アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww   作:花極四季

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一年半近くぶり、しかしまだプロローグ。更に別の作品書いている自分。救いようがないね。
次回がようやくプロローグのエピローグになります。本当は一話に纏めたかったけど、流石に長すぎるのでNG。どうせ予定外に文章が増えるから。


十四話

「――逃げるぞ」

 

 判断は一瞬だった。

指示が下された瞬間、皆一斉に大聖堂の扉へ向けて走り出す。

 迷いのない転身からの全力疾走、しかし視界から種子の姿を離すことは決してしない。

 本来ならば逃走というのは恥ずべき行為。しかし、誰もがその選択に迷いなく従った。

 退路などないことも承知の上で、それしかないと判断するしかなかった。

 刃を交えるまでもなく察したのだ。――目の前の化け物には絶対に勝てない、と。

 

 目を背けたい欲求に駆られながらも、一度目を離せばその瞬間に命を刈り取られているかもしれないという板挟みの絶望がそれを許さない。

 波濤の如く押し寄せる絶望の波に足を掬われないように、必死に足に力を込める。

 最短かつ最速で、永遠とも錯覚する距離を形振り構わず疾走する。

 

「ナナカ、アンナ!」

 

「言われるまでも――」

 

「ないって訳よ――!!」

 

 二人の名を叫ぶと同時に、事前に意図を汲んで詠唱を済ませていた彼女達の魔法弾が大聖堂の扉へと放たれる。

 重厚な扉とはいえ、二人の魔法の前ならば過剰もいいところの出力。さながら紙細工に拳を振り下ろすが如し所業。

 しかし、そんな未来は訪れることはなく、魔法弾は結界とは異なる様相の光の壁に阻まれるようにして霧散してしまう。

 予感はしていた。仕組みこそ不明だが、そう易易逃してはくれないだろうことぐらいは分かりきっていた。

 だが、不測の事態なんてものは職業柄日常茶飯事のようなもので、それを乗り越えてきたからこそ【トワイライトキャラバン】が今ここにいる。

 その経験が、如何なる状況でも常に思考を二手三手と先読みし、冷静に指示を出す能力へと昇華させていた。

 その先読みがこの状況を予見していればこれ以上なかったのだが、もはや後の祭り。

 反省も後悔も、この窮地を超えない限りは何ら意味もない逃避でしかないのだから。

 

「エリコ、『ディフェンダー』!」

 

 先んじて振り返り、種子と対峙していたエリコへ指示を出す。

 エリコへ下した指示は、対強敵用に組まれた陣形の起点となる"構え"を意味する。

 【トワイライトキャラバン】は名実共に実力者が集うギルドであり、並大抵の相手ならば攻撃一辺倒による短期決戦が最もリスクの低い選択であり、それを常套としていた。まさしく、攻撃は最大の防御を地でいくスタイルだ。

 しかし、極稀にそれではリスク・リターンが釣り合わない強敵と遭遇することがある。

 エリコへ下した指示は、そんな対強敵用に組まれた陣形の起点となる"構え"。

 圧倒的暴力による蹂躙ではなく、味方を護ることを優先した立ち回り。そのトリガーとなる言葉が『ディフェンダー』である。

 

「皆さん、どうにか道を開いて!私が食い止めます!!」

 

「破壊は魔法組で、私はエリコの支援に回る!」

 

「「「了解!!」」」 

 

 そうして、再びルカとエリコは種子の化け物へと相対する。

 エリコは腰を落とした姿勢で、種子が伸ばした触手を斧で薙ぎ払う。

 盾も鎧もない、純粋な彼女の耐久力と技量に依存した戦術。傍から見れば無茶以外の何物でもない陣形。

 しかし、エリコには秘策があった。

 ――否、それは秘策というにはお粗末極まりない、彼女自身の未熟さの発露であり、忌むべき悪性。

 それでも、今この瞬間においては頼らざるを得ない力であり、出し惜しみする余裕などありはしない。

 面と向かっているだけで恐怖で支配されそうになるエリコの心。それを振り払うように彼女はあらん限りの咆哮を唱えた。

 

「ハァアアアアア――!!」

 

 恐怖に打ち克つ為自らを鼓舞する絶叫は、恐怖を吹き飛ばすと同時に彼女の内に秘められた"混沌"を呼び起こす。

 ――反転。穏やかな顔つきは一変して、狂気を剥き出しにした獣へと変質する。

 

「クスクスクス……私達の邪魔をする悪い子は、貴方かしら――!!」

 

 狂気を宿したエリコは、口角を吊り上げたまま勇猛果敢に斧を種子へと投げつける。

 本体に命中した斧は難なく弾かれるも、その軌道を想定して先回りしたエリコの手に戻ると、肩で殴り抜ける姿勢で一気に距離を詰め、斧を本能の赴くままに何度も叩きつけていく。

 それどころか、隙があれば拳や蹴りととにかく主導権を握らせまいと攻めの一手を貫き通す。

 その姿はさながら血に飢えた肉食獣同然であり、今の彼女は文字通り人の形をした獣でしかない。

 

 狂気に身を委ねたエリコ――あの状態を我々は《インナービースト》と呼んでいる。

 当人は感情を制御できない未熟さを露呈するようで恥ずべき性質であると自戒しているが、その理由もこの光景を見れば誰もが理解するであろう。

 あの状態のエリコは理性よりも本能に従い、自らがどれだけ傷つくことも厭わず破壊衝動に身を任せるようになる。

 そして、圧倒的な手数と狂気が敵に伝播することで、敵は否が応でもエリコに注目せざるを得なくなる。

 味方を庇うのではなく、敵対心を稼ぐことで結果的に味方を護ることに繋がる、そんな結果論でしかない非合理的な守護。

 だが現実として、この理屈はあの化け物にも適応されるようで、反撃の全てはエリコへと吸い込まれていく。

 反面、それはエリコへ負担が加速することを意味する。

 ある程度は自己回復の手段があるとはいえ、回復魔法を使える味方が存在しない以上、長期戦は見込めない。

 故に、やるならば最大火力を一気に叩き込んでの短期決戦。それこそが活路を見出す唯一の手段。

 

 エリコが種子を引き付けている間、ルカは破壊が蔓延る中で心を無に精神統一していた。

 《黙想》――一意専心で自己と向き合い、内に秘められた《剣気》を高めていく。

 半端な一撃では通用しない。故に、極限まで練り上げた力を瞬間的に開放することで反撃の余地を失くす。

 

「いざ、参る――!!」

 

 瞬時に種子の懐に入り込む《必殺剣・暁天》を起点とし、刀と鞘によって繰り出される袈裟十字切り――《必殺剣・閃影》を繰り出す。

 勢いをそのままに、吹き荒ぶ氷雪の如き剣戟――《雪風》、荒れ狂う桜の花弁の如し一閃――《花車》、三日月の孤を想起させる鋭い一撃――《月光》と間髪入れずに斬り付けていく。

 ――そして、刀を鞘に戻し深く腰を落とし一呼吸置いた刹那、瞬きすら許さない瞬発力によって放たれる三連撃――《乱れ雪月花》が牙を剥いた。

 

「――覚悟は良いですわね?」

 

 ルカの剣戟無双によって意識が逸れたその瞬間をエリコは見逃さなかった。

 戦闘によってより高められた狂気を一斉に解放。渾身の三連打を叩き込む《デッドリーパニッシュ》を、呼吸を整える間も無く三回――狂気によってリミッターが外された9連撃が種子の肉体を抉り取る。

 

「――真打ち登場!我らも続くぞ同盟者よ!!」

 

「アイアイサー!ナナカちゃん、フィーバーターイム!!」

 

 壁破壊に専念していた筈のアンナとナナカが、まるで無意識の願望に応えるかのように詠唱の二重唱を奏でる。

 その術式が何かを察した前衛二人は、瞬時に種子から距離を取る。

 

「顕現せよ、我らが紡ぎし根源への三重門!」

 

「精霊よ、契約に従いその魂を鍵と化し、天獄の門を開放せしめん!!」

 

「「《ヴァーミリオンスカージ》!!」」

 

 巨大な魔法陣の中心に隣り合う2つの魔法陣が、種子の中心に展開される。

 互いの魔力を余すところなく注ぎ込ませ、2つの魔力が陣の中で融合した瞬間、極大の魔力が暴走し大聖堂の屋根をも超えて天空を貫く柱となった。

 網膜を灼く程の閃光が種子の化け物を包み込み、大聖堂諸共に破壊されていく。

 その光景を見届けていると、肉体の限界が訪れたのだろう。魔力を極限まで搾り出した二人はふらつくようにして座り込み、ルカは間髪入れない斬撃を繰り返した反動で急激な疲労が押し寄せて来たことで片膝を突き、文字通り心身共々消耗したエリコは崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。

 

「エリコ!!」

 

 最も近くに居たルカが、自らの疲労を押してエリコへと駆け寄る。

 抱き上げた身体は女性の肢体には似つかわしくない夥しい量の傷で支配されており、彼女への負担が如何に集中していたかを物語っている。

 しかし、それはあの種子の猛攻を一身に受け止めただけで出来た傷ではない。限界を超えた肉体の行使が反動となって彼女を痛めつけたからである。

 

「ポーションだ、飲んでくれ頼む!」

 

 半開きになったエリコの口内へとポーションを注ぎ込むが、咽せ返るばかりで身体に行き渡らない。

 それどころか、逆流するポーションに混ざった血の量を見て、自己回復が追いつかず内臓へのダメージも深刻であることを察してしまう。

 このままではエリコの命が危うい。しかし、ここまで彼女が消耗する事態が今までなかったことから、愚かにも思考が一瞬錯綜してしまう。

 その一瞬が、致命的な隙となる。

 

「ルカ、避けて!」

 

 その言葉に従うよりも速く、無数の触手の薙ぎ払いによってエリコ共々壁まで吹き飛ばされる。

 最悪なことに、エリコが飛ばされた方向は入り口とは真逆であり、彼我の距離差から最も近いのが吹き飛ばされたばかりのルカであり、そんな彼女は受け身もままならない完全な不意打ちを食らってしまい、まともに身体が機能しないでいる。

 

「あ、ぐ――」

 

 慢心でも油断でもない、仲間を想うが故の致命的な隙。

 リーダーとして、冷静かつ冷徹な判断こそが肝要であると常日頃から心に留めていようとも、窮地にこそ人の本質は出るもの。

 慢心を抱いていた訳ではなかった。

 今ある我々の全力を解放し、それでも敵わなかった。

 この時点で、心に罅が入っていたのだろう。

 圧倒的な強者から立ち向かうことも逃げることも許されないとなれば、果たして誰が心折れることを責められよう。

 

 激痛に顔を歪めながらも、触手が出て来た方角へと視界を向ける。

 大魔法の余波によって巻き上げられた土煙が晴れた先には、予想通りの最悪が見下ろしていた。

 

「――は、」

 

 ――だが、それでも。

 武者震いという奴だろう。絶望に侵食されつつある心とはまた別に、身体は自然と奮い立つ。

 窮地にこそ人の本質が出るとは言うが、まさしく今がその時。

 全てを諦めて投げ出すことも、絶望の淵に沈むことも頭にはない。

 諦めたくない。まだ、何も成し遂げていないのに。無意味に死ぬなんて嫌だ、と。

 突き詰めていけば、そんな単純な理由。しかし、単純であることの何が悪い?

 人生とは所詮、定められた生と死のサイクルの最中のモラトリアムでしかない。そこで何をするも自由で、全てが自己責任に帰結するというならば、如何なる選択をしたところで行き着くところは自己満足の極み。

 ならばいっそ開き直って、たとえ無様で格好悪くても最期まで必死に足掻いた方がまだマシだ。

 

 種子の化け物が、魔力切れを起こしたアンナ達に照準を定めるように身体を旋回させる。

 視界が全方位ではないのか、或いは攻撃出来る範囲になかったのか。理不尽の極みのような存在でも、物理法則には逆らえないらしい。

 しかし、そんな情報が果たして現状においてなんの解決札になり得るというのか。

 せいぜいが数秒の時間が稼げた程度の差でしかない。そんなもので悲劇的な現実は変えられない。

 

 ミツキが入り口付近で今にも魔力を封じた眼帯を解放しようとしているが、発動までのタイムラグを考慮すれば、あまりにも遅い。

 彼我の距離は明確に開いており、魔力を解放したミツキが如何に全力を出そうともそれよりも種子の方が早く動く。

 如何に視界が存在しようとも全方位からの攻撃を可能とする存在を相手に取れる選択肢は限りなく少ない。

 あれ程の大技を直撃させてなお無傷に等しいダメージしか与えられなかったのだ。今更自分ひとりの力でどうにかなるものではない。

 藁にも縋る思いで視界を動かす。

 絶望を穿つ、起死回生の一手。そんなものに縋るしかない無様などかなぐり捨て、目を皿にして希望の一粒を探す。

 

「――あ、」

 

 灯台下暗し、その言葉が脳裏を過った。

 腕を伸ばせば届く距離に落ちていたそれは、まさに自分がここまで背負い続けてきた思い出の品。

 愛刀以上に長く大きいそれは、女性の身体で背負うには不相応な代物。

 此度の遠征が困難なものになると確信しながらも手放せなかった、執着を通り越して身体の一部とさえ錯覚するほど身に着けていた長物。

 故に、気付くのが遅れた。

 痛む身体に鞭を打ち、乱暴にそれを掴み取る。

 勢いをそのままに包んでいた布を剥ぎ取ると、その姿が露わになる。

 

 ――それは、一言で言えば【銃剣】だった。

 刀のような片刃に、その峰に当たる箇所に細長い砲身が添えられたそれは、武器というカテゴリにおいてあまりにも歪な造りをしている。

 近距離と遠距離のどちらにも対応できると言えば聞こえが良いが、その能力を万全に発揮するには相応の実力が求められる上に、一挙両得を狙った構造は武器としての耐久性を犠牲にすることで成立しており、素人が扱っても鈍器以下の代物にしかならない。

 そもそも銃なんてものは、知る限りでは技術的な理由からごく少数しか流通しておらず、遠距離の武器は魔法や弓が主流となっている。

 魔法のような才能も弓のような技術も必要とせず、誰もが一定の水準の力を発揮できることから、国家からすれば軍に配備したいであろうそれは、技術的な理由で量産体制までには程遠く結果ごく一部でのみ流通する武器として認知されている。

 

 思えば、そんな技術的革新の塊ともいえる銃を剣と合体させた武器なんてトンチキを、アイツはいつの間にか自作したと言っていた。

 当時はその凄さを理解しておらず、便利だなぐらいの感想しか抱いてなかったが、知識を深めるほどにそれが如何にとんでもない代物であるかがわかり、そんなものを作れるアイツがあまりにも凄すぎて――いつしか、自分が奴の背中を追うばかりの立場であることに気が付かされた。

 寡黙で、仏頂面で、いまいち何考えてるのかもわかりづらい癖に、たいていのことは自分で何とか出来るから誰にも頼ろうとしない。

 そんなだから、リーダーの癖に実際の取り纏め役は副リーダーである自分がやる羽目になって、その経験もあってアイツがいつの間にかいなくなってしまってからの引継ぎもスムーズに行うことが出来たのは皮肉としか言いようがない。 

 

 アイツは前触れもなく、ある日煙のように姿を消した。

 誰に言伝るわけでもなく、ただこの銃剣だけを残して、痕跡ひとつなくどこかに消えてしまった。

 理由も所在も不明。メンバー全員で数日必死に探し回ったが、成果はゼロ。

 意図的かそうでないかなど、私には関係なかった。

 

 また、私を置いていくのか。

 物理的に見えていた背中でさえ遠いと感じていたのに、今度は存在すら見せてくれないのかと。

 散々憤った。酒に溺れ、無心で剣を振り、感情に整理を付けようと必死になんてもやった。

 そうしないと、アイツの居ない現実の重さに圧し潰されそうだったから。

 残ったメンバーの皆にはその件では散々迷惑をかけた。いや、迷惑ならいつでもかけている自覚はある。

 私は、アイツとは違う。リーダーなんて柄じゃないと思ってるし、相応の能力があるなんて口が裂けても言えない。

 アイツなら、この状況を何とか出来たかもしれない。そもそも、そうならないような上手い立ち回りが出来ていた可能性だってある。

 それは願望ではなく、アイツの背中を追い続け同じ世界を見ようと足掻いた経験からの、確信に近い推測。

 

 この銃剣を背負ってきたのだって、言ってしまえば願掛けのようなものだった。

 少しでもアイツのようになりたい。アイツが持っていたものに肖ろうと、女々しくも明らかな荷物だったこれを背負ってここまで来た。

 ――でも、それは正しい選択だったかもしれないと、今なら思える。

 

 銃剣の砲身を種子の化け物に向け、両足で側面を挟み込んで銃身を固定する。

 足に走る激痛は、銃剣を巻いていた布を噛んで必死に堪える。

 銃なんて一度も使ったことはない。どういうものかは知っていても、それを扱うに足る技量も筋力もない。

 女の身体、しかも満身創痍のそれともなれば、一度の発砲で諸共に反動で吹き飛ぶ確信があった。

 私達がどんなに頑張ってもまともにダメージを与えられなかった相手に、そのたった一発を撃つ意味が果たしてあるのかどうか。

 

 ――ある。

 理由など、アイツが手製で作った武器だから。それだけでいい。

 私は、いつだってアイツを見てきた。

 アイツの凄いところは余すことなく見てきた。

 だからこそ、言える。

 アイツの作った武器が、あんな奴に負けるわけがないと。

 この一射は、決して無駄な足掻きでは終わらないのだと。

 

「使わせてもらうからね――オーヴァン(・・・・・)

 

 震える指を必死に抑え込み、あらん限りの力で引鉄を引く。

 瞬間、金属的な衝撃音と共に放たれる弾丸。その反動で吹き飛ぶ身体。

 走馬灯のように世界が緩慢に映る中、弾丸が種子の化け物の持つ見えない障壁に着弾し、一瞬の均衡を超えて障壁を破り、その白のくすんだ殻を突き破った。

 

『■■■■■■■■――!!』

 

 声帯を持たない筈の姿から発せられる、耳をつんざく奇声のような音。

 紛れもなくそれは、奴がダメージを受けたという証明。

 自分達が全力を振るってなお届かなかった現実を、たった一発の弾丸が塗り替えた。

 悔しいなどという感情すら湧き上がらない、隔絶した実力差。

 私達が重ねてきた努力を、いち武器でしかないコレが否定した。

 絶望と共に抱えた無念を、彼の残した武器が晴らしてくれた。

 自らの不甲斐なさ、一矢報いた爽快感――生と負がない交ぜとなった感情が瞬間的に溢れ出し、しかしそれは背中を地面に打ち付ける痛みによって一瞬で霧散した。

 

 激痛が喪失していく感覚と共に、急速に意識の混濁が始まる。

 肉体が苦痛すら感じられないほどにダメージを受けているのは明らかであり、そうなることは想定済みだった。

 さりとて他に選択肢があったわけでもなく、自分の末路も考慮した上で躊躇なくこの選択をしたのだ。

 意識が今にもトびそうになる感覚に必死に抵抗しながら、種子の化け物を睨みつける。

 先程の一発は確かに奴にダメージを与えることに成功した。

 しかし、所詮は一発。

 奴の障壁を突破出来たといっても、弾丸一発で倒せるなんてハナから期待などしていない。

 目的はひとつ。こちらに注意を向けさせるため。

 

 奴にとって自分達は眼前に飛び回るハエ程度の厄介さしかなかった筈。

 しかし、そんな心境の中で突如として蜂の一刺しに襲われようともなれば、知性の有無に関わらず嫌でもその意識は蜂に向くことになる。

 元より足が動かなくなった時点で案山子にも劣る存在に成り下がっていたのだ。

 ただでさえ自分の我儘で彼女達を死地に誘引した責任があるのだから、せめてこれぐらいしなければ面目の立ちようがない。

 それでも、良くて数秒しか役割を果たせそうにないが、それで救う命があるかもしれないならば、やらない理由はない。

 

「ごめん……な」

 

 呼吸音と聞き間違えるほどのか細い声で、謝罪の言葉を呟く。

 誰に届くこともない、自己満足行為の極み。

 それがただのエゴであると知りながらも、口に出さずにはいられなかった。

 

 意識喪失の刹那、脳裏によぎるは仲間達との記憶。

 破天荒で、無軌道で、無法者の集まりだったギルド。

 気苦労の連続で気が休まる暇なんてなかった。

 ――でも、楽しかった。充実していた。満たされていたんだ。

 みんながいて、私の隣にはオーヴァンもいて。それで私の世界は幸福だった。

 でも、そんな世界は簡単に欠落してしまった。

 幸福な世界が壊れて、それを埋めるナニカが欲しくて。

 だから『黄昏の都』なんて眉唾を求めた。

 

 私自身は、正直『黄昏の都』なんてどうでもよかった。何なら信じてさえいなかった。

 オーヴァンがそれに執着していたようだから、その一助になれればいいぐらいの感覚で付き合っていたに過ぎない。

 でも、オーヴァンが失踪してからは話が変わっていた。

 これ以上の繋がりを失うことを畏れ、【トワイライトキャラバン】の大目標である『黄昏の都』の発見に執着するようになった。

 オーヴァンが探していた場所ならば、そこを目指せばいずれ再会できるかもしれない。

 そんな唯一といっても良い彼へ繋がる糸を手繰り寄せることに必死になったあまり、周りが見えていなかった。

 だからこんな無様を晒す羽目になるだけではなく、彼女達まで危険に巻き込んでしまった。

 彼女達も『黄昏の都』を探し求めていた以上自己責任、などと言えるはずもない。

 だって、私は【トワイライトキャラバン】のリーダーなんだ。

 繰り上がりでも、分不相応でも、リーダーであるからには彼女達を正しく導く責務がある。

 それが果たせないというのであれば、せめて自らの命を以て彼女達が少しでも生き延びれる可能性に賭ける。

 それが、責任を果たすということだ。

 

 無数の触手がまるで槍投げの構えのように切っ先をこちらに向けてくる。

 あんな巨大なものに貫かれようものならば、果たしてどれほど原型を留めていられるか。

 いや、いっそのこと欠片も形を残さないでいてくれた方が、彼女達に精神的負荷を与えずに済むだろうし、一思いにやってくれと意識を暗闇に鎮めようと張り詰めていた意識を脱力させる。

 

 ――瞬間、降り注いだ驟雨が天井を破砕し、触手を地面に張り付けにしていく。

 崩壊した天井から黄昏の光が射し込み、その眩しさに意識が浮上する。

 そしてその光の先から、流星の如く種子の化け物へと飛来する。

 認識するので手一杯な速度で迫るそれは、着弾の瞬間巨大な三つの爪痕のような傷跡を深々と刻み込み、そこから蒼い炎が噴き出しそのまま奴を包み込んだ。

 

 先程とは比べ物にならなほどの種子の化け物の悲鳴が木霊する。

 蒼炎の中から陽炎を纏い悠然と現れたのは――

 

「――あ、あ」

 

 それは、私にとっての執着の欠片。

 故も分からず、一目見たときからその存在に惹かれていた。

 彼女を護らなければと、内から迫る衝動に似た何かが告げており、それに従った結果の今があると言っても過言ではない。

 

 アオイ。

 超然的な雰囲気と実力を兼ね備えた、年齢不相応な雰囲気を纏う美しいエルフの少女。

 寡黙で、仏頂面で、一見何考えてるのかもわかりづらいが、会話になれば意外と弁が立ち、雰囲気とは裏腹に年相応な雰囲気を感じさせる。

 その手にある筈の弓は背中に隠れており、代わりに道中では影すら見せなかった双剣が握られている。

 同時に、あの爪痕のような傷はそれによってもたらされたのであろうと理解する。

 

 アオイは自分達の惨状を一瞥したかと思うと、未だ蒼炎によって悶える種子の化け物へと振り返る。

 双剣を虚空に振りかざすと音もなくそれは消え去る。

 理解の追い付かない現象を前に思考が混乱を来すも、そんな心境を嘲笑うかのように状況はより異常へと加速していく。

 アオイが背中の弓を手に取り、種子の化け物へと構えを向けたたかと思うと、それを中心に膨大な力の波が発生する。

 

 ――それは、まるで花弁のようだった。

 奴に銃弾が直撃する直前に見た、あの障壁のような形状の光の板が繋ぎ合わさり、幾何学の花弁を形成し弓へと装着されていく。

 そして、彼女の着ていた服に謎の文様が刻まれたかと思うと、まるで黄昏を彷彿とさせる朱色へと染まっていく。

 そんな光景をこの目で見て、確信する。

 あれは、我々の知る常識とは遥か離れた領域にある、埒外な力であると。

 あんな力、ヒトが持っていて良い力ではない、と。

 何故そんなものを彼女が扱えるのか、なんて思考を挟む余裕はない。

 魔力とも異なる異質なエネルギーは矢を形成し、弓に番えられる。

 その先端を起点として、膨大なエネルギーが球体となり収束していく。

 

 世界が震えている。

 まるで、この力に怯えているかのように。

 あの力が、まるでこの世界さえも壊す力とでも言わんばかりに。

 

 そして遂に、収束されたエネルギーは種子の化け物へと放たれ、着弾と共に大爆発を引き起こす。

 迸る閃光と余剰のエネルギーに飲み込まれた私は、光に消えていくアオイの背中の光景を最後に、今度こそ意識を手放した。

 

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