季節は夏。いや、まだ梅雨が明けてない以上夏というのにはまだ早いのかもしれない。でも、ムシムシじめじめとしているこの環境の中では、自分は半袖を着ているから服装的には夏になるのかもしれない。そんなことはもしかしたらどうでも良い話なのかもしれないが、世間一般的には夏なのだろう。
はてさて、明日あたり宇宙のはるか先では、織姫と彦星がランデブーをする一大イベントがあるらしい。宇宙規模でイベントを引き起こす男女二人がいる一方、自分という人間は明日の予定すら未定のどうでもよい存在なのかもしれない。自分の存在がどうでもいいというよりは、周りから見て自分の存在の薄さというのが露見しているというだけなのだろう。もっとわかりやすい言葉を使うとしたら、自分は退屈であったのだ。現実という世界は実にキビシくできている。空からかわいい宇宙人が降ってくることもなければ、いきなり家に異世界から来た女の子が忍び込んでくるといったミステリー的な展開なんて早々起こるはずがない。しかし、ちょっとでもそんな不思議なことが起きてくれたらどんなに楽しい世界になるだろう。そんなことを考えなかったといったらもちろんそれは嘘になってしまう。でも、自分には現実っていうものはミステリー的な展開よりもちょっとだけ充実しているのかもしれない。それは、高校に進学して、部活に入り、一人のそれはそれは美しい女性に出会ったからだ。
「よーっす、ミノル君。どうしたんだぁい?」
長い髪をたなびかせながら自分の肩をたたく。
「えっ、いや、別になんでもないよ。うん」
「本当かぁい?そんな困ったような顔で写真編集をしている君を見るとちょろっとばかし心配になってしまうよ。ところでミノルくん、明日商店街で七夕祭りをやっているっていうけど、君は一緒に行くお友達とかいちゃったりしちゃったりするのかい?もちろんここでいうお友達っていうのは、もうわかるよね」
「そんな人僕にはいないよ」
「ほーん。でも、ひょっとしたらほしかったりしちゃったりしないの?」
「欲しくないっていったらうそになるかもしれないけど、自分にはそんな相手なんていないんだよ」
一緒に行きたい相手なら、今自分のすぐ目の前にいる。でもそんなことを言えるような度胸は自分にはちっとも存在しなかったのであった。
「ほーん。でも、ミノル君かわいいし性格もいいから探してみたらいそうな気がするけどね。あっ、そうだ!手あたり次第にナンパするってのはどうかな?ミノル君だったら何とかなると思うんだけど!」
「そんなこと僕にできるとでも思ってるの?」
「うっそだよ。ミノル君の性格じゃあそんなことはちっともできないね。はっははははは」
ゲラゲラと自分を見ながら笑っているのがパソコンの液晶画面の映り込みで見ることができた。
「おーっと、もうこんな時間だ。私はそろそろ帰ることにするね。それじゃあまた明日!またねー」
満面の笑みを浮かべた彼女は、僕が所属する写真部の同級生、はるかちゃんだ。僕が毎日部室に通うのは、彼女がいるからといっても過言ではない。彼女と七夕祭に行けたらそれはもう幸せなもんだろう。しかし、自分には祭りに誘うような勇気も度胸もなかったんだ。
ふとため息をつき、自分も部室を後にした。
商店街をしばらく歩き、本屋で立ち読みをしてラノベを何冊か買ったのち、家に帰ることにした。制服から着替え、今日もこうやって一人でベランダに出て外の景色をぼーっと見て過ごす。これはこれは本当に退屈なもんだ。いつもと全く変わらない日常。そんな日常から変えられない自分を見ている梅雨時の雨は自分に対して「ヘタレね」と小ばかにしているように聞こえてくる。もっと春香ちゃんと一緒に過ごしたい。いっそのこと、僕に告白でもしてくれないか。などというたわいもないほどヘタレなことを考えていると謎の光が自分のほうに向かってくるのが見えた。
「ッツっと…」
今まで生きていた中で一度も見たことがない。いや、アニメや漫画のなかでは見たことがあったかもしれない。そんなキラキラな服装をした女の子がベランダに降ってきた。
「…は?」
自分は今起きていることが理解できなく、思わずその女のことをじっと見つめていた。
「どうして私のことを見つめているの?」
「はい?」
「もしかして、初対面の私に対して劣情を抱いてしまったの?」
何なんだろうこいつは。自意識過剰系の宇宙人なのだろうか。はたまた、自意識過剰で面倒だから宇宙から迫害された可哀想なお方なのだろうか。
「さっきから何一人でぶつぶつ言っているの?もしかして、私がかわいすぎて声をかけられないの?まあそれも仕方ないわね」
どういう意味でこのような発言をしているのか自分には全く理解できなかった。いや、まあ確かにかわいく無いといったらうそになってしまうような容姿なのであるが、それを自分でかわいすぎるといってしまうというのはどうなんだろうか。自分はそのようなことを考えてしまったのだ。
「どういう意味ですか?…いや、何でもないです。あなたは誰です?どうして空から降ってきたんですか?」
「あなた、この私に向かって質問ぜめをするつもりなの?まあいっそのことそんなことはどうだっていいわ。そうね、私みたいなか弱くてかわいい女の子をベランダに放置するのは良くないわ。あなたの家に入れなさい」
「どうしていきなり」
「いいから入れなさい」
何なんだこいつは。こいつは宇宙でどのような教育を受けてきたのだろうか。いや、もともとの人格のせいなのだろうか。まあそんなことを考えているうちに、こいつは土足でずかずかと自分の部屋へと入っていった。
「や、うわぁ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。靴脱いでくださいよ!」
「ああ、この世界ではそんな面倒なルールがあったわね …っと、これ脱ぐの大変なのよね」
膝まであるような長いブーツのような靴を面倒臭そうに脱ぎ捨てる彼女。おいちょっと待て、
「あぁ、こんなところに置かないでくださいよ。あー、フローリングが泥まみれになっちゃったじゃないかー」
「いちいち面倒くさいわね。まあいいわ」
いかにも面倒くさそうな表情をしたのち、ほいっと靴をベランダに放り投げる彼女。
「たく、どんな教育を受けてきたんだよこの宇宙人は」
「何か言った?」
「何でもないです」
そう。といったのち、きょろきょろと周りを見渡す彼女。湯沸かし器と急須に目が留まった。
「まあいいわ。私のどが渇いたんだけど」
「なぜ、あなたのような不審者をもてなさなくちゃいけないんですか?」
「こんなにかわいい私に対して、不審者とは失礼ね。とにかく、お茶の一杯くらいだしなさいよ」
「ったく、仕方ないなぁ」
「はい、どうぞ。で、あなたは誰ですか?何の用があってここに来たんですか?」
「あなたが寂しそうだったから」
「はい?」
「まあそれは冗談よ。私は新米恋愛神のエミ。度胸もなければヘタレでコミュ障でど変態さんなあなたに恋人ができるよう宇宙から舞い降りた『神様』ってとこね」
「酷い言われようだなぁ。まあいいです。なんでわざわざ僕のところに?」
「たまたま視界に入ったからよ。特に深い理由はないわ。ところであなた、好きな人とかいないの?」
「唐突ですね。別にいないことはないですけど。いや、なんで初対面の貴方にそんなこと言わないといけないんですか?」
「神様が言えといっているんだから言うべきだわ。まあいいわ、あなたが好きな人はあなたの友達の、はるかちゃんって呼ばれている人ね」
「なぜそれを知っている…んです」
「恋愛神なんだから当然ってところね。あなたのところに私が舞い降りたことに感謝の気持ちを持つことが大切だわ。ところで、どうして好きな人がいるのに彼女いない歴イコール年齢なの」
「そんなことほっといてくれよ」
「そうはいかないわ、私はあなたの恋愛を成就させないと元の場所に帰れないんだから」
「僕が答えなくてもどうせ知っているんでしょう。まあその…告白するのが…」
「告白するのが何?まさか、告白することを躊躇しているっていうの?」
「うるさいなぁ。ほら、告白して嫌われたらいやだろう」
「まさにヘタレ男が言いそうなセリフね。まあいいわ。明日告白しましょう。七夕でロマンチックな感じもするわ」
「は?なんでそんな急に」
「私が明日がいいっていうんだから明日がいいに違いないわ。私が告白する言葉とタイミングを教えてあげるから。明日必ず告白しなさい」
そんなこんなで自称恋愛神、エミと名乗る少女の命令に従わざるを得ない状況になったため、明日告白する運びとなった」
「7月7日に降る雨のことを、催涙雨といいます。一般に、七夕しか会うことの出来ない織姫と彦星が天の川を渡れなくなり、流す涙になぞらえているとされています。ちなみに7月6日に降る雨は洗車雨と呼ばれ、織姫に会うため彦星が自らの牛車を洗っている水だとされていますね」
チャイムが鳴ると、先生はチョークを置き、教科書をぱたんと閉じた。
「それじゃあ、今日の授業はここまでです。テストまで一ヶ月を切ってますから、きちんと予習復習をやってきてくださいね。くれぐれも赤点などとらないように。分かりましたか、ミノルくん」
「次こそはしっかりやりますからそうやって個人を指名してくるのやめてくれませんか?僕はフリー素材みたいに都合の良い存在じゃないんですから」
「いや、誰が悪いの?」
「それは、その…僕が悪いです」
「いや、当然でしょ。次のテストで赤点だったら本当に進級させませんよ」
「そ、それだけは勘弁してくださいよ・・・。次のテストはなんとかしますから。ね」
「みんな、聞いてたかな?」
長くて退屈な一日の授業が終わり、やっと放課後となった。謎の宇宙人の命令で今日は告白をしなければならない。友達のはるかちゃんはきっと今日も部室に来るはずだ。そんなことを考えながら部室の建て付けの悪いアルミサッシを開ける。
「こんちわー」
「あっ、ミノル君よーっす。うわぁ、ミノルくん傘持ってきてなかったの?髪の毛がびっしょりと濡れているよ」
「いや、ちょっと朝にいろいろあってね。忙しくて傘を持ってくるのを忘れてしまったんだ」
家に隠していた自称宇宙人の世話をしていたら遅刻ギリギリになってしまったんだ。そんなこと、はるかちゃんには口が裂けても言えない。
「ほーん。ほい、このタオル貸してあげるよっ。あとであたしにかえしといてねっ。いつでもいいからっ。ところでミノル君、次のテストの調子はどうだい?」
「ぼちぼちってところだよ」
「本当かぁい? 君は前回のテストで赤点をとってたって聞いたけど」
一体この情報をどっから仕入れたんだ。
「つっ、次は大丈夫だ。全く問題ないよ」
「まったく問題ないなら安心だね。ほんっとぉーにあたしはミノル君のことを心配しているんだよっ」
「心配かけて申し訳ないね」
「ところでミノルくん、君ってひょっとして、誰か好きな人とかっているのかーい?」
「えっ?」
どうしていきなりこんなことを。ひょっとしたら自分に気があるのでは?いや、そんなことはないだろう。いや、でもちょっとばかしはあってほしいものだ。
「いや、ミノルくんってどういう人がこのみなのかなぁーって、ちょろっとだけきになったところなのさっ」
「どうなんだろうねえ」
「あれー?どうしてそうやって言葉を濁すんだい?ひょっとして、好きな人がいるんでしょう」
「べっ、別にそんな・・・ことは・・・」
「もぉー。ミノルくんったら可愛いんだから・・・」
しばらく、小鳥遊さんとおしゃべりをしたのであったが、会話は長くは続かなかった。俺はパソコンをして、小鳥遊さんは本を読んでいるという無言の状態がずっと続き、
どのタイミングで告白をすればいいのか分からないまま時間が過ぎていった。
「あれぇ、もうこんな時間なんだねぇ。そろそろバスの時間だから私はそろそろ帰ることにするよっ。それじゃっ、また明日ねっ」
「うん。じゃあね。また明日」
「結局今日も告白することはできなかった。やっぱり俺にそんな大胆な真似なんてできやしないなぁ」
「ここまでは順調ってところね」
いきなり、甲高い声が聞こえてきた。
なんで、こいつがここにいるんだ
「うわぁ、びっくりした。いつの間にここにいたんですか?」
「朝からずっとここにいたわよ。それにしてもほこりっぽい部室ねえ。さて、小鳥遊さんはまだバス停で待っているはずだから告白しに行くわよ」
「えぇ、今からですか?」
「何をおどおどしているのよ。早く準備しなさい。バスの発車時刻まで10分切ってるわ。早くしないと行ってしまうわよ」
自分の腕をつかんで強引に引っ張る自称恋愛神。
「わぁ、痛い、何するんですか!分かりましたよ、今から行きますよ」
部室をでてもう少しでバス停にたどり着くってところでなぜだかわからないがこうも偶然一番会いたくない人物にあってしまった。
「あれ、ミノル君。どうしてこんなところにいるんですか?」
「あぁ、先生。いや、これはその…」
「また部室であそんでいたんですねぇ。次のテストで赤点取ったら部活をやめさせますよ」
「次のテストでは赤点取らないようにしますよ…」
「本当にそうしてくださいね。ところで、そちらの方は?」
「ヒッ、こっ、この人は…」
「この人は…なんです?」
「ミノル君の担任の先生でございますか?わたくし、ミノル君の中学時代の友人のもので、エミと申します」
「あぁ、そういうことだったのですね。他校の学生が敷地に入ってくるのは褒められた行為ではありませんよ。まあ今回は大目に見ます。ところで エミさん、ミノル君は2年生に進級してからあまり成績がよくないんです。もしよかったら、ミノル君がきちんと勉強しているか見ていていただけますか?」
「あのー……」
「はい、先生。ミノル君のことをいつまでも見ています。それでは、これにて失礼いたします」
はたまた、エミに腕を引っ張られながらバス停からほど近いものかげまで連れてこられた。
「あなた、本当に運がない人ね。私にも想定外な出来事だわ」
「やっぱり今日告白するのはやめたほうがいいよ」
ここまで悪運が続くとなると、告白するのもやめてしまいたく思ってしまう。
「そんなことはないわ。私が言うんだから。早くバス停に行きなさい」
「わかったよ」
そうして自分は、はるかちゃんが待つバス停まで行くこととなった。
「はぁはぁ、何とか間に合った…」
「あれぇ、ミノル君。君も今日はバスに乗って帰るの? いや、それは違うみたいだね、鞄もってないし。本当にどうしたんだい?」
「いや、それは、そのぉ」
「あっ、今日は定刻通りにバスが来たみたい。それじゃああたしはこれにて失礼するね」
「いや、ちょっと待って」
「あれぇ?結局君もバスに乗るのかい?」
バスが停留所まで近づいてくる。
「いや、まあそのね」
「・・・なに?」
バスの扉が開き、バスの車内に乗り込むはるかちゃんを追う。
もうこれはここで告白するしかないと思い、以下のことをこんなところで発言してしまったのであった。
「実は、君のことが…その、ねぇ、ずっと前から・・・好きだったんだ」
あとはどうとでもなれと思いながら一生懸命に絞り出した告白であったが結果は明白であった。
「えぇと、そのぉ、率直に言ってごめんなさい」
いつもは笑顔の小鳥遊さんであったが、この時は全くの無表情で「あたしにはなしかけるな」というようなオーラを出していた。気まずくなった俺は初乗り運賃ギリギリの停留所で降りて学校に戻ることとした。
いつもの部室に戻った自分の姿がここにある。本当はこのままはるかちゃんと恋人同士になっていたのであったが。やっぱり実現できないことっていうものは存在するんだ。仕方ないものはどうしようもならない。そう思いながら、重いアルミサッシをあける。
「あっ、やっと戻ってきたわね。まさかだとは思うけどバスの中で告白したんじゃないでしょうね」
自分のほうを見つめながら話すエミ。
「いや、実は、その…。バスの中で告白したんだけどね…その返事は、「率直に言ってごめんなさい」と…」
エミは目をかっぴらいて自分に言った。
「そんなの当たり前じゃない。大勢の人が乗っているバスの中で告白されたら・・・。私はそんなところにこれ以上その空間に居たいとは思わないわ。あなた、馬鹿なんじゃないの?」
「言い返す言葉もないよ」
そう。といったのち少し沈黙して、エミは次の言葉を言い放った。
「仕方ないわねえ。それじゃあ、私と付き合いなさい」
「は?」
「全部私の作戦通りよ。恋愛神なんて嘘。私は宇宙から舞い降りてきた宇宙人よ。あなたと一緒に暮らしたいから降りてきたの」