プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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謎の地下司令室

 Tシティ、午後3時23分現在。天候晴れ。

 市街地におけるほとんどの住民にとっては、良くも悪くも変わり映えのないこの日。

 T.I.C.Cの一角では、連邦軍による駐留部隊と、連邦政府の非公式部隊であるP部隊による、真正面からの戦闘が繰り広げられていた。 

 連邦軍は、銃器を抱えた数十人の兵士たちに数台の重装甲車、戦車、そしてモビルスーツ。

 対して、P部隊はたった四人の少女兵と、ステルス・ヘリ。そして、遠隔操作されたUMMSが一機ずつである。

 火力だけ見れば圧倒的な差がついているが、P部隊による、姿の見えないヘリから放たれる砲撃は精密かつ強力で、軍の規模を以てしても、なかなか距離を縮めることができなかった。

 マリーダ及び、プルシリーズの姉妹たちは、戦局に応じて柔軟にフォーメーションを変化させ、強靭な筋力を生かしながら、神速のごとく軽やかな動作で応戦していた。

 彼女らの使用するブルパップ式の小銃は、戦術に応じて銃口を交換することができ、実弾とビームの両方をその都度選択することが可能であった。

 ビームの方は、電力のチャージに若干のタイムラグを要するものの、無線送電によって対戦車ライフル並の出力が可能であり、サイコウェアとの連動を駆使しながら、標的との位置や距離を計算して、ほぼオートで命中させていた。

 一発撃つごとに、AIによる深層学習(ディープラーニング)を働かせることにより、標的への飛距離などを動物の視覚的に捉えるばかりでなく、他の隊員や、UMMSとのデータリンクを、サイコミュ方式によって実現していた。

 1発目には80%以上の命中率。そして2~3発撃つ頃には、97%以上の精密射撃を可能としていたのである。

「とは言え、さすがの軍も、劣勢を巻き返すために戦法を変え始めたようだ。せめてプルツーの行き先くらいは確認したかったが・・・仕方ない。プル、ケガはないか? 一人で乗れるな?」

「うん! 私は大丈夫だよ!」

 プルの無事を確認してから、ヘリへの搭乗を促した後、マリーダはモトに非常電源をインストールしながら、メンバーに後退の合図をした。

 いかに優れた兵器を使用しても、戦いとは所詮、()()()()であるという理屈は、一年戦争の時からすでに実証済みである。

 装備が例え旧式ではあっても、物量に勝る軍と正面を切ったところで、長時間の優位性は保てない。

 マリーダも重々それは承知していたようで、P部隊に被害が出る前に、出直す決断を下したのだ。

「よし、モトも回収した。いったん退却するぞ! 援護班、聞こえるか? 高出力マイクロ波ミサイルを発射して、奴らの兵器を電子的に無効化するんだ!」

 銃弾の飛び交う中、マリーダは自らを援護していた7(セブン)9(ナイン)と共にヘリに飛び乗り、UMMSを遠隔操作していた本部に向け、最後の仕上げを命令した。

 上空から地上を支援していたS-7が、いったん旋回し、先ほどよりも数百メートル離れた位置から、ウェポンベイを開いた。

 機体の中から現れたのは、天頂翼を纏った四角錐のフォルムをした、一風変わったミサイルであった。

 高出力マイクロ波ミサイル——核を用いない、非核型の電磁パルス兵器(EMP)である。

 電磁パルスは通常、核爆弾などから発生するが、それでは物理的な被害をもたらすだけでなく、全方位に対して照射されるデメリットがある。しかし、このミサイルでは、目標に接近した時に、コンデンサとコイルからマイクロ波のパルスを発生させるため、狙った一帯のみ効果を発揮させることができ、想定以上の被害も抑制できた。

 全員が乗り込んだヘリが急上昇し、敷地から離れたのを見計らって、S-7がミサイルを発射した。

 弾頭は標的には直接向かわず、敵の頭上を飛び越えて、地平線の向こうへと飛び去っていった。

 見当違いな方向に飛んで行ったミサイルを見て、連邦軍の兵士たちは嘲笑った。

 だが、ほどなくして、彼らの兵器が皆、電源を切られたかのように一斉に稼働を止めてしまった。

 戦車はもちろん、モビルスーツも同様で、ジェネレーターが停止してしまったのだ。

 兵士たちが動揺しているのを待っていたかのように、S-7は今度、同じ型のミサイルを建物の上空に向けて放った。

 続いて、送電線から一瞬火花が発し、窓から顔を覗かせていた室内照明が一斉に消え、電子機器からも光が失われていった。

 センサーや通信機器までもが、シャットダウンしたらしい。

 たった二発のミサイルにより、P部隊は軍の装備を完全に無効化することに成功した。

「どうやら上手くいったようだな。連中が電子防御されていない旧式の装備を使っていて、助かった」

 マリーダとしても、思った以上に作戦が上手くいったようで、安堵していた。

 それを見ていたプルが、歓喜の声を上げる。

「すごいよマリーダ、皆動けなくなっちゃった! でも、連邦軍の建物って、EMP用の対策されてなかったっけ?」

 EMPは、その効果として落雷時の衝撃に似ており、軍事的・政治的に重要な設備では、サージ対策など厳重な防備が施されている。

 いかに特殊工作用の兵器とは言え、こんなにも劇的な効果が得られるとは、普段は能天気なプルも、驚きを隠せなかった。

 蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている眼下の様子を眺めながら、マリーダは冷静な口調で答えた。

「もちろん、細工はした。姉さんを助けに来る直前、この7(セブン)9(ナイン)がT.I.C.Cの制御室に侵入して、基幹部分の主要な防御機構を排除しておいたんだ。事前の情報収集で、あの施設の電子設備は、アナハイム・エレクトロニクスがあらかじめ設計・構築を済ませたシステムをそのまま嵌め込んだ、ターンキー・ソリューションだということがわかった。私たちはセキュリティ上の脆弱な部分を突いていて、救出が少し遅れてしまったんだ」

「ターンキー・ソリューション? 以前、パパの授業で聞いたことがあったような・・・」

 プルが脳内の記憶を探りながら、首を傾げた。

 ターンキーとは、読んで字のごとく()()()()()()()()使()()()という意味であり、あらかじめ完成されたシステムを納入することで、現地ですぐに稼働できるメリットを優先した、商業上における販売形態の一つである。

 ターンキー方式によって、購入者たちは、面倒な準備や手順に追われることなく、複雑なシステムを扱うことができる。反面、一度問題が起きると、納入側にしか解決できないケースが多くなり、修理や復元に時間がかかるというデメリットもあるのだ。

 マリーダたちは、T.I.C.Cが、ESM社や軍の出張所として併用されているにも関わらず、建築期間が同規模の建物に比べて短いことに注目していた。

 そして情報を掘り下げていくことにより、あらかじめ施工業者が完成させていたシステムをはめ込んだだけの、丸投げ建造物であるという結論にたどり着いた。

 聞けば、プルがプルツーと共に機関室で隠れていた頃には、マリーダたちは別の建物内に侵入し、工作活動に取り掛かっていたという。

 同時に、プルたちの位置も特定していて、破壊工作が済んだ後、すぐに救出に向かおうとしていたが、直前になってプルツーからの交信が届き、プルの救出を最優先するようマリーダに伝えてきたという。

 プルツーもまた、マリーダたちの潜入に気付いていたが、軍が極秘開発中のエクソスケルトンを持ち出したことに、戦況の不利を予感していた。

 連中は、この建物の敷地に、想定以上の武器を隠し持っている――。

 そこで彼女は、マリーダたちに、深入りをせず、いったんプルを助けてから自分を迎えに来るよう、作戦の二段階分離を提言したのである。

「案の定、プルを助けに行ったら、たくさんの銃を持った兵士や戦車、モビルスーツまでが出撃していた。もし私が二人を助けることに固執していたら、それこそ建物の内部で激しい戦闘になっていかもしれず、こちらにも相当の被害が出ていた可能性があった。やはりプルツーの判断力は的確だった。囚われの身であそこまで冷静でいられるとは、私としても頭が下がる」

 他の妹たちと共に、身体中に付着した泥やホコリを払いながら、マリーダはプルツーの頼もしさを改めて肌で感じ取っていた。

 しかし、プルだけは、そんな周りの様子を眺めつつ、自責の念に駆られていた。

「・・・そっか。交信が途絶えた後も、プルツーは私だけじゃなく、マリーダたちの安全まで考えていたんだね。それなのに、私ったら逃げることに精一杯で、モトがどこにあるのかわからないだの、独りぼっちで戦わされてる気になって苛立ったりもして。ホント、何やってるんだろ」

 脱出に成功し、冷静になったことで、プルは自分一人が必死の思いで逃げ帰ってきたことを恥じていた。

 そんなプルの様子を見て、隣に座っていたマリーダは、彼女の小さくなった肩をしっかりと掴んだ。

「そんなことはない。そう自分を卑下してはダメだ。姉さんだって、的確な手順を踏んだからこそ、こうして脱出に成功したんじゃないか。人は誰しも、混乱した直後には、後悔の念に苛まれるものだ。プルツーなら大丈夫。彼女の胆力と意思の強さは、マスターも認めているし、ESM社と連邦軍に関係について新たに入手した情報も、今後の取り調べに備えて伝えておいた。私たちが今すべきは、後悔や反省じゃない。すぐに態勢を立て直し、もう一度彼女を迎えに行くことなんだよ」

 マリーダの励ましに、プルの表情が心なしか明るくなった。それと同時に、彼女もまた、マリーダが精神的な落ち込みから立ち直っていたことを喜ばしく思っていた。

 プルツーの残るT.I.C.Cを上空から見下ろしながら、マリーダたちは、すぐにこの場所へ戻ってくるという意思を強固なものにしていた。

 Tシティ、午後3時57分現在。天候は変わらず晴れ。

 一般民衆の日常にとっては、刹那の時間に過ぎない34分間という短い間に、わずか数名の少女兵たちは、連邦軍による追撃を交わし切り、一段階目のミッションをひとまず成功させたのであった。

 

 

 マリーダらによる電磁パルス攻撃によって、T.I.C.Cの内部はしばらくパニック状態に陥っていた。

 照明は全て落ち、コンピュータもシャットダウン。

 しかし、さすがは軍が関与した設備だけあり、P部隊が撤退して間もなく、非常用電源によって一部のシステムは再起動に成功していた。

 脱走したプルの拘束が不可能と判断した連邦軍は、身柄を確保してあったプルツーを機械室から移動させ、尋問のため地下に連行していた。

 どうやらそこは、ネイチャー・リベリオンやESM社の事務局として使われている地上階とは違い、軍のために建設された場所のようで、いち早く電磁障害からの復旧を果たしている様子だった。

 一面を、真っ白な壁と天井に囲まれた一直線の廊下には、互いに向き合うようにしてLabo1、Labo2などと書かれた扉が延々と並んでいる。

 通り際、扉に据え付けられた縦長の細い小窓に視線を向けると、室内には、白衣を着た研究員が、顕微鏡やX線を使って微小な部品を分析したり、得体の知れない液体同士を調合している。

 他にも、MEX開発のためのサンプルと思しきモビルスーツのパーツが、複数並んでいる部屋や、プロペラのついた手の平大の小型飛行体が飛び回っている部屋もあった。

 更に奥へと歩いていく途中。

(ん?)

 プルツーは、それまで並んでいた扉の列が途切れていることに気づいた。

 そのまま、足を踏み出していくと、研究室の代わりに大きな窓が現れ、その向こう側に広大な空間が広がっていた。

 通信施設のような場所だろうか。

 一番奥の壁に埋め込まれた巨大なディスプレイに追従するように、その背後には無数のコンピュータが並んでおり、その一台ごとに連邦軍の制服を着た兵士たちが配置されていた。

 正面のディスプレイには、どこかの地図が映し出されていたが、パッと見た限りでは、あまり見たことのない地形だ。

 そしてその地図の、現地の映像が、各エリアごとに兵士たちの操作するコンピュータに映し出されている。

 どこかの地下なのだろうか。薄暗闇の中、何らかの施設を思わせる、さび付いた鋼鉄製の壁が一面に映し出されている。

 少なくとも、Tシティのどこかではあるようだが、プルツーの記憶力を以てしても、どの地域とも合致しない。

 だが、それよりも異様だったのは、通信室に陣取る兵士たちの格好だ。

 普通にキーボードを操作している者たちに混じって、頭から目元までをすっぽりと覆い隠すヘルメットを被っている兵士たちがいる。

 彼らは、テレビゲームで使うようなパッド式のコントローラーや、スティック、更には、モビルスーツのコックピットに見られるスロットルレバーを操作していた。

 それらの光景と、モニタに映し出された映像とを改めて見比べてみると、どうやら遠くの機械を操作している様子だった。

(UMMSの遠隔操縦と似ているな。それにしてもT.I.C.Cの地下に、連邦軍の司令室が隠されていたとは・・・それにしても、ここまで大規模の基地を、なぜ市街地の公共施設にカモフラージュしているんだ?)

 窓の外に広がる研究所の光景を眺めつつ、プルツーがこの施設が建てられた真の目的について、思考を働かせている時だった。

「さぁ、いつまでもそんな所見てないで、ここに入って」

 先頭を歩いていた女が立ち止まり、ある扉を指差した。

 その扉は、それまで並んでいた開き戸とは異なる、幅2メートルほどの引き戸であった。

 女に指示され、護衛の兵士が壁に取り付けられたボタンで暗証番号を押すと、ガチャン、と鍵の開く音が聞こえて、その扉が壁側へ静かにスライドした。

 女が先に中へと入った後、プルツーは、MEXを纏った兵士によって背を押された。

(何だここは・・・ひどく気持ちの悪い部屋だ)

 無理やり押し込まれた部屋の全容が視界に入ってきた時、プルツーはその異様さに息をのんだ。

 まず、彼女の目に飛び込んできたのは、幅5メートル、奥行10メートルくらいの、テニスコートの半分ほどの空間であった。

 屋根の高さは、大人の身長三人分。正面には、連邦軍の軍旗が、誇らしげに掲げられている。

 見た目だけなら、特別おかしな部分はない。

 だが、プルツーの気分を害したのは、部屋の内壁だ。

 一面が全て鋼色で、天井からに据え付けられた蛍光灯の照明を、不気味に反射している。

 一見すると単なるステンレス製の壁のようにも感じられるが、ただの金属ではないことは、すぐに理解できた。

 なぜなら、プルツーがサイコウェアを通じていくら感応波を発しようとも、一切の情報が遮断されてしまうからだ。

 それどころか、ノイジーな雑音がひっきりなしに頭の中に響いてきては集中力をことごとく乱れさせ、目や耳を塞がれているような感覚に襲われる。

 もちろん、目の前にいるアーグレットの母と思しき女の心理や思考も、読むことができない。

 恐らくはこの壁にも、P部隊のバトルルームのように特殊な素材が含まれているのだろうが、もっと強力な効果で、ニュータイプの能力そのものを制限する力学が働いている仕組みになっていることは、間違いなかった。

「ふむ。なるほど。以前から、連邦政府の一部が、旧ネオ・ジオンの遺伝子技術を使って、クローン人間による情報機関を組織している、という噂は聞いていたけど。さっきここに電磁攻撃を仕掛けてきた連中と言い、あなたが身に着けているその特殊な肌着と言い、先日のモノレールの爆撃事件や、極東管区戦犯刑務所(メガフロート・プリズン))での脱獄ほう助で使用された武器と一致している。どちらの事件も、残された映像や物的証拠が跡形もなく隠蔽されたり、抹消されていたから、真相は闇の中かと諦めていたのに・・・それがまさか、環境フォーラムの演説中に、アーグレットを助ける形で、しっぽを出すなんて。いかに優れた肉体と頭脳を持つ部隊であろうと、年齢的な若さから来る情緒的行動だけは、遺伝子レベルで制御できなかった、ということかしら」

 部屋の中央で、背もたれ付きの固い椅子に座らされているプルツーに対し、女は、それに向き合うように置かれた机の上で、資料のページを淡々と捲り続けながら、わざとらしくため息をついた。

 女の態度を見て、プルツーは自分の幼さを挑発されたことに、一瞬腹立たしさを覚えたが、同時に、安堵もしていた。

 女の言動から推察するに、ESM社や軍は、P部隊の情報について思ったほど全容を解明できていない様子が、見て取れたからだ。

 マリーダやジンネマンによる、バックアップや事後処理が、功を奏したらしい。

「ミス・プルツー、面識はないけど、あなたがかつて、ネオ・ジオンのエースパイロットだった事実は私も知ってる。今のあなたは、ここから解放されるために、アーグレットの命を助けた温情を引き出すつもりなのだろうけど。今のあなたたちが犯している罪は、民間人一人の命を救ったくらいでは、帳消しにならないほど重いものなの・・・そうね。それでももし、仲間たちの元に戻りたければ、今持っている情報を洗いざらい話してもらいましょうか。そうすれば、仲間の元に送り返すくらいのことはしてあげる。ただし、手足の一部や臓器のいくつかは、生体構造の調査のために、置いて行ってもらうけど」

 女はそう言って、眺めていた資料からふと顔を上げ、氷のように冷たい表情を一瞬綻ばせた。

 もちろん、プルツーにとっては、女のこの脅しが、自身に対する駆け引きの段階(フェーズ)であることはわかっていた。

 自分が、敵国の所属であるならば、真っ先に拷問や残忍な殺され方もあり得ただろう。

 ところが今のプルツーやP部隊は、連邦という同業の所属である。

 無傷で解放される保証はないにしても、こちらの正体が明らかにならないうちは、女とてむやみやたらに傷つけることはできないはず。

 プルツーは、相手がP部隊について、想像していたよりも情報が不足している状態であることを利用し、これまで自身が調べ得た情報と、救出に来たマリーダから教えられたソースを元に、逆に揺さぶりをかけることにしたのだった。

「そこまで素性を把握しているのなら、話しが早いよ。確かに私は、あんたたちのくだらない内輪揉めに関与している組織の者さ。一歩間違えば、内乱に発展しかねない情報を、たくさん持っている。例えば・・・こんなのはどうだい? 現役の軍将校が、民間人を装って経営者を(たら)し込み、民間の報道機関や非政府組織までを政争の道具として私物化することで、連邦政府を貶めるための世論戦(プロパガンダ)虚偽情報(ディスインフォメーション)の拠点を整備しようと画策している事とか。もし、私を殺してしまえば、仲間たちがそうした情報を全世界に向けて公表することだってできる。そうすればあんたは、ESM社の最高経営者の立場を負われるだけでなく、身内のスパイ軍人として、民間の報道機関を支配した事実を白日の下に晒されることになるよ。それでもいいのかい? ()()()()()()()()()()准将殿」

 プルツーは、銃や感応波が使えない代わり、理路整然とした理屈と、猛獣を思わせる鋭い目つきを、チェナと言う名の女に向けることで、攻勢を仕掛けた。

 言わずもがな、この時のプルツーの指摘は、推測の域を超えてはいなかった。日々収集していた情報と、環境フォーラムでの様子、そして救出時に来たマリーダから得たソースを元に、社会学や統計学、民俗学から地政学に至るまで、あらゆる知識を動員させることで、初めて対面した敵対者に()()をかけたのである。

 もちろん、確証はあった。ESM社の経営陣は、アナウスを除くいずれもが、連邦軍出身の者たちで占められていることがわかっていたし、経歴も退役者ばかりだったのだが、ここ最近、大規模な役員の入れ替わりがあった。

 刷新後の人事は、現役の軍人ばかり。更には、軍による出資比率を高めたことにより半官半民体制となったことで、社内の情報を非公開にしてしまったのだが、そんな最中に掴んだ情報が、最高経営者の権限をアナウスから剝奪したというものであった。

「さっきの環境フォーラムで、来賓席のあんたを見かけた時から、推測が確信に変わったよ。なぜ秘書の立場の者が、軍と同列の席に?ってね。それで、私の仲間たちが電磁防御の破壊工作のために侵入してきた時、このT.I.C.Cのサーバーを経由して、ESMのデータベースに侵入するよう指示しておいたのさ。いわゆるハッキングってやつだ。するとどうだい? 取締役会は全員イエスマンに入れ替わり、あんたが、事実上のトップに就任していた。気の毒に、あの太った木偶人形(アナウス)はもはや傀儡として、厄介な()()()()()に会社を乗っ取られてしまった訳だ」

 プルツーが得意げに語った。

 スリーパーとは、諜報工作員の一種で、ターゲットとなる組織や人物に接近した後、向こう何年も内部関係者として振舞ったり、時には婚姻関係まで築きながら、少しずつ情報を引き出していく人間のことである。

 チェナもまた、その一人であり、アナウスと婚姻関係まで結びながらもESMを乗っ取ってしまったスリーパーだったのだ。

「どうだい? 反論するならしてみなよ。報道機関の中立性を侵してまで軍の出資比率を高めたのも、あんたの独断だろ? この一連の事実が世間に広まれば、せっかく高まりつつあった軍の評判は、一気に凋落することになる。今後10年は政治的主導権を政府に譲ることになるだろうし、作戦に失敗したあんたの立場とて、無事では済まされないはずだよ」

 これまで、ESMの立場として、何とか軍とは独立した民間企業として扱われていたとしても、チェナの仕業によって公式に第三者的立場が完全に失われてしまった。

 これでは、本来政府の一部門として機能していなければならないはずの連邦軍が、直接中央に対してクーデターを起こしたと解釈できる、法的証拠となり得るのである。

「・・・」

 一方、プルツーの指摘を聞いていたチェナは、それまで余裕の表情を崩すことはなかったにも関わらず、理路整然と情報を暴露されたことで、急激に警戒心を抱いたらしい。

 冷酷な表情が、見る見るうちに深刻なそれへと変化していき、眉をしかめるまでに動揺し始めていた。

「本当に生意気な小娘。最近、軍のサーバーに何度も侵入の跡が残っていたり、ESMのデータベースにサイバー攻撃が仕掛けられていたのも、この子たちの組織がやったのね・・・だからあれほど、予算食いのモビルスーツ開発費やパイロットの育成費用を、対電子戦闘を主軸とした防諜システムの構築に再配分しろと進言してきたのに。日和見主義で旧態依然とした組織体質が、最終的にティターンズやエゥーゴを生み出した教訓を、どうして学ばないのかしら。まったく、過去の栄光にしがみついてばかりの、参謀本部のマヌケども・・・!」

 情報戦で一歩先を行くP部隊を目の当たりにして、自らの理想を先取された想いに駆られたのだろう。

 どうやら、チェナ自身、軍人でありながら、主流派とは異なる独自の哲学を持っているようで、机の上にあった資料の束を無意識に握りつぶしながら、この場にはいないはずの軍上層部に対する不満を、小声でぶちまけていた。

 だが、すぐにプロフェッショナルとしての自我も取り戻したらしく、一度、深呼吸してから、再び冷酷な表情を浮かべて言った。

「ふっ。まぁいいわ。子どものような見た目の割には、ずいぶんとタフな駆け引きができるようね。あなたが今述べた内容は、確かに筋が通っている。でも、それっぽちの情報だけで、私から主導権を奪えるとは思わないこと。私たちもまた、長い時間をかけて連邦内外に関する情報を数多く集めてきたの。作戦が一度失敗したからと言って、第二、第三の計画を立案できる準備を整えておくのが、真の情報機関というものよ。その気になれば、味方のスキャンダルを暴くことだってできる。もし私がそちらの上層部を脅せば、彼らは保身のために、いとも簡単に()()()()()()()()()()()なんか廃棄処分するはずよ」

「・・・ちっ、論理で対抗できないとわかった途端、味方まで脅迫する気かい? あんたも所詮、物量でゴリ押したがる連邦軍人だな」

 チェナの反撃に、今度はプルツーが一瞬、眉をしかめた。 

 確かに、国家間の対立とは違い、内輪揉めが原因の争いでは、人種的にも部外者に過ぎないプルクローンの出る幕など微塵もない。

 連邦には、長年の腐敗体質が生み出してきた、事なかれ主義が蔓延っているため、対立の激化によって組織が分裂しそうになれば、何事もなかったかのように一時休戦することさえある。

 だからこそ、彼らは全地球を統括できる巨大組織を、何十年にも渡って維持できたのだろう。

 もしも彼らが愚直なまでに法を遵守していたら、戦争はとっくに終わり、連邦という巨大国家体系も早くに分裂・消滅していたに違いない。

 P部隊のように、いかに優れた才能を持つ集団が、瞬間的に世界を引っ掻き回したところで、更に巨大な渦に飲み込まれてしまうという事実は、歴史が証明しているのである。

「・・・」

「・・・」

 互いの意志が拮抗したまま、チェナとプルツーが、とうとう無言になった。

 鋼色の冷たい空間の中で、軍と政府の工作員が互いに激しい火花を静かに散らす。

 部屋の正面に掲げられた、決してたなびくことのない連邦軍の軍旗が、そんな二人の様子を静かに見下ろしていた。

 

 

 プルツーとチェナの無言の対立が始まってからというもの。

 そんな二人の様子を、固唾を飲んで見守っている者がいた。

 アーグレットと、彼女の父のアナウスである。

 二人は、隣の部屋からマジックミラー越しにプルツーたちの様子を眺めていたのだ。

 アナウスとしては、取調べの内容をアーグレットに知られては困るため、早々に彼女を帰宅させようと仕向けていたのだが、そんな浅はかな考えで、環境フォーラムでの襲撃から機械室における一部始終を目の当たりにしていた彼女が、大人しく従うはずもなかった。

 アーグレットは、言うまでもなく、命の恩人であるプルツーに対する無碍な扱いに怒り心頭の様子で、父親に何度も食って掛かっていた。

「父さん、もういい加減にして。プルツーは、私の命を助けてくれたのよ? それなのに、あんな風に犯罪者みたいに扱うなんて。二人の会話も全然聞こえてこないし、今すぐあの子を解放してあげて!」

 母親に対しては、何も言い返せなかったアーグレットも、父に対しては感情をぶつけることができた。

 アナウスは、何とか娘を落ち着かせようと、周囲に立っていた護衛たちの視線をまるで気にも留めず、大企業の社長らしからぬ弱気な口調で説得していた。

「落ち着きなさい、アーグレット。お前は、何もわかっちゃいないんだ。あの娘は、どこかの組織から、世の中を混乱させるためにやってきたスパイなんだよ。アナウンサーの女とカメラマンの男から守ったのも、何か狙いがあってのことだ。お前自身、似たようなことで何度も同じような危ない目に遭ってきただろう? また騙されてもいいのか?」

 アナウスは、腫れ物に触るような口調で、アーグレットを諭そうとした。

 しかし、アーグレットとしても、そんな父の誘導作戦には、慣れっこだったらしい。

 むしろ、これまでよりも勢いを増した様子で、語気を強めたのである。

「いいえ、あの子は違うわ。私にはわかるの。彼女が優しい人で、これまでたくさんの辛い目に遭ってきた心を持つ人だってことが。プルもそう。最初は誰かに命令されて私に近づいてきたかもしれないけど、決して傷つけようとまでは考えていなかった。それどころか、一人の人間として私を守ってくれた・・・以前にも言ったでしょう? 私は人に見えないものが見える。草木や動物の話もわかるし、人間の気持ちだって読み取れるの。危ない目に遭ってきたのは、あえてその人たちの気持ちを受け止めてあげようと、自分から近づいたからよ。こんなこと、父さんには何度も言ってきたはずなのに、全部忘れたの? 昔のあなたは、こんな人じゃなかった。優しかった頃の父さんは、どこにいってしまったのよ!」

 アーグレットは、感極まった様子でアナウスの胸元を何度も叩いた後、目に涙を浮かべていた。

 困り果てたアナウスは、しばらくの間迷っていたが、時折、窓の向こうでチェナが「早くその子を何とかしろ」と言わんばかりの視線を向けてくるため、やむなく傍にいた護衛に、アーグレットを奥の個室に隔離するよう命じることにしたのであった。

「おい、お前。アーグレットをそっちの部屋に連れて行ってくれ」

「はっ」

 アナウスに言われて、護衛だった連邦軍兵士の一人が、アーグレットに近づいた。

「いや! 何をするの!? その手を放して!」

 屈強な兵士に上半身を押さえられ、アーグレットは激しく抵抗した。

 両手両足を使い、近くにあった椅子を蹴とばしたり、挙句には兵士の腕に噛みつく。

 あまりの痛さに、悲鳴を上げる兵士。

 もうほとんど手を付けられない動物のようである。

「やめないかアーグレット! こら、そこのお前も、突っ立ってないで手伝え! どうした? 私の言っていることが聞こえないのか!?」

 大の大人が、二人がかりでもなかなか取り押さえられずにいる状況で、アナウスは入口に立っていたもう一人の兵士にも声をかけた。

 だが、どうしたのだろう。

 その兵士は、アナウスの命令にもまるで反応せず、ただじっとアーグレットたちの方を見ていた。

「な、何だ貴様は。私の命令を無視するのか!?」

 アナウスが、苛立った様子でその兵士を怒鳴りつける。

 と、その様子。

「あっ! な、何をする気だ!」

 異変に気付いたアナウスが、とっさに身を退いた。

 それまで様子のおかしかった兵士は、突然、小走りでアーグレットを取り押さえていた方の兵士に掴みかかり、鮮やかな動作で宙に投げ飛ばしたのだ。

 床に叩きつけられた兵士は、「ぐっ」とだけ言い残し、その場に倒れた。

「・・・あなたは一体」

「な、何なんだお前は」

 突然の出来事に、その場に残されたアーグレットとアナウスは、互いに不安を抱きながら、兵士の方を眺めていた。

 そんな二人の様子を見て、兵士はその場に立ったまま、慌てる様子もなく、被っていた制帽を脱いだ。

 すると。

「お、お前は!?」

「兄さん!?」

 兵士の露わになった顔を見たアーグレットとアナウスは、揃って驚きの声を上げた。

 二人の前に立っていた兵士の正体。

 それは、アーグレットの兄、フェフだったのである。

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