主を失った従者は一人、寂れた館で宙を仰ぐ。

少々筆が乗ったのでついつい書きあがってしまったもの。
願いと、祈りの、届くことを。


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せめてもの、願いと、祈りを


七夕の日に

喧しい蝉の声が耳に入る。

人里離れた山奥の屋敷。そりゃあ入らないわけもないのだが。

その蝉の声でようやく、自分が聞いていた音楽が鳴りやんでいることに気付いた。

床をモップ掛けしている最中の作業用にと思って流していたが、どうやら予想以上に集中しているようだった。しかし、その集中も蝉によって中断させられた。青々と雲なき空が広がる外を眺めながら、ぽつり。と思わず声が漏れる。

 

「そうか、もう、夏か……」

 

ふと、口を突いて出た言葉に心底どきりとする。

そう、もう夏なのだ。まだまだ夏に差し掛かった頃合いではあるが。

私たち従者が主を失ってからもう一年が経過しようとしていた。

 

音楽を再度流す気力もわかず、両耳からイヤホンを外す。くるくると巻き、ポケットへと入れる。

去年までならそんなに気になりもしなかった蝉の声がやけにうるさく感じる。

そんな蝉の声をかき消すように、床のモップ掛けを再開する。

力強く、少しづつ、前に、前に。進んでいく。

 

末端から、丁度半分ほどまで掃除し終わった廊下を見返し、ふぅ……とため息をつく。

以前なら複数人で分担して行っていた掃除も一人でやるのは中々骨が折れる。

主がどこかへと旅立ってから、大小様々な変化が身の回りに起きた。

大きな変化としては、ここを去った従者が多いことだ。

人手も足りず、ちょっとした賑わいも随分と減った。

寂れた。自分でもそう思う。きっと、主が帰ってきたら戻ってくる従者も多いことだろう。主にはカリスマがあった、人を引き寄せる魅力があった。

その人望で成り立っていたのだから、主がいなくなれば崩壊するのはわかりきっていたことだった。

小さい変化としてはこれだろう。と自分のポケットの中にある音楽プレーヤーを手に取り眺める。

主が従者の誰かを呼ぶときには小さな鐘をチリン、と鳴らしていた。

どの従者も、少しでも役に立ちたいもので、その音が聞こえないか、いつも耳をそばだてていたものだ。

その音も、聞こえることが無くなってからどれほど経ってからだろうか。

この耳に、音楽を流し始めたのは。

丁度中間の地点にいる長い廊下。その左右を見渡す。

人一人いない静寂に満ちた廊下。

あぁ、ここまで静かならば、鐘の音も聞き取りやすいだろうに。

ここまで感傷的な気分になるのはやはり、夏の暑さのせいだろうか。

いや、主がいないからだろう。

思えば、あの日から色々なものにあの人の影を感じてきた。

秋なら、枯葉舞い落ちる並木道に並ぶ木の裏からひょっこり出てくるんじゃないかと。

冬には、降りしきる雪のむこう側にいるのではないかと

春には、桜吹雪の下で微笑んでいるのではないかと

夏には、陽炎の、むこう側に。

そんなように、影を見てきた。

実体のない、影を。

 

そんなような事を考えながら、そらを仰ぐ。

そんな時だった。懐かしく、そして求めていた鐘の音が。可憐な、鐘の音が耳に飛び込んできたのは。

 

勢いよく駆け出す。何度も通った道だ。

何度も──願った音だ。

一歩一歩がもどかしい。

あぁ、こんなことなら近いところから掃除をするべきだった。

そんな思考も置き去りにして勢いよく駆ける。

目的の扉にようやくの思いでたどり着く

 

礼儀作法も彼方へと飛び、勢いよく扉を開ける。

そこには─────


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