プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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T.I.C.Cから脱出せよ

(プル。おい、プル、聞こえるか? 今、どこに隠れている?)

(うん、聞こえてるよ。今? ええと、蒸留水の入ったタンクの・・・上)

(・・・あたしの感度をなめるんじゃないよ。ゴボゴボと水の音が聞こえてる。どう考えても水の中だろ。やっぱり泳いでいたな!)

 T.I.C.Cの機械室において、連邦軍に包囲されたプルツーは、テレパシーを使ってプルに居場所を確認していた。

 案の定、プルツーが予想した通り、プルはタンクの水に浸かっていた様子だったが、怪我の功名とでも言うべきか、おかげで兵士たちに居場所を気づかれずに済んだ。

「おかしいわね。確かここに侵入したのは、この娘と、瓜二つの外見をした、もう一人だったはずなのに。体温の感知センサーに反応しない・・・さて、どこにいるのかしら? 匿っても無駄よ、さっさと居場所を言いなさい」

 兵士たちに銃を向けられ、両手を頭の裏に回した状態のプルツーに、女が詰め寄った。

「居場所? 一体、何とぼけたことを言ってるんだい? 自分の娘を救ってやった相手に、こんな仕打ちをしておいて。ご丁寧に答える義理はどこにもないね。顔を洗って、出直してきな!」

 女の尋問を、プルツーは持ち前の好戦的な口調で突っぱねた。

 相手が年上であろうと、名だたる権力者であろうと、敵に対しては絶対に退かない所が彼女の強さでもあるのだが、それはまた、ウィークポイントとも言えた。

 プルツーの反応を目の当たりにして、女の冷酷な視線が、更に鋭さを増した。

 女は、無言で詰め寄り、深紅のマニキュアに彩られた五本の指で、プルツーの小柄な顔を掴み上げた。

「強化人間らしい、生意気なお嬢ちゃんだこと。でも、下手な抵抗をしない所を見ると、ますますあなたがプロとしての訓練を受けていることが実証されたわ。その服の下に来ている特殊な素材の着衣も、センサーを攪乱できるようね。仕方ない。ここから先は別の部屋に移動して、そこでゆっくり尋問させてもらうとしましょう」

 プルツーの挑発的な態度にも、女はまるで感情を(たかぶ)らせることもなく、淡々と部下たちに拘束を命じた。

 女の命令によって現れたのは、全身を金属製の外骨格に覆われた、特殊な兵装をした兵士たちだった。

 いわゆる、パワードスーツである。

 彼らは、アーグレットを助けた時のプルツーの身体能力を見て、通常のツールでは拘束しきれないと判断したのだろう。

 スーツの形状は、あくまでも骨格状であり、鎧のように完全に身体を覆っている訳ではないため、防弾性には難がありそうだ。

 それでも、背中部分に取り付けられた円柱型の筐体から伸びた動力パイプが、各関節域のアクチュエーターに接続されている所を見ると、相当に複雑で高度な仕組みになっていることは確かで、常人の数十倍の腕力を出力できる構造になっていることは、すぐに理解できた。

 この時、プルツーは確信した。

(間違いない。この装備はエクソスケルトンだ。とうとう実用化したか。連邦軍も、思ったより技術革新が進んでいるらしいな)

 兵装型外骨格(モビルエクソスケルトン)――連邦軍が開発を進めているモビルスーツの()()()派生規格であり、次世代の主要兵器の一つとして注目されている軍事用パワードスーツの総称。通常は単にエクソスケルトンとかMEXの略称で呼ばれている。

 プルツーは以前から、軍の想定する次世代の戦争体系について情報収集しており、結果、連邦政府によるH-MS構想と同様の戦闘教義(軍事ドクトリン)が、軍でも検討され始めている事実を掴んでいた。

 その内容は、やはり政府側と同じように、ジオン残存勢力の弱体化による、テロリズムや武装ゲリラを仮想敵と想定したもので、将来の交戦様態が、正規軍同士ではない戦闘である点を特徴とし、軍と同じ戦術では勝利が困難な集団が、予想も対抗も困難な手段によって戦闘を仕掛けてくるという、いわゆる『非対称戦争』への対応を提唱するものであった。

 連邦政府のP部隊は、遺伝子操作によって人間そのものを根本から兵器化あるいは最適化し、それに合わせて専用の装備品を使用する少数精鋭の概念であるのに対し、連邦軍の場合には、多数所属する兵士を均一的に強化できる多士済々(たしせいせい)を理想としていて、これまでの戦争で蓄積されたモビルスーツの技術的・運用的ノウハウを活用することを第一の目標としていた。 

 結果、「操縦するもの」から「身に着けるもの」としてのMEXが発案されたのだが、その時点ではまだ、システムの稼働に必要な電源の設計に、手間取っているはずだった。

 しかし、今こうして、プルツーの眼前に立ちはだかる存在を見る限り、小型・高出力バッテリーの開発に成功したらしい。

 可動域こそ、初期のジオン軍モビルスーツに採用されていた流体パルスシステムを応用しているようだが、あの巨大兵器の機構を、MEXの大きさまで凝縮するには、それこそ部品の簡略化や耐久性の維持・向上など、数々の技術的難題をクリアしなければならない。

 このペースなら、近いうちにフィールドモーターやマグネット・コーティングも応用し、より性能の高い装備が完成できるだろう。

 長年の戦争で実質的な勝利を収めた自信と、軍産複合的なしがらみから、連邦軍はモビルスーツによる大艦巨砲主義に固執していると思われたが、すでに彼らも、P部隊を擁する連邦政府と同じように、()()()()()を主導するべく軍事プレゼンスの拡大を狙っている事実を、この時のプルツーは、身をもって認識させられたのであった。

(プル、サイコウェアを通じて、私の視覚情報は共有できているな? 見ての通り、連中は厄介なモノを引っ張り出してきた。私はいったん大人しくして、こいつらの尋問を受けるから、お前は本部に戻って、キャプテンたちに状況を報告するんだ)

 MEXの強力な握力によって両腕を掴まれながら、プルツーはタンクに隠れているプルに、今後の動きを指示した。

(え!? そんなことして、大丈夫なの? ひどいことされない?)

 プルは吃驚した様子で再考を促したが、プルツーは落ち着き払った口調で無事を強調した。

(時間稼ぎはできるよ。こいつらは恐らく、さっきの私たちの様子を見て、武装ゲリラやテロリストの類ではないことを察知している。過去のキャプテンの救出作戦や、モノレールでの戦闘に関する情報も分析した上で、うすうす連邦政府の回し者だということに気づいているのさ。政治的に対立しているとは言え、今の私は、建前上、友軍だからな。最初は手加減するだろうが・・・何せ極度にマンネリ化した組織だ。こっちの上層部が秘密保持を優先して、P部隊の存在に(しら)を通しきる可能性もある。そうなれば、クローン人間に過ぎない私など、トカゲのしっぽ切り。最悪の事態になる前にここを脱出して、手を打ってくれ)

(うん。わかった。そっちも気を付けてね)

 二人の会話が終わり、プルツーは兵士たちと機械室の外に出ようとした。

 と、その時だった。

「ん? このハンカチは何だ?」

 機械室に残っていた、最後の兵士の一人が、辺りを見回しながら、外に向かって歩いている時。

 その兵士がふと、蒸留水の入ったタンクの床に、ハンカチが落ちていることに気付いてしまったのだ。

(やばっ! 突然だったから、外に置きっぱなしのまま・・・!)

 プルが、タンクの中で焦る。

 兵士は、ハンカチを拡げながら、湿り気があることを確認し、ふと、目の前の鎮座するタンクに目をやった。

 壁をコンコンと叩いてみたり、耳を当てて中を確認している。

 やがて、その様子に、機械室を出ようとしていた女たちも気付いた。

「そのハンカチは?」

 女の問いに、兵士が答える。

「ええ、それがここに一枚だけ落ちていて。今さっき使った形跡があります。恐らく、このタンク内の水を使ったのではないかと」

 女は、しばし考えた後、兵士に向かって言った。

「そのタンク、開けてみなさい」

 兵士は指示された通り、タンクに固定された梯子をよじ登ろうとした。

 金属製の足場から、カツン、カツンという足音が聞こえる。

 その様子を見ていたプルツーは、「まずい」と思い、最悪の事態を想定した。

 だが、その時。

 ちょうどプルツーの近くにいたアーグレットが急に走り出して、タンクに登りかけていた兵士の服を引っ張ったのだ。

「これは私のよ! 私がさっき、そこで顔を洗ったの。今ポケットの中を見たら、入ってなかったから・・・母さんも、さっきの演説前に、私が使っている所を見たでしょ? 自分の娘が持っているハンカチくらい、覚えておいてくれないと」 

 アーグレットはそう言って、兵士の手から無理やりハンカチを奪い、それを女に向かって広げて見せた。

 それを見ていたプルツーは安堵し、他の者たちも、一同に何事も無かったかのような顔を作っていた。

 そんな中――アーグレットが()と呼ぶ女だけは、冷たい視線を保ったまま、一向に態度を変えようとはしなかった。

 それどころか、腕組をしてアーグレットの方に近づいていき、長身の身体から、彼女を射貫くように見下ろした。

「アーグレット。私がいちいちあなたのハンカチの柄なんて覚えていると思う? 私がESMという大企業を()()()()()にあるということ、忘れてはいないわよね? 私は名誉職の父さんと違って、人前で喋ることだけが仕事じゃないの。それにあなた、日頃から事あるごとに私に反抗して距離を置いているでしょう? それなのに、この期に及んでわざわざ自分の持ち物を覚えろなんて。むしろ何かを隠すために、都合の良いマネをしているとは自覚できない?」

 十代の、それもわが娘に対する親の態度とは思えないほど、女は淡々とした口調でアーグレットを畳みかけた。

 アーグレット自身も、日頃からそうした女の言動を目の当たりにしているのか、持前の激情的な態度を出すこともなく、それっきり黙りこくってしまった。

「さぁ、あなたたち。この子は放っておいて、さっさと開けなさい」

 女が、再び視線を兵士に戻し、行動の続行を促した。

 兵士は、言われた通り、梯子を上がっていき、タンクを覆っていた蓋を開けようとした。

「ん? ずいぶんと固いな」

 しかし、普段はすぐに開くはずが、なかなか開かない。

 どうやら、中で何かに引っかかっているようだ。

 蓋を回してみたり、わざと傾かせてみたり。試行錯誤しても、一向に開かない。

 タンク自体の直径は2m近くあり、蓋も相応の重量があるため、これ以上は一人では限界であった。

 そこで、もう一人の兵士が手伝いに行き、二人がかりで強制的に蓋を持ち上げることにした。

「いいか、行くぞ。1、2・・・」

 掛け声と共に、兵士たちが揃って蓋を持ち上げた。

 今度は、スムーズに開けることができたようだ。

 ガチャンという金属同士が擦れ合う音が聞こえて、タンクの中が明らかになる。

 すると――。

「! な、何だお前は!?」

 蓋を持ったまま、タンクの中を覗き込んだ兵士は、驚きの声を上げた。

 水の中に、先ほど拘束した少女と瓜二つの子どもが、プカプカと浮きながら、ニタニタと笑顔を振りまいていたのだ。

「にへへ~、こんにちわ、オジサン。いきなりで悪いんだけど・・・ちょっと潜っててもらうね!!」

「プル、今だ! 逃げろ!!」

 プルツーが叫び出したのと同時に、プルは両手で兵士たちの肩を掴み、水中に思いきり引き込んだ。

 タンクの端々で固まっていた二人は、蓋を手から落とし、水のはねる音と共に、前のめりに落ちていった。

 しばらくバシャバシャと揉み合いになった後、今度はプルが飛び出してきて、宙でクルリと一回転した後、しなやかな動きで床に着地した。

「やっぱり隠れていたか! 早く捕まえて!」

 水中から急にプルが出てきたことで、女や兵士たちは一瞬、呆気に取られていたが、すぐに我を取り戻し、待機していた兵士たちに、拘束を命じた。

 大勢の男たちが、再び機械室になだれ込んだ。

「! させないわ!」

 だがここで、女の傍に立っていたアーグレットが駆け出し、やみくもに兵士の集団に体当たりした。

 アーグレットには手を出せない男たちは、不意を食らってバランスを崩し、他の者たちを巻き込みながら次々転倒した。

「プル! 奥に真っすぐ行けば、屋外に通じる非常口に出るはずよ! 絶対に逃げ切って!」

「ありがとう! アーグレット!」

 折り重なるように倒れる兵士たちに覆いかぶさりながら、必死にアーグレットが叫ぶと、暗闇の中からプルの声が返ってきた。

 ほどなくして、辺り一帯に、非常警報が鳴り響いた。

 建物のあちこちから、銃を持った連邦軍の兵士たちが飛び出してきて、持ち場へと向かい始めた。

 環境フォーラムから一転し、さながら戦場と化したT.I.C.C。 

 ただ一人、身体を拘束されたプルツーだけが、プルが逃げた方角にいつまでも視線を向け、微かな笑みを浮かべていた。

 

 

 

(プル、建物の外に、私たちが乗ってきたモトが隠してある。お前なら、遺伝子構造が同じだから、生体認証できるはずだ。それに乗れば・・・早く・・・本部まで・・・)

 プルの頭に聞こえていたプルツーの声が、突如として途絶えた。

 どうやら、サイコウェアから発せられた意識共有の有効範囲を越えてしまったらしい。

 機械室からの脱出に成功したプルは、アーグレットに言われた通り、非常口を出て、建物の外にたどり着いていた。

 だが、目の前に広がっていたのは、今さっきまで中にいた巨大な建物の壁と、どこまでも続く整備された芝生ばかり。

 ここが敷地のどの辺りで、最初に、二人が入場した時の出入口がどこにあるのか、方向がわからなくなってしまっていた。

「も~、どうしてこんなに広い建物作っちゃうかなぁ。生体認証ったって、モト自体がどこにあるのかわからないんじゃ、乗りようがないじゃん!」

 延々と広がる芝生の上で地団太を踏みながら、プルは仕方なしにサイコウェアを経由して信号を発信し、遠隔操作でモトを呼び寄せることにした。

 P部隊の装備品は、基本的にはサイコミュ兵器と同様にニュータイプの感応波を通信手段の主軸に据えているが、この時代にはサイコ・モニターのような感応波を傍受するシステムが登場しているため、いったん暗号化してから、送受信する必要があった。

 ところが、この感応波暗号アルゴリズムを生成するための処理が複雑であり、試作機に過ぎないモトには、簡易版しか搭載されておらず、連邦軍が配備したセンサーに感知される可能性がある。

 加えて、モトの待機場所がわからない以上、360度の方向に信号を発信する必要があったため、そのリスクは各段に高まる。

 プルにとっては、迷った挙句の苦肉の策であったが、これだけだだっ広く、身を隠す場所もない敷地をそのまま移動すれば、信号を出さなくてもすぐに見つかってしまうことは定石であるため、とにかくモトを探し出すことを最優先することにしたのだった。

「やったぁ! 来た来た!」

 あまり気乗りしない方法ではあったが、その選択は間違ってはいなかったようだ。

 通信を始めて間もなく、プルが立っていた敷地の遥か向こうから、遠隔操作されたモトが無人のまま走ってきたのが見えた。

 プルツーの言った通り、プルと操縦者として認証したらしい。

 強大な馬力によって、後輪で土煙と芝生の草を巻き上げながら、モトの車体は一直線に走り寄ってきた。

 そして、到着するや否や、従順な動物のようにプルの前で停車した。

「こんなの動かしたことないけど。跨ってハンドル握るだけだし、自転車より簡単だよね」

 実の所、モビルスーツのパイロットだった頃には、自転車すら満足に乗ったことのないプルだが、機械の操縦に関しては、天性の才能で人馬一体になることができる。

 プルツーの見様見真似で車体のシートに腰かけると、オンラインになると共に、メーターが一斉に光りだし、運転モードのランプがA(オート)からM(マニュアル)に切り替わった。

「よし、行っくよー!」

 静止した状態から、プルはいきなりハンドルをフルスロットルで回した。

 直後、後輪が地面を土ごと削り取り、前輪が勢いよく浮き上がった。

 車体が蹴飛ばされたように加速を始めていく。

 路面が凹凸のある芝生であるにも関わらず、モトは優れた姿勢制御によって、舗装路と何ら変わりない走行性を維持したまま、T.I.C.Cの敷地を駆け抜けていった。

「! あの人たち、やっぱり追いかけてきた!」

 やはり、サイコ・モニターによって感応波を傍受されたようだ。

 プルが発進してから間もなく。

 背面カメラ越しに、連邦軍の兵士たちが建物から大量に出てきて、ライフルを斉射したのが見えた。

 左右前方からも小型ミサイルを積んだ車両や重装甲車、戦車までもが次々と現れて、行く手を阻む。

 T.I.C.Cは国際的な会合や見本市が開催される場所であるにも関わらず、まるで軍事基地のような兵器の数々である。

 兵士たちによって放たれた砲撃は、雨のように降り注いできて、プルの行く手を阻んできた。

 プルは持前の反射神経によって直撃こそ避けたものの、至近距離の着弾によって、舞い上がった土やホコリを浴びせかけられた。

「げほっ! げほっ! もう、さっき水浴びしたばっかりなのに! 何よ、環境フォーラムとか平和的なイベントやっておいて! こっちだって、武器の一つや二つ積んでるんだからね!」

 絶え間なく降り注ぐ実弾を交わしつつ、プルは車両に格納されていた小型のファンネルを射出した。

 専用のファンネルは、モトの構造上、両サイドに二基しか搭載していなかったが、サイコウェアのものとは違い、薄型円形のパンケーキ型をしていて、同時に八つの方向へビームを放つことができた。

 空中に放たれたファンネルは、地面を這うようにして、敵の陣地に滑り込み、高速で回転しながら光線状の弾を掃射していった。

 小型のため威力はそれなりだが、戦車の軌道輪を破壊したり、生身の兵士たちを追い払うには、十分な出力であった。

「へへーんだ。そのくらい相手にできないようじゃ、このエルピー・プル様は捕まえられないよ!」

 動けなくなった戦車から慌てて這い出す兵士たちに、悪戯にウィンクしながら、プルはそのまま出口へと向かっていった。

 しばらく走っていくと、T.I.C.Cに来る時にくぐったゲートが近づいてきたのがわかった。

 市街地に紛れてさえしまえば、もうこっちのもの。

 戦争状態でもない限り、さしもの連邦軍も、あの装備で敷地外までは追いかけては来ないだろう。

 脱出の成功を確信したプルは、スロットルを開け続け、一直線にゲートに向かった。

 だが、あと少しで辿り着けると思っていた時。

 突然、プルの辺り一帯に巨大な影が映し出された。

「へ? うっわ! 何あれ、モビルスーツじゃん!」

 聞き慣れた大きな足音と地響きに釣られて、ふと後ろを振り向く。

 するとそこには、ビームライフルを備えたRMS-179≪ジムⅡ≫とMSA-003≪ネモ≫がそれぞれ一機ずつ、プルの後を追いかけてきていた。

 所々装甲が外され、主要な装備も省かれている所を見ると、予備役か整備中の機体を無理やり引っ張り出してきたのか。

 あるいは、先にプルツーを拘束したMEXの研究用として、たまたま輸送されていたのかもしれない。

 武器はビームライフルだけのようだが、あんなものが一発でも命中すれば、それこそ肉体ごと蒸発してしまう。

「ずるいよ、あんなモノまで隠しているなんて! こんな装備で勝てる訳ないし!」

 モビルスーツとしてはどちらも旧式だが、さすがの精鋭特殊工作員も、正面切って戦える相手ではない。

 プルは、モトに搭載されたファンネルを駆使して何とか牽制を試みたが、兵隊や装甲車のように傷つけることはできなかった。

 全長が20m近い巨体を足止めするには出力が小さすぎて、全て跳ね返されてしまうのだ。

「あーイライラする! あんな古臭い機体に、手も足も出ないなんて・・・わざとらしく装甲まで外して、きっとモビルスーツに乗っていない私を、バカにしてるんだ!」

 まるで小さな虫を払いのけるかのように、ファンネルが落とされていく光景を見て、プルは悔しさのあまり唇を噛んだ。

 かつてのニュータイプ・パイロットとして、そしてプルシリーズの長姉として、その感情は屈辱的であった。

 <<ジム>>も<<ネモ>>も、<<キュベレイMk.Ⅱ>>に乗っていた時は、恐れる相手ではなかった。

 それが、生身の身体で対峙するとなると、こんなにも脅威に感じてしまうとは。

 この時、プルはかつて、ジンネマンから聞かされた駆け出しの軍人時代の話を思い出し、モビルスーツという存在が、当時どれだけ脅威であり、また革新的な存在であったかを、身をもって体感していた。

「ふん。いいもん、いいもん! エゥーゴで死ぬ前のあたしも、オンボロな機体使ってたし。でも今は、昔みたいに弱音なんか吐かないよ。あんたたちなんか振り切って、あとでメッタメタにしてやるんだから!」

 今、自分がすべきことは、連中を倒すことではなく、追手から逃げ切ることだ。

 子どものような捨て台詞を吐きながらも、内心冷静さを保っていたプルは、乗っていたモトを急旋回し、後を追ってきたモビルスーツの方向に向かって逆走させた。

 巨大な足が真上から降り注いでくるのを次々と回避しながら、機体の股下を颯爽と潜り抜けていく。

 突然の方向転換に、不意を突かれた二機は足が(もつ)れ、バランスを崩してプルを見失った。

 体勢を立て直し、改めて標的の位置を捕捉しようと頭部をもたげる。

 だが、ちょうどプルの姿を捉えた時。彼らの目の前に先ほど落としたはずのファンネルが不意に現れて、二機の眼前で高出力のビームを一発ずつ発射した。

 至近距離による照射によって、それぞれの機体に搭載されたカメラアイに大きなヒビが生じた。

 プルは、とっさの判断により、複数の方向に同時発射できるファンネルのエネルギーを一か所に集中させ、一度しか撃てない代わりに致命的なダメージを与えることに成功したのだ。

「よし! 上手くいった! これで逃げられる!」

 敵が怯んだ隙を見て、プルは再びゲートに向かってモトを走らせた。

 今度こそ、ここを脱出できるだろう。

 早く本部に戻り、プルツーを助けなければ。

 逸る気持ちを抑えながら、ようやくプルがゲートを潜り抜けようとした時。

「あ、あれ?」

 一体、何が起きたというのか。

 プルは、不意に、モトの動きが鈍っていることに気づいた。

「スピードが落ちている気がする。一体、どうしちゃったの?」

 ハンドルをフルスロットルで回し続けていたにも関わらず、モトはだんだんと速度を失っていた。

 メーターを見ると、E()M()P()T()Y()のランプが何度も点滅していて、車体に供給するはずの電力が、底を尽き始めていた。

 勝利の確信から一転、プルに、得も言われぬ気まずい心境が沸き起こってくる。

「も、もしかして、この乗り物。まだ試作品だから、無線送電に対応していなかったのかな・・・?」

 P部隊が所有する装備品は、基本的には無線送電によって稼働しているため、電力の心配をする必要はないが、対応していないものについては、内蔵されたバッテリーに頼るしかない。

 先ほどのファンネルの酷使によって、プルの乗るモトは、走行に必要な電力まで使い果たしていた。

 タイヤの回転による補助発電も間に合わなくなり、ガクン、ガクンと、まるでストール寸前の内燃機関のように、息も絶え絶えの状態までパワーダウンしてしまった。

 ハンドルを何度もひねり直したり、かかとであちこちを蹴ってみたり。

 プルは、何とか動力を復活させようとしたが、努力の甲斐むなしく、モトが再起動することはなかった。

 やがて、車体はフラフラとバランスを失い、惰性すらも失ったことで、とうとうその場にゴロンと倒れてしまった。

「あだっ! ホントに止まっちゃった。ど、どうしよう」

 出口はすぐ目の前だというのに、何という誤算だろう。

 倒れた車体によって、地面に放り出されたプルは、しばらく呆然とその場にへたり込んだ。

 何とか立ち上がって、今一度ゲートの方を振り向いてみる。

 目的地までは、まだ数百メートルはある。

 あそこまで走るのか?

 プルは一瞬迷ったが、選択肢は多くはなかった。

 彼女の背後から、体勢を立て直したモビルスーツと、新たに出動した兵士たちが、続々と迫ってきたのだ。 

 連中のこれまでの行動を見る限り、こちらを傷つけずに拘束する意思はないだろう。

 いかに政府の回し者とて、かなりの抵抗をしてしまったので、事故を装って爆殺するか、肉片で持ち帰ることにより、せいぜい遺伝子構造を解析できれば十分と考えているかもしれない。

 どうする? 戦うにしても、使える武器は残されていない。

 万策尽きたプルは、その場に立ち尽くしたまま、追い詰められた様子で、敵の軍勢と対峙していた。

「まずいよ・・・プルツー、マリーダ、私に力を貸して・・・」

 天にも祈る気持ちで、妹たちに助けを求める。

 と、その時だった。

 祈りが通じたかのように、不意にプルの脳裏に、聞き慣れた人物の声が響いたのだ。

(プル、伏せていろ!)

「!?」

 言われて、プルは慌てて身を伏せた。

 直後、頭上を、機銃掃射と小型のミサイルが怒涛のごとくかすめていった。

 激しい銃撃音と共に、空を切る音が、耳元から数十センチの距離で聞こえた。

 突然の反撃に、それまで勢いづいていた連邦軍は驚き、慌てて防御態勢を取った。

 激しい銃撃戦が、再び始まった。

 地面に突っ伏せながら、敵が散り散りになっていく様子を見て、プルは空を仰いだ。

 しかし、すぐには何も見えなかった。

 それでもよくよく目をこらすと、僅かに聞こえるプロペラのパルス音と共に、目の前の空中にうっすらと輪郭が浮かんでいるのが見えた。

 プルはそれが、性能を増したホログラム迷彩によるものであることを理解した。

 直後、景色に同化していた迷彩が解除され、ヘリの全容が現れた。

 飛んでいたのは、プルが今まで見たことのなかった、新型の機体。

「プル、遅くなってすまない」

「マリーダ、マリーダなのね!?」

 ヘリのドアが開き、そこから身体を乗り出してきた人物を見た瞬間、プルは思わず歓喜の声を上げた。

 それは紛れもなくマリーダであり、彼女を補佐するプルシリーズの妹たち。

 そして、更に上空から後方支援を担うべく飛来した、UMMSのモデルS-7だったのだ。

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