プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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アキバ横丁の呻き声

「・・・と、言う訳なんだ。悪いが、マリーダのことは、今日はゆっくりさせてやってくれ。俺の方で面倒を見るから」

 P部隊の朝は、そこそこ早い。

 姉妹12人とジンネマン1人の、合わせて13人分の朝食を作るために、当番の調理係が、日が昇りきる前から慌ただしく動き回る。

 しかも今日からは、居残り組だった妹たちが、プルたちの代理として学校に通うために、多忙ぶりもひとしおだった。

 廊下や居室から、あれがない、これがないと言った悲鳴が聞こえてきたかと思えば、バタバタとした足音が右から左へと通り過ぎて行って、最後には出発を告げる挨拶を残して消えていった。

 プルとプルツーはと言うと、ジンネマンの指示通り、今日は休日だったために、さして急ぎの用事もなければ、UMMSの操縦訓練や射撃訓練に取り組む必要もなく、それぞれの部屋や、ロビーの休憩所でテレビを見たり、オンラインの情報に触れながら、着の身着のままの時間を過ごしていた。

 ところが、二人が娯楽に興じていた時、それまで姿を見せていなかったジンネマンが憔悴した様子で現れて、マリーダの部屋に呼びつけた。

 言われるがまま、部屋を訪れると、そこにはベッドの上で仰向けになったまま、虚ろな視線で天井を見上げるマリーダの姿があった。

 ずいぶんと弱弱しい、まるで何かの病気にでも罹ったような顔色の悪さ。

 聞けば、昨夜の会議の後から、一睡もできていないらしい。

 朝食も喉を通らないようで、枕元のサイドボードに、手つかずの食事がそのまま置いてあった。

 昨日とは、まるで別人になってしまったマリーダの姿に、プルとプルツーはただならぬ事態を感じ取っていたが、ジンネマンから聞くところによると、彼女は、トゥエルブ時代に体験した記憶を思い出してしまい、精神面から急激に体調を崩してしまったのだという。

 その記憶とは、第一次ネオ・ジオン抗争におけるグレミーの反乱に参加中、戦線を離脱して、見知らぬ地へと不時着したことにより、運悪く人身売買の業者から娼館へと売られてしまった過去のことである。

 彼女は、昨日遭遇したアーグレットの顔が、なぜか娼館に居た時代に交流のあった少女と瓜二つだったらしく、それが引き金となって、脳の片隅に閉じ込めていた記憶をフラッシュバックさせてしまったのだ。

「姉さんたち、すまない。私の身体は、もう生まれ変わったというのに。心の奥底では、まだ過去を受け止め切れていなかったようだ。明日の任務までには何とか気持ちを切り替えておく。だから今日だけは、こんな姿で居ることを許して欲しい」

 普段は目にすることのない、白い錠剤をいくつか口に含み、マリーダは苦笑しながらプルとプルツーに醜態を晒したことを詫びた。

 そんな義理の娘が苦しむ姿を見て、ジンネマンも気が気ではない様子で、マリーダの手を何度もさすってみたり、時折額に汗をかくのを、タオルで拭き取ってやっていた。

「マリーダ、マリーダ! 頑張るんだぞ! もうお前は一人じゃないんだ、俺がずっと傍にいてやるからな・・・!」

 いつもはぶっきらぼうで、怒ったような顔つき(実際は怒ってなどおらず、あくまでもプルたちの印象だが)でいることの多い歴戦の猛者も、マリーダのこととなると、途端に繊細になり、吊り上がっていた眉毛も目尻も、総じて下向きに垂れ下がってしまう。

 マリーダはマリーダで、そんなジンネマンの優しさに感激しては、「お父さん・・・いつも食事制限させてしまって、ごめんなさい」などと瞳を潤ませ、何分もの間、互いに見つめ合ったりしているのであった。

 こうなってしまうと、実姉と言えども当時を知らない()()()にとっては、入り込む余地はまったく無くなる。

 プルとプルツーは、とりあえずマリーダの体調が快方に向かうよう声をかけつつ、ジンネマンとの親子水入らずの時間を邪魔しないよう、一刻も早く部屋から出ていくという配慮をするしかなかった。

「マリーダ、昔の事を思い出しちゃったんだねぇ。トゥエルブの時代って言ったら、今から何年以上も前の話だし、そんな時代に、私たちの年齢と同じくらいのアーグレットがいたと思えないんだけど。やっぱり娼婦として働かされることって、とっても辛いことなのかな?」

 部屋から出て、廊下を歩いていく途中、プルがプルツーに素朴な質問をぶつけた。

「まぁ、あのような仕事を好きでやる奴はいないだろうな。こんな時代、生活費を稼ぐために止むを得ずってトコだ。まして、マリーダの場合は、とんでもない悪徳業者に捕まったらしいから、ああやって時々記憶が錯綜するくらい、ひどい目に遭わされたってことなんだろう。それこそ、心を置いてきた、と表現するくらいの・・・あいつは、私たちには到底想像のつかない負の記憶に、今も苦しめられているんだよ」

 二人が廊下を歩いていると、ちょうど壁に設けられたいくつかの窓から、陽の光が差し込んでいるのが見えた。

 普段は気にも留めない所だが、ふと、その場で立ち止まり、揃って外の世界に目を向ける。

 地上およそ100階、行政立法区域から眺めるTシティの風景は、昨日の民間居住区域で目にした光景とは改めて異なって見えた。

 地平線を離れた太陽によって放たれる輝きが、逆光となって周りのビル群を黒く染め、凹凸のシルエットを際立たせる。

 行政立法区域には、民間居住区域と違って住宅地という下界がない。

 ビルが建っている場所ももちろん地球の上であるのだが、地上数百メートルの高さから眺める太陽は、宇宙空間において、戦艦やモビルスーツに乗っている時と、どこか同じ印象を想起させ、懐かしい感覚をプルたちに与えていた。

「でもさ、プルツー。マリーダも当時はキュベレイを操縦していたんだから、強化人間な訳でしょ? 私なら、その場を逃げ出すか、抵抗するくらいできたと思うし。今この時代に生まれ変わったのなら、なおさら当時の記憶だけ削除してもらえば、そんな辛い思いをしなくて済むのにって思っちゃうんだけど」

 窓の枠に頬杖を突きながら、プルはなおも腑に落ちない口調でプルツーに疑問を投げかけた。

 普段から、他人が苦しむ姿を見たくないプルとしては、この先も続くであろうマリーダの苦悩について、何か良い解決策はないかという試行錯誤が、頭にこびりついて離れなかったようだ。

 だが、プルツーとしては、いくら姉妹とは言え、当時の出来事を直接体験していない者たちが、いくら良策を模索した所で、余計にマリーダを傷つける結果を生むことは、わかっていた。

「確かに、当時からマリーダは強化人間ではあったけどな。ジュドーと出逢ったことで、洗脳を解かれた私たちと違って、あいつはまだ、主人が居なければ生きていけない依存体質(ディペンデンス)だった訳だし、抵抗なんて観念自体、考えつくはずもないだろう。それに、今の技術を使って当時の記憶だけ削除したとしても、人の感情というのは、正負の価値観が互いに影響し合うことで成り立っている。もしマリーダが、娼館にいた頃の記憶だけを削除したとして、じゃあその後にキャプテンと出逢った時の感動とか喜びは、どこを根拠に実感すればいい? 辛い記憶を葬り去れば、嬉しかった記憶も、ただの映像でしかなくなる。忌まわしい過去を乗り越えるためには、時間をかけて受容していくしかない。あいつもそれをわかっていたから、あえて当時の記憶を消さずに、新しい人生を生き続ける選択をしたんだよ」

 そう言い残して、プルツーは窓の景色から目を離し、再び廊下を歩き出した。

 プルも、それ以上は何も言い加えることができず、無言でその後に続いた。

「そういえば、プル、この後はどうせ暇なんだろ? だったら私に付き合え。ちょうど、アキバ横丁に電子部品を買いに行こうと思っていた所なんだ」

 互いに居室に戻ろうとした直前になって、プルツーが突然、思い出したようにプルを外出に誘った。

 プルとしては、「どうせ暇」などと言われたことには心外だったものの、確かにこの後の予定と言えば、ベッドに寝転がってマンガを読み漁るくらいの行動しか思い浮かばなかったため、下手に突っ込まれる前に、プルツーの要望を受け入れることにした。

 実際には、プルもプルツーも、揃って庁舎内に居心地の悪さを感じており、それは、先ほどのマリーダによる体調不良と、彼女の看病に奔走するジンネマンたちから遠回しに伝わってくる、焦りや不安と言った()()()()が、ニュータイプの感応波を介して何とも言えない不快さを伝達してきたため、気分転換するべく外に出たいというのが、主な理由の一つだったのだが。

「よし。行くか。それじゃお前たち、()()()()をよろしくな」

 床やらテーブルやらの掃除に勤しむ居残り組にマリーダたちの様子見を告げた後、プルツーとプルは、居室フロアから高速エレベータで一気に下へと降りていった。

 P部隊は中央情報局でも極秘の扱いであるため、正面ロビーから出ることはできない。

 正規の出口とは違った、特別な裏口から外へ出る必要があり、二人の乗っているエレベーターも、専用通路への直通だった。

 1階に到着し、ゲートが開くと、照明の少ない、一本道の廊下が現れた。

 その廊下を少し歩いていくと、外に通じると思われる両開きの扉が鎮座しており、ちょうどその頭上に据え付けられたセンサーが作動した。

 静止を指示する『CHECK』の文字が液晶板に浮かび上がり、電子音と共に、二人の身体に赤と青の光線が当てられる。

 それぞれの虹彩や指紋、全身の透過画像など、厳重なセキュリティチェックをしばらく続けた後、今度は『ENABLE』の文字と共に、ようやく外に通じるドアが開いた。

 隙間から太陽の光が差し込むと共に、一陣の風が二人を出迎える。

 しかし、目の前に広がっていたのは大自然ではなく、林立する巨大ビル群の壁。

 それら摩天楼の影に同化するようにして、二人は更にエレカの停留所があるメイン通りへと歩こうとした。

 と、ここで、急にプルツーがプルを置いたまま、出てきた庁舎の陰に居なくなってしまった。

 倉庫がある方向だ。

「あ、あれ? プルツー、なんでそっちに行くの? 民間居住区域のエレカに乗るには、あっちで待ってないとダメだよ」

 自分で誘っておいて、その場に人を残していくとは。

 思わぬタイミングで待ちぼうけを食わされたプルが、心配そうに眺めていると。

「あ、戻ってきた。何だろう? あの乗り物」

 ほどなくして、プルツーが、何かに跨って再び戻ってきた。

 遠目で見る分には、自転車に似ている。左右に幅が短く、前後にタイヤのついた、車に比べてずいぶん小さな乗り物である。

 しかし間近で見ると、大きさ的には車ほどではないにしろ、なかなかのもので、プルツーのトレードカラーとも言える、真っ赤なフェアリングに全体を覆われたボディは、一見すると羽のない戦闘機を連想させた。

 プルツーが乗ってきた乗り物。

 それは、『モト』とか『モーターサイクル』と呼ばれる動力付きの二輪車で、極東地域ではオートバイとも呼ばれていた乗り物だった。

 モトは、地球では一部の地域で今も乗られ続けているが、ほとんどが宇宙世紀以前からの流れをくむ内燃機関を搭載しているため、コロニーではほとんど見かけることがない。

 とは言え、プルツーの乗っているそれは完全な電動式らしく、エンジンの音がまったく鳴らなかったが。

 ちなみに、ハンドルとペダルの位置は、小柄なプルたちの手足でも届くように、位置を調節できるようだ。

「? 何、ボーっと突っ立ってるんだ、プル。ヘルメットはそこに掛かってるから、早く被って後ろに乗りなよ」

 プルが、モトを物珍しそうに眺めていると、プルツーが早く後部座席に乗るよう、催促した。

 アクシズの時代から、モトになど乗ったことのないプルは、ぎこちない動きで、プルツーの後ろに腰を下ろした。

「よいしょ・・・プルツー、この乗り物、どこで手に入れたの? こんなの市街地で乗り回したら、それこそまた目立っちゃうんじゃない?」

 ヘルメットに内蔵された、インカム経由で、プルの忠告が聞こえてくる。

 だがプルツーは、そんなプルの懸念を一掃した。

「だからって、公共交通のエレカを使えってのか? あんなウスノロなんかに移動を任せていたら、現地に着く頃には日が暮れちまうだろうが。このモトはな、P部隊向けに開発された正規の試作品なんだ。専用設計のファンネルはもちろん、UMMSとのデータリンクにも対応、ニュータイプによる感応波を受信して、自動的に転倒防止のバランサーを作動させたり、事故を回避させるためのAIも搭載している。プルは忘れているかもしれないが、私たちの役割は工作活動だけが全てじゃない。H-MS構想に基づいて開発された兵器やシステムをテストする作業も、主要任務の一つなんだ。そのためには、多少世間の注目を浴びたって、目をつぶってもらわなきゃ困るんだよ」

「行くぞ。しっかり捕まってろ」そう言って、プルツーが右手に握っていたハンドルを捻ると、それまで無音だった電動モーターが、甲高い音を上げて唸りだした。

 直後、豪快にタイヤのスピンする音と共に。背中を蹴とばされたような衝撃がプルたちを襲った。

 わずか150kgにも満たない重量の車体を300馬力もの出力と25kgにも迫る強大なトルクが、際限なく車体を加速させていく。

 実はこの電動モトは、P部隊に支給された際にはあえて性能が低く抑えられていたのだが、その後、プルツーが密かにプログラムを書き換えることで、リミッターを全て解除し、動力部分にも、非合法の改造を多数施していた。

 気が付くと、メーターはすでに時速430kmを振り切っていて、同じ車線を走行していた他のエレカは言うに及ばず、道路の両端に聳えていたビル群も、もはや残像にしか見えないほど霞んでしまっていた。

「う、うひゃあー! モビルスーツに乗っている時のスピード感と全然違う! 何か気持ち良いね、これ!」

 フェアリングによる防風対策やエアロダイナミクスを施されているとは言え、むき出しの身体に、容赦なく強風が叩きつける。

 物理的なスピードこそ、モビルスーツや戦艦の巡航速度は劣るが、モトによる430kmの世界というものは、五感に与える刺激が、比べ物にはならなかった。

 常人なら、ここまでの速度域になると恐怖心が勝るものだが、全身に強化措置を施され、日頃から命の危険に晒されている彼女たちにとっては、むしろ快楽の方が勝っていた。

 一度、(たが)が外れるとやんちゃな姉妹二人は、通常では体験できない極限の領域に、揃って興奮を覚えていたのだった。

「検問所を通ると、またあの下っ端兵長に絡まれることになるからな。旧道から迂回して民間居住区域に向かうよ!」

 出口まで残り1kmとなった所で、プルツーが急制動し、ホイールスピンする後輪を故意に滑動させるながら、無理やり方向転換を始めた。

 Tシティにおける幹線道路の端々には、かつてモノレールが開通する以前に使われていた旧道や、緊急用の非常用通路が枝分かれするように伸びている。

 いくつかのゲートを通過しながら、プルツーはその中の一つを選び、再びハンドルを全開にした。

 通常、どのルートも通行禁止になっていて、頑丈な鉄製の格子によって厳重に閉鎖されていたが、更にその奥にあるいくつかの支道は、戦時中に火器による被害を受けた後も修復されなかったようで、空いたまま放置されていた。

 プルツーが、壊れたゲートの僅かな隙間を狙い、速度を上げていく。

 その幅、僅か1.5m。全幅が約1mほどのモトにとっては、左右数十㎝をギリギリ通れる計算だ。

 少しでも接触すれば、肉体の一部がゴッソリと削がれてしまうレベルの速さを維持したまま、ちょうど、そのど真ん中をすり抜けていく。

 目にも止まらぬ速さでゲートが通り過ぎた時、一瞬、二人の耳元にシュッという風切り音が鳴った。

 ゲートを抜けると、今度は旧道の本道が現れた。

 路面状態はプルツーたちが思った以上の悪路で、かつては舗装されていたはずのアスファルトが、所々大きくひび割れていて、至る所の隙間から植物が伸びているほどだった。

 平らな場所など、ほとんど存在しない。

 これでは、二輪車は愚か、悪路専用のエレカでも通れそうにはなかったが、その方が、モトの試作品を試すには好都合と踏んだのだろう。

 プルツーは、少しも臆することなく、むしろそれまでよりもスピードを上げて突っ込んでいった

 やがて、道路に差し掛かる直前、AIによる危険回避・自動制御システムが作動し、車体の四方から、姿勢制御用のスラスターが円筒状の小型ノズルを射出し始めた。

 極端な傾倒姿勢から、想定以上の跳ね上がりまで、車体の異常な態勢を瞬時に修正していく。

 次々と変化する路面の凹凸も、コンピュータによって計算され、そのつどサスペンションの減衰圧を自動で調整してくれた。

「あはは! これはご機嫌だよ。開発部の連中め、オカタイ奴ばかりだと思っていたら、なかなか面白い物を造るじゃないか! どうだい、プル。後ろの乗り心地は!?」

 転倒どころか、乗り心地すら変化する気配のない、恐るべきモトの性能に、プルツーはハンドルを握ったまま終始ご満悦の様子であった。

 パイロットから工作員に鞍替えしたことで、モビルスーツも操縦できなければ、潜入活動という地味な任務が続いていた彼女にとって、このモトの運転は、ストレスの発散には打ってつけであった。

「? プル? なんで返事をしない? 一体、どうしたんだ?」

 アクロバティックなモトの運転を堪能していたプルツーだったが、ふと、後部座席に座っていたプルが、無言になっていたことに気付いた。

 先ほどまでは、プルツーと爽快な気分を共有していたはずなのだが、少し前から、何にも喋らなくなってしまったのだ。

「おい、プル? まさかまた乗り物酔いしたんじゃないだろうな!?」

 昨日のバスのように、体調でも崩されてしまった日にはたまったものではない。

 プルツーが再度呼びかけると、プルはようやく口を開いて、インカム越しにプルツーに助けを求めてきた。

「プ、プルツー。ちょっと、悪いんだけどさぁ」

 やけに陰鬱とした、明らかに気持ちの落ち込みが伝わってくる口調である。

 さすがに心配になったプルツーは、道路の橋にいったんモトを停車し、ヘルメットのシールドを開けて、プルの方を見た。

「何? 何だ? 何かあったのか?」

 すると、プルは謝りながら、自らも被るヘルメット越しに頭を小突いて、こう答えた。

「ごめんプルツー。私、本部にお財布忘れてきちゃったみたい・・・悪いんだけど戻ってくれない? エへへ、へへ・・・ヘ」

 

 

 Tシティは、極東地域のみならず、世界的にも有数の規模を持つ大都市である。

 中でも、民間居住区域において、4つのセクターと19のブロックで構成される一大商業圏、通称『アキバ横丁』は、世界中の電子部品が一同に集まる地域であり、ここで買えないものはないと言われるほどであった。

 メイン通りを陣取るビルはもちろん、脇道や路地裏の露店まで、至る所が溢れんばかりの部品類で埋め尽くされている。

 客の足取りも朝から晩まで絶えることはなく、個人の趣味で訪れる者もいれば、専門技術を扱う業者まで様々だ。

 このアキバ横丁は、行政立法区域からだと、エレカと公共交通機関で1時間はかかる距離にあるが、プルとプルツーは、フルチューンしたモトを全速力でかっ飛ばしたことにより、それを20分で走り切っていた。

 モトを建物の陰に停めた後、街中を散策し、気に入った物を購入してみたり、興味のある店を物色して回る。

 とは言え、買い物をするのは専らプルツーのみで、プルは付き合わされているだけ。

 何に使うのかわからない基盤や、半導体チップなどを次々と袋に入れるプルツーの姿を、終始退屈そうに眺めていた。

 ところが、プルも散策がてら街のあちこちを観察しているうち、この界隈には思ったより多くのレストランやカフェが営業していることに気付いたらしい。

「あ~。あのお店のパフェ、美味しそうだなぁ。でも財布忘れちゃったし。まさかプルツーが、買い物に付き合ってあげたお礼に奢ってくれるとか・・・そんな事、あたしからは口が裂けても言えないしなぁ~」

 事あるごとに、プルが独り言を言っては、隣を歩くプルツーの横顔にチラチラと視線を向ける。

 プルツーとしても、こうなることはある程度予想していたが、あまりにも独り言の音量が高くなってきて、頻度も増えてきたので、いったん、底なし胃袋の姉の腹を満たしてやるべく、手ごろな店に入ることにした。

「え~っと。メロンソーダと、特製チョコレートパフェ! サイズは・・・最近食べ過ぎだから、M(ミディアム)で良いかな? あ、でも生クリームとバニラアイスとフレークとチョコソースは多めでお願いしま~っす」

L(ラージ)サイズですね。かしこまりました」

 二人はメイン通りの一角にあった、小柄なカフェを訪れた。

 温白色の電球に、こげ茶色の木目の壁が映えるこじんまりとした店内には、二人掛けのテーブルが4つしか置いておらず、カウンター席を合わせても、それほど多くの客を収容できる広さではない。

 それでも、この店は人気があるらしく、プルとプルツーが訪れた時にはほぼ満席で、ちょうど清算を済ませた客が退店した入れ替わりで、入店することができた。

 プルが注文した特製チョコレートパフェは、この店の売れ筋のようで、客の半分以上が同じものを食べていた。

 ちなみに、最近あんこに凝っているプルツーは、抹茶パフェを注文した。

「うん! 美味しい! 人工甘味料じゃなくてちゃんとした砂糖なんだ。このバニラや生クリームも、天然の乳製品を使っているみたい。やっぱり人気商品だけあるなぁ~」

 これまでの人生の中で、数多くのチョコパフェを食してきたプルにとっても、この店の商品は満足の行く味を表現していたらしい。

 一口食べるごとに、蘊蓄(うんちく)交じりの感想を振りまきながら、やがてものの10分ほどで、全てを平らげてしまったのであった。

「お前な、ここのパフェは結構な値段がするんだぞ。そんなに一気に平らげてしまって。もう少し味わって食べたらどうなんだ・・・ん、確かにこれは美味い」

 天然の材料を使った食べ物は、往々にして、コストに跳ね返ってくる。

 もう少し自然の恵みに感謝するようプルを諭しながらも、プルツーは自分が注文した抹茶パフェの天辺(てっぺん)に乗っかっていたあんこを口に入れては、同じように至福の表情を作っていた。

「まぁまぁ、人それぞれの食べ方ってある訳だしさ。そこは見守るだけにしておいてよ。それにしても嬉しいな、本当にパフェを奢ってもらえるなんて。ありがとね、プルツー」

 空になったパフェのグラスを横に置き、残っていたメロンソーダも飲み干した後。

 プルは、何を思ったかプルツーの顔をじっと見つめ、しんみりとした口調で、感謝の意を伝えた。

 嘘偽りの感じられない、屈託のない微笑み。

 プルツーは反応に困り、視線があちこちに向いて定まらなくなってしまった。

「な、何だよ急に? 元はと言えば、誘ったのは私だからな。別に、これくらいは最初から想定していたさ。ただし、今度プルが私を外出に付き合わせた時には、何か奢るんだぞっ」

 冷静を装おうと、パフェのバニラにスプーンを何度も抜き差しながら、プルツーはそっぽを向いた。

「何、照れてるの? いやぁ~なんかさ、ジュドーと初めて逢った時にもパフェは食べたけど、その後で、敵同士戦ったプルツーとも同じことができるなんて、夢みたいじゃない。つくづく、戦争って一体何なんだろうって思って」

 反応に困っていたプルツーを見て、プルはクスリと笑った後、頬杖を突きながら周囲を見渡した。

 二人がやり取りをしている間にも、店の中は他の客が何度も入れ替わったり、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。

 プルたちが座る席の、すぐ傍らには、外のメイン通りが見える窓が設けられていて、そこでも人々が頻繁に行き交う姿を見ることができた。

 かつてネオ・ジオンのパイロットだった時にも、プルとプルツーは、アクシズやコロニーで、同じ光景を見たことがあった。

 当時の二人にはほとんど接点がなかったため、それぞれの立場から、目の前の世界を眺めていた訳だが、地球だろうとコロニーだろうと、そこに暮らす人々に、明確な違いを感じられないという意味では、共通の想いを抱いていた。

 人類が人口抑制のために宇宙へと居住地を拡げ始めた後、アースノイドとスペースノイドという言葉が生まれた。

 以降、時の指導者たちによって戦争の意義は少しずつ変遷していったが、ことの発端は、人類が恣意的に二手に分かれたことから始まったはず。

 しかし、こうして改めて身の回りにいる人々を見渡す限り、地球に暮らす人も、宇宙に暮らす人も、生物としての器質的・肉体的にはまったく同じ。

 一体、兵士として自分たちが生まれた意味は何だったのか。何のために戦い、死んでいったというのか?  

 結局の所、戦争なんていうのは、ジュドーが言っていた''大人の勝手な都合''の延長線に過ぎなくて、自分たちはその穴埋めをするためだけに、短い人生を生かされたに過ぎなかったのだろう。

 この時、プルたちは、アーグレットのような新しい世代が、今の世の中に対して、武器を持たずに反旗を翻した理由を、僅かながら理解できたような気がした。  

「さて、それじゃあパフェも食べ終わったし。そろそろ帰・・・ん?」

「どうしたの? プルツー?」

 店を出ようと、プルツーが席を立った時だった。

 彼女は、ふと、頭の中に、不快な『声』が聞いてくるのを感じていた。

 一人の声ではない。複数の、それも子どもが呻きを上げているような声だ。

 プルにはまだ、聞こえていないらしく、店内で一人立ち尽くすプルツーの姿を、他の客と共に見上げている。

「プル、何か変だ。おかしな気配がする。いったん、ここを出よう」

 プルツーは、プルにも早く店を出るように伝え、いちはやく会計を済ませた。

 そのまま足早に出口へと向かい、入れ違いで来店した客を、半ば押しのけるようにして、通りへ飛び出す。

 外の様子は、先ほどと何も変わっておらず、たくさんの人々が普段通りに過ごしていた。

 と、その時。

 ここへ来て、プルも異変に気付いた様子だった。

「あ、ホントだ。子どもが()()()とか()()って言ってる・・・こっちだよ!」

 謎の声に最初に気付いたのはプルツーだったが、鮮明に聞き取れたのと、声の位置を把握したのはプルが先だったようだ。

 プルは、メイン通りをしばらく走った後、何かに引き寄せられるようにして、建物と建物の間をすり抜けていった。

 プルツーも、後に続く。

 しばらく路地裏を縦横無尽に駆け抜けた後。

 謎の声が、徐々に大きくはっきりと聞こえるようになっていた二人は、それまでとは異なる雰囲気の場所へ躍り出た。

 一見すると、メイン通りと同じ露店街に見える。

 だが、表のビルに、日光を遮られているせいか、昼間にも関わらず、通り全体はやけに薄暗い。

 活気もないし、居並ぶ建物も、古めかしいものばかり。モルタルの白い壁は灰色に色褪せるどころか、所々が剥がれ落ちては、中の材木や鉄骨がむき出しになっているほどだった。

 それぞれの店に売られている物も、それこそ手入れのされていないガラクタのような物ばかりで、整頓もされずに箱に詰め込まれている。

 とは言え、所々、モノアイのレンズ部分や、フィールドモーターに使用すると思われるパーツ類も置かれている所を見ると、戦場で回収した『訳アリ品』を売っている一帯であることは、すぐに想像できた。

 それが原因と言えば偏見かもしれないが、店の住人や、通りを歩く客層も、かなり癖のありそうな連中ばかり。

 人相が悪いか、浮浪者と思しき、まるで手入れのされていない服装と髪型に身を包んだ者たちがほとんど。

 当然、そのような場所だから、年端のいかない年齢のプルとプルツーのような、(見た目だけは)可憐な少女たちに対する彼らの目線は、奇異そのものだった。

 睨みつける者もいれば、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている者もいる。

 通りですれ違う誰もが、正常とはかけ離れた異様な視線を、二人に向けていた。

「プル、護身用のハンドガンは持ってるな? 念のため、サイコウェアとリンクしておけ。連中がおかしなマネしてきたら、迷わずキルモードで射殺するんだ。気絶(フェイント)なんて生易しいことは考えるな。一歩間違えれば、二度とマリーダやキャプテンの顔を拝めなくなるぞ」

 ここで、プルツーが、臨戦態勢に入った。

 平静を装いながらも、銃を隠してある腰の位置に手を掛ける。

「う、うん。訓練は受けてるから大丈夫だけど。でも何か、モビルスーツに乗ってた頃と違って、自分で鉄砲を撃つっていうのは、やっぱり嫌な気分だね。せめてファンネルとか使いたいなぁ・・・」

 強化された肉体を持つプルとプルツーなら、銃を使わずとも、日頃ジンネマンから教わっている白兵術で切り抜けられないことはない。

 工作員向けに身体能力を再調整されているおかげで、並みの成人男性相手なら、素手で3~4名を一掃することができる。

 しかし、ここの連中は戦場で様々な廃品を回収して売っているから、自前で武器を所持している可能性もある。

 最悪、銃撃戦になっても勝てる自信はあるが、戦いは質より数だし、関係のない周囲にも被害を及ぼしかねないため、不穏な動きがあれば即座に発砲し、速やかに離脱するというのが、プルツーの考えた最も効果的な対処法であった。

「声は、ここから聞こえてくるみたいだな」

 通りを警戒して歩きながらも、謎の声がする方向に確実に近づいていく。

 二人の頭の中に響いてくる声は、どうやら通りの突き当りにある、建物の中から聞こえてくるようだった。

 その建物も、他と同様に何らかの店舗だったと思われるが、すでに廃業しているようで、看板は外されているし、入り口もシャッターが下ろされていた。

 しかし完全には閉まりきっておらず、地面から少し浮いていて、小柄なプルたちなら、(くぐ)って中に入れそうだった。

 辺りを警戒しつつ、腰からかがんで入口へと入る。

 店の中は、ほとんど真っ暗だったが、シャッターの隙間から入ってくる外の光によって、辛うじて肉眼でも見ることができた。

 営業していた頃は、この店も様々な品物が陳列されていたのだろう。

 鉄製のパイプをつなぎ合わせて組み立てられた棚が、壁のそこかしこに固定されていて、空の段ボールが至る所に積み上げられていた。

「ここじゃなさそうだな。もっと奥から聞こえているみたいだ」

 入り口付近には、特に気配が感じられなかったため、二人は更に奥へと足を踏み入れることにした。

 外の光は徐々に届かなくなり、やがて何も見えなくなった。

 仕方なく、目が慣れるまで、壁伝いに通路を歩いていくが、端々にガラクタが転がっているらしく、非常に歩きにくい。

 それでも、何とか前に進んでいくと、通路の突き当りにある部屋から、光が漏れ出ていることに気付いた。

 その部屋だけは、なぜか天井に据え付けられた蛍光灯が、かろうじて点灯していたのだ。

 広さは10畳ほど。窓のないコンクリートの壁に、四方を囲まれている。

 奇妙だったのは、その部屋には、入口にあった段ボールではなく、アルミか何かで造られた、20cm四方の金属の箱が、ビッシリと積み重ねられていた。

 更に、その箱はどれも通電しているらしく、一つ一つの前面に小型のディスプレイが取り付けられていて、ピッ、ピッ、と言う電子音と共に、何かの波長を示す線が、一定のリズムを刻んでいた。

 他方、箱の後ろ側からは、赤や黒から成る数本の配線が伸びていて、部屋の真ん中に鎮座する、高さ2mくらいの巨大な黒い筐体に直結していた。

 当然、それらの配線は、積み重なった他の箱にも全て接続されているので、床は足を踏み入れるスペースもないくらい。

 まるで、異様な植物のように、辺り一面をビッシリと覆い尽くしていたのである。

「どうやら、この機械で、棚に重ねられた箱を管理してるようだな・・・それにしても、ここへ来た途端、声が途絶えてしまった。確かにこの辺りから聞こえてきたんだけど。プルも全然聞こえないか?」

 部屋の辺り一帯を見回しながら、プルツーが問いかけると、プルも「聞こえない」と言った調子で、首を横に振った。

 プルツーは、もしかして、この部屋自体から、強い電磁波が放出されていて、それが人の声のように聞こえただけかもしれない、と思った。

 そう言えば、自分たちがかつてP部隊のメンバーとして新しい生を受けた時、ニュータイプの感度も意図的に増幅させたために、コンピュータなどから発せられる電磁波の影響を受けやすいと聞いたことがあった。

 ただでさえ、アキバ横丁はその性格上、電磁波の塊が多く放出されている地域である。

 もしかすると、脳が電磁波を感応波と勘違いして、誤った処理を行ってしまったのかもしれない・・・そんな風に、考えていたのだ。

「よし、何もない以上、早く戻ろう」

 そう言ってプルツーが、引き返し始めた。

 誤解とわかった以上、何者かが出入りしていると思われるこの場所に、長居は無用である。

 二人は、すぐにこの建物から出るべく、部屋を後にして、元来た通路を戻り始めた。

 再び壁伝いに、ゆっくりとした足取りで一歩一歩踏み出していく。

 と、その時だった。

「君たち、こんな所で何をしているんだ?」

 もう少しで建物から出られる距離になって、突然、入口のシャッターが上がり、男の声が聞こえてきた。

「!?」

 驚いたプルとプルツーは、揃ってハンドガンに手を掛けようと身構えた。

 逆光の中、目を凝らすと、建物の入り口に、外の光に照らされた人の影が浮かび上がっている。

 その人物は、部屋の中に入ってきた後、壁を探り、明りを照らすスイッチを入れたようだった。

 パチンと言う音と共に、天井の蛍光灯が点灯し、空間全体の風景が、視界に飛び込んでくる。

 プルたちが立っている通路にはやはり、乱雑に散らかされた廃品やガラクタの類が転がっていた。

 天井も、所々が剥がれ落ちたり、蜘蛛の巣が張り放題。

 最初に侵入した時に感じた通り、長期間に渡って人がいなかったことは、確かなようだ。

 だとすれば、自分たちの目の前に立っているこの男は、何をしていたというのだろう?

 プルとプルツーは、警戒心を維持しながらも、改めてその男の顔を眺めていた。

 徐々にこちらへと近づいてくる人物。

 その人物は、18~19歳くらいの、やや長めのストレートの髪型が特徴の若い男だった。

 そう、それはまさしく、かつて郊外の工業地帯において、アーグレットが『兄』と呼んでいた、あの所属不明機のパイロットだったのである――。

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