日が暮れ、二人しか残っていない教室で柳悠風は帰る準備をしていると、
「好きです」
と、同性であるはずの法木鈴からそう告げられる。

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いつか向き合える日までは

 カツカツカツと、夕暮れ時の校舎に足音が響く。周りに人影は見られない。それもそうだろう。日誌に感想を書くだけでこんなに時間がかかってるんだから。

 そもそも、一日の感想なんて特に書く事も無いだろう。日常の一風景にいちいち感想を持つわけでもないというのに。その上、最近は暑さも増してきて汗ばんで気持ち悪い。恨み節が次々と浮かんでくる。でも、こういう事を考え続けると気が滅入る。他の事でも考えて気分転換しないと。

 他に何か考える事。……そういえば法木さんは何をしていたのだろう。日誌を書いてるときはずっとスマホをいじっていたようだけど。注意する程真面目でも無いし、何も言ってないが。

 もしかして私を待っていたり、なんて事を考えてみるけど彼女ほどの美人さんが私を待つなんてあり得ないだろう。……いや、でも。ちょっと考え直してみると、調理実習の後からは一緒に昼ご飯を食べてもらえるくらいには親しくしてもらえてるし、ワンチャンあったりするのではないだろうか。

 まあ、それでもあり得ないだろうが。私にさえ仲良くしてくれる程なんだからもっと仲の良い友達もいるだろうし、もしかしたら彼氏さえいるかもしれない。待つとしても、私よりかはこういう人だろう。

 

 グダグダとどうでもいい事を考えているうちに教室が見えてきた。扉を開いて隅にある自分の席の方を見てみると、隣の席にはまだ人がいる。法木さんはまだ残っているようだ。本当に何をしているのだろう。

 机にかけている鞄を取り、帰る準備をしていると声をかけられる。昼休み以外に話しかけてくるなんて珍しい。何かあったんだろうか。振り向いてみると、切れ長の目がこちらを見据えていた。

「えっと、何ですか」

 彼女は一回、小さく深呼吸をした後に口を開く。

「好きです」

 雪のように白い肌を耳まで赤く染めながら、こちらを見つめる。

 これは、いわゆる告白と言うものなんだろうか。こんなに綺麗な人がどうして私に。そもそも同性じゃないのか。色々な考えが頭を駆け巡る。一瞬、友達とかそういう感じの意味かとも考えてみるが、この様子では違うだろう。

「あっ、勘違いしないように言っておくけど、柳さんと付き合いたいって事だから」

 丁寧に補足してくれた。考えたことは間違ってなかったけど、考えをまとめるには時間が全く持って足りてない。

「あの、混乱してて、よく分からなくて。ちょっと聞きたい事があるけど大丈夫ですか?」

「まあ、さすがにそうだよね。いいよ、待ってるから。なんでも聞いて」

 微笑みを浮かべながら言ってくる。どうして私なのか。もっといい人がいると思うのに。あれも気になるし、これも気になるし。疑問が浮かんでは累積する。

 でも、法木さんを待たせているわけだし早くまとめないと。

「その、どうして私がよかったんですか? 法木さんならもっといい人と付き合えると思うんだけど」

 ほかにも聞きたい事はあるけど、どうしてもこれが気になってしまう。どうして、この人は私と付き合いたいって思ってくれたんだろう。

「んー、大きかったのはやっぱり弁当かな。いつも凄くおいしいし」

 弁当。ちょっと意外なところから理由が飛んできた。驚いたけど、自分から勧めてみたものがこんなに褒められるのは嬉しい。

「そんなに美味しかったんですか?」

「うん。かなり気に入っているよ。でね、料理以外もできるって話してたときにふと思ったんだ。柳さんを養えるくらいになりたいなって」

 養う? そんな風に言われると、私じゃなくても家事をしてくれる人なら誰でもいいんじゃないかって邪推してしまう。

 だめだ。少しでもこういう事を考えてしまうと頭の片隅にこびりつく。法木さんには悪いけど、意地が悪い聞き方をさせてもらう。

「それだったら私じゃなくてもいいんじゃないですか? 家事が得意な人なんてたくさんいると思うんですけど」

 せっかくの好意を疑うような真似をして、気を悪くしてしまわないだろうか。ちょっと、怖い。思わず目をつぶってしまう。

「えっと、そう何だけど、何というか、そうじゃない。そうじゃないんだ」

 返って来たのはあやふやな答えだった。

 ……つまるところ、そういう事だったんだろう。よく分からないなりに考えていたつもりだったんだけど。好きだって言ったのに。付き合いたいって言ったのに。法木さんが欲しかったのは、私の能力でしかなかったんだ。

「答えられないのならちゃんと考え直した方がいいと思いますよ。そうしたら、わざわざ私なんかに勘違いしなくて済みますから」

 放置していた鞄を手に取り、法木さんの方を一応向いてみる。特に何も言ってこない。だったら、そんな顔はしないでほしい。何かあるのなら言ってくれればいいんだから。何もないのなら帰るだけだ。

 

 家に帰る途中でも、風呂に入っていても、ベッドの上で寝転がっている今でもずっと、彼女の事を思い出してしまう。あの時ほどではないけど、変わらずに言葉にしずらい気分にさせられる。

 でも、時間が経った今からすると私が子供っぽすぎたとは思う。というか、最後の方は拗ねていただけだったんだろうし。

 そもそも、告白してきた理由は考えないことにして冷静になると、法木さんに告白された事自体は嫌ではなかったんだ。嫌なら最初から断っていただろうし、ここまで引っ張ってもいない。

 もっと言うなら、嬉しかったのだろう。告白されるほどに人から好かれていたという事が。今まで意識した事もなかったけど、相手が男性でないといけないなんて事も特に思っていないみたいだし。求められていたものが私じゃなくて私の能力だったって事が気に食わなかっただけだったんだ。

 もし、純粋に私が求められていたとしたらどうしていたんだろう。付き合いでもしたんだろうか。昼休み以外に話すことはほとんどないけど、純朴な人なんだろうなとは思うし。その上、容姿端麗で頭脳明晰。断る要素が全くない。やっぱり、私なんかとは欠片も釣り合ってない。弁当がおいしいとか言ってたけど、どれほど過大評価したら告白しようと思うんだ。

 こんなことを考えると、不貞腐れにつき合わせてしまって法木さんには悪い事をしたんじゃないかと思ってしまう。同性に告白するときの覚悟なんて想像もできないのに、それを拗ねただけで台無しにさせてしまった。でも、あんな事を言ってしまった以上向こうから話しに来ないだろうし、話しかけてほしくもないだろう。気になるけど我慢するしかない。

 こうなると、やっぱり一緒に昼ご飯を食べられなくなってしまうんだろうか。いや、まあ。うん。確実になくなるか。……今日も一緒に食べてたんだけどな。いつかは慣れることができるんだろうか。

 というか、私ってかなりめんどくさくないか? そもそもちょろすぎるだろう、私。それなりに話せる相手でしかなかった人から告白されただけですごく舞い上がって、期待して。その癖、期待されてるものが自分の望むものと少し違うだけで勝手に拗ねては八つ当たりして。ああ、もう。自分が嫌になる。

 やっぱり、こういう事を考えると気が滅入る。これ以上考えるのは明日の私に任せておいて、もう寝よう。

 

 嫌でも朝になったら目が覚める。昨日あんな事を言ってしまった以上学校に行きたくないが、体調は全く悪くない。とても、とても行きたくないが行くしかないのだろう。

 弁当を作って、朝ご飯を食べて、制服に着替えて、授業の準備をして。どれだけ遅くしても意味がない。むしろ、親にせかされてマイナスにしかなっていない。

 家を出るしかないけど、どんな顔をしてればいいのだろう。席も隣だっていうのに。どうしようとしても顔を合わせるしかないじゃないか。

 悩み続けていると、もう学校についてしまった。教室にも何事もなくつく。いつものように自分の席に向かう。まだ法木さんは来ていないようだ。このまま来なければ、とも思ってしまうが本当に来なくなってしまうのはいやだ。

 クラスメイト達の喧噪の中、カタ、と隣の椅子が引かれる。ちらっと音のした方を見てみると、彼女がいた。来てくれて嬉しくはあるけど、すごい気まずい。言いたい事はある。でも、あんな言い方をした手前話しかけていいもの何だろうか。にっちもさっちもいかないまま、机にうつぶせながらちらりちらりと彼女を覗き見るが何もなかったかのように堂々と座っている。

 授業中にも彼女の姿を何度か視界に入れてみるけど、平然としているように見える。この人の中では、昨日の告白はやっぱり勘違いだったってことで納得でもしたんだろうか。

 

 昨日の事を引きずったまま身の入らない授業を受けていると、もう昼休みに入っていた。鞄から弁当を取り出し、蓋を開けると私一人で食べるには多い量が入っている。朝のルーチンワークをこなしているときに、今日から少なくしていいという事が頭から抜けていたようだ。

 食べてみると、普段作ってる卵焼きに比べて少し甘い。……そういえば、法木さんは甘い方が好きだって言ってたっけ。無意識の内にやってたってことは普段からこういうことをしてたんだろうか。どんなに食べてもらいたかったんだ。

 食べ進めてみても、やっぱり食べきるには厳しい。残念な事だが、残すしかない。つい、法木さんの方を向いてしまうといつものように菓子パンを食べ終わってお茶を飲んでいるところだった。ただお茶を飲んでいるだけなのに妙に様になっていて目で追ってしまう。あんなことを聞いてなかったら今日も一緒に食べてたんだろうな、なんて今更な後悔が押し寄せてくる。

 彼女がこちらに顔を向ける。ばれた。どうしよう。いきなり視線をそらしても、見ていた事を伝えてるようなものじゃないのか。

 迷っているうちに彼女は席を立ち、近づいてきた。穏便に済ませてもらえたらありがたいけど、私が昨日した事を考えるとそうしてもらえるかどうか。目の前で立ち止まる。見下ろされる形になって、圧を勝手に感じてしまう。何をされるのだろう。

「放課後、時間空いてる? みんな帰るまで待っててほしいけど、いいかな」

「えっと、はい。大丈夫です」

「そっか、よかった」

 柔らかな微笑みを浮かべて、そう呟く。思わず、少し見つめてしまう。

「ん? 何かあった?」

「えっ、あっ、いや。なんでもない! 気にしないで」

 ちょっと大きな声が出てしまい、赤面する。

「そう? じゃあ、またね」

「ま、また」

 ふう、緊張した。この後どんなことを話されるのか分からないけど、昨日やったことを考えると罵られても文句は言えない。

 というか、今日って一日中彼女のことを意識してないか? ……まさか。いや、さすがにそれがあっていい訳がない。昨日のことを考えたら今更彼女に惹かれていい訳がないだろうに。この後の授業では彼女を意識しないようにしないと。最低でも、彼女を視界に入れようとしないようにしなくちゃ。

 

 ようやく今日の授業も終わった。意識しない事を自分に意識させてたせいで全く授業が耳に入ってこなかった。幸いなことに生徒に発表をさせる先生ではなかったから良かったけど、そうじゃなかったらどうなってたんだろう。

 放課後ではあるけど、まだまだ人は残っている。昨日の事を考えると、五時を過ぎる頃には確実にみんないなくなるだろうか。それまでの暇つぶしには、まあ、校舎でも歩き回ろう。これでも時間はかなり余るだろうけど、何もせずに待つよりかはよっぽどましだ。鞄を置いとけば帰ったとは思われないだろう。スマホはポケットに入れたし、暇をつぶしに行こう。

 あてもなくぶらつく。ぶらつく。ぶらつく。

 結構歩いたつもりだけど、確認してもたったの十分も経っていやしない。あと四十分ぐらいは時間を潰さないといけないっていうのに。

 本当に何もする事がない。こうなったら、学校でするのもあれだけどスマホでもいじろうか。でも、誰かに見られるとめんどくさそうだし人目につかない所を探さないと。そうとは言ってもどこに行こう。

 少し考えてみるけどめんどくさい。適当に上の方に行けば人は少なくなるだろう。よし、決まったからさっさと上に行こう。上って、上って、屋上につながる扉の前の踊り場についた。適当に上ってきただけだけど、ここなら滅多に人が来やしないだろう。そうと決まればスマホをいじろう。

 いじっている最中に、ふと昨日反省してた事を思い出す。昨日は拗ねて台無しにした事だけを反省していたけど、もっと反省しないといけない事が私にはあっただろう。

 人には自分を好いてもらう事を望んでいる癖に、自分は相手の事を好いてなくていいというのは何と虫が良い話をしていたのだろうか。よく分からないなりに考えていたつもり? 告白された事が嬉しかっただけで、相手の事何て欠片も考えていなかった癖に。よくもここまで上から思っていたものだ。能力だけだとしても私の事である分、法木さんの方がよっぽど相手の事を考えているじゃないか。自分の事は棚に上げて、人の問題ばかりあげつらって。本当に自分の事が嫌になる。

 ああ、もう。この後話さなきゃいけないっていうのに。いつまでぐちぐちと自分を傷つけるつもりだ。先に傷つけて気分を落ち込ませておくことでこれから詰りにくくしようとしてるつもりなのか? ……また自分を責めてる。趣味なのか? 自分を痛めつけるのが趣味ってもういわゆるメンヘラってやつじゃないのか。

 このままだと思考が底なし沼にはまってしまう。少しでも切り替えないと。そうだ、時間を確認しよう。確認してみると三十分の少し前。もしかしたら皆帰ってるかもしれない時間になってきた。五時になったら話すって訳でもなかったから、ちょっと教室に戻った方がいいんじゃないだろうか。うん。気分転換にもなるしやった方がいい。こんな気分のままでいるよりかはよっぽどましだ。

 

 立ち上がり、階下に目をやるとそこにはなぜか法木さんがいた。

「へ?」

 二人の声が重なる。

 どうしてここに?

「……でも、よし。ね、ここならほとんど人は来ないだろうから、ここで話す事にしていい?」

 階段を上り、こちらをしっかりと見つめる。

「あっ、はい。法木さんが大丈夫なら特に問題は無いです」

 どうしよう。全く心の準備ができてない。返事はできたけど、勝手に体が縮こまる。

「ああ、うん。ごめんね。昨日、いきなり告白して。やっぱり嫌だったよね。昼の様子で分かってたつもりだったけど、ここまで分かりやすくされてるときついなぁ」

「え?」

 思わず声が出てしまう。なんで、この人は謝ってるんだろう。私の方が謝らないといけないっていうのに。

「えっと、何か気になることでもあった?」

「いや、謝らないといけないのは私の方じゃないですか。独りで勝手に拗ねて、あなたの告白を台無しにさせたんですから」

「台無しにするも何も、柳さんの言ってた通り告白そのものがなっていなかったものだったんだから気にしなくていいんだよ」

 告白そのものがなってなかった? さっぱり意味が分からない。ちゃんとできてたと思うんだけど。

「えっと、どういうことですか?」

「昨日は何も考えてなかっただけだったんだよ。あんな言い方なら家政婦とか雇えばいいだけなんだし。結局、どうして柳さんと付き合いたいって思ったのかよく分かってないまま告白してたんだ。断られても後から言い繕って、少しでも元の関係に戻れるようにしたかったのかな。料理だとか家事だとか、分かりやすい理由だけ考えてさ」

 よく分かってなかったってことは、告白したのは法木さんの勘違いだったんだろう。嫌だけど、納得はできる。そもそも、法木さんと私なんかは釣り合っていないんだから。

「それであの後、あなたのことをどう思ってるんだろうって考えたんだ。そうしたら、昼休みだけじゃなくて、もっと色んな場所で好きな時間まで柳さんと一緒にいたかったんだなって」

 まだ、好いてくれていた。どうして。あんな事を言ってしまったのに。自分が嬉しくないからってだけで、あの時のあなたを全部否定したのに。

「だから、今日もう一回。時間を取らせてもらったんだ。もう、どうにもならないだろうけど。それでも、あなたへの思いは誰かが代わりになれるようなものじゃなかったんだってことを、覚えていてほしくて。でも、柳さんにとっては嫌ってる人に付き合わされてるんだから、こんなのはもうただの自己満足でしかないけど」

 自嘲するように笑う。

 あなたの方が私を嫌ってもいいのに。癇癪を起こして責めたんだから。何で、あなたが自分を責めてるんだ。

「そんなことない!」

 無意識の内に言葉が出ていた。

 彼女も驚いてるようで言葉を発さない。

 言葉は出てしまったんだ。もう取り消すことなんてできない。突っ切るしかない。怖いけど、自分のせいで法木さんが彼女自身を責めていることの方がそれ以上に嫌だ。

「法木さんを嫌ってなんてない。むしろ、嬉しかったんだ。私でも好かれてるんだって。でも、これはあなたの事を見てなくて。こんな思いでしかないくせに、自分が嬉しくないからってだけで、上からあなたの思いを全部否定して。だから、法木さんが私を嫌っていいんだ」

 言葉が堰を切る。

 法木さんのことをとやかく言える立場でもない癖にあんな事を言ってたのを伝えたけど、失望されたりしないだろうか。

「……そう、なんだ。嬉しかったんだ」

 頬を濡らして呟く。確認するように繰り返して。

 あれ? どうしてこうなってるんだ。

「その、嫌わないんですか?」

「嫌うわけがないよ。隠さないといけないって、ずっと思ってたのに。これからもずっと、隠していくんだろうなって思ってたのに。あなたがどう思ってても、好きになった人に受け止めてもらえてたんだから」

 涙を拭いながら微笑む。

 それは、今まで見てきたどんな表情よりも綺麗で。無垢な気持ちが伝わってきて。いつまでも見ていたくなるようで。そして、私だけに向けられていることが言葉にできない思いを掻き立てる。だからこそ、自分がどれだけ醜くあるのかを見せつけられているようで。

 法木さんはここまで純粋に私を好いてくれている。それに比べて私はどうだ。自分の非を探していただけで、彼女の気持ちに対して碌に何も考えてはいないじゃないか。その癖、厚かましくも何回も見惚れてしまっている。

「大丈夫?」

 瞳を潤ませながらもこちらを覗き込む。

 心臓が跳ねる。せっかく喜んでくれていたのに。心配させてしまうほど顔に出てしまってたんだろうか。

「ちょっと、思いつめてるように見えたんだけど」

 ここまでばれてた。もう、自分が考えてることを全部言ってしまおうか。多分、気にしなくていいって言ってくれると思うけど、このまま何も言わないで心配ばかりさせたくもない。

「……自分が嫌になってるんですよ。昨日、あんな事を言ったくせに。私はあなたを大して思ってなくて。告白されたことが嬉しかっただけのくせに。なんて自分勝手なんだって」

「気にしなくていいんだよ。嫌わずに受け止めてもらえてたってだけですごく嬉しいんだから」

 予想通りの言葉が出てきて、嬉しくなる。少しはあなたの事を正しく理解できている気がして。

「だとしても、図々しいままあなたに惹かれている私が許せないだけなんだと思う」

 えっ、という声が聞こえてくるけど止まれない。まだ言いたいことを言い切れてないって思うから。

「だから。いつか、心の底からあなたを好きだって思えるようになった時、もう一度私から告白させてください」

 もはや、告白に答えているようなものだけど。私が、自分の思いを許せるようになるまで待っていてほしい。

 少しの沈黙の後、口が開かれる。

「……うん、うん。いつまでも待ってるよ」

 拭いきれなくなりそうなほどに涙をあふれさせながら、見ているこっちもつられそうになるくらいの喜びに満ち溢れた笑顔を見せる。

 

 少し、いいことを思いついた。でも、言葉にしてもいいんだろうか。いや、言ってみよう。もっと一緒にいたいから。

 そうとは言っても、言葉にするとなると恥ずかしい。少し、深呼吸をしてみる。何かしようとしているのに気付いたのか涙を拭いながらもこちらを見つめる。

「その、今度の休みにどこか遊びに行かない? 何をするかは明日の放課後に決めることにしてさ」

 彼女は目を見開いたあと、勢いよく距離を詰めてきた。

「もちろん! あっ、でもいいの? 明日から休みだけど」

 そうだったっけ。スマホを取り出し確認する。今日は本当に金曜日だった。

「だったら、明日! 明日、何するか話そう? その、友達に追加してさ」

「いいよ。じゃあ、しよっか」

 友達の欄に彼女の名前が追加されてることに何とも言えない嬉しさを覚える。家に帰ったら何度も見直してそうだ。

「あっ、なら私からもちょっとお願いがあるけど、いいかな」

「何? 私にできることならなんでもいいよ」

「その、もう少し一緒にここにいたいなって」

 照れ笑いを浮かべながら、嬉しいお願いを口にしてくれる。

 答えはすぐに返せるけど、もう一つ良いことを思いついた。このまま勢いに任せていれば言えるはずだ。深く考えるな。

「もちろんいいよ。鈴」

 彼女は驚きながらもちょっと恥ずかしそうな表情を見せる。いきなり名前で呼んでみたんだ。こうなりはする。でも、喜んでもらえているようでちょっと気持ちがいい。

 壁を背もたれにしながら隣を叩いて座るように促してみると、肩の触れ合いそうな、そんな距離に座ってくる。

「ありがとう、悠風」

 可愛らしく微笑んで、囁くように口にする。

 実際にいきなり名前を言われると、ちょっとこそばゆいしすごく嬉しい。これだけで自分の名前が好きになってしまいそうだ。

 やれ今日の弁当の話だの、趣味の話だの他愛のない話が続いて、心地のいい時間が流れる。

 

 あなたと話しているだけでもどんどん好きになっていってる気がするんだ。だから、いつになるかは分からないけど、自分とあなたの気持ちに正面から向き合える日まではもう少し待っていてください。



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