのか?」

「て、テメェ!」「んだとコラァ!」

「ああ、何でこんなことに…。ほんに嘆かわしいことだ」

 

 怪しい様子で独り言を呟く空木の姿は南斉からは見えなかった。

 

「おい南斉。目を閉じていろ。絶対にだ」

「わ、分かった…」

 

 そう言われてぎゅぅっと南斉は目を瞑った。

 

 空木は、戦場に赴いた時の服装を身に着けていた。

 深編笠を着け、柚葉色に細かく散らされた算木崩しの小紋に縞袴。そして寒気を覚えさせる刀。俗に言う村雨スタイル。

 引き抜けば一度寒気と血の雨を降らせる村雨を持って空木は男たちを南斉の部屋から文字通り引き抜き、縁側に見える庭へ放り投げた。

 

「て、テメェまさか!」

「良いことを教えてやろう。村雨成りきりセットの心得だ」

「野郎!お、襲い掛かれェ!」

 

「一つ、刀を抜けば獲物の首を狙う」

 

 刀を振り上げた第二の村雨と第四の村雨の首が縁側の庭に落ちた。

 

「二つ、刀を抜けば獲物の心臓を狙う」

 

 逃げようとした第三、第五の村雨の心臓を一突きし、そのまま絶命した。

 

「三つ、刀を抜けば獲物の首と心臓を狙う」

「いや一つ目二つ目と同じこと言ってんじゃねーか!!!」

 

 そう叫びながら第一の村雨の首が飛び、心臓を突かれて完全に絶命した。

 

「つまりはだな、刀を振るう俺に喋る暇なんぞそうそう無いということだ」

 

 とん、と転がる第一の村雨を横目に、村雨から発生した露が紛い物村雨たちの血を洗い落とした。

 刀を一振りして血の混じった露を払い、鞘に納めた。一息ついて、せめて着替えようと思った空木は縁側から覗く南斉の姿を見た。

 

「お、お主…」

「見るなと言ったのに」

 

 深編笠を取って空木は顔を表した。南斉は目を見開いて柱を掴んだまま震えていた。

 

「空木が村雨じゃったとは…」

「そうだな。今までその人斬りと寝食を共にしていたのだ」

「なんと、なんともまぁ…」

 

 …哀しい生物じゃな。

 

 南斉の震えた声で出された言葉が空木を苛立たせた。刀を取り出しそうになるのを抑え、口を戦慄かせては堪えた。もうここにはいられやしないだろうと空木は漠然と感じていた。

 今まで難無く付き合えていたことの方がおかしかった。そう思うことにした。

 

「待て」

 

 いつの間にか空木の足を掴んでいた南斉が引き留めた。面倒そうに空木は南斉を見た。一瞬蹴飛ばそうかと思ったが、二週間も過ごしたせいか玄関の角で軽く削ぎ落とす程度にしようと考えた。

 

「見えたぞ。お主の……魂が!!」

 

 方洲処南斉と空木が初めて出会った時の様に、南斉は大声を上げて目を血走らせていた。

 

 

||

 

 

「まったく、あんな場面を見ておきながら家に引き留めるか普通?」

「ワシはな、もう先は短くない。満足に腕が動かなくなる時が近い。

 …絵師としての己が死ぬ時こそ、また方洲処南斉が死ぬ時。それこそ己が魂朽ち果てる時じゃ。

 ワシは最高傑作を描いてから死にたいわい」

「狂人め」

「もう周りに言われとるわい。画狂人とな」

 

 がはは!と笑いながら南斉は筆を動かした。

 

 庭で行われた凶行は村雨こと空木自身が偽物たちの遺体を回収し、遠くの方に埋めた。家に付いた血や散らされた和紙なども片付けている最中、南斉は狂ったように笑いながら私室に籠り、己の最高傑作を描いていた。

 

 南斉は今まで過ごしてきて見当たらなかった空木の魂をあの夕方の時分に感じ取った。

 南斉自身、魂とは何かと答えることは難しい。しかし、他人の心を揺さぶられるその瞬間、南斉のボケ始めて濁ってきた瞳は鮮烈な輝きを見通した。あれは盲目になっても見える類のものじゃと南斉は思った。

 

「人が恐ろしいか、空木」

「ああ、それはもう。とびっきりに恐ろしい」

 

 空木もまた、寿命の短い人に己が胸中を打ち明けていた。拾った子供にも言わなかった言葉だ。

 

「恐ろしいのに、悍ましいのに、惹かれてしまうモノだ。手を取れば再び離れることは必定であるのに、何度も何度も日陰から陽の下を歩く人を求めてしまう」

「難儀じゃなぁ…お主。それはまるで自身は人ではないと言っているように聞こえるぞ」

「ああ。もうとっくに人ではない。人を斬ることに何も感じないからな」

「ほほぉー…言い切りおったな」

 

 南斉はおかしそうに笑って絵を描き進めた。そうじゃな、これだけでは物寂しかろうと南斉は空木の周辺にもう一つ画題を付け足した。

 

「空木もまた、人であることに違いはないぞ」

「世辞でもそんなことを言うな。そろそろ終わるのだろう」

「世辞じゃないわい。ああ、うむ、後は着色だけじゃ」

 

 ズビー!と南斉が空木に差し出された茶を飲み干した。入れてから大分経ったその茶は丁度良い温さを持っていた。

 

「そうやって悩むのもまた人…いいや、このワシの目がお主の魂を捉えたのだ。誇れ空木よ」

「…結局その魂とやらは何なのだ」

「ワシにもよう分からん」

「いっっっっつもその回答だな」

「よう分からんが…ワシが昔から目に見えたモンじゃ。それを見たら、"これは残さねばなるまい"という気持ちが昂って絵に残したいと思ったのが初めじゃったなー」

「思い出話か。随分と近いな」

 

 空木の、南斉とはまた違った物が見える目には南斉に浮かぶ線が薄くなっていた。その線は生命を現す物だとなんとなく空木は理解していた。だから、それが薄れるということは南斉の寿命もそこまで迫ってきている。

 それもそうだ。空木の正体が発覚した時から南斉は何日も寝ていないし、食べてもいない。

 文字通り、身を削って魂を絵に注ぎ込んでいる。

 

「ワシにも分からんが、空木にはまだ時間がある。魂を探す旅路というのも良いとは思わんか。

 そして絵巻物でも描いてワシに見せろ」

「なんでお前に見せなきゃなんないんだ。そのまま成仏してろ」

「ははは!化けてでも見てやろう。最後の弟子の作品をな」

「弟子か」

「そう。お前はワシの弟子だ。息子にも娘にも、何より甥にも突き放された老人が戯れに教えた、最後のな」

 

 南斉は筆を動かす。顔料を溶いた小皿に何度も筆を浸し、濃度を調節しながらも絵を描いていく。

 

 …甥。

 空木は戦場で出会った、絵を描いている人物を思い出した。方洲処南斉の甥である朔介は空木を見て言った。

 

「『いつもだったら風景画なんだがな。アンタを見てっと描きたくなっちまってな』」

「お、おい…空木。それは…そりゃぁ……」

「どっかの誰かが言っていた言葉だったか。どこぞの画狂人の血でも引いたのか、こんな絵を残して逝ってたな」

 

 空木がひらりと懐から一枚の紙を見せた。朔介が天人の攻撃で世を去る前、眠っている振りをしていた空木に押し付けられたものだった。

 

「なんだ。俺もアイツも考えてる構図は一緒ってか」

「見た感じそうだな。魂が見える絵師とやらは考えていることも同じになるらしい」

「ガハハッ!違いねぇなぁ…!」

 

 南斉が筆を置いた。

 

「朔介は首だけでも持って帰れたのがやっとだった。それだけは言っておく」

 

 朔介は天人の砲撃で身体を吹き飛ばされた。倒壊した土くれの中で誰かの遺体の欠片が残っている事自体が奇跡だった。その砲撃で逃げ帰ろうとした攘夷志士にそれらを持たせたのがその場で空木が出来ることだった。

 

「ハハハ…、画狂人としても方洲処平三郎としても死ねる。これ以上無い老後が…ある、か」

 

 それからぽっきりと、南斉の声は消えた。線も消えて、実に穏やかな顔で彼方へと旅立った。

 

 

 

 空木が町に行って方洲処南斉の訃報を伝えた。方洲処南斉からの遺言で葬儀は静かにやって欲しいということで、面識のあったふくよかな女将とその一家、最期を看取った空木とで簡易的な葬儀を行い、南斉の遺体を埋めた。

 

 葬式も終わり、空木はふっと売店へと寄った。

 

「すまない、筆と墨、それから紙を売ってくれ」

「あいよ。日記でも書くのかい?」

「そんな所だ」

 

 買ったばかりの新品の筆をくるくると回す。南斉が見れば「何をしとるんじゃ馬鹿者ォ!」と怒鳴られそうだなと考えて、空木は懐に買ってきた筆と墨と紙を入れた。

 代わりに二枚の紙を取り出した。片や同じような構図で白黒のみの浮世絵、片や同じような構図で着色された浮世絵だ。

 

「俺が、こんな顔をしている筈が無いだろうが」

 

 泣きそうな顔で眼差しと片腕を陽の元へ向ける刀を持った血塗れの男の姿だ。足元には見事な空木の花々が咲き、男の足元に流れる血の池を映えさせた。

 傍らに空木と書かれ、隣には「生きていたい人」と達筆な文字で書かれていた。

 

 




方洲処南斉…本名、方洲処平三郎。葛飾北斎をもじったオリキャラ。方洲処はかつしかの語源の一説から。常に酒を飲んでいた酔っ払いだったが絵の腕は一級品。酒癖の悪さで家族から見放されていた所に朔介が南斉に絵を習う&介護で共に住んでいた。常に部屋は汚い。
朔介…第一次攘夷戦争で死去。無くすには惜しい絵の腕前だった。
空木…夜中は絵を描くようになった。
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