終幕、一人じゃない
夏の青葉の風が吹く、昼下がり。
あなたは、霊夢さんに頼まれて神社の掃除をしていました。
畳の掃き掃除です。
「清々しい夏の初め、か……梅雨終わりなのに、こんなに涼しいとは…」
畳と箒の奏でる音を聴きながら、あなたはあくびをします。
山中なのだから、当然建物がたくさんある場所よりは涼しいことは予想ができますが、実際に肌でそれを確かめるとなると、その時にようやく実感が持てるというわけです。
暑くない、しかし春のような涼しさがあるわけではない、少しじめっとした空気。
「そりゃあんた、建物の中にいたら涼しいわよね。」
背後からあなたに話しかける声は、ここの神社の巫女さんである、博麗霊夢さん。
「外は日差しが強くてあっついわよ?」
「洗濯物は干し終わったんですね、霊夢さん。お疲れ様です」
「えぇ、あなたも小一時間くらい、直射日光浴びながら草むしりでもしてみたらどう?ぶっ倒れるわよ?」
「すみませんって、霊夢さん。ほら、こっちも掃除終わりましたので、少し休憩しませんか?」
「そうね……それじゃあ、私、縁側で待ってるから、お茶持ってきて頂戴。」
「了解です。」
あーくたびれたくたびれた、と言いながら、だらだらと歩いていく霊夢さん。
「……気にして、ないんでしょうか?」
あなたは、少しだけ速いリズムを刻む鼓動をごまかすように、呟きます。
確かに、あの裏表ない性格からして、気にしている、ということはないでしょう。
そうすると、あなただけが気になっている、ということになります。
「……まあ、時間が経てば、落ち着くかな?」
そう、時間が経てば、あの体験はきっと、経験になり、そして記憶となっていきます。
匂いも、感触も、時が経てば忘れていく。そういうものです。
「……」
ただ、あの時の霊夢さんの声色だけは、忘れられそうにないです。
『……その、…ありがと』
「忘れましょう。忘れないと、霊夢さんの顔すらまともに見れません…」
あなたは首を激しく横に振ると、お茶をいれに、台所へと向かっていきました。
目が合わせられない。
心臓が高鳴る。
きっと、顔も少し赤くなっているのだろう。
初めての感覚。
それでも、私はこの感覚がなんなのか、わかっているようだった。
「……、はぁ…」
私はため息をついて、目を閉じる。
確かにあいつの言う通り、涼しい。
それとは裏腹に、私はあの時の記憶を見ていた。
温かくて、不思議と安心できる、その記憶を。
それを思い返すたび、顔が熱くなってしまう。
それはきっと、少しずつ落ち着いていくはず。一時的なもののはず。
そうじゃなかったら、私は困ってしまう。
ーーでも、この気持ちは不快ではない。
だから、もう少し。
もう少しだけ、
「もう、少し……」
あの時の心地よさを、忘れたくはないーー