クオーラとキャッチボールをする話

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バットは剣よりも楽し

色々な騒動がひと段落し、久方ぶりの青空とお天道様がお目見えしている空の下、とある河原の横にある広間にいる私はいる。

 

お天道様は今まで地上を照らすことができなかった鬱憤を晴らすが如くギラギラとお輝きくださり、いつものフェイスシールドと真っ黒なフードを着ている私としては、あまりの暑さにお天道様に「おファックです」などというスラングが先ほどから頭の中から放たれている。

 

恵の源であるお天道様にそんなことを思うのはどうかと思う人もいるかもしれないが最低限の敬語を使っているので許してほしい。

まぁそもそも私の脳内に私以外の人間がいるわけもなく文句を言う人間もいないだろう

 

そんなふざけた事を考えていると、先ほどよりも少し離れた位置に彼女はたどり着いた。

そしてこちらを向き野球ボールを構えながら口を開く。

 

「いくよドクター!最初は軽く投げるからしっかり見てキャッチしてね!」

 

そんな天真爛漫な声を聞きながら私は手袋にしては分厚くそして握りづらい手袋、彼女が言うには野球グローブと呼ばれるもの感触を確かめながらふと思う。

 

これは15分では帰れないな

こちらに飛んでくるボールを見ながら呑気にそんな事を私は思った。

 

 

 

 

そもそも本来ならこんな炎天下に外を散歩するのなら軽いラフな格好が一番だ、だがこんな黒ずくめのいつもの服装でキャッチボールをしているのには理由がある。

 

炎天下の中キャッチボールをすることになる10分ほど前、私は書類仕事のようなものをしていた。

なぜ書類仕事のようなものかというと、私が見ていたのは請求書でも報告書でもプロファイリングでもない。読んでいたのは反省文。

まさか反省文なんてものを見る日が来ることになろうとは思ってもいなかった。

 

反省文を読むことになった経緯はこうだ。

先日、大きな作戦が終わりひと段落したことでハメを外しすぎたオペレーターたちが宿舎で馬鹿騒ぎをしたのだ。本来なら私も参加しようかと悩んでいたが作戦が終わり自室に帰った瞬間、気が抜けてそのまま床についてしまったので宿舎に向かうことができなかった。

今思えばそれは幸運だったかもしれない。

 

真夜中まで続く、老若男女の騒ぐ事を好むオペレーター達によるドンチャカ騒ぎ。そこまではまだよかった。だが問題はその後だ。大仕事を終えた後なので大目に見ていたドーベルマンも夜12時をすぎても終わることのない騒ぎの事を聞き、夜中に騒ぎすぎないようにと忠告しようと宿舎と向かった。

そして宿舎に入った瞬間、彼女の顔面にクリームパイが直撃したらしい。

クリームで覆われた彼女の視界には酔っ払いどものドンチャカ騒ぎでひどいことになっている宿舎があったとのことだ。

 

どんな酷いことになっていたのか、なぜどこからクリームパイが出て来たのかはさっぱりわからない。

ただわかるのは、クリームパイが直撃したのは我らロドスが誇る鉄仮面教官ドーベルマンである事と、私が朝起きた頃には綺麗に掃除された宿舎が存在した事と、子供のオペレーターといい歳した大人のオペレーターが並んで私に反省文を持って来たことだ。

 

どうやら、ドーベルマンは今回の犯人達に後日行われる炎天下特殊訓練と反省文を書かせるという二つの罰を言い渡した、そしてその反省文の提出先を私にしたのだ。

 

 

いろいろやらかした結果の罰が、炎天下訓練はともかく反省文提出というのはなんというか可愛らしいものであったが、この旨が朝メールで届いた時は提出先が私というのに驚いた。

 

そのドーベルマンからのメールの最後には突然のことで申し訳ない、今度何かお詫びをすると書かれてあったが、なんとなく何故ドーベルマンがこんな事をしたのか、理由はわかる。

今日反省文を通して交流したオペレーター達の中には、まだ交流したことのないオペレーターが多くいたからだ。

私は率先してロドスのオペレーターと交流を取っているが如何せんオペレーターが多く、まだまだ交流できていないオペレーターは多い。

そんな中、今回の件で私は彼らと話し交流をすることができ、彼らの人となりを知ることができたのはとても喜ばしいことであった。

 

だがまぁ、いい機会だったとは思うが、いい歳をしたオペレーターの幾人かが恥ずかしそうに私に反省文を提出するのを見るのは・・・なんというか・・・・表現しづらいものがあった。

特に私とすでになんども交流したことのあるオペレーター達なんて余計に・・・特にブレイズなんて・・・・いや、もう思い出す事はやめておこう。たまたま横を通りかかったグレースロートとの一悶着なんてブレイズも思い出されたくないだろう。

 

まぁそういった経緯で私は反省文を朝から読んでいき、ひと段落した時に軽く散歩に出ようとふと思った。

この街は治安が良く静かだ。緑は多く自然に囲まれた景色が広がっている。

街の人が言うには静かだが面白いことが年に数回のお祭りだけの寂しい街だといっていた。しかしそう語る街の人が笑っていたことから、この街はいい街なのだろう。

そんな街をそういえばゆっくりみたことがないとふと思い、部屋を出ようと準備をし始めたときに、部屋にアーミヤが来た。

 

一言二言アーミヤと話した後に、ふと彼女は私の服装を見て訪ねてきたのだ「そんな軽装でどこに行くのですかドクター?」と

私は別にやましいことなどなかったので、近くの街に散歩に出てくると正直に言ったとき、彼女に心配顔で物申されたのだ。

 

彼女が言うにはここ近辺の街は平和で治安もいいが、何かあったときのためにいつもの装備と護衛をつけてくださいとのことだった。

 

今いるこの街は治安も良く襲われることないに等しい、だがありえないとは言い切れない。アーミヤの言うことは最もであった。

よって、結局いつもの格好で散歩をする羽目になった。

護衛に関しては、表立ってつけなくても赤い彼女が私の護衛に秘密裏についているはずだ。

まぁ、秘密裏とは言っても朝一番に、私にバレずに秘密裏に護衛につく事をケルシーに言われたと丁寧に赤い彼女が私に報告しに来た時点で秘密裏も何もなかったのだが・・・・まぁ今それはどうでもいい。

 

そんなこんなでなんとか散歩の許可が下りたのはいいが。

運が悪いことに今日はギラギラと太陽が輝く快晴の日

こんな格好で炎天下の中歩くのは少々・・・・いやかなり辛い

しかしここで「散歩をしたかったがこんな格好で散歩をしても暑いだけ」、と言ってこのまま散歩をやめるとアーミヤが、自分のせいで外に出るのをやめた、自分が辞めさせてしまったと罪悪感を抱く可能性がある。

彼女にそんな思いをさせたくないし、させるつもりもない。

 

だからアーミヤに軽く15分ほど散歩して帰ってくるよと言い、彼女に見送られギラギラと太陽が輝く外に繰り出したのだった。

 

実際に最初は15分ほどで帰ってくる予定だったのだが・・・・

 

たまたま河原沿いを歩いているとふと等間隔で何かが壁に当たる音が聞こえ、気になり、音を頼りに探してみるとその原因、音を立てていた人物はすぐに見つけることができた。

そこには河原の広間そしてその横に川にかかる橋の足がある。そこでロドスのオペレーターが一人で橋の足である壁に黙々とボールを投げていたのだ

ポーン、ポーンとボールが跳ねる音が橋の下を響く。

彼女は確か今日は休暇だったはずなのだが、彼女の様子はどこか憂鬱で暇そうであった。

その姿はいつものひまわりのような明るさではなく、どこか朝顔のような静かな雰囲気であった。

 

 

ロドス重装オペレーター『クオーラ』

実をいうと彼女との交流は少ない

彼女とは作戦の際に交流したのと、プロファイルの情報を見たことがあることぐらいだ

確かプロファイルには彼女の能力と野球好きなのと、記憶喪失であることが書かれていた。

 

まさかの記憶喪失仲間、親近感が湧き、いつか空いた時間に交流でもと思っていた私にとってはこの邂逅はタイミングがよかった。

また彼女がいつもと違う雰囲気を出していることにも疑問に思ったので、これ幸いと話しかけた。

「クオーラ、こんなところで何をしているのだい?」と

 

すると彼女は突然声を掛けられたことにビクリと体を強張らせたがその声が私であると気づいた瞬間、先ほどの憂鬱さが一瞬で消え去り満面の笑みを浮かべこう言った

「ドクター!!ちょうどよかったボクとキャッボールをしようよ!」

 

朝顔がひまわりに一瞬で変わった。はやい

というかちょうどよくない

こんな炎天下の中、こんな服装で運動なんてしたらイフリータと相対した敵と同じ末路をたどる

 

なんて事を私は言うことはできなかった。

まずそもそも、彼女の表情に浮かぶ私の来訪に全力で喜ぶ姿と、そんな喜んでいる彼女が私に交流を取ろうとしている時点で、私が彼女との交流を断ることはそもそもありえない。

断る理由も、私が暑いというどうでもいい理由以外に存在しない。

 

そして何より、今見えた彼女の傍に置かれた持ち物と、彼女が先日廊下で話していた事を不意に思い出し、ここで帰るなどロドスの一員としてありえなかった。

 

そんなこんなで、私は彼女の申し出にすぐに了承した。

野球は実際に見た事もやったこともないがルールは知っている。だから大丈夫だろうと思い彼女から野球グローブというものを渡され彼女とキャッチボールをする事となったのだが・・・・

 

「うぬ・・・?」

たった今見事にボールは私のグローブを弾き足元に落ちた。

 

「あれ?・・・ドクターってもしかしてキャッチボールやった事ない?」

クオーラはパチクリと目を瞬かせている。

確かにうまくはできないだろうとは始める前から思ってはいたがここまでとは。

どうやらここしばらく体を動かしていなかった弊害が今ここで出ているらしい。

意気揚々とグローブを受け取った身としては、恥ずかしいあまりではあるが、朝のブレイズ達の事を思い出し、彼女らよりはマシかなと思うことができたのでおとなしく認めることにする。

 

「得意げに受け取ってみたけど、実はやった事ないんだ。それかやったのを忘れているのかもしれない」

 

「?・・・・あ!そうか!ドクターもボクと同じ記憶喪失だったね!」

 

「そうそう、だから・・・」

 

「じゃあ、ボクが教えてあげるよ!まずね、グローブの構え方なんだけど・・・」

そう彼女はいい、意気揚々と私にキャッチボールの講義をし始める。

私は彼女の勢いに押されるままにそのまま彼女の講義を受ける事となったのだが、彼女の説明はとてもわかりやすいものであった。

グローブの扱い方から始まり、グローブを使ったボールのキャッチ方法。体を痛めないボールの投げ方など、素人の私に懇切丁寧にわかりやすく伝えてくれた。

 

私は今まで彼女の事を、明るく元気で、いつも楽しそうに野球について話す姿や、時折提出される彼女の打球によって破壊された窓ガラスの報告書から、天真爛漫で野球に強い熱意と執着を持った子供のイメージを持っていた。

 

確かにそれは正しかったが、それと共に彼女には野球に関するひたむきな精神と、物事を教えることに関しての分かりやすさ、そして野球への愛は今もなお楽しそうに私に講義をする彼女をじかに見なければ実感する事はできなかった。

やはり人は文章だけではわからないのだ。

 

「ドクター・・・?ボクの話聞いてる?」

つい自分の考えを熟考して、気がつくと目の前にジットリとした目でムクれている彼女の表情があった。

これはいけない

「いやいや、すまない。キャッチボールの奥の深さに感銘を受けてしまってね。これから体を動かすことも兼ねて今後やってみようかなと考えていてね」

 

そう私が誤魔化すと彼女は再び表情を輝かせる。

「そうそうそれがいいよ!キャッチボールはいい運動になるし、ダイエットにもなるし、ボクと遊ぼう!」

 

「・・・それは、クオーラが私の運動に今後共、付き合ってくれるってことかい?」

 

「うん!!」

 

「ふふっ、それはありがたいな」

 

確かに口から咄嗟に出た言葉ではあったが、体の訛りがひどいので運動の一環としてやってみるのもありかもしれない。

それに彼女とこうやって遊ぶのは楽しいものだ

 

「よし!じゃあもう一回キャッチボールをやってみようよドクター!」

 

「そうだね。今度は取りこぼさないように頑張るさ」

 

「ドクターならできるよ!じゃあちょっと離れるから待っててね!」

 

そう彼女は私から数メートルほど小走りで離れ振り向きぴょんぴょんと跳ねる。

「よーし!ドクター!どんとこーい!」

 

そういう彼女はまるでボールを投げられるのを待つ犬のようであり、もし彼女の尻尾が見えるのなら振り千切れんばかりに左右に振られていたであろう。

 

私はそんな彼女に向けて先ほど教えてもらった通りにボールを投げる。

力まず流れるようにフォームを作り、そして肩を痛めないようにボールを投げた。

 

すると、ボールはゆっくりと山なりに飛び綺麗にクオーラの元へ届いた。

「おお!流石だねドクター!じゃあこっちからもいっくよー!!」

クオーラはまるで自分のことのように喜び、私に向かってボールを放り投げる。

 

流石に色々丁寧に教えてもらった手前、ここで失敗するのはあまりに情けない。

私は再び先ほど教えてもらった事を実践する。

肘を体の前に出さないように、肘を伸ばさす、腕を前に伸ばして、手首だけ相手の方向に向け構える。

そしてボールは人差し指と中指の中心に来るように、そしてボールがグローブの中に入ったら・・・・

 

パシッ、という軽い音が辺りに響く

手首を私の方向に向けると、そこには野球ボールがしっかりと私の手の中に握られてあった。

 

「やった!成功だねドクター!その調子だよ!」

クオーラの喜ぶ声が聞こえる。

 

先ほど失敗した事を成功させ、褒められる。

なんとも心地よい感覚であった。

やはり、彼女にはドーベルマンとは別の教官としての才能があるのかもしれない。そういえばクオーラ自身が野球を訓練に入れないか申請していた気がする。

 

そう思い再び前を向くと、目の前には喜びながら、さぁボールを投げて!というふうに私がボールを投げるのを待つ彼女の姿がある。

その姿は年相応の子供らしさがあり、クスリとつい笑ってしまう。

 

今の私と彼女を他の人間が見たらどう思うだろうか。

不審者と美少女がボール遊びをしているとかだろうか。だがもしかしたら何人かは父親と娘がボール遊びをしているなんて思うかもしれない。

 

そんな事を思いながら私は再びボールを放り投げた。

 

 

 

 

いくつボールが往復しただろうか。ふとクオーラが笑う

その笑いは今日最初に彼女を見たときの表情に似ていた。

「どうしたんだいクオーラ?」

つい私はそれを聞くと同時に彼女に向かってボールを投げる。

なんとなく理由は察せていたもののそれでも尋ねざるをえなかった。

 

「えっと・・・」

彼女はボールをキャッチしながら、少し表情を少し困惑させ曇らせる。

先ほどまで軽快に続いていたボールの応酬が止まる。

彼女は手に収まったボールを持ち何処かや悩んでいるようであった。

やはり彼女にはそんな表情は似合わない。

そんな女たらしのような言葉をいう度胸は私にはないが、その思いは正しいものだと私は思う。・

「よかったらでいい、相談に乗らせてくれないかい?」

 

そう言い私はグローブを構えた。

彼女は熟考の後、ウンとひとりでに頷き言葉とボール私に投げる。

「実は今日、野球の試合をやるはずだったんだ」

 

そう言う彼女の傍らにはたくさんのグローブが入った彼女のカバンと野球のスコアボードが置かれていた。

 

 

彼女が言うには、今日行う予定だった街の子供達と野球試合がなくなったと言う。

そしてその理由が自分であると

 

彼女が街の子供達と知り合ったのは一ヶ月前、今日の私と同じように散歩をしていると河原で木の棒を片手に喧嘩している大人数の子供達を見つけ慌てて止めに入ったのが始まりらしい。

だが、子供達を止めるために奮闘した結果、逆にコテンパンにしてしまい終わった頃にはいつのまにかガキ大将のようなポジションに収まってしまったとのことだ。

その後、彼女は子供達の治療をしながら話を聞くと、どうやら子供達がやっていたのは喧嘩ではなくチャンバラごっこだったらしい。

ごっこ遊びとはいえ木の棒で容赦なく叩き合うのは危険であり、大きな怪我を思っている子供はいなかったものの子供達は皆どこかに傷を負っていた。

はてさてどうしたものかとクオーラが考えるとふと子供がこんな事を言ったのだ。

鬼ごっこもかくれんぼも飽きてチャンバラ以外に楽しい遊びを知らない

 

「そこでボクは彼らにいったんだよ!野球をやらないかってね!」

クオーラから一直線にボールが飛んで来る。

バシッという気持ちのいい音が私のグローブから聞こえる。

どうやらその思い出はクオーラにとって気分が高ぶるものだったらしい。

手が痛い。

「それで子供達はどう言った反応をしたのだい?」

疑問を彼女に投げながらともにボールを彼女に投げる。

山なりではなく少し力を入れて放たれた私のボールを彼女は容易く受け取りながら疑問に答える

「それが聞いてよ!バットで遊ぶより剣で戦う方が楽しいって彼らは言ったの!

 

再びの放たれたボール

風切り音が聞こえるような速度

バシッという音ともに私のグローブに舞い戻るボール

痛い

微妙にボールに怒りが篭っている気がする

 

「まぁ、子供なんてそんなものさ。ただそこで終わりじゃないのだろう?」

そういい私は、次はゆっくりでお願いするという願いとともに山なりのボールを返す。

 

「そこでボクはいったの!」

私からのボールを受け取り、私への回答とともに放たれたボールは今度こそ風切り音が聞こえた気がした。

 

「バットは剣よりも楽しいってね!」

ふふんと自慢げに彼女は言う。

確かそんな言葉のことわざがあったことは聞いたことがあるが、文章の細部が違う気がする。

ただそれを今考えるよりも、このままボールの投擲速度がどんどん上がったとき私の腕は大丈夫だろうかという疑念の方が勝ったことはいうまでもない。

 

その後もボールと会話の応酬は続く。

 

どうやら、その後彼女は野球の面白さを教えるため休日のたびに子供達とキャッチボールやボール打ちをして遊んだらしい。

おそらく子供達もクオーラの野球への熱意と懇切丁寧な指導に徐々に野球の楽しさに築いて言ったのだろう。それはそれを語る彼女の表情とボールをキャッチした際の痛みでわかる。

そして日々が経過し、あるとき子供達がクオーラにこう言ったらしい。

試合がして見たい

その言葉はクオーラを歓喜させ、すぐにチーム分けと試合日を決め、彼女はその試合日がまるで誕生日のように待ち遠しかったらしい。

 

そしてその試合日が今日だったのだ。

 

「でね、さっき子供達の一人が僕のところに来たんだ・・・。」

彼女は再び表情を曇らせながら山なりのボールを投げる。

私は無言で受け取り投げ返す。

「子供達のママの一人が感染者と遊んじゃいけませんって言ったせいで他のママたちも追従してみんな今日来れなくなったって・・・その子悔し涙を流していたけど、ボクにはどうしようもなくて・・・・・・」

その言葉とともに放たれたボールは私まで届かず私の足元ポテンと落ち転がった。

 

私はそれを拾いながら考える。

この街は感染者に対して許容な地域だ。

だがそれは『普通』に比べてというだけであり、迫害や村八分にはされないだけで、感染者に対して漠然とした恐怖を持つ住民は多くいる。

おそらく遊んではいけないと言った母親もそのうちの一人なのだろう。

そしてそれにつられて他の母親も追従していったのだろう。

これは後々の火種になりかねない。あとでアーミヤに相談し何かしらの手を打った方がいいのだろう。

 

だがそれはまだあとでいい。今やらなければならないことが別にある。

今も地面を向き俯いている彼女。そんな彼女を放っておけるわけがない。

 

はてさて、目の前の俯いたひまわりを再び満開にするにはどうすればいいのだろうか。

そう思いながらボールを拾い上げ、顔を上げたとき

 

「ドクターこんなところにいたのか、アーミヤが心配していたぞ」

突然声をかけられた

横を向くとそこにはなんとドーベルマンがいた

ザクザクと歩道から離れて私達がいる川沿いの広間の方に歩いて来る。

その服装からおそらく先ほどまで訓練の教導を行なっていたのだろう、ロドスの制服を着ていた。

 

それにしても、ああ確かに、15分ほどで帰るとアーミヤに言ったのにもかかわらずもう30分ほど外にいる。アーミヤも心配したのだろう。悪い事をした。

 

「すまないドーベルマン、ちょっとクオーラとキャッチボールをするのに夢中に・・・・」

 

私の言葉と動きが止まる

まるでピースがはまったかのように様々な情報が私の頭の中で組み上がる

 

老若男女の騒ぐ事を好むオペレーター達

後日行われる予定の炎天下特別訓練という名の罰

ドーベルマンのお詫び

静かだが面白いことが年に数回のお祭りだけの寂しい街

クオーラの申請

街の人の感染者への漠然とした恐怖

野球

 

ああ、なるほど。

思いついた。

 

「ん?ドクター?」

「どうしたの?ドクター」

 

二人が突然止まった私を困惑顔で見る。

話の途中で熟考するのは私の悪い癖だ。気をつけなければ。

まぁそれは置いておいて・・・だ。

 

「ドーベルマン、突然で申し訳ないけど、お詫びって事でやってほしいことがあるんだ」

そう言った私を二人は困惑顔をさらに困惑させて私の話を聞く。

 

最初は黒ずくめの装備で炎天下のなか散歩することになった今日を運が悪いと思ったが、実はその反対で、今日はどうやら運がいい日らしい。

 

 

 

 

後日

河原の広間には歓声が響いていた。

河原にはロドスの人間だけでなく街の人々も集まっている;

グムや様々な人々が屋台で作っている美味しそうな食品の匂いが鼻腔をくすぐる

観客も上々、会場の雰囲気も大いに盛り上がっている。

そして広間では赤と青の野球帽をかぶった二つのチームが野球を行なっていた。

 

「大成功ですねドクター」

傍にいるアーミヤが楽しそうに笑う。

「ああ、大成功だ」

そう私はいいバッターボックスに視線を送る。

 

両者一進一退の大接戦。

勝ったら罰の帳消しというご褒美につられ集まったオペレータ達の赤チームと単純に野球がやりたいオペレーター達の集まった青チーム

両者の戦いはすでに7回裏に迫っていた。

点数は7対5

二点のリードを許してしまった青チーム

だがそんな中、ツーアウト満塁という大一番でついに四番がバッターボックスに立つ。

 

「がんばれーおねーちゃーん!!」

「いけー!!チャンスだよー!!」

観客席の子供達の応援が響く。それはそうだ、彼女は彼らのガキ大将で監督なのだから。

その傍に座る親達も子供達につられ応援をしている。その表情に漠然とした恐怖はない。

 

そして、バッターが構えた

 

投手であるロドスのエリート猫オペレーターは投球を考えているようであった。

そんな中、バッターボックスに立つ四番はバットを天に掲げる。

 

ホームラン宣言

湧きたつ会場

挑発に乗る猫

猫を止めようとする守備陣

 

 

そしてボールは放たれた

 

快晴の空の下、気持ちの良い音と共に天真爛漫な彼女の声が響く

 

 

「ホーーームラーーーン!!」

 

 

 




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