「姉さん・・・」
プルとプルツーがアキバ横丁に出かけている頃。
時を同じくして、庁舎の居室で眠っていたマリーダが、ふと目を覚ました。
「・・・む? マリーダ? 調子は良くなったのか?」
昨日の夜から付きっきりで看病していたジンネマンも、マリーダ同様、ベッドのすぐ横で椅子に寄りかかりながら居眠りをしたらしく、慌てて上体を起こし、彼女の顔を覗き込んだ。
「マスター。プルとプルツーはどこかへ出かけたみたいですが、大丈夫でしょうか」
ベッドの上に仰向けになりながら、マリーダは、ジンネマンに尋ねた。
「アキバ横丁に買い物に行くとか言っていたな。あそこは観光地化しているし、あいつらも今日は非番だから、下手な真似はせんだろう」
テーブルの上に置かれた、居残り組の姉妹が運んできた飲み物をコップに注ぎながら、ジンネマンはマリーダに「心配するな」と声をかけた。
だが、マリーダは神妙な面持ちを崩すことができず、力なく「だと良いのですが」とだけ答えた。
「昨日、アーグレットの顔を思い出してから、急に色々な感情がこみ上げてくるようになりました。あの所属不明機からも、アーグレットと同じように、何か大きな流れを作ろうとする強い意志を感じる。しかし、内に秘めた心は、幸福を願う彼女とは違い、冷酷で、多くの人の命を奪いかねないエゴや打算に満ちていた。姉さんたちが、いつかそれに巻き込まれてしまわないか、不安で仕方なくて・・・」
変わって、アキバ横丁の裏通り。
「もう一度聞くぞ。君たち、学生か? 学校はどうした? ここは私有地で、シャッターも閉まっていただろう? 勝手に入ってはいけないことくらい、分別がつく年頃だと思うがな」
久々の休日で、二人そろってショッピングに訪れていたプルとプルツー。
人気の店でパフェを食べたまでは良かったが、突然、頭の中に響いてきた子どもと思しき声の主を探しているうち、物騒な裏路地へと足を踏み入れ、勢いで無人の空き家にも忍び込んでしまった。
挙句、そこの持ち主と思われる人物にも見つかったことで、あらぬ疑いまでかけられる羽目に。
外に居た怪しい連中と言い、こんな密室で捕まれば、それこそ何をされるかわかったものではない。
厄介なことに、屋外では想定していた銃撃戦も、これだけの狭い家屋とあっては、そうそう手出しできそうになかった。
では、どうすれば――?
答えは一つ。一般市民を装って、やり過ごすしかない。
二人は、何とかしてこの場を切り抜けるべく、あの手この手の言い訳で、男を納得させようと四苦八苦していたのだった。
「い、いやぁ~。少しだけ入口の隙間が空いていたから。お化け屋敷かと思って、好奇心で入っちゃった? みたいな~」
ついさっきまで真っ暗闇だった室内に、煌々と電気が照らされる中。
腕を組みながら、出口を塞ぐように立ちはだかる男に向かって、プルは、いたずらっ子の言い逃れのような御託を並べていた。
もちろん、いい大人に対して、そんな理屈が通るはずもなかった。
プルの軽すぎる言い訳に、男は表情一つ変えないどころか、徐々に目を吊り上げていき、語気も強めていった。
「無人とは言え、建物の持ち主を目の前にして、お化け屋敷だと? 聞けば聞くほど、失礼なことを言う子だ。いいか、君たちのしていることは、立派な犯罪なんだぞ。何が目的だったのか知らないが、今から警察を呼ばせてもらう。懲りずに言い訳をしたければ、彼らに好きなだけ話すことだな!」
「そ、そんなぁ~」
男の反応を目の当たりにするうち、自分の言い訳が一切通じないことを悟ったのだろう。
怒られることが極端に嫌いなプルは、しばらく黙り込んだ後、万策尽きた様子で、大きな両目にだんだん涙を溜めるようになっていた。
実はプル自身、一介の工作員として、対人交渉術などはある程度訓練を受けているはずなのだが、やはり普段から本能や直感のみで行動しているだけに、理性や論理的なやり取りは身についていなかったようだ。
とは言え、それが彼女の長所でもある。
一部の新米エリートのように、学んだ知識の中身を吟味せず、陳腐な自尊心をひけらかすことで、相手から煙たがられるよりも、年齢相応の、単純でドジな少女として相手に印象付けた方が、下手に事態を悪化させずに済むこともある。
そんな、プルの性格上のメリットを重々理解していたプルツーは、とりあえず彼女に支離滅裂なことを言わせておき、後から自分が、それらしい理由を述べることで、相手に好印象を
「う、うわ~ん! 怒っちゃ嫌だよぉ~!」
それまで泣くのを我慢していたプルが、とうとう大声を上げて喚きだした。
それを見計らったプルツーは、すかさずプルの一歩前に出て戸惑ったような表情を作り、男に対して懇願するように許しを請うた。
「すみません! 実は私たち、先日、親の転勤で遠く離れた田舎から引っ越してきたばかりで。アキバ横丁を色々見て回っているうちに、迷子になってしまったんです。姉さんが、お化け屋敷だなんて言ってしまって、本当に申し訳なかったのですが・・・でも、確かに見る物すべてが初めてだったもので、ここが私有地という自覚はなかったかもしれません。本当にごめんなさい!」
いつものクールな態度は片鱗も見せず、年頃の真面目な少女を演じながら、プルツーは男に向かって深々と頭を下げた。
腰を45度曲げた状態で、「お前も謝れ」と言わんばかりに、プルの服を引っ張る。
ちょうどパニック状態で喚き散らしていたプルはハッとなり、慌てて「うわぁ~ん・・・え? あ、ご、ごめんなさい!」と、続いて首を垂れた。
「・・・」
沈黙は、15秒ほど続いただろうか。
微動だにせず、頭を下げ続けるプルたちの姿を目の当たりにした男は、怪訝な目つきを向けたまましばらく考え込んでいたが、やがて二人の姿を改めて見回した後、穏やかな表情へと変わり、静かに言った。
「そうか、君たちはTシティに越してきたばかりなのか。見た所、中産階級以上の市民のようだが・・・まぁいい。それならば、なおさらこんな裏通りに来てはダメだ。確かに、このアキバ横丁は何でも揃っているし、地方から来た者にとっては、華やかに見えるかもしれないがな。それは大きな間違いだ。歴史的に見れば、この界隈も、最先端技術の戦略的重要拠点として、連邦とジオンが何度も戦火を交えた場所。多くの人間が亡くなっているんだ。それどころか、後の復興施策で大企業の力を借りようとして、過剰な優遇税制を推進した挙句、古くからの地元企業が次々と倒産に追い込まれた過去もある」
「倒産に追い込まれた?」
プルツーの反問に、男が頷いた。
「そうだ。彼らは皆、連邦のために率先して戦争に協力した功労者だったのに、またしても起きなくても良い悲劇が起きてしまった・・・今じゃ、是正しがたいほど深刻な経済格差が蔓延するようになり、ただでさえ拡大傾向にあった貧困者のコミュニティが、別の地域からやってきた
男はそう言って軽くため息をつき、視線を落とした。
しかし、今初めて出会った、年端もいかない少女たちにそれを伝えることは、無意味だと悟ったのだろう。
男は、ふと我に返り、気を取り直すようにして、入り口の方へ向かって歩き出した。
そして、中途半端に開きかけていたシャッターを、片手で全開にした。
「もういい。君たち。今回は見逃してやるから、さっさと帰れ。今後、二度とこのような物騒な場所に来てはいけない。この裏通りは、昔ながらの文化や伝統で生きてきた人々の怨念が渦巻く墓場だからな」
それまで僅かだった外の明かりが、室内にめいっぱい入り込んでいた。
シャッターを持ち上げたまま、男が黙って視線を送っているのを見たプルツーは、お辞儀していた体勢を元に戻し、「ほら、姉さん帰るよ」と言いながら、プルの手を引いた。
外に出ると、露店の住人たちが周囲を取り囲んでいた。
プルの喚き声が、外にも聞こえていたらしく、ぞろぞろと二人の下へ近寄ってきた。
「おいフェフ。大丈夫か? 見た所、裕福そうな家庭のお嬢ちゃんたちじゃねぇか。捕まえるなら、俺たちも一緒に手伝ってやっても良いんだぜ?」
集団の中から現れた、丸刈りでランニングシャツ姿の巨漢が、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべながら言った。
明らかに、何かよからぬことを企んでいそうな顔つきである。
どうやら、プルたちと会話した男の名は、フェフと言うらしい。
だがフェフは、巨漢の男を制止し、「心配ない。この子たちは迷い込んだだけだ」と言って、元の場所に戻らせた。
「さぁ、早く行け」フェフが再び、プルたちに早々に立ち去るよう促す。
二人は、言われた通りに人だかりを通り過ぎていき、そのまま来た道を戻っていった。
もちろん、最後まで気は抜けない。腰に隠してあるハンドガンは、常時オンライン状態。
異常を察知すれば、引き金を引かずとも自動で発砲されるようセッティングされていた。
慎重に、注意を払いながら、一歩一歩、その場を少しずつ離れていく。
やがて、人だかりを抜け、メイン通りに通じる曲がり角に差し掛かった頃。
「おい、君たち。ちょっと待て!」
不意に背後から、二人を呼び止める声が消えてきた。
どうしたことか。声の主は、フェフだった。
てっきり危機が去ったと確信していたプルとプルツーは、突然の呼びかけに驚いてその場で硬直し、「は、はい。何でしょう」などと、声を裏返らせた。
フェフが、小走りで二人の下へ駆け寄ってきた。
彼は、何か言い伝えたいことを思い出した様子に感じられた。
「君たち、反戦・環境保護組織のネイチャー・リベリオンを知っているか? 今日はアキバ横丁のすぐ隣のセクターで、半年に一度の環境フォーラムが開かれているんだ。もし、彼らのことを知らなかったとしても、一度行ってみると良い。君たちのような未来を担う若者たちなら、きっと共感できる機会になるだろう」
フェフはそう言って、自らの両手をプルとプルツーそれぞれの肩に置いた。
先ほどまでの神妙な面持ちは、どこに行ったというのか。
彼の態度は、まるで人が変わったみたいに、好青年のはつらつとした振舞いへと様変わりしていたのだった。
「あ、ありがとうございます! 早速行ってみます!」
思わぬ助言を受けて、プルとプルツーは礼を言った後、足早に、そこを立ち去った。
元来た道を走り、路地裏を縦横無尽に駆けていく、
程なくして。
ようやく目の前にメイン通りが現れた。
やっとの思いで日常の世界に戻ってきた二人は、ここで初めて冷静さを取り戻し、極度の疲労と緊張から来る息苦しさに襲われた。
「あ~、怖かった! ご、ゴメンね、プルツー。やっぱ私、ああいう場面ダメだわ。何て言って誤魔化したら良いのか、パニくっちゃうみたい」
緊張の余り、呼吸も満足にできていなかったらしい。
プルは、泣き腫らした目のまま、思いきり深呼吸をして、肺いっぱいに空気を吸い込んでいた。
プルツーも、最悪の事態を想定していたため、かなり緊張したことは確かだが、彼女としては危機を無事に乗り越えたことで、すぐに気持ちを切り替えた様子だった。
「いや、結果として何もなかった訳だし、気にする必要はない。それにしても、あのフェフとか言う男、私たちよりも、後から空き家を訪れたように装っていたが、完全なカモフラージュを装っていたな。奴は元からあの場所に滞在していて、私たちが来るのを察知してから、いったん外に出たに違いない。建物の西側にあった勝手口が、最初はちゃんと閉じていたのに、出た時には少し隙間が開いていた。恐らく直前まで聞こえていた子どもたちの声も、意図的に消去した可能性がある」
プルツーは、空き家に侵入する直前になって、あらかじめ外観の様子を全て頭にインプットしていたようで、とっさにフェフの行動に矛盾点を見出していた。
「え、そうなの!? さすがプルツーだね。でも、どうしてそんなことをする必要があったんだろう?」
プルが、さも一生懸命考えているかのように、首を傾げた。
もちろん、本人には自分で考える気など更々無く、プルツーの回答を誘導する腹づもりであることは、その場の雰囲気からまざまざと伝わってきた。
「そんなのは簡単だよ。あの建物に居るところがバレたら、都合の悪い相手でもいたんだろう。それで一度は警戒して外に出たが、侵入してきたのが十代そこそこの女子二人だからな。少し脅してやれば退散すると踏んで、戻ってきたに違いない。もちろん、警察なんて呼ぶ気もさらさら無かった。最後は警戒心を解いて穏やかだったが、鉢合わせしてすぐの時は、部外者を亡き者にしようとする強い殺意を感じた。露店の連中も顔見知りみたいだったし、あの場所で、何か良からぬことを企んでいたことは確か。唯一の助けは、フェフが他の暴漢共と違い、できるだけ事を荒立てない冷静さを持ち合わせていたってことだ」
プルツーの洞察力に、プルは「ひゃ~、プルツー天才」などと終始感心して、拍手していた。
実際には、プルツーのスキルは、日頃からP部隊において、ジンネマンによる状況判断に対処する訓練を受けていたためで、プルも同じ内容を練習しているはずなのだが、プルツーはあえてそれには触れなかった。
「それにしても、あのフェフって人。最後の最後に、ネイチャー・リベリオンのこと言ってたよね? 環境フォーラムだか何だか・・・不審者の私たちに、わざわざそんなことを教えてくれるなんて。もしかしてアーグレットたちと、何か関係がある人なのかな?」
平静を取り戻し、落ち着いた様子でメイン通りを歩きながら、プルがフェフから言われた言葉を思い出した。
プルツーとしても、フェフが、警戒していたはずの自分たちに対して、
「ん? そう言えば」
フェフの発言を頭の中で整理しているうち。
ふと、プルツーが思い出したように携帯用の端末を取り出し、ネイチャー・リベリオンの活動についてのメモ欄を調べ始めた。
昨日、ジンネマンから渡された資料を入力し直したもので、今月から一年後までの、全ての活動場所や時刻が詳細に書き込まれている。
「これか。確かに今日の9時から隣のセクターで集会が開かれることになっている。てっきりこれも、通常の定例のデモ活動かと・・・迂闊だったな、私とした事が。今日が非番だと浮かれていて、昨晩のうちに内容を精査していなかった」
環境フォーラムは、街中をデモ行進する定例活動とは異なり、各国の支持者たちとオンラインで対話しながら、改めて世界に向けて反戦・環境保護に関する結束を確認する大規模な集会である。
環境フォーラムであれば、それを後援しているESM社や連邦軍の関係者も多数出席しているに違いない。
昨日のミーティングでも、P部隊の今後の任務は、ネイチャー・リベリオンの集会に潜り込むことだと指令された。
プルツーの中で、としての使命感が、主張を始めた。
「参加するだけなら、特別な資格や事前の申し込みは必要ないらしい。ここからなら、モトを使えば3分で着くな。プル、ついでだから、ちょっと様子を見に行ってみないか?」
「え? う、うん。私は別にいいけど」
フェフがあの場でネイチャー・リベリオンの名前を口にしたことは偶然だろうが、環境フォーラムそのものには、この機を逃せば半年先まで目にすることができない。
プルツーはプルと共に、ひとまず隣のセクターへと向かってみることにした。
アキバ横丁の隣に位置するセクター『シンジュク』には、主に国設の競技場や歌劇場、コンサートホールなど、大規模な収容施設が集結していた。
中でも、とりわけ巨大な建造物である『Tシティ・インターナショナル・コンベンション・センター(T.I.C.C)』は、昨年建築されたばかりで、40万立方メートルもの敷地の中に、銀色に統一された外壁の会場が複数立ち並ぶという、壮観な眺めを誇示していた。
表向きは、世界中の会合や見本市などが開催されることを想定して建設されたT.I.C.Cであるが、P部隊が入手していた非公式の情報によると、アーグレット率いるネイチャー・リベリオンの活動が世界的な支持を受け始めたのを機に、その拠点を提供すべく連邦軍が独自に費用を出資。それをESM社のコネクションを通じて、同社と深いつながりのある企業が独占的に建築に関わった。
因みに、超巨大軍産複合体であるアナハイム・エレクトロニクスも、重機及び作業用モビルスーツの提供や通信システムの納入、電装関連の請け負いなど多数の工事でプロジェクトに参加している。
そのような経緯から、このT.I.C.Cには、ネイチャー・リベリオンの事務局だけでなく、ESM社及び連邦軍の広報部門も出張所を構えており、『Tシティ・プロバガンダ・センター』とか、ESM社のトップで、アーグレットの父でもあるアナウス・トゥインベルの苗字を取って、『トゥインベル広報センター』などと揶揄されていた。
「ここが、環境フォーラムが開かれているT.I.C.C? すごいなぁ~アクシズの宮殿より広いんじゃない?」
「かもな。行政立法区域の高層ビル群と言い、たかだか集会を開くだけの場所で、こんな巨大構造物を作ってしまうとは。やはり連邦は、物量に関してはケタ違いだと思い知らされるよ」
果てしなく広がる敷地を目の当たりにして、プルとプルツーは揃って感嘆の声を上げた。
アキバ横丁から、モトに乗って辿り着いた二人は、正面ゲートから敷地内に入り、そこからフォーラムが開かれている中央ホールに向かって歩いて行く予定だった。
だが、正面ゲートの入り口には、すでに人だかりができていて、ホールまでの道のりが、中に入り切れなかった参加者たちで溢れかえっているほどだった。
彼らはネイチャー・リベリオンの支持者のようで、十代の若者から、子どもが中心。
あちこちの箇所で、臨時に設置された100インチ級のディスプレイに映る会場の様子を眺めながら、皆一同に、戦争反対や環境保護を訴えるプラカードを掲げていた。
「す、すごい人だね!? まるでTシティの人たち全員が集まっているみたい。でも、これじゃ中に入れないよ。どうする?」
あまりの人の多さに、プルは、すでに腰が引けてしまった様子だった。
彼女は、建前上はプルツーに判断を仰ぎつつも、あまり行きたくない雰囲気を全身から醸し出していた。
プルツーとしても、任務ではない以上、無理に足を踏み入れる必要はないと感じていたが、よくよく周囲を見回してみると、ESM社などの報道関係者に交じって、連邦軍の将校クラスと思しき者たちが、あらかじめ確保されたルートから車に乗って、出入りしている姿が見受けられた。
また、将校たちの護衛が、小銃を構えてあちこちで周囲を警戒しているのだが、彼らの視線は、時折、支持者とは少し離れた場所で同じように旗を掲げる、反対派の人々に向けられていた。
「俺たちの手から、職を奪うな!」
「アーグレットとネイチャー・リベリオンは、自分たちの都合の良いように世界を作り変えようと目論む、
一見すると、ネイチャー・リベリオンの支持者で埋め尽くされているように思えた場所も、実際には、それに抵抗する人々も多くいて、所々、両者の間でいざこざが繰り広げられていた。
両派の対立があることは、事前の情報である程度把握してはいたものの、実際に目にすることで、その規模や現状が、手に取るように把握できる。
やはり書面上の情報では、全体の一部しか感じ取ることができない――。
日頃、ジンネマンから教えられていた、
「せっかくここまで来たんだ。反対勢力の動きも活発みたいだし、せめて情報収集だけでもしていこう。その方が、次回のミーティングでキャプテンやマリーダたちにも詳しい情報を伝えられるからな」
無数の人だかりでごった返すゲート付近を眺めつつ、プルツーは意を決して、中まで入っていくことにした。
プルも、仕方なくそれに続く。
ネイチャー・リベリオンの支持者たちは、熱狂に満ちていて、周囲の状況などまるで目に入っていない様子だった。
プルたちが、合間をすり抜けようとすると、急に後ろも見ずに後ずさりしてきたり、持っていたプラカードや旗などを、注意を払わずひたすら振り回してぶつけてきたりする。
「痛たたた! も~ぅ、ちゃんと周りを見てよ! 私たちは、好きでここに来てる訳じゃないんだから!」
プルが、傍若無人な支持者たちの振る舞いに、どこか八つ当たり的な怒りを表明する。
だが、しばらく敷地内を歩いていくと、途中から通行整理が厳しくなって間隔が広くなり、比較的スムーズに会場内へと辿り着くことができるようになった。
入口を通り抜け、ようやくフォーラムが開かれている中央ホールへと足を踏み入れる。
ホール内は、ドーム状の広大な室内空間で、天井までの高さは、およそ80mはあった。
天井は、曲面構造のガラスをアーチ状に貼り合わせて作られたもので、接着剤も骨格もまったく使用しておらず、まるで屋外にいるような透明感を維持していた。
このガラスは完全防音で、元々戦艦のブリッジに使われていた窓を再利用しているらしく、ネイチャー・リベリオンの拠点に相応しい、環境への配慮を演出していた。
階段状に設置された数万もの客席は、もちろんどこも満席で、通路にまで人の列がはみ出しているほど。
客席と天井部分の間の壁には、巨大なスクリーンが据え付けられていて、世界各国の要人や、有力支持者によるライブ映像が映し出されていた。
更に、その上部には、VIP席が設けられ、連邦軍の将校や、Tシティの行政関係者、そして有力企業の重役などが揃って観覧していた。
設備や規模、そのどれを見ても、世界レベルの会合であることに、疑いの余地はなかった。
「あ、いた。アーグレットだ! それで今、舞台の真ん中で喋っているのが・・・あれがアナウスっていう人? 写真と違って、思ったより髪の毛薄いし、ちょっと太ってるし。実際見るとけっこう違うなぁ。何か、ズゴッグみたい。アーグレットは見た目可愛いのに。ホントにあれがパパなの??」
広大なホールの真正面に設けられたステージには、登壇者がスピーチを行うための演説台が鎮座していて、その横には、フォーラムの司会を進行するパネリストと、アーグレットほか、ネイチャー・リベリオンのメンバーが数名、横一列に並んで座っていた。
そのような中、フォーラムに参加する数万人もの観衆による視線を一身に背負いながら演説台に立っていたのは、ESM社の社長であり、アーグレットの父親でもあるアナウス・トゥインベルだった。
恰幅の良さは、一見するとジンネマンとも共通しているが、骨太で筋肉質な彼と比べて、脂肪分で占められていることがスーツの上からでもわかる体つきだ。
恐らく、マリーダが見たら卒倒してしまうであろう、栄養過多で不健康そうな外見からは、悪い意味でブルジョワと言うべきか、富裕層の代表格を思わせる、自信と奢りの入り混じった雰囲気が醸し出されていて、プルのような直感的に物を見る人間にとっては、見ていてあまり気持ちの良くない印象が伝わってくるのであった。
とは言え、見た目はどうであれ、大勢の目の前で堂々と熱弁を振るう姿は、見ていて勇ましさや雄大さを感じさせており、さすがは東アジア一帯を牛耳る、メディア企業の長だけのことはあった。
(ESMと軍の関係者は皆、防弾ガラスに守られたVIP席の向こう側。壇上にいるのはアナウス一人だけか・・・それにしても、護衛すら最低限とは、まるで裸の王様だな。大会社の社長のくせに、よほど危機感がないのか。それとも、目立ちたい気持ちの方が強いのか)
会場に陣取る有力者たちの立ち位置を見回しながら、プルツーはすぐにESMの内情について詳細な分析を始めていた。
重要人物の居並ぶVIP席の方へ目を凝らし、ソファに腰かけている人物を一人一人目視していく。
プルツーの立っている場所は、ちょうどVIP席とは対照に位置しており、誰が座っているのかは非常に識別しにくい距離だったが、強化された視力を駆使することで、顔つきを完璧に読み取ることができた。
(ん? あの金髪の女は、アナウスの妻チェナ・トゥインベル。なぜ社長秘書に過ぎない奴が、軍関係者だけに許された最前列の中央に座っている? いや、よく見ると、他にも2~3名の理事や顧問が、将校たちのすぐ横に陣取っている。逆に副社長は二列目以降の座席。なかなか複雑な権力構造になっているみたいだ。あの様子だと、社長としてのアナウスの存在も、半ば有名無実化していると見て良いかもしれない)
例え地球全体を支配する地球連邦においても、その地域ごとの文化性や伝統的なしきたりは、自然と反映されてしまうものである。
特に、この極東地域においては、年齢や権力によって物理的にランク分けをしたがる傾向が強いから、結婚式や宴会など、公の席上で、どこの誰に権力が集中しているのかを確認しやすい。
プルツーは、この環境フォーラムにおいて、立場的に下位にあたるはずのESM関係者が、序列上位にあたる軍将校と隣り合わせで座っている事実に、違和感を覚えていた。
因みに、どこにも空席がない所を見ると、アナウスは座る場所すら確保されていないようだ。
新たな事実に辿り着いたプルツーは、相変わらず意気揚々と演説に汗を流すアナウスや、それを淡々と見つめるアーグレットを一瞥しながら、さらに周辺への観察を続けることにした。
「と、言う訳でありまして! 我々はもはや、高度に発達した科学技術によって、かつて懸念していた人口爆発による食糧の確保及び環境破壊に関する諸問題を、いかようにも解決できる潜在的能力を有しているのであります! そのような技術が、これまで長きにわたって繰り広げられてきた戦争を優位に進めるための研究から生み出されたという事実に関しては、甚だ皮肉と言わざるを得ない部分が無きにしも非ずでは御座いますが、いずれにせよ、これからの我々の文明は、先人たちの犠牲を復興という名の下に回帰させることにより、新しい一歩を踏み出すべく一致団結していく姿が求められているのではないかと、切に考える訳であります。そのためには、この、ネイチャー・リベリオンのような勇気ある若者たちの運動を、我々アース&スペースメディア社を筆頭に全力で後援させていただき、非効率的な戦争を継続して止まない連邦政府に対して、より生産的な政策に転換するよう、公私の立場から、より強く働きかけていく所存であります。従いまして、今この場にご参加頂いている皆様方の協力が、今後は世界を動かすほどの重要な力になり得ることは、疑いようのない事実であり・・・」
傍目には、アナウスの演説は、環境保護を前提とした、前向きな内容に聞こえる。
しかし、プルツーにとっては、それが一般民衆を扇動するために装飾された
「まったく、ずいぶんと陰険な内容だな。要するに、軍事技術のおかげで環境保護が可能になったと言いたい訳か。その辺りの言い回しで、連邦軍の存在意義に正当性を強調しつつ、実際に環境が守られないのは、そうした技術を上手く扱おうとしない政府のせいだと批判する。戦争行為そのものに関しても、停止するとは一言も言っていないが、話の流れで、責任を政府の無策にすり替えている。よくもまぁ、放送会社のトップともあろう者が、あそこまで曖昧で偏重的な演説を堂々とできるもんだよ」
プルツーは、力説するアナウスの姿に眉を
そして、何を思ったか、その場に直立不動したまま、ガラス張りの天井を仰いで両目を閉じ始めた。
「プルツー? 何してんの? 眠いの?」
まるで天に向かって祈りを捧げているようなプルツーの様子を見て、プルは心配そうに肩を揺さぶったり、腕を掴んで振り回したりしている。
「・・・こら、邪魔するな。ここには
そう言ったきり、プルツーは微動だにしなくなった。
彼女は、下着タイプの簡易型サイコウェアがあまりにも性能に乏しいので、ジンネマン経由で開発部にクレームをつけ、より感度の高い仕様のものを支給してもらっていた。
そこに、自らも基盤やチップを交換するなど手を加えることで、ニュータイプ以外の一般人の思考も読み取れるよう、高度な付加機能を加えていたのである。
一般人の脳波は、ニュータイプの感応波とは異なり、周波数も違えばごく微弱であるため、いったん変換して増幅させてから、受信する必要がある。
今回はその作業に加えて、会場の人数分をリアルタイムに処理しなければならないから、膨大な情報量を読み取る人間の側にも、相応の体力と精神力が要求された。
その精神力とは、心を研ぎ澄ませ、我欲を捨てて身の回りの世界と一体になること。つまり
高度の瞑想状態を獲得すると、身体機能の維持に必要な筋力の働き以外は、そのほとんどが弛緩する。
普段は、憮然とした表情をすることが多いプルツーの顔は、無数に押し寄せる人の声に耳を傾けることで、不快に歪むどころか、むしろ安らかな眠りについたように変化していた。
それだけではない。改良されたサイコウェアは、その構造上、波長の感度が最大にすると周囲の電荷が活発化して静電気が発生し、衣服や髪の毛が僅かに逆立つため、見ようによっては、宙に浮いているような姿になる。
プルツーによるサイコウェアとのリンクが、最高レベルに達した時。
機を同じくして、ガラスの天井越しに輝いていた太陽に、どこからか厚い雲が漂ってきて、陽の光を遮った。
会場の中は、薄っすらと暗くなったが、太陽の全てを覆いきることはなく、所々、雲の合間から、何本かの光が柱状となってホールのあちこちに差し込んでいた。
そのうちの一本が、ちょうど瞑想状態にあったプルツーを照らした。
彼女の身体は、肌が透き通ったように白く輝き、髪の色も、眩いばかりの煌めきを放ち始めた。
他の観客が、舞台の演説に熱中する中。穏やかな表情で天を仰ぎ、宙に浮いたような格好になっていたプルツーは、天の光に迎えられて、今にも空に向かって羽ばたきそうな姿を形作っていた。
「な、何かすごい。プルツーが輝いて見える。まるで、天使か何かになっちゃったみたい・・・」
偶然とはいえ、突如として崇高な存在へと昇華してしまったかのような、妹の姿。
横にいたプルは、その神秘的過ぎる光景を前にして、ただただ見とれるばかりだった。
と、その時。
「・・・何だ、この感情は? 一人、いや、二人いる。やけに不愉快で、憎しみに満ちた声が聞こえてくる」
深い瞑想に入っていたプルツーの顔が突如として苦痛に歪んだ。
瞳を開いて、天井を仰いでいた顔を、その
プルツーが視線を向けた先――その方向にはちょうど、環境フォーラムを中継するESM社の報道カメラマンの男と、リポーターの女性と思しき人物が立っていたのだった。