プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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包囲された少女たち、マリーダの出撃

「そうだったか。まさかあいつら、ネイチャー・リベリオンの環境フォーラムに潜入していたとはな」

 T.I.C.Cにおける環境フォーラムで、アーグレットの危機を救ったプルとプルツーの二人。

 その後、いったん人目から逃れることには成功したが、犯人を撃退した彼女たちの姿は、会場に設置された多くのカメラによって撮影され、各メディアによってTシティ全土に報じられていた。

 その映像は、当然、P部隊の情報収集ルームのモニタにも映し出されていた訳で、ジンネマンは、あの二人が非番にも関わらず、標的の奥深くに入り込んでいた事実を知り、自らの責任を感じずにはいられなかった。

「ああ見えて、人一倍正義心の強いプルツーのことだ、年の近いアーグレットに危害が加わるのを、見たくなかったんだろう。救出の前に、一言、報告を入れてくれれば、俺としても根回しをしてやれたのだが・・・それにしても厄介なのは、アーグレットを襲ったあの男と女だ。奴らの行動は能動的ではなく、『対人(ヒューマン)ジャック』による強制受動的行動によるもの。外部の者による遠隔操作によって、脳そのものを乗っ取られたに違いねぇ」

 壁一面にはめ込まれたモニタ画面で、待機していた他のプルシリーズたちと共に、ジンネマンは何度も襲撃場面を見返していた。

 対人ジャック――サイコミュを心理兵器として転用した、軍事技術の一種である。

 サイコミュは本来、ニュータイプに特化した、モビルスーツ同士による戦闘において使用されるものだが、ジオンの弱体化によって、国家間の全面戦争や巨大兵器の存在意義が失われつつあったこの時代においては、残党による武装ゲリラや反連邦勢力の撲滅を見据えた、新たな対人兵器への転用が議論され始めていた。

 サイコミュの技術を応用した代表的な兵器としては、P部隊のサイコウェアがあるが、対人ジャックもその一つで、ラプラス戦争時に導入された、ナイトロ・システムやサイコミュ・ジャックをその派生元とする。

 対人ジャックのメカニズムとしては、人工的に組成した疑似感応波または脳波を、専用に設計された電波装置を通じて強制的に逆流させ、ターゲットが気づかないうちに、思考のパターンを書き換えてしまう。

 いわば、脳そのものを外部から占拠(ジャック)するのであり、分泌物質やニューロンの働きをも自在に制御できるようになるため、極度の興奮状態にしたり、自死に追い込んだりすることも可能になる。

 しかし、対人ジャックは、他のサイコミュ兵器同様、技術的に未解明な点も多く、逆流現象による精神の破壊なども懸念されていたことから、人間の脳を効率的に操れるようになるまでには、なおも歳月を要すると予想されていた。

 そのような未知の技術であるにも関わらず、アーグレットが襲われた時の映像を解析してみると、確かに、どこか離れた座標から、犯人の脳に向かって、感応波に似た謎の波長が断続的に計測されていた。

 ネイチャー・リベリオンに対する反対派の中に、アーグレットの命を狙う危険思想の者が紛れている事実は、ジンネマンとしても以前から把握していたが、そうした連中は、しょせん利害の一致した既得権層(エスタブリッシュメント)が場当たり的に手を結んだ、いわば烏合の衆に過ぎないと思っていた。

 それが、連邦ですら開発に手間取っている技術を使い、あれだけの大規模な集会において、素性が知られないようESM社の著名な人物を、身代わり(スケープゴート)として利用までしていた。

 今回の仕業が、個人によるものか、何らかの組織が関わっているのかは、より踏み込んだ情報収集が必要だが、ジンネマンにとっては、先日の所属不明機に続いて、想定以上の脅威が登場したことに、危機感を禁じえなかったのである。

「いや、今は敵について考察している暇はねぇ。とにかく、まずはあの娘たちを救出することが先決だな。おい、お前たち。こうなったら俺が連中の救出に行く。出発の準備をしてくれ」

 相手の正体が見えず、未知の技術を持っているからと言って、呑気に作戦会議を開いている時間などない。

 ジンネマンは、逸る気持ちを切り替え、周りに立っていたプルシリーズの姉妹たちと共に、自ら救出に向かおうと考えていた。

 だが、その時。

「マスター。私が出ます」

 部屋の扉が開かれて、廊下の外から、聞き慣れた声がした。

 ジンネマンが振り向くと、そこには休息を取っていたはずの、マリーダが立っていた。

 彼女はすでに寝巻姿ではなく、完全着衣型(フルバージョン)のサイコウェアを身に纏っていた。

 必要な機材も装備し、すぐにでも出撃できる意思を、ジンネマンに対して表明していたのである。

「マリーダ! お前、身体の調子は大丈夫なのか!?」

 ジンネマンは、驚いた様子でマリーダに駆け寄っていき、彼女の身体を見回した。

 先ほどまで、ろくにベッドから起き上がれないほど心身の疲労を見せていたというのに、あれから1時間も絶たないうちに回復したというのか。

 ジンネマンが問い質すと、マリーダは戦場へ赴く前の凛々しい視線を向け、「心配ありません」と答えた。

「姉さんたちが危険な目に遭っているというのに、いつまでも寝ている訳にはいきません。プルもプルツーも、事前の連絡を入れなかったのは、私の体調を気遣ってくれたからでしょう。あえて深追いしたのも、私やマスターの負担を軽減させるため、少しでも多くの情報を入手しようと考えたに違いありません」

 ジンネマンはマリーダの顔を見続けながら、黙って聞き入れていた。

 確かに、彼女の様子を見る限り、体調は回復したように感じられる。

 そして何よりも、プルたちを助けたいという強い意思の裏で、激しい自責の念にも駆られていることを、彼は見逃さなかった。

「マスター。二人を今の状況に追い込んだのは、過去の記憶に囚われて盲目になっていた、私の責任です。ここは、私に行かせてください。このマリーダ・クルス、いかなる危険が待ち受けていようとも、命を賭して二人を救出してきます」

「マリーダ・・・」

 この時、ジンネマンは、マリーダを見つめながら、思った。

 きっとこの場で、出撃を許さずとも、彼女はそれを振り切ってプルたちの下へ向かうだろう、と。

 そして、この辺の素直さと言うか意思の強さは、ガランシェールに乗っていた頃と変わらない部分であり、姉譲りの性格であるということも、改めて実感していた。

「わかった。行け」

 全てを悟ったジンネマンは、マリーダの肩に手を置いた後、出撃を許可した。

 マリーダは、一言「ありがとうございます」と安堵したように微笑みかけた後、周囲に集まっていたプルシリーズに、指令を告げた。

「皆。今しがた話した通りだ。プルとプルツーが、T.I.C.Cに潜入中、想定外の戦闘に巻き込まれ、アーグレットと共に行方がわからなくなった。これより、臨時の救出オペレーションを開始する。まず、現地への移動方法だが、新型のステルス・ヘリで向かう。操縦担当と、現地の工作担当で各2人ずつ、計4名が同行してくれ。次に、ここに残る者については、T.I.C.Cの見取り図と、内部情報について調べろ。それと同時に、ESM社のデータベースにもサイバー攻撃を仕掛けておき、アーグレットの襲撃場面の映像ファイルは全て破壊するんだ。そこにアクセスした、他の報道機関のシステムにも、ウィルスを仕込ませて、映像が極力広まらないよう根回ししろ。よし、各自準備ができたら、任務開始だ!」

 部屋に集結していたプルシリーズは、一同に敬礼した後、駆け足で持ち場へと散った。

 マリーダは、実働部隊として四人の姉妹たちを従え、ライフルを手にした後、強靭な脚力を生かして非常階段を数段飛ばしで登っていった。

 庁舎の屋上に出ると、まぶしい日差しと共に、雲一つない青々とした空が、メンバーを出迎えた。

 屋上にあるヘリポートには、すでに一機のヘリコプターが待機していて、整備を担当していた姉妹たちによって、すべてのセッティングが完了していた。

 新型のステルス・ヘリは、かつてジンネマンの救出作戦で使用した旧式のものとは違い、全体が継目のないフォルムに覆われた、まるで別物の姿をしていた。

 機体の素材は金属ではなく、軽量で弾力性のある、硬質ゴムのような特殊素材。

 防弾の観点からガラス窓も用いられず、モビルスーツ用の全天周囲モニターを流用しているため、全体は粘土で作られたクレイモデルのような外観をしていた。

 メインローターはすでに回っているのに、ヘリ特有の風切り音はほとんど聞こえてこない。

 よく見ると、ローターの末端部分がブーメランのように歪曲していて、先端も刃物のような鋭利さを形成していた。

 この形状により、ブレードが作る空気の渦同士の干渉を低減し、音を弱め、ローターが回転している際に生じる周期的なパルス音をかき消すことに成功していたのだ。

 ボディと一体化していたドアが電動で開き、乗り込んだメンバーがそれぞれの席に陣取る。

 内部は、窓がないにも関わらず、全天周囲モニターのおかげで三百六十度全ての景色が投影されており、まるで宙を飛んでいるようだった。

 全員の着席を確認した操縦席の姉妹たちが、手動操作に切り替え、上昇のための操作を開始した。

 機体は一瞬ふわりと浮いた後、あっという間に高度へと達した。

 眼下のヘリポートが見る見る小さくなっていく。

 と、ここで外の景色を映していたモニターの一部が切り替わり、ジンネマンの顔が映し出された。 

「マスター?」

 突然、どうしたのだろう。

 不思議に思ったマリーダが、画面越しに彼の顔を覗き込んだ。

 するとジンネマンは、何か言い忘れたことがあったらしく、マリーダと、その他のメンバーに呼びかけた。

「・・・マリーダ、さっきの話だがな。これからは『命を賭して』なんて、簡単に言うんじゃねぇぞ。以前にも話したことがあるが、お前は相変わらず、後先考えずに命を投げ出したがるきらいがある。俺にとっちゃ、お前はもちろん、プルたちも他の姉妹たちも、みんな()なんだ。光は、自分で自分を消すことはできない。お前たちが何をしようと、口出しをするつもりはねぇが、自己犠牲に走る真似だけは、理由がどうあれ絶対に許さんぞ。自分の命を顧みない奴など、いくら綺麗ごとを言った所で、仲間の命を粗末にする背信行為と同じ。わかったな? 周りに迷惑をかけても生き残る貪欲さを、もっと自覚しておけ!」

 ジンネマンは、そう言って語尾を強めた後、モニターの電源を切った。

 信念による死、美しい死―—そんなものは、すべて幻想に過ぎない。

 それは、かつてのラプラス戦争の時に、体調が万全でないまま出撃し、絶命した過去のマリーダに対する、父からの説教だった。

 真っ暗になったモニターをしばらく見つめていたマリーダは、少しの間だけ、昔の記憶を辿っていた。

 だが、すぐに過去から現在(いま)に意識を戻し、嬉しそうに微笑みながら、「わかっています」と呟いた。

「マスター、ご安心を。今の私は、あくまでも全員が共に生きていくために戦っています。マスターも姉さんたちも、今や私の家族。家族とは、幸福も哀しみも全てを分かち合うために、未来永劫一緒にいるのですから」

 やがて、規定の高度に達した所で、ヘリはいったんホバリングし、T.I.C.Cに向け方向を転換した。

 ホログラム迷彩によって機体が完全に景色と同化し、レーダーからも視界からも、完全に消え去った。

 以前は、マリーダかプルツーにしかできなかった操縦が、今や、他の姉妹たちが担っている。

 マリーダの横で待機している、他の姉妹たちも、以前のような不安げな顔つきは微塵も見せず、すっかり正規のメンバーらしい自信に満ちた表情を作っていた。

 ついこの前までは、「工作活動よりも家事の方が上手い」と揶揄されたほど、三人に劣っていた個体たち。

 それが今や、訓練を重ねたことで、主力メンバーに劣らない実力を身に着けていた。

 過去を乗り越えつつある自分と、このメンバーとなら、必ずプルたちを救出できる。

 ヘリの窓から目的地の方角を見据えながら、マリーダは、確固たる信頼と自信が心の底から湧き上がってくるのを感じていた。

 改良されたローターから、ほんの僅かに聞こえる風切り音が、高層ビル群の壁に一瞬、反響しては、まるで足あとが遠ざかるかのごとく消えていった。

 

 

「あー! もう、走り回って身体中ベトベト! お風呂に入りたぁ~い!」

「大きい声を出すな! 外に聞こえるだろ!」

 アーグレットに連れられ、会場から逃げ出したプルとプルツーは、広大なT.I.C.Cの敷地内を駆け巡った後、空調や照明などを制御するための、機械室へと身を隠していた。

 面積が40万立方メートルを越える敷地の維持に必要な設備を整えているだけあって、機械室も広大だったが、全天ガラス張りのホールとは違い、金属と配線に覆われた薄暗い室内は、三人が隠れるには最適な環境と言えた。

 唯一の問題と言えば、非番にも関わらず、次々と想定外の事件に巻き込まれたことで身体を酷使させられた上、不快な汗を取り除く機会に恵まれずにいたプルの機嫌が、急激に悪化している点であろうか。

「プル、あっちの奥にあるタンクには、火災用の蒸留水が入っているはずよ。お風呂代わりという訳にはいかないけど・・・顔を洗うくらいのことはできると思うから、行ってきたら?」

 不機嫌な時のプルは、単なる駄々っ子で、目標を達成しなければいつまでもイライラが収まらない。

 プルツーのように見慣れた人間であれば、それも放っておけるが、初めて見た者にとっては、とりあえず「何とかしてあげなくては」と思ってしまう。

 膨れっ面を作りながら、「気持ち悪いよ~お風呂~温泉~」などと連呼するプルに、アーグレットが機械室の奥の方を指差し、ハンカチを渡した。

 無論、入浴=浴槽を泳ぐことだと決めつけているプルにとっては、顔を洗う程度で不満を払拭できるはずもなかったのであるが、相手がアーグレットということもあって、「うん。わかった・・・」と仕方なしに、ハンカチを受け取っていた。

「こら、プル。何で服を脱ぐ? まさかお前、中に入って泳ぐ気じゃないだろうな? アーグレットは、あくまでも顔を洗えと言ったんだぞ」

 タンクのある場所に歩いていく途中、背を向けながら、何気に上着のボタンを外していたプルを見て、プルツーがすかさず釘を刺した。

 プルは、図星を差されたらしく、一瞬ギクリとした様子で、身体を硬直させた。

「い、良いじゃん、別に。誰も見てないし、どうせ女の子しかいないんだから。それに私、汗っかきのプルツーと違っていつも身体はキレイにしてるから、大丈夫だもん!」

 プルツーに指摘されたことで、気まずくなったプルは今度、忠告を聞き入れるどころか、むしろ開き直るように自己弁護と話題のすり替えを始めた。

「そ、それはどういう意味だ!? 私が入ったら蒸留水が汚染水になる、とでも言いたいのか! 私だって入浴は毎日してるし、第一、プルが汗をかかないのは、毎回訓練をサボっているからだろ!」

 たいてい、こういう時はプルが逆切れして、プルツーを怒らせるのだが、プルツーもプルツーで、途端に自制心が利かなくなってしまうところが玉に瑕である。

 今回は仲介役のマリーダもおらず、アーグレットはにらみ合う二人の顔を、ただ交互に眺めているだけ。

「う~」

「何だ、やるのか!?」

 今にも飛び掛かっていきそうなプルと、やたらサマになったファイティングポーズで、それを迎え撃とうと身構えるプルツー。

 しかし、さすがに、この状況でケンカをエスカレートさせてはいけないと考えたらしい。

 先に折れたのはプルで、「ふんっ。どうせ私は()()()()()ですよ~だ」などと言いながら、思い切り舌を出した。

 そして、脱ぎかけていた服を着直し、そそくさと機械室の奥に消えていった。

「・・・少しは大人になったか。まったく長女のくせに、機嫌が悪くなるとすぐに妹に当たる」

 物陰から、プルが水を流している音を聞き届けながら、プルツーは肩をすくめて再びその場に腰かけた。

 本人たちはいたって真剣だったが、二人のやり取りは、第三者であるアーグレットから見ると、相当に滑稽だったようだ。

 それまで二人の対立が収まるのを見守っていた彼女は、不安げだった眼差しを慌てて下に向け、身体を震わせ始めたのだ。

 どうやら、笑いが込み上げてきたらしい。

「な、何だよ、アーグレットまで? そんなにおかしかったか? あたしは、あいつのせいで毎回大変な想いをしているんだからなっ」

 アーグレットに笑われ、プルツーはバツの悪そうな顔をして、腕組をした。

「ご、ごめんね。悪気はないの。でも私、さっきの会場で、あなたたちが暴れ回っていた様子を見ていたから、もしかしたら怖い人たちなのかも? って緊張してて・・・でも、今のケンカを見ていたら、全然私たちと変わらないってことがわかって、安心しちゃった。兄弟姉妹がいる家庭は、どこもこんな感じなのね」

 こみ上げる笑いを止めることができないまま、アーグレットは申し訳なさそうに弁解した。

「どこも? それじゃあ、お前にも、兄弟がいるのか?」

 プルツーが尋ねると、アーグレットは少し視線を落としながら頷いた。

「ええ。少し年の離れた兄がいるの・・・いいえ、()()と言った方が正しいわね。数年前に家を出ていって、それっきり。モビルスーツのパイロットになることが目標で、士官学校でも首席クラスだったのだけど・・・ある日、勝手に退学してきて、戦争より社会の仕組みそのものを変えたいって。当然、両親とは大喧嘩になって、以来、二度と家に帰ってくることはなかったわ。今は、いったいどこで何をしているのか。アキバ横丁の裏通りで、あまり素性の良くない人たちと、得体の知れない研究に携わっているという噂は、聞いたことがあるけどね」

「アキバ横丁で、研究?」

 アーグレットの話を耳にするうち、プルツーはふと、さっき出逢ったばかりの、フェフという男を思い出した。

 確か、彼がいた場所も、アキバ横丁の裏路地で、怪しい露天商の男たちと知り合いだった。

 無人の空き家にあった、薄気味の悪い金属製の箱も、確かに何かの研究に使われていたと思えなくもない。

 考えてみれば、今日ここでネイチャー・リベリオンの環境フォーラムが開かれていることを教えたのも、彼だ。

 プルツーの記憶の中で、それまで散らばっていた点と点とが、ふとしたタイミングで繋がり始めた。

「アーグレット、一つ尋ねたいことがあるんだが、もしかして、今言っていたお前の兄。そいつの名前と言うのは、フェフじゃないか?」

 プルツーは、それまで壁に寄りかかっていた身体を乗り出し、アーグレットに対して、名前を尋ねた。

 すると、アーグレットは、驚きのあまり、全身を強張らせ、プルツーの顔を凝視した。

「どうして兄の名を・・・プルツー、あなた、もしかして兄に逢ったの?」

 前のめりの姿勢だったプルツーに、アーグレットもまた、彼女の顔を覗き込む。

 二人の間に、何か不穏な空気が漂い始める。

 と、その時だった。

「ここにいたぞ! 全員そのまま、動くんじゃない!」

 機械室と外の空間との隔てていた扉が勢いよく開かれて、武装した連邦軍の兵士たちが数名突入してきた。

「しまった!」

 話に夢中になっていたプルツーは、自らの油断を悔やみつつ、腰に装着していたハンドガンを手に取ろうとした。

 ――だが、一瞬迷った所で、それを中断した。

 敵との距離が近すぎる上、相手は銃を備えた戦闘員だ。

 部屋の構造上、下手に銃撃戦になれば、それこそ二次被害が発生し、跳弾によってアーグレットに危害が加わる恐れもあった。

「無駄な抵抗はするな! そっちを向いて、両手を頭の後ろに回すんだ!」

 プルツーは観念した様子で、言われた通りの姿勢になった。

 それを見届けた兵士たちが、アーグレットをプルツーから引き離す。

 ほどなくして。

 兵士たちの間から、やや長身の、年齢にして30代後半と思しき、スーツを着た金髪の女性が現れた。

 女は、落ち着き払った態度でプルツーを観察し、氷のように冷たい視線で、アーグレットを一瞥した。

「危なかったわね、アーグレット。まさか、こんな所に強化人間のお嬢ちゃんが入り込んでいるなんて。一体何が目的なのか、どこからやって来た人間なのか。詳しく尋問させてもらわなくては」

「か、母さん・・・」

 女の方を見て、アーグレットが恐ろしげな表情で呟いた。

 アキバ横丁の買い物から始まった、波乱万丈の休日。

 新たな脅威と思しき人物の登場により、今日と言う不穏な一日が、さらに長く続こうとしていた。

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